望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





烽火連天【二】

 

 

 戦火に(ひしめ)く、影を見やる。

 

「(──数が、多すぎる……!)」

 

 いや。これはもはや、『数』の多寡で捉えるべき規模の話ではないだろう。

 

 天を閉ざす雲。空を覆う雨。山を穿つ河。地を満たす海──それらを形成する『水』の流れにも等しい『現象』を、『数』に換算しようだなんて……考えるだけ無駄なことだ。

 

「私とハベトロットさんは中陣に回ります! 防御の役は引き受けますので、アルトリアさんはお二人の治療にリソースを割いてください!」

「さすがに手が足りてないだろ? ここは猫の手でも借りとくんだわ!」

 

 遮蔽魔術のドームから五十メートルほどの距離に位置取り、モルガンとオベロンのお守りから目を離せないでいる、アルトリアの警護を進言する二人。

 

 中陣、とは言うけれど……その役割に強いられる内容は、額面から抱く想像以上に重いことだろう。敵陣は一直線上に構えているわけではなく、全方位にびっしりと展開されているんだ。前後左右の違いなんて無いも同然である。この状況における『中陣』とはつまり──遮蔽魔術のドームを中心とした直径百メートルの領域内、三百六十度すべての守護を担うポジションであることを意味していた。

 

「……助かります。マシュ、ハベトロット──というわけで前線のみなさん、こちらの心配は無用です! お気兼ねなく、敵性存在の制圧に全霊を注いでください!」

 

 二人が受け持つ役割の過酷さを慮ったのだろう。逡巡にかける一瞬の時を置いて、アルトリアは二人の決断に応じつつ──中陣からさらに百メートル先に及ぶ範囲を担うように四方を位置取る、最前線の面々に檄を飛ばした。

 

「ああ! そのつもりだよ!」

「承知した!」

「応!」

「よぉし、やるかァ!」

 

 各員の雄叫びを合図に、轟音が鳴り響く。方々から巻き起こる硝煙が空間内を駆け巡り、開戦の狼煙として立ち上った。

 

「──さすがは戦の専門家諸兄。斯様に無秩序極まる戦況に際してなお、布陣にかかる合意形成に些少の淀みも感じさせぬとは。まさしく秩序の鑑。その真髄……『我ら』がとくと拝見いたしましょう」

 

 ……言葉の端々に滲み出る、含みを有した意図の気配。今なお『スプリガン』の姿をとる、村正曰く『塵塚怪王』なる存在として佇む『彼』が──戦火の方々に流れゆく、百鬼夜行の濁流を見据えて吐き捨てる。

 

「それはどうも! ふッ! 次……なんて言う間もないか──そらッ!」

「よし、その調子で飛び回るがいい! そうして巻き起こる風を喰らえば、私の爆炎が勢いを増すからな! はああっ!」

 

 遮蔽魔術のドームから見て、それぞれ十時と二時の方向。メリュジーヌとバーゲストが双方の領域を横薙ぎに往復しつつ、百鬼夜行を蹴散らす様子が目に入った。

 

 ……大群を相手にする以上、攻撃手段も立ち回りも大振りの格好になる。その最中、どうやら互いの行動範囲が重なる瞬間があるようで、バーゲストはメリュジーヌから生じる風を利用し、副次的な連携効果を期待しているらしい。

 

「うん? ……へえ、炎まで大喰らいだとは知らなかったよ。僕の軌道から生じる爆風を食べ切れず、そっちの炎が掻き消えなきゃいいんだけど──熱ッ!」

「ああ、すまない。微風程度では食いでが足りぬばかりに粗相をした。これに懲りたのなら、より上質な風を提供してもらおうか」

「図々しさにビックリだよ! 何が粗相だ!」

「失言の返礼だ! 黙って疾く駆けなさい!」

 

 ……連携、できるのかなあ。

 

「お、そいつは名案だ。だだッ広いとはいえ閉鎖された空間に、見渡す限りの敵影──こいつは確かに、チマチマ狙いを定める必要もねえわな。片っ端から燃えてろや!」

「やけに硬ェ奴もちらほら居やがるが、数に任せて布陣の密度を上げたのが災いしたな。観測にかまけるヒマなんざありゃしねえ。軒を連ねた家屋の常──貰い火ひとつで大火事だ!」

 

 と、こちらはそれぞれ八時と四時の方向。前方の彼女たち二人と同様に、双方が位置取る領域に干渉しつつ──クー・フーリンと村正もまた、広範囲に及ぶ攻撃手段を採り始めたらしい。

 

 村正の言うとおり、此方の観測行為によって『彼ら』の存在強度を増幅してしまう懸念も、これほどの混沌の只中では一周して薄まったと言えるのかもしれない。一個体ごとに相手取るのではなく、大半の敵影を一瞥もくれずまとめて薙ぎ払っているのだから。

 

 ……ただ──

 

「あちち! ……ああもー! こんなに処構わず強火を振り撒かれたら、せっかく張り巡らせたボクの糸が焼き切れちゃうだろー!」

 

 ──炎撃と斬撃を得意とする面子が集中し、それらを助長する戦法が蔓延る状況においては、ハベトロットの魔法糸は相性が悪かったらしく……中央に居る私たちへの接近を阻むべく、いつの間にか敵性存在に向け施してくれたドーナツ状の捕獲網にまで延焼し、満足な展開が適わなくなってしまったようだ。

 

 ごめんねハベにゃん。並大抵の炎じゃ焼き切れることのない魔法糸でも、この面子の本気の炎と風が相手じゃ仕方ないよ。緻密で繊細な技を得意とする君だ。広範囲に及ぶ大振りな暴力(バスター)はみんなに任せて、ここは狭く厚く……

 

「──しょーがない、こうなったらありったけのボタンを片っ端からブッ飛ばす! 知ってるぜー、攻撃も防御に転ずるって言うんだろ? 上等だぁー!」

 

 ……そうでもなかったんだわ。

 

「ナイス機転です、ハベトロットさん! ただし、バレルの使用はナシの方向で! モルガンさんの手前、お目覚めになった後に申し訳が立たないので!」

 

 と、面食らう素振りもなく共感を示す後輩ちゃん……そういえば、勇者トトロットも当初は喧嘩っ早いオラオラ系だったとかいう話だっけ。それがノウム・カルデアで召喚されたハベトロットにどこまで影響しているのか、していないのかまでは知り得ないのだけれど──こうして現在の彼女もまた、妖精國の彼女と似たり寄ったりな一面があるのだった。

 

 ……それはそれとして。マシュが口にしたように、今回の作戦にはモルガンが同行している以上──当人が昏睡状態にあることに関わらず、ハベトロットにブラックバレルを砲身として使わせる選択は避けたいところだ。背に腹が代えられないほどの必要に迫られる場合ならともかく、不規則な乱発を予感させる現状で使わせたとモルガンが知れば……仮にこの場を切り抜けたとしても、その後に新たな脅威が生じかねない。

 

「げ、それもそうだな。うーん、じゃあどうしよう……ボタン……飛ばす……ボクとマシュ……」

 

 これにはハベトロットも同意を示し、バレルの使用は断念してくれた。しかし依然として、ボタンを発射する方針を諦めてはいないらしい……それも当然か。魔法糸による捕獲網は縮小せざるを得ない以上、これを補い得る追加策を講じなければ、敵性存在の大群がより此方へと肉薄してしまう可能性があるのだから。

 

「──あ!」

「ハベトロットさん?」

 

 と、僅かに思考を巡らせた後。ハベトロットは何かを思いついた様子で──

 

「よし。プレイボールだ、マシュ」

「へ?」

 

 ──ばしっ、と。グローブの内側に拳を叩き込むようなジェスチャーをしながら、悪戯っぽい笑みを見せたのだった。

 

「はあああっ! 吹きッ──飛ばす!」

 

 などと観戦していると。一歩でも射線に出れば、皮膚がさっくりと切れてしまうんじゃないかと思うほどに──巻き起こされるたびに規模を大きくしつつある、メリュジーヌの旋風が吹き抜けてきた。

 

「そらッ──ふう。こう言っちゃ何だけど、一網打尽は気持ちがいいね! これが終わる頃には僕の通常攻撃、一打百殺ぐらいの全体攻撃に昇華されたりしないかな!」

 

 その様子を見ている限り、軽口を叩く余裕ぐらいはあるらしい。加えて、当人の言うとおり……彼女が繰り出す一打は実際に、爆速の勢いをそのままに、六十体ほどの敵性存在をひと息で斬り刻み、吹き飛ばすまでの適応を見せ始めている──さすがは自称・戦闘機。技能拡張が止まらない。

 

「贅沢を言うな、名誉換装竜種め! そのような成長の機会があるとすれば、私の広域爆炎攻撃の強化が先だ! 一打にまで要素を盛ろうなどと、欲が深いぞ!」

「君だって換装持ちじゃないか! ていうか、他人様の風を喰らって火力を増強している今の君に、『欲が深い』なんて云われる筋合いはないハズなんだけどなあ!」

 

 これと対抗するように。ひと息で敵性存在の百体近くを焼き払ってしまえるほどに、メリュジーヌの風を取り込む精度を上げたバーゲストが声を発する。

 

 バーゲストの宝具換装……ああ、思い出すのは教習の時間。晴れて大型車両免許を手にした私もまた、技能拡張を経ていると言えるのかもしれない。あれは、そう……水も滴る、ホットでマキシマムな日々の話──

 

「いいかい、技能拡張は成長の証なんだ。たとえこの身がとっくに最強の竜種であったとしても、それを望んじゃいけないワケじゃない。外付けの部品でもなく、本体の話となれば尚更だ。限界も境界のひとつだと云うのなら、それすらも僕の領分──」

 

 ──などと、割と新しめな記憶の湾岸線を巡る、夏かしさ溢れる回想へと走りかけたとき。私のそれはともかく、メリュジーヌの演説さえも止めてみせるほどの『何か』が、渦巻く爆炎を猛スピードで攫っていった。

 

「──っ! 何だ? 雑魚どもを軽々と玉突きに吹き飛ばすほどの……弾丸のような爆転魔力塊(ライナー)が今、はるか後方から──」

 

 爆炎の壁に呑まれた先では、そんなことが起きていたらしい。バーゲストが手を止めて目を見張るような事柄とは、果たして──

 

「ぃよっしゃー! コレ良い感じだな! 炎に焼き消されないばかりか、むしろ炎を巻き込んで炸裂したぞ! 打者(バッター)、この調子でどんどんいくぜ〜!」

「了解、コーチ! どんどん打ちます! 名付けて『ハベにゃん千本ノック戦法(シューティングスター・ハベトロット)』──ばっちこーい!」

「野手が打者を煽るときの台詞じゃない? ソレ」

「はっ、間違えました!」

 

 ──果たして、マシュがラウンドシールドを振り抜いて炸裂した……打球(ボタン)なのであった。

 

「……なんてことだ。羨ましい。あれは換装に負けずとも劣らないロマン──合体宝具(コンビネーション)ッ……!」

「貴様は何を言っているのだ?」

 

 ここがストーム・ボーダーの甲板であったのなら、自分だってネモ・マリーンとの連携を披露できるのに──とでも言いたげな声色で、もの惜しそうに熱く語るメリュジーヌ。対するバーゲストはそれを横目に見やりつつ、淡々と敵影を焼き払っている。温度差の錯綜がすごい。

 

「こうしちゃ居られない。バーゲスト、君の炎に風をあげよう! 僕達も二人の新境地に続くンだ!」

 

 と、先ほどまでは協力の意図が希薄だったメリュジーヌが、自ら進んでバーゲストとの連携を打診してくれた。どうやらマシュとハベトロットの溌剌(はつらつ)としたコンビ芸が、彼女の琴線に触れたらしい。

 

「あ、ああ。というかその、最初から風を寄越せと言っていたのだが──まあこの際、何でも良い!」

 

 急な心変わりにやや面食らいつつも、メリュジーヌから供給される風の協調性が増したことで、自身の炎撃がより冴え始めたらしく──バーゲストもまた満足げな声色でもって、連携の方針を改めて受け入れた。

 

「──うおっ! 急に何だあいつら? マシュとハベトロットはともかくとして、あの二人までえらく連携が冴えてきやがったぞ」

 

 彼女達の位置から見て反対側の制圧を担うクー・フーリンが、自身の位置する領域にまで到達し始めた二人の炎風に驚きつつ呟く。一面の火の海によって、視界はもはや真っ赤っかである。

 

「分業制で成果を上げに出たらしいな。各個の専門技術を合わせる手法ってのは、お高く付くが出来映えは見事なモンだ。まあ、担い手同士の相性が合わねえと作品(モノ)仕事(コト)も悲惨なモンだが……合っちまえば万々歳だ!」

 

 村正は二組の連携態勢に対し、生々しい例え話を交えながらも称賛の言葉を口にした。まさか、二人も一同に倣ってくれるのかしら──と思いきや。

 

「ま、そいつも道理だ。ならコッチはいつもみてえに、手前勝手に突っ込むとしようや!」

「言われるまでもねェよ! テメエと互いの間合いを気遣い合うなんざ真っ平御免だ!」

 

 案の定、そういうコトにはならないのであった。そればかりか、

 

「そうかよ! ならお互い、間合いに巻き込もうがお構いなしだ! 燃え尽きんなよ!」

「応よ! 焔が怖くて鍛治師が務まるかッてんだ。此方の剣製も精々死ぬ気で躱せよ、躱せるモンならな!」

 

 妙に危なっかしい方向性でもって、乱暴な合意形成が取られてしまった。……あれで大丈夫だろうか──

 

「って。()けたかあの爺、本当に炎の中に突っ込んで行きやがった。意地を張るのも大概に──っと!」

「おう、折れた刀身が飛んじまったか。目視も適わねェ速度だったハズだが、避けちまうたあ感心だ。こっちは良い火加減だぜ!」

「何目線だこの野郎! こちとら入り込んだ霊基じゃ居るが、持ち前の『矢避けの加護』も健在よ。流れ弾なんざ視るまでもねえ!」

 

 ──うん。側から見ればメチャクチャだけど、なんか大丈夫そう。というかアレはむしろ、二人にとっては却って心地の良い連携になっている様子だ。

 

 ……よし。この戦況に突入した当初はどうなることかと思ったけれど、敵性存在の規模に一方的に圧し負ける心配はなさそうだ。各員の中距離間を股にかけた連携技で、全方位の制圧が叶っていることに加え──広範囲に及ぶ無差別攻撃を主とする方針のおかげで、『観測行為』によって『敵』の存在強度を増強させてしまう心配も踏み倒せている。……あるいはそれを期待して、みんなは意図的に炎の壁を築いてくれたのかもしれない。

 

「(──……)」

 

 などと思考を回しているうちに、幸か不幸か……こうして再び、自陣の戦況把握に意識を割けるようになったおかげで──徐々に精神の平静を取り戻し始めた自分に気づく。

 

「(……これなら……!)」

 

 ──先の戦闘。『金庫城』に由来した脅威は、見切り発車とも取れるオベロンの即断により、村正の力添えのお陰もあって迅速な制圧が叶った。その貯金として、ほぼ同時点で『決戦術式』を引き継いでくれたアルトリアの貯蔵魔力には、依然として充分な余裕があるんだ。そればかりか、妖精騎士の面々もまた、先の一戦分に費やすはずだった自前の魔力リソースを丸ごと温存できている状態である。

 

 こうした現状それ自体を『活路』とまでは言い切れずとも、戦況を見る限り、拮抗以上の善戦が期待できそうなことは確かだろう。あるいは本当に、このまま攻め続ければ──

 

「さて。()()()頃合いですかな」

 

 ──と……思いかけた矢先のことだった。遮蔽魔術のドームから見て、はるか十二時の方向。炎の壁のさらに向こう側、戦況の最奥に佇んでいるのであろう『彼』の声が──

 

「──満たせ。『瓶長(かめおさ)』よ」

 

 ──如何なる理屈を以てしてか。騒音にまみれた戦況、その只中であるにも関わらず……私の耳にすら届くほど鮮明に、空間中に木霊した。

 

「え……? っ! みなさん、退避を! 流動性を有した、濃密かつ膨大な魔力反応を検知! できる限り、足場の盤石な瓦礫の高所へ!」

「へ?『百鬼夜行』のほかには何も──って、うわあ!」

 

 中陣の何処かに位置取り、戦況を隈なく見据えていたマシュが叫ぶ。一拍遅れて、彼女のすぐ傍らで次弾を装填しかけていたハベトロットもまた、アナウンスの意味するところを察したらしい。

 

「高所? 一体何が……っ──!」

「……何だ……? これは──」

 

 自らが巻き起こした炎の壁の渦中に身を置き、半ば視界を損なった格好にある二人が反応する。幸い、ほとんど反射的に退避が適ったらしく、両者の音声が左右それぞれの上方から聞こえてきた──直後。

 

「──大量の……『()』──?」

 

 空間中を満たしていた、百鬼夜行を阻む炎の壁──それらをひと息に消し去るほどの『大洪水』が、突如として現れた。

 

「──ぜぇ、はぁ……はあ……ッ、おーいマスター、そっちは無事かー!」

「え、──っ!」

 

 なぜか息を荒げているハベトロットの声を耳にして、私は──この刹那の間に生じていたらしい出来事を、今更ながらに認識する。

 

「(これは……)」

 

 炎の壁が消し去られる際に生じた、空間内を覆い隠すほどの水蒸気。それがゆっくりと薄まりゆく過程で、ようやくこの目に映すことができた。そこには──

 

「(瓦礫で築かれた……ドーナツ状の壁……!)」

 

 ──魔法糸によって頑丈に編み込まれた、瓦礫の防波堤が築かれていたのだった。

 

「はあ……はあ……っ、先輩の声を確認──どうやら無事のようです。よかった……! それにしても、見事な『早縫い』でした、ハベトロットさん! 何とお礼を言って良いか……!」

「やめろよ、水臭いこと言いっこなしだぜ! ボクが瓦礫を縫い付けるまでの間、手が回らない方向の波をマシュが押し返してくれたお陰で作れたんだからな!」

 

 すごい……二人の連携が秘める無限の可能性に思いを馳せずにはいられない。って、いや。それよりまず、ちゃんと伝えなきゃ──

 

「──大丈夫、水はここまで来てないよ! 二人ともありがとう!」

「ええ。モルガンとオベロン共々に、洪水による被害は皆無です。……ふふ。どうやら、私の出る幕ではなかったようですね。お二人とも、見事な守りでした!」

 

 ──本当に助かった。傍らに居るアルトリアの言動を見るに、彼女も何らかの危機回避手段を講じる用意があったようだけれど……膝上に眠る二人を抱えつつ、高密度の魔力を含んでいるらしい洪水を堰き止める役まで任せては、モルガンの治療に支障が出ていたかもしれない。

 

「(……でも、これ……)」

 

 ただ、目下のところ不可解な状況にあることもまた、ひとつの事実だった。なぜなら──

 

「……何を考えてんだあの野郎。火消しのつもりか何か知らねェが、てめえの使()()()()()流しやがって。品替えでもしようってのか?」

 

 ──先の大洪水は、炎の壁を掻き消すのみならず……『彼』が満を持して繰り出した、百鬼夜行すらも洗い流してしまったのだから。

 

「(──何でそんな、滅茶苦茶なことを……)」

 

 ……何か、嫌な予感がする。

 

「! いや、待て。流された使い魔どもの魔力が、水に溶け合──」

 

 私の予感とほぼ同時に、クー・フーリンもまた何かを察知したらしいが──しかし。

 

「──収めよ。『瓶長(かめおさ)』よ」

 

 クー・フーリンが事態の詳細を認めるよりも早く。今なお戦況を掌握する『彼』が──耳馴染みのないその音節を、再び唱え終えていた。

 

「! 何だ……? 魔力の流れが──」

 

 大波が(うね)る。

 

「──しまっ……この水は……!」

 

 水柱が昇る。

 

(まず)い、囲まれて──」

 

 それはまるで、選び取るかのように。

 

「……やってくれたな──」

 

 方々に散る彼らの身を──五つの渦が呑み込んだ。

 

「(──え……?)」

 

 突如として訪れた、静寂。

 

 炎の壁を掻き消すほどの威力を湛える、周囲に満ちていたはずの波はすでに無く。代わりに──その波として在ったはずの『水』は姿を変え、今やドーム状の『()()』の様相を呈して聳え立っている。

 

 ドームの形状を維持するためなのか、各所の『水牢』を形成する水は絶えず回転している。……現状において、五感が捉えられる事柄といえば──その回転がもたらす水流の音と、いまだに晴れ切る様子のない、空間中を満たす水蒸気の混濁ぐらいのものである。先刻まで響き渡っていた賑やかな音声も、抵抗を示す炎の色も、まったく認められられる気配がない。

 

 つまり──

 

「(……みんな……!)」

 

 ──あれらの『水牢』の内に、彼女たちは捕らわれてしまったのだ。

 

「(──アルトリア、念話いける? みんなは……!)」

 

 私は咄嗟に振り返り、小さめのジェスチャーを交えつつ、アルトリアに非言語での意思疎通を図る。先刻までの喧騒と、現在の不気味なまでの静寂とのコントラストに気圧されたおかげで……この身に張り巡らされた五感は却って鋭敏になり、判断能力は慎重さを増していた。

 

 数百メートル先に渦巻く、淀みない水の音が鮮明に聴こえるほどの環境──そんな中で発声の伴う会話をしてしまえば、此処からいくら距離が保てていようと、私達の音声は『彼』の耳にも届いてしまうことだろう。

 

「(──賢明な判断です、マスター。……ひとまずは、大丈夫とみていいでしょう。『決戦術式』の手応えも途絶えてはいません。空間ごと隔絶されようと、供給対象の霊基が健在である限り、彼女達からこの術式が解除されることはありませんので。クー・フーリンと村正の安否はわかりませんが、まあ……こちらも大丈夫でしょう。ご安心を、マスター)」

 

 ダメ元半分の打診だったけれど、幸いにもアルトリアは難なく要求に応えてくれた。殿方コンビについての評価だけが雑なのは気になるけれど、私も概ね同意するところだ。

 

 モルガンが担っていた時と同様に、この『決戦術式』は術者自身、そして被術者双方の霊基間に刻まれた『契約』という経路がある。なのでこの場に残された供給源たる彼女にも当然、その繋がりが健在であるか否かの状態から、隔離された彼女達の安否を確かめることが適うんだ。それを踏まえての術者本人による推測であれば、みんなの無事を疑う余地はないだろう。

 

「(……わかった。ありがとう、アルトリア)」

 

 ほう、とひとつ、大きく息をつく。

 

 ……しかし、此方はみんなの無事が窺えたからといって、隔離された各員の健闘を手放しで祈っていられる状況じゃない。この特異点では依然として──気に留めるべき懸念点が、幾つとなく残されているのだから。

 

「(『決戦術式』の手応え、って言ったけど……魔力吸収現象は、今も?)」

 

 そのうちのひとつが、これだ。一堂に会した状況下であっても厄介な現象だというのに、吸収対象である彼女たちが隔離された現状においては、なおさら注意すべき事柄になるだろう。

 

「(いいえ。戦況が切り替わってから今までの間、それらしき現象の兆候は見られませんでした。……しかし、油断はできません。現在の相手が発動を『()()()』のであれ『()()()()』のであれ、此処は依然として特異点の只中。このまま何事もなく発動されないとも限りません。そのうえ、各個が隔離された状況下で術を解くことは危険です。念のため、命綱として維持しておきましょう)」

 

 現時点では鳴りを潜めているけれど、再発を見越した保険としての継続は必要、か……うん。私も全面的にそう思う。となると、アルトリアがその対応にかかる可能性を考慮に入れつつ、残された私達だけで、現状をどう立ち回るべきかを考えなくちゃ──

 

 ──と、頭を切り替えようとした時。

 

「密談は済まされましたかな?」

「(──!)」

 

 その声は、驚くほど近く。ほんの数十秒前まではるか数百メートルは向こうに佇んでいたはずの『彼』が、いつのまにか──遮蔽魔術のドーム直前にまで迫り、後ろ手を組み、落ち着いた出立ちで語りかけていたのだ。息のひとつも上げていないその様子はまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。移動の痕跡など微塵も感じさせないほどに、至極自然な様相で立っていた。

 

「(……まあ……待っては、くれないよね)」

 

 ……いや。むしろこのタイミングまで、充分に待ってくれていた──と言うべきだろう。私達を守り、敵性存在の掃討を兼任していた主戦力達が、この場から一挙に失われたあの瞬間にでも……『彼』がその気になればいつだって、此方に対して何らかの危害を加えることもできたはずなんだから。

 

「(…………)」

 

 何かを仕掛けてくるような挙動はない。『彼』はただその場に佇み、此方の様子を見据えている。

 

 警戒でもしているのか……いや。現状を総合的に見ても、明らかに彼方のほうが優勢なんだ。すでに『慎重』なんて言葉の枠に収まらないほどの対策を無数に講じている『彼』が、今更そんな魂胆で肉薄してくるはずはないだろう。

 

 ……だとすれば。彼方の望みは──

 

「……私たちだけを残したのには……何か理由が?」

 

 ──たぶん……『()()』、かな。

 

「おっと。そう構えられずともよろしい。ご覧のとおり──我が百鬼夜行はすべて、そこな逆さに伏せし()()の内。そして、今や貴方と相対する者は私のみでありましょう。ゆえに、危害を案ずる必要はございません」

 

 ……どうやら、正解だったらしい。

 

「しかし……ええ。無論、理由はございますとも」

 

 ──腹を、括ろう。

 

「貴方には、この場で必ず。是が非でも、()()()()()()()事柄がございますのでな」

 

 ──ああ。この作戦のどこかで、いつかこうなるであろうことは……薄々、わかってはいたんだ。

 

「改めまして。我らが総意を以て、ここに会談の実現を願いましょう──」

 

 今の『彼』に、どんな思惑があろうと。

 

「──いまに在りし、『汎人類史の代表』殿」

 

 私は……向き合わなくちゃいけないって。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


乱離骨灰!な回。
どういう魂胆なのか、藤丸の目前にまで『彼』が迫ってしまいました。

当話以降、登場人物達の心情や、本作における『副題』的な要素へのフォーカスが色濃くなっていきます。


まほよコラボ、なんかもう色々大サービスでしたね。特にシナリオ最後あたりの特大ファンサ、「もし、──」と声をかけられた瞬間と立ち絵がお出しされた瞬間、二段構えで息が止まっちゃいました。

引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。
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