望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





埋み火【五】

 

 

 ◆

 

 

 

 コヤンスカヤの依頼を請け負ってから、三十分は経っただろうか。

 

「はぁ、よし……管制室外でやれることは、ひととおりやったぞ」

 

 今度こそ僕は()()()()()()で、管制室に向かって走っていた。

 

 ──というのも、コヤンスカヤとあの場で別れてからもう一箇所、寄り道を追加した帰りなのだ。……ああそうだとも。お察しのとおりまた、あのペテン師女に()()唆された形でだ。こんなふうにな。

 

「──ああ、そうそう。『自社に帰るまでが出張』『土に還るまでが一生』と言いますように。あくまで『管制室にお戻りいただくまでが此度の依頼』です。な・の・で──その途中に寄り道のひとつやふたつ、あったところで異論はございませんよねぇ♡」

 

 もうどうにでもしてくれ。

 

 ……しかし、『半ば』というからには、僕個人としてもその必要性に疑いはなく、しっかりと納得した用件であることも確かだった。だからこうして、マヌケな使いっ走りの格好にギリギリ目を瞑ることができている。

 

 あと、その際のコヤンスカヤのアドバイスが有用だったことも確かだ。さすがは商談のプロというべきか、お得意先のスケジュール事情や、彼らの出自・風土に合った礼儀作法を完璧に押さえていた。おかげで先方は、アポ無しの急な来訪でも気を許してくれたのだ。まあ、当の本人はさほど、そういったモノを厳格に強いるタイプではなかったんだが──僕みたいな奴がそのあたりに気を遣う様子自体を、どうやら快く受け取ってくれたらしい。

 

 ただ、『そういう話なら』と承諾するや否や、何やらその場で準備を始めてしまった。なので僕はとりあえず管制室に戻ることにし、現地組の通信を待ってから再訪する約束を取り付けてきたのであった。

 

 ああ、そういえば……寄り道は一箇所だけじゃなく、二箇所だったか。その目的地のさらに途中で、ネモ・ベーカリーのところにも寄っていたんだった。思い返してみると……仮にも緊急事態の只中であんな会話をしていたのでは、傍目には相当妙な光景に映ったことだろう。

 

 どんな光景かというと、確か……

 

「ベーカリー! 例の新作、まだあるか?」

「カドックさん? え、ええ。ありますけど……あの、今ですか?」

「今だ! それを頂けるか!」

「わかりました、すぐに包みますね。でも、どうしたんです急に? 先ほどもお召し上がりでしたのに、もうお求めになられるんです? ふふっ、気に入っていただけたのかな~」

「ああ。さっき美味しく頂いたよ、ご馳走様。それが今、どうしても必要なんだ」

「あらあら。即日リピートしたくなるほど、頭を酷使されているのですね……あ、断っておきますけど。危ない成分なんて入ってませんからね? ──はい、お待たせしました!」

「ありがとう、助かるよ。じゃ、またよろしく頼む!」

「いってらっしゃ~い!」

 

 ──という具合だ。

 

 断っておくが……先の話からも判るとおり、僕が食べるために用立てたんじゃないからな。こうして現に、僕の手元には残っていないし、腹の中にだって入っちゃいない。彼女の作品は納められるべきところへ納められ、無事に功を奏する手筈になったのだ。

 

「まあ、糖分のひとつでも摂りたくなったのは図星だけどな……!」

 

 小腹を空かせるほどに走り回り、糖を求めるほどに頭を働かせていたのは、歴とした事実である。正直に言うと、本当に即日リピートしたいところだ。

 

 ──などと、帰りも帰りでグダグダと思考を混ぜていると、管制室に着いてしまった。

 

 すると丁度、状況に動きがあったようだ。

 

「現地より通信だ!」

「よし! モルヒネ君! 状況はどうなっている!」

「ムニエルだおっさん! とうとう鎮痛薬が必要になったか! 通信の直前から、特異点の座標が急速に動き始めた! ひと山越えた後か最中にあるんだろう!」

 

 どうやら、僕も間に合ったみたいだ。

 

「悪い、今戻った! ダ・ヴィンチ、土産だ──こいつを頼む」

 

 すぐさま、コヤンスカヤに託された例の『灰』入りのアタッシュケースを開く。中身を示すように持ち、ダ・ヴィンチ技術顧問殿に献上する。

 

「えっ、これ……! わかった、まかせて──プロフェッサー! 追加の仕事だよ!」

「はい過労~。解析班は現在、気分的にオーバーヒート寸前で──えっ。マジですか? 残っている可能性はほぼゼロ、との話でしたが……はぁ。抜け駆けの件は不問としましょう」

 

 ネモ・プロフェッサーはひと目見た瞬間に『それ』が何であるのかを理解し、レンズの奥の眼を光らせている。過労と言っていたのは事実に違いないだろうが、それを目にした今は逆に元気になったようだ。何か変なことも言った気がするが、食い入るようにダ・ヴィンチの元へ駆け寄り、二人で顔を突き合わせ、サンプルの解析手順の打ち合わせを開始した。

 

 そしてこの場にはもうひとり、そろそろ眼を光らせ始める御仁が居るはず……と、意を決して『彼』のほうへゆっくりと向き直る。

 

 ……すでに退路は断たれている。否、そんなものは最初から無い。どうあってもここへ戻るしかない時点で、僕の運命はこうだと決まっているのだ……さあ、僕はどんなに鋭い眼光を浴びせられているのだろうか──

 

「──……」

 

 ──訂正しよう。眼を光らせるどころか、むしろ眼から光を失わせた御仁が、奈落の底まで吸い落としそうな漆黒の眼差しで、僕を凝視していた。

 

 やばい。想像の遥か上……いや底を突き抜けるレベルで、あの二人の関係は険悪らしい。

 

 その視線が、僕自身に向けられたものではなく……僕の思考越しに、おそらくひらひらとハンカチを振りながら煽り散らかす絵面でも浮かんでいるのであろう──コヤンスカヤに向けられた憎悪である、と解ってはいても……さすがに心臓に悪いというものだ。

 

 正直、彼に向けて仕込まれたこの『爆弾』は、僕では要領を得ない内容だ。だが、彼の反応を見る限り、効果はてきめんに発揮されたらしい。

 

 ……これ、僕の身は安全だよな?

 

「通信状況、安定~!」

「妨害の類いはナシ! 現地、ボーダー双方で対策済みだよ~!」

 

 と、そうしている内に、マリーン達が応答の準備を完了したらしい。

 

「回線開け!」

 

 マリーン達の報告を受け、キャプテンがGOサインを送った。

 

「現地のマシュ・キリエライトです! 現在、クー・フーリンさんと合流し、第一陣を含むメンバー全員、船首甲板に揃っています!」

 

 どうやら、増援のタイミングも、魔力吸収現象から免れる目算もバッチリだったらしい。

 

「現地の観測データ、および前回通信以降の活動記録を、ストーム・ボーダーへ転送しました! そちらと合わせてご報告します──」

 

 そうして僕達は、先刻自らが管制室で予期していた想像どおりに──想像以上のカオスさを湛えた、津波が如き現地リポートを受け取るのであった。

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。


第四節【埋み火】でした。
次回、第五節【灰色会議】へ続きます。推理に次いで、今度は答え合わせな章。
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