※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
剣戟の音が鳴る。
「──ふッ!」
抉れる地面。
「──はあああっ!」
そこに轟く、哄笑がふたつ。
「──ふふふ!」
「──ははははは!」
互いにこの場で見出した、己が『望み』を引き寄せ合うように。
「遅い!」
ただひたすらに、刃を交える。
「おや。それは──どうかな!」
ああ、なんて──
「っ、へぇ!」
──なんて、愉しいのだろう。
「咄嗟によく捌いたね。体格差が生む死角を執拗に狙ったんだけど!」
こんな機会に恵まれるなど──
「無論だとも! しかしさすがにギリギリだ。貴方ほどの速度・精度とくれば、こうして反応するだけでも一苦労だよ!」
──先刻までの『私たち』には、思いもよらぬ出来事だった。
「そうかい。だったらなおさら気を抜かないことだ。じゃないと──」
一度は継続を諦めた、得難き好敵手との腕試し。その早合点の悉くを──
「この仕合い。力を示す暇もなく、瞬きの内に終わってしまうぞ──ふぅッ!」
──現状のすべてが、杞憂であったと示している──!
「ははははは! それは実に──勿体ない話だ!」
ならばもはや、遠慮の余地はない。
「──っ、なんだ。まだまだ細かく動けるじゃないか!」
後ろめたさなど、感じる必要はない。
「ははは! お褒めに与り光栄だが──宙空に身を投げ出した状態で、そんな言葉を掛けている余裕があるのかな?」
「!」
ゆえに。今はただ──
「背後に『矛』を……いつの間に──、!」
「──閃光よ!」
──この瞬間に、全霊を注ぐのみ。
「時限式の魔力放出か……!」
前方上空。我が手元を離れた『矛』が、彼女の背後で光を放つ。しかし──
「でも。残念だったね!」
──宙空に身を投げ出し、無防備を晒していながら、彼女はそれを斬り裂いてみせた。
「!」
先の魔力放出ほどの威力ではないものの、四肢のひとつは獲るつもりで放った一閃。それをいとも容易く、不安定な体勢のまま、無傷のうちに捌いてしまうとは。
「宙空では無防備になるとでも思ったかい? 僕を相手にそれは見積もりが甘すぎ。空中戦は此方の得意とするところだよ。ほら、早く得物を拾わないと……」
彼女は捌きざまに身体を捻り、宙空を舞うように滑りながら──
「ガラ空きの胴が吹き飛ぶぞ!」
──徒手の身となった此方へ迫り、己が右拳を突き立てる。
……だが。
「ふッ!」
彼女の拳が届くことはない。
「!」
なぜなら。寸分の狂いもなく、此方の左拳が受け止めたのだから。
「──お気遣い痛み入る。だが生憎と、こういった趣向にも心得があってね!」
突き合わされた、互いの拳。それぞれの一撃に込められていた魔力が弾け、火花のように光を散らす。
「……ああ。そういえば『集合体』なんだっけ、『君』は。その身の構成因子となった存在のいずれかに、体術に長けた個体が居ても不思議はないか!」
「そういうことだ。彼の国では組み合う相手が居らずとも、この拳が振るえなかったわけではないからね。『得物』の有無に拘らず、己が身を勝手に鍛える分には、やりようはそれなりにあったのさ──ふッ!」
「なるほど──ねッ!」
残る片方の拳を打ち合い、押し相撲もかくやといった格好で凌ぎ合う。
「野営地の樹木などは格好の練習台だったよ。此方に襲い掛かる野生動物なんかも相手にした事があったな。最初に出くわした時には『ああ、終わった』と己が不運を呪ったが、『もうどうにでもなれ!』と応戦したら、わりと歯が立ってしまったんだ」
「えっ。当時の『漂流物』の身で太刀打ちできる個体が居たのか。それはちょっと見直したかも。野生動物といっても一応、現地の妖精でさえ遭遇を忌避する程度にはタフな存在なんだけど」
如何なる手法の研鑽であれ、日がな一日と鍛錬に明け暮れた個体であれば、『私たち』は似たり寄ったりな出来事を経験しているとはいえ──当時の無謀さを振り返り、今更ながらに悪寒が走った。異種格闘どころの話ではない。サバイバルもいいところである。いやまあ、かつての日々がサバイバルそのものではあった事は確かなのだけれど。
「……そうだったのか。それが後を生きる糸口になったから良かったものの、よくやったものだ。当時の『私たち』は!」
汗と血の滲む思い出に浸るあまり、両の拳に力が入る。
「ちょうど木の実と水だけの食事にも飽きた頃合いの話でね。獲物の肉を粗く捌き、焚き火で雑に炙ったあの味は格別だった。美味いかどうかは別としてね」
「……ああ、やっぱりその辺はそういう感じなんだ……」
「うん?」
「いや、こっちの話。気にしなくていい」
少し遠い目をしながら、『そんな予感はしていたよ』あたりの感想を抱いているらしい彼女。その何処か、いや何故か慣れ親しんだものを視るような表情は気になるが、勢いに任せて思い出話を畳み掛ける。
「野生動物を仕留め得ると判ってからは、鍛錬がてらに狩りへと繰り出すようにもなったんだ。食いでがあるのは佳い事だ。『腹が減っては戰ができぬ』と云うように、食生活がままならないと鍛錬どころの話じゃない。資本となる身体には、相応の栄養を摂り入れないと──だろう!」
両拳に更なる魔力を流し、押し弾かんと攻めに出る。すると、
「ふっ!」
「!」
彼女も彼女で魔力を流し返し、此方の攻勢を封じてみせた。
「……いろんな意味で納得。どうりで『君たち』が妖精國を
「────!」
互いの魔力が弾け合い、四つの光拳が弧を描く。
「ならその経験を今一度、此処で僕に試してみなよ。『君たち』の目の前に居るのは、騎士であると同時に、かの国における最強の生物なんだ。樹木を相手にする事も、凡百の獲物を狩る事にも飽きただろう? ここらでひとつ、狩られる側の気分を味わわせてあげよう──いくぞ!」
此方の戦意を焚き付けるかのような、熱を帯びた掛け声を合図に──
「……む、────ッ!」
──豪雨もかくやといった連拳が、この身を目がけて降り掛かった。
「はあああああああっ!」
瞬きのうちに繰り出される、音を置き去りにした光拳の嵐。一打ごとの軌道を認めている暇などない。そもそもこれは、視認の適う速度ですらない。対処の方針は必然として、無意識の反射に任せざるを得なかった。
「うおおおおおおおッ!」
己が拳で相殺するたび、骨身の芯まで衝撃が走る。これがいち生物の動きだというのだから驚きだ。戦闘機を自称する事にも頷くほかない。辛うじて此方の反射が適う、限界ギリギリの速度と威力である事が幸いし、どうにか追いつく事ができている。
「(──しかし……何だ、この手応えは……?)」
……いや。むしろこれは、彼女がわざわざ意図的に、此方の限界値に合わせているがゆえの拮抗状態であるような。……というか現に、そうしている当の彼女の表情は──
「はあああああッ────その調子だ─!」
──仕合いの相手でありながら。まるでその実、『私』という戦士に対し、手厳しい稽古をつける師範代のような面持ちをしていた。
「──ぐ、ッ……ぬあああああ!」
連拳の豪雨が途絶えた一瞬の後、雷が如き拳の一撃が降り注ぐ。例によって反射で応じる事は適ったが、そのほかの挙動に割くだけの余裕は残らなかった。いや、それ以前に──
「(──ッ、くそ……!)」
──この一撃は、相殺し切れないだろう。
「(……ははは。いやあ、まいったな──)」
互いの拳に注ぎ固めた、魔力量の多寡が雌雄を決したのか。或いはただ単純に、彼女の性能が此方よりも格上であったのか。いずれにせよ『私』は、今──
「……、ぐあ……ッ!」
──言い訳の余地など無いほど完璧に。全霊を尽くした打ち合いの果てに、彼女の拳に競り負けたのだ。
「──、っと……」
押し返された身体を止めるべく、力を張った両脚が石畳を削る。ようやく勢いを殺せた頃には、眼前の一切が砂埃で覆われていた。
「──ふふふ。よく凌いでみせたね」
五十メートルは離れた此方に向けて、彼女は労うように言葉をかける。……この有様を前に『凌いだ』なんて評価はやめてほしい。相殺が適わなかったばかりに、気持ちがいいほど豪快に吹き飛ばされてしまったのだから。
……いや。より正確に、より公正に評価するならば──現在の『私』が、こうして『競り負け、吹っ飛ばされる』程度で済んでいるのは、半ば不本意な不正を重ねて得た、仮初の形と存在強度があってこそ。この身の構成因子たる各個体単位で挑んでいたならば、先の連拳の一打すらも凌ぎ得なかったことだろう。
「(……はは)」
──今更ながらに、思い知った。
「(『験したい』などと吼えた結果が──この体たらくか)」
──身の程を知った。
「(……そうだ。そもそも──)」
しかしそれは、『私』を形成する因子それぞれの技量や、こうして突き付けられた結果に対する落胆などではない。そんなものは単なる前提条件なのであり、憂うべき事柄ではないのだから。
ただ、それが──。
「(──この経験は……『
それが到底、現在の『私』には──どこか我が事として感じ得ない、受け手の在らざる経験なのではないかと……そう、思い至ってしまったのだ。
「(……ああ)」
それもそのはずだ。この身はどこまでいっても仮初のモノ。今、此処においてのみ成り立つ虚構にして、個として在った因子の『寄せ集め』。ならば、この仕合いにおける経験、その受け取り手とは、この身を成している各因子ではなく、
「(……なんという、見落としを──)」
──たとえこの身を投じようと、全霊を振るおうと。実体なき『寄せ集め』である以上、『私たち』が得られる結果など、初めから在りはしなかったのだ。
……しかし──
「いやあ、なかなかに悪くない拳だったよ。……それも当然か。僕の『技』から抽出した存在強度の増強に加え、空間・概念レベルのバックアップ付きであるとはいえ──その土台に在る技量自体は、『君』を形成する因子たる各個体が培った、確かな鍛錬の賜物であることに違いはないんだからね」
──そんな疑念を抱いた矢先、此方の心境を知ってか知らずか。互いの境界を隔てるかのように立ち込める砂埃、その陣幕のはるか先から、左様な言葉を口にした。
「けれど──最後の一撃、アレは完全に減点要素だ。君の全力と渡り合える魔力放出量に設定したのに、あろうことか気の緩みなんかで吹き飛ぶなんて。手合わせ、ナメてる?」
「…………え────?」
……おや。これまた『私』は、彼女からお叱りを受けてしまったらしい。というか、彼女の中ではいつの間にか、この『仕合い』は『手合わせ』なるものへと、僅かにニュアンスが変わっていたようだ。なるほど、道理で師範代めいた表情を浮かべていたワケ──
「(…………うん?)」
──いや、待ってほしい。『道理で』などと納得しかけたが、この状況でそれは些か以上に妙な話だろう。此処にきてどうして、そんな関係性にもつれ込んだというのか。
「──ははは。仰るとおりだ。余計な念がよぎった挙句、迎撃にかける注意が鈍ってしまった。面目ない。そこへ加えて、忌憚なきお叱りまで頂戴してしまうとは……これではまるで、貴方に手解きを受けているようだ」
意地を張ったつもりはないが、解せないものは解せない。やや含みを持たせた言葉でもって、彼女の振る舞いに感想を述べる。すると──
「……やっぱり、思ったとおりだ。それは気が緩みもするだろう。どうやら──無意識のうちに抱いた疑念が、今の『君』を鈍らせているらしい」
──ダメ押しとばかりに、彼女は聞き捨てならない台詞を口にした。
「………驚いたな。妖精眼、というやつかい?」
そう思うのも無理はないだろう。競り負けた折の思考が透けて視えでもしたのか、そんな事はお見通しだと言わんばかりに──彼女は至極明瞭に、此方の状態を言い当てたのだから。
……だが、実際は──
「いいや? 僕の眼は竜のそれだし、そんなの抜きに判る話さ。なにしろあれだけ拳を突き合わせたんだ。意識のブレは直に伝わる。得物を介した場合よりも明瞭に、相手の状態を感じられて当然だろう」
──より単純な経緯でもって、この看破は為されたらしい。
「ま、感じられたのは『なーんかブレてるなぁ』程度のコトなんだけど、今の『君』の状態を知るにはそれでも充分だった。この場で『君』が思考を鈍らせる要因なんて──異なる形を得た自己の、『いまの在り方』への疑念以外に無いだろう?」
「────!…………」
……よもや、そこまで見抜かれていたとは。お見通しどころの話じゃあない。この分では彼女はいっそ──いまの『私』以上に、『私』の疑念の様相を、
「あーあ、まったく。この期に及んでそんなコトを……というのは、やっぱり意地が悪すぎるか。その気持ちに限っては、こんな僕でも解らない話じゃないし。何より……いまの『君』にとって、それはむしろ──
──足音が鳴る。
「……その無形の疑念に、形をもたらす解釈をあげよう。なに、決して難しい話じゃないさ。これは単に、似たような問いを抱いた事のある──いち先輩からのアドバイスだ」
一歩、また一歩。
「僕の身体は、朽ち果てたアルビオンから掬われた左腕の細胞塊で出来ている。だから厳密にいうと、この身はアルビオンの一部であって、それ自体じゃない。……これはちょうど、複数の構成因子の集合体たる『君たち』とは、ほとんど真逆の在り方という事になるのかな」
此方に向かって歩み寄る、規律正しい声と音。
「此処に在る僕の姿もまた、本来の在り方とは言い得ない。けれど……たとえこの身が本来の一部であっても、仮初のものであっても。この在り方を授かったからこそ、得られるものがあったんだ」
それはまるで、隔てるものなど無いかのように。
「いいかい。もともとが如何なる形であろうと。それこそが本来の、己の在るべき形だったとしても。異なる形に成り、その後に得られた経験だって──」
砂埃が立ち込める、互いの境界に分け入るように。
「──虚構の記録なんてものじゃなく。新たな自分こそが受け取るべき、余人に侵し得ぬ真実なのさ」
凛然なる言葉の彩と、確たる意思の動きで以って。
「だから……『仮初の身が招いた事だ』なんて腐らずに。『君たち』は『
如何なる得物を振るうよりも鮮やかに──疑念に煙った眼前を、易々と斬り払ってみせた。
「(──そうか)」
彼女の言葉を受け、己が疑念の由来を理解した。……斯様な疑念を抱くのも当然だ。要するに『私』は──いまの新たな在り方を、無意識のうちに持て余していたらしいのだから。
「(そういう、ものなのか)」
無理もない。『寄せ集め』たる『私』という存在は、つい先刻生まれたばかりの赤子のようなモノなのだから。必然として、構成因子それぞれの意思を統合し、得られる経験のすべてを共有し、果てにはそれを
「(……ああ)」
かつての『私たち』は、それぞれに固有の『理想』──『己が腕を磨く』という道を追い求めた。それはつまり、混じり気など一切無い、個体レベルでの経験修得を前提にした在り方だ。……だからこそ、虚構の『私』は戸惑った。複数の『個』を内包するこの身が受ける、『経験』の所在を定める事に。異なる形に成ってもなお、『縁起』の在処を認める事に。
……しかし。彼女の発した言の葉が、この身にも適う真実ならば──
「(そうであるというのなら──)」
──今、此処で。『私たち』は『私』として、得られる何かが在るかもしれないと……そう思わされてしまうのだ。
「……表情に熱が戻ったね。というか、そうでなくちゃ困る。出し惜しみ無しに験せるこの機会も、『君』にいくら技量があったところで、自制で鈍られちゃ話にならないんだから──」
そんな檄を飛ばしつつ。彼女はおもむろに腕を上げ、此方の周囲、そのただ一点を指し示した。
「(──、あれは……)」
己が視界に、何かが映る。そこには、先刻この手で投げ放たれた──石畳の上に横たわる、ひと振りの『矛』の姿があった。
「(…………)」
それは、『私』が仮初の形を得た事と同時に現れた、いまの『役割』を決定づける鋲が如きモノ。この身が『そう在れ』と定められ、『そう在る』よりほかに道は無い事を示す証明因子。
──しかし。
「(……いいや。そうじゃない)」
眼前の『矛』に身体を向け、歩み出す。
「(たとえこの身が、強いられた形だとしても)」
一歩、また一歩。
「(かつての『私たち』とは言い得ぬとしても)」
まっすぐに、まっすぐに。向かうべき場所へ、脇目をくれることもなく。
「(……『私たち』は、此処で初めて──)」
ただ己が定めるほうへと、突き動かされるように、導かれるように。
「(──己が意志で、『私』に成る事を選ぶのだ)」
無垢なる『理想』に、手を伸ばした。
「──ああ。望むところだとも」
握り締めた『矛』を携え、斯様な言葉を返礼に代えながら、彼女の方へと向き直る。
──その直後。
「!」
掌から……いや。己が全身から──魔力の抜け出る感覚が奔った。
「(……これは、『矛』を通して、……っ!)」
それは一見、得物が遣い手を拒んでいるかのようではあった。しかし、手中に在る『矛』そのものに変化はない。この身から抜け出た魔力は『矛』に留まることなく、何処かへと流れ出ているらしい──つまり。
「(……またしても、『君たち』か……!)」
この空間を形成する、帰郷を望みし『彼ら』の声なき総意が──この期に及んで『私』が得んとした、望みの成就を阻んでいるのだ。
「(……、──な)」
……それも当然だろう。『彼ら』にとって、『私』が今、此処で得た望みとは、この空間において定められた在り方の域を越え──異端分子としての『役割』、その改編さえも意味する変化なのだから。それはすなわち、期待された利用価値の損失にして、存在が許されていた理由の消失にほかならない。ゆえにこうして、此方に託した資源諸共に、この身のすべてを徴収しようという方針は、至極真っ当な処置でさえあるといえる。
──だが。
「(……を、──るな)」
失ってなるものか。奪われてなるものか。この身が『彼ら』に与えられたことは事実だが、その在り方の是非を認めるのは『私』の側だ。その自由を自覚した、いまの『私』の選択を──。
「──邪魔を、するな……ッ!」
何ものにも、阻ませてなるものか──!
「──はああああああ──ッ!」
全霊を振り絞り、己が魔力を押し留める。……適切な対処法など知り得ない。ゆえに、為すべき行動はただひとつ。たとえこの身が弾けようと、『彼ら』に繋がる経路ごと──己が魔力で焼き切るのみだ。
「──! まさか、君……!」
……ああ。判っている。大元たる『彼ら』との経路を絶てば、如何に徴収を凌いだところで、この身はどのみち滅び去ることだろう。だが、それでもだ。黙してすべてを奪われるくらいなら、喜んで──現在を繋ぎ得る路を選ぶとも。
「(……それにしても──我ながら、
その最中。こうしている現状を、どこか可笑しく思う『私』がいた。形振りになど拘らなかった、先刻までの『私たち』……彼女と仕合えるのならそれで善いと、ただ『傀儡』として在る事に甘んじていた姿勢では、これは到底採り得ぬ選択だったことだろう。それが今、この期に及んで──『個』としての在り方を求めるなどと。
「(……なるほど。先刻は彼女に対し、『浮気は良くない』などと言ってしまったが……こうした移り気であるのなら、存外悪くはないかもしれないな──)」
実際の時間にして、十秒が経った頃。ぶつり、と。この身に巡る何かの線が、不可逆的に途絶えたらしい感触を覚えた。
「────ごほっ……」
決死の抵抗に成功したはいいが、さすがに無理な試みだったらしい。案の定この身は焼き切れて、
「……待たせたね。またしても邪魔が入ってしまったが──それも今ので断ち切った」
端的に事実のみを告げ、彼女の方へと向き直る。すると──
「……うん。しっかり視ていたとも」
──この選択を見届けていたかのような佇まいで、此方を見つめる様子が目に映った。
「……
彼女が向ける眼差しは、まるで対象の死相を認めるように。ひび割れるこの身の行く末が、傍目からも覆し得ぬ未来であることを告げている。
「……ああ。見てのとおり、もう『私』の猶予は長くない。なにしろ外的要因に依っていた、己が存在証明の供給源を絶ったんだからね。生死のすべてを委ねていた、生命維持装が外れたようなものだ。この身はじきに崩れ去り、跡形もなく消え失せる」
──不思議な感覚だ。今や己が滅びの目前だというのに、なぜか少しも哀しくない。先刻まで苛まれていた、名残惜しさも何処へやら。
「此処で起きた経験も、この身に残る事はない。けれど──」
そうだ。滅びの事実など、この場においてはどうでもいい。
「──この選択を悔いる事は、決して無い」
たとえそれが、どのみち避け得ぬ結末だったのだとしても。
「ゆえに『私』は、
余人に手繰られ、意思をも委ねし『傀儡』などではなく。
「『私たち』は漸く。今、此処で──」
自ら所在を遠ざけた、形に惑いし『虚構』などではなく。
「──『私』の望みを叶えるのだから!」
ひとりの『遣い手』として──『私』のすべてを験すのだ。
「────ぐ…………っ」
ひび割れる指先で、掲げた『矛』を握り込む。
「──いくぞ、我が得物」
この身に残る、すべての魔力のみならず。
「我が五体は『傀儡』にあらず! 我が存在は『虚構』にあらず! その実覚を証とし──是なる二重の拘束を、我は此処に取り払わん!」
己が存在の一切を、この一撃に注ぎ込む。
「朽ちゆく身体に先は無く、袖振ることさえ叶わない。ゆえに──己がすべてを懸けた一閃を以て、仕合いの雌雄を決しよう!」
懇願にも似た、『私』の決意に応えるように。
「────応とも!」
眼前の騎士は、笑みを浮かべてこう言った。
「さあ、全霊を込めて往け! 君の一撃を凌ぎ切れば、僕の勝ち。僕の迎撃を圧し切れば──君の勝ちだ!」
そう。勝敗を決めるものは明白だ。すなわち、生きるか死ぬか、潰えるか存えるか、それだけの事である。だが──これほど明白な事柄であっても、『私』がその結果を知る事はない。
「(……ああ)」
それでいい。なぜならもとより『私たち』は、結果に依らぬ
「(……懐かしい、感覚だ)」
──『漂流物』として在った、彼の国における日々と同様に。ただこの刹那の内にこそ、己が在り方を見出そう。
「(…………『
ひび割れる五体のすべてに、質感の熱が駆け巡る。
「(……ああ。そうか)」
この身を織り成す繋がりに、因子の記憶が流れ去る。
「(『私たち』にとって、彼の国は──)」
その流動は、『忘却』の波でありながら。
「(──懐かしむべき、第二の故郷となったのか──)」
浚った『縁起』の輪郭に、ひとつの形をもたらした。
「────はああああっ!」
踏み込んだ脚が砕け散る。
「……さあ、今こそ我らに示したまえ。我が遠望の好敵手にして、『理想』の体現たる遣い手よ! 仮初の身でありながら、真実の
握った指が崩れ去る。
「そして……どうかその双眸に刻みたまえ。我が真名は『
この身がどうなろうと、構わない。
「──よく吼えた!」
世界から失われようと、構わない。
「君の選択に祝福を。その精神に敬意を表し──相応の礼で応えよう!」
……だから。だからせめて、この一瞬に──
「──来るがいい!」
──己がすべてを、焼き付けよう。
「────ああ!」
……
「────此処に、光を!」
ああ。これはこれで、満足のいく結末だ。なぜならば──
「────うおおおおお────!」
「────はあああああ────!」
『
お読みいただきありがとうございます。
一ヵ月ぶりの投稿です。
前回の投稿からというもの、お察しの通り奏章Ⅲ中編・後編に浸っておりました。ボリューミー。プタかわいい。フレポ無い。
個人的にメインストーリー進行は就寝前に一〜三節ずつのペースが心地良く、当作の進捗もその流れに寄った形でぼちぼちやっていた次第です。待機くださっていた方が居られましたら、お待たせしてすみませんでした。相変わらず執筆のモチベーションはモリモリです。
さて、vs『矛担』な回でした。
今節『借屍還魂(前)』は次回【七】で区切りになる予定。
引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。