望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

48 / 70


※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





借屍還魂(壱)【二】

 

 

 剣戟(けんげき)の音が鳴る。

 

「はあああっ!」

 

 揺れる地面。軋む空間。

 

「──ははは!」

 

 そこに轟く、哄笑(こうしょう)がひとつ。

 

「──素晴らしい! さすがは音に聞こえし、妖精騎士が最強の一角。やはり先の一閃ですら、本気ではなかったか!」

 

 声色に宿る、確かな高揚。

 

「なんと幸運なのだろう。これほどの技量。これほどの力量! 身をもって味わうのはいつ以来か!」

 

 乗り出す姿勢は、さらなる剣戟を求めるように。

 

「そして……ああ、この感覚。久しく交わすことのなかった、骨身を震わす戦火の熱は──錆びた身体に油を差すかのようだ!」

 

 この瞬間を賞味する、奴の昂りを表していた。

 

「喋る余裕があるとでも? 舌を噛むぞ。ま、僕は一向に構わないけど──さッ!」

 

 構わず隙を突き、腰を入れて刃を流す。しかし──

 

「ほう!」

「──!」

 

 ──奴は難なく、真正面から受け止めた。

 

「(……こいつ。瞬きもせずに──)」

 

 それだけではない。奴は身じろぎもせず、此方の刃を身動き諸共に抑えている。

 

「(……無理矢理の離脱は危険だ。追撃がくる)」

 

 戦闘を開始してから、すでに三百は刃を交えた。時間にして五分と経ってはいないが、それでも互いの実力を測るには充分。此方の一挙一動の選択に対し、奴がどんな対応策を採り得るのかは予測できる。ここはひとまず、睨み合いに徹するしかないだろう。

 

「──すまない。つい大声ではしゃいでしまった。けれど……これでも本気で喜んでいるんだよ。私は」

 

 それもまた、剣戟の最中に認められた事柄だった。……だからこそ、何ともやりづらい。

 

「……らしいね、どうも」

 

 奴の刃に込められたものは、殺意でもなければ敵意でもない。ただ純粋に、此方の刃を受け、弾き、斬り返すという、絶え間なき応酬に対して抱かれた──『()()』なのだ。

 

「けれど……だったら尚更、こうして睨み合いを続ける意味はないだろう。そろそろ離れてくれないかな」

 

 ただ、それは奴の都合でしかない。此方が付き合う義理はないし、何より、僕はひとつも楽しくない。さっさとこいつを仕留め、早々に此処から脱出し、『変な奴に声かけられた〜!』と、マスターに愚痴を聞いてもらいたい思いだ。

 

「寂しいことを言うんだね。私としても、そうしたいのは山々なんだ。かつては時が過ぎ去るのを待つばかりだったが、今はこの一分一秒が惜しい。お預けを命じられた愛玩動物の気分さ。……いや、この状態は自制のそれなのだから、形容すべきは他の文言になるのかな?」

 

 なんだそれ。というか、そんな言葉選びに悩まれても。

 

「……矛盾がすごいな。だったら間合いを取ればいいだろう。そうすればすぐにでも斬り込んでやるからさ。というか──そんなに自慢の矛を振るいたいのなら、此処に誘うべきは僕じゃなかったろうに。それこそ矛の切れ味を(ため)す、突けども通さない()()()()()でも誘えばよかったんだ。ま、何時間と打ち合おうとも、その矛が通ることはないだろうけど」

 

 ついうっかり、あらぬ方向から愚痴の一端が漏れる──ごめん、マシュ。君のことを無駄話なんかのダシに使っちゃった。でも、半分は僕が悪いのかもだけれど、もう半分はこいつらが悪いと思うんだ。それと……ああ。そういえば、()()()()を見せつけられたこともある。よし。ここはひとつ、機会があれば、あとで一緒に憂さ晴らしに付き合ってもらおう。

 

「おお、盾ときた! うん、それも佳い。欲をかくならその御方とも是非、一度手合わせを願いたいものだ。心得ているとも。盾の遣い手といえど、守りに徹するばかりではあるまい。打撃や(とう)(てき)と、扱い方次第ではいくらでも技を編み出せるのだから!」

「……うん?」

 

 ……何だろう、このビミョーにズレた感じは。今のはあくまで、口をついて出た『矛盾』という言葉にカケた文言でしかない。けれどアレって、打撃や投擲なんてポップなワードが踊る(ことわざ)じゃあなかったはずだ。それも矛のほうならともかく、盾のほうがだなんて。これでは攻めと守りの性能談義にならない。本来と別の意味で台無しだろう。

 

「なるほど貴方の言うとおり、盾の遣い手であれば、我が矛の冴えを存分に験せることだろう。だが、此処に誘うべきは貴方であったことに違いはない。求めるものはより速く、より多くの、技を尽くした剣戟だからね。その相手が……永きを生きる竜種にして、武勇を鳴らした妖精騎士であれば──尚更というもの!」

「──!」

 

 瞬間、互いの得物が(すく)い上げられる。奴はすかさず刃を返し、此方の胴を目掛けて矛を振り下ろす。

 

「──甘い!」

 

 当然、これも予測済みの行動だった。弾きざまに速攻をかけるのは、鍔迫(つばぜ)り合いにおける定石だ。即座に刃を流し、反動に乗じて距離をとる。

 

「ははは! 良い動きだ! ああ、判っているとも。今ので仕留められる貴方であるはずがない。なに。我がことながらいい加減、()()()()()に浸るばかりというのも無粋に思えてきてね──すまなかった、続きといこう!」

「(──……?)」

 

 その言葉にもまた、どこか要領を得ない違和感があった。しかしそれは、先の言葉に抱いた印象とは別のもの。

 

「……『名残惜しい』と言ったね。それはどういう意味かな」

 

 そう。そんな言葉が出るということは、奴は現状が一回性のものであることを正しく理解し、(きた)るべき終わりを見据えているのだ。要するに──おそらく奴は今すでに、この戦闘の決着に目処をつけたつもりでいるんだろう。

 

 ……気に食わない。けれど、此処は奴のフィールドだ。戦闘内容だけを見れば状況は拮抗しているが、僕の与り知らないうちに、空間レベルでの策を弄している可能性はある。しかし、奴の様子を見る限り──

 

「うん? いや、言葉のとおりさ。他意はないとも」

 

 ──少なくとも。奴の言葉自体に、偽りはなかったらしい。

 

「(……嘘、ではないらしいな)」

 

 ……判らない。奴の言葉は本音のそれだ。慢心も油断もない、純粋な所感。()()()()()()()()()()()()。それが純粋な思いで発せられた言葉であればあるほどに、その背景に隠れているであろう『理由』もより一層、決定的な事実に基づく何かであるように思えてくるのだ。

 

「それに、貴方を待たせたままというのも悪いからね。小休止として挟んだつもりだったが、あの鍔迫り合いも悪くなかったよ。……やれやれ。尋常な勝負を望んだ矢先、決着を惜しむあまりにこの体たらくとは。恥じ入るばかりだ」

 

 けどまあ、判らないものは仕方がない。頭で解決できないのなら──

 

「ああそう。じゃあその恥諸共に──精々矛を振るうといい!」

 

 ──この刃で、確かめるだけのこと。

 

「ははは! それもそうだ! ここは甘んじて──その言葉に与るとしよう!」

 

 叫びを合図とし、互いに間合いを詰める。

 

「──、ふッ!」

「──! ぬっ!」

 

 初手。刀の如く、居合いに(なら)った二撃を見舞う。

 

「はぁあああッ──!」

「──ははは!」

 

 間髪を容れず、レイピアが如く突きの連撃で畳み掛ける。

 

「まだまだ──!」

 

 次いで繰り出すは、◼︎◼︎◼︎◼︎が如く──

 

「(────、!)」

 

 ──放つ()()()()()、無造作な振り下ろし。

 

「ふんッ!」

 

 当然ながら、それはいとも簡単に弾き返され──

 

「(しまっ──)」

 

 ──構えを崩した上体は、容赦のない一撃に見舞われた。

 

「────かは、っ……!」

 

 矛の質量に加え、僕よりも二回りは大きな体躯の持ち主による、(みぞ)(おち)への一撃。この身は軽々と宙へ浮き、真っ直ぐに後方へと弾け飛ぶ。

 

「──ッぐ、……!」

 

 壁面へと激突し、たまらず呻き声が漏れた。よろめきながら半目を開き、鈍痛に口元を歪ませながら、負傷の程度を確認する。

 

「(……致命傷は、避けられたらしい)」

 

 あるいは。盾の話題を持ち出したおかげで、無意識のうちに防御の観念が強まっていたのか。急所を一直線に突かれたものの、魔力で編んだ鎧が貫かれることはなかったようだ。……ただ、今のは結構効いてしまった。無理もない。身体の内側にまで及ぶ衝撃ばかりは、ガワの頑丈さでは防ぎようがないのだから。

 

 ……いや。今はそんなことを考えている場合じゃあない。急を要して思考するべき問題は、別にある。

 

「(──何だったんだ。さっきの……)」

 

 猛攻の最中。どういうわけか、繰り出そうとした次の一手が──()()()()()()()()()()()()()

 

「(──、……チッ……!)」

 

 はるか前方。視界を覆う粉塵の先で、奴の魔力が研ぎ澄まされる気配があった。……疑問を拭うどころか、その一部にさえ思考が及ばぬままではある。しかし、このまま追撃を許すわけにもいかない。

 

「ふうッ──」

 

 陥没した壁面を蹴り、奴の気配を目掛けて跳躍する。立ち込める粉塵を突破すると、その姿が視界に捉えられた。……しかし、この眼に映ったものは。

 

「(──……?)」

 

 追撃を構える様子でもなく、次なる一手の溜めに努める様子でもなく──まるで何かを()()()()()()()()()()()()(かげ)りを湛えた表情だった。

 

「──おお、なんと! ……ええ。ええ! そう来なくては!」

 

 だが、それも一瞬の出来事。僕の姿を認めた瞬間、奴の(そう)(ぼう)に光が戻る。

 

「──はあッ!」

「──ぬぅッ!」

 

 今度は技の如何に依らず、跳躍の勢いを刀身に込め、どうにか刃を重ねる。しかし……やはりどこか、此方が繰り出す攻撃にキレがない。

 

 ……なら、ここは──

 

「……そらッ!」

「──む!」

 

 ──加圧が適っているうちに、垂直方向へ刃を振り下ろす。攻撃の勢いに加え、互いの全体重が足元にかかり、地面が深く陥没する。魔力が弾け、直径十メートルほどのクレーターが形成されると同時に、近辺の石畳が勢いよく捲れ上がった。

 

「ふぅッ!」

「──!」

 

 先の二の舞は演じない。即座に鍔迫り合いから離脱し、奴を目掛け、宙に浮く六十枚余りの石畳を弾き飛ばす。

 

「はああああっ!」

 

 持ち前の高速移動による、全方位からの石の弾幕。手応えあり──九割命中、といったところか。

 

「────ふぅ……はぁ、っ」

 

 咄嗟に採り得えた安全策とはいえ、さすがにこれは体力の消耗が激しい手段だった。ひと息に畳み掛けた反動で、間合いをとった途端、僅かに呼吸を乱してしまう。……反省点ができちゃったな。燃費の悪い機体運用に走るだなんて、戦闘機にあるまじき、だ。けれどまあ、これでさっきのお返しにはなっただろう。そこに免じて、プラマイゼロということに──

 

「──いやあ、すごいな。まさか石畳を弾丸にするだなんて。今のはさすがに不意を突かれた。着弾の衝撃でまだ鎧が震えているよ」

「(──……!)」

 

 ──しておこう、と思いかけたのに。奴は何事もなかったかのように、クレーターの中心に立っていた。

 

「……そっちこそ。外見どおり、ずいぶん頑丈な身体みたいだね」

「ははは。それこそお互い様というものさ。貴方こそ、佳い鎧を纏っているんだね!」

 

 軽口を交えつつ、両鞘に魔力を流して構え直す。

 

「(……刀身の生成に異常はない、か)」

 

 先の疑問点の件もあり、念のためにと意識を巡らせたが、武装と魔力循環は正常そのもの。生成された刀身はいつもと同じ、超高密度の魔力──もとい、炎によって形を成している。たとえこの腕で振るわずとも、ただ触れるだけで対象を切り裂くだろう。

 

「(……だとしたら。原因はほかにある──?)」

 

 と、己がコンディションを確かめていた時。

 

「……その様子……ああ。ついに貴方の自覚が及ぶまでに、症状が露わになってきたんだね。であれば、やはり──先ほどのあれは……そういうことだったのか」

 

 奴の口から、聞き捨てならない台詞が飛び出した。

 

「(……自覚、症状──)」

 

 その言葉の意味するところは、もはや考えるまでもない。おそらく、先の不調のことを指しているんだろう。そして……奴がその事実を言い当てたということは。

 

「──何をした」

 

 奴には、その原因に心当たりがあるのだ。

 

「……ああ、そうだね。確かにこればかりは、『私は何も』とは言えない話だ。意図の有無に拘らず、『私』という存在が関与していることに違いはない」

 

 クレーターの(ふち)を登りつつ、奴は神妙に語り出す。

 

「すまない。せっかく得られた試合いの席に、栓なき念を混ぜては勿体無い──などと案ずるあまり、明かさぬままに刻限が迫ってしまった。……けれど、戦に冴えやる貴方のことだ。こと現状に至ってはもはや、斯様に案ずる意味もなくなった」

 

 伏せた顔に宿るのは、先刻垣間見た翳りの色。

 

「ゆえに……うん。単刀直入ですまないが、せめてもの誠意として──結論から伝えるとしよう」

 

 石畳の上で足を止め、静かに此方へ向き直り──

 

「貴方はもうじき──()()()()()()()()()()

 

 ──(いしづき)を打ち鳴らし、手に持つ矛を地に着けた。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


両者奮ってバチバチな回。


矛っちの性格がなんとなく見えてきた横で、何やら不穏っぽい予兆も見えてきました。どうするメリュ子。


引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。