望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





借屍還魂(壱)【三】

 

 

 ──『技』。

 

 それは、得物と遣い手との間に刻まれた──実体を持たぬ『記憶』の形。

 

 剣であれ、弓であれ、槍であれ、それらが武芸に用いられる以上、半ば必然的に編み出されるもの。得物なくして編み出すことは叶わず、逆に得物にとっても、遣い手なくして発揮されることのないものだ。

 

 修練の恩恵は顕著に表れ、習熟と練度のほどを左右する。遣い手の教訓として、『僅かな間でも扱わねば、たちどころに勘が鈍る』などと語られるように──得物はしばしば、遣い手の身体の延長……あるいは、神経の拡張媒体になり得るという。

 

 しかし。それでもやはり、得物は得物。遣い手自身とは物理的に断絶し、それぞれが個体として切り離されている。ゆえに遣い手は修練を欠かさない。研鑽を惜しまない。絶えず得物に触れ、扱い、確かめることで、物理的な断絶を──その境界を繋ぎ止めるのだ。

 

 たとえ長きに亘る空白期間があろうとも、ひとたび得物を手にすれば、いずれ『勘』は呼び起こされるだろう。遣い手の経験が豊富であればなおのこと、あるいは初心に等しくとも、再起を志向すること自体に支障はない。思い立ったその瞬間にでも、遣い手にはいつだって、再び得物を手にする自由があるのだから。

 

 たとえば、或る矛が此処に在るとしよう。かつては戦地に火花を散らしたものの、いつしか遣い手を失い、方々へ移り渡り、辛うじて死蔵されるに至ったひと振りである。

 

 それは持ち主の手を離れ、何ものにも扱われることはなく、蔵のなかで埃に塗れ、陽の目を鎖ざして久しいという。そこに偶然、新たな武器を求める者が現れた。矛は幸運にもその者に、得物として迎えられる。

 

 その者は一介の武芸者だった。武芸者は矛を手に取り、日夜を問わず修練に明け暮れる。元は剣士であったのか、叩きつけることには一応の適応がみられたが、長物を生かした所作……突き、払い、振るうことには不慣れらしい。しかし、いずれその所作にも洗練がみられ、やがて『技』の様相を呈するに至った。

 

 そこに何も問題はない。遣い手が替わることなど、得物にとっては珍しくもない話である。世界には持ち主を選ぶ兵装なるものも在るらしいが、それこそ常ならざる特異例。得物はただ得物としてそこに在り、遣い手が現れぬ限りは、己が設計理由に殉じ得ないものなのだ。

 

 そして。それは何も、()()()()()()()()()()()()()

 

『では──我々は?』

 

 ゆえに、斯様な疑問も生じよう。

 

『我々は──それを望めぬ定めだと?』

 

 ……『漂流物』。

 

 故郷ならざる異郷の地において、我々はそう呼称された。かの地で時が過ぎるうち、その実情が如何なるものかを識ることに、そう時間は掛からなかった。

 

 ──文化が違った。

 

『何だこの地は! 数多の異国を訪れたが、これほどまでの隔たりを目にした事はない!』

『考えられぬ! 人工物らしきものはあれど、それを管理する技術の概念が無いなどと!』

『様式は違えど、どんな国であろうと──人類圏は育まれ、根付いて然るべきものだろう!』

 

 ──文明が違った。

 

『あれは魔法か? あやつの手元、何もない空間から、一瞬にして造形物が現れた……!』

『食事の必要が無いだと……? あれはただ、模倣しただけの娯楽に過ぎないというのか!』

『あり得ない。子の概念を持たずして、此奴らはどうやって繁栄を遂げているんだ……!』

 

 ──法則が違った。

 

『奴らの所作、人が編み出せし兵法のそれではない……! あれではもはや呪いの類いだ!』

『此処は本当に地球なの? 昼夜も季節も巡るのに、空の色が一年中変わらないだなんて!』

『厄災だ! あいつらも怯えていた厄災が来た! くそ、いままでどうにか(ながら)えたのに!』

 

 そして何より──『意義』の不在。

 

『ああ、俺は商売道具が恋しい! 何十年もの歳月を注ぎ込んだ、あの手触りが!』

『私の道具は何処にあるのよ! あれを扱う事こそが、私の生きがいだったのに!』

『いや、いいや! そもそもこんな場所じゃ、あれが在っても使い途がない……!』

 

 そうして我々は、乞い願う。

 

『返せ!』

 

 ──焦燥があった。

 

『帰せ!』

 

 ──憤懣があった。

 

『お願いだ! 形振りなんてどうでもいい!』

 

 異郷に希望は見出せず、

 

『いっそ、この身の一部だけでも構わない!』

 

 故郷の記憶に縋りつき、

 

『だから──私たちを……!』

 

 絶望の(ふち)に置かれては、

 

『在るべき世界に……還してくれ──!』

 

 そう願うことだけが──救いだったのだ。

 

「…………そうか。そういうものなのか」

 

 しかし。

 

「──すまない。生憎と、()()()()()()()()()()()()

 

 我々のすべてが、そうだった訳ではない。

 

『は。心にも無い事を云うものだ!』

『嘆かわしいな。正気を失ったのか』

『この期に及んで、希望を抱くの?』

『かつての日々は戻らぬというのに』

『異郷に在っては望めぬというのに』

『それでも左様な戯言を吠えるのか』

『このような憂き目を許容するのか』

 

 轟々と木魂する、怨嗟の念。その矛先は──

 

『………裏切り者』

 

 ──かの国に対するのみでは飽き足らず、己が同胞に向けられた。

 

『同罪だ』

『同罪ね』

『許容するのなら同罪だ!』

 

 ただ、まあ。その念に至る感情が、判らないと言えば嘘になる。我々だって故郷が恋しいし、かつての日々が懐かしい。

 

 しかし、それでもだ。

 

「ほら──そう、()()を見たまえよ! あれほどの技の冴え。絶え間なき剣戟の嵐! 腕に覚えがある者ならば、あれと仕合う栄に浴すが誉れ! 過去に舐めた辛酸など、たちどころに吹き飛ぶだろうさ!」

 

 本当に望むべき対象は、今も昔も変わらない。

 

『何を言い出すかと思えば……!』

『ああまったくだ、恥を知れ!』

『この──』

 

 ゆえに我々は、その定義を受け容れる。

 

『──()()()()めが──!』

 

 うん。それもまあ、真正面からは否定できないな。……困ったものだ。怨嗟の念を被るたび、心当たりが(まろ)び出る。然るに──

 

「ならば……やむを得ん。お前たちとはお別れだ」

 

 ──袂を分かつは、必定だった。

 

『それがいい。それがいい。裏切り者にはそれがいい!』

『屈辱を忘れた恥知らず。よもや誇りも忘れようとは!』

『要らない。要らない。お前たちは、世界に要らない!』

 

 ひどい言われようだ──と、我ながらに可笑しくなる。

 

「(……すごいな。いや、あるいはこれが多数派なのか?)」

 

 我々は『漂流物』同士ではあるが、互いに必ずしも面識があるわけでもないし、仮にあったとしても、それは遠い昔の話である。かの国の歴史において、彼らがいつ流れ着き、如何にして果てたのか──その同定を試みるには、あまりにも数が多過ぎた。

 

 ……と、いうか。

 

『そうだ、実戦にはこいつらを使えばいい』

『いいねそれ。戦いたいなら本望だろうさ』

『丁度いい。アイツの手で汚れたヤツも!』

『金庫城に仕舞われた、汚い汚い漂流物!』

『妖精産と同列だなんて、虫唾が走るね!』

 

 この有り様は、さすがに目に余る。

 

「(……醜いな)」

 

 そう。我らは()()を識っている。現在の彼らは、まるで──

 

「まったく、喧しいな」

 

 ──などと、率直な感想を抱いた矢先。

 

「少し、静かにしてもらおうか」

 

 まるで、状況を俯瞰していたかのような物言いで──声を上げるものが在った。

 

「(────?)」

 

 如何なる手段を用いたのか、怨嗟の木魂を鳴り止ませ──

 

「水を差したな。そのうえですまないが、ここは大目に見てもらえると助かる」

 

 ──彼らを代表するかのように、対話の席を取り継いだ。

 

「──ああ、別に謝る必要はないさ。同胞ながらどういうわけか、思想も言葉も、相容れないのは確からしいからね」

 

 あれらの念に気に病むことも、反論を呈することもない。とはいえ此方も、居心地の悪さを感じぬほど鈍くはないつもりだ。正直なところ、齎されたこの静寂には胸を下ろした。

 

「無論だな。誰も彼もがお前たちのようには成り得ない。所詮、形はおろか魂までも擦り減らし、在り方さえもが霧散しかけたモノどもの寄せ集め。かの国の縁起に(なび)かず、『個』たる強度を残した因子など──我らを含めひと握りであろうよ」

 

 我々も彼らの一部として在る以上、改めるまでもない話ではある。今もこうして語りかける存在もまた、有象無象の漂流物の一部にすぎない。どうにか『個』を保ってはいるが、その実態は歪なものだ。

 

 それでも。彼らの在り方……あるいは立ち位置については、明らかな事実がひとつある。

 

「なるほど。君たちはこの分隊における、()()()()の代表格というわけだね」

 

 すなわち──『帰郷を望むもの』。

 

「形式上ではあるがな。個の様相も、その役目も、じきに終わりを迎える。いや──()()()、とでも云うべきか。我らも此奴らと同じく、自らを『そのように在れ』と定義した因子ゆえ。お前たちとこうして言葉を交わすのも、これが最初で最後になろう」

 

 ──『替わる』? いや、その前に。

 

「……『役目が終わる』とは言うが……それはどういう話だい? 君たちは君たち自身として、故郷への帰還を望み、まさに今こうして、そのためにこそ躍起になっているのだろう?」

 

 怨嗟に溢れ出ていた願望。その根底にあったものは紛れもなく、己が理想に対する欲求だ。その当事者たる存在の代表格がどうして、その根底を手放すことを見据えているというのか。

 

「──やれやれ。よもやそこまでの断絶があったとはな。総体を成す一部であっても、異端分子はどこまでも異端分子であるようだ。我らが使命に根差した指向性すらも及ばぬほどに、お前たちの在り方は強固らしい」

「……うん?」

 

 それは真に、此方の理解の外にある内容だった。しかし物言いから推測するに、彼らの云う『断絶』とは、もはや此方の自覚が及ばぬ域にまで達しているものらしいことは察せられた。

 

「まあいい。どのみち結果に変わりはない。是なる断絶をもって、互いの立場は定まった」

 

 その言葉と同時に。辛うじて保たれていた彼らの存在が──

 

「──満たせ。『瓶長(かめおさ)』よ」

 

 ──絶対的な号令のもとに、その在り方を失いつつあった。

 

「(……何だ、これは……?)」

 

 この身に変化がみられない以上、対象から除外されているらしいとはいえ……この号令の圧。本来ならば我々だって、彼らと同じ状況を喫して然るべき強制力を有している。

 

『形を此処に。其は薫習(くんじゅう)を招くもの。記憶を薪に。汝は忘却を払うもの。お前たちは望みの中で──我らが悲願、その礎となるのだ』

 

 彼らより発せられた、最後の言葉。その意味を理解するより先に、

 

「……待て。君たちの云う望み、その本質とはまさか──」

 

 この手には、ひと振りの矛が握られていた。

 

「(────っ、…………)」

 

 五感を襲う、力の流れ。我が身に巡る能力なのか、矛自体が持つ能力なのかは定かでない。だが──

 

「(……そうか。これが、君たちの選択なんだね)」

 

 ──何かを語るまでもないほどに、この質感は雄弁だった。

 

「……では、其方の望みも受け入れよう。あれと仕合えるというならば──この身も、世界も、どうなろうと構わない」

 

 望みを認めたその直後、閉じゆく空間の只中で──

 

「──収めよ。『瓶長』よ」

 

 ──『(われわれ)』はただ、期待に胸を躍らせた。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


やや遅れての投稿となりました。
或る漂流物たちの追想回。


fgo9周年おめでとうございます!
いよいよ来年が終章とのことで、オデコ時系列の今作もそれを見据え、いい具合にタイミングを合わせて〆られるといいなあ……などと思っています。


引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。

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