※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
◆
怒涛の情報開示を経たことで頭の中の整理に追われているのか──各々が押し黙り、管制室内はしばらくの間、濃密な負の空気に圧迫されていた。
「あ~……『聖杯による存在証明』って点だがな。アレはそう単純な話じゃねえぞ」
そんな中、現状でまだ言及する必要があるらしい事柄を、クー・フーリンが切り出した。
「と、言いますと?」
シオンがすかさず、彼の問題提起に応じる。どうやら、ただ『存在証明を操れる』だけのものではない、という話をしたいらしい。
「『それそのもの』である範囲なら、何を骨子に抽出・前提に証明しても良いって話だ。たとえば──剣なら『斬るもの』だが、『護身用の装備』でもあるし、『戦士が持つもの』でもある。要するに『攻・防・概念付与』……とまあ、証明の対象となる存在の『要素』を、どうにでも『定義』し、『強化』できるってワケだ。赤い弓兵のアレに近い」
「エミヤさんのように……構成要素の一部を、任意に強化できるということですか?」
マシュが名指しで具体例を出したおかげで、随分とイメージがしやすくなった。
「ああ。暴走直前に奴さんと接敵したバーゲストの戦闘記録と、俺達が始末した雑魚どもの盛りっぷりを見る限りな。特に、『強化』の例に挙げるなら、前者の記録が顕著だろう。黒犬達を瞬殺してみせたらしい『バカデケぇゴーレム』とやらの姿が取れたってことは、少なくとも合体程度なら問題なく可能ってことが判る」
戦闘記録、とは言うが、実際に攻撃行動を確認できたのは、その黒犬達を瞬殺した際の一回限りのようだ。だが、集合体として全個体の統率が可能である時点で、個々の存在に対する『強化』はより容易にこなしてくることだろう。そして、そこまでの統率力を有しているということは──『複数の構成要素の一斉強化』すら可能であることを意味する。
つまり、搦手や撹乱ばかりではなく──戦力面に関しても何ら不足はないということなのだ。
「……そうなのか? バーゲスト」
と、メリュジーヌがバーゲストに尋ねた。ここはやはり、実際に襲撃を受けた当人の意見を仰ぐべきだろう。
「……そこな賢人の見解は、おそらく正しい。私が制御を失う寸前──『異界化空間』を展開され、その中へ一時幽閉されました。あれはおそらく、妖精國でも屈指の堅牢さを誇っていた『金庫城の逸話』を抽出・強化・拡張し、内側に向けて展開した『結界』でもあり……かつて『獣の厄災』と化した私に焼き払われたという縁を刻んでいることから……逆説的に『暴走した私』の再現を誘発しうる『舞台装置』としても機能したのでしょう」
やはり敵は、第二陣の面子が見越したとおり『厄災の再演』に関する罠を入念に仕込んでいたようだ。しかもそれは、『厄災』と成り果てたバーゲスト本人を嵌めさえすれば成立する罠であり、モルガンの制圧をきっかけに誘発させるパターンよりも数段スマートな魔術的アプローチといえる。何しろその差配は、モルガン本人に直接的な攻撃を加える労力を割くこともなく、モルガン個人に対する重篤な魔力消費を強いることにも成功しているのだ。それも、リソースを大量に獲得しながらである。
そんな冗談みたいな盤面掌握を成してみせる輩が、聖杯による存在証明を自在に操り、概念そのものを魔術礼装として使役するとなれば──それはもう、彼らとの縁まで備わっているバーゲストから『獣の厄災』の因果を抽出し、『再演』に至らしめる程度のことはやってのけるだろう。
「なるほど。『金庫城の宝物』に対して行われた、聖杯による存在証明の運用方法はそのような実情でしたか。十中八九、クー・フーリン氏、バーゲストさんの分析内容で間違いないと思われます」
二人の話を聞き、シオンも納得した様子だ。多分、先ほど開示した『回答』や『答案』に至るまでの過程で、彼らの話を裏付ける情報群の存在にも触れていたのだろう。
「そして、例の『百鬼夜行』に関しても……漂流物達の出自に基づく『縁』を利用し、聖杯を用いて抽出・実体化させ、漂流物自体を使役者に見立てることで制御した『使い魔』であり──船内に散見された数々の異界化空間も、同じく漂流物の縁から抽出された『原風景』のようなものだった、といったところでしょうかね」
「そういうことだろうぜ。そういや、アンタはそこから回答を導き出したんだったな」
金庫城の概念を幽閉結界として展開できたという事実が、すでにそれを裏付けている話だが……対象に含まれる『構成要素の強化』に止まらず、使い魔程度とはいえ『出自の縁による連鎖召喚』や『空間の異界化』さえも、聖杯による存在証明の範疇なのだという。
「ま、あの雑魚どもを繰り出してきたのは、奴さんにとっても相当な博打だったはずだ。何しろ、その『出本』の存在に感づかれた時点で、『汎人類史の漂流物』のこともまた芋蔓式に割れちまうリスクがあったんだからな。いやぁ、そこんトコ、よくやってくれたぜお嬢ちゃん!」
「ウェッ。あ、あはは……どうも。あむ」
……今、鳴いたか? ペンギンが確かあんな鳴き声だったな。さすがにその様子は、心ここに在らずが過ぎるだろう。ていうかまだ食ってんのか。
「しかし……随分器用に聖杯を扱うもんだなぁ。正直、まだ理解が追いつかないんだわ」
「『スプリガン』をベースにしてやがるんだ。そりゃ頭も回るだろうよ」
ハベトロットの疑問に、クー・フーリンが答える。どうやら彼の眼から見ても、生前の『スプリガン』という男は相当に頭が切れる人物だったらしい。
「……『ベース』ってコトは、やっぱり本人そのものじゃないのかな……?」
と、つい数十秒前まではペンギンだった藤丸が、急に鋭い疑問を呈した。
……アイツの『バカをやっているとき』と『唐突に勘を働かせるとき』との温度差が激しすぎて、そろそろ風邪を引くかもしれない。ロシア異聞帯の極寒すら耐えてみせたこの僕が。
「あ~……その辺どうよ? バーゲスト」
今度はクー・フーリンが彼女に意見を求めた。
「……私が最初に対峙したときも、我々現地組が総出で対峙したときも、印象に違いはありません。奴は二度ともに、『スプリガン個人』と見なせる言動をとってはいました。が……」
つまり、印象自体はかつての『スプリガン』に相違ない、と言えることは確かなのか。しかし、バーゲストの性格にしては……妙に歯切れの悪い物言いではなかったか──
と、違和感を覚えた矢先だった。
「──それがスプリガンなものか」
たった一言。
彼が発したその音節が、管制室中の誰もが抱いていた疑念を丸ごと呑み込んだ。
「……オベロン」
彼の何が視えたのか。アルトリアはオベロンから目を離さず、彼の名をただ口にした。
そんな彼女の様子などお構いなしに、現地組を映すモニターを真っ直ぐに見据え……聞く者すべての、足元よりさらに下。地の底から這い上がるような声色で、彼は問う。
「なあ──そうだろう、モルガン」
「──……」
……対するモルガンは無言だった。二人のそれが応酬として成立するものなのかは、やはり判断がつかない。
だが、判ることがひとつある。この一瞬に凝縮された二人の王のやりとりは、『真相』に迫った者同士が暗黙の内に交わす『最終確認』なのだ。
ここで僕は、二人が真相に迫りえた理由と、ここにいる全員が抱いていた疑念の根拠が、コヤンスカヤが言っていた『例の件』に関係するものだろうと直感した。
「……単刀直入に訊くぞ」
僕は、モニター越しの現地組を含め、管制室に集った『当事者』達に向けて問う。
「アンタ達はどうして最初から……この『スプリガン』という男を疑わなかったんだ?」
このタイミング以外に、訊くべき時は来ないだろう。もはや、遠慮の余地はない。
「……私がお答えします。カドックさん」
応じたのは、妖精國出身者を除いて『スプリガン』に最も詳しい、マシュだった。
「そのことを切実に問われるということは、それ以外の事情についてはすでに網羅されているものと理解します。ゆえにカドックさんには、もはやこう申し上げるだけで伝わるはず──」
その前置きの文言は、僕が知り得ないのも無理はない、と言っているに等しかった。
「私たちは、いえ。彼の人となりに触れた者であれば、『彼が妖精國に復讐心を抱くはずがない』と、そう識っているからです。なぜなら、彼は……『金庫城の宝物』と、それを生み出す『妖精國』を──
────。
「…………は?」
……おい。こればっかりは、置いてけぼりどころの話じゃないぞ。だって、その要素が推理に加わるのなら、この事件は──
「……ならこんな計画──
──生前の『スプリガン』という男の、『全否定』にほかならないのだから。
「だが、少なくとも『ガワ』は確実にスプリガンだ。奴の姿を取り、思考回路もそっくりそのまま、本人に遜色無く振る舞えるってコトは、聖杯の庇護下にある灰の中には『奴の遺灰』も含まれていたんだろうからな。そうでもなきゃ、あれほどの『復活』だか『再現』だかには迫れねぇよ。しかしまあ、奴本人が器になっているのか、意識はあるのか、混合してやがるのか……その辺はノイズが多すぎてわからねぇ」
……どうりで、コヤンスカヤがこの件を情報提供に含めなかったワケだ。ああ。これは確かに、彼女が扱う『商材』にしては『欠陥品である』というほかないだろう。『スプリガンが犯人』であると同意しながら、『未確定な部分が多い』と保留したことも、まったく矛盾してはいなかったのだ。そして何より、あの言葉──
『──ほかの誰でもない
……あれは、そういう意味だったのか。
「報告は完了だ。情報不足に行き当たったのなら、捜索を再開するべきだろう。美味しい」
「おお、これはなかなか珍味な……む。マスター、お連れいただいた黒犬を、こちらに」
「はーい。あ、メリュジーヌ、おかわりいる? バーゲストも言ってね」
……待ってくれ。なんで今の一瞬で、グルメリポーターが増えてしまったんだ。
「……よし、そうか──モルガン陛下! 通信の後、船内へ広域展開しておいた黒犬をこの個体に追わせます! 彼らのうち一頭が、バーヴァン・シーの痕跡を掴んだようです!」
「本当ですか、バーゲストさん! 黒犬さんにもご褒美を差し上げないと!」
「そいつはお手柄だ! チッ、俺がフレキとゲリを遣っておくんだったぜ。お、美味ぇ」
「迷惑をかけた分、これから取り返さなくてはな。次があれば活躍させてやれ。あっ……すみませんマスター、も、もうひと切れ、頂いてもよろしいですか?」
……おい。どう考えても超重要な吉報が、滅茶苦茶な食レポで埋まっちまったぞ。
「──なるほど、黒犬の『嗅覚』が通じたと! バーゲストさん、いけそうですか?」
「『視覚』で暴ける偽装なら、『他の五感』が適うこともまた道理。お任せを、シオン殿」
「陛下はコンディションどう? 大丈夫? だいぶ消耗しただろう。ちゃんと食べときなよ」
「ええ。充分に休み、果実も美味しく頂きました。偽装魔術に関しても心配は要りません。お前たちにバレた以上、この先はカバー分の魔力供給のみに集中できます。ただし──私の身を案じて遠慮などしないように。出力を抑えて敗北など、絶対に許しません」
モルガンまで食レポにノってしまった時点で、僕は考えることをやめた。
「……」
呆れ気味に周囲を見回していると──僕とは違い、呆れなどではなく、やや沈痛な面持ちでモニター越しのモルガンを見つめる、アルトリアの姿があった。
……そろそろ通信も終わることだ。先に話をつけてしまおう。
「(アルトリア。この後、外で話がある)」
彼女の視界に入るよう合図を送り、顔にそう書いて意図を伝える。
「──……!」
一方通行の意思伝達だが、彼女はこくり、と頷いてくれた。
「……話はついたな。キャプテン! 日本までの時間はどれぐらいかね?」
「現在の速度を維持する場合……六時間、といったところだろう。当たり前だけど、通常の船では有り得ない速度で航行中だよ。それなりに急がないとまずいかもだ」
「到着自体を防ぐ必要もあるからね。各国の失せ物が山積した異形の船が、突如として着港するんだ。その事実を刻まれた時点で、人類史の改編が成されてしまう」
通信終了を見越し、首脳陣が仕切り直す。
「それだけじゃねぇ。その頃にはもう、バーヴァン・シーから霊基を削り取る段は終わっちまってるはずだ。バラバラに分けられたうえで聖杯による存在証明の改編で因果律まで上書きされりゃあ、いよいよ不可逆の変質を迎えちまう。つまり、『着港した時点で俺達の敗け』ってこった。いいか、その前に片付けるぜ!」
「捜索を開始しましょう! 手遅れになる前に見つけ出さないと……!」
クー・フーリンによって、作戦の必要条件が現地・管制室に集う全員にリマインドされる。その横でマシュが食い気味に盾を構え、全身で『いつでも出撃できます!』と意志表示をしていた。
「急ぎたまえ。余程の必要が無い限り、当艦への通信は不要とする! 私からは以上!」
「ま、そもそも通信する余裕は無いだろうけどね。っと、これも今伝えておかなきゃ! おーい、立香ちゃん! ネモ・シリーズのみんなからのメッセージだよ! 『第二陣が必要になったら、令呪を使って呼ぶといい』だってさ! ──安心するといい。君達に必要なタイミングで確実に送り込めるよう、万全の状態に調整しておくとも!」
シリーズ総出で解析シークエンスに詰めていた甲斐もあって、後方支援は順調に進んでいるようだ。
「レイシフト単体の着地点指定は、クー・フーリンを送り出したときのクオリティが精一杯だけれど──レイシフトに加え、令呪をアンカーとして同調させることで、その障害を突破可能にする理論構築が完了した。プロフェッサーの概算によると、九分九厘で成功する水準までブラッシュアップができている。なに、足りない確率分は僕達の技術が補うさ。着地点の誤差は五十センチメートル以内に抑えてみせよう。そして……君達のバイタルサインだけは確実に、何があっても拾い続けるからね──以上! 現地調査員諸君の健闘を祈る!」
ゴルドルフ司令官、ダ・ヴィンチ、キャプテンの激励をもって、戦前の挨拶が済まされた。
「……ん。前回の通信でやりそびれたコト、何かあったんじゃないのかい? カドック」
──ああ、あの件か。大した話ではないが、キャプテンに気を遣わせてしまったようだ。
「藤丸! マシュ!」
せっかくだ。促されたとおり……今度こそ、僕は二人に声をかける。
「お前達なら、今回だって解決できるはずだ。行ってこい!」
「──! ありがと、カドック『先輩』!」
「先輩の先輩、ありがとうございます! 行ってきます!」
二人はそう言って、頭痛がするほど賑やかに──幾度目かの困難に飛び込んでいった。
お読みいただきありがとうございます。
後方支援組の情報戦が軌道に乗り、状況再開。
今章までがおそらく本作の『前編』になるかと思います。
第六節【在るべき形】に続きます。
お付き合いいただけますと幸いです。