望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





在るべき形【二】

 

 

 ◆

 

 

 

 船首甲板から船内へ駆け戻る。

 

「──はぁっ、はぁっ、……ッ!」

 

 船内に背を向けた瞬間からずっと、後ろ髪を引かれっぱなしだったんだ。それを逆手に取る勢いで、突入する速度に換えてやる。

 

「ダメです先輩、私がお運びしますので! みなさんと並走なんてご無理はなさらず!」

「ありがとう! はぁっ、でも、っ、こうして、走ってなきゃ、気がっ、済まないの!」

 

 全身に絡みつく焦燥と、鬱積した諸々の事柄を振り切るように、私は走る。

 

「バーヴァン・シーの痕跡を掴んだ黒犬は二頭! 一頭に対象の追尾を命じ、もう一頭に我々の合流を待機させています!」

 

 走っているうちにいつの間にか、先ほど『スプリガン』と接触した場所──上下階を連絡する階段のエリアまで戻ってきたようだ。

 

 先頭を走る案内役の黒犬は、そのまま上階へ続く階段を駆け上っていく。私の『おやつ』を今度こそ食べることができて、すっかり元気になってくれたみたいだ。

 

「上階へ突入します! このあたりのマッピングは完了しています。ナビゲートは私が!」

 

 先行する黒犬の行く先をマシュがナビしてくれるおかげで、失速せずに進めている。

 

「階段の先は通路の末端です! 道なりへ進めば、拓けた空間へ出るはずです!」

 

 マシュの言うとおり、階段の先には壁が見え、一方にのみ続く通路がある。私達が登らなかった反対側と左右対称に伸びているようで、船体中央部へ続いていた。

 

 そこからはただひたすら、真っ直ぐに走り抜ける。その先に、待機中の黒犬がこちらを向いて立っているのが見えた──どうやら、この先らしい。

 

「ご苦労、お前も続け!」

 

 バーゲストの掛け声で、待機中の黒犬も案内役に回る。そのまま進むと、通路前方に横へと続く曲がり角が見えた──瞬間。

 

「!」

 

 先行して曲がり角へ向かった二頭の黒犬に、もう一頭の黒犬が突っ込んできた。

 

 ただし──それは面と向かってではなく、『背中から』である。

 

「チッ……! 良し! お前達は下がっていろ!」

 

 バーゲストは倒れる三頭の黒犬達の傍を通り過ぎつつ、先頭へ躍り出た。

 

「君も先行しすぎだ、バーゲスト!」

 

 黒犬という斥候が取り払われた以上、真っ先に踏み込む者のリスクは激増する。それを危惧したメリュジーヌも、バーゲストに並んで前へ出る。

 

 直後、二人が足を止めた。どうやら、状況が確認できたようだ。

 

「──やられたな」

 

 メリュジーヌがそう呟くのが聞こえたと同時に、全員がその光景を目の当たりにする。

 

「──何、これ……!」

 

 そこには──バーヴァン・シーの痕跡を捕捉した黒犬達によって、ここまでずっと追跡されていた『ターゲット』が──充満する灰の中で、巨大樹のように聳え立っていた。

 

「こいつがお前さんの言っていた『バカデケぇゴーレム』か、バーゲスト!」

 

「ああ! 少々細部が違うが──だが確実に、黒犬どもは此奴に反応していた!」

 

 ……黒犬達はあくまで『痕跡』を感知したというだけで、必ずしもバーヴァン・シー自体を発見したとは限らないということぐらい、私だって理解していた。

 

 それでも、その『痕跡』が『彼女の匂い』である以上、黒犬達は最低でも『彼女がつい先ほどまで居た場所』を嗅ぎ付けたんだろうと……そうであってほしいと、思っていた。

 

 しかし。その願望は──

 

「おいおい、じゃあこのゴーレムの素材って……!」

「ああ。バーヴァン・シーの『移植』が済んじまった『積載物』ってワケだ!」

 

 ──考えうる限り、『最悪の形』で実現してしまったのだ。

 

「つまり此奴らは、『金庫城の宝物』ではなく──『()()()()()()()()()()()()か!」

 

 ……聖杯を用いた存在証明による、概念の改編。それは確かに、『魔術による感知』や、トリスメギストスⅡの機能のような『情報による演繹』を掻い潜る脅威ではあった。しかし、チェンジリングに用いられた『代替品』の見た目がそうであったように、『物理的な観測』に対する偽装効果は極端に薄い、という『弱点』があった。そして、彼らにとってその弱点は、『どうあっても覆せない』致命的な急所でもあるのだ。それは、先ほどの通信でもシオンが解説中に触れていた、重要なポイントである。

 

『今回の容疑者に限っては、形状までは改編できないはずなのです』

 

 ……当然の話だ。なぜなら、彼らの目的である『汎人類史への帰還』はあくまで『通過点』であり、その先に続く『実体として在り続ける』という願望こそが、彼らの本懐なのだから。そして、その実体化を確立するためには『物理的存在としての強度を堅持する』必要もあるがゆえに──『外見・匂い・質感』などの物理的な要素だけは、概念の改編によって『不安定にするわけにはいかない』のだ。

 

 その証拠に、この特異点『イナバマル』の船内には、代表者である『スプリガン』が最期まで身を置いていた領地──『鍛冶場街・ノリッジ』に漂っていた匂いが、依然としてこんなにも濃密に染み付いているのである。

 

 だからこそ、彼らの復讐──『妖精國の代表的存在を拐かす』という絶対条件を実現させるためにも、バーヴァン・シーを分解こそすれど、彼女から『彼女たらしめる要素』を完全に消し去ることは、同じく回避すべき事柄であるはずなのだ。なぜなら、彼女からその要素を消し去ってしまえば──『復讐対象としての絶対条件が失われる』のだから。

 

 仮に、彼らの復讐が『妖精國の代表的存在を殺害する』ことで為される類のものであったならば、『彼女たらしめる要素を維持しつつ解体する』なんて手間をかける必要はなかった。しかし、『妖精國の代表的存在を漂流者にせしめる』ことで為そうというのであれば、その手間は一切惜しまずに取り組むべき、必要手順なのである。ゆえに、この特異点に『彼らを象徴する匂い』という痕跡が残されていたように、バーヴァン・シーの『匂い』もまた同様に残されており、こうして黒犬が嗅ぎつけるに至ったということなのだ。

 

 つまり……その『弱点』は、『彼ら』が『彼ら』で在ろうとする限りにおいて必ず課される『制約』であり──私達にとっては、彼らを解明し、バーヴァン・シーの居所を突き止めるための、数少ない『手がかり』でもあるのだ。そこに、間違いはないんだけれど……。

 

「そんな……! 現時点で、すでに移植の段階に着手し始めているというのですか!」

 

 黒犬がバーヴァン・シーの匂いを追った先に、このゴーレムが居たということは──それが『彼女の一部を移植し終えた汎人類史の漂流物』であることが判るのと同時に、『すでに彼女はバラバラにされた』ことの証左にもなり──『手遅れ』であることを意味していた。

 

 ……でも、『そのため』とはいえ──本当に、『解体』と『移植』なんて手段を取るものなのか……未だに私は信じられずにいた。

 

「現時点どころか、拐ってからまもなく解体作業は始まったはずだ。いくら聖杯のバックアップがあったところで、サーヴァントの霊基を生かしたままバラし、そのうえで現界の維持まで実現させる──なんて無茶を通すとなりゃあ、さすがに時間が掛かるってもんだ。だからこそ奴ら自身は前線に出張らず、裏から搦手ばかり寄越してきやがったんだろうぜ」

 

『奴ら自身は出張らず』……? 

 

 ……そうか。そういうことになるのか。彼らが私たちに対して実行したことといえば、魔力吸収現象による妨害で根本的な自由を封じ、バーゲストとメリュジーヌに同士討ちを誘い、その間も私達を自由にしないよう、大量の敵性存在を投入したことぐらいのものだ。

 

 あの百鬼夜行にしたって、汎人類史の漂流物達の出自の縁から抽出した『使い魔』であって、『漂流物達そのもの』ではなかった。つまり現状、彼らは直接介入を一度もしておらず、まったくの無傷と言っていい状態なんだ。

 

 でも、そんな中でようやく私達は、こうして『漂流物』それ自体を眼前に捉えることができた。着実に、この特異点の真相に迫りつつあることもまた、間違いないはずだ。

 

 ただ──予想外だったのは、これまでひた隠しにされてきたそれらは、積載物よろしく丁重に扱われるわけではなく、ゴーレムという『戦闘形態』を採っている……ということだ。

 

「でも、アレはちょっと話が違わないか? 敵にとって『漂流物』は、無傷で元の世界へ還すべきモノなんだから──この計画の中でアレは、いちばん大事な存在なはずだろ? それが何で『金庫城の宝物』と同じように、ゴーレムの素材にされちゃってるんだよ!」

「そうなのですが……『話が違う』と言うのなら、それは『金庫城の宝物』がゴーレムの素材として扱われていた時点で、状況はすでにおかしいのです。だって──『彼』が本当にスプリガンさんであるのなら、『金庫城の宝物』こそが、損壊の危険から遠ざけるべき対象であるはずなのですから。しかし、確かにおっしゃるとおり──『彼ら』の目的を思えば、現状において『漂流物』も同様に、損壊の危険から遠ざけたいはず……」

 

 そう。『漂流物』にせよ『金庫城の宝物』にせよ、『彼』が『スプリガン』本人であれ違うのであれ──それら『積載物』を素材として造られたゴーレムが、こうして損壊の恐れがある戦場に繰り出される状況自体が……どう転んでも矛盾して思えるのだ。

 

 でも、こうして敵性存在として立ちはだかっている以上、私たちは応戦するほかない。

 

「とにかくここからは……彼ら自体が戦力として繰り出されるってことだね!」

 

 ──しかし、ゴーレムに動きはない。その場でただひたすらに聳え立つのみである……要するにその態勢は、『私達をこの先へ通す気はない』という意志の表れなのだ。

 

「マシュ、あのゴーレムの奥のエリアって……どうなってるかわかる?」

「はい。この広間から先のエリアも、たった今マッピングが終了しました。充満する灰でよく見えませんが……最奥部の壁面中央に、上階へと続く通路があるようです!」

 

 確かマシュは、この広間は船体の中央部に位置する場所だと言った。船体の建造物は山型をしているため、その通路はおそらくさらに上階へ迫ることができるルートのはずだ。

 

「わかりやすくて助かるぜ。つまりこのゴーレムは、その通路の『番人』ってワケだ」

 

 少なくとも黒犬ぐらいなら簡単に吹き飛ばし、瞬殺できるほどの戦闘力を有する『積載物のゴーレム』……しかしそれは、すでに『バーヴァン・シーの一部』が移植されてしまった『漂流物』から成る存在であるため、無闇に手を出せな──……

 

 ……ああ、なるほど。そういうことか……

 

「私達が『手を出せない』って見抜いていたから、堂々と繰り出してきたんだね……!」

 

 頭痛を伴うほどの憤りが空回り、虚脱感へと転じていくのが感じられる。

 

「ま、そういうことだろうな。つまるところコイツは、俺達の進行を武力で阻む番人でもあり、バーヴァン・シーの痕跡を辿らせて誘き寄せるための罠でもあり……喉元どころか、魂にまでナイフを突き付けられている──『人質』そのものでもあるってワケだ」

 

 ああ。それはもう、『損壊の危険』は無いと言っていいだろう。私達という敵の眼前にその姿を晒してもなお……彼ら『漂流物』は未だに、安全圏に居るのだから。

 

 もはや現状は、かつての妖精國……罪都キャメロット城内・玉座の間で起きた人質事件の『再演』にほかならなかった。

 

「……くそ……!」

 

 振り払ったつもりでいた焦燥が、いつの間にか──再び私に追いついていた。

 

「──っ! みなさん、構えてください!『仮称・漂流物ゴーレム』の全身から、多数の敵性反応が湧き出ています! 魔力パターンは前回の『百鬼夜行~船上のすがた~』に見られたものと同じ!『漂流物の出自の縁』から生成された、『使い魔の軍勢』です!」

「嘘だろ? あのゴーレムだけじゃないのかよ! って、前回より数が多いんだわ~!」

 

 また出てきたのか……! ふざけるのは私のネーミングセンスだけにしてほしいな!

 

「そりゃ、アイツは漂流物で造られたゴーレムなんだからな。アイツの身体を形成している、百だか千だかの個体につき、最低でも一体ずつ使い魔がお出ましとなりゃあ──こうして毛ジラミみてぇに湧きもするだろう──ぜっ!」

 

 クー・フーリンはそう言いつつ、炎のルーンを空中へ数珠繋ぎのように水平に刻み、私達を取り囲もうとする使い魔の軍勢へと向けて放っていた。

 

「マシュ、クー・フーリン! もう一回アレやるぞ!『ハベにゃんトラップ戦法』だ!」

「了解、ハベトロットさん! 何度聞いても素敵な響きです!」

「応! だが今回の広間は前回よりキャパがある! だーいぶざっくりでいいぜ!」

 

 と、前回の勝手を気に入ったのか、三人は早速あの作戦を展開し始める。

 

「なるほど。その要領であれば、私は賢人とハベトロット両名の役割を一挙に担おう!」

「じゃ、僕はマシュの手伝いをしようかな。音速で潰せば、モグラ叩きもご破産だろう」

 

 元より鎖での拘束、爆炎での一網打尽を得意とするバーゲストは、確かにこの作戦との相性が良い。そこに、ひとりだけ機動力の次元が違うメリュジーヌの牽制が加わるならば、前回の何倍もの軍勢が相手であろうと、対抗できるだろう。

 

「お前ら! 手伝うのはいいが、間違ってもゴーレム本体にはカマしてくれんなよ!」

 

 本来であれば、この使い魔達の発生源であるゴーレム本体を真っ先に叩くべきところだ。しかし、そのゴーレム自体が人質でもある以上──それをお構いなしに押し寄せる、使い魔の軍勢を退けることが優先される。

 

 けれど……これがあのゴーレムによる使い魔召喚の『第一波』にすぎない可能性は、大いにあるだろう。というか、ここはああして、発生源が堂々と聳え立っているエリアなんだ。どう考えても……あのゴーレムが居る限り、この使い魔達は無限湧きコースだ。

 

 ……それは、まずいな。

 

「──……」

 

 私はさりげなく、モルガンの様子を横目に捉える。見た感じ、これといった異常はない。ただ、何やらまた、新たな魔術を発動させる準備をしているようだった。

 

 ──モルガンの『偽装魔術』……もとい『魔力供給術式』は、先のバーゲストとメリュジーヌの戦いを経た現在もなお、継続している。私達を常時覆っている『遮蔽魔術』のドームも同じく展開を継続しているが、これはモルガンの魔力消費を最小限に抑えるため、彼女の半径十メートル以内に展開範囲を限定したものだ。そして現在、私とモルガン以外のメンバーは全員、ドームの外へ出てしまっている。

 

 つまり現在……バーゲスト、メリュジーヌ、ハベトロットの三人には、またしても魔力供給術式のバックアップがフルで発動する状況になっている、ということなのだ。

 

『遠慮はいらない』と彼女は言っていたけれど……このままで本当に、大丈夫だろうか。

 

 と、ひとりであれこれと心配をしていると。

 

「わ、まぶしっ……!」

 

 今日イチで強烈な光を放つ魔力が、モルガンの周囲から溢れ出していた。

 

 ……あれ。この感じ、前にもどこかで──

 

「──我が妻。これより少々、私を中心に空間が軋み、それなりの振動が走るかと思います。その衝撃で転ばぬよう、ご注意ください」

「わ、わかりました」

 

 ……多分これは、地面にベターっと伏せておいたほうがいいな。立っていたら踏ん張りきれず、頭から地面に突撃してゴツンといく気がする……よいしょっと。

 

「……賢明な判断ですが……伴侶に対して取るべき姿勢としては些か、その。外聞に問題が」

 

 いや、なりふり構っていたら死んじゃうの。私、一応ただの人間なの。

 

「──っ! あンの親バカ……!」

 

 と、私達からさほど離れていない位置に陣取っているクー・フーリンが、こちらに向かってそのように吐き捨てる。

 

 ……あんな剣幕で『親バカ』と言うってことは……モルガンは今、やっぱり──

 

「(──モルガン……)」

 

 ……私は彼女の献身を、見守るしかなかった。

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。


潜入再開です。
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