望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





第十一節
借屍還魂(壱)【一】


 

 

 耳を澄まし、眼を凝らす。

 

「────…………」

 

 大洪水に呑まれ、周囲と隔離されてからもうじき十分。状況にこれといった変化はない。

 

「……なにこれ。放置プレイってやつ?」

 

 眼に映るものは何もない。敵にとって此方へ仕掛けるには絶好の境遇だというのに、奇襲も、妨害も、その兆候すらも。此方に関与する一切が、この空間には存在しない。これじゃあ囚われの身というよりも、夜の荒野にひとり投げ出されたような格好だ。

 

「…………埒があかない。索敵開始」

 

 痺れを切らし、現状打破へと動き出す。妙な趣味に付き合うつもりはない。幸いにもと言うべきか、足場を踏み締める感触と、肌に覚える質感は受容できている。そのほかの情報についてはまあ、ここまでの状況証拠から導き出す必要があるだろう。

 

 得体の知れない状況ながらも、ドーム状の水牢が形成され、その只中に身を置いていることは確かだ。……けれど、それにしては。

 

「……やっぱり。やけに広いんだな」

 

 隔離されゆく最中、僕はひと時だって眼を閉じはしなかった。ゆえに、水牢の規模は正確に視認できている。ドームの直径はおよそ十五メートル。これじゃあ外周にレーンを描いたところで、短距離走でさえ数周をする必要があるだろう。だというのに、閉じた内部の空間は、直線距離でも中距離走ができるほどの広さがあるらしい。

 

「──そういえば、異界化空間とか作れたんだっけ。彼ら」

 

 船内探索のとき、船室にあたる各エリアを形成していた異界化空間を思い出す。……まあ正直、今はあまり覚えてはいないのだけれど、おそらくはあれらと同様の芸当なんだろう。そう考えれば、内部が外観の規模以上の広さであっても不思議はない。

 

「……ふあ。何もないなあ。眠くなっちゃう」

 

 敵も味方も所狭しと(ひしめ)く戦況で、明々と燃え盛る爆炎に目が慣れていたせいか。つい先ほどまでとは打って変わって、広く、暗く、高湿な環境との落差にあてられ、不意に眠気に襲われた。響き渡る自分の足音に心地良さすら覚えてくる。何より──不本意ながらも好みの空間ではあるがゆえに、妙に落ち着いてしまう自分がいた。

 

 と、ぼんやりしていた矢先。

 

「では、私とお話でも如何だろう?」

 

 光の速さで、眠気が去った。

 

「────!」

 

 反射的に跳び退き、背後を振り返る。……近い。距離にして十メートルばかりの後方。つまり、跳躍する直前までこの身が在った地点の間近から、その声は発せられていたらしい。

 

「…………いつからそこに居た?」

 

 前触れはなかった。気配もなかった。でも、それはあり得ない。なぜなら──

 

「それは勿論、初めからだとも。客人殿」

 

 ──眼前に佇む『奴』からは、到底隠しようのない存在感が発せられていたのだから。

 

「(……そんな莫迦な。あれはサーヴァント並の魔力量だ。これほどの気配を(あら)わにしておきながら、僕の感知をすり抜けた……?)」

 

 気配。いや、これはそれ以前の問題だろう。『奴』の姿は朧げではあるけれど、『奴』という存在が占める空間には、見紛うことのない『密度』があった。それはすなわち、個体としての存在強度にほかならない。波を砕き、轟音を撒き散らしながら海を駆る戦艦がそうであるように──この場における『奴』は、もはや気配を探るまでもなく、否が応でも感知が適って然るべき対象なのだ。

 

「ははは。すまない。せっかくお招きした手前、(いた)く退屈そうな様子を目にしたばかりに、くだらない()し物など仕掛けてしまった。これは気の利かせ方を間違えたかな」

 

 彼方の語りと同時に、周囲の魔力が軋みだす。

 

「(────!)」

 

 それは、痛みを伴うほどの圧をもって。さっきまでは『何も無い』としか言い表せなかった空間が──形を、色を、質感を、爆ぜんばかりに、ありありと湛え始めていた。

 

「(──これは……石造りの()、か……?)」

 

 さっきこの足に覚えた感触は、なるほどたしかに石の質感に相違なかった。それを裏付けるように眼に映ったのは、やや不揃いながらも、傾斜を排し、表面の均された石畳。その様相が──はるか遠くに至るまで、びっしりと敷き詰められている。

 

「(──半球状の天井に、円柱状の壁か。道理で音が響くわけだ)」

 

 見上げると、高さ千メートルほどの天井があった。自分から最も近い壁面は、此処から二百メートルほどの距離にある。天井が半球状であるからには、この空間の直径もまた、天井までの距離と同等か、それ以上の規模とみていいだろう。しかし、これほどまでの面積を有した空間のすべてが、本当に石造りなのだとしたら──その構造を維持するうえで、不可欠なものがひとつある。

 

「(──中央のあれは……柱、か……?)」

 

 そう。柱がなくては、こんなデタラメな広さを有した構造物の形状維持など叶わない。ゆえに、中央部に(そび)え立ち、天井全体を支える『それ』が、この空間における柱であることは間違いない。しかし──その形状は、柱にしては少し、異彩を放つものだった。

 

「(……まるで、樹木のようじゃないか)」

 

 構造柱という、建物の構造上、空間内に露出せざるを得ない類の柱がある。それは往々にして、排除できないことを逆手にとり、ひとつのオブジェのような意匠を施す場合があるのだけれど──中央のあれはまさに、それを思わせる風貌をしていた。

 

「(──これは……)」

 

 動いた範囲が狭かったぶん、この足で捉えるヒマはなかったらしい。地には石畳を縫うように、壁面にまで及ぶほどの『根』が張られ、天井にはびっしりと『枝』が張り付いている。しかし、それらはあくまで『そのようなもの』と言うに止めるのが妥当なところだ。いわゆる本物の樹木とは、色も、形も、その在り方からして全然違う。似通った要素があるとすれば、樹木が水と光を求めるように、魔力を養分として吸い上げている点ぐらいのものだろう。

 

 では、樹木でなければ何だというのか。……さっきの今で、この状況。そんなことが適う存在なんて、候補を並べるまでもない。

 

「(……『漂流物』と、その『概念』に紐づくもの──それらが一体となって、この空間を形成しているんだな)」

 

 ここまでの推測に三秒を要した。まあ、寝ぼけ頭にしては上出来だろう。呼吸を整え、迎撃対象に向き直る。すると──此方の準備を待っていたとでもいうのか。対面の格好が実現したのと同時に、『奴』は進んで口火を切った。

 

「驚いたかな? それは結構。しかし、一点だけ謝っておかなければ。この空間の話だ。……()()()()の意匠も当然、是なる『席』に反映されてはいるのだけれど──貴方は先の戦闘で、すでに好みの空間を見つけているね。ゆえに今度は差分として、此方の要望も含ませてもらったんだ。その点については、どうか勝手を許してほしい」

 

 ──『()()』?

 

「なに、所詮は余興。誰もが見飽きた手品のようなものだ。眠気覚まし程度に思ってもらえばいい。なにしろ、そのまま意識を閉じられてしまえば──せっかくの機会にも拘らず、身の上話に華を咲かせぬというものだからね」

 

 ……この程度の芸当なんて、ほんの挨拶代わりだ──とでも言いたいのか。彼方の狼藉と軽口に、此方も相応の軽口で応じることにする。

 

「──それはどうも。おかげで目が覚めたよ」

 

 両鞘へと魔力を流し、即座に駆り出せるよう、戦闘態勢に移行する。

 

「でも──サプライズとしては赤点だ。少しは驚かせてもらったけれど、肝心の喜ぶべきところが微塵もない。おまけに、アプローチの仕方が背後からの()()()ときた。それも初対面の相手に。……得手を気取ったつもりだろうけどソレ、実際は痴漢と紙一重だからね。知ってたかい?」

 

 無駄話に付き合うつもりはないけれど、多少の探りは入れておきたい。ここはひとまず調子を合わせて──

 

「それと、お生憎様。蜜月の相手なら、とっくの未来(むかし)に間に合っている」

 

 ──さっさと此処から外に出て、マスターの元に戻らなきゃ。

 

「……これは手厳しい。その様子、どうやら先約が居るとみた。もしかして、私は振られてしまったのかな?」

 

 ……あれ。やけにあっさり引き下がるんだな。空気を読んでくれた分くらいは見直してあげてもいいけれど、それはそれでつまらない気も──

 

「しかし、そこはそれ。熱を浮かせている相手が誰であれ、この場においては問うまでもない。なにしろ()()()()()()()()()。時には追懐も()いものだよ。特に──」

 

 ──しなくもないと、思いかけたとき。

 

「──貴方のような、悠久を生きる存在にとってはね」

 

 この眼には、逸らし得ない光景が映されていた。

 

「──────え」

 

 なぜ、()()姿()がここに在る。いや、そもそも──

 

「おや。初対面と言ったのは貴方のはずだが──見覚えでも有るのかな?」

 

 ──なぜ、こいつが……その姿を成している?

 

「────…………」

 

 つい、()()を声に出しそうになる。けれど、僕は──決して声に出すまいと、咄嗟に唇を噛み締めた。

 

「……何のつもりだ」

 

 思考の対象を、己が内から『奴』へと換える。そうでもしなければ、作戦も目的も放棄して──眼に映るすべてを、見境なく破壊してしまいそうだった。

 

「いえ、私は何も。言っただろう? この空間は『貴方の好みを反映する』と。それは当然、空間の一員たる私に対しても同じこと。つまり、貴方の眼に映るこの姿は──ほかでもない、貴方自身が写したものなんだよ」

「────!」

 

 鞘が軋む。……まったく。これではバーゲストのことをとやかく言えたものじゃあなかったな。見え透いた挑発……いや、彼方にはそんなつもりさえ無いのかもしれない。なぜならその言葉には、厳然たる事実が宿るのみなのだから。落ち着け。ここは抑えて──

 

「ただ……そうだな。今度は『此方の要望を含めた』と語ったのもまた事実。多少と言わず明らかなまでに、貴方から反映されるものの指向性は、此方の都合に大いに依っている。……ああ。もしや現在の私は──先程貴方が想いを馳せた、親密なる御方の姿にでも写っているのかな?」

 

 ──斬り刻む。

 

「──ふぅッ!」

「!」

 

 音を置き去りにした跳躍。ひと息に間合いを詰め、急所をめがけて刃を流す。奴は辛うじて状況を理解し、目を見開くことはできたようだけれど──もう遅い。

 

「(──()った)」

 

 鞘から突き出る刀身は、奴の上体を横一文字に両断するべく、ずぶりと深く沈み込み──

 

「(────)」

 

 ──振るった勢いのまま、その身体を()()()()()

 

「(…………!)」

 

 接触による衝撃が生じなかったせいで、跳躍の勢いは減衰することなく、この身は当然、そのまま前方へと突き進む。咄嗟に着地してブレーキを掛けたが、結果的に二十メートルほどの余計な間合いを作ることになった。

 

「(……手応えが、無かった──)」

 

 停止と同時に、奴の方へと向き直る。

 

「……やれやれ。せっかちな御方だ。積極的なのは喜ばしいが、話は最後まで聞いてほしいな」

「────…………」

 

 肩をすくめながら、ゆっくりと振り向く、奴の姿が目に入る──どういうことだ。奴の気配に変わりはない。絶えず魔力は揺らいでいるものの、確固たる存在感を湛えたまま、堂々とした風貌で佇んでいる。つまり……さっきの僕の斬撃は、避けられたわけでも、幻術に惑わされたわけでもない。ただ純粋に、前から後ろへ、奴の身体をすり抜けたのだ。

 

「(……まさか。こいつ、実体が無いのか──?)」

 

 今の感触はまるで、氷の像を砕くつもりが、水の塊をただ掻き分けるようなものだった。……いや、その喩えで言うならば、あれは水の塊ですらないだろう。霧、霞、あるいは雲のような、姿はあっても触れ得ない、実体なき『何か』であると捉えるべきだ。

 

「しかし、今の動きは見事だ。あれこそは目にも止まらぬ早業。真っ当な形を有した存在であれば、果物を切るように分断されたことだろう。いやいや、目が覚める思いをした」

 

 ……やっぱり。どうやら奴の身体は、斬ったら分かれるほど素直なものではないらしい。どういう理屈かは知らないけれど、実体化に関しては何らかの、この空間特有の仕掛けがあるんだろう。ただ──

 

「(……少し、存在感が纏まった……?)」

 

 ──微々たるものながら、確かな変化がひとつ。奴の醸し出す魔力の揺らぎが、縮小したように見受けられたのだ。

 

「……ああ、そう。じゃあこれは、さっきの有り難くもないサプライズのお返しってことで」

 

 あわよくば、先の一閃で仕留めてしまう算段だった。それがこの始末。阻まれるでもなく、避けられるでもなく、あろうことかムダ撃ちに終わるだなんて、さすがに僕でもムキになる。これぐらいの言い訳は大目にみてほしい。

 

「なるほど。では、そういうことにしておこう。実際、先に仕掛けたのは此方のほうだからね。うん。因果応報には違いない」

 

 再び対面の格好となり、奴は仕切り直すように語り出す。

 

「それにしても……随分と思い切りが良いんだね。この身の姿は、貴方の内より写されたもの。先の激昂から察するに、貴方にとってその御方とは、余人と一線を画す特別な関係であったはずだ。それがまさか、迷う素振りもなく斬りかかって来ようとは」

「(……まだそれを──って、ん……?)」

 

 さっきから思ってはいたけれど……さてはこいつ、根本的なところを履き違えてはいないか。

 

「……勘違いがひどいな。その姿を倣ったところで、おまえはおまえだ。間違っても『彼』じゃないし、その本質に至れもしない。あと、言っておくけど──その姿の主と、僕の恋人は別人だからね」

「────恋人?」

 

 ……え。何そのリアクション。

 

「──なんと。それは予想外だった。というか、()()は良くない。騎士たる貴方ともあろう者が、まさかそれほど移り気な御方だったとは」

「は?」

 

 失礼な。じゃなくて。……()()()

 

「(……じゃあこいつ、何の話を──)」

 

 何だか知らないが、どうやら奴にとって、ああして頭を抱えるに足る誤算があったらしい。先の不可解な反応も気になるけれど、これは少しラッキーかもだ。このまま間抜けを引き出して、更なる手掛かりを掴んでやろう。

 

「……そうか。そういうことか。加えて──ああ、道理で思い切りが良いはずだ。貴方にとって()()姿()()()()()()()()、すでに過去の人ということなんだね。なるほど。これでは動揺も躊躇いも、誘えずして当然か」

 

 ……心の機微というものには鈍い僕だけれど、その言葉に含みがあることぐらいは察せられる。嘲り。蔑み。あるいは、憤り──そうした類の色を滲ませながら、奴は大仰に語りだす。

 

「ならば、もはや隠すこともない。タイミングとしては些か早いが、タネを明かすとしよう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──貴方の内より写し取り、この身に反映するよう指定した条件とは、そのような御方の形なんだ」

 

 ────。

 

「だからこそ、先の発言には驚いた。確かに『先約たる御方』とは形容したが、それはこの姿の持ち主についての話だ。……いやいや。まさか()()の貴方に──『恋人』が居ようとはね」

 

 ……あ。僕、やっちゃった?

 

「そしてこれは、別の事実を浮き彫りにする話でもあるようだ。つまり……現在の貴方の拠り所たる御方とは。かつての記憶の内ではなく、()()において見出した──()()()()()()()()()()である、ということなんだね。なるほど。うん、おおよそ見当がついたよ」

 

 ……待て。こいつ──

 

「……さあね。仮にそうだとして、おまえに何の関係がある」

 

 頭によぎったのは、最悪の展開。僕をこの空間に残し、奴だけが標的を変え、おそらくは丸腰のままでいるであろう、マスター達を襲撃する可能性だ。……それはまずい。万が一にでも行動に移されたら、現状の僕には止める手立てがないのだから。

 

「仰るとおり、私には関係のないことかもしれないね。なにしろ、私は貴方と同様に、是なる『席』を離れることは叶わず、離れるわけにもいかないのだから。たとえ知り得たところで、その御方に会うことはできないだろう。けれど──それでも、関心があることは確かだ」

 

 が──どうやら、奴の思惑は違ったらしい。

 

「……なぜ?」

 

 奴は今、この空間から『抜け出さない』のではなく、『抜け出せない』のだと言った。前提として、此処はすでにひとつの戦場。その只中に身を置く以上は当然、この空間では知り得ない事柄について、あえて関心を持つ意味はないはずだ。それでもなお、ああも真っ直ぐに関心を示している──その事実が妙に、僕の神経をひりつかせた。

 

「なぜ、も何も。それが貴方という存在にとって、この上なく重要な意味を持つ話だからだ。そうだろう──?」

 

 そうして奴は、真っ直ぐに。

 

「──()()()()()()()()()

「…………────!」

 

 その音節をもって、『僕』を呼んだ。

 

「(……こいつ。名前を──)」

 

 別段、此方の名前が知られていること自体に不思議はない。『奴』を構成する因子の内のひとつにでも、かつての妖精國における記録が刻まれていたのであれば。この空間の『奴』に限らず、今なお特異点に犇く『奴ら』のすべてが、真名にしろ素性にしろ、持ち得る情報のすべてを共有していて当然だろう。けれど──

 

「……何が云いたい」

 

 ──奴は今、『僕』のことを『メリュジーヌ』と呼んだ。

 

「おや。貴方がそれを問うのか? それこそ、云うまでもない話だろう」

 

 数あるうちの、いずれの呼称でもなく──あえてその名を口にした。

 

「……貴方は判っているはずだ。いや。憶えている、というべきかな。その身が如何にして形を成し、如何なる理由で在り得たのかを」

「────」

 

 それは、『私』が『僕』であるための、たったひとつの、かつての理由。

 

「そう。貴方は忘れるはずがない。その理由、その在り方を抜きにして──その身が形を得ることなど、あり得ない話だったのだから」

 

 暗い沼から抱き上げられた、あの時に──この身に刻み、人理の境界にさえも刻まれた、忘れることのない存在意義。

 

「しかし貴方は、今もこうして此処に在る。かつての貴方を、その形を繋いでいた、唯一無二の存在が居ない世界にも拘らず。……記録の上の話ではあるが、その御方のことも識っている。この上なく無垢で、限りなく純粋であるがゆえに、かの國以外では在り得なかった──戦からは縁遠き、脆く儚い魂を」

 

 それを、奴は──

 

「ゆえに問うのだ。忘れ得ぬ者を、忘れ得ぬまま記憶に抱きし貴方が。その者を欠いては本来、在り得ぬはずの貴方が。そうして個たる形を成し、別の想い人さえも見出して──なぜゆえ今なお、此処に在るというのか」

 

 ──臆面もなく、暴いてみせた。

 

「と──……おや」

 

 ごめん、マスター。ちょっと無茶をやるかもしれない。僕はもう──

 

「……やれやれ。やはりこうなるのか」

 

 ──こいつを斬らなきゃ、気が済まない。

 

「──当然。あろうことか、僕の記憶の境界を侵そうだなんて。覚悟はできているんだろうね?」

「戦う覚悟のことであれば、無論だとも。愚問とすら言っていい。もとより話に区切りがつき次第、私から手合わせを打診する算段だった。肝心の返答は得られていないが、そこはそれ。剣戟の最中、猛る刃に訊くとしよう」

 

 奴の魔力が溢れ出す。同時に、その手には。

 

「ああ、案ずることはない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。雲を裂くような手応えの無さはあれっきりだとも。その点、先の突貫にも意味があったと言えるだろう。むしろ私から感謝の言葉を。なにしろ──」

 

 天を突くかのように聳え立つ、()()が握られていた。

 

「──刃を交えぬ戦など、味気ないにも程がある」

 

 ……なんだ。奴自身は尋常な勝負が望みなのか。それに今、良いことを聞いた。不明な点は依然としてあるけれど、この場においては充分な吉報だ。数分前の雪辱を果たすとしよう。

 

「さて、改めてご挨拶を。是なる『席』によくぞ来てくれた。待ち侘びたよ。こうして貴方と相見え、刃を交える機会をね」

 

 なら、話が早い。

 

「……挨拶と云ったな。じゃあ名乗りを上げろ、仮初の形を成すものよ」

 

 そういう手合いであるのなら、多少の儀礼も通じるだろう。ゆえに、

 

「おまえは一体──『()』なんだ?」

 

 認めたうえで、斬り捨てる。

 

「ああ。それもそうだ。仮初の姿であると明確ならば、名をも騙るは愚の骨頂。よろしい。騎士の礼に倣い、此処に答えておくとしよう」

 

 ──魔力、充填。

 

「我は忘却を払うもの。名を『矛担(ほこかつぎ)』。是なる席にして客室──『()』の間を与かる因子なれば!」

 

 ──武装、展開。

 

「退屈はさせないとも。むしろ貴方は運がいい。こと戦闘において、是なる五つの『水瓶』に──私を凌ぐ()()は居ないのだから!」

 

 ──切開剣技、開始。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


一番槍!な回。

第十一節に入りました。【借屍還魂】、続く十二節に跨る前後編です。今タイトルはほぼバトルパートになるかと思います。

本作はシナリオの風味(もとい筆者の匙加減)的に、結構な割合を概念描写が占めてしまうので、ガッツリめのドンパチが書けるパートには謎の安心感を覚えます。

投稿ペースのお話を少し。
文章自体は一週間ほどでざっくり書くんですが、どうも詰めにもう一週間ほど時間的に欲しくなるので、結果的に(ほぼ)隔週更新のリズムになっています。理想的には本家のオーディール・コール突破までに完結したいところですが……果たして間に合うのか。ちょっと切実さが強まってきました。
もちろん各話を雑に投げることだけはしたくないので、今後も必要な時間をかけて継続するつもりです。推し念慮ってすごいですね。

引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。

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