※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
「────技を、忘れる……?」
突然の宣告に、我が耳を疑う。
「(……そうか)」
しかしそれは、疑う余地のない事実らしい。
「(さっきの、アレが──)」
先刻の剣戟。攻撃を繰り出す際のキレが、極端に損なわれていた状況を思い出す。
「(──すでに、そうだったのか)」
……道理で勘が鈍っていたわけだ。頭に思い浮かばなかった、のではない。そもそも、思い浮かべるべき技、その記憶自体が──すでにあの瞬間、僕の意識から失われていたのだ。
「──そう。貴方は刃を交えるごとに、繰り出す技を手放していたんだ。……それを最後まで黙っていたのは事実だ。結果的に欺く格好になったこと、申し訳なく思っている」
「──……」
それはまるで、無念を噛み締めるかのように。『彼』は手に持つ矛を地に着けたまま、懺悔にも似た言葉を口にした。
「(……『名残惜しい』と言ったのは、そういうコトか)」
告解を受けたことで、ようやくその言葉の意味を理解した。鍔迫り合いの格好で捩じ込まれた、さっきの強引な小休止とはつまり……僕が早々に技を出し切り、そのすべてを失うことで、戦いにすらならなくなる未来を先延ばしにするための時間だったんだ。
「……なるほどね。いろいろと納得したよ」
状況を整理しつつ、眼前に佇む相手を見据える。……追撃を加える様子はない。とはいえ此方も下手には動けないし、そもそも打つべき手段が無い。攻勢に転ずれば、自ずと技を繰り出すことになる。刃を交えるごとに技を失う以上、此方から仕掛けるという選択肢は採るべきではないだろう。
「ああ。おそらく、ご想像のとおりだとも」
今の『彼』に戦意は無い。通常の戦闘で敵があんな態度を見せようものなら、即座に慢心のほどを思い知らせてあげるところだけれど──現状の相手には真に、戦意を手放すに足るだけの条件が満たされている。
「つまりはそれが、君の能力というわけか」
……腹立たしいことこの上ないが、ここは再び、言葉を尽くして探りを入れるほかない。まあ、素直に話してもらえるとは思っちゃ──
「うーん……半分正解、というべきかな」
──いなかったのだけれど。
「あれ、答えてくれるのか。って──半分?」
あっさりと質問に応じるものだから、あたかも驚いたかのように反応したけれど──実際のところ、その姿勢を意外に思うことはなかった。
「ああ。これは実に厄介な話でね」
僕たちが敵同士であることに変わりはない。その一点がある以上、相手にみすみす情報を漏らすような真似は避けるべきだ。しかし、質問に応じる『彼』の姿勢はまるで──現状を僕たちにとって共通の問題として捉え、その解決を望んですらいるようだった。
すると、
「……制止の類いは特になし、か。なるほど。『私』が何を語り、如何に抗おうとも、
周囲に意識を巡らせつつ、奴はそんな言葉を口にした。
「(……? 何だ、ここにきて内輪揉め?)」
自らの言動に対し、周囲……つまり、この空間から『制止』を受ける可能性を考慮する以上、奴は少なからず、自陣の方針に迎合し切る姿勢に、思考のどこかで抵抗を覚えていることになる。
そして。幾多の剣戟を経るなかで、奴の意思に触れていたせいか──その抵抗を覚える理由には、すぐに見当がついた。
「(……もしかして)」
魔術効果の本質が吸収であれ、剥奪であれ……此処が『技』の忘却を強いる空間である以上、僕が打つ手をなくしたこの時点で、本来ならば彼方はすでに、喜び勇んでチェックメイトを宣言したがる局面にいるはずだ。にも拘わらず、奴はそれを頑なに渋り、あまつさえ此方に現状理解を促すような姿勢をみせている。となれば──
「……そうか。君はそんなにも、この戦いを続けたいと願っているんだね。そしておそらくは、その妨げとなる自陣の魔術効果を──君は今、
──考えられる内容は、このあたりになるだろう。
「ははは。さすがにばれてしまったか。……うん。そのとおりだ。だからこそ──どうあってもそれを覆せないという事実が、たまらなく悔しいんだ」
「…………」
どうやら、おおよそ僕の推測どおりだったらしい。しかし、今は依然としてシビアな状況であることに変わりはない。なぜならその言葉は、この空間にかかる魔術効果が『彼』の意思ではどうにもならない、絶対的な法則に基づくものであることを意味しているのだから。
「この際だ。『彼ら』が明かしても構わないというのだから、委細を話しておくとしよう。……このまま戦いを終わらせてやるものかという、せめてもの抵抗としてね」
……『それでは執行猶予の宣告だ、まるで此方が慈悲を与えられたみたいじゃないか』──と、喉まで上がってきた不満のセリフを飲み込む。
「あるいは、明かす事さえも『彼ら』の
そう言って深く眼を瞑り、落とした肩を上げながら──奴は淡々と語り出す。
「──この空間を巡る、『忘却』の流動。それは、我々の在り方を表すものなんだ」
この戦いが始まる直前、奴は『忘却を払うもの』と自称した。実際、僕に『技』の忘却を強いてみせた現状は、その呼称の信憑性を裏付ける格好となった。しかし、それはあくまで結果を見た限りの話。その実情が如何なる要因に基づくものかは、依然として不明確なままである。
「(……『在り方』……)」
こうして肩を休めている今だって、戦闘の只中であることに変わりはない。最終的には否応なしに突破すべき局面である以上、本来ならば余計な語りになど耳を貸さず、勝敗を決することだけに思考を割けばいい。
──いい、のだけれど。
「……それで?」
不思議なことに。今の僕はどうしてか──『彼』の紡ぎ出す言葉に、聞く耳を持っているらしいのだ。
「……ああ。話はかつての我々が、彼の国において──『漂流物』として在った頃の出来事に遡る」
当初は話に乗る気もなかった僕が、こうして聞き手の姿勢をみせている事に気を良くしたのか。『彼』は表情を和らげながら、事の経緯を開示する。
「異郷の地に辿り着いた『漂流物』、その大多数の個体が迎えた末路。それがどのようなものだったのかは、この期に及んでは語るまでもないだろう。ゆえに此処で語るべきは、その実情……『彼ら』が何を願い、如何なる『理想』を抱いていたのかという話についてだ」
──『理想』。
それは、意思あるものにとって必ず、何らかの形をもって抱かざるを得ないもの。その自覚があろうとなかろうと、自ずと立ち現れる『在り方』への願望だ。内界から湧き出るものでもあり、外界から齎されるものでもあり……絶えず変わりゆく場合もあれば、定めた形に手放し難さを覚えることもある──個体自身を駆動する、存在理由に等しきものである。
ゆえにこそ、それが決定的に脅かされた時。意思あるものは呆気なく、絶望の縁に立たされる。……当然の話だ。存在理由としての認識が強ければ強いほどに──『理想』を抱く自意識と、物理的存在たる個体自身の間には、容易には埋めようのない乖離が生じ、自己同一性を損なうことになるのだから。
「この空間に在る『漂流物』たちは、総体のなかでもとりわけ、在り方に根差した絶望を味わった因子から成っている。故郷において拠り所とした、それぞれの『理想』……志向、趣向、果てには生き甲斐に至るまで──そうした意義の一切が、異郷に在っては望めぬと悟ったものたちだ」
「…………」
身を置く環境が変わるだけの話であれば、自らを新たな環境に適応させるという選択肢もある。その過程に多少困難な出来事があろうとも、やがて時間の流れが心身の順応を促し、なるべくして収束に繋がることもあるだろう。
しかし。魚が陸上では泳げず、鳥が深海では羽ばたけないように──その環境があまりにも元と違っていたり、個体の性能上、異なる条件下では原理的に相容れないというのなら……話は別だ。
「故郷において築き上げた、自己を形成する存在理由。才能、技能、思想……『彼ら』にとってそれらはすべて、故郷という環境を前提にし、その文脈の上にこそ立ち現れ、担保されるものだった。しかし、異郷にはその文脈が存在しない。文化も、文明も、法則までもが異なる環境にあっては、適応にかかかる障壁が大きすぎる。それを悟ったものたちが、やがてどんな思考に至るのか──想像に難くない話だろう?」
──『望郷』……か。
「そう。異郷にあっては望めぬならば、帰郷に望みをかけるしかない。記憶に刻んだかつての在り方に縋りつきながら、明日も見えない日々を存え、『彼ら』はただ時が過ぎるのを待ち──最期まで叶うことのなかった、望みの中で散っていったんだ」
「──……」
同情はしない。ただ、他人事には思えない話ではあった。望む場所へついぞ還りつくことが叶わず、道半ばで身を散らした経験は──かつての『私』にも憶えがあるのだから。
「そして、今。復活の機会を得た『彼ら』は、今度こそ帰郷を果たそうと一念発起し、現状を作り上げたというわけだ。しかし、今度の『彼ら』はただ望郷の念に喘いでいるだけ、というわけじゃない。それを叶えるに足るだけの計画と、それを裏付けるに足る実行力を持っている。その事実が契機となったのか──『彼ら』は計画を進める過程で、かつては表に出し得なかった、ある『
ここまでの状況を実現してみせた以上、さすがに僕だって、敵陣の脅威のほどは素直に認めざるを得ない。それは単なる事実であり、もはや数値として測ることさえ可能なほどに、客観的な情報が数多く齎されているのだから。
そして。これほどまでの状況を作り上げたという事実を、客観的に捉えれば捉えるほどに──それを実現せしめるだけの行動原理とはいったい『何』なのかという、底知れなさに根差した疑念もまた、無視できないレベルにまで膨らみつつあった。
「──『熱』?」
こればかりはもう、問わない限りは憶測の域を出る事はないだろう。ゆえに僕は、『彼』が口にしかけた二の句の先を、引っ込ませまいと促した。
「ああ。あるいは『感情』と言っても差し支えはないのだろうが、それそのものとするには何処か、より根源的な所在からくるものに思えたのでね。あえて『熱』などと抽象的な形容をとらせてもらったんだ。……とはいえまあ、これは単純といえば単純な話ではある」
此方の関心に応えるように、『彼』は真摯に打ち明ける。
「かつての状況では表し得なかった……いや、表すだけの余裕がなかった『熱』とは何か。それは、自らを『漂流』という憂き目に見舞い、望まぬ境遇に身を置く事を強いたうえで、それが些末事にも満たないとでも断ずるかのように、無情にも明日へと歩を進める、絶対的な『流れ』に対する憤り。すなわち──世界に対する『糾弾』だ」
────。
「自らの状況に苛まれるばかりだった当時の『彼ら』は、世界を呪いこそすれ、その念に攻撃性を宿すには無力であり、そもそも余力など尽きていた。しかし、現在は違う。かつては持ち得なかった返す刃を手にし、着実に計画を進めている今は──その『熱』に攻撃性を宿すに至り、行動原理の根底に据えている」
明かされた内容は、背景こそ混沌を極めていながらも、救いようのないほどにシンプルな答えだった。そしてこれは、先のストーム・ボーダーとの通信の折、今回の『敵』の目的についてシオンが推測していた内容を、より包括的な範囲から裏付けるものでもある。
「……そうか。期せずして、今の話で確証を得ることができた。この計画における、其方の目的とはつまり──世界への『帰郷』と『報復』、その両方をまったくの同時に成し遂げることなんだね」
……妖精國だけじゃあない。『彼ら』にとっての復讐対象とは──
「うん、その理解で間違いはないだろう。そうじゃなければ説明がつかないからね。……貴方の口ぶりから察するに、どうやら其方の陣営でも、そこまでの推測は立てられていたらしい」
「──?」
……言葉の端々に感じていたけれど、『彼』の口ぶりはどこか、同胞の思惑を
「君にとっても、それは推測の域に止まるものだというのかい?」
先の『制止』を警戒する素振りの件もある。もしかしなくとも『彼』は、この空間においてある程度『彼ら』と同期してはいるものの、完全に繋がっているわけではないのかもしれない。
「うーん……そういうことになる、のかな。いや、推測の内容自体は正しいと思ってくれて構わない。これは単に、もう『彼ら』との意思疎通が図れないがゆえに、返答をもっての事実確認ができず、理解から先へ行きようがないという話でね」
「…………は?」
──意思疎通が図れない?
「ああ、うん。そこも説明が要るね。実をいうと、貴方を此処に招き入れる寸前までは、『彼ら』との意思疎通が適っていたんだ。お互いに思想は相容れない部分もあったけれど、対話の体裁は成り立っていた。とはいえ、それも束の間の出来事でね。この空間を形成し、私に『矛』担がせた直後には──『彼ら』はもう、
……ちょっと待て。頭がこんがらがってきた。それじゃあつまり、この空間における意思をもった『漂流物』とは、眼の前に居る『彼』という個体のみだというのか。
たしかに今、この状況においては、目視の適う『漂流物』たる存在は『彼』のみだ。しかし、この場所──『水瓶』と呼ばれる空間内部を構成する因子とは、個たる存在強度を有した、帰郷を切望する『漂流物』そのものと、それに紐づく概念であったはずだ。それがなぜ、個としての存在を、その願望を抱く意思ごと手放しているというのか。それに確か、『形状だけは改編できない』という見立てもあったはず……。
……そうだ。おかしいと言えば、この『水瓶』が形成されたところからすでにおかしいんだ。集合体としてのゴーレムの形状を採っていた時とはワケが違う。本当に『形状だけは改編できない』のなら、自らを巻き込んで大洪水に呑ませ、構成因子をごちゃ混ぜにして、ドーム状の形に作り変えるなんて事は、自殺行為も同然ではないのか。何より──人類史に影響を及ぼすという演算結果は、個としての『彼ら』の存在、その固有性に基づくものだったはずだろう。
……どうなっている?
「そこからはもう、『彼ら』から此方に語りかけるような事はなくなってね。ただし、その代わりに判った事もある。私をこの空間に同期させ、その端末たる『矛』を担がせた際、『彼ら』はそれらの役割を純粋な情報として共有してきたんだ。こうして貴方に説明らしき話ができているのも、その情報があったからというわけさ」
……いまだに要領を得られてはいないけれど──どうやらこれは、部外者たる僕には感知のしようがない話らしい。少なくとも、目の前にいる『彼』以外の因子は現状、何らかの理由で個たる様相を手放しており、原理的に意思疎通が不可能である事は確かなようだ。加えて、さっきの今まで『彼』が語った内容は推測の域に収まるものの、それが純粋な情報に基づくものであるらしい以上、その確証を疑う必要はないと考えていいだろう。
懸念があるとすれば、それらがすべて『彼』の口から出た嘘である可能性──いや、それはない。妙な話ではあるけれど、『彼』の言葉に嘘がない事は、僕の直感が告げている。
……ただ、そうした意味での真偽とは別のところでひとつ、新たな疑念が生じてしまったのも事実だ。今の話が本当だというのなら……現状の『彼ら』の在り方──その本質とは、つまり。
「……と、前置きが長くなってしまった。まあ、私個人としては、こうして時間を稼げることは望ましいんだが。しかしこのままでは、いつまで経っても貴方に誠意が示せない。そろそろ本題に移るとしよう」
などと思いかけた時。『彼』は仕切り直すように、話を次なる段階へと進め始めた。……そうだ。『漂流物』が経験したという出来事、その実情についての開示はおおかた済まされたといえ──それらが果たしてどのように、こうして僕らを見舞っている現状に結びついているのか……それが明らかにならなければ、どのみち事態は動かせない。
「……そうかい。じゃあ、そろそろ教えてもらおうか。今の話と、僕に『技』の忘却を強いた事実とが、どのように繋がるというのかな」
ゆえに、今は現状理解を進めるべきだ。『彼ら』の在り方がどうであれ、その先に採るべき対応策も、その立案も、この場を切り抜けなければ始まらない。
「……もちろんさ。とはいえ貴方も、もう察しはついている頃合いだろう。なのでせめて、答え合わせのつもりで聞いてくれるといい」
……それを語り終える時が、この戦いを引き延ばす猶予の終わりである事に思い至ったのか。『彼』は一瞬、寂しげな表情を滲ませたのち、真っ直ぐに此方を見据えながら、その口を開いた。
「この空間……『色』の間における、『忘却』の流動。それは『我々』の在り方を表すもの。異郷に身を置き、時を過ごす過程において、各個の存在理由が損なわれていったという、彼の国に刻まれた『縁起』の形にして──現在の『我々』が司る、宝具とでも呼ぶべき力の正体だ」
──宝具──。
「もちろんこれは、当時の在り方をそのまま再現するものではない。それでは憂き目の二の舞を演じる事になるだけだからね。現在のその力は、自らの
……そこで、この状況に繋がるのか。
「『技』とは、得物と遣い手とを繋ぐ『縁起』の形。言い換えるならば、両者間に刻まれた存在強度の証明因子だ。……貴方は『技』を繰り出すたび、その記憶を手放していた。同時に、その記憶は純粋な情報として抽出され、この空間を介し、『我々』の存在強度を増強する因子として置換され──『私』という戦闘要員もまた、その恩恵を与ることになった。……それを望もうと望むまいと、ね」
「(──……)」
戦闘の最中において、『彼』の存在強度がブレていた事実を思い出す。……最初に飛び込んだ際、僕の刃は触れる事なく、相手の身体をすり抜けた。その直後、『彼』の存在強度が増し、以降はまともな撃ち合いが適うようになり──剣戟を重ねるたび、その存在強度をさらに増していったのだ。
……今の話は、その現象の理由を裏付ける情報でもあり、こうして『彼』が殊勝ともいえる態度をみせている理由としても受け取れるものだろう。
「『彼ら』の在り方の根底には、自らの存在理由を損なったという経験がある。これは客観的な事実であり、英霊風にいえば『自身を見舞った苦難の逸話』に類する情報だ。それは不可分な要因であり、もはや自力では覆しようのない真実でもある。しかし、その負の概念をカバーしないことには、存在強度はかつてと変わらず、依然として不安定なままだ。ゆえに現在の『彼ら』は、それを
「(……補い得るもの?)」
……仮にも自らの存在理由と称する以上、それは本来プライベートな概念なのであり、他所から持ち込んだものでは決して代わりになどなり得ないはずだ。失われたものは失われたまま、損なわれたものは損なわれたままであり──たとえ別個体のそれを剥奪しようとも、個体自らの内に精神レベルで引き受け、充分な深度をもって再構築しない限りは、その在り方を補う事など叶わない。身体に例えるなら、不適合を厭わず無理矢理に移植手術を行うようなものだ。適合を期待するどころか、拒絶反応による自己破壊を覚悟するべき話である。
しかし。『彼ら』はそれを、何らかの形で補うつもりでおり、現に実行へ移してすらいるのだという。……ここまでの状況証拠に加え、それらの情報が本当だとすれば、考えられる可能性は──
「ああ、問いたい事はわかるとも。そう。個体自身の失われた在り方を、別個体の在り方で補うことはできない。だからこそ──『彼ら』は自ら、個たる在り方を手放したんだ。それはつまり、個体間の断絶を取り払い、総体としての在り方に重きを置き、存在証明の共有を可能にする条件を整えたということ。『個の在り方』に代わるものとして、『因子レベルの存在強度』の獲得を叶えるためにね」
──不適合も、拒絶反応も。それらを根本から配慮する必要のない、『個』からの脱却を選ぶこと以外にないだろう。
「……我が同胞の境遇ながら、皮肉な話だ。個としての存在を望んだ結果、個を手放す必要に迫られるとはね。矛盾も矛盾、本末転倒というほかにない──と、これは少々余計な感想だった。聞き流してくれると助かる」
そう言う『彼』の表情は、憐れみというよりは、悲しみのそれに近いように見えた。しかし、それも一瞬のこと。すぐに此方へ向き直り、話の仕上げに取り掛かる。
「とまあ、そんな事情でね。『彼ら』は自らをこの空間と同化し、かつて自身の在り方を損なったという経験自体を『忘却』の力へと昇華し、貴方の『技』から存在強度を抽出することで、自らを増強するに至った──以上が、此処で巻き起こっていた事象の真相だ。……質問があれば、喜んで受け付けよう」
……頭の中でも改めて、一連の講説を振り返る。なるほどそれが実態ならば、この現状──広大な空間規模で、これほどまでの効果を湛えていることにも頷ける。
一個体の能力が空間に及ぼす影響など、振れ幅の大小こそあれ、程度なんてたかが知れている。そもそも、この特異点に存在する『漂流物』は、個体単位でみれば脅威ではない。ゆえに、単独単一の個体が如何なる魔術的アプローチに打って出ようと、空間全域を支配する事はまず不可能なのだ。しかし──その能力が一個体ではなく、総体として発揮されるものならば、それも不可能な話ではなくなる。
「……なるほどね。じゃあ──お言葉に甘えて、訊きたい事がひとつある」
とはいえ、それはあくまで状況の概略の域を出ない話である。今の僕にとって、より詳細に尋ねるべき、局所的な問題点は──
「どうして──『技』なんだ?」
──その能力の対象がなぜ、こうも限定的なものに絞られているのかということだ。
「たしかに君の言うとおり、『技』にはそういった要素も見出せるのかもしれない。けれど、其方側は『存在強度の増強』さえ叶えばいいんだろう? だったら、抽出対象の候補は別の何かでもよかっただろうし、そもそも、僕以外の誰かでもよかったはずだ。それとも──両者に拘る必要や、それに足るだけの理由があったのかい?」
「………………」
……あれ。何、その意味のあるようでなさげな沈黙は。質問は喜んで受け付けるんじゃなかったっけ?
「……ああ、えっとね……うん。それに関しては、ほとんど私の、強いて言えば趣味せい、というかだね」
「は?」
趣味とか言ったか、コイツ。
「う、そう睨まないでくれないか。趣味というのは言葉の綾だ。こうしている私だって、斯様な機会に恵まれるとは思わなかったんだ。……確かに、先の大広間での戦闘の折、貴方の剣技に見惚れるあまり、『是非とも刃を交えてみたい、どうにか仕合いの席を得られないものか』と、心の底から願いはしたが──」
「いや、それ君の趣味で間違いないじゃん。心の底から願ってすらいるじゃん」
先ほどまでの毅然とした姿勢を崩し、妙にしどろもどろな様子に変わった『彼』を見て、ついツッコミを入れてしまった。
「……ぐ。そ、それはともかくだ。重要なのは、私のそうした望みを察した『彼ら』が、その望みに沿う形で抽出対象を定めてしまったという事でね。……要するに。『お前の望みを叶えよう。対価として此方は、その最中において存在強度の獲得を叶えるべく、お前自身を抽出装置として利用させてもらう』──とまあ、半ば強制的に、ある種の交換条件を結ばされたというわけだ」
……何だそれ。自分は良いように利用されただけ、とでも言いたいのか。それじゃあ此方はより一層、『ただ巻き込まれただけ感』が強まるばかりなのだけれど。怒って良いかな。
「ゆえに、抽出対象は『技』に決定した。……当然といえば当然の話だろう。私の望みとは仕合いそのもの。その最中に立ち現れる、もっとも潤沢な存在強度の抽出源は──『技』をおいてほかにないのだから」
「…………」
……筋は通っている。だからこそ、なおさらに腹立たしい話だった。なにしろ現状はどこまでも、『彼ら』の思惑通りに進められていると言わざるを得ないのだから。
「そして、此処に招く対象に貴方が選ばれた理由に繋がるわけだ。発端自体は私の意向によるものだが、『彼ら』にとっても貴方という存在は、抽出対象として理想的だったのさ。貴方が悠久の時を生き、騎士として多くの武芸を身につけた──『技』の記憶の宝庫であるがゆえにね」
……そういう魂胆か。
「……先刻承知のことながら、貴方の技量には改めて感服するほかない──知っているよ。対象が限定的であるほどに、魔術は絶大な効果を発揮する場合があるのだという。並の遣い手が標的であったなら、ここまでの時間を耐え凌ぐ事は難しかっただろう。なにしろ、抽出対象は『技』というただ一項目のみなのだから。にも関わらず、この奮闘。驚かずにはいられないとも」
魔術を語るうえで、それは実に基本的な話だ。仮に『あれもこれも』と、抽出対象に移り目を遣っていたならば、得られる効果もまた、その純度と精度を著しく損なっていただろう。
「……それはどうも。そういう話なら、僕と『技』が標的になった事に納得できなくもない」
有難くも何ともないが、実質これは、僕に対する手放しの賞賛でもある。……事情を聞く限り、村正なんかも好条件の標的になり得そうなものだけれど、彼は鍛治師であって戦士じゃあない。うん。彼を差し置いて僕が選ばれたんだと思えば、不思議と悪い気はしな──
「つくづく一方的な事情ばかりで済まない。……ああ、そういえば。実を言うと、貴方とは別の客人もひとり、此処に招く候補として挙げられた者がいたんだ。当初はまったく想定外の存在だったようだが、急遽飛び入りで乗船されたことを受けてね。ほら、『金庫城』を叩き斬った彼だよ。彼」
「──へえ?」
──詳しく聞こうじゃないか。
「まあ、私は貴方と仕合う事にしか目がなかったし、何より別の部隊の同胞に、『彼の相手は譲らない!』と妙に息巻くものが居たようでね。何でも、有無を言わせぬ勢いだったらしい。それもあって、この部隊における標的は貴方に絞られ、彼は候補から外さざるを得なくなった。今ごろは多分、いずれかの『水瓶』の中でよろしくやっているんじゃないかな。……しかし、思い返せば不思議な話だ。何か特別な縁でもあったりしたのだろうか?」
「……へ、へえ?」
やっぱりやめだ。厄介事の気配がする。
……ん? というか、それは割と妙な話だ。この特異点に駆けつけた村正はカルデアに召喚されたサーヴァントであって、妖精國に身を置いた
……まあ、こうして『彼』から熱烈なアプローチを受けている僕という例もある。またぞろ本人の知らない間に、余計な因縁を引き寄せたという線もあるか。いずれにせよ、僕には関係のない話だけれど。しかし──
「──ところで。ほかの『水瓶』の内部でも、
──村正の件はともかく、別の『水瓶』の話題に触れられたのはラッキーだ。さすがに気が早い感は否めないが、この場を切り抜けた後の事もあるし、ついでに訊いてみることにする。
「……どうだろう。少なくとも『私』に情報が流れてくる事はないから、内部におけるリアルタイムな詳細については何とも言えないな。しかし、それぞれの『水瓶』が持つ
……僕に対する『技』がそうであるように、か。
「ひとつ言えるのは、他所の『水瓶』を担う実働個体が、『私』のように
……もっともな話だ。『彼』は僕との戦いを長く楽しみたいあまり、時間稼ぎのついでに情報開示をしているにすぎない。何なら、その情報を進んで明かす事で、僕に打開策を見出す時間を与え、あわよくばこの先も戦いを続けたいと願っているふしがあるくらいだ。
ただ、それは『彼』がある種の変わり者であるがゆえのこと。他所の『水瓶』に居るらしいウチの連中の相手が、そういう手合いであるとは限らない。そもそも此処の現状だって、こうして情報開示を受けてもなお、空間全域に発動している魔術効果の絶対性が明らかになっただけなんだ。……他所の連中がもし、同様の環境において、ほとんどノーヒントで臨まなければならない状況にあるとしたら──。
「(…………)」
そういう意味においては、彼方から情報開示を得ることができた僕の状況は、比較的僥倖であるといえるのかもしれない。……ここはひとつ、他所の連中が相手取る存在が、『彼』のような手合いである可能性の有無を確かめておこう。そのためには──
「……君、いや。
──『彼』の立ち位置について問うのが、一番手っ取り早いだろう。
「……ああ。その様子だとおおかたお察しの事とは思うが、この身は『異端分子』と定義された個体群から成っていてね」
……『異端分子』──。
「『彼ら』と同じく、故郷に対する懐古の念はあるものの、狂うほどの望郷の念に苛まれることのなかった因子の寄せ集め。ゆえにこうして、実働個体として配置された──要するにまあ、鉄砲玉というわけだ」
……そうか。道理で袂を分つわけだ。帰郷を切望する大多数の『漂流物』にとって、望郷の念が薄い同胞は必然、『裏切り者』の烙印を押すに足る『異端分子』として定義されても不思議はない。
……ただ、判らないことがある。それはいったい、如何なる理由で── 『彼ら』との間に、ここまでの断絶を生むに至ったというのだろう。
「……望郷の念に苛まれなかった、と言ったね。……その理由を──訊いてもいいかな」
その疑問が単なる探りなどではなく、己が内の何処かから生じたものだという事に、僕自身が気づくのは──ここから少し後の話。
「……無論だとも。喜んで答えよう」
問いに応じる声色は、どこまでも真っ直ぐに。
「……単純な話だ。ゆえに思い悩むはずもない。私たちにとっての『理想』とは、故郷に在ろうと、異郷に在ろうと……身を置く所在が何処であっても、たとえ理解者が居ないとしても──目指す限りは決して損なわれる事のない、汲めども尽きぬものだったのだから」
世界に対する、声高な宣誓のように。
「──『己が腕を磨きたい』。それ以上の願いなど、望む必要がなかったのさ」
色褪せる事のない、『理想』の熱を表していた。
お読みいただきありがとうございます。
矛担くんは戦いたい! な回。
またもや長くてごめんなさい!
夏イベ! からの近日公開『奏章Ⅲ』!
怒涛のスケジュールですが、なんとか食らいついて読めています。見上げるバソで声出して笑いました。イベントアイテム交換がゆっくりでも大丈夫そうでありがたい〜!
引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。