※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
◆◇
そうしてしばらく、沈黙が続いた。
「(……近っ……)」
無理もない話だ。『危害は加えない』と言ってはいたけれど、その言葉はこの特異点を環境規模で、なおかつ概念レベルでの制御を叶える存在から発せられたものなんだ。『しない』なんて無根拠な口約束よりも、依然としてある『ただし、できないワケではない』という危険性こそを念頭に置いて然るべきだろう。何より、その危険性を包括した『敵』が今、私たちの目前にまで迫っているのだから。
「(……さて……どうしよう)」
……なんて思ってはみたものの、どうしようもない、というのが正直なところだ。戦闘一本に割ける要員はこの場に居ないし、仮に簡易召喚を行おうにも、そんな挙動を見せた瞬間に呆気なく対応されてしまうことだろう。何より、下手な抵抗を見せてしまえば──アルトリアの膝に身を預け、未だ昏睡状態にあるモルガンとオベロンにまで危険が及びかねない。
「(…………────)」
身体を『彼』に向けたまま、意識だけをアルトリアのほうに集中させる。先の念話の回線が生きているためか、彼女も私と同様に、現状にどう対応するべきかを思案する気配が感じられた。
すると、
「──ふむ。無理はなさらぬことだ。重症者を二人も抱え、当の貴女も丸腰の格好でいらっしゃる。どうぞそのまま、ご安静になさるがよろしい」
まるで、『無駄な抵抗はやめろ』と言わんばかりに。ただでさえ身の自由が効かない状態にあるアルトリアを、『彼』は口先ひとつで封じてみせた。
……私にだって判る。これは、脅迫だ。
不意打ちを狙うにせよ、新たな防壁を展開するにせよ。アルトリアがこの状況を乱すような挙動を見せようものなら、いつでも二人にトドメを刺してやる──と、『彼』は言っているのだ。
「……ご賢察、痛み入る。そうしていただけますと、互いに荒事へ費やす無駄が省ける。気兼ねなく談話に勤しめるというものだ。ここはどうか、そのようにお収めいただきたく」
──その言葉を聞き、わずかに悪寒が走る。要するに私たちの現状というのは、対話の時間を確保するうえで副次的に与えられた『執行猶予』の只中なんだ。事が済むまでは手を出さないが、事が済めばその限りではない、といった具合だろう。逆に言えば、そんなある種の悠長さを許容し得るほどに……『彼』にとってこの対面は、一定以上の価値があるということだろう。けれど、
「(……それは、こっちだって同じだ)」
そう。『問い』とするべき疑問であれば、此方にだって山ほどあるんだ。
わかっている。此方の『観測行為』によって、特異点内の脅威が増してしまう事実に変わりはない。しかし、現状は嫌でも『対話』に応じざるを得ない状況となっている。
……だったら、いっそ──
「……私も」
──この場に乗じて、ぶつけてしまおう。
「あなたには……訊きたいことがあるんだ」
──なぜ、バーヴァン・シーを拐ったのか。
「……だから」
──なぜ、私たちをこの艦に誘ったのか。
「私にも、答えてほしい」
──なぜ、この状況を企てたのか。
「……あなたは」
──なぜ、あなた達は──
「あなたはいったい……何者なの?」
──此処に、在るのか。
◆◆
「……『何者か』──ですか」
目を瞑り、顔を伏せ、肩をすくめる『彼』の姿。
「──ああ」
それはまるで、甘美な果実を口にしたかのように。
「こと現在に至って、それは実に──」
舌に残る、味の余韻までもを愉しむかように。『彼』は、
「──
言葉の端々に至るまで──私の『問い』を賞味した。
「(……何が、『迂遠』だ)」
ホント、それがいったい誰によってもたらされたものだと思っているのか。
『スプリガン』を名乗ったばかりか、その姿さえも採ってみせ、『金庫城』にまつわる概念すらも使役してのけた存在にして──その在り方を失い、『百鬼夜行』を率いる『塵塚怪王』として佇む今もなお、依然として『スプリガン』の姿を成している存在。
……そんな複雑さを凝縮したような存在に対する、ド直球な質問でさえ『迂遠』だと云うのなら──そう捉えられる原因はどう考えたって、あなたの現状にこそあるだろう。
「──ああ、これは失礼。今のは少々、己が有り様を棚に上げた発言ですらありましたな。ゆえにどうか、お気になさらず」
目を開け、顔を上げ、視線を私に戻しつつ。半ば此方の感情を見透かすような格好でもって、『彼』はそう付け加えた。
「──さて。ともあれ、今は貴方のご質問に応じるべき場面でしたな」
後ろ手を組み、静かに佇む姿のまま、淡々と仕切り直す様子が目に映る。
……先の爆炎と洪水が衝突した際に生じたものなのか、その後に現れた『水瓶』から発せられたものなのか。依然として、空間内には薄霧が充満している。それを背後に佇む『彼』の姿はちょうど、広大な灰色のスクリーンの前に立っているかのようだった。
「ええ。『我ら』としましても、貴方と親睦を深めるために、是非ともお答えしたいところですが──生憎と。それを為すに足るだけの色濃き『根拠』を有した因子の一部は、あれなる『水瓶』の内に寄越す
……これは一見、煙に巻かれたようではある。けれど……ある種の頑なさを湛えたその言葉には、その頑なさを持つがゆえに──誠意があった。
要するに、『彼』は……この場から切り離されているという存在も含め、『彼ら』として在る『因子』のすべてを介した言葉でなければ、『自分達の
「……わかった。こっちこそ、意地の悪いことを訊いちゃったみたい」
そういうことなら仕方ない──と、一応の理解を表明する。ただ、これっきりで引き下がるつもりもない。あくまでこれは、『彼ら』のポリシーを尊重するという、先の誠意に対する私なりの返礼なのだ。
「いえいえ。貴方が話の判る御人でよかった。……しかし、感服しました。よもや先の言葉を耳にしたのみで、委細の文脈を推し量られようとは。あるいは……貴方にとってもそれは、
「(────…………)」
一瞬、息が詰まる。そのまま無意識に、視界を満たす薄霧を吸い込むまいと、咄嗟に呼吸を浅くする。……しかし、この行為に意味はない。遮蔽魔術のドームに護られている以上、何らかの異常をきたす魔術的な効果は、換気の過程で漏れなく濾過される。それ以前に、そもそもあの薄霧が有害だとも限らないのだ。ゆえに、私が呼吸を抑えるなんて必要はないのかもしれない。
それでもこうして、息が詰まるような思いをしているのは──『彼』の言葉を聞くことが、まるで毒霧を吸い込むような、己が身を蝕む行為に感じられたからだ。
「……うん。それはどうも」
せめてもの抵抗として、軽口まじりな言葉でもって場を濁す。そのままダメ押しをするかのように、半ば割り込むような格好で得た発言権を維持するべく、二の句を継いだ。
「──彼女たちに……何をするつもり?」
メリュジーヌ。
バーゲスト。
村正。
クー・フーリン。
マシュとハベトロットは、たぶん一緒に──みんなを閉じ込めている五つの『水瓶』の中では今、何が起きているのか。
……何を、しようというのか。
「ああ、その件もございましたな。いやいや、『私』は貴方との対面を叶えさえすれば良い、などという腹積りでおりましたゆえ、すっかり配慮を欠いてしまったようだ。……まあ、本来ならば知り得ぬ貴方に、ここで含み置いて差し上げるのも一興か」
──私には、知り得ない……?
それは、どういう意味だろう。確かに私には、あれらの『水瓶』内部の出来事を窺い知ることはできないけれど……ただ。今の言い方は、どちらかといえば──
「よろしい、お答えしましょう。とはいえ、これは単純な話ですとも」
──と、頭によぎった予感を他所に。私の耳は『彼』の言葉を聞き入れるべく、怖々ながらも研ぎ澄まされていた。
「端的に申せば。この場における現状と、あれなる『水瓶』の内に生じていることに、何ら変わりはございません。『私』が貴方との親睦を深めているように、彼方に寄越した『我ら』もまた、ご同輩の面々との親睦を深めていることでしょう。要するにあれなる『水瓶』は、出席者各位との相性を充分に鑑みたうえで、此方が直々に設けた『会合の席』──といった具合ですかな」
……なにそれ。まるで、字面だけ見ると──
「──懇親会、的な……」
あ、やば。うっかり声に出してしまった。
「──ははは。なるほど、それは言い得て妙ですな。確かに、宴席とあらば本音も出し易かろう。それが貸し切り部屋ならば尚更、面識の浅き間柄であればひとしおだ。ふむ。これは一本取られましたな」
……あれ。このひと、意外とツボ浅い? あと、面識のない相手と密室で飲み食いとか、むしろ本音が出しにくいんじゃ──
「(……マスター。違います。普通に冗談だと思われていますよ。あと、ツッコむところは
──などと、あらぬ方向に思考が逸れかけていたとき。マルチタスクもここに極まってきたアルトリアさんが、お忙しい中わざわざ念話を通し、親切にもお灸を据えてくれたのだった。
「(──あ……)」
彼女の言葉を聞いてすぐに、より注意を向けるべき事柄へと思考が及んだ。
「(……出席者同士の『相性』を鑑みて、別個に設けられた『席』……)」
「(ええ。今の話──肝要なのは其処です)」
着眼点が共有できたことを確認し、アルトリアは私見を続ける。
「(……ここで言う、『相性』。それは例えば、戦力的な文脈においては『有利不利』の関係を表すもの。あるいは、各個の在り方との『親和性』の如何を表すもの。そして、それらを鑑みて設けられたという『五つの水瓶』──これではまるで、彼女たちの中から任意の存在を選び取り……相手側の一存により、恣意的に
アルトリアの言には、私も思い当たることがあった。
「(──そういえば……)」
みんなを囚えた、あれらの『水瓶』が形成される過程において。先の大洪水が見せた挙動はまさしく、みんなの中から任意の存在を選び取るかのような様相だったんだ。
「(……ええ。おそらくあれらの『水瓶』は、彼女たちを各個に囚えるために形成された牢獄にして──その内部に囚われた彼女たちと、同じく内部に寄越されているらしい別動隊たる『彼ら』とを、一定の条件下で対面させるために造られた『何か』なのです)」
ちょっと待って。
「(……じゃあ、あのひとが『選んだ頃合い』とか言ってたのも?)」
それは、まずいんじゃないか。
「(はい。あれらの『水瓶』は、対面する敵性存在の概念をもっとも深く認知し得る者を選んで当てがい、両者共々に幽閉するべく成立させたものだということ。言うなれば、分けられた因子とやらに対する
やっぱり……だとしたら。
「(『彼』の言う親睦って、要するに──)」
その目的もまた、明白だろう。
「(そう。彼女たちを『彼ら』と接触・観測させることで、別動隊たる自身にかかる存在証明の特化的
「(…………!)」
案の定、ではある。加えてそれはもうひとつ、別の事実を浮き彫りにする話でもあった。つまり……この場における私たちもまた、『特化的な接触・観測』を強いられる対象として、例外ではないということなのだ。
「──どうやら、双方の状況に理解が及ばれたようですな。ええ。
と……此方の状況理解を察したらしい。相変わらずの見透かすような語り口でもって、私たちの推測内容に正解を告げた。
しかし──本当にそうだとするなら、不可解な点が生じてくる。
「(……矛盾してない……?)」
先ほど『彼』は、五方に分けられた因子を含めた総体からなる『彼ら』としての言葉でなければ、総意を語るには不十分であるとの旨を含み置いていた。なのに、ほかでもないその『彼』は、『水瓶』内部に囚われているみんなと同様に、私たちに対しても『観測』を強いるつもりなのだという。
……これではまるで、『理解するには不十分なものを理解しろ』と言っているようなものではないか。そんなのいったい、何をどう理解しろと──
「(────あ…………)」
──いや、そうだった。私はまだ、その要求に矛盾がない可能性を考慮していないじゃないか。
「(……矛盾はなくって、現在の『彼』にも問えるコトがある……?)」
だとしたら……いま捉えるべき事柄は──。
「……うん。じゃあ、こっちから訊くよ」
そうだ。何も、難しい話じゃない。どうやら私は、何もかもが複雑な環境下にあるせいか、一周して単純な要素が見えなくなっていたらしい。『彼ら』の総意が問えずとも、『彼ら』の状態──つまり、客観的な情報についてならば問えるはずだ。
いくら複雑な様相であっても、目の前で生じている事柄である以上、それはこの身で捉え得る、紛れもない現実なんだ。『対話』とは本来、ありのまま相手を見据えて行なうもの。ゆえに私は、見たままに、感じたままに。努めて簡潔に、根本的な問いを投げる。
「どうして──『スプリガン』の姿を使えたの?」
……思えばそれは、はじめから不可解な事柄だったんだ。
シオン曰く、かつての妖精國に辿り着き、終末を共にした『汎人類史の漂流物たち』こそが『彼ら』の正体なのだという。状況的にも感覚的にも、その概略自体に疑問はない。しかし、採るべき姿を選ぶには困らないであろう規模の個体数を秘めているにも関わらず、ここまで執拗に『スプリガン』の姿を採り続けている事には、何か理由があるんじゃないか。
「──それだけじゃない」
そして、ずっと不可解だった事柄がもうひとつある。妖精國に漂着し、最期までその身を置いた経緯があるとはいえ、『彼ら』は本来、汎人類史の存在であったはず。それが、どうして──
「どうして……バーヴァン・シーと、『蘇りの厄災』の力を──そんなにも自然に使えるの?」
──あたかも、自らの一部であるかのように。妖精國の存在由来の概念を、己が構成要素に取り込めたというのか。
「──やれやれ、安心いたしました。どうやら、この場で真に語るべき事柄を見出せる程度には、平静を保たれているらしい」
「…………」
薄い笑みを浮かべながら、まるでそれを待ち侘びていたかのように。『彼』は対話の席に応じるべく、居住まいを正してみせる。そして……放たれたその言葉は、此方が訊き、彼方が語るべき事柄が、私の問うた内容で相違ないことを示すものでもあった。
「それでは、遠慮なく語るとしましょう。『私』……いや。これに関しては、『我ら』として在る場合にも同じことですが──
──避けられない……事情?
それに……今の言い方ではまるで、
「『我ら』として在る大多数の個体は、まさしく吹けば飛ぶほどの概念強度しか持ち得ぬ存在なのです。なにしろ漂着した先の世界は、我らが故郷においては超常のものと形容すべき存在が跋扈し、此方の常識なぞ通じる余地もない魔境そのものだったのだ。何より、文化が違う。文明が違う。法則が違う。生き延びることはおろか、心身ともに一日と保たず壊れた個体も、ゴミ同然に潰えた個体も珍しくはない。それは故郷において名を馳せた者であれ、至高の品と賞された物であれ、悉くが例外ではなかった」
………………。
「しかし。そのような魔境に流れ着き、『我ら』がかくも無残に散りゆく最中。あろうことか、かの国が終末を迎えるその刻まで──生き延びた者がいたのだ」
「(……それが、『スプリガン』……)」
──そうか。『彼ら』にとって『スプリガン』という存在は、ただ単に同胞として数えられる限りの漂流物ではなかったんだ。
辿り着いたが最後、待ち構えていたのは生きるか死ぬか、存えるか潰えるかの生存競争。そんな環境に否応なく身を投じ、あえなく散ったものたちにとって──『スプリガン』という生存個体は、少なからず稀有な存在として映ったことだろう。
「我ら無数の漂流物から見ても、かの者ほど長く、厚く、妖精國に縁起を慣らした例はない。異なる環境を生き延びたのみならず、あまつさえ国政の一端を担う権威者にまで上り詰めてみせるなど──『我ら』には想像すら及ばぬほどに、驚異的な実例であったのだ」
……そういう視点で『スプリガン』について考えたことが、私にはあっただろうか。
私たちが訪れた当時の妖精國において、土の士族長、兼、ノリッジの領主としての『彼』と対面したとき。その正体が汎人類史の漂流物にして、ただの人間であることを知った時はたしかに驚いた。なにしろ、『彼』がその場に居るという状況自体が、かの国を自力で生き延び、権威者としての地位すらも掴んでみせたという、尋常でない適応力を窺い知れる証左でもあったのだから。
……でも。思考が及んだのはたぶん、そこまでだった。
状況が状況だったこともあるけれど、当時の私が思いを馳せたのは、『彼』という目の前の存在自体についてのみ。それゆえに……『彼』以外の、その場に居ない無数の漂流物にとって、『彼』がどのような存在として映り得るのかを、真正面から考えることはしなかった。
あるいは……できなかった、と云うべきか。
「ゆえに。現在の我々が採り得る姿に、ほかの選択肢はなかった。……当然ですな。かの者以上の概念強度を有する個体など、はじめから望みようがなかったのですから」
「(…………)」
何かまだ、釈然としない感がある気もするけれど……『スプリガン』の姿を採らざるを得ない事情があったらしいことについては、核心と見做せるだけの告解が得られたと言えるだろう。
「さて。次いで、かの御息女由来の概念と、我らが在り方との親和性の如何についてですが──先刻も申し上げたとおり。それは彼女が、『我ら』の在り方に近しい概念を有しておられたことに起因する。……とはいえ。これは別段、貴方がたには知り得ぬ事柄というわけでもなかったのですがな」
……その言い草は、『よくよく考えればわかったはずなんですけどね』という煽りのようにも聞こえる。というか実際、彼方は自身に対する理解を求めているんだから──あらゆる『観測行為』を自制していた私たちを前にしては、半ば理解を渋るようなその姿勢に対し、多少なりとも苛立ちを覚えていたって不思議ではない。
「しかし幸いにも、皆様は観測と記録を得意とする組織の一員でいらっしゃる。当然、今は亡きかの国の情報も、完全にとは言い得ずとも、委細を悉に記しておいででしょう。ゆえに……そうですな。まあ、かの国の
……年表?
「(────!)」
「(──えっ?)」
疑問を抱いた、その直後。何かに思い当たったのか──アルトリアの動揺が、念話の回線を通して伝わってきた。
「(……そういうことですか)」
「(──どういうことですか?)」
我ながらすっぽ抜けた語彙でもって、アルトリアさんに説明を求める。
「(……マスター。ひとつ訊きます。日本において『付喪神』とは、如何なる条件から生じる存在なのですか?)」
「(えっ)」
と、逆に此方へともたらされた唐突な質問に面食らいつつ。先刻、村正が看破した事柄を思い出しながら、私の頭にある限りの解説を咄嗟に用意する。
「(──ええと……人々に捨てられたり、大切にされなかった道具が化けた存在、って感じ)」
村正曰く。『彼ら』はいま、漂流物の『付喪神』として在るのだという。そして、目の前の『彼』は、それらを統べる『塵塚怪王』であるとも言っていた。どちらも『付喪神』の括りであり、その在り方を有した存在であるならば。私の知識にある『付喪神』の発生条件は、『彼ら』の現状にも少なからず合致することだろう。おそらくアルトリアは、そのことを問うているのだろうけれど──
「(──では。逸話としての『付喪神』……その存在に至るまでに必要、あるいは充分と見做される
──『年数』?
「(えっと……一応、百年だったはず)」
簡潔さを優先したけれど、実際のところそれは正確な答えではない。
日本を故郷とするだけあって、『付喪神』に関しては私も多少は知っている。『物も百年経てば霊魂を宿す』というお話が元にあり、人々はそれを『百年経てば物が化けてしまう』と考えた。そして、百年に一足りぬ年……つまり、九十九年目までに物を捨てることで事なきを得る、という解釈が生まれたのだ。
人々の身勝手な行いにより、百年まであと一年、霊魂を宿す目前というタイミングで捨てられた物たちは、人々への恨みからやがて超常のモノ──妖怪へと成り果てる。『
とはいえ、この『百年』という単位は絶対条件というわけでもないらしく、あくまで『長い年月』の喩えとして号された目安のようなものだという。『九十九』という単位も、要は『
なので、たとえ経た時間が数十年であろうと、数年であろうと。化ける当の『物』次第では、いつ『付喪神』へと至るともわからない──というのが、実際のところだと思う。『そういうお話があるから、物は大切にしましょうね』という教訓めいた逸話でもある、というわけだ。
……なの、だけれど。
「(……ありがとうございます。これで、おおよその確信が持てました)」
そんな詳細を踏まえたうえで。私が示した断片的な解説だけでも──アルトリアが推測を成り立たせるには、充分だったらしい。
「(確信って……今ので? 結構曖昧な条件だったけど……)」
やや置いてけぼりを食らった格好になり、私はつい疑問を呈していた。
「(いいえ、そうでもありませんよ。マスターの……いえ。本来、魔術と縁遠い観念で捉えれば、ある種の曖昧さを有した条件に要点を見出すことは困難かもしれません。しかし……魔術においては、たとえそれが曖昧で、喩えに過ぎない事柄であろうとも。その単位が仮にも『
あ……そういえば、そうだった。
アルトリアの言うとおり、本来的に魔術の世界から遠い存在だった私は、現在においても基本、それ相応の観念で物事をみている。そのため、物事を魔術的な観念から改めて捉えるためには、別視点の文脈を意識的に組み立てる努力が未だに必要なのだ。今の話がまさにそれであり、私はうっかり、その努力が及ばぬままに思考してしまったらしい。
今となっては私も、初めから魔術的な文脈で語られている事柄であれば、比較的自然に思考が及ぶようにはなってきた。けれど、一般的な文脈に置かれた事柄を、自ら意図して魔術的な文脈に当てはめることは、この後に及んでもやっぱり難しい話なのだった。
──と……それはそれとして。
さすがにもう、この問答を経た時点で、アルトリアが着目し、思考を及ばせた事柄が
「(……『百年』っていう条件が、現在の『彼ら』にも関係してる……ってことだね)」
『彼ら』の有する何らかの要素が、『付喪神』たり得るだけの条件を満たしている──という話なのだろう。
「(ええ。しかし……私以外に思考を及ばせる者が増えることは、戦況的に望ましくないのですが──これはさすがに、内容が内容です。理解に至らずしては、『彼ら』の打破も、本特異点の攻略もあり得ないでしょう。……断腸の思いですが、マスターにも此処で理解してもらう必要があります。よろしいですか?)」
「(……わかった。もともと、そのつもりだよ)」
思考を及ばせることで、ともすれば戦況が悪化しかねないことを含み置きつつ。アルトリアは極めて慎重に、私の了解を求めたのち──至るべき理解への道筋を示し始めた。
「(……これは当然、マスターも耳にしたことがある情報のはず。具体的には──『女王歴
──『女王歴一九〇〇年代初頭』。
それは、私たちカルデアが訪れた当時の妖精國──『女王歴二〇一七年』から、ちょうど百年前の年代ということになる。
「(同年代に起きた出来事は、それこそ数限りなくありますが──現状において着目するべき事柄は、自ずと範囲が限られます。ゆえに今は、『彼』と『バーヴァン・シー』、両者に関する出来事に対象を絞りましょう)」
──その両者に関する、出来事……
「(まず、『彼』……この場合はとりわけ、『スプリガン』についてとなります。かの人物はこの年代において、大きくふたつの歴史的事実を打ち立てました。言わずもがな──『土の士族長』の座をその名とともに襲名し、その十数年後、『ノリッジ領主』となったことです)」
……改めて聞いても、その素性を知った後では驚くべき話だ。というかふたつとも、この年代に実現していたんだ。
「(次いで、『バーヴァン・シー』についてですが──彼女は同じくこの年代に、ふたつの転機を経ています。ひとつは『
こちらについては、ちょうど先の戦闘の最中にも、それと関連する事柄を思い返したところだ。
旧ダーリントンにおいて発生した『蘇りの厄災』……その原因にバーヴァン・シーが関わっており、同都市が滅んだ直後、彼女は『着名』を受け、『ニュー・ダンリントン』の領主となった。今のアルトリアの話を踏まえると、これらの出来事もまた『女王歴一九〇〇年代初頭』に発生したことになるだろう。
……って──ん?
「(まって、これって──)」
「(……そう。
──それだけじゃあない。その事実はあくまで、『彼』が『スプリガン』として、『バーヴァン・シー』が『妖精騎士トリスタン』として、それぞれの新たな在り方を示してから
「(『彼ら』はおそらく、両者間で共通したその事実を概念的に結びつけることで、あのような親和性を獲得し、現在の在り方を実現するに至ったのでしょう。……つまり。両者の百余年という存在期間を以って、『付喪神』に成り得る必要条件の満了を証明し、名実共にこれへと至った──ということなのです)」
「(──そんな。でも、……!)」
……たしかに、『付喪神』に成るための条件たる百年という期間は、魔術的な文脈において、充分に満たされていると言えるのかもしれない──けれど。
「(……おかしいよ。だって……!)」
それはどう考えたって、話が合わないじゃないか。なぜなら──
「(ふたりとも、『
──『汎人類史の人間』に『妖精國の妖精』という、歴とした違いがあるばかりか。両者はそもそもはじめから、『個』たる霊魂を宿した……当時を生きる存在だったのだから。
「(…………マスター。それは──)」
新たに見出された問題点と、その内容に秘められた疑問点。双方の折り合いを着けられずにいる私に、アルトリアが何かを言おうとした──その時。
「……あー。コホン」
「────!」
「…………」
やや遠慮気味に、しかしながらあからさまに。『ここにも同席者が居るのですが』と主張するかのような、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「──たしかに、『記録を参照なさっては』とお勧めしたのは此方ですが……『親睦を深めるための席』と申し上げたというのに、そうも身内のみで
……これがもし、一般的な会席であれば。話題の対象者でありながら、不憫にも蚊帳の外に置かれた『彼』の言うとおり、私とアルトリアは思いっきり失礼な態度を取ったものとして、教育的お叱りを受けても文句は言えないだろう。おそらくゴルドルフ司令官あたりが相手なら、『ちょっぴり寂しいじゃないか
「(……
──先程からの、『彼』との対話へ割り込むかのように接続されていた、アルトリアによる念話。……あれはおそらく、彼女なりに私の身を案じたがゆえの行動だったのだろう。たぶん、『彼』の言葉からよりも、彼女の言葉から理解を得るほうが、私の心理的な負担の軽減が望めると判断し、その役を引き受けてくれたのだ。
「(……これまた、お見通しですね。……ええ。どうやらこの抵抗も、そう長く許してはもらえないようです。ま、彼方があからさまに仕掛けて来ようものなら──何度だって、あなたの意識を
と──ほら、こんなふうに。たまに怖いこともシレっと言っちゃう、頼れるアルトリアさんなのであった。
「(……ありがとう、アルトリア。でも、もう大丈夫)」
そうだ。この先はどのみち、『彼』自身の言葉を聞かなくちゃ
「──妖精國で共に在った、『同時期の百年間』。……それが、あなたとバーヴァン・シーを結びつける『縁』だったんだね」
勇み立ってみせるも、僅かに声が震えてしまった。……構うものか。ここまで来てはもう、引き下がるわけにはいかないんだから。
「左様。別々の生存期間、異なる年代の存在であればいざ知らず。まったくの同時期にして、同一の世界を、その歳月を生きた個体同士であればこそ、両者間に刻まれた『共存』の概念を抽出し、強固な親和性の実現が適う──ひとまずは。ご名答、と申しておきましょう」
──追認を得たと同時に。次いで問うべき事柄を、畳み掛けるように投げかける。
「……でも、やっぱり腑に落ちない。だって、『彼』は汎人類史の存在で、『彼女』は妖精國の存在なんだ。同じ年代を生きていたって、その断絶に変わりはないはず……なのに。どうして、
──しかし。どうしてか、私は……そこから先に次ぐべき言葉を、口にすることができなかった。
「(……あ、れ──)」
──苦痛があった。焦燥があった。畏れがあった。詰まる息が呼吸を妨げ、血中の酸素濃度は次第に薄まり、その欠乏に喘ぐ脳が思考を鈍らせる。しかし、これは決して、外的かつ直接的な要因から来るものではない。つまり、
「(……なんで、こんな──)」
これは、『彼』の言葉を聞いたことで陥った状態ではない。そもそも今、言葉を発したのは私のほうだ。私が自分の言葉を詰まらせ、その最中、私が勝手に陥った状態でしかない。ゆえに、念話を通した危機管理という、アルトリアの
「(──マスター、──!)」
なぜ言えない。なぜ訊けない。なぜ問えない。これは疑問というよりも、もはや不快感に近くすらある。ただ、そんな中でもひとつだけ、確信にも似た予感があった。ここで『それ』を口に出さなければ、出せなければ。きっと『
「……なるほど」
──そんな状態を知ってか、知らずか。言葉を詰まらせ、立ち尽くす私を見るなり、冷淡さを滲ませていた、目の前の『彼』は。
「ほかでもない貴方が──『それ』を問うのですな」
納得とも、落胆とも、憤りとも受け取れる、厳かな様子に変えて──『私』のほうを真っ直ぐに見据え、この場の発言権を引き受けた。
「……ふむ。よくわかりました。『問うに落ちず、語るに落ちる』とは
「──え……?」
辛うじて発せられたのは、言葉にも満たない反応の音。それでも『彼』は、もはや対話の体裁を諦めたかのように。次なる段階へと盤面を進めるべく、事態に流れを促した。
「しかし、『席』を設けるまでもなかった──などとは申すまい。これもまた、儀礼は儀礼。せっかくの機会だ。お互いのため、相応の意義を
……何が、足りなかったのか。
「貴方は先刻、『我ら』の在り方を問われましたな」
……何が、視えなかったのか。
「そして──たった今。本来ならば相容れぬ存在間の『断絶』について、並々ならぬ疑問を抱かれた」
立ち返ることも、確かめることもできないまま。
「ならば此方も──こう問わねばなりますまい」
目の前の『
「──お答えいただこう。汎人類史の代表でありながら、異聞の
あなたは、──
「貴方はいったい──
お読みいただきありがとうございます。
親睦(親睦とは言ってない)を深めよう!な回。新手の詐欺か?
〇〇問答、とかうっかり題したくなるパートが続きます。ただし、次回からしばらくは視点が藤丸から離れる予定。視点が戻る頃には夏になってることでしょう。おっそろしい。でも周年と夏イベが楽しみ。
今章、気がつけば平均の二倍以上の文字数になっていました。長短の感覚は皆様それぞれにお有りの事と思いますが、当作はとりあえず、今後もコレぐらい行く章がちょいちょい出るかもです。今までのボリュームがちょうど良かった方々にはごめんなさい。
さて。【烽火連天】はもう少し続きまして、次回の【五】が区切りとなります。次節は『あちら』の面々のパートへ。
引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。