※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
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金庫城で造られた幽閉結界の外へ向け、目一杯高くかざした右手。その甲に託された、三画の赤い紋様を見やる。オーダーが聞き届けられた合図か、紋様は所有者の叫びに応じんと眩い光を放ち──二画の印が消滅するのと同時に、ふたつの光柱が前方へ降り立った。
「──よっ、と──!」
「────…………」
それぞれの光柱が消え去るのと同時に、ストーム・ボーダーからはるばる呼び声に応じてくれた──アルトリアとオベロンの姿が目に入る。
──すごい。キャプテンが言っていたとおり、私がイメージした二人の出現地点から寸分の狂いもなく、ドンピシャの座標指定精度で送り込まれてきた!
「(よかった、ちゃんと喚べた……!)」
船内で発生していた通信障害といい、魔力吸収現象といい、これまでに被った妨害工作の数々で辟易していただけに、この召喚の成功には心底安堵した。ネモ・シリーズとダ・ヴィンチちゃんをはじめとした後方支援組の手腕には全幅の信頼を置いているものの、さすがに今回の状況下にあっては、万が一にもアクシデントが生じる可能性を考慮せずには居られなかったんだ。
「あ、立香が居る。ってことはレイシフト、成功してるんだ! 令呪の感触はあったんだけど、ぜんっぜん船の景色に見えないからてっきり──ん、じゃあ本当にここが船なの? なにこれお城じゃん! え、海は?」
現地であるこの特異点の造形に対し、ザ・船なイメージを強固に抱いていたらしいアルトリアは、船っぽさのカケラもない空間に到着したことに驚いているようだ。先の弾幕によって立ち込めている硝煙越しに私の気配を捉えるまでは、レイシフトの成功を確信できなかったらしい。両手で杖をギュッと握りながら、まるで何かを探すかのように辺りをきょろきょろと見回している様子が窺えた。
と……そうだ。この召喚は、敵の動きに生じたわずかな隙を突いて敢行したものなんだ。アルトリアのリアクションが普段の彼女そのままのお転婆っぷりだったからと、つい目線を向けてしまったけれど──まったくもってそんな場合じゃあない。ここは戦地のど真ん中。もうゴーレム達の再装填が完了していてもおかしくはない頃合いではないのか。
「(しっかりしろ、私……!)」
こうして召喚に成功したとはいえ、その瞬間に宝物群の一斉掃射を受けてしまえば、出鼻をくじかれる格好になってしまう。それに、遮蔽魔術も偽装魔術も潰えてしまった今──妖精國出身のみんなに対する魔力吸収現象だって、それらの対抗策を講じていた先刻とは、比較にならないレベルの効力を発揮し始めているに違いない。
「(彼らの動きは──)」
なけなしの思考回路をガンガンにふかしているせいか、そろそろ無視できないほどに酷くなっている頭痛(その症状にも今ようやく気がついた有様なのだけれど)に耐えながら、状況把握に五感を総動員する。が──どういうわけか、一斉掃射の予兆である閃光は見えず、ゴーレム達はただ私達を見据えて聳え立つのみだった。
「──
と、こちらを視界に捉えながら、『スプリガン』がそのような言葉を放った。
「(……漸く……?)」
それは、完全に予想外の発言だった。だって、このように敵陣営へ増援が加わったのならば、それは望まぬ事態として受け取られるのが普通というものだろう。でも、『スプリガン』のその言葉は、まるでこの状況をずっと待ち望んでいたかのような──つまり、『アルトリアとオベロンの二人、あるいはそのどちらかの到着を待っていた』ことを意味するものだったのだ。
「(……まっ、て)」
それは、さすがにシャレにならない。この選択に致命的な間違いが無かったか、今更ながらに私は、必死に脳ミソを回転させる。
……まさか、このタイミングで二人を召喚せざるを得ない状況に、私達は追い込まれていた──?
「(でも、そうしないと)」
──罠、だったんだろうか。
「(妖精國のみんなが)」
──あるいは、ただ純粋に。
「(この絶海で──)」
すべてが、彼らの思惑どおりに──
「──やあ、無理してない?」
と、私の肩にポンと手を置きながら、宥めるように声をかける誰かの気配を感じた。その瞬間──ふわりと身体が軽くなるような感覚が走り……そこそこ疲労が蓄積していたことも相まって、過度な不安に駆られて荒くなっていた呼吸が、少しだけ楽になった気がする。
「……あ」
──淡く霞む視界にぽつり、ぽつりと、どこか雪にも似たような、黒い光の粒が舞う光景を認識できた。その軌跡へ誘われるように、緊張による硬直が解けた視線を泳がせる。すると──いつの間にか私のすぐ隣に位置取り、ついさっき発せられた親しげで柔らかな声色とは裏腹に……傍目に見ても震えがくるほどに冷え切った色を瞳に宿した、オベロンの姿があった。
「うわ、ひどいなぁ。『あ』とはまたずいぶんなご挨拶じゃないか。それが呼び出した相手に向けて言う、開口一番のセリフなのかい?」
おこられた。
「──うん、ごめん。なんか私、ちょっと今アレだった。……来てくれてありがとう、オベロン。アルトリア」
「アレとか言うあたり、まだちょっとアレな感じだけどね──って……うそ、モルガン……!」
なぜか半ば意識がぽやぽやな私の返しにすかさずツッコミを入れつつ、モルガンの異常を目の当たりにするなり、アルトリアが駆け寄ってきた。
「……信じられない。モルガンの気配、ここまで近づかなきゃ気付けないぐらい衰弱してるなんて……いったい、どれほどの魔力を──」
その言葉を聞く限り、モルガンがこの場に『居ない』と思わせてしまうほどに彼女の霊基の減衰は深刻なものらしい。おそらくアルトリアは先ほど、モルガンの気配がほとんど感じられないことから、何かを探すような素振りを見せていたんだろう。
「オベロンさん! アルトリアさん!」
と、二人を召喚してから今までの間もずっと、百鬼夜行の分隊と交戦していたマシュの声が響いた。どうやら追っ手を退けることに成功したらしく、速やかにこちらへ合流してくれた。
「やあ、おつかれさま。こっちはアルトリアが看てくれるから大丈夫だ。クー・フーリンと上手く連携して、妖精騎士のみんなを守ってあげて。マシュ」
「──はい! わかりました! マスター、アルトリアさん……モルガンさんをよろしくお願いします!」
「うん! そっちもお願い!」
「クー・フーリンにもよろしく!」
マシュは必要最低限のやり取りを終え、再び前線に舞い戻っていった。……第二陣のふたりを召喚することは叶ったけれど、戦況は依然として危ういままだ。ひとまずはクー・フーリンとマシュに前線を任せつつ、身動きが取れなくなった妖精騎士のみんなに安全圏を確保してもらう必要がある。
そして──アルトリアとオベロンには、本作戦の要であるモルガンの厳重警護を任せつつ、前線を維持するための援護をお願いする……あたりのことが、この先に採るべき方針として必要な選択になりそうだ。
「……これが、例の魔力吸収現象……」
「らしいね、どうも。しかしまあ──何もかも最悪のシチュエーションだな、これは」
やっぱり……魔力吸収現象の影響下にあることは、妖精國出身である二人もまた例外ではないらしい。ということは、魔力の貯蔵量が万全の現状から如何に非吸収量を抑えて立ち回ってもらうのかが、私達全員の命運を左右することになるだろう。
「……なるほど」
──と、これからの方針を頭の中であれこれと検討していた矢先に、『スプリガン』からそのような言葉が発せられた。何かに納得がいったのか、あるいは確認を取ったかのような声色でそう言うものだから、今の私の思考が読まれてしまったのでは……と肝を冷やしたけれど、どうやらまったく別の事柄に対してのものだったらしい。
「貴方がこの状況を目の当たりにされる時、どのようなご感想を抱かれることかと、些か掴みかねておりましたが──まさか、自らの責務を棚上げになさるおつもりですかな?」
仄かな高揚感を内包しつつも、それが当然の権利であるかのように──隠す素振りなど微塵も見せず、肚の底から込み上げる糾弾が湛えられた、その言葉は。
「ん? ああ、もしかしてソレ、僕に言ってるのかな? いやぁ困った困った。まことに申し訳ないんだけど、生憎と何のことだかさっぱりわからないなぁ」
崩れゆく妖精國そのものと同時に、彼らのすべてを『最終的に葬り去った』張本人とも言うべき存在である──オベロンただひとりに向けられたものだった。
「(オベロン……?)」
さっきのそれが返答である、といえばまあ、返答であると言えはするだろうか。その言葉をどこへ向けるわけでもなく、文字通りに吐き捨てた彼の姿を見やる。えっと、なんか……とりあえず怒っているのはすぐに判った。それこそ、この場に現れてすぐの無言の間とかで。
それはそれとして、何やらあからさまにイヤイヤ相手をしている格好であるようにも見える。口にするコトはどうあっても歪んでしまうオベロンだけれど、そのぶん態度には本心がよく表れるタイプなのだ。
「(あ……)」
うん、やっぱりそれだけじゃないみたいだ。オベロンは『スプリガン』の発言に応じつつ、私達のもとから数メートルほど前へ歩き出していた。ただしその際、敵陣営へ一直線に向かうのではなく、やや斜めに移動している。その距離感が実に絶妙で、彼らの眼には──『私達の盾になろうとする姿勢』にも、『自陣を牽制する姿勢』にも感じさせることなく、ただ純粋に『目当てであるオベロンひとりに注意を向けざるを得ない』ポジショニングに映っていることだろう。
要するに──オベロンは今、私達に注意を向けさせないために、自身に声を掛ける彼の相手を仕方なく引き受ける形で……『時間稼ぎ』をしてくれているのだ。
「──まあよろしい。
──交渉?
「言いたいコトはそれだけかい? じゃあさっさと済ませてしまおう。余計な方便なんて回りくどい真似はナシだ。それこそ時間に追われる立場同士、お互いのためだと思うけどね」
……あれ、時間稼ぎは? というか──二人は何でそんな、双方で織り込み済みの話みたいに、スムーズに話を進行できているの……?
「違いありませんな。いやはや、話が早くて助かります。では──」
そうこなくては、と言わんばかりに潔く──私の理解のスピードを超えた迅速さで、『スプリガン』は問い掛ける。
「──我らと貴方の間に、
────。
…………は?
「(あのひと、何を言って──)」
──かつてのオベロンが、第六異聞帯において『妖精國を滅ぼす』という願望を抱いていたことは事実だ。それを実現させるため、私達カルデアを含めた『預言の子一行』に協力・その動向を利用し、水面下では妖精國ブリテン全土にあらゆる破壊工作を自ら施し……ブリテン島そのものを崩落させるという形をもって、その願望を叶えてみせたのだ。
だからこそ『スプリガン』は、その『滅び』を経てもなお、サーヴァントとしての現界という第二の生を受けることで『復活』を叶えたとでも言うべき、この場に在る妖精國出身者──モルガン率いる妖精騎士たち、そしてアルトリアのことを『妖精國の残滓』と表現し……彼女達の存在そのものを『解消するべきやり残し』であると追及して、オベロンを焚き付けようとしているらしい。
「──あれ。いいのかい? やけに太っ腹じゃあないか」
…………え?
「いやあ、これはまさしく『渡りに船』ってやつだね。まさか、僕の望みをそっちから提案してくれるなんて」
──オベロン?
「当然でありましょう。貴方はもとより、『そのように在れ』と定められ、生まれ落ちた御仁だ。その矜持と我らが望みに通ずるものがあるとなれば、交渉を持ちかけぬ手など有りますまい」
……待って。こんな展開になるなんて──モルガンが瀕死の重体に陥る状況を想像できなかったことと同じぐらい、まったく考えもしなかった。
妖精國ブリテンにもたらされた『滅び』。それは、実行者たるオベロン自身が『完遂した』と豪語するほどに絶対的なものであり、こと終末を為すうえではそれ以上のものなど無い、と言っても過言ではない形で実現された、完膚なきまでの所業だった。ゆえに、『その後』はおろか、『やり残し』と呼ぶべき事柄が現在に及んでまで浮上する可能性なんて、微塵も考慮したことはなかったんだ。
「……そういう魂胆か……!」
「──あいつ……」
バーゲストとメリュジーヌにも当然聞こえていたらしく、より警戒の色を強めて構え直す様子が見てとれた。
……ノウム・カルデアに現界している平生の彼女達を見る分には、同じく人理の守護者として現界しているサーヴァント達の例に漏れず、『ノウム・カルデア所属のいちサーヴァント 』であるという文脈に置かれる側面が大きい。つまり、『妖精國の残滓』という側面は彼女達の霊基に刻まれたひとつの情報でしかなく、『それそのものでしかない』と言えるほどの強度を有する文脈のみに置かれるケースは、ほとんど成立しえないと言っていい。
しかし──こうして今、第六異聞帯が切除されて以来、もっとも妖精國の因子が集約され、色濃く編み込まれた特異点が発生し……妖精國出身者たる彼女達が、その特異点に勢揃いするという状況が実現されており──この場に存在する彼女達が『妖精國の残滓そのものである』と定義するに足るほどの、概念的にも強固な文脈に置くことまでもが成立してしまっている。
現時点の彼女達は、先の戦闘でかなりの消耗を強いられている状態だ。筆頭たるモルガンに至っては、退去寸前の瀕死の状態に陥っている。そんな状況で提示された、オベロンの矜持を引き合いに出したうえでの『交渉』。つまり、彼らは──もはや満足には戦えなくなったモルガン達をオベロンに始末させることで、彼女達を再びこの世界から葬り去ろうとしているんだ。まるで、あの厄災──『奈落の虫』の再演を誘うかのように。
まさか……この状況までもが、『スプリガン』の思惑どおりに実現されているっていうの……?
「──そっか。よし、決まりだ!」
何かが吹っ切れた──いや、どこかタガが外れたかのように飾り気のない言葉を並べて、オベロンは声を張り上げる。
「(待って、オベ──)」
辛うじて駆け巡った焦燥感に身を任せ、右腕を伸ばしつつ彼の名を呼ぼうとした。その瞬間──
「!」
──七体のゴーレムの後方で悠然と佇む『スプリガン』の首筋を、真っ黒な光を纏うレイピアが猛スピードで掠めていった。
「──いやあ。僕は元々そのつもりで来たものだから、我が意を得た思いでついつい聞き入ってしまったよ。とても魅力的な提案だったとも」
新たなレイピアを握り込みつつ、オベロンはその言葉を吐き捨てる。
「……先ほどの行動は、そのお言葉とは些か矛盾するものであるように見受けられましたが──どういうおつもりですかな?」
『金庫城のゴーレム』から成る砲台を身辺に部分展開しつつ、『スプリガン』が問いかける。
「可笑しなことを言うんだね。矛盾って、どの辺りのことがだい? 提案したのは君達のほうじゃないか。僕はただ、それを手助けしようとしただけさ」
オベロンは悪びれる様子もなく、そう言い放ってみせた……ああ。なんだよ、まったく──
「『妖精國の残滓を始末してくれ』って。要するに君達は──『
──味方までびっくりさせるな! このペテン師め〜!
「──残念だ。こればかりは純粋に、当方の親切心からの提案だったのですが……どうやら交渉の余地は無いようだ。腐っても今は『人理の守護者』である、というワケですな」
……オベロンが口八丁で稼いでくれていた猶予も、このあたりが限界らしい。というかオベロンが我慢の限界だったらしい。
「ならば貴方とて、もはや自由は許さぬ。先の光槍はもとより、以後は如何なる魔力行使も適うなどと思われませぬよう」
『スプリガン』の言葉を合図に、七体のゴーレムが高密度の魔力を纏い直し──宝物群の再装填が完了した。
「之なるは我らが帰郷を叶えし、凱旋の舞台なれば。ゆえに──終末装置の出る幕はない」
ついに一斉掃射が開始しようとした──その瞬間。
「えっ?」
「何……!」
「なっ!」
「わわ!」
「──あ?」
前線でクー・フーリンが一身に相手取っているゴーレム達が、七体まとめて──
「──やれやれ。随分とまァ膨れ上がりやがって……聖杯が供えモンでも、供養には足りねェってか?」
──幻聴か、と思った。
「……は? えっ!」
仕方ないじゃん。だって、そこには……レイシフト敵性者として名前も上がっておらず、令呪で喚んだ覚えもない──
「おう。元気か?」
──
お読みいただきありがとうございます。
交渉決裂。
ちなみに、オベロンは味方をヒヤッとさせるつもりで合意風なセリフを口にしたんじゃなく、一発シンプルに騙し討ちをカマしたかっただけのようです。
次話はストーム・ボーダーの後方支援メンバーに視点が映ります。