望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





借屍還魂(弍)【八】

 

 

 ──ソールズベリー滞在期間、三日目。

 

「……ん──朝、か」

 

 寝ぼけまじりに、霞む視界に意識を向ける。此処は私が間借りする、休憩室の床の上。窓から差し込む白い光が、枕代わりの布袋を薄く照らしている。

 

「──ふぅ。よいしょ」

 

 案の定、身体じゅうの筋肉が張っている。昨日はあのあと丸一日、手をつけた勢いに乗じて掃除三昧としゃれ込んだのだ。……一週間近く荷車に載せていただくという、なかなかにラクな思いをしてしまったツケだろう。打って変わっての急な運動に、我が身は悲鳴を上げているらしい。

 

「顔洗お。あいたた……」

 

 休憩室のすぐ隣。事務室とは逆方向、廊下の突き当たりにある水回りに身体を運ぶ。

 

「ひい。つめたっ」

 

 倉庫の屋根から引水し、管理棟のタンクに貯められた雨水を顔に浴びる。外気によって冷まされており、びっくりするほどキンキンだ。

 

「(でも、おかげで──)」

 

 手製のブラシで歯を磨きながら、洗面所と台所を兼ねた流しの端に視線を送る。ソールズベリーまでの道中で採取した山菜が、木桶いっぱいの水で冷えている。色艶も申し分なし。冷蔵保存が適ったばかりか、汚れやアクも抜けていそうだ。

 

「ふふ、美味しそう。新鮮なうちに食べちゃおう」

 

 歯磨きを終えて暖炉を熾し、天板に鉄鍋を置いてお湯を沸かす。さっと茹でた山菜を冷水で締め、そのまましゃくしゃくと頬張った。

 

「(──雨、今日も降りそうだなぁ)」

 

 流し台の正面にある、換気窓から空模様を眺める。予想どおり昨日から『雨期』が本格化し、降っては止んでの日々が続く見込みだ。

 

「仕方ない。洗濯物は部屋干しだね」

 

 昨日脱ぎ捨てたものに加えて、送迎行中に着ていた衣類も抱え、浴槽の残り湯に投げ入れる。植物性の石鹸を泡立てて、まとめてばしゃばしゃ踏み洗い。あとは木桶に取り分け、一着ずつ手洗いをしたら、脱水をして完了だ。

 

「それにしても、雨水さまさま。キノコも山菜も育ってくれるし、こうして生活用水にも困らない」

 

 ひと口に『雨期』とは言っても、延々と土砂降りが続く天災のようなものじゃあない。晴れ間を見る機会が少なくなって、しとしとと降り続く時間が長くなる時期なのだ。世の様相は雨障(あまつつみ)でも、地には恵雨として降り注ぐ。とりわけこのお国では、後者の面が強く表れているように思う。

 

「……いつか、マーガレットさんが言ってたなぁ。『この国は雨に愛されてる』って」

 

 まあそれは、彼女や私のような、こうした生活模様を気に入る者の抱く、色眼鏡による見解かもしれないけれど。フェノゼリーさんのように外回りをなさる方々にとっては、些か不便を強いられる時期でもあるだろう。

 

「──よし。完了!」

 

 そうこう思い耽っているうちに、洗濯物もすっかり干し終えていた。とはいえやはり、生乾きになる事だけは、雨万歳な私にとっても悩ましい。浴室から台所まで、水回りの換気窓はすべて開け放つとしよう。

 

「さて──」

 

 飲み物用に新しくお湯を沸かしたあと。休憩室を通り過ぎ、事務室の扉を開く。

 

「──おはようございます!」

 

 誰に対するわけでもなく、ただ一日の始まりに向けて挨拶をする。丸一日かけてキレイになった、ピカピカの仕事部屋が出迎えた。

 

「じゃあ、今日は……と」

 

 昨日はほぼすべての時間を掃除に充てたので、事務室内の勝手を覚えるには至れなかった。書棚の掃除に差し掛かった折、各種書類をパラパラと捲った程度のものだ。今日は改めて腰を据え、書棚の内容に目を通そう。

 

「たしか、この段に──あった。これこれ」

 

 昨日のうちに目をつけていた書類を数冊、丁重に取り出して机に並べる。五つある左室群の各室毎に分けられた、預かり品の管理リストだ。

 

「一号室から五号室……なるほど。若い番号から古い順になってるんだ」

 

 最も古くに開放されたらしい、一号室の記載を見る。一件目の受け入れ年は──え。たったの七年前?

 

「(……驚いた。思ったよりもずっと最近だ)」

 

 出鼻をくじかれた──でもないけれど、私の想像とは違う事実に目を丸くした。それをそっくり集中力に変換し、注意して記載内容を追いかける。

 

「──『一件目、受入担当者・フミコ』。『寄託契約者、オーナー』。二件目以降も、役割分担はすべて同じ記載、と……」

 

 一件目からフミコ先輩がご担当となると、彼女は少なくとも七年前の時点で此処に居られたということか。

 

「……あの書類に、たしか……」

 

 うろ覚えの記憶を頼りに、書棚からもう一冊、関連資料に手を伸ばす。……この調子だとおそらく、先に時系列を洗い出したほうが賢明だろう。

 

「あった。『倉庫記録』」

 

 そのように題された冊子の、『年表』ページの記載内容に目を通す。

 

「……『鉱石収蔵庫』、開業。女王歴一九三七年、ってことは……今からちょうど八十年前に、此処の建物が造られたんだ」

 

 フェノゼリーさんは先日、此処を『何十年も前から使っている』とおっしゃった。グノームさんやマーガレットさんと共に鉱山業に従事しておられた期間とも重なることから、『鉱石収蔵庫』とは当時の此処の呼称なのだろう。

 

「──九年前、『資材集積庫』に改称。発案者、『オーナー』……」

 

 こちらの時期と、改称の理由にも思い当たる節がある。おそらくは鉱山業の撤退を受け、収蔵すべき鉱石が獲られなくなった影響で、此処の運営方針もまた変化を余儀なくされたのだ。従って、現在の右室群に収容されている資材は主に、彼らがノリッジに移住した後のものということになる。

 

「七年前……死蔵鉱石を流用、左室群一号〜五号室を増設。『寄託管理庫』開業──」

 

 左室群として『寄託管理庫』が造られたことで、必然的に元ある『資材集積庫』が右室群に位置付けられた、という流れらしい。左右室群がほぼ同じ意匠であるあたり、どちらも鉱山業で獲られた鉱石が建材なのか。

 

 ……ん、ここにも末尾に注釈がある。

 

「──発案者、『フミコ』──」

 

 ……これはまた意外な事実だ。左室群開業の経緯は、オーナーさんではなくフミコ先輩の発案だったのか。……とはいえ、昨日の告解の事もある。彼のご意向も多分に含まれていたことも確かだろう。ただ──それを差し置くように強調された字面からは、発案者の意思がそこはかとなく伝わるようだった。

 

「(……オーナーさんだけじゃない。『寄託管理庫』の運営は、フミコ先輩の望みでもあった……)」

 

 ──運営方針に案を呈するくらいだから、彼女は七年前の時点で雇われていたばかりか、すでに重要な立場におられたことだろう。

 

「……五年前。左室群の収容ペースを鑑み、『管理棟』増設……」

 

 私が今まさに身を置いている、管理者の住居を兼ねた建物についての記載だ。文脈から察するに……此処が増設される前までは、左室群の空室が管理者の詰所になっていたのだろう。次第に受け入れ件数が逼迫し始めた事により、新たに増設されたというわけか。

 

 ──それ以降、年表の記載は更新されていないらしい。

 

「……いろいろあったんだね。この建物も」

 

 何の変哲もない場所に見えても、その実情は紆余曲折。個人の来歴がそうであるように、彼らを容する建物もまた、変化を重ねて今に至る。多くの収容物を抱えるこの倉庫が、なんだか愛おしく思えてきた。

 

「──じゃ、それらを踏まえて……と」

 

 大まかな時系列を頭に入れ、今日の目標に取り掛かる。預かり品の一覧に改めて目を通し、左室群の一号〜五号室の収容状況を洗い出す。

 

 ──合計件数は二千を優に超え、全件を見終える頃には三時間が過ぎていた。

 

「…………あ、圧巻だった……」

 

 椅子の上でくたっと身をよじり、強張る眼間を指圧でほぐす。昨日もパラパラと見て判ってはいたけれど、記載内容の詳細さが尋常ではない。これらをすべておひとりで記録なさっていたのか、フミコ先輩は。

 

「……すごいなあ。七年以上も変わらず、一生懸命に取り組まれて」

 

 引き受けたお仕事の途方もなさとともに、フミコ先輩の熱意が書類を通して身に沁みた。

 

「……よし!」

 

 きつけを頂戴したような思いに乗じ、ぐいーっと大きく伸びをして、事務室を後にする。三時間も座りっぱなしだったので、少しは身体も動かしたい。このまま現物の確認に繰り出そう。それに──預かり品リストの記載には、いくつか気になる箇所があった。記憶に新しいうちに、それらの同定にも至りたい。

 

「……一号室。収容件数、四一三件。うち五四件が現行寄託品、八三件が処遇検討品。二七六件が──依頼者失踪、もしくは音信不通……」

 

 そう。物騒なことに、一号室の預かり品の約七割……その各依頼者の再訪が、今に至るまで無かったようなのだ。記載されている事由としては、依頼者の『行方不明』がほとんどで──残りはすべて、『死亡』とある。

 

「……その中には、()()()()()()()()妖精さんも居る、ってことなのかな……」

 

 処遇検討中の収容物のほとんどが、依頼者による処分要請を受けてのものとある。しかし残りの品々は、先の依頼者の『失踪・死亡』のうち、『死亡』を確認したうえでの判断らしい。ようは引き取り手を失い、此処に死蔵されてしまったということだ。

 

「──この箱……」

 

 一号室の戸を開き、見覚えのある木箱たちに視線を落とす。倉庫の入り口に最も近い部屋にあるこれらは、先日までオーナーさんが整理しておられたものだった。内容物の外観と、リストにある処遇検討品の記載とが一致する。

 

「……オーナーさん、辛かったろうなぁ」

 

 別段、『死亡』の理由のすべてが『モース化』によるものとは限らないだろう。そもそもそこまでの記載は見当たらなかったあたり、フミコ先輩があえて明記を避けておられたのかもしれない。それ以外にも内乱や事故など、この世界には生命の危険がいくつもある。

 

「──うん。引き受けてよかった」

 

 この件を代行できるだけでも、オーナーさんの助けになることは明白だ。気を引き締めて事に当たろう。

 

「……あとは、ええと。そう、この注釈の──」

 

 そしてもうひとつ、預かり品リストの記載に気になる事柄があった。先の件も重要ながら、こちらも些か以上に気がかりだ。何故なら──

 

「──うそ。本当に?」

 

 ──預かり品のごく一部。その条件を満たす対象にのみ記された文言が、私の関心を突き動かしたからだ。

 

「……これ、本物だ……!」

 

 ──『受入第三件目、()()書籍。管理者用分類・特記事項』──すなわち、『漂流物』を示唆する文言である。

 

「……うん。間違いない。巻末の書籍情報も、私が居た世界の固有名詞がいっぱいある。この第三件目だけじゃない。第七件目、海外資料。第三六件目、海外宝飾──」

 

 一年、いや。下手をすればそれ以上ぶりの邂逅となる、馴染みある視覚情報に脳が痺れる思いだ。……この世界に来て以降、ノッカーさんという『漂流者』に出逢った事はあるけれど、『漂流物』との遭遇は今日が初めてになる。

 

「(……私が知らなかっただけで、自分以外の人間だけじゃなく、こういった『もの』も流れ着いているんだ。それも、片手では数えられないほどの──)」

 

 左室群、全五室分の預かり品リストに目を通したけれど、同じく『漂流物』を示唆する対象は全体で八三件、この一号室だけで二六件が該当する。オーナーさんが木箱ごと、床に平たく敷き詰めておられた事が幸いし、この部屋にあるすべての対象が確認できた。……彼には酷な物言いだけれど、不幸中の幸いと言うべきか、怪我の功名と言うべきか。

 

「……フミコ先輩は、どうしてこれらを……?」

 

 ……『()()()()()()()()()()』。それはつまり、『フミコ先輩個人にとっての特記事項』という意味だろう。形状や用途などの基本分類は別枠で項目があるため、業務上はとくに必要のない記載なのだ。それをわざわざ追記し、識別が容易な形になさっているのは、どうして──

 

「む? おお、こちらに居られましたか!」

「ひょわー!」

 

 ──どうして、オーナーさんが隣に立っておられるのか。

 

「おっと、すみません。驚かせる気は無かったのですが、つい。正午の休憩どきまでお仕事とは、精が出ますね!」

「つい、っておっしゃいましたよね、今!」

 

 確信犯じゃないか。驚きのあまり変な声を上げてしまった。……え。というか、もう正午?

 

「ははは。おはようございます、シルキーさん。意欲的なことは喜ばしいですが、あまり根を詰め過ぎないように。休憩は大切ですよ?」

 

 彼は愉快そうに笑いながら、手元の包を掲げてそう言った。中身は──バゲット、だろうか。長いパンと思しきものが五本ばかり、包の端から顔を覗かせている。ぱっと見では木材かと思ったほどに、それらの大きさは立派だった。

 

「は、はい。すみません、お恥ずかしいところを曝けてしまいました。おはようございます、オーナーさん!」

 

 歴とした雇用主を前に、改めて挨拶をする。屈んだ姿勢から身を起こすと、お腹がぐうと鳴りだした。今朝の山菜はすっかり消化されたらしい。

 

「いえいえ。そのご様子だと、昼食もまだでしょう。ちょうどシルキーさんに用事がありまして。休憩がてら、事務室でご一緒しても?」

「ええ、もちろん! すぐに机を片付けますね」

 

 事務室へ駆け込み、散らかった書類を机の隅に重ねる。椅子を二脚並べると、台拭きを取りに台所へ向かった。

 

「……えっ? 此処が本当にあの事務室? 何ですかこの、時間が巻き戻ったかのような片付きぶりは……!」

 

 何やら驚かれているらしい気配を尻目に、台所の周囲を物色する。棚に茶葉と茶漉しがあったので、保温しておいたお湯とともに運び出す。ティーセットが備えられていて助かった。

 

「お待たせしました。オーナーさんも紅茶でよろしいですか?」

「──はっ。ええ、ありがとう。いただきます。そうそう、こちらはパンを持ってきました。どうぞ召し上がってください」

「わあ、いいんですか!」

 

 手軽に食べられるぶん、パンというチョイスは素直に嬉しい。成人男性の脚ぐらいはあるだろうか。この大きさのものが五本もあれば、一週間は主食に困らないだろう。山菜の備蓄もしばらくあるし、ノッカーさんにいただいた干し肉もある。新生活を迎えた今はなおのこと、食材の充実はたいへんありがたい。

 

「もちろん。習慣のようなもので、週に一度はこうして差し入れを。来週もお持ちしますので、遠慮なく消費なさるといい」

 

 ──マジです?

 

「貴方がた人間にとって、食事は必須ですからね。──ああ、五本は多ければ、次回は数を控えましょう。少なければ増やします。フミコは週に五本が見合ったようなので、いつもどおりの数を持参しただけのこと。どうぞお気兼ねなく」

「え、ええ。本当に助かります。では遠慮なく、私も五本でお願いします!」

 

 福利厚生というか、オーナーさんのお気遣いがヤバい。嬉しさで語彙がアレするぐらい。

 

「ではそのように。ソールズベリーでは飲食店も流行っておりまして、私の物件でも数軒が営んでいるのです。これはその品質チェックを兼ねたものでね。私も太鼓判を押していますが、シルキーさんにもどうか、味見のご協力を」

「はい、よろこんで!」

 

 そうだ。彼はオーナーさん。此処のほかに物件をお持ちであっても不思議はない。倉庫運営に加え、平生は他所でもお忙しい身のはずだ。

 

「いただきます! ……ん、もちふわ!」

 

 香りよし、食感よし。大味ながら飽きの来ない、主食にはうってつけの仕上がりだ。

 

「──美味しかったです。ご馳走さまでした!」

「それは何より。店の者に伝えておきますね!」

 

 管理者の鑑か。彼は名実ともに、オーナーさんで在られるようだ。

 

 ──互いに紅茶を飲みながら、彼は本題に切り出した。

 

「用事といっても、これはすぐに済むお話です。──はい、こちらをお受け取りください。前月分の給金です」

「えっ」

 

 前月分の? 私は昨日からの勤務なのだけれど。

 

「ははは。大丈夫、()けてなどいませんよ。これは急遽の雇用に応じてくださった御礼です。フミコの不在期間を計上し、シルキーさんへの手当てとしました。しめて二五万モルポンド。今月分はその倍の額をお支払いしましょう」

「にじゅ……ば、倍……?」

 

 ──裕福そうな御方だとは思っていたけれど、羽振りの良さがハンパじゃない。さっきのお話といいオーナーさん業、相当うまくいっておられるらしい。

 

「は、い。畏れ多いですが、ありがたく。ご厚意に見合うよう、がんばります!」

「とんでもない。すでに申し上げたとおり、此処での仕事には私の手に余る、困難な事情が含まれている。それを任せ得る資質を持つ貴方がたには、此方こそ見合った礼を為すべきなのです。さ、仕舞って仕舞って」

 

 気をほぐすご意図なのか、悪戯っぽい表情で彼は言う。グノーム邸でもお手当ては受けていたので、貨幣価値の多寡は知っている。いま予告された給与は、節制して暮らしていれば使い途に困る金額だ。

 

「──それはそうと、此処での調子はいかがでしょう。生活面に仕事面、なにか不都合はありませんか?」

 

 机の引き出しにお給金を仕舞い、オーナーさんのほうに向き直る。ご丁寧にも面談のお時間を作っていただけるらしい。

 

「おかげさまで、生活面は快適です。お仕事についても、今のところは特に問題はないかと。昨日は丸一日、事務室と休憩室、水回りの大掃除を。今朝は確認途中の書類に目を通し、此処の来歴と、預かり品の把握を済ませました。本日より一号室から順に収容物を確認し、リストとの照合に努める予定です」

「それは素晴らしい。大掃除の成果など特に! 承知しました。業務計画もそのご予定で問題ありません」

 

 よかった。私のお仕事への取り組みかたは、オーナーさんのご意向にも沿っているらしい。大きくズレた事をやりかけていたのなら、この場で軌道修正のご助言を仰ぐところだった。

 

「それにしても、もうそこまで把握されたのですか。いやはやよかった、フミコのあの記録が役に立ったのですね。あれらの書類は第三者に向けたものではなく、主に彼女自身の仕事効率化を図ってのもの。それで貴方への共有が適ったのなら重畳だ。『備えあれば憂いなし』というヤツですね!」

 

 言ってしまえばあれらの書類は、いち組織における内部資料のようなものだ。加えて此処の実務はほぼ、フミコ先輩のワンオペで回っているに等しい。本来なら引き継ぎの時間と場を設け、後任へ共有することが望ましいだろう。

 

 ……調査をし始めたときは正直なところ、雲を掴むような不安があった。せっかくの機会だし、今朝の事をオーナーさんに尋ねてみよう。

 

「……なるほど。処遇検討品の事由に、フミコ独自の分類ですか。前者の説明は機をみてからと考えていましたが、無用の配慮でしたね。しかし──ええ。来歴にかかる周辺事情に加え、他の受け入れ経緯についてのご推察も、シルキーさんのご理解で間違いありません」

 

 かいつまんでの報告ながら、どうにか並べた答案に丸が付く。

 

「しかし……そうですね。フミコの記録様式についてお答えすることは、彼女の内情に踏み入る形となってしまう。()()()()()()()()()の対話ではなく、第三者たる私の口から言及する事は躊躇われますが──」

 

 ……? 何か今、引っかかるニュアンスがあったような。

 

「──ふむ。ええ、シルキーさんであれば、彼女について少しくらいお話ししても、怒られることはないでしょう」

「えっ」

 

 私が聞いて大丈夫なお話なのかな、それ。後からフミコ先輩が知ったらオーナーさん、また彼女に飛ばれてしまったりするのでは。

 

「……おそらくもうお察しのとおり、彼女は此処で働く傍ら──『漂流物』について、独自に調べているのです」

「(────!)」

 

 やっぱり、あれはそういうことだったんだ。

 

「此処に預けられる品物の一部には、稀にそうした類のものがみられまして──いや。この言い方では、因果関係が逆になりますね。……少しだけ、『寄託管理庫』を建て、当該事業を起こすより以前の話をしましょう」

 

 ん。これはどうやら、年表には記載がなかった、より詳細な部分のお話らしい。

 

「『鉱石収蔵庫』を運営する傍ら、預かり品の依頼が舞い込むケースが当時からあり、空いたスペースを仮に開放していたのです。その中には『漂流物』が散見され、のちにフミコの目に留まることになり──『預かり品に特化した新事業を起こしてはどうか』との発案を彼女から受け、『寄託管理庫』の開業へと至りました」

 

 ……なるほど。

 

「発案を受けた際、正直私は乗り気ではありませんでした。ただでさえ『鉱石収蔵庫』──いや、当時はもう『資材集積庫』に改称していましたか。フミコを雇い始めた時期とはいえ、私は相変わらず『モノ』の管理だけでも苦労していましたので」

 

 ということは、フミコ先輩は『資材集積庫』に改称されたあたりから、此処で住み込みを始めておられたのか。

 

「しかし同時に、長年にわたり蓄積した『預かり品』の扱いに悩んでいる時期でもありました。加えてちょうどその頃は、それらと私自身の『目的』の関係性にも、次第に思い至りつつある時期でもあった。……結果的にフミコの発案が、そんな私への最後のひと押しになりましてね。己が『目的』に組み込むべき方針として、左室群、右室群を構えることにしたのです。彼女に管理業を委任するという条件でね」

 

 ──これぞまさしく、『持ちつ持たれつ』というやつだろう。双方の事情にタイミング、立場などの諸々の要素が重なったことで、現在の此処が成り立つことになったのだ。

 

「とまあ、そんな運営方針に切り替わり、気付けば七年もの歳月を経ておりました。フミコの負担が倍増した反面、私の負担はそう変わりがない格好でね。……休日の設定は自由に任せていましたが、それでもやはり、まとまった期間を休暇に充てることは難しい。一度くらいは大きく羽根を伸ばしたいという、積もり積もる欲求があったのでしょう。此度の長期休暇を認めたのは、彼女に対する私なりの、せめてもの労いでもあるのです」

 

 ──人員を増やすことができたなら、業務体制にはいくらかの改善策が見込めただろう。しかし当時のオーナーさんは、『モース化』の兆候からの回復期間という、依然として危うい時期の最中におられた。

 

「──そうでしたか。オーナーさんもフミコ先輩も、ともに困難な時期を乗り越えられたのですね。心から、労い申し上げます」

 

 それゆえに。物件の利用者を募るだけならまだしも、直属の従業員を何人も雇えるような状態ではなかったはずだ。オーナーさんご自身の『目的』を損なわず、確実に『契約』を果たせる範囲の人事となると、フミコ先輩おひとりを雇うだけで精一杯だったのだ。

 

「ははは。ありがとうございます。……私にとってもフミコにとっても、シルキーさんが此処に来てくれた事が幸いした。私は業務を委任でき、彼女は心置きなく休暇に臨める。本当に感謝していますよ。機会があれば貴方も、いつかグロスターを観光なさるといい。他の都市では味わえない、煌びやかな体験ができることでしょう」

 

 それは魅力的なお話だ。此処での任期が終えたなら、行き先の候補に見据えてみてもいいかもしれない。

 

「グロスターですか。フミコ先輩が唐突に思い立ち、長期休暇の目的地になさるほどです。よっぽど何か、心惹かれるものがあったんですね」

 

 それはいったい何だろう。グノーム邸で聞いた限りでは、グロスターは観光やショッピングなど、レジャー面で随一の発展を遂げた都市といったイメージがある。フミコ先輩も今ごろ、目一杯お買い物を楽しんでおられるのかな。

 

「そうですね──おそらく一番の目当ては、『オークション』への参加でしょう」

 

 ……オークション?

 

「グロスターではよく行われている催しでね。国内各所から取り寄せた『品物』をお披露目し、参加者は大枚をはたき、各々がこぞって競り合うのです。対象のどれもが貴重な逸品、高価なものから珍しいものまで揃い踏み。我々妖精の好奇心を満たすには、これ以上にない催事場と言えましょう」

 

 ……おお。それはたしかに、『新しいもの好き』な妖精さん達の性質を思えば、熱狂を帯びて然るべき行事だろう。でも──

 

「……フミコさんも、そういったものがお目当てで?」

 

 ──直接お会いしたわけではないけれど。私の頭に抱かれた彼女のお人柄を思えば、そういった競り合いに熱を浮かされる御仁のようには、とても……

 

「(──高価なものから、『珍しいもの』まで──?)」

 

 ……あ。それって、もしかして──

 

「ええ。競りのラインナップに紛れているであろう、『漂流物』が目当てでしょうね」

「……!」

 

 ──そういうことか。

 

「とはいえ、参加者の多くが富裕層の妖精です。彼女の想定する予算がいくらかは存じませんが、長期の宿泊滞在費を差し引いての額では、太刀打ちできるかどうかは運次第でしょう」

 

 ……うわあ。それはつまり、オーナーさんみたいな資金力を持った方々との競り合いになる、ということか。七年余りの勤務を経たフミコ先輩も、軍資金には相当の準備を以て臨まれているとは思うけれど。

 

「運良く競り落とすことができても、せいぜい一回が限度かと思います。願わくばその一回の対象が、フミコのお眼鏡に適う品になりますよう。……のめり込んで無一文にでもなられては、休暇の継続はおろか、此処に帰ることさえできませんからね。……ああ、急に心配になってきた……これはやはりあのとき私がビシッと釘をさしせめて休暇手当を手渡すまでは出立を待たせるべきだったのでしょうか……!」

「お、落ち着いてください!」

 

 やばい。ご不安な心中を息継ぎもなく述べ立てながら、ムンクの『叫び』みたいにねじれていらっしゃる。モース化か。もしやこれがモース化の兆候なのか。

 

「フミコ先輩ならきっと大丈夫ですよ。きっちりと引き際を弁えられる御仁だと思います。あれほどの計画性を伴った事務仕事をなさるんですよ? オークションでも必ず、冷静に振る舞われるはずです!」

 

 彼のカップに紅茶のお代わりを注ぎ入れ、なだめるようにそう告げる。出立の経緯こそ唐突なものではあるけれど、彼女も決して考えなしの行動ではないだろう。

 

「──はっ、失礼。少々取り乱してしまいました。お代わりをありがとう。モースになるかと思いましたよ。ははは」

 

 冗談をおっしゃる余裕があるなら安心だ。内容はまったくもって冗談ではないが。

 

「ふふ。オーナーさんは心配性なんですね。今からでもオークションに向かわれますか? 目ぼしい品に出会えるかもですよ」

 

 冗談ついでに、こちらも軽口を挟んでおく。実際、彼も富裕層の一員であられるのだから、オークションでパッと遊ばれたって不思議はない。道楽というやつだ。

 

「ははは。それも良い案ですね。しかし生憎と、私にはもうそのような気概はありません。並の妖精が持ちうる好奇心でさえ、とうに枯れてしまいましたから」

「え?」

 

 ……好奇心が、枯れる?

 

「思えばこれは、モースになりかけて以来の傾向ですね。かつては思考に及ばなかった事柄をあれこれ考えるようになった事も、目先の好奇心に突き動かされなくなった事も。健全な妖精として持つべき性質が、まるで貴方がた人間のそれに近しいものへと変わったかのようだ」

 

 ……そんなことがあるのか──いや、言われてみればそうかもしれない。グノームさん然り、フェノゼリーさん然り、かつて『モース化』の手前にあった彼らと接する際、他の妖精さんの印象とは、何処かが違うように感じていたのだ。

 

 とはいえ、ノリッジ組のおふたりはともに、現在も好奇心は少なからずお持ちだった。そのあたりには個体差があるのかもしれない。オーナーさんはとりわけ、その傾向が強く表れたというわけか。

 

「ああ、誤解しないでください。これは妖精と人間の性質、その良し悪しという話でも、優劣の話でもありません。どちらかというと私は、現在の性質を気に入っているほどです。それはグノームも、フェノゼリーも同じだと思います。……こうなってからは何というか、後悔をすることが少なくなった──いえ。むしろ、後悔をすることができるようになった、と言うべきかもしれない」

 

 ────?

 

「一度は『目的』を見失いかけ、自己が削げ落ちるような恐怖を覚えたことで──おそらく我々は、『もう二度と、こんな思いはしたくない』と考えるようになったのでしょう。……不思議なものでそれ以来、突き動かされるような好奇心は鳴りを潜めた。いわゆる『我を失う』ことが怖くなったのでしょう。その代わり、興味の対象が他所に移ったのです。己が『目的』、その理解を深めるという方向にね」

 

 ……それはつまり、以前は疑わずにいた『自己』というものを、俯瞰して捉えられるようになったという事だろう。おそらくは『後悔』という観念も、捉えるべき意味合いが変わったのだ。

 

「……私もそれなりに長く生きていますが、こんなことになる自分は想像もしなかった。面倒ごとが面倒ではなくなり、見えなかった事柄が見えるようになった。これではまるで別ものだ。……もしかしたら我々は──妖精としてはもうとっくに、壊れてしまったのかもしれませんね」

 

 ────。

 

「ははは。最後のはただの戯言です。どうか真に受けないでくださいね。紅茶、ごちそうさまでした。ああ、茶葉がなくなりかけたら、また追加をお持ちします。言い忘れていましたが、これも私の物件で営む喫茶店のものでして」

「──え、あ。はい! ありがとうございます」

 

 何というか、貴重なお話を聞けた気がする。この世界の方々についてまたひとつ、理解が深められた思いだ。

 

「いやしかし、やはりシルキーさんは聞き上手な御方だ。おかげですっかり、付きものが払われたような心地です。愚痴混じりの身の上話など、気疲れを誘うだけだというのに」

「いえ、とんでもないことです。私でよければぜひ、いつでも」

 

 椅子から身を起こし、扉へ向かうオーナーさんの後ろに続く。

 

「ありがとう。と──ああ、そうそう。申し訳ない、ひとつだけ業務連絡が。シルキーさんはもう、『処遇検討品』の事由を把握済みでしたね? その件について、少々お伝えしたいことが」

「ええ。何でしょうか」

 

 思い出したようなご様子をみるに、どうやら伝え忘れた事があるらしい。彼は足を止めて振り返る。

 

「一号室の『処遇検討品』に関しては、もう事由に依らず、すべて処分に踏み切る事になっていまして。これはフミコも合意の話です」

「えっ」

 

 ──随分と思い切ったお話だ。その必要に迫られるような事情が、ここ最近にあったのだろうか。

 

「現体制での受け入れは、最古でも七年前の扱いになっています。しかし、あの部屋のものはすべて、旧体制時には受け入れていた品々なのです。実際は何十年も前から此処に在ったもの、という事ですね。先月、フミコと話し合い──残念ながらもう、引き取りは見込めないと判断しました」

 

 ……たしかにその事由は、預かり品リストにも記載があった。左室群が造られた事を機に、仮の預かりを正規の受け入れとするため、ナンバリングをやり直したのだと。

 

「先日まで私が整理を進めていましたが、シルキーさんにその続きをお願いしたい。最終処分はフミコが帰ってからになりますので、木箱に選り分けていただくだけで構いません。頼めますか?」

 

 ──なるほど。

 

「承知しました。お任せください!」

 

 もし最終処分までお願いされていたら、新参たる私などには荷が重いからと、即座に助力を乞うところだった。しかしその前準備だけなら、私にもできそうだ。

 

「ありがとう! もし、貴方にとって目ぼしい品がありましたら、私物になさっても構いませんよ。ただし、『書籍』などの印字物はフミコが先にキープしています。それ以外のカテゴリーであれば、いくらでも貰ってください」

「えっ。本当ですか? ありがとうございます!」

 

 預かったものが捨てられてしまうのは、さすがにやっぱり勿体無い。あくまでもしものお話だけれど、その時は遠慮なくいただこうかな。

 

「ははは。では、そういう事で。結局長居をしてしまいました。休憩、しっかりお取りくださいね!」

 

 そう言うと会釈を交わし、彼は事務室を後にした。

 

「(……いろいろな事が聞けたなぁ)」

 

 先のお話を反芻しつつ、今後の作業についても振り返る。左室群の現物確認は、残すこと二号室から五号室。その次に取り組むべきは、右室群の状況把握──うん。どう考えても数日は掛かるだろう。今日はひとまず、たった今お願いされた、一号室の追加作業に取り掛かるとする。

 

「──よし。やりますか!」

 

 やるべき事はたくさんある。しかし、それが同時に楽しみでもある。私も彼らと同じように、自分の仕事をがんばろう。

 

 






お読みいただきありがとうございます。

次回から少しずつ、LB6本編の時系列ネタとリンクしていきます。



G・S・S!
明日から冠位戴冠戦が始まりますね!
何が起きるというんでしょうか。楽しみです。



引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。
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