望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





死灰復然【三】

 

 

「……敵性反応、解析を完了。目視でも確認できるとおり、魔力の統率者は『スプリガン』の姿をとる、()とみて間違いありません! そして……みなさんの推察どおり、現在の彼らは──『金庫城』に紐付くものではなく、『蘇りの厄災』の概念を取り込んだ『漂流物』として、その存在を再定義した模様です……!」

 

 私の自問自答に区切りがついたのと同時に、マシュのアナウンスが響き渡った。

 

「(……『蘇りの厄災』を、早期の段階から『漂流物』が取り込んでいた──?)」

 

 それはすでに、つい先ほど『スプリガン』が自ら開示した事柄ではあった。けれど、個人的な動揺と事態の急変を前に置いてけぼりを喰らったせいか、状況の理解に遅れが生じてしまったらしい。しかし、今はこうしてはっきりと認識することができている。

 

「(……もしかして。それが──『見落とし』の正体……?)」

 

 頭によぎった当初のそれも、直感がもたらしたものだった。ゆえに、根拠はなかった。けれどこうして、現状の『彼ら』の在り方を目にした今──点在していた疑念の数々が、まるでジグソーパズルが組み上がるかのように。ぱちり、ぱちりと音を立てて、ひとつの整合性を示し始めている。

 

「……なぜですか」

 

 マシュは自身のアナウンスから間もなく、『スプリガン』を見据えて問いかける。

 

「『蘇りの厄災』の情報を聖杯に与えた時点で、存在の維持に必要な概念付与は終えているはずではないのですか? それに……クー・フーリンさんの仰るとおり、復讐のみが主たる目的ではないというなら──そのうえでなお、バーヴァン・シーさんの一部を削り取る必要はなかったはずです……!」

 

 ……『蘇りの厄災』。ノウム・カルデアが直接的に観測してはいないものの、当時の妖精國のいち記録として、その情報については収得ができている。

 

「(……そうだ。確か──)」

 

 記憶にある限り、『蘇りの厄災』は屍を叩き起こすもの。そして、その現象の維持に『(くさび)』となる存在は必要なく、発端となる個体に至ってはたった一体でこと足りる。ゆえにその実態は、術者のような存在が手動で操り、増やすようなものではなく。自然発生的に、かつ鼠算式に増殖するものであったはずだ。

 

 マシュの言うとおり、こと『蘇りの厄災』を取り込むだけなら、バーヴァン・シーを分解し、その一部を移植する必要はないだろう。なのに、どうして──

 

「有りますとも。聖杯による存在証明では足りぬ恐れがある、と申したでしょう」

 

 ──食い気味に、と言うほどではない。しかし、『間違いは正すもの』といった意思を滲ませながら、半ば頑な語気でもって『スプリガン』は詰問に応じる。

 

「我らが望む世界に辿り着いた後、その世界に在り続ける時間をもって『縁起』の上書きを充分なまでに刻んだならば。因果律は盤石に更新され、聖杯による存在証明は無用となる。だが──その段へ至るまでに聖杯の加護が消えぬ保証は、どこにもない」

 

 ……『縁起』。

 

 彼が口にしたその単語のニュアンスは、『縁起が悪い』や『縁起でもない』などという慣用句に含む場合のそれとはまた違う、より厳密な意味合いを含んだ、特定の語意を指すもののように聞こえた。少なくとも文脈から察するに、『経過時間』を要する計画の根幹にあたる概念であろうことが窺える。でも──

 

「そう。いかに聖杯といえど、その加護が必ずしも在り続ける保証などないのだ。ゆえにこそ、『漂流物』各個に物理的な手段を以て、聖杯に依らぬ『第二の存在手段』たる概念付与を行う必要があった。まあ、要するに──『備えあれば憂いなし』、というヤツですな」

 

 ──破綻、していないというのか。

 

「『蘇りの厄災』……その概念の抽出のみにとどめた場合、聖杯の加護が消えると同時に、聖杯に紐づいた『蘇りの厄災』もまた同時に消失しかねない」

 

 ──矛盾、していないというのか。

 

「しかし。もとより聖杯の存在証明に依らぬ『蘇りの厄災』の抽出元……その一部にして発端たる代物を、在り方の近しい我らの概念に取り込んだうえで。充分な時を刻み、存在強度を担保し得るだけの『縁起』を慣らしたならば。その状態自体を聖杯による存在証明に代わる『新たな楔』として位置づけ、『蘇りの厄災』の持続的な発生源として流用し、我らが実存の保険とすることが適う──という事情にございます」

 

 ──本当にそんなことが、適うの?

 

「(……整理、しよう)」

 

 ……これは、異常だ。開示された彼らの思惑の頑強さもそうだけれど、注意すべき事柄は『そこ』ではない。むしろ、彼らの思惑の内容を霞ませてしまうほどに──彼らの見据える大前提が、私のような余人には破綻と矛盾を疑わずにはいられないほどの、常軌を逸した特異性を秘めているのだ。

 

「(彼はおそらく、自身の発言が矛盾しているとは考えていない……)」

 

『聖杯の加護の消滅を見越しての保険が必要だ』と言いながら、『充分な時間を刻めば、自身の存在証明にかかる外的要因はやがて無用となる』という彼の見解。それは転じて、『一定の時間を刻むまでは聖杯を利用するつもりだが、それ以降は自律的な存在証明が可能である』ということを意味する。

 

「(……つまり、彼らは──)」

 

 あくまで。そう、あくまで──『聖杯の加護』も『蘇りの厄災』も、自らの存在証明を暫定的に補強するための要素、保険でしかなくて。

 

「(──もともと自力で、自身の存在証明ができるってこと──?)」

 

 それらに頼らずとも──実存を叶えられることを確信しているんだ。

 

「(……なんで『彼ら』に、そんなことが?)」

 

 聖杯によって成立する世界の存在は、生命であれ非生命であれ、聖杯が消滅した時点で、その世界とともに消滅の一途を辿る。加えて、彼らは『汎人類史への帰還』を目的としていたはずだ。それはつまり、一度は灰と化し、世界から失われた自らの存在を、歴史の修正力という荒波に投じることを意味する。であればなおのこと、聖杯の加護を抜きにして存在を叶えるという魂胆は、あまりに無謀なものであると言わざるを得ない。

 

 なのに彼らは、聖杯の加護が途絶えたとしても、『縁起』とやらを慣らすのに充分な時間を刻んでさえいれば。そこから先、自らの存在を恒久的に維持できるのだという。おそらく、その段階に至った時点で『蘇りの厄災』もまた、彼らにとっては極論、無用の長物として見限ることもできるという認識でいるんだろう。

 

「(そうだとしても……どうして?)」

 

 彼らは先ほど、『蘇りの厄災』が()()()()()()に近しい、とも言っていた。それはつまり、現状の『漂流物』を率いる、『スプリガン』を含めた()()()()()()が、直接的にせよ間接的にせよ、その在り方とやらを有していることを意味するのだけれど……

 

「(彼らはあんなにも完璧に──『蘇りの厄災』との調和を取ることが、実現できているの……?)」

 

 ……その在り方とは、いったい──

 

「……と。かいつまんで申し上げるにもひと苦労な告解にございましたが──委細、お分かりいただけましたかな?」

 

 どうやら今の説明をもって、ひととおりの告解を済ませたつもりらしい。こちらの困惑など他所に、『スプリガン』は問答に区切りをつける。

 

「……理屈に理解が及んでも、はいそうですかと見逃すワケにはいかねえ。てめえは俺たちにとっちゃ依然として、コッチの身内を拐った盗人でしかねえんだからな」

「物の管理に真剣なのは、それなりに感心もするところだが──物の道理にゃ合っちゃいねェぞ」

 

 彼らの思惑を返す言葉で切り捨てる、クー・フーリンと村正。冷ややかな返答でありながら、その語気には戦意が表れている。……当然の態度だろう。臨戦時における問答の収束とはすなわち、実質的な休戦状態にあった状況からの脱却を意味するのだから。

 

「おっと、これは手厳しい。特に……ええ、『千子村正』殿。名工たる貴方に『物の道理』を云われてしまえば、本来なら返す言葉もありませんが──我らがこうして在ること以上の道理など、もはやどこにもありますまい」

 

 灰塵の山から一歩、また一歩。悠然と、それでいて規律正しい足音を鳴らしながら、『スプリガン』は歩を進める。

 

「……己の存在が消滅する末路に、よほどの恐怖を抱いているらしいな」

 

 その最中。歩み寄る敵性存在を牽制するかのように声を発したのは、バーゲストだった。

 

「我々を前にしたこの戦地から存えることを前提に語る、()()せ果てた神経も大概ではあるが──その先に万にひとつでも起こり得る可能性とはいえ、手中に収めた聖杯の消滅という、杞憂に過ぎる事柄を第一に危惧しているなど。呆れたものだ」

 

 立て続けの戦闘による疲労とは別に、先刻までの彼女は『金庫城』の存在がもたらす特効的な妨害効果を付加され、恒常的な不調状態に陥っていた。しかし、その大本たる存在が、オベロンの策略によって概念レベルで封殺された影響か──現在の彼女は精神面での強靭さを取り戻している様子だ。

 

「(よかった。私とは逆に、彼女の調子は戻っ──……あれ?)」

 

 ──バーゲストの不調が解消されたのと()()()()()かのようなタイミングで、私の不調が顕著になっている……?

 

「(それって──)」

 

 ……そうか。そういうことか。要するに──バーゲストにとって『金庫城』の概念が、彼女の精神を蝕む毒になり得たのと同様に。

 

「(──バーゲストの次は……『()』──?)」

 

 今度は、『漂流物』の概念が──私の精神を蝕んでいるのか。

 

「(……遮蔽魔術は、きちんと起動しているみたいだ)」

 

 モルガンが施していた際の同術式は、ドーム内に居る者の発言に応じ、外部へ漏れ出して構わない内容か否かまでもを自動的に選択するような、私の想像以上に精緻な効果が付されていた。対して現在のこれは、アルトリアが土壇場で引き継いでくれた、彼女自身のアレンジ版。モルガンへの治癒術式を組み込む必要があった分、有する効果には僅かな差異が生じている。

 

 とはいえ。モルガンにオベロンという手負いの二人を含め、先の戦闘から守り通してみせたことから確認できるように、外的要因に対する防御効果については申し分ない。加えてこれはついさっき、アルトリアが襟を正して展開してくれた直後の状態だ。

 

 ……にも関わらず、こうして私に影響を与えているということは。ただ、純粋に──現状の『彼ら』の存在そのものが、遮蔽魔術では防ぎようのない影響力を持つほどの、高レベルの概念強度を有することを意味している。

 

「(……! そうだ、マシュは──)」

「……っ──」

 

 ──嫌な予感がした。その予感に導かれるように、ほとんど反射的にマシュのほうへと視線を配る。……程度こそ窺い知ることはできないまでも、どうやら彼女も私と同様の影響を受けているらしい。臨戦態勢からくる緊張に加え、どこか動揺を隠せない様子を見せていた。

 

「(──まさか)」

 

 ……私に加えて、マシュまでもが同様の影響を受けているということは、もしかして──

 

「(『彼ら』が醸し出す圧は──『()()()()()()()を蝕む何か』、だっていうの……?)」

 

 ──絶え間なく。止めどなく。畳み掛けるように押し寄せる、波濤が如く圧倒的な情報の流入。

 

「(──頭が、痛くなる)」

 

 理解も整理も、まるで追いつかない。認識に漕ぎ着けることがやっとな有様だ。なのに──それを上回るスピードで、自身の内から湧き出る、逃れようのない『焦燥感』ばかりが、容赦なく膨らんでゆく。

 

「いえいえ。杞憂に過ぎると断じて構わぬものならば、斯様な労力を割く必要はありませんでしたとも。当然、その懸念が現実のものになり得るか否かを見定めるための一手は、とうの昔に投じている。……とはいえ。それを示す物証を、この場で皆様のお目にかけることは──このとおり。もはや叶わぬ相談ですがな」

 

 と、ひとり頭痛を堪えていた矢先。バーゲストの口上に含まれた煽りを意にも介さず、足元の灰塵をこれ見よがしに踏み躙りながら、『スプリガン』が淡々と応じる。

 

「(……『見定めるための一手』?)」

 

 それって、何のこと──

 

「──そりゃあそうだろうさ。バーヴァン・シーを『取り替え』で拐うために送り込んだ分の『金庫城の宝物』は、最初から捨て駒にする算段でいやがったワケなんだからな」

 

 ……そういう、ことか。

 

「──なんと。当事者たる彼女以外の人員に、あれらの代物を捕捉することが適っていたと?」

 

 打ち返すように答えたクー・フーリンの言葉を耳にして、意外そうな反応を示す『スプリガン』は、その先の言葉を続ける。

 

「……いやはや、お見逸れいたしました。得体の知れぬ『灰』の姿に変じようとも、その正体を看破してしまわれるとは。皆様の解析力に加え、其方の拠点に張り巡らされているであろう、厳重極まる警戒態勢を侮ってなどおりませんでしたが──それでもなお、我らが一手及ばなんだか。とはいえ生憎、いずれにせよ。結果が変わることはありませんがな」

 

 ……要するに彼らは、バーヴァン・シーをチェンジリングで拐うために放出したのと同時に、自らの手から離れ、聖杯の加護が途絶える状況下へ『金庫城の宝物』を置くことで、それらが消滅するか否かを試していた──ということらしい。

 

「(どこまでも、周到な──)」

 

 ……いや。長い目で見れば、自らの存在証明には余分とすら言える『蘇りの厄災』を、『懸念点の解消』という安心材料とするために獲得してみせた手合いなんだ。ここまできてはもう、彼らがどれほどの労力を準備に費やしていようとも、もはや納得が先に来てしまう。

 

「(──怖いぐらいの、執念……)」

 

 それと同時に、私はより一層──彼らの『実存』に懸けられている狂気的なまでの執念に、畏れを抱かずにはいられなかった。

 

「はっ。何が『お見逸れいたしました』だ。まるで世辞になっちゃいねえぞ。ああしてストーム・ボーダーじゅうのそこかしこにバラ撒いてくれりゃあ、ソレが灰だろうが何だろうが──バーヴァン・シーに限らず、いずれ誰かの目に触れることは明白だろうに。皮肉を吐くにしても、ちったあマシな文句を用意しろってんだ」

 

『スプリガン』の歩調に合わせて、一歩、また一歩と、牽制の意図をもった接近を試みつつ、クー・フーリンが吐き捨てる……すると。

 

「────何?」

 

 ……まるで、想定外の事実を突きつけられたかのように。『スプリガン』は微かに、驚きの表情を浮かべ──その足を止めていた。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


『敵』の肚の内を探る回。

引き続き、お付き合い頂けますと幸いです。
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