望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





烽火連天【三】

 

 

「(──────)」

 

 それは、ほんの数秒間の出来事。より正確に言い表わすならば、体感的には現実の時間感覚に縛られる限りではない、個人の意識のうちに生じた出来事だ。

 

 私の頭のなか。あるいは、心と呼ぶべき身体の何処かで、無意識のうちに駆け巡った無形の営み。ゆるく、やわらかく、しかしながらに絶対的な、自己を(かたど)る質感の流動。

 

 本来ならば──いや。常であれば無意識にして、無形であるはずのそれが……あたかも形ある『何か』として感じられるほどに、意識の表層にまで立ち現れていた。

 

 ──不思議な話だ。そんなスピリチュアルめいた事柄が、こんなにも自然に、リアルに。まるで手触りを覚えるほどの確度をもって、ありありと知覚し得ることがあるだなんて。まるで、自分の五感を通して経験している現状を、もうひとりの自分が外側から眺めているかのようだ。

 

 とはいえ。別にこれは、いわゆる幽体離脱的な状態にあるわけではない。私はあくまで私のままで、意識もたぶん正常。身体の感覚だってハッキリしている。頬をつねれば痛いだろうし、指にも感触を覚えるだろう。レムレムの兆候も無いし、ミクトランパのアニキにぽっくり(もてな)されるコースでもない。生身の人間として此処に居て、自然体のままにこうなっているんだ。なので少なくとも現状は、超常的な何かに見舞われているワケではないはずだ。

 

 ……いやまあ、精神だけ引っこ抜いて別時空を旅行してみせたり、自分の夢の中はおろか、他者の夢の中にまでお邪魔してみせるなんていう、スピリチュアル加減でいえば充分に過ぎる出来事をしょっちゅう経験している人間が、いまさら超常・非超常の分別を語ってどうするんだ──って話かもしれないけれど。そうは云ってもこれは少し、そういう類のものとはまた違った感触があるように思うのだから仕方がない。

 

 だってこれは、私の意識のなかで生じた現象で──繰り返しにはなるけれど、決して超常的な何かではないんだ。とはいえ、それを踏まえて考えたとしても、こんなふうに冴え渡った感覚は、束の間の余裕ある日常にだってそう頻繁に立ち現れるものじゃない。……というかこれ、平生の思考活動では認識しようとすること自体が難しい『何か』なんじゃないか。

 

 昨日の出来事を振り返り、今日の行いを省みることはある。その時の自分が何を思っていたのか、どんな感情を抱いていたのかと、想いを馳せることもある。でも、それらはあくまで記憶の(ふち)を指でなぞり、過去の出来事を『追認』していくような行為であって──『()()()()()()()()()()()()()』を見つめる……なんてこととは、意識のレベルが異なる行為のはずだ。

 

 でも。今ここで、私の意識が向いているのは、どういうわけか──()()に類するものらしいのだ。『違った感触』と表現したのは、そういう理由である。

 

「(────何だろう、これ)」

 

 自分のことながら、手触りを感じてさえいながら。このありありとした質感を、どこか持て余している私がいた。

 

「(まさか。悟りとか……開いちゃった?)」

 

 そんなワケがあるか、私なんかじゃ良いトコ行って瞑想状態ぐらいのものだろう──と、自分で自分にツッコミを入れる。しかし裏を返せば、こんな小ボケを思考に捩じ込んでしまう余裕があるほどに、この短く濃密な数秒間の只中で、私の意識は極度の集中状態にあるということだ。

 

 ……それにしても。

 

「(…………何で、()?)」

 

 特異点の只中とあっては正直なところ、ただでさえ私が生身の人間である以上、心身ともに何らかの異常が起きても不思議ではない。それこそ、異聞帯の作戦時では実際に、精神に直接影響を及ぼす状況に見舞われる機会は何度かあった。

 

 ゲッテルデメルングでの『氷城の檻』。

 

 オリュンポスでのアフロディーテ戦。

 

 妖精國での『失意の庭(ロストウィル)』。

 

 ──しかし。

 

「(でも……どっちかというと──)」

 

 それらのいずれも、自然体として感じられる今の『これ』と比較すると、明らかに超常的な感が強く──やっぱり現状は、それらに類する要因がもたらしたものとは思えないのだ。

 

 少なくともこの感覚は、この特異点に来てから徐々に明確さが増していったものではある。ただし、魔術や呪詛の類によって強制されたものではない。あくまでこれは『私』個人が、この特異点に渦巻く存在に触れるなかで獲得した感覚であることは、十中八九間違いないだろう。

 

 それらを踏まえてなお、抱かれたこの感覚に理由を見出すならば、至極単純な事柄に帰結するほかにない。

 

 要するに、『私』はどうしてか──この特異点……あるいは、世界における『彼ら』の在り方そのものを、見つめずにはいられなかったのだ。

 

「(…………やっぱり、そうなんだ)」

 

 なぜ、そうせざるを得なかったのか。ようやく自覚が追いついた頃には、実のところ──その理由の所在についても、徐々に輪郭が掴めるようになってはいた。

 

 おぼろげだった自認が加速した原因となったのは、最初に『彼』と対峙したときだった。『灰』と成り果てたはずの『彼ら』が、その程度や確度はともかく、現在の象を成し得ているという事実──それ自体について私は、この特異点に身を置く時間が経過するにしたがって、言い表しようのない、それでいて強迫観念めいた注意を向け始めたのだ。

 

 かつて『灰と成り果てた存在』の総体たる『彼ら』が。あんなにも広く、膨大で、構成要素のひとつひとつが、概念という名の水分子から成る入道雲のような存在である『彼ら』が。

 

 なぜ──あれほどまでに強く、(かた)く、そのうえでなお絶対的な、『自己』と呼ぶべき質感を湛えているのか。

 

 そうした考えを巡らせるに至った理由。それは、どうやら。

 

「(私は、『彼ら』のことを──)」

 

『彼らを()()()()()()()()()()()とは、いったい何なのか?』という疑問を拭えずにいた──私自身の『関心』にあったらしい。

 

「(──何で、かな)」

 

 この期に及んで、自分を落ち着けるためにと、力無い一拍を置く。……我ながら往生際が悪い。こんな『関心』を抱いていたという自覚が生じた今となっては、そんな疑問を抱いてみたところで、切実さなんかよりも白々しさが先に来るだろうに。

 

 ……ともかく。そんな経緯で向けられた『関心』は自ずと、ある種の必然性すら帯びた速やかさで──もうひとつの方向へと、至るべくして流れていった。

 

「(…………『()』────)」

 

 それゆえの、()というわけだ。

 

 ──思えば。『私』……つまり、『藤丸立香という個人』には、じつに多くの呼称がある。

 

 カルデアの魔術師。

 

 ノウム・カルデアの召喚術師。

 

 人類最後のマスター。

 

 最も代表的なものとなると、このあたりだろうか。とはいえ、これらはいずれも似通った意味合いを持った『肩書』だ。一方の呼称が選び取られた際には、他方の意味合いもまた必然的に付随する。内容的にはすべて、イコールで結んでしまえる部類の呼称と言っていい。

 

 じゃあ──『肩書』と言えるほど規定的なものではなく、この身が置かれた『立場』を表す呼称となると、どんな具合になるだろう。

 

 一般枠として招かれた元・候補生。

 

 聖杯探索に奔走してきた当事者。

 

 幸運にも数多の英霊と縁を結んだ人間。

 

 ……このあたりだろうか。こう定義してみると、少しは自分の辿った経緯というか、現在に至るまでの背景が窺える表現になった気がする。しかし、それでもやっぱり、『私』という個人を網羅するには全然足りない。

 

 例えば──私はマシュにとっての『先輩』であり、『マスター』であり……それ以前に、互いをひとりの人間として尊重し、認め合える『パートナー』のような存在でもある。

 

 縁を結んだ英霊のみんなを思い浮かべても、ある者にとって私は『家族』だし、『恋人』らしいし、『伴侶』なんだそうだ。ほかには……『共犯者』でもあり、『神官』でもあり──それこそ枚挙にいとまがないほどに、『契約者』の域に(とど)まらない『()()』としての文脈もまた、自分でも覚えきれないぐらいのラインナップを有している。それらのすべてを明記しなくてはならない名刺を作ったとしたら、名刺を受け取った相手は虫眼鏡を用意する必要があるだろう。

 

 ……誤解されては困るので、一応断っておくと──べつにこれは、『私ほどビッグな人間の全容を余人に推し量れるものか!』なんてことが言いたいワケではないし、思ったこともない。ただ単純に、私というちっぽけな個人ただひとりについてすら、如何なる呼称に当てはめようと、言い表しきれない『何か』が必ず付随する、ということが云いたいのだ。

 

 けれど──今。

 

『──貴方には、』

 

 見定めるかのように。あるいは、すでに何かを見透かしているかのように。

 

『この場で必ず。是が非でも──』

 

 逸らしようのない眼差しを此方に向けて、『彼』は言った。

 

『──問わねばならぬ事柄がございますのでな』

 

 数ある呼称。あるいは、『私』個人と同定し得る概念の選択肢から。

 

『──()()()()()()()()()()()()()殿』

 

 彼は『私』を──敢えてそう呼び表したのだ。

 

「(────…………)」

 

 ──『問い』。

 

 それは往々にして、己が内に抱いた疑問の是非を量るために。あるいは、未だ確証には至らない仮説の真偽を量るために。己が外からもたらされる『回答』を、己が内に照合するべくして行われるもの。

 

 いずれにせよ──その結果として得られるものがどんな内容であれ、相手の意思表示を望むがゆえの『儀礼』の一種であることは確かだろう。

 

 だからこそ。私は今──()()している。

 

 それは、この特異点に関するあらゆる『観測行為』が此方のデメリットになり得るという現状に由来するものではない。そっちはそっちで立派な大問題なのだけれど、あくまでこれは、『彼』の『問い』に応じることも『観測行為』として計上されるのでは……という懸念だったり、そういった戦況的な事柄が由来の萎縮ではない──という話だ。

 

 日頃の会話であれば、相手からの質問のひとつなんて、他愛のない交流の範疇だ。私は私のままに、問われたままに聞き、聞いたままに答えるだけの話なんだから。

 

 加えて言えば、質問者たる相手がどのような立場であっても、私は基本的に平等な対応を取るだろうし、取ってきたつもりだ。まあ……その姿勢は『敵対者』と呼ぶべき存在が相手でさえ滅多に揺るがないものだから、ちょくちょく面食らわせてしまうこともあったのだけれど。そこはもう、私のやらかすことだから諦めてほしい。

 

 それはそうと。もちろん日頃にだって、時には答えにくい質問を受けることもある。大っぴらに口外するには恥ずかしい事柄なら、増量気味な時分の体重についてとか。はたまた、相手に対してうっかり失礼をカマしかねない、言葉を選ぶべき感想の要求とか。そういったケースでは言い淀んでしまうこともあるけれど、それらはどちらかというと『()()()()』のであって、『萎縮する』のとはやっぱり違う。

 

 何らかの問いかけに『思い悩める』ということは、自身の内に大なり小なり、回答を捻り出すだけの思考材料が備わっているか、たとえそれらが極端に乏しくたって、相手に応じようと思えるだけの心構えぐらいは持っているんじゃないか、と思うんだ。逆に、回答を捻り出すために必要な思考材料も、それに応じるための心構えも。いざという場面にあってもなお、見つけられずにいるとしたら──

 

「(────、…………)」

 

 ──『思い悩む』ことすらも叶わぬばかりに。『萎縮』の波に呑まれてしまうのは、当然の話だろう。

 

「(…………私が────)」

 

『彼』は言った。

 

「(──いまに在る、汎人類史の代表……)」

 

『私』を指して、そう言い表した。

 

「(…………ああ────)」

 

 数ある呼称・概念の選択肢のなかから敢えて選び取られた、たったの十文字余りに集約された──その『定義』。

 

「(────そういう、ことか)」

 

 そのとおりだ。その表現もまた、『私』を示す呼称として、間違ってはいない。

 

 だけど……いや、だからこそ。いまの自分を『そう』だと定義した瞬間、ある存在にとってはある意味を帯び、()()()()()()()()()()()()()()があることを……私は──

 

「(私がずっと、畏れていたものは──)」

 

 ──『()()』だなんて、思いたくなかったんだ。

 

「(────ねえ。みんな…………)」

 

 ……ああ。こうもはっきりと、こんな疑念を覚えてしまっては──もう、歯止めが効かない。

 

「(────何なんだろう)」

 

 自己を象る質感が、疑念の波に覆われる。

 

「(……現在(いま)の、『私』って──)」

 

 その感覚に抗い、離脱を促すかのように。

 

「(──いったい、()なんだろう)」

 

 無形の内の営みは、泡のように立ち消えた。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


主人公のモノローグな回。
かなりどっぷりと潜っていた様子。それも束の間、彼女の意識は戦況へと引き戻されます。


サマーアドベンチャー絶賛復刻中ですね。宝箱集めは順調ですか? 弊カルデアは朝カジノを荒らしてから夜劇場版にカチコむルーティンでのんびりやってます。言ってる間にリリムハーロットの復刻も来るなんて、贅沢な一カ月だあー!
低気圧にやられがちな時分に、約束された楽しみがあるのは助かります。ありがとうFGO。


引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。
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