※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
「(足を、止めた……?)」
意外な光景を目の当たりにして、『スプリガン』を注視する私たち全員が息を呑む。
「うお、っと。……あ?『何?』じゃねえだろ。自分の仕業に対して何だそのリアクションは。ベラベラと犯行を自白した舌の根も乾かねえうちに、こともあろうにシラを切ろうってのか?」
此方もこちらで想定外の反応を受け、躙り寄るように進めていた歩みに急ブレーキをかけ、苛立ち気味に言い詰めるクー・フーリン。
「……いや。違うのだ、賢人。今回の事件において、チェンジリングのために送られたという『金庫城の宝物』を、バーヴァン・シー本人が
──えっ?
「そういえば……ああ、たしかに。彼女は『身の周りの物がいろいろと
……あれ? そうなの?
「──は? ……じゃあ、何か。ボーダー内のいたる所に転がり出ていた分が、チェンジリングのために送られた『金庫城の宝物』の
……そういうことになる、よね。
「え。それ初耳なんだわ。って、つまり……『バーヴァン・シーのコレクションと取り替えることは実現したけど、代替品を
ハベトロットが推測する内容に心のなかで共感を示しながら、その理解に間違いがないかを確認するべく、私は……チェンジリングを試みた張本人である、『スプリガン』のほうへと視線を向ける。
「──なるほど」
何か思い当たる節でもあったのか。後ろ手を組み直し、ため息混じりに目を瞑り、肩をすくめる彼の様子が目に映った。
「いや、失礼。実のところ此方としましても、チェンジリングの手応えについては少々、不可解な点が有るにはありまして。と、申しますのも──計算上、送り込んだ代替品の数が増えるごとに、御息女の私物へと焦点を絞る精度もまた上昇するはずだった。しかし……それがどうにも、一向に洗練される気配がみられなかったのです」
……『不可解な点がある』、『精度も上昇するはずだった』とは言っているけれど──それでもなお、現に彼らはバーヴァン・シーの略奪を叶えてみせたんだ。それに確か、その布石として打たれていた『彼女のコレクションの奪取』だって、次第に『彼女との結びつきが強いもの』を狙い打てるようになっていたじゃないか。
ともかく。どうやら彼方もあちらで、そうした状況の兆候を感じ取ってはいたらしい。この問答でその実情を垣間見たことから、彼は残念そうな態度を見せているものの──私たちにとってはどうあっても、その態度は皮肉めいた謙遜にしか映らない。
「ゆえに。お送りした『代替品』に加えて、すでに置換に成功し、手中に収めた代物の一時的な概念改編を許容したうえで。二重の『アンカー』として利用する方針を採り──其方に多く残る、次なる御息女の私物を狙い打つうえでの座標指定精度を高め、チェンジリングの成功率の向上を試みるに至りました。ああ……しかしまあ。よもやそのような有様であったとは、お恥ずかしいことこの上ない。やはり──」
ほら、やっぱり。彼らはたとえ些細な事柄であっても見逃すことはなく、計算外の状況を打開し得る代替案を迅速に講じていたらしい。……何が『お恥ずかしいことこの上ない』だ。妥協など一切許さなかった挙げ句、そこまでやり仰せておいてなお、彼らの脳裏には『自身の対策不足』が先によぎったという。
「──生半可な手段では攻略し得ぬ其方の警戒態勢に加え、聖杯の加護が途絶える状況下においては。やはり当時の我らでは……思うがままの制御を叶えるには些か、打つ手が足りなんだということですな」
──と、いうか。
「それに加えて、この身の感じは……やれやれ。どうやら
その事実を耳にしたことで、より一層──彼らの実存に懸ける執念が強まったように感じるのは……私の気のせいだろうか。
「うげー! なんか知らないけど今の会話、アイツを焚き付ける結果になっちゃったらしいんだわ! めちゃくちゃな魔力が漲ってるぞ、アレ!」
「はい、どうやら
どうやら、彼らの戦意を焚き付ける格好にでもなってしまったらしい。ハベトロットの言うとおり、『スプリガン』を中心に──空間内に充満する灰のすべてがより一層、重々しい気配を漂わせ始めている。
「……ったく。てめえが余計な煽りをフカしやがったせいで奴さん、えらくやる気になっちまったじゃねェか。どう収拾つけやがる!」
「オイオイ、今の俺のせいかよ! 藪蛇だったのは認めるが、さすがにこいつは不可抗力ってモンだろうが! こうなるとは読めねえよ!」
いつもの調子で相手を煽った矢先、思いもよらぬ事実を掘り起こす格好となったクー・フーリンに、これまた見慣れた掛け合いでもって苦言を呈する村正。しかし……これが藪蛇だったとしても。どうやら、
「ケンカしてる場合かー! 今の話がどうあれ、少しでもアイツのペースを乱せたことはラッキーなんだわ! 態勢を整えるなら今のうちだぞ!」
「……! はい! そのとおりです、ハベトロットさん! みなさん、急いで迎撃態勢を!」
彼らに対して、僅かなりとも『隙』を誘うことができ──
「ほう。それはいったい──何をもってのご判断ですかな?」
──え?
「っ! 全員構えろ! 目の前のアイツばかりに気を取られるんじゃねえ! それよりも──
周り、って──
「……! いいや、手遅れだ! この空間内……否、おそらくは船体全域が──前触れもなくすでに、奴の魔術礼装と化している!」
「ああ、どうりで悠長に語り続けていたわけだ。アイツにとって現状はもう、いつでもこちらへ仕掛けられる状態だったんだ……!」
──クー・フーリンの注意喚起から間もなく……おそらくは彼とほぼ同時に感知ができていたんだろう。バーゲストとメリュジーヌもまた即座に状況を把握し、警戒対象を『スプリガン』から『全方位』へと改めていた。
「──やれやれ。其方の解析力を讃えた矢先に申し上げるのも何ですが、もう少し正確なご理解を望みたいところですな。その程度の認識では些か、
──高密度の魔力を纏っているのであろう、膨大な量の灰から成る陣幕を従えながら、『スプリガン』が歩を進める。
「ふたつの間違いがございます。ここは本来、貴方がたそれぞれにご理解を深めていただきたいところですが──不承。私めが直々に、正しき認識を授けて差し上げましょう」
──この場に生じる、あらゆる現象。それらに対する私たちの認識を、促すかのように、あるいは律するかのように。
「ひとつ。こと現状に至っては、もはや貴方がたに『態勢』を整える意味などないということ」
──特異点の主人は、
「ふたつ。貴方がたの置かれた状況が『手遅れ』であるのは、何も今に始まった話ではないということ。つまり──」
……聳え立つ、灰塵の山。それを背後に佇む『彼』のさまは、ちょうど──
「──我らが艦へご搭乗なさった瞬間から。逃れ得る手段など、何処にも有りはしなかったのです」
──己が玉座を背に置いた、『王』の出立ちを思わせた。
「……さあ、刻限である。塵が如くに打ち捨てられ、煤が如くに払われしもの達よ! 喪われたものは行脚せよ。奪われたものは蹂躙せよ。かの亡国は
──号令が轟く。同時に、
「──開け。『
地獄の幕が、切って落とされた。
「──っ! 大広間の全方位に、急激な空間の拡張現象が確認できます! 同時に、膨大な数の敵性反応が観測されました! その数……数、は──」
「……マジか。冗談きついぞ。こんなのアリかよ。これ、全部──膨張した空間じゅうの壁面全体から、無尽蔵に出てきて……!」
──焦点の及ばない視界の端にさえ映り込むほどの、圧倒的な数の暴力。
「……かつての妖精國を見舞った『大厄災』における、モースの無限湧きもかくやといった有様だ。……骨が折れるね、これは」
「泣き言を吐いている場合ではない! 総員、可能な限り多くの敵影を視野に捉えるのだ! 見落としてしまえば最後、此方に対する不意打ちの十や二十は逃れ得ぬと思え!」
しかし。『それら』が何であるのかを、私たちは知っている。だってそれは、この特異点においてはもう、二度にわたって目の当たりにした存在なのだから。
「(『漂流物の使い魔』……その、『群勢』──)」
ゆえに、私は。己が内に抱いた、漠然とした印象──それそのままを安直にも比喩とした、あの音節を口にする。
「──『百鬼夜行』……!」
口にした──その直後。
「──! おお、素晴らしい……! よもやここに至るより以前に、是なる在り方を悉に認めておられようとは!」
──まるで。もとより、此方がそうすることを望んでいたかのように。私が発したその音節を耳にした彼は、どういうつもりか……どこか含みをもった声色で、
「(……え。……え? それって、つまり──)」
あれらの『漂流物の使い魔』たちが、私の勝手なイメージで
「(
──正真正銘、『
「(──待って)」
……不気味だった。そう感じたのと同時に、彼が発した言葉の内から、私はある可能性について思い至った──いや、思い至ってしまった。ただしそれは、この特異点において私が個人的に見出した『畏れ』とは別の、戦況的な脅威に類するものだ。
「ならば。ならばいま一度、貴方にはこう申しましょう──」
組まれた後ろ手を解放し、『もはや秘すべき事柄は何もない』とでも言わんばかりに。両掌を前方へと差し出しながら、『スプリガン』は大仰に語り出す。
「──さすがは妖精國の幕引きを看取ったご客人。あるいは、数多の世界を観て来られた御人か……いやはや、鋭いことだ。やはり、ええ。やはり貴方こそは──」
つまり。この特異点『イナバマル』における搭乗者、そのひとりであるバーゲストが、船体を駆動する魔力リソースを集積・燃焼させるための『機関』として利用されていたように。
「──我らが実存を悉に認め、その在り方を現在に証明し得る──『いまに在りし観測者』として申し分ない!」
私という搭乗者もまた、『彼ら』の在り方を認識し、証明するために配された──『
「(……そんなの、どうしようもないじゃない──!)」
そう。こればかりはどうしようもないのだ。特異点に来て、その攻略・解消を目指す以上、私という来訪者が『当事者』として環境に浸ることは大前提なんだ。やる事なす事ばかりか、ただこの場に居るという状態すらも『観測行為』と言い得ることは、改めるべくもなく当然の話だ。
「(なのに。そんな当然の状態さえも……『彼ら』にとっての益になってしまう、っていうの──?)」
……これはもう、『頭が痛い』なんて言っている場合じゃない。何をしようとも、何もせずとも、ただこの場に居るだけでさえ、戦況が困窮してしまう可能性が浮上したんだから。……考えろ。考えるんだ──
「──よくもまあ口の回る野郎だ。それともそいつァ、何か
──と、無理矢理に思考を回転させていた最中。私に向けられた『彼』の注意を断つかのように……村正が半歩踏み出し、この場の発言権を一時的に横取ってみせた。
「しかし……ナルホドな。てめえらの云う『縁起』ってのは、そのまま馬鹿正直に──『有為』の
──ここでも、『縁起』。
「(それに、『有為』……?)』
それらの言葉は相変わらず、私には理解の及ばない文脈で発せられている……いや、それはともかく。さすがは村正と言うべきか。そこに含まれた語意を、彼は正しく理解しているんだ。そればかりか──
「で。いよいよもって『
──いつの間にか。『彼』の在り方を見定め、真に迫る段階にさえ至っていた。
「(──『本性』……)」
村正は先刻、オベロンの大立ち回りに合流し、『金庫城』の概念諸共に『スプリガン』を斬り伏せた張本人だ。おそらく、『彼ら』から『金庫城』にまつわる業を断つ寸毫の間に、その在り方を看破したんだろう。
……そして。
「──
その答えが、今。
「──
私たちの眼前で──白日のもとに曝された。
「
──灰が吹き荒れる。
「
──空間が軋む。
「ゆえに。是より先は、我らが望郷の艦『イナバマル』もまた、絶海を流離う貨客船にあらず! 我らが実存を湛えし、一個の世界に等しき『唐櫃』そのもの! なればこそ……我ら自身が法と成りて、その実存を──絶海の果てに証明して進ぜよう!」
『王』が発した、それらの口上をもって──
「──っ! 追加投入された無数の敵性存在、改称・『百鬼夜行』が包囲網を形成! いずれの個体も、本作戦において遭遇したものの脅威判定を大幅に上回っています! 過半数は小・中規模存在と見られますが、そのほかには幻霊級に──サーヴァント級の魔力量を有するものを、多数確認……!」
──『百鬼夜行』の葬列が、展開を完了した。
「……改めて、ここに御礼申し上げます。妖精王オベロン殿、千子村正殿! 貴方がたの完膚なきまでのご尽力によって!『金庫城』に紐付きし、鍍金が如き『
…………────。
「チッ……! オイ! お前さんが余計な啖呵を切りやがったせいであの野郎、いよいよ本気になっちまったじゃねえか! どう収拾つけやがる!」
「うるせえ馬鹿! 啖呵を切ったのは認めるが、あの分じゃどのみち、奴さんが手前で見栄を切ったって同じ結果だろうよ! 潔く観念しやがれ!」
……あれ、既視感がすごい。じゃなくて──
「──
──この状況を、どうやって切り抜ければ……
「『泣き言を云うな』と言ったのは君だろう。さっきまでの調子はどうしたんだ? らしくないな。ここは当然──追加投入が間に合わなくなる勢いで、虱潰しに狩り尽くす!」
両鞘を構えつつ、バーゲストに発破をかけるメリュジーヌ──うん。やっぱり……それしかないか……!
「ああ! アイツに肉薄しようにも、まずはこいつらをどうにかしないと始まらないんだわ! それどころか、一時的な退路の確保だって叶わないんだからな!」
ハベトロットもメリュジーヌに続き、この場に集う味方全員を鼓舞するかのように。不退転の姿勢を示し、徹底抗戦の方針を進言してみせた。
「マシュ・キリエライト、意義なし!」
「よォし、よく言った! 俺も異論はねえ!」
「応! 有象無象の魑魅魍魎。試し斬りにゃあ丁度いい!」
──ああ、そうだ。依然として胸に燻る『畏れ』があろうとも。みんなが前に立つのなら、私も並んで立っていたい。
「それも良いでしょう。だが──貴方がたは決して、是なる実存の坩堝、我が『
──たとえそれが、
「行脚せよ。蹂躙せよ。己が思うままに。魂が赴くままに! 眼前に集うは客人にあらず。我らが尊厳を貶めた、厚顔無恥なる罪人なれば! あれらが断末魔を上げる
──どんなに無謀な選択だとしても。
お読みいただきありがとうございます。
『敵』の在り方に迫る回。
ようやくこの段階に来たんだわー!といった感じです。
おそらく読者様の中には、村正が口にした『敵の呼称』に目星をつけておられた方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
今章『死灰復然』は本投稿分で区切りとなります。次章は場面を移し、ストーム・ボーダーの状況からスタートの予定。
引き続き、お付き合い頂けますと幸いです。