望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





第十節
烽火連天【一】


 

 

「特異点現地の異常反応を検知!」

「うわー! 緊急事態! 緊急事態発生だよ〜!」

「なんだこれ〜! 計器の針が急に回り始めた! それも、前触れもなく突然!」

 

 それは、極めて唐突に。たった今までの場の空気が取り払われるような勢いで──特異点現地の諸数値を観測している、ネモ・マリーン達の声が管制室に響き渡った。

 

「おい、脅威判定どうなってんだよ……! まるで、別の強大な特異点と入れ替わったのかってレベルの変貌っぷりだぞ!」

「ああ。これはもう、『船』なんて存在規模じゃない──ひとつの『世界』だ!」

 

 ムニエルとダ・ヴィンチもまた血相を変え、マリーン達に次いで状況報告に加わる。

 

「解析班は観測を続けて! ただし、()()()()()特異点の情報取得は『数値のみ』に止めること! 今は現地メンバーの状況把握が最優先だ! いいね!」

「あいあいさー、キャプテン!」

「了解! 無事で居ろよあいつら……!」

 

 キャプテン・ネモの指揮に則り、解析班の面々は迅速に態勢を整える。

 

「(────…………)」

 

 ……まあ、戦況なんてこういうもんだ。不測の事態に見舞われるケースなど、特異点攻略作戦を敢行するうえではもはや約束された通過点と言って良いだろう。たまには破ってくれても大いに構わない約束だが、律儀なことにほとんど毎度、こうして誰も望んじゃいない結果を寄越してくれるのだからたまったものではない。

 

 ただし。それはあくまで、作戦時の常とはそういうものだという話であって──ここ一時間にわたり、管制室が内包していた様相は……見慣れた光景でもなければ、お馴染みの状況というわけでもなかったのだ。

 

「──ッ! ああ、くそっ! こんなもの、誓って待ち望んでいた状況などではないのだが……先刻までの()()()()がこうして終わりを告げたことに、正直ホッとしてしまった自分がいる……!」

 

 我慢大会、か。……ああ。アレはまさしく、ゴルドルフ司令官殿の表現どおりの有様だったと言えるだろう。なにしろ、僕たち後方支援組の面々は一様に──『現地組各位に関する観測・後援態勢を除き、本特異点に関するあらゆる事象に対しては、事態が動くまではしばらく()()()()()()()()()()』──という、無茶苦茶なオーダーを一方的に厳守させられていたのだから。

 

「──あー、ヤレヤレ。いよいよ始まったみたいですね。……はあ。よもやこの私さえも『何も思考してはいけない』時間を強いられる羽目になるなんて。とんだ拷問があったものです」

 

 ほかでもない、この御仁から。

 

「ヤレヤレ、ではないわ! いやまあ、私も他人のことを言えたものではないが……しかし、状況はこうして君がトリスメギストスⅡの演算すらも放っぽり出さねばならんほどの事態なのだろう! 挙げ句の果てに、その対応策は先ほどまでの我慢大会ただ一択ときた! まるで意味がわからん! その理由を訊ねるヒマもなかった身としては、気が休まらぬことこの上ない時間だったぞ!」

 

 と、すかさずツッコミを入れる司令官殿。本作戦を指揮するなかで、彼の忍耐力は相当に鍛えられていることだろう。特にこの一時間にはかなり絞られたはずだ。……すまない、ベーカリー。これは後でもう一仕事あるかもだぞ。

 

 ──と、それは置いといて……さすがにもう、誰かが切り出しても良い頃合いだろう。

 

「……じゃあ、そろそろ説明してもらおうか。アンタがあれだけ張り付いていたトリスメギストスⅡの元から離れ、あろうことか僕たち同様に、この場でだんまりを決め込むに至った理由を」

 

 あのままでは責め気味に問い質しかねない司令官殿に代わり、僕も僕で乱れた呼吸を整えつつ、渦中の人物──シオン・エルトナム・ソカリス女史に開襟を促す。

 

「もちろんです。まずは先の無茶振りについて、みなさんにお詫びを。それから、ご報告に出向いた矢先、大半の情報を保留していた『例の件』についても同様に。ご苦労をお掛けし、申し訳ありませんでした」

 

 ……なんというか、そこまで改まった態度を向けられては、逆に此方が申し訳ない気持ちになる。無茶振りだったことは事実だが。

 

「ああ、その。謝る必要はない。なにしろアンタのことだ。あの時点から今に至るまで、僕たちが知り得ない根拠を掴んだうえで、そうせざるを得ないと断ずるに足る事情があったんだろう? ならむしろ、此方はアンタに感謝しなければいけない。助かったよ──というのは……まあ、緊急事態が発生した只中に出す言葉じゃないか」

 

 ……改めて思うが、管制室の現状は相当妙な有様だ。知らないうちに悪手をうっかり、といった事態を未然に防いでくれたらしいことによる、どこか覚束ない安堵感が漂いながらも、それとは裏腹に──特異点現地のほうは先のアナウンスのとおり、およそ冗談では済まない状況に瀕しているらしいのだから。

 

「ありがとうございます。ここは遠慮なく、そのお言葉に甘えるとしますね。……では」

 

 シオンはそう言って居住まいを正し、ほう、と息を漏らしつつ、情報共有の意を示した。

 

「私が最後にトリスメギストスⅡに潜って演算を試み、足の爪先ほど未来予測に踏み込んだ際──状況把握・環境認知を問わず、特異点現地の敵性存在に対する、あらゆる『観測行為』が()()()()()となる可能性に行き当たりました」

 

 ────は?

 

「その可能性に接した時点で私は、トリスメギストスⅡに対して『真相に触れず、結論を出すな』というセーフティを掛けました。無論、私の思考も同様に。ゆえに現在も依然として、私は『具体的な結論』へは思考を及ばせず、『ギリギリ無害な周辺の()()』を把握するに留めている状態なのです。……もうお分かりですね。それが、私が愛しのトリスメギストスⅡを放っぽりつつ顔を出し、聡明なるみなさんに沈黙を強いるに至った理由です」

「────…………!」

 

 ──言葉が出なかった。僕だけではない。管制室に居る誰もが、事態の深刻さのほどに直面し、その理解に要する時間を求めているのだ。

 

「……そんな、莫迦な話が──」

 

 鈍器で殴られたように痛む頭を回し、ようやく絞り出した言葉がそれだった。……いや、『何も考えず、何もするな』と云うからにはおおよそ、観測面に関する問題であろうことは想像できた。しかし──まさか観測行為それ自体が『デメリットになる』なんて発想に及び、確信することは、僕たちにとってあまりにも困難だったのだ。

 

 ……それも当然だろう。なぜなら、観測こそがノウム・カルデア最大の武器であり、特異点攻略における大前提なのだから。逆にそれを『自制する』ことが『メリットになる』などという発想は、作戦の放棄を判断するよりもはるかに難しい。

 

 そして……それは、裏を返せば。

 

「──ああ。どうやら、これは……アンタの勧告がなきゃ到底回避できない、敵勢力が此方に仕掛けた中でも最大級の『罠』だったらしい」

 

 ……現状に至る前の段階。敵勢力は頑として、自らの素性にかかる此方側の観測行為を阻んでいた。それも、トリスメギストスⅡの演算に対し、根本的なロジックエラーを招かせるに足る策を講じるほどの執念で、だ。

 

 しかし。シオンがトリスメギストスⅡの演算に手を加え、彼女自身の分割思考までもを総動員することで、そのロジックエラーを局所的に解消。本来ならばその時点では『伏せられているはずの事象』にまつわる回答に到達し得る打開策となり、本作戦における情報戦の軌道にやっとの思いで乗り上げた。

 

 そして、現在。まるで『観測行為』そのものを禁止するかのように──シオン自身とトリスメギストスⅡのみならず、僕たちをも含める形で『沈黙』を決め込んだ最中、前触れもなく降って湧いた特異点の事態急変。

 

 ……要するに、僕たちは。

 

「『敵』は自らの情報を恣意的に秘匿することで、僕たちが情報取得に躍起になるように煽り──その勢いのままに、『急変直後の特異点を観測する』という段階を確実に踏んでしまうよう仕組んでいた……ってワケだ」

 

 嬉々として真相の在処を目指していたつもりが、危うく地雷原へと導かれかけていた──ということなのだ。

 

「そういうコトです。さすがは本作戦きっての後方工作員、ご明察です!」

 

 ……お褒めに与りはしたものの、正直、それが事実であるという確証を得るにはまだ遠い。なぜなら現状は、僕たちが『ただ沈黙していた』内に、『勝手に事態が急変した』という状況があるのみなのだ。仮に『沈黙』をせずにいた場合ならば、より明確な状況が示されていたのかもしれないが──現状はこのとおり、知らない間にコトが生じたような格好である。両者の事象がどのように繋がり得るのかについては、ほとんど実感が伴わない。

 

「とはいえ、私としても肝が冷える思いでした。なにしろこれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのです。加えて……これが万が一、杞憂に過ぎる懸念と潰える予測であったり、此方が対策に打って出たことを、相手側が事前に察知でもしていたならば──我々はみすみす、一刻に及ぶ時間的リソースを無駄にする羽目になっていたかもしれないのですから」

 

 どうやらシオンにとっても、先の『沈黙』は実感の伴わない内に断行した態勢だったらしい。であればなおのこと、ただオーダーに応じるのみだった僕たちが実感を得られずにいるのも当然だろう。

 

「──そっか。シオンが抱いたその懸念内容に、どれだけの信憑性があるのかを確かめることもまた、近い未来に生じる事象の『観測行為』に該当してしまう。だから決して、その対応方針の妥当性に()()()()()()()()()()()()んだ。つまり……先の判断はキミによる、正真正銘の『賭け』だったんだね」

 

 …………────。

 

「ええ、ダ・ヴィンチさんの仰るとおりです。結局のところ、みなさんには私の『勘』というただ一点の出目に、作戦の行方を全賭けしていただいた格好になったワケですね。しかし、おかげでこうして懸念は的中し、現地組をみすみす窮地に追いやる事態は避けられました。……いやあ。組織においてはやはり、持つべきは信頼に足る構成員! みなさんには感謝あるのみです!」

 

 そうしたやり取りを眺めながら。シオンが吐露した心情を耳にして、僕は──至極個人的な既視感とともに、思い出さずにはいられなかった。

 

「(……なあ。アンタもずっと、そんな心境だったのか?)」

 

 その時点では至るべきではなく、仮に至れば、我が身が危ぶまれるものと知りながら。それでもなお見据えるべきだと、己が在り方を自ら定め……『その後』を託すに足ると信じて、隣人の未来にすべてを賭けた──

 

「(ヴォーダイム)」

 

 ──お人好しのことを。

 

「……うむ、事情はわかった。シオン君の的確な状況判断に感謝する! しかし──我々の観測態勢次第では『現地組を窮地に追いやる』可能性があったと云うが……その実情はどのようなものなのかね?」

 

 と……それもそうだ。

 

 先のシオンの判断が正しかったらしいことは、彼女にしては珍しい行動からも、こうして迎えた事態急変からも多少は察せられる。が、具体的な内容に関しては、さすがに彼女の告解を抜きにしては理解し得ない。

 

「はい、端的に申し上げます。現時点の状態における『敵』は、第三者が観測すればするほどに、その存在強度を増してしまう可能性があった……というのが、おおよその実情となりますね。おそらく、マトモに観測へ踏み込んでしまっていた場合。現地のみなさんは──先の事態急変を迎えた時点で、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …………マジかよ。

 

「……うん。その予測に至っては当然、特異点現地には居ないはずの僕たちにまで『沈黙』を要するはずだ。つまり『敵』は、外的要因に由来するあらゆる『観測行為』をそっくりそのまま、自身の『存在証明』として受領でき──その事実が積もれば積もるほどに存在強度が増幅する法則を、概念レベルで特異点全域に展開している……といったところだね。シオン」

 

 キャプテンの補足のおかげでより一層、実情の解像度が増した。

 

完璧(パーフェクト)! あはは。改めて耳にすると頭痛が走りますねぇ。いくらなんでも我々に対してメタりすぎでしょっていう……ま、ソレは単なる()()()でしかないっぽいところが、本当に頭を痛めるべきポイントなんですが」

 

 ……結果論?

 

「な、なんですと?」

 

 ゴルドルフ司令官殿もまた、僕と同様の疑問を抱いたらしい。『これ以上悩ませるでないわ!』と言わんばかりに、怪訝そうな表情を滲ませながら問い返す。

 

「だってコレ、先ほどまでの態勢を我々に強いることのみを目的とした法則じゃないワケでしょう? あくまでコレ自体は、外界に向けて敷かれた普遍の法則でしかない。我々のみが懸念すべきものではなく、特異点の現地組においても条件は同じか、それ以上の影響を及ぼし得る事象なのですから」

 

 ……そういうことか。

 

「コレが仮に、我々のみに向けて仕掛けられた『罠』でしかなかったのであれば、感知はより容易なものとなっていました。敵性存在が単一目的を果たすためにと仕組んだ事象ならば、それが直接的であれ間接的であれ、その指向性を感知する工程は著しく単純化しますので。例えば──そうですね。面と向かって『ンだコラぁ!』と絡まれるような敵意は簡単に感知できますが、遠くでただ『スン……』と突っ立っている相手から向けられる敵意は察し難いのと同じです」

 

 ……場の緊張をほぐす意図なのか、何なのか。彼女にしてはやけに俗な例えに少し面食らったが、おかげで僕たちが置かれていた状況の全容が掴めてきた。それにしても──

 

「……そんな雲を掴むような状態で、よく感知できたもんだな。アンタ」

 

 ──感服するほかない。彼女の『勘』とはすなわち、トリスメギストスⅡを担っての演算に加え、持ち前の分割思考……それらの技術を常日頃から研鑽し、継続してきたからこそ得られた賜物だ。付け焼き刃や運任せなどではない、確かな経験に裏打ちされた『直感』……それを備えていたシオン・エルトナム・ソカリスという存在自体に、僕たちは助けられたのだ。

 

「ええ。まあ、そこはカドックさんのおかげでもありますので。そのファクターがもたらされていなければ、本来なら……トリスメギストスⅡと私は、その可能性に行き着くことにより多くの時間を要し──先の事態急変を迎える前に感知することは難しかったでしょう」

「……ん?」

 

 何か、意外な名前が出なかったか、今。

 

「──おっと行き過ぎ(オーバーラン)。ホームズ氏がこの場に居れば、スカしたドヤ顔で『今はまだ語るべきではない!』と仰っていたことでしょう。それよりも……事態急変の直後とあっては、こちらのお話が先決です。たった今の緊急アラートについて解説を」

 

 と、シオンはこちらの戸惑いを他所に、次なる情報共有に踏み出してしまった。……どいつもこいつも、秀才連中というものはどうしてこう、他人をぽいぽい置き去ってしまう性質なのか。

 

「周知のとおり、特異点の存在規模がまたしても増大しました。当初の『微小特異点未満級』という脅威判定が『準・亜種特異点級』へと更新された際に次いで、これで二度目となりますね」

 

 ……そのような事態が生じたのであろうことは、先の慌ただしさから予感はしていたが──こうして確定事項として口に出されたことにより、この場にいる全員が改めて息を呑んだ。

 

「当該特異点は『準・亜種特異点級』の枠を逸脱。『単一の点』の域に留まらない、『不特定多数の点』から成る様相を示しました。これはちょうど、『徳川廻天迷宮・大奥』の在り方に相似するものとなります」

 

 ……『徳川廻天迷宮・大奥』。それは確か──

 

「ごっふ! ……え? コレってばひょっとして、私への悪質なドッキリか何かかね?」

 

 ──と、今まさにむせ返っている当事者こと、ゴルドルフ司令官殿がガッツリ巻き込まれた案件ではなかったか。

 

「ほーら、ゴルドルフくん。立香ちゃん達に寄越した村正のサプライズ投入をうっかり『仕返し』なんて言ったものだから、こうしてデカめのしっぺ返しが来たじゃないか!」

 

 言ってる場合か。

 

「ああそう! その節は本当にごめんなさいね! それはそうと、どういうことかねシオン君! よりにもよって我が特筆すべきトラウマシリーズ、その上位に鎮座する案件が引き合いに出るとは! 説明を求めます!」

 

 当時は相当にハードな禊でもって反省を強いられたのだろう。顔面蒼白とはこの事かと周囲に思わせるほどに、彼の表情は強張っている。

 

 ……しかし、彼の言い分もご尤もな内容だ。つい先ほどまでは『準・亜種特異点級』などという、確かに強大さのほどが窺えはするものの、何処か漠然とした感が否めない脅威判定だったものが──ここにきてどうして、より具体性を帯びた様相へと豹変したというのか。

 

「あちゃー、失敗(ミステイク)。そういえばアレ、ゴルドルフ氏にとっては地雷案件でもありましたね。その文脈は除外(カット)除外(カット)。今ここで重要なのは、かつての出来事についてではありません。かの時空が有していた『様相』それ自体について、ですので」

「そ、そうか。ならば良いのだ。……『様相』というと、『歴代の徳川将軍』の概念が起点となって……というアレかね?」

 

 落ち着きを取り戻しつつ、司令官殿はシオンに問いかける。

 

「はい、言ってしまえばソレです。とはいえ、本特異点おいて『起点』となる概念は決して、『歴代の徳川将軍』ほどの強度には及びません。しかし──大小・強弱を問わず、その『数』に関して言うならば、今回の特異点はソレを圧倒的に上回っているのです。それも、まるで比較にならないほどに」

 

 ……その『数』を有する存在が何であるのかは、もはや疑いようがない。

 

「──『汎人類史の漂流物』、だな」

 

 それは、二度目の現地通信時に共有されていた、今回の特異点におけるひとつの事実。すなわち、『帰還・あるいは返還された暁には、人類史に影響を及ぼすほどの因子を有した個体』の存在だ。

 

「ええ。各個体が持つ影響力の程度はピンキリですが──異なる出自・年代の因子を有したそれらが、人類史上の『染み』として()()()()()()()()立ち現れること、それ自体が脅威となります」

 

 ゆえに下された、『凖・亜種特異点級』なる脅威判定。ただし、それはあくまで、人類史に及ぼす影響の規模がこれに相当し得るという、判定時点の水準に則った『概観』にすぎないものだった。

 

 ──しかし、今。

 

「これも前回、ダ・ヴィンチさんに言及していただいた話ですが──単品の返還であればいざ知らず、無数の個体が同時にとあらば。それはもう、各個が有する影響力の大小・強弱それぞれを問うている場合ではありません。我々はこの先、それらを集約した『総体』がもたらす影響力全体を『一個の脅威』と定め、対処にあたるべき段階に突入したのです」

 

 半端な概観は、不動の確度を得るに至る。

 

「──ゆえに。ノウム・カルデアは現時点をもって、当該特異点『漂流客船・イナバマル』を『()()()()()』と認定。これより先は総員に対し、最高水準の厳戒態勢を要求します」

 

 そして……シオンの宣告を受け、管制室の緊張感は最高潮に達した。

 

「『凖』でもなく、『仮』でもなく──掛け値なしの脅威判定に至ったというわけか……!」

「──切り替えていこう。ここから先はより一層、一秒たりとも気を緩めちゃいけない」

「ああ。キャプテンの言うとおりだ! 瞬きも惜しんで計器を睨み続けてやる!」

「気持ちはわかるけど! 瞬きぐらいはしようねムニエル!」

 

 司令官殿の驚嘆に追随しつつ、キャプテン、ムニエル、ダヴィンチと続いた。……ああ。脅威判定がどうであれ、こうして戦況に輪郭線(アウトライン)が引かれた以上は、後方支援の態勢も幾分か整えやすく──

 

 ──いや、そうだ。ちょっと待て。

 

「すまない。口を挟むぞ。……確認だが、もうそこまで()()()良いのか?」

 

 特異点の事態急変は現実のものとなった。それによって、現地組に迫っていた王手を避けるため、僕たちが自身に『沈黙』を強いるべき経過時間は確かに満たされた。しかし、僕たちは依然として、『観測行為』に該当し得る思考活動を控えるべき状況の真っ只中ではないのか。

 

「いいえ。ぶっちゃけ望ましくありません」

「ダメなのかよ!」

 

 ……反射的にツッコミを入れてしまった。ていうか僕じゃなくても入れるだろう。シオンのやつ、それを承知でここまでの長台詞を披露してくれていたってのか。

 

「とはいえ、です。我々にとっても、現地組にとっても。今回の『敵』を相手にするうえで、観測・解析・考察を抜きにしては立ち行かないこともまた事実。……なので。じつは先ほどから、私のほうでひとつの()()()()に踏み切っておりまして。云うなれば──特異点に対して我々から生じ得るデメリットを、必要最小限に抑えるための『損害制御(リスクコントロール)』。そのテストといったところでしょうか」

 

 くそ。それもちゃんと考えがあってのことだったらしい。……いや、そりゃそうだよな。先ほどまでのシオンの情報開示は、地雷原へ散歩に繰り出したようなものだったのだ。それは到底、地雷が仕掛けられた位置を気に留めずして行える所業ではないだろう──口を挟む前に少しは考えろ、カドック。

 

「この状況でのテスト、というと……ああ、そうか! キミは『此方で取得済みの諸数値』を判断基準にして、『特異点現地で観測済みであろう事象』を推測し──その『()()』に止まる範囲の事象のみを言及した場合、現地に及ぼす影響が小さなものに抑えられるか否かを測っていたのか!」

 

 ……ここはここでまた、ダ・ヴィンチに持って行かれてしまった。

 

「そうか。現地メンバーの観測行為による特異点の強度増幅は不可避だけれど、それが現在進行形であるぶん、増幅傾向を示す数値は安定した右肩上がりの様相になる。逆に、此方がそれを爆発的に助長してしまうケースは『新規の事象を観測した場合』に限られるため、数値上に急激な変動を示し、その判別が可能となる。……そして、此方が取得可能な諸数値上にそれらの機微は反映されるから──僕たちの言及内容によっては、そこに至る寸前で中断・または最初から保留することで、ある程度のリスクコントロールが適うというんだね」

 

 シオンと同じく、分割思考の持ち主であるキャプテンが共感を示すように続いた。

 

素晴らしい(マグニフィセント)! お二人とも、非の打ち所もありません。そのつもりで以後、数値観測の方針を構築してください!」

 

 ……この三人の頭の回転、知っちゃいるがさすがに早すぎだろ。己が浅慮さを省みて、なけなしの脳ミソを回そうとした矢先にこれだ。ここはもう秀才サマ一同に任せよう。

 

 それにしても……皮肉な話だ。つい先刻までは『観測されても構わない出涸らしの事象』ばかりが『敵』から恣意的に寄越され、それでは不十分だと躍起になっていたというのに──現状はこうして、今度は此方側が『出涸らし』を選び取ることに躍起になっている。

 

 と……いけない。また僕の悪い癖が、思考を斜めに傾けつつある。しっかりしろ。頭の回転で遅れをとる分際なら、その周囲の事柄を補完でもしたらどうなんだ。

 

「しかし、ええ。こうしてカドックさんの追及もありましたし、テスト段階を脱するには丁度いい頃合いでしょう──キャプテン。現状の取得数値から、我々の言及が発端と思しき著しい変動は認められましたか?」

 

 幸い、僕の口出しが邪魔になるようなことはなかったようだ。そして、テスト段階の脱却というからには……シオンはこのタイミングでもう、実践段階に踏み込むつもりらしい。

 

「確認されず。此方の各言及直後に生じた数値変動は誤差の範囲だ──うん。シオンの読みどおり、『追認』に止まる事象への言及程度では、此方から特異点現地に大きな影響は及ぼさないとみていいだろう。ただ、現地と此方、どちらにとっても『新規の観測事象』となる事柄を見極めるための基準が乏しい現状は……ある程度は数値で判断できるけど、やっぱり少し厄介かもだ」

 

 キャプテンは念のため、言葉を濁しているようだが……こと現状を鑑みれば、此方が極力避けるべき『新規の観測事象』がどういったカテゴリーに属する事柄なのかは自明だろう。すなわち──『現在の敵』の『()()()』にまつわる事象、そのすべてだ。

 

「問題はそこなんですよねぇ。我々自慢の観測態勢はガタガタ。情報取得も満足に叶わず、集団発想(ブレスト)もドでかいリスクと隣り合わせ。そんな中、私がいくら『勘』を働かせようとも、リスクのすべてを決め打ちで回避することはさすがに無理な相談なのです。それこそ──」

 

 と──彼女の言葉を耳にしていた、その時。

 

「(……『コツン』?)」

 

 ……気のせいだろうか。いま何か、硬い物を打ち鳴らすような音が、微かに聞こえ──

 

「──『その事象』にまつわる事柄を理解するに足るだけの経験値、あるいは知識を備えた存在……すなわち。勝手知ったる『()()()』でもなければ、ね」

 

 ……徐々に大きく、近くなる、例の音。

 

「(……いや──まさか)」

 

 ──直後。僕はようやく、それが何の音であるのかに思い至ることができた。時間を要したのも無理はない。なぜなら、本作戦においてはもう、その音を発する存在と関わることはないものだと……そう思い込んでいたからだ。

 

「と、いうワケでして──お待たせしました。管制室の外へ控えておられた『理由』の大半は、これで解消されたとみてよろしいかと。さて……そろそろ貴方も、クライアントの御立場から進捗が気になり始めた頃合いでは?」

 

 ……なにが『今回は裏方に徹するとします』だ。半ば丸投げの素振りを見せておきながら、結局のところ自分だって、こうして作戦に乗っかる気満々だったんじゃないか……ああ、くそ。僕たちが現状に至ることまで織り込み済みで、あんな回りくどい真似を演じていたのか──

 

「『光のコヤンスカヤ』さん」

 

 ──このペテン師め。

 

「あら、これはご丁寧にどうも。それでは遠慮なく、謹んでお窺いいたしましょうか──」

 

 白々しいほどに達観的で、毒々しいほどに扇情的で、清々しいほどに挑発的な声。その音が響き渡るのと同時に、

 

「──進捗、如何です?」

 

 床を打つヒールの音は──ピタリと鳴り止んだ。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


シオンの洞察力が光る回。

現地組が正念場を迎えたとき、ストーム・ボーダー内もまた戦火が及んでいたのでした。いつもより文章長めですみません。

さて。本投稿より章題改め、第十節【烽火連天】に突入です。
現地メンバー・後方メンバー共に、物理的にも論理的にもバッチバチにやってくれる章らしい。たいへんだあ。

月末からは魔法使いの夜コラボ。私もどっぷり浸りたいと思います。

引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。
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