望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





埋み火【三】

 

 

 ◆

 

 

 

 クー・フーリンが加勢してくれた甲斐もあって、百鬼夜行を無事に退けてから約二十分。私達中陣は呼吸を整えつつ、状況を整理し、黒犬の容態を注視していた。

 

 現在、遮蔽魔術はモルガンの負担を案じ、魔力吸収現象をしのぐための効果に限定して展開されている。あまり、ひとつところに長居はしたくないのだけれど……などと、あれこれ心配していると。

 

「あっ、どこ行くの?」

 

 黒犬が突然立ち上がり、船首方向に歩き始めた。すぐに呼び掛けたが、応じる様子はない。心配したももの──彼の行く先を見やると、すぐにその理由がわかった。

 

 私達が居るフロアから上下階へ、それぞれ左右対称に渡された、弧を描く階段。そのうちの下階に繋がる階段中腹の踊り場から、彼女達が姿を現したのだ。

 

「バーゲストさん!」

 

 マシュも黒犬を追うように、彼女の元へと駆け出した。

 

「マシュか……」

「メリュジーヌさんも! よかった……!」

 

 二人の騎士の帰還を喜び、マシュは安堵の表情を浮かべている。

 

「当然だ。任せて、って言っただろう? ん、クー・フーリンが居るじゃないか」

 

 戻ってくるなり増えていた人員を見て、メリュジーヌは目をぱちくりさせてみせる。

 

「お疲れさま、二人とも!」

 

 私もマシュに続いて、二人に労いの言葉をかける──すると。

 

「よくやりました。我が騎士たち」

 

 モルガンも私達の後に続き、己が腹心の奮闘を讃える言葉を投げかけていた。

 

「……感謝いたします。陛下」

「僕からも感謝するよ。陛下」

「ったく! 水臭いんだわモルガン!」

「……お前たち。そこは気づかぬふりを──む……ハベトロットもか……」

 

 おや。どうやらこの様子は、妖精騎士の面々もいつかのタイミングで、モルガンの偽装魔術がどういうものなのかには気がついていたみたいだ。ハベトロットにまで看破されてしまい、モルガンはまるで、隠し事がバレて恥ずかしがる少女のような表情を浮かべている。

 

「よっ、ご苦労さん。しかし──かなり燃料は持っていかれたみてぇだな」

「ちょっと~!」

 

 せっかく帰還を喜んでいるところに水を差すアニキ。その脇腹にグーパンを入れてやった。

 

「いてえいてえ。嫌味ってワケじゃねぇよ」

 

 彼はそう言いながら腕を伸ばし──なぜかそのまま、私を背後へと押しやった。

 

 その直後……おちゃらけていた彼の雰囲気が豹変し、殺気立っていくのが感じられた。

 

「──そのリソースをいったい、何に使うつもりだってな」

 

 彼は上階へ続く方の階段を見上げ、問い詰めるように言い放つ。

 

 ……すると。

 

「無論、我らが悲願成就のためにございますとも。『賢人』殿」

 

 上階へ続く階段の中腹──半円形の踊り場、その数段上に目を向ける。装飾が施された手すり越しに……どこか、聞き覚えのある声がした。

 

「──えっ? あ……貴方は……!」

「──嘘、あの人……なんで……!」

 

 マシュと並んで、その声の主に対し同様の感想を抱く……どういうことだ、これ。

 

「てめぇ──スプリガンか?」

 

 クー・フーリンがその名を呼んだことで、目の前に見えている人物が幻ではないと判る。

 

 ……確かに彼の存在は、この事件の状況証拠から真っ先に連想される事柄だった。何しろ、かつて妖精國でバーヴァン・シーを人質に取って、モルガン謀殺の手引きをした張本人なのだから。さすがに、今回の事件と照らし合わせずにはいられない。

 

 でも、『似たようなことが起こった』以上の感想を抱くことは、どうしても難しかったのだ。……おそらく、かつての彼を知る者のほとんどが、私と同じ結論に至っているはずだ。

 

 なぜなら……私の知る限り、彼がこの状況を引き起こす──『()()』が無いのだから。

 

「へ、何? 誰……?」

 

 今のハベトロットは彼に関する記憶を持たないので、置いてけぼりを食らっている。

 

「──貴様……!」

「……あいつか……」

 

 彼とは知己の間柄とも言えるバーゲストとメリュジーヌは当然、ひと目見て状況を理解している様子だ。

 

「さすがにすべてが思いどおりには運びませんな。いやはや、貴方がたには驚かされました」

 

 二人を見下ろしながら……一歩、二歩と階段を降り、踊り場の中央を位置取って──

 

「よもやそこまで、現在を頑なに保とうなど」

 

 ──讃えるようにも、嘲るようにも聞こえる声色で、男は二人に言い放った。

 

 踊り場に出たおかげで、手すりに隠れていた彼の姿がようやく、私達の目に入る。妖精國で遭遇したときの衣装が、氏族長と領主職を兼任していたことを示す『正装』なら。目の前の彼の衣装は、この船の主であることを誇示する『制服』だろう。

 

「肩にはエポレット、胸元にはエギュレット……軍のお偉いさんか何かなのか?」

 

 ハベトロットも彼の衣装に注目したようで、そこから人物像を探っている様子だ。

 

 彼女が言ったとおり──彼の制服には、ゴルドルフ司令官の制服に見られるような金色の装飾が施され、全体的に権力を思わせる意匠によって仕立てられている。厚手の生地は錆色に統一され、上着のコートは膝下よりも丈が長く、重厚感を醸し出す。

 

「……」

 

 モルガンはその様子を、ただ静かに見据えている。

 

「お久しゅうございます、モルガン女王陛下。随分とお疲れのようですな」

 

 ……慇懃無礼とは、今の彼の様子を言うのだろう。この状況を作り出し、彼女達を貶めた張本人が、かつての主君の名を呼び表したのだ。

 

「減らず口を……!」

「挑発だよ。流そう」

 

 バーゲストとメリュジーヌも、彼のその態度に悪意を感じたらしい。

 

 そして……やっぱり、二人ともかなり消耗しているようだ。睨みを利かせ、迎撃のために半歩下がり、床を踏み締めてはいるものの、自ら仕掛けていくことには慎重だった。

 

 と、そのとき。

 

「──()()()?」

 

 ……モルガンが、不可解なことを口にした。

 

「えっ──?」

「モルガンさん?」

 

 私もマシュも、彼女の反応には面食らった。

 

 モルガンが彼のことを覚えていない……とは考えられない。それこそ、某年のバレンタインで彼女が私に贈ってくれたあの作品にも、彼を模した造形物が登場していたのだから。

 

 であれば、彼女の認識が阻害される類のトラップが、本人の知らない間に発動していたのか……まさか、今回の事件を彼女が事前に察知できなかった件にも、何か関係が──

 

「やはり……我々の存在など、眼中に無いようですな──今も、昔も」

 

 ……『我々』?

 

「我々だぁ?」

 

 クー・フーリンが、私も引っかかったその部分を聞き返した。

 

「……金庫城諸共に灰となった品々のことだ、賢人。この男はそれらを魔術礼装として自在に操り、従え──その頭領となっているのだ」

 

 この人が金庫城の品々を、魔術礼装に……?

 

「……そういうコトかよ。おいてめぇ、今ごろになって堂々と出て来やがるたぁどういうつもりだ? もはや姿を隠す必要もねぇってか」

「いえいえ。ご乗艦いただいた客人にご挨拶を申し上げるのは、当然の礼節にございましょう。少々遅くなってしまったことは、失礼いたしました。どうかご容赦いただきたく」

 

 ……わからない。モルガンの発言も不可解だけれど、それに対する彼の言動も不可解だ。

 

 彼のことを今でも覚えていることは間違いない。なのに、モルガンは目の前の彼が誰なのか、認識できていないようだった。それに対して彼も、ずっと以前から、自身がモルガンの眼中に無かったかのような発言をした……。

 

 いや、それこそあり得ないだろう。妖精國において氏族長という役職は、国政の一端を担う重鎮にあたる階級だったはずだ。少なくとも『スプリガン』という彼個人に限っては、当時からモルガンの眼中に無かったなんてことは──バレンタインに誓って、絶対にない。

 

 ……いったい、どうなって──

 

「改めまして、ご挨拶を」

 

 ──彼の周囲に、どこからともなく大量の灰が立ち上る。

 

「ようこそおいでくださいました。我らが望郷の船──『イナバマル』に」

 

 灰は彼の姿を包み隠し、踊り場の中心で渦を巻き、彼の声を空間中に反響させる。

 

「後はどうぞごゆるりと──ご客人の皆様」

 

 その声が最後の反響を終えたとき。灰と彼は、すでに姿を消していた。

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。


バーゲスト以外の現地メンバーもこれで『彼』とご対面ですね。
次回も船内パートとなります。
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