望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





城下の星【三】

 

 

 ◆◇

 

 

 

 ──『金庫城』。

 

 かつての妖精國ブリテンにおいて、そのように呼称される城が在った。

 

『金庫』と称するからには、その機能が如何なるものであるのかは明白であろう。すなわち──『収蔵』と『保管』の機能を担う、文字通りの『金庫が如き城』である。

 

 斯様に大仰な名を冠する以上、収蔵されるべき品々が如何なる扱いを受けていたのかもまた、言わずもがなといった話であろう。

 

 城の主人は、心の底から品々を愛でた。

 

 或る代物は、景品のように。

 

 或る代物は、作品のように。

 

 収める(すべ)ての品々を──宝物のように。

 

『──理解できんな』

 

 闇夜にあって、足許ではなく、空を見上げた者にのみ、瞬く星々が認められるように。たとえ余人の理解が得られずとも、城の主人はひとり、妖精達が生んだ品々を蒐集し──見えざる星を愛で続けた。

 

『──それらの何に魅入られるというのだ』

 

 品々を指し、『妖精達の手によって作られた』ものである──と表したが、その過程はおよそ『制作』と呼べる内容ではない。

 

 神秘のうちに起こり、神秘のうちに実を結ぶ。妖精が用いた手段とは、ただそれだけの行為である。それはいっそのこと、現象に等しいものと言っていい。そこに籠められた『何か』があるとするならば、その行為が曲がりなりにも、ある種の『動機』に根差したものであった──という、ただ一点に尽きるだろう。

 

 ──充分である。物の起こりなど、瑣末な要因で事足りる。作り手の意図……大望も、願望も、欲望も、結局はその延長線上の『何か』でしかない。作られたもの、生まれ出でたものに掛けられる理由においては──『その一点』が在りさえするならば、充分なのである。

 

 だが──

 

『──だ。約定どおり、貴様にくれてやる』

 

 ──弁えるべきものが、在ったはずだ。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「お前はいったい──『何』なんだ?」

 

 金庫城の頂に届く、はるか眼下より向けられたその口上。

 

 熱と呼べる思念はなく、彩と呼べる情緒もない。喩えるならば、大樹の虚が発したに過ぎない、空気の流動がもたらす風切音が如きものだった。

 

 文言自体は詰問の様相を呈している。だが、その実。問いを放った当人には、返答を求める意図はおろか、もとより解消すべき疑念など微塵も有りはすまい。彼はただ純粋に、この場における我々の──自らを定義するさまを、公に曝ける一幕を設けたに過ぎないのだ。

 

 ゆえに、この問答に実質的な意味などない。彼が問おうと問うまいと、我々が答えようと答えまいと、結果は同じことだ。違いがあるとすれば、その事実がこの場に、音節をもって明らかになるか否かというだけのこと。

 

 ……無用も無用。答えずとも変わりはないことが、ではない。そもそもにしてその問いは、()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 だが。とはいえ──

 

「何を問うかと思えば、迂遠なことを。しかし……ええ。よろしいでしょう」

 

 ──儀礼は儀礼。ちょうど頃合いも熟して参った。ここは甘んじて、彼が用意した文脈を借りるとしよう。

 

「皆様に来たる最期への手向けとして──此処に答えて差し上げる!」

 

 我々が名を冠することに、意味があるとするならば……ええ。名乗りを上げることが叶う機会は金輪際──()をおいて他に、皆無であろう。

 

「鉄の殲滅要塞へと昇華せし金庫城。ならびに──我らが望郷の船、イナバマルの主!」

 

 ゆえに。皆々様──

 

「我が名は『スプリガン』! 妖精國ブリテンの滅びより蘇りし、元来異邦の存在なれば! 我らが魂の在るべき形、在るべき世界を──絶海の果てに証明するものである!」

 

 ──此処でお別れといたしましょう。

 

「……これは!」

「ゴーレム達が、七体とも集合して……!」

「バカバカ、やり過ぎだって! ただでさえデカかったのに、それが一体に纏まられたら──!」

「分隊による数の利で攻めるよりも……統率の必要性を排除して、質量で圧し通る方針を採ったようです!」

 

 さすがは騎士を名乗る方々だ。いや、この程度の状況把握など、彼女らにとっては賞賛の対象にすらなり得まい。一瞥のうちに理解し、一呼吸のうちに態勢を整えるは当然の所業である。なにしろ──かの妖精國を数多の厄災から守り通した、歴戦の兵なのだから。

 

「この形態……此奴は以後──あの数の弾幕を確実に敷いてみせる魂胆というわけか……!」

「そういうコトだろうね。一個体に集約された今、分隊による掃射の連携が阻まれる心配も根本からなくなった。より分厚く、より過密な砲台になったのなら──」

「いくら防ごうが、いくら叩こうがビクともせず──いくらでも撃ってこられる、ってコトじゃんよ〜!」

 

 ゆえに。その実力を正しく理解していればこそ、このように──相応の戦力をもって対峙するは必定。もはや礼節と言っていいでしょう。

 

「──ここからは、私も宝具を……!」

 

 それでよろしい。皆様には事切れるまで……存分に足掻き、抗いながら──我らが揺籃たる船内へ、際限なく魔力を満たしていただこう。

 

「……来ます!」

 

 砲台を起動すべく、両掌を掲げ──

 

「──!」

 

 ──号令を下そうとした、その刹那。

 

「──悪いね。進入禁止だ」

 

 さながら防風林が如き、堅牢なる堰の役割を有した漆黒の光槍群が──我々と騎士達を隔てるべく、戦火の中心へ打ち立てられていた。

 

「っ……! オベロンさん──?」

「やあ。遮っちゃってゴメンね、マシュ。文字どおり横槍を入れる格好になってしまった。でも、無礼を承知でひとつお願いだ。……少しの間、後ろへ下がっていてくれるかな。あっちは終わったつもりでいるようだけど、生憎と──」

 

 そう語りかけながら、遙か舞台袖より歩み出る影がひとつ。

 

「──こっちはまだ、話の途中でね」

 

 その影は、漆黒の防風林に歩を進め──真正面から我々のもとへ向かい始めた。

 

 ……否。それよりもまず、呈するべき疑問がひとつある。彼は今、なぜ──自らの背丈の数倍はあろうかという巨大な光槍を、際限なく繰り出すことが適ったのか。

 

 妖精國の存在に対する魔力行使の無効化、ならびに魔力吸収現象は、依然として発動中である。加えてかの御仁には、先の交渉が決裂した時点で、より強力な効果をもたらすよう、妨害精度を特化的に調整したはずなのだが──。

 

「……なぜ動ける?」

 

 魔力行使の無効化を踏み倒し、あれほどの光槍群を生成したのであれば、消費魔力の規模も相当なもの。そのうえ、彼個人に特化した魔力吸収現象のもとで行使したのならば……もはや次なる行動はおろか、現界の維持を懸念する段階にあって然るべきではないのか。

 

「なぜって。どの口が訊いてるんだい? 『僕』の発生を決定づけた要因が何だったか、知らないなんてコトはないハズだ」

 

 ……やれやれ。これはどうやら、我々が自らを定義づける方式をそっくりそのまま倣われた挙句、この特異点における、聖杯による存在証明の()を突かれてしまったらしい。つまるところ、彼は──自らの在り方が『我々に近しいもの』と見做されるよう、自らの存在を再定義したということなのだ。

 

 この身が聖杯の所持者であるとはいえ、特異点という環境そのものを妨害結界とした以上、『我々と相似する存在』を縛ると定義すれば、我々自身も縛の対象となってしまう。要するに彼は、自らの存在を我々に相似させることで、自身を結界内における妨害効果の対象外にせざるを得ない状況へと至らしめたのである。

 

「『僕』は『漂流物がもたらした汎人類史の情報』が在ったからこそ生まれた存在だ。妖精國で発生しながら、その源流のひとつには汎人類史の系譜がある。……さて。この特異点において、僕が有する概念はいったい──『どっち』に傾くものと見做されるんだろうね?」

 

 ……これはまた、見え透いたことを宣うものだ。妖精國と汎人類史、両者の概念を己が源流とする貴方には──その概念が此処でどちらに傾くかなど、もはや問題外であろうに。

 

「……いやはや、お見逸れしました。己が存在すら、己で定義してみせる──まさしく『詐称者』の所業でありますな」

「それはどうも。ま、そこはお互い様じゃないかな。()()()()()()()()()()()

「────」

 

 ……妖精眼。いや、そうではない。我々の在りように単一の色彩を視るとすれば、膨大な個の様相の一部分に止まることが関の山であろう。砂浜の一点を握り込み、手中に収まる限りの砂を眺めるようなものである。

 

「──先に言っておくよ。()()()を待つつもりは毛程も無い。最後だ。答えてくれるかな」

 

 つまり。彼が放つ言葉はただ、己が内に得た結論に由来するものなのだ。それは、本能に類する根源的な直観──『同族嫌悪』にほかならない。

 

 ……しかし、生憎ながら。

 

「──いいえ。真実ですとも。貴方の眼にも映るとおり、この身が此処に在ること自体が、その証左にて。お望みとあらば今一度、謹んで御耳に入れましょう」

 

 これよりほかに、我々が名乗るべき音節はございませぬゆえ。

 

「我が名は……、──!」

 

 絶たれたのは言の葉か、空間か。雪にも似た漆黒の鱗粉が霧散するなか、それを吹き払うように、結界内全域を三度(みたび)は駆け巡るほどの衝撃波が走った。

 

「……解らないかなあ。僕は今──」

 

 視覚が捉えたのは、先ほどの防風林が如き規模の数倍……いや、数十倍の数を湛えるであろう、未だに衝撃波の名残に震える──漆黒の光槍群。

 

「──その名を騙るなと言ったんだよ」

 

 もたらされた光景は、闇夜の森もかくや、といったところか。見渡す限りに聳え立つ、行く手を阻む黒い木々。通り道と呼べる空間があるとすれば、自らが歩を進めるために残されたらしい、一条の動線のみに限られる。それほどまでに夥しい数の光槍群が、我々の周囲を覆い尽くしていた。

 

「あやつ……」

「……──」

「っと! 何だぁ……?」

「オベロンさん、何を──」

 

 森の主人は歩を進める。まっすぐに、まっすぐに。向かうべき場所へ、一度も振り返ることもなく。

 

「いきなり正面切りやがって、あの野郎……殺気を微塵も隠しちゃいねェ」

「……まさかこの状況に対して──モルガンより怒る奴がいるとはな」

 

 ただ己が定めるほうへと、突き動かされるように、導かれるように。

 

「……オベロン──」

「…………」

 

 同胞の声も他所に、ただ一直線に。前方を見据え、一条の路を這い上がる。

 

「僕はね。一度は手に取り、心を置いたはずの物語……それを、容易く忘れて平気な読者が許せない」

 

 ──言の葉を散らし、光槍の木々を分け入るたび、漆黒の鱗粉が巻き起こる。

 

「所詮、現実ではないのだからと。嘘のように消えるものだと。当然のように見限る読者が許せない」

 

 ──森の主人を迎え入れるように、鱗粉は彼の身辺を回遊し、密度を上げ、その姿を覆い隠す。その様子はちょうど、胎動する繭が如き様相を呈していた。

 

「……()()()。それ以上に──」

 

 光槍の森に木霊する風切り音。繭を形成する鱗粉が──寝床を求めて森へ帰る蝶の群れのように、方々へ散開し、解けてゆく。

 

「──自分が読み間違えただけの物語を。誤解も正さず、解釈も改めず──」

 

 繭の内より顕れたのは、白き装束を羽織った妖精王の姿ではなく。

 

「──読み返してもなお、理解に足る感慨を持ち得ないばかりに。『こんな駄作は無い』なんて、何もかもを知った顔して腐し続ける──」

 

 黒き羽毛を身に纏い、竜の(ひづめ)で道を征く──

 

「──読者と呼ぶことすらも適わないクソ共は……死んでも殺しても許せないんだよ」

 

 ──奈落の森に巣喰いし、終末装置の姿であった。

 

「……聞き違いであろうか。ほかならぬ、我々が──妖精國への理解そのものを間違えていると。そう聞こえたのだが……何の冗談だ? ブリテンの白き竜」

 

 ここまでくれば、もはやお笑い種にもなりはしない。滑稽も極まれば虚しさに転ずるというもの。余人に妖精國を語るなと宣う御身こそは──かの國を葬り去った張本人であろうに。

 

「黙れ。猶予は充分にくれてやった。もう一瞬だって、お前が在る今を長引かせたくはないんだ」

 

 言の葉に共鳴し、闇夜の森が蠢動する。

 

「夜の帳を千切り捨て。朝のひばりを叩き起し──今すぐ腐った夢を終わらせてやる」

 

 それが合図となったのか、漆黒の光槍群は一斉に散華し──城のひとつ程度ならば容易に呑み込むことであろう、巨大な竜巻が如き様相を見せている。

 

「──え? ……まさか。ダ……、待……!」

 

 辛うじて耳に入ったのは、現在の彼らを従える者の声。

 

 ()()()()()()()。手足も、音声も、光さえも。刻一刻と、外界との縁が絶えゆく空間において、『到達』という概念は在り得ない。手を伸ばそうが、言の葉を散らそうが、それらが届くことはない。

 

「オベ……、──……、────!」

 

 なぜならば──

 

「フルコースだ。もらっていく」

 

 ──我々はもう、無限の虚たる『奈落』の只中に在るのだから。

 

「──『奈落の虫』……」

 

 道理で、魔力吸収現象から逃れ仰せるわけだ。先ほどの光槍群は、我々の動きを妨げ、封じるばかりのものではなかったらしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはすなわち、『彼』と『奈落の虫』の在りかたと同義の概念である。ゆえに、初めから攻撃手段として放たれてなどいなかったのだ。

 

 つまり彼は、光槍群の森を(かたど)ることで認識を逸らし、『奈落の虫』の発動に充分な範囲を支配せしめ、我々を自分ごと呑み込むための『仕掛け』を、真正面から施していた──

 

「……ふぅ〜。上手くいった上手くいった。いやあ、『短気は損気』なんて言葉があるらしいけど、案外収穫もあるものじゃないか。出会い頭に不意打ちで一発、ブチかましておいた甲斐があったというものさ」

 

 漆黒の渦。その何処(いずこ)かに姿を潜めつつ、奈落の主人が仰々しく吐き捨てる。

 

「──なるほど。先の我々との交渉を突き返した折の一投が、此度の()()の第一手であった……というわけですな」

 

 いやはや、歩兵の突貫も侮れたものではない。ひとたび敵陣に踏み入れば、猛威を振るう成駒と化ける。それが数限りなき『玉将の分身』とあらば、なるほど棋盤も傾こう。これではもはや、規則(ルール)も何もあったものではない。文字どおりの()()()である。

 

「しかし──正気ですかな?」

 

 奈落の主人、すなわち『奈落の虫』そのものでもある彼は今、我々を呑み込むことを叶えた代償に、崩落の具現たる概念へとその身を投じたのだ。それは紛れもなく、帰還の芽を自ら摘み取るに等しい行為である。

 

「ははは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……ていうかさ。僕に『正気』を問うなんてナンセンスじゃない? こっちが平生、どんな通り名で呼ばれていると思ってるんだ。あまり虐めてくれるなよ」

 

 ……この状況でよく喋るものだ。気も触れずしてその調子とあれば、よほど肝が据わっているのか、よほどのうつけ者であるかのどちらかであろう。斯様に退屈な心象、足の踏み場も、横たわる地平もなき世界で──

 

 ──否……どういうことだ、これは。

 

「──気が付いたかい? 確かに此処は奈落の虚だ。外界から切り離され、余人の干渉は叶わない隔絶世界。ただし──」

 

 此処が奈落の虫の内側、万象が失墜の只中に在るというのなら。我々は、今──

 

「──それは、ガワが『そう』だというだけの話なんだけどね」

 

 ──なぜゆえに、()()に足を着けることが適っているのだ。

 

「これは……」

 

 最初に感じられたのは、軟らかな土、しなやかな木々の呼吸による、鼻腔を(くすぐ)る無垢なる匂い。それらを認めると同時に、漆黒に埋もれたはずの視界が拓き……一条の光さえも届かぬはずの空間が、黄昏色に染まりゆく。

 

「……『()()()』──」

 

 ──『秋の森』。妖精國ブリテンにおいて、滅びの炎を待たずして焼き払われた、か弱き魂が住処とした極小の楽園にして、『妖精王』の発生地……それがなぜ、斯様な処に顕れるというのか。

 

「そのとおりだとも。……此処は微睡(まどろみ)の園。鳥が歌い、虫が舞い、草木が踊る安息の場所。傷付く者も、病める者も、誰もがより佳い明日を願い、黄昏のうちに眼を閉じる。だから、此処はきっと──君達のことだって歓迎するはずさ」

 

 周囲の状況が漸く認められた矢先に、森の主人が姿を見せる。しかしその四肢は、先刻(あい)(まみ)えた竜のそれではなく。背に携える羽もまた、空想の紋様が施された──蝶の翅へと変貌していた。

 

「ん? ああ、この姿が意外だったのかい? そりゃあ、ついさっきも着替えたばかりだからね。驚きもするだろう。そこはまあ、僕なりの気遣い……ドレスコードみたいなものだと思ってくれ。森の主人として客人を(もてな)すのなら、それに相応しい衣装を羽織るべきだろ?」

 

 ──そうか。道理である。此処が彼の発生地にして、かつて自らが統べた領地と呼ぶべき場所で在るならば……我々が鍛冶場町ノリッジ、ならびに金庫城を礼装と見做すように、この森もまた、彼の『宝具』としての顕現が適ったのだろう。あるいはこの風景もまた、『奈落の虫』たる彼自身の一側面であるのかもしれない。

 

「……随分と悠長に語らうものですな。此処が如何に貴方の術中なれど、我々は金庫城の宝物群とともに招かれている。袋の中の鼠にも、穴を穿つ齧歯が在りましょう。これ、このように──」

 

 昇華可能な概念の粋を篭め、最上級の形態へと至らしめた宝物群。こと妖精にまつわる事象であれば、鉄の毒牙が容易に引き裂こう。

 

 ──しかし。

 

「……なぜだ。なぜ動かぬ──いや、まさか……我らが金庫城の宝物群は、すでに──!」

 

 聖杯による存在証明が──途絶えている。

 

「当然だ。言っただろ? ()()()()()()ってさ」

 

 ──どうやら、この身に何ら異常が見受けられぬばかりに、認識を違えてしまったらしい……否。この身の自由だけが、森の主人の許しを得ていたと言うべきであろう。何が『悠長に語らうもの』か。悠長にすぎたのは、ほかならぬ我々のほうではないか。

 

「なあに。悪いようにはしないさ。少なくとも──()()()()()()()()()()()()()、ね」

「…………────」

 

 外界への道は鎖され、此処にはもはや、辿り着く場所も、辿り着くという概念さえも在り得ない。この身に針先ほどの爪が残されていようと、齧歯を抜かれた鼠にはもはや、抗う術など有りはしない。

 

「──が──、──」

 

 状況を認めたのが後か、先か。我が身はとうに、言の葉を発する舌先はおろか、指先の自由さえも失われていた。

 

「──、────」

 

 虚しい抵抗の努力を他所に。木々の間からぽつり、ぽつりと現れたのは、意思を持つかのように宙を舞う鱗粉。それらは我が身をめがけて集い始め……あたかも守護を目的とするような丁重さで、ゆっくりと周囲を旋回してみせた──その最中。

 

「……小道具や脇役があればこそ、物語の世界はより豊かになるんだ」

 

 森の主人が、妙な台詞を語り出した。

 

「と、言っても……ああ。『()()()』にとっては、慰めのひとつにもなりはしないだろう」

 

 否。妙に感じられたのは、文言それ自体が、ではない。僅かながらにではあるが──何かを誇るような、懐かしむような声色を滲ませて、それらの言葉を紡ぎ始めたからだ。

 

「──済まなかった」

 

 どうしようもなく歪み、捩れ、御し得ぬ揺らぎに見舞われるとしても──この場においては、もはや嘘偽りのほどは問われまい。

 

「あの時用意した終末ですら、『君たち』までは終わらせてやれなかった。僕のやり残し、と言われても仕方がない」

 

 外界から隔てられた失墜の最中。余人には決して届かぬと知ったうえで、あえて発せられた音節ならば。

 

「……まったく。終末装置が聞いて呆れるな、これは」

 

 それは紛れもなく、彼自身の言葉に相違ないのだから。

 

「でも。これで、やり残しは無くなる」

 

 ──木々が踊る。

 

「僕にできることなんて……この程度さ」

 

 ──鱗粉が舞う。

 

「童心の君。夏の夜の後。恋は触らず、懐かしむもの──」

 

 ──黄昏が染める。

 

「……お待たせ」

 

 ──奈落に在らざる舞台の上で。

 

「夢の終わりだ」

 

 ──見えざる星は、最期を飾る。

 

「『彼方にかざす夢の噺(ライ・ライム・グッドフェロー)』」

 

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。


オベロンのフルコースだ!な回。

「平均5000文字が何だって?」な配分になっているのは気のせいですよ。(※いつかの後書き)

前回、アルトリアはオベロンにお小遣いをあげなかったのではなく、無駄遣いを避けただけなのでした。
スの字のアレを「無駄遣い」と切って捨てた張本人がこの大盤振る舞いですからね。フルコースだじゃねえのです。

引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。


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