望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





絶海にて【二】

 

 

 ◆

 

 

 

 分厚い雲に覆われた、鈍色の空。

 

 季節も定かではない、霧の立ちこめる大海原は少し肌寒く、静かではあるが大きく風が吹いており、空気の壁に押されるかのようだ。 

 

 で、この身はその大海原のど真ん中に放り出されているのであった──終わった。

 

「魔法糸! あーそいやっさ~!」

「ラウンドシールド、どっこいしょ~っ!」

 

 と、しかしどうにか、我が頼れる後輩&ハベトロットの連携──糸で捕まえ、盾に巻き付けて引き上げるというフィッシュな曲芸によって、到着早々海の藻屑とならずに済んだのであった。その様子を救護と捉えるか漁と捉えるかは、やや議論の余地がある。

 

 そして今、私の両足はしっかりと、木の板が整然と敷き詰められた、この──汎人類史でも馴染み深い、デッキ状の足場の上に着けられていた。

 

「助かったぁ~。ありがとう、マシュ、ハベにゃん! お魚さんになった気分だったよ」

「はい! 先輩は逃すわけにはいかない、大きな大~きなお魚さんですので! ……あっ。いえ! 失礼な意味ではなく……なっ、何でもありません! それより、レイシフトは成功ですね。第一陣、全員揃っています!」

 

 と、なぜかあたふたし始める後輩ちゃん。よく分からないけれど、とにかく私の救出が間に合ってホッとしてくれているらしい。

 

「落ちなくてよかったな! 本当ならボクひとりで引き上げられたはずなんだけど、なんか糸の張りがおかしい気がしてさぁ。マシュに手伝ってもらったんだわ──って、うわ。ここすっごい揺れるなぁ!」

「何かに掴まるといい、ハベトロット。しかし……本当に船なのですね」

「戦艦を期待したけど、ざーんねん。大きめの貨客船、ってところかな」

 

 などと、到着するなり妖精騎士の面々は思い思いの感想を口にした。

 

 そう。私たちが足をつけている場所は、陸の上ではなく──船の甲板なのだ。見事、レイシフト前にハベにゃんが予想したとおりの結果となった。さすがはカルデアきっての仕立て屋さん。クリエイターは発想の視野が広いなぁ、すごいぞう!

 

 じゃなくて。本当に、たった一隻の船が、特異点として成立してしまっている……と、改めて驚きの波が押し寄せて来た。海だけに。

 

「……あの、先輩?」

 

 と、マシュの声かけが耳に入る……しまった。私、割と動揺しているみたいだ。

 

 特異点の景観を目の当たりにした衝撃から、変なテンションになっていた。加えて、顔のほうもしっかりと引き攣っていたらしい。こちらを覗き込むマシュの表情は、平静を装う私を見るときのそれだった。

 

「うん……すごいね、ここ」

「はい。やはり、これほどの戦力を第一陣に投入していただいたのは──正解でした」

 

 端的に言って、意味がわからない。

 

 人類史に大きな影響を及ぼさず、発生したところで消える運命にある『微小特異点』とは違って、人類史に破壊的な影響を及ぼす危険性がある特異点として成立する世界は、そのほとんどが、特定の座標・地域・国といった、一定の繁栄条件が担保されている文化圏・文明圏を中心に発生してきた。なぜなら、特異点とはそもそも、『人類史というスクロール』の上に生じるものなのだから。人類史の痕跡も可能性も存在しない場所に発生することなど、微小特異点を除き、通常は考えられないのだ。

 

 ごく一部、『地球上にも人類史上にもこんな場所があってたまるか~!』と思わざるを得ない、頭がおかしくなりそうな特異点もあるにはあった。マリアナ海溝のアレとか。

 

 ただ、それらは元の座標から切り離された状態だったり、特異点となる前までの何らかの『前身の名残り』が窺えるものではあったのだ。

 

 けれど──この船はどうだ。

 

 確かに、船には人も乗るだろう。国から国へ、島から島へと着いては渡るだろう。頑張れば、あるいは『ヤバめの微小特異点』レベルにならばなり得るかもしれない。それでも、人理定礎や人類史上に破壊的な影響を及ぼす──『特異点』『亜種特異点』に迫る存在強度には、たとえ聖杯があったところでなり得ないはずだ。

 

 ここの強度は元々、放っておいても消える運命にある『微小特異点』未満だったという。それが、『亜種特異点』に迫るレベルへと増大したということは──『このたった一隻の船が、人類史に破壊的な影響を及ぼす危険性をもつ』ことを意味するのだ。

 

 ……それはいったい、なぜ。

 

 もはや私の頭では、これ以上はまったくもってわからなかった。

 

 などと、この船が秘めたるとんでもなさを、あれこれと自分なりに分析していると、

 

「では──ひとまず船全体の隅々まで、軽く感知魔術をかけます」

 

 と、こちらもこちらで、我らがモルガンさんがとんでもないコトを口にしたのであった。

 

「軽いのそれ?」

 

 つい突っ込んでしまった。まさかいきなり、大技を仕掛けにいくとは。

 

 モルガンはすでに術を発動し、指揮者のように両腕を眼前へ広げている。彼女の両掌に収められた魔力は、左右で異なる色の光を放っていた。

 

「……そうか」

 

 モルガンが何かに気付いた直後──彼女の意図に反して、片方の光が即座に消滅した。

 

「陛下!」

「トラップか?」

 

 バーゲストとメリュジーヌが、モルガンに駆け寄る。

 

「……問題ありません。幾らか魔力を吸収されただけです」

 

 残った片方の魔力を消し去りつつ、モルガンは無事を自己申告する。

 

「吸収……?」

「マジかよ……ここ、魔力を使った分だけ吸収される環境なのか?」

 

 マシュとハベトロットも、モルガンのもとへ駆け寄る。

 

「いえ、少々違うようです。先ほどは念のため、汎人類史と妖精國……それぞれに在りかたを寄せた魔術を二種、同時に走らせましたが──魔力が完全に吸収されたのは、後者の魔術のみでした。ここへ到着して間もなく、ハベトロットの糸が不自然に(ほつ)れていた様子を見て立てた仮説でしたが──間違ってはいなかったようですね」

 

 すごい。左右で色が違って見えたのは、そういうことだったんだ。それに、さっきハベにゃんが『糸の張りがおかしい』と言っていたのも──って、え?

 

 今の話をよく聞くと……それは、つまり。

 

「まさか──この領域において『妖精國の存在である』と認められる魔力行使は……!」

「ええ。魔術であれ、剣術であれ、体術であれ……魔力を介せば、その行使に伴って即座に吸収──無効化されます」

 

 ……マジで?

 

「そんな……それでは、みなさんは……!」

「ここじゃあ全力では戦えない、ってコトか」

 

 モルガンによって船体にかけられた感知魔術には、索敵に加えてもうひとつの仕掛けが施されていたのだった。汎人類史と妖精國の両方、あるいはそのどちらかの要素が足枷となる可能性がないかを判別する──いわば、リトマス試験紙の魔術版のような感応機能である。それは幸か不幸か、見事に機能を果たしてみせた。

 

 ひと息の魔術に複数の策を講じ、それらを集約した第一手。それは思いがけず、この特異点で私たちが活動するうえでの問題点を、早々に明らかにしたのだ。

 

「……確かに──この場に居るだけでも、多くの魔力が吸収されているようです」

「妙だな。僕に対する吸収量は……どうやら、バーゲストよりも少ないみたいだ」

「メリュジーヌもか、ボクもなんだわ。……吸収量には個人差があるのか?」

 

 妖精國で生まれた存在ではない私とマシュへの影響は、ほぼ無いようだ。汎人類史に帰化したような霊基状態で召喚されたハベトロットも、どうやら影響は薄いらしい。あるいは、ブラックバレルの格納役を担っていることも関係しているのだろうか。

 

 反面、私たちとは対照的に──霊基情報に含まれる妖精國成分の純度が高いバーゲストは、とりわけ強く影響を受けているようだ。しかし、同じ妖精騎士であるとはいえ、カウントとしては元々汎人類史側の存在──アルビオンの竜骸が妖精体となったメリュジーヌは、影響こそ受けているものの、バーゲストほどの被吸収量ではないらしい。

 

「加えてもう一点──先ほど走らせた感知魔術の反応で、気になることが」

 

 そういえば、汎人類史に在り方を寄せていた側の感知魔術は、最後まで吸収されずに発動していたため、索敵効果を発揮できていたんだ。

 

「船体内部の構造に、ところどころ妙な感触がありました。おそらく、内部各所の空間が捻れているのでしょう。場合によっては、異界化したエリアの存在すら有り得ます」

 

 ……クー・フーリン。貴方の読みどおり、罠だらけだったよ、ここ。

 

「なるほどね。見た目どおりの船じゃない、ってコトだ」

「おのれ……次から次へと罠ばかり……!」

 

 ……いずれにせよ、さすがにこのまま船内へ即突入開始、というわけにはいかなそうだ。

 

「……ひとまず、今のうちにストーム・ボーダーに通信しよう」

「了解、マスター!」

 

 私は逸る気持ちを抑えつつ、管制室への報告が現状の最優先事項である──と、努めて冷静に判断する。

 

 ややあって、ストーム・ボーダーとの回線が繋がった。

 

「司令部、応答願います! こちら、特異点現地のマシュ・キリエライトです!」

「こちらストーム・ボーダー! 感度良好だよ! 観測上でも君達の到着は確認しているけれど、念のために訊いておくよ。現地組は全員、無事に揃っているかい?」

「はい、ダ・ヴィンチちゃん! レイシフトは無事に成功、第一陣、全員揃っています!」

 

 後方支援チームとの通信が問題なく繋がり、ふう、と胸を撫で下ろす。こと作戦時においては毎度ながら、この瞬間の安堵感には救われる思いだ。

 

「それはよかった! うん、この様子だと今のところ、観測内容に齟齬が生じたり、妨害の類は仕掛けられてはいないみたいだ──それで、そちらの状況はどうなっているか、詳しく聞かせてくれるかな?」

「はい。到着した時点で、この特異点は事前の仮定どおり、船であることが確認できました。我々は現在、船体の形状・および進行方向から察するに──船尾直上と思われるポイントにて待機中です。……そして、この特異点では──『妖精國の存在』としての純度が高い者ほど、常時魔力を吸収されることに加えて──『妖精國の存在』と見做される魔力行使の一切が無効化され、使用者の魔力が吸収される模様です……!」

 

 と、マシュのオペレーションスキルが活かされ、ひと息に口頭説明が済まされた。

 

「な、なんだとぅ~!」

 

 通信越しに、ダ・ヴィンチちゃんのマイクに拾われるほどの声量で、彼女から少し離れたところに居るらしいゴルドルフ新所長──否、現在は作戦行動中であるのだから、この先は新所長ではなく司令官とお呼びしよう──彼が発した驚愕の音声をもって、マシュによる状況報告は、司令官の胃腸(ぽんぽん)が無事で済む可能性とともに終了した。

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。


開幕レイシフトの着地点ズレはもはやお約束ですよね。着地任せた。

モルガンのリト魔ス紙(仮)周りは、異聞帯の彼女が汎人類史の彼女の情報を会得した存在であることから実行可能と想定したものです。
とはいえ、あの御仁ならそんな条件がなくてもやってのけるのかもしれませんね。
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