望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。


※今章を計2話→計3話に再分割いたしました。(2023.11.10)





煤払【三】

 

 

 ◆◇

 

 

 

「先輩! 管制室より概要データが送られてきました!」

「ありがと、マシュ! うわっ、こんないっぺんに?」

 

 マスターミッションと称した自主トレーニングメニューを中断し、現在判明している情報を整理しながら、マシュと一緒に大急ぎで管制室へ向かう。

 

 ちなみに、さっきまで私たちと居たフォウ君は案の定、ついて来たがらなかった。……ってことは多分、そういう案件なんだろう。

 

「藤丸、着きました!」

「マシュ・キリエライト、同じく到着しました!」

 

 二人揃って管制室に駆け込む。中を見やると、招集対象のメンバーはすでに到着していた。

 

 モルガン。

 ハベトロット。

 バーゲスト。

 メリュジーヌ。

 アルトリア・キャスター。

 クー・フーリン(キャスター)。

 

 あれ、オベロンもちゃんと来てる……ははぁん。さては『来なかったら犯人だと疑われる』とでも思ったのかな?

 

 そして──妖精國メンバーが一堂に会したこの場に、バーヴァン・シーの姿がないことを確認して初めて、さっきの伝令が真実なんだと実感する。

 

「……」

 

 当然というべきか、腕を組んで佇むモルガンの表情は固い……大丈夫かな。

 

「で、何があった?」

 

 早速、クー・フーリンが口火を切った。

 

「見てのとおりだ。僕らが妙な魔力振動を受けて、バーヴァン・シーだけが消えたんだ」

「そこじゃねぇ。原因を訊いている」

「原因は不明なのだ、賢人。ネモやダ・ヴィンチ達が調査に手を尽くしているのだが……」

 

 メリュジーヌとバーゲストが、それぞれ応答する。

 

 現在、艦内に発生した異常魔力の観測データをもとに、ダ・ヴィンチちゃんを中心として解析作業の真っ只中だという。ただ、現場となったラウンジには、異常魔力が一瞬出現したという事実が導き出せるのみで、それ以上の痕跡は残されてはいなかったらしい。

 

 そんな現状でやれることといえば、状況証拠を基にした推測。あとはストーム・ボーダー外の異常──つまり、特異点などの反応が、新たに生じてはいないかを警戒する程度のことに限られていた。

 

 するとそこへ、

 

「では、そのあたりは私からお伝えしましょう──おっと、みなさんお揃いですね。招集した張本人が遅れてしまい、申し訳ありません。いやぁホント、ほぼ半日待ちっぱなしとか参った参った!」

 

 トリスメギストスⅡと仲良く篭っていたシオン・エルトナム・ソカリス女史が、両腕を上げて、背中をぐい~っと伸ばしつつ、元気よく姿を現わした。

 

「シオン君! ここに来たということは、トリスメギストスⅡの回答は得られたのかね?」

「ええ。一連の出来事が起きた直後に回答が」

「……そうか。完全に後手に回ったな……」

「無理もありません。この回答は後手に回らなければ得られないものでしたので。今朝観測された微小特異点……その強度が先ほどの件を経て増大したことで、演算時の不確定要素を解消したのです」

 

 どうやら、バーヴァン・シーが消えた一連の事件がトリガーとなり、今朝観測された微小特異点の強度が増大してしまった、という話みたいだ。実際、こういうパターン自体はそう珍しくない。

 

 でも。それと同時に、トリスメギストスⅡの演算の保留状態が解消された……?

 

「にわかには考えがたい話だ。だってそれは──例の微小特異点は『バーヴァン・シーがノウム・カルデアから消えること』でしか増大しえず、『その一点が満たされない限り、トリスメギストスⅡも演算のしようがなかった』──ということになるんだからね」

 

 と、たった今私の頭にもよぎった疑問点を、ダ・ヴィンチちゃんが的確に言語化してくれた。……しかし、そう考えた場合、余計に不可解に思える点があることも確かだ。

 

『バーヴァン・シーがノウム・カルデアから消えること』という特定条件が満たされるまでは、例の微小特異点の脅威判定については演算のしようがない──という判断のもとに、トリスメギストスⅡが回答の保留を選択したのなら。その時点で、バーヴァン・シー個人に何らかの異常事態が生じる可能性を、いち早く勧告できたはずじゃないの……?

 

 そんな疑問とは裏腹に──事実として、そのような勧告が出されることはなかった。つまり、トリスメギストスⅡは、例の微小特異点が『特定条件』を満たせば増大すると予測しておきながら、その『特定条件』がバーヴァン・シーに関わるものだという回答には至らなかったのだ。

 

 というコトは……、えっと……。

 

 うん、どうなってんだいこりゃ。

 

「くそっ……我々はみすみす脅威が増すのを待っていたというのか!」

「落ち着いて司令官。僕もハリセンボンのように膨れる想いだ。続けてくれ、シオン」

「ええ。半日喋れなかった分、水を得た魚が如くお話ししますとも!」

 

 と、キャプテンの言い回しにカケたような相槌を打つシオンさん。今日もなかよしだ。

 

「ではまず確定事項から──例の微小特異点は脅威判定を更新。驚くべきことに、その強度は『亜種特異点』にのそれに迫りかねないものとなりました。それも、今回はただの特異点ではありません。なんと世にも珍しい──『移動する特異点』です。いやぁ、水を得た魚は私だけじゃなかったみたいですね!」

 

 えっ……それは笑えない冗談だぞ。『移動する特異点』ってどういうこと? 

 

 武蔵ちゃんこと、『剪定事象の宮本武蔵』や、同じく『剪定事象の天草四郎時貞』らのように、元いた世界から別の世界へと転がり出続ける『漂流者』のことを指し、これを『移動特異点』と称する例はあったのだけれど。

 

 いや。それよりも、もうひとつの件だ。……今、シオンは『亜種特異点』に迫りかねない、と言ったのか──?

 

 特異点は、脅威判定のレベルによっていくつかの種類に分類することができる。

 

 私たちが最も多く遭遇するのが、発生条件も介入難易度も低い『微小特異点』である。これはたとえ放置していても、人類史にもたらす影響としては多少困ったことが生じる程度で、万が一解消されずともほぼ心配はないと言っていいものだ。脅威判定としては最低レベルの特異点となる。

 

 逆に、これまでで最も代表的、かつ、最高レベルの強度を誇っていたのが、ゲーティアによる人理焼却時に発生した『七つの特異点』だ。それらは、人類史上の重大なターニングポイント──『人理定礎』を崩壊させる恐れがあり、これを『特異点』──最高レベルの脅威判定と位置付けた。

 

 最後に、『亜種特異点』──これは、その規模や内容こそ『七つの特異点』に比べて限定的なものであったが、脅威判定は『特異点』に勝るとも劣らないものであり、発生時は即時解決が要求される緊急事態なのだ。

 

 ……そして、今回の特異点。

 

 観測当初は『微小特異点』未満の脅威判定であったはずのそれは、先の一連の事件を経た途端に、その『亜種特異点』の脅威判定が与えられようか──というレベルに急成長したというのだ。

 

 何がどうなったら、そうなるというのか。

 

「そして、これが目下の問題点なのですが……先ほどの異常な魔力振動の際、バーヴァン・シーさんがこの特異点に誘引されたものと思われます」

「……!」

 

 バーゲストとメリュジーヌが、揃って表情を険しくする。

 

 無理もない。目の前でなす術もなく、同胞が消え去ったんだ。そして今回のそれは、より屈辱的な事実として認めざるを得ないものでもある。

 

「それでは……バーヴァン・シーさんはただ消えたのではなく──」

 

 ──何者かに略奪された、ということなのだから。

 

「はい。状況としては、『レイシフトに近い手法で転移させられている』と考えて良いでしょう」

 

 ──レイシフト。

 

 その適性を持つ者を、今いる時代とは異なる時代へ転移する手段。通常、生身のままではまず不可能なその偉業を、『霊子変換』という科学と魔術の合わせ技によって可能にした技術だ。

 

 レイシフト適性者の肉体を『情報』として扱うことにより、異なる時代という『情報のキャンバス』に投影し、転移した適性者を一時的に『その時代に存在する情報の一員』として振る舞わせ、そのように観測する。その間、適性者の存在は、『元いた時代』と『転移先の時代』という二つの時間軸の間に揺らぐ『意味消失』の危険に晒されることになる。その揺らぎを解消し、転移先での存在を維持し、適性者の存在が矛盾しないよう、外部からの常時観測によって存在証明が行われる──と、これら一連の要素が実現して初めて、レイシフトによる転移活動は可能となるのだ。

 

 ただ、それは転移する適性者が、私のように『生身の肉体を持つ者』である場合の話であり──元々その在りかたが『情報の塊』であるサーヴァントの場合、前者ほどの手厚いバックアップを必要とすることはない。レイシフト先となる時代や土地に縁があるなど、何らかの理由で適合さえしていれば、そのレイシフト適性ひとつをもって転移活動が可能なのである。

 

 ──そして、今。バーヴァン・シーは、そのレイシフトに近い手法で、何者かによって転移させられている……ということらしい。

 

「待ってください! 私とメリュジーヌもあの場に居たのです。なのになぜ、バーヴァン・シーだけが?」

 

 そう、問題はそこだ。

 

 微小特異点の脅威判定が増大した要因といい、今回の一連の事件ではどうして、バーヴァン・シーに関することばかりが、こうも持ち上がるのだろう。

 

「初めから彼女に狙いを定めたものだったからでしょう。お二人は巻き添えを食ったにすぎません」

 

 ……狙いを定めた?

 

「バーヴァン・シーと僕らとでは、条件が違ったということ?」

 

 と、メリュジーヌがシオンに問いかける。

 

「はい。おそらくは」

「歯切れが悪いな、アトラス院のねーちゃん。そこはトリスメギストスⅡの回答にはなかったのか?」

 

 クー・フーリンが次いで問いただす。

 

「ええ。トリスメギストスⅡから回答があったのは『微小特異点の準・亜種特異点化』と、これに対する『レイシフト適性者リスト』のみでした」

 

 それでこの面子を招集した、ということか。

 

 バーヴァン・シーがトリガーとなり発生した特異点である以上、その関係者である第六異聞帯の面々が、今回のレイシフト適性者に選出されることは自然な話だ。しかし、そこまで判明してもなお……バーヴァン・シー個人に関する情報は、トリスメギストスⅡからは得られないという。

 

 ここまでバーヴァン・シーに特化した異常事態が起きていながら、その渦中にあるバーヴァン・シー当人に関する情報だけが、悉く判然としない──その事実が、ひどく不気味に感じられた。

 

「ですが、誘引の条件については見当がつきます。対象を絞った強制的な転移には、契約者が令呪一画を消費して実行するなど、対象と結び付きの強いアンカーを用意して引き寄せる必要がありますからね。そして、先ほどの一件。同空間に居たにも関わらず、メリュジーヌさんとバーゲストさんは転移を免れた──この状況が実現したということは、少なくとも『バーヴァン・シーさん個人』に対して『何らかのアンカーが用意されていた』と見るべきでしょう」

 

 ……ちょっと待って。それはつまり──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──ということじゃないか?

 

「では……これを企てた者の狙いはあくまで、バーヴァン・シー個人だったと?」

「はい。状況的にそう考えるのが自然かと」

 

 なんで、そこまでして、彼女を──

 

「……残念ながら、バーヴァン・シーさん個人を狙った理由については依然として不明なままです──が。状況を見る限り、実行犯にとって、誘引対象は『妖精國の一員であること』が第一に肝要なファクターであることは、まず間違いないでしょう。その候補の中から、実行犯が望む何らかの要件を満たしたために選ばれたのが、バーヴァン・シーさんだった──という経緯だと思われます」

 

 ……それって、つまり。

 

「あー……ってコトは何か? 今回の実行犯のご希望ってのは──」

「はい。以上の推察から結論を述べますと」

「……」

 

 途中、モルガンは深く目を瞑り、

 

「敵は──妖精國の存在が欲しいのです」

 

 宣戦布告の代弁に等しい言葉を、我が意を得たかのような面持ちで聞き入れた。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「妖精國の存在が欲しい……だと……?」

 

 ゴルドルフ新所長がシオンの言葉を反復する。

 

 わかるよ、と心の中で同意を示す。状況自体も深刻だけれど、そんな動機で特異点が成立したケースは、レア中のレアである。

 

 ……管制室はしばらく沈黙が続いた。と、それを払拭するように、

 

「よし、移動特異点の情報が掴めたよ! 座標と規模はこのとおりだ!」

 

 我らがダ・ヴィンチちゃんが、景気づけるようにみんなに伝えた。管制室中央に設置された虚数羅針盤・ペーパームーン上で展開するホログラムの世界地図に、特異点の座標が示される。

 

 どれどれ──と……ん?

 

「海上……?」

 

 ついて出た言葉がそれだった。記憶している限り、大海原が広がるばかりであるはずの座標に、特異点のマークは灯っていたのだ。

 

「国や島……にしては小さいですね」

 

 そう。マシュの言うとおり、今までのものに比べると、今回の特異点の規模は異様に小さかった。

 

「移動してるってコトは……船とか?」

 

 と、いつの間にかマシュの肩の上にいるハベトロットが言う。

 

 うーん……そんなことが有り得るのだろうか。聖杯の在処が船、ならまだしも、船自体が特異点なんてことが、

 

「そうですね。その可能性が高いでしょう」

 

 ……あるらしい。

 

「敵はまず間違いなく、この仮定船舶に搭乗しています。動機から考えるならば、第六異聞帯と縁ある存在による犯行を疑うべきところですが……何か心当たりはありますか?」

 

 当然、そういう話になるだろう。

 

 犯人はここまであからさまに、妖精國の存在に執心のご様子なのだ。今回の事件に実行犯がいるのだとすれば、その動機や素性が妖精國に紐付く存在である可能性は十分に考えられる、のだけれど……それにしては、根本的な問題がある調査方針にも思える。

 

 だって……そう訊くシオンも今、言い淀んだように。()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 横目に様子を窺ってみると、モルガンは何やら思案している様子だ──と、私と同じく彼女のことを見ていたらしいオベロンが、

 

「(いや……だとしたらおかしいだろ)」

 

 聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、不思議な言葉を呟いていた。

 

「(へ?)」

 

 私と同じく、オベロンのその様子を不思議そうに眺めていたらしい、すぐ隣にいたアルトリアと目が合い、はて、と互いに首を傾げあう。彼女の様子からして、妖精眼で看破できるほど具体的な思考内容ではないようだ。

 

「では……心当たりではありませんが。どうにも無関係とは思えないことが、一点だけ」

 

 と、バーゲストが沈黙を破った。

 

 ……こちらも不思議な光景だった。自身の意見を述べるときはいつも、誇りと自信を持って発言する彼女が、このときはどこか遠慮気味というか、何かに気を遣うような様子をみせていたからだ。

 

「何でしょう。聞かせてください」

 

 シオンは続きを促す。

 

「ええ。……バーヴァン・シーが消える直前に聞いた話なのですが……近ごろ、彼女の私物が頻繁に紛失していたそうなのです」

 

 そう告げた直後、彼女が一瞬、モルガンに頭を下げたように見えた。……ああ、さっき気を遣うような様子をみせていたのは、そういうことだったのか。

 

 ──と、ここで私はハッとした。

 

 今回に関して、バーヴァン・シーについての情報は一切回答が出せないという、トリスメギストスⅡの状態だけでも十二分に不可解だったため、今の今まで思い至らなかった。……そうだ。有り得ない。この状況──『バーヴァン・シーが拐われる』という状況に陥るということ自体が、本来なら有り得ないことではないか。

 

 なぜなら──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 かつての彼女が、文字どおり自らの全霊を懸けて手に入れた妖精國。そして、そのすべてを捧げることさえ惜しくは思わぬほどに、かけがえのない存在となったのが──彼女の娘、バーヴァン・シーなのだ。

 

 ゆえに、この状況……ほかでもないそのモルガンをして、最愛の娘がこのような危機に陥ることを看過するなど、想像すらもできない異常事態だった。仮にこうなると予期できていたのなら、きっと彼女は──バーヴァン・シー以外のすべての事柄を二の次とし、あらゆる犠牲を厭わずに、単独であろうと即座に対応していたに違いない。しかし、現にこうしてモルガンが居ながら、バーヴァン・シーは拐われたのだった。

 

 ……もしかしたら、今回の件でトリスメギストスⅡからバーヴァン・シーについて満足な回答が得られないことと、モルガンが一連の事態を感知できなかったらしいことには、何か共通の因果関係があるのかもしれない。

 

 と、ただでさえいっぱいいっぱいの脳内をかき混ぜていた横で、

 

「……!」

 

 バーゲストの話を聞くや否や、何かに驚いたらしいダ・ヴィンチちゃんが背筋をピンと伸ばし、バーゲストの方に向き直っていた。

 

 よく見るとその隣にいるカドックも、今のバーゲストの話を聞いた途端にどこか表情がこわばったような気がした。

 

「……どうした、ダ・ヴィンチ?」

 

 こちらもこちらで、予想外の反応に驚いた様子のバーゲストが問うと、

 

「そうか……()()()()()()()だ!」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは何かに閃いた様子で、聞き覚えのある単語を口にした。

 

 ──チェンジリング。

 

『取り替え子』と呼ばれるそれは、物であれ生物であれ、元いた世界から別の世界へ取り替えられてしまうという、妖精にまつわる悪戯や怪現象を指す言葉だ。

 

「……どういうこと? ダ・ヴィンチ」

 

 すかさずメリュジーヌが問いかける。……うん。ここにきてどうして、チェンジリングの話なのだろう。

 

「同じく最近の話でね。ナイチンゲールやネモ・マリーンたちの報告によると、ボーダー内のあちこちに燃え滓のような放置物が頻出していたらしいんだ。あれはおそらく、今の話──バーヴァン・シーの紛失した私物と入れ替わりに流れ着いたものだったんだろう」

 

 ん、その情報は初耳だ。私も平生、なんだかんだでボーダー内を駆けずり回ってはいるけれど、一度だってそんな異物を目にしたことはなかった。……まあ、どのみち見つけていたとしても、燃え滓程度のものを異物と認識できる自信はもう、今の私にはないんですが。

 

「……」

 

 ダ・ヴィンチちゃんの話を聞き、カドックはまた何かに思考を巡らせているようだ。

 

「すでに予兆はあったというのか……」

 

 そうと察せていたならば、未然に何らかの対策が取れたかもしれない──と、噛み締めるようにゴルドルフ新所長は呟いた。

 

「それでチューニングを図っていたのでしょう。我々の警戒体制の水面下で、今回の事態を引き起こすことが目的であると気取られぬよう、実行犯は彼女の私物を少しずつ会得し、それと入れ替わりに相手側の物をボーダー内に送ることで、双方を結ぶアンカーとしての概念強度を徐々に高め──ついに、『バーヴァン・シーさん本人の略奪』という決め手を打つに至った。おそらく日を増すごとに、彼女と結び付きの強い物が紛失するようになったのではありませんか?」

「……ええ。昨日は……作りかけの靴に至るまでと……!」

 

 シオンの推測は、筋の通ったものだった。

 

 そうだ。いくら何でも、まったくの無作為で、ストーム・ボーダーから任意のサーヴァント一騎を丸ごと奪い去るなんて、到底できるとは思えない。どうあれ必ず、何らかの仕掛けを講じたうえでの犯行のはずだ。そしてその仕掛けこそが、チェンジリングによって設置されたアンカーの存在なんだろう。

 

 チェンジリングの原理や条件については、妖精國で少し聞いたことがあるが、その理解には、妖精國の歴史を一部踏まえる必要があった。

 

 妖精國が空想樹による世界運営から切り離されてすぐ、妖精國のその先の未来は剪定事象ではなくなり、『異聞世界における編纂事象』としての歩みを進めるようになった。曲がりなりにも編纂事象となった以上、それは人類史上に存在する世界運営としての地位を得たことになる。要は、人類史と言うスクロール上に『染み』として発生する、特異点の在り方に近い世界への変質だ。そして、この『異聞世界・妖精國』の強度は『七つの特異点』と同格か、それ以上のものとなった。

 

 しかし、人類史における編纂事象の地位にはすでに私たち、汎人類史という歴史が存在している。ゆえに、同じ惑星上に二つの編纂事象というテクスチャが同時に存在した場合、両者の世界に何らかの相互干渉が生じる可能性があった。

 

 その可能性のひとつこそが、チェンジリングだ。

 

 汎人類史の座標と、異聞世界・妖精國の座標は、同じ惑星上にありながら、それぞれ別位相で重なっていた。互いの世界の中に流れる時間は速度も密度も異なるけれど、同じ惑星上に存在する以上、一定の対応関係は有効だったらしい。それゆえに、双方の歴史の存在期間が重なる座標・年代のものはすべて、チェンジリングによる取り替えの対象範囲となる可能性があったのだ。

 

 ……だからこそ、今のストーム・ボーダーの状況は異常なのだ。なぜなら、その妖精國はすでに、この惑星上からテクスチャごと消滅しているのだから。取り替えようにも、取り替え先が存在しないのだ。にも関わらず、現にこうしてチェンジリングが起きたのだという。

 

 そして、さらに不可解なのがその対象である。まるで、何者かの確固たる意志で狙い澄ましたかのように、バーヴァン・シー本人に加えて、彼女にまつわる物ばかりが奪われたのだ。

 

 ……そうか。トリスメギストスⅡの不可解な回答内容と、モルガンの感知を免れおおせた理由を解く鍵は、このチェンジリングの仕組みに隠されているんだ。今回の作戦において、この仕組みについての早期解明が重要事項となるに違いない。

 

 ……それにしても、トリスメギストスⅡの演算に加えて、モルガンの感知を免れるレベルの状況構築をやってのけるなんて……正気の沙汰じゃない。もはや、現時点の断片的な状況証拠程度の情報からでさえ、実行犯の持つ底知れない執念が窺えるようだった。

 

「……絶対に取り返そう。何もかも取り上げるなんて、こんなの……」

 

 ……そっか。アルトリアにも、似たような経験があったんだよね。

 

 今はなき妖精國に存在した村、ティンタジェル。アルトリアはその村で、いつか妖精國に現れるとされた『予言の子』として、村人の妖精たちによって大切に育てられた。ただし、それは愛情によるものではなく……『自分達妖精に()()をもたらす者』を死なせるまい、失うまい、逃すまい──という思惑に根ざしたものだった。

 

 当時の彼女に与えられた居住空間は、馬小屋。冬は凍傷に罹るほどの寒さで、思い出すだけでも震えがくるらしい。それでもアルトリアは、『寝床が与えられただけでも有難かった』という。日中は『予言の子』としての修練が課され、娯楽の一切を禁じられていた。そのなかで、唯一『私物』として所持することを許されていたモノが、彼女がティンタジェルに流れ着いたときからずっと傍にあったという、『選定の杖』だった。

 

 修練に明け暮れていたある日、突然『選定の杖』から声がした。その声は気の置けない友人のようで、知らない世界を教えてくれる教師のようで、摩耗しきったアルトリアの心を癒し、彩っていた。それからしばらく時が経ったある日、アルトリアが『選定の杖』に話しかけている様子を村人の妖精の一翅が目撃する。すぐさま村中の妖精に知れ渡り、程なくして彼らはアルトリアから『選定の杖』を取り上げた。

 

 こうしてアルトリアは、唯一の心の拠り所を得た矢先に、それを失うという経験をした。その後も幾度となく、彼女が何かに憧れ、『欲しい』『得たい』と望んだ果てに、それらが悉く『奪われる』『失われる』という結果を生むことになった。その末に、いつしかアルトリアは、『自分は決して、何も欲しがってはいけない』という、自縄自縛の呪いに囚われるようになる。そのような経験をした彼女であればこそ、徹底的に持ち物を取り上げられ、持ち主自身の自由さえも奪われる苦痛が理解できるのだ。

 

 そして──バーヴァン・シーもまた、壮絶な過去を経験した妖精だった。

 

 モルガンの娘として迎えられる以前は、何度転生してもその一生の悉くを虐げられ……ついには次の転生が叶わないほどに、魂が死に果てる寸前まで追い込まれた、奪われる側の存在だったのだ。

 

 だからこそアルトリアは、この後に及んでさえ、その因果に囚われるかのように悉くを奪われたバーヴァン・シーのことを、自分事のように想わずにはいられないんだろう。

 

「(……アルトリア)」

 

 私は心の中でそう唱え、彼女のちぢこまった背中を軽く撫でていた。……と、私たちのそうした様子を見ていたらしいオベロンが、 

 

「……で、策はあるのかい」

 

 このメンバーの中で、意外にも率先して口火を切っていた。

 

 ……少し、胸を痛めたような表情に見えたのは、気のせいだろうか。

 

「いいえ。ですが、相手に時間を与えるとマズいコトだけは想像にかたくないので──ぶっちゃけもう、さっそく突っ込んでいくしかないんですよねぇ。これが!」

「結局それかね!」

「是非もないでしょう。この特異点は最早無視して良いものではなくなりましたので。遅かれ早かれレイシフトGO! ですよ」

 

 いつものやつだ。ですよねぇ。

 

「無策は危険ですが……行くしかありません。これは妖精國に対する、明確な侮辱行為なのですから!」

 

 マシュの鼓舞するような意志表明が、この場にいる全員の総意を代弁した。

 

「それじゃ、シオン。選出されたレイシフト適性者リストの照合を」

「了解。マスター・藤丸とマシュさんに加え、今ここに招集したサーヴァント七騎も、リストにある名前と合致しています。ちなみに、ダ・ヴィンチさんの名前も今回、リストにあるんですが……どうされます?」

 

 と、シオンはダヴィンチに問いかける。

 

「うーん……今回はパス。レイシフト適性があるサーヴァントのほとんどが、妖精國のエキスパートなんだ。現地調査は彼女達に任せて、私はこちらに残り、解析のクオリティを向上させる役に回るべきだと思うな」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはお留守番か。でも、謎だらけで臨まなければならない今回のようなケースでは、後方支援の増強は命綱になることだろう。そういう点において、ダ・ヴィンチちゃんがボーダーに残ってくれることは、たいへん心強く思えた。

 

「艦長としてボーダーを置いては行けない僕も当然、レイシフト適性があったとしても同行は無理。シロナガスクジラのように悠然と、バーヴァン・シーと一緒に帰還する君達を待つのみさ──ボーダー内への不可視の一撃を二度と許さぬよう、ホオジロザメのように鼻を利かせながら、ね」

 

 キャプテンも、後方支援組としてやる気満々のようだ。

 

「……それにしても、妖精國に縁ある者ばかり……か」

 

 ゴルドルフ新所長が改めて、レイシフト適性者の面子をぐるりと流し見る。

 

「呼び込む対象を限定してやがるワケだ。まあこういう場合、何かの罠だろうな」

 

 クー・フーリンは慎重に、ほぼ確信に近いといった口調でその可能性を提示する。

 

「罠だとしても行く。この身がここに(ながら)えたのならば──妖精騎士の名にかけて、同胞を救わんが為、我が角を振るいましょう!」

 

 決意を新たにするバーゲストは、己が矜持を声高に掲げてみせた。

 

 と、それに続いたメリュジーヌは、

 

「僕の頭越しに境界を侵す輩には、相応の覚悟を要求しよう──境界の守護者の名において、我が同胞の現在を繋ぎ留めてみせるとも!」

「……耳が痛いね、ダ・ヴィンチ」

「……激痛が走るね、キャプテン」

「あっごめん、そういうつもりじゃなくて」

 

 想定外の相手へダメージを与えるほどに、切れ味の鋭い啖呵を切っていた。

 

「とはいえだ。初っ端から全騎で乗り込むのはさすがに上手かねえ。罠が用意されているとわかりきってるんだからな。この場合、第二陣を構えてかかったほうがいいだろう」

 

 さすがは賢人、最低限の策を考えてくれていたようだ。

 

 うん。私もそうしたほうがいい気がする。開幕で全名、行動の自由が封じられるといったパターンは、それこそ妖精國に突入したときにも経験している。ここ最近のジンクス、というほどのことでもないが、用心に越したことはない。

 

「……」

 

 相変わらず、読めない表情で無言を貫くモルガン。

 

「先に行っておいで。私達は第二陣に控えておくから」

 

 と、オベロンの白いマントを軽く掴みつつ、アルトリアが言った。

 

「引っ張らないで、アルトリア! ──まぁ、叶うことなら。このまま出番がないことを祈っているよ」

 

 オベロンは軽口を交えつつ、遠回しな檄を飛ばす。

 

「一応、俺もだ。手癖の悪いお客様に、まずは妖精騎士一同で挨拶してこい!」

 

 クー・フーリンもアルトリアとオベロン同様、第二陣として備えておくようだ。

 

「……ええ」

 

 ようやく言葉を発したモルガンの合意をもって、今回のメンバー編成は決定した。

 

「行きましょう。マスター、マシュ──我が騎士達」

 

 全員による『応!』の掛け声を合図に、第一陣の出撃準備が始まる。

 

 ……待ってて、バーヴァン・シー。

 

 必ず、連れ返してみせるから!

 

 

 

「『アンサモンプログラム スタート』」

「『霊子変換を開始 します』」

「『レイシフト開始まで あと3 2 1』」

「『全工程 完了』」

 

「『──リトライブ・オーダー』」

 

「『実証を 開始 します』」

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。

シナリオの都合上必要であるとはいえ、本章はやや公式設定面のリマインド要素が多くなり恐縮です。



構想初期のお話を少し(※2部7章ネタバレあり)。

当時は2部7章を控えている時期で、カドックくんの身がどうなるかわかったものじゃない状況だったんですよね。なので本作しょっぱなからお仕事してくれている彼が、ともすれば出演しない方向に修正しなくてはならない可能性なんかも考慮していました。
結果的にむしろ、オーディール・コールというクールタイム(という名のガチシナリオ追撃期間)が設置されて、当初よりも収まりの良い時系列設定に落ち着くことができ、ほっと安心したものです。

引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。
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