望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





借屍還魂(弍)【九】

 

 

◆◇

 

 

 

 ──ソールズベリー滞在期間、七日目。

 

「ふう。こんなところかな」

 

 夕刻前の事務室内。業務記録を書き終えて、筆記用具を机に置く。

 

「は〜、肩凝った……」

 

 この日はようやく、二千件余りに及ぶ預かり品の現物確認が完了した。これで左室群、『寄託管理庫』の内容はおおよそ掴めたと思う。計五室を一日にひと部屋のペースで進められたので、ひとまずは及第点と言えるだろう。

 

「……もうじき夕方か。あっという間だなぁ」

 

 実作業はここまでにして、あとは明日の仕事の下見をしよう。次の目標は右室群、『資材集積庫』の確認だ。

 

「(フェノゼリーさんはそろそろ、ノリッジ近辺まで帰られた頃かな)」

 

 右室群の利用者でもあることから、彼の状況をふと思い出す。海岸沿いのルートは遠回りながら、彼ひとりならスムーズにいくはずだ。雨やモースが気がかりだけれど、私は此処で無事を祈るほかにない。

 

「……さて。資材の状態はどんなだったかな、っと」

 

 努めて仕事モードに立ち戻り、『資材集積庫』のうち、管理棟から最寄りの一室に足を運ぶ。右室群の構造は左室群と違って、五部屋のすべてが内側からも繋がっている。出入り口には引き戸も無く、端から端まで見渡せるのだ。

 

「──荷崩れもなし、動線も充分。さすがフェノゼリーさんだ」

 

 此処での搬入出は月に二度ほどらしいため、資材はそれほど移動がない。古いものには多少の埃が被っているけれど、それ以外に目立った汚損もないらしい。これなら明日はすぐにでも、各所の数量確認に取りかかれるだろう。

 

「(…………)」

 

 室内通路をくぐりながら、資材の数々に視線を投げる。後にノリッジに運ばれて、加工を経て建材となるであろう、大量の丸太がひしめき合っている。

 

「……これらの資材たちが、『外洋船』になっていくんだもんね。すごいなあ」

 

 ノリッジに居るグノームさんと、そのお仕事仲間が建造中だという『外洋船』。海外との交流が無かったこの国における、おそらくは史上初の一大事業だ。お話に聞くのみだったその流れの一端に、いまや私も関わっているのだから驚きである。

 

「──最後の部屋。いや、管理棟から一番遠いんだから、こっちが最初の部屋にあたるかな」

 

 倉庫の建物入り口近く、左室群一号室の真向かいにあたる部屋に辿り着く。さっきまでの収容物はぜんぶ丸太だったけれど、此処にはいくつかの木箱も置かれている。

 

「(たしか出入り口近くの木箱は、フェノゼリーさんのお道具箱になっていたはず。明日以降は奥にある、残りの分を確認しなきゃだね)」

 

 ひととおりの下見を終えて、今後の予定を組み立てる。丸太を一本一本数えつつ、私でも持ち上げられる範囲での状態確認を行うとなると、そこそこ以上の重労働になるだろう。数え間違えてもいけないし、気力と体力を万全にしておかないと。

 

「──よし。じゃ、今日は閉めますか!」

 

 鍵の束をじゃらりと握り、屋内の巡回に繰り出す。今朝から昼にかけて雨も降ったし、建物の外も見ておこう。水たまりが作られていたら大変だ。建物入り口の付近に窪みがあれば、搬入出の妨げになりかねない。

 

「(……雨のにおい。また山菜が出る頃にでも、がっつり採りにいきたいな)」

 

 屋外に踏み出して、深呼吸をしながらそう思う。此処に来てからはすっかりインドアな生活になったので、アウトドアが恋しい具合だ。

 

「(そうだ。あの山だったら、案外日帰りで行けるかも)」

 

 ソールズベリーの北には、幸いにも比較的近い距離に山がある。グノームさんにいただいた地図によるとあの山は、西北に行けばグロスター、東北に行けばオックスフォード、南のこちらにソールズベリーと、三都市を綺麗に分ける位置にあるらしい。山頂に登れば、三都市が描くトライアングルを望めるはずだ。仕事を覚えるのにキリがついたら、お休みをとって出掛けてみようか。

 

「(──ん?)」

 

 などと、山のほうを眺めていたとき。この辺りは平生、昼間でも人気がない区画にも拘らず、通行人らしき人影が目に映った。

 

「(珍しい。夕方から夜にかけてはみんな、都市部でも外出は控えるのに……あれ?)」

 

 ……というか──なんかだんだん、こちらのほうへ近づいてくるような。

 

「──よう、あんたこの辺に詳しいか? ちょっと訊きたい事があるんだけどよ」

「えっ」

 

 おや。まさかの聞き込み? どういう状況だろう。

 

「ええ、この辺りならそれなりに。何かお困りごとですか?」

「あー、……えっとな……」

 

 片腕を腰に当て、もう片方の腕で頭を掻いて彼は応じる。周囲をきょろきょろと見ておられる反面、その佇まいは堂々としたもの。挙動不審ではあるけれど、しかし不審者の類ではなさそうだ。

 

「……まあ、そんな感じだ。昼過ぎからずっと、ここらに在るらしい古い建物を探しててよ。『コーセキシューゾーコ』とかいう、一階建ての平屋なんだが──」

 

 ──なるほど。

 

「それでしたら、こちらの建物がそうです。ただ、今は『資材集積庫』に改称しておりますが」

「え、そうだったのか! 聞いてた規模より大きいし、二階建ての建物もくっついてるしで、てっきり別の施設かと思った。なーんだ、それならとっとと訪ねりゃよかったぜ!」

 

 それは気の毒なことだ。『鉱石収蔵庫』時代と現在とでは、建物の外観はかなり違っている。当時の情報をもとに探しておられたなら、同定することは少々難しい話だっただろう。

 

「申し訳ございません。ずっと屋内に居たもので、ご来訪に気づけませんでした。気の毒な思いをさせてしまいましたね」

「いやいや、あんたが謝ることないって。こっちもあやふやな情報しか持たされてなかったんだ。諦めて帰ろうかと思ってたが、出てきて貰えてラッキーだ!」

 

 どうやらこの御仁は、この辺りの土地勘をお持ちでないようだ。お帰りになる前に遭遇できたのは、私としてもラッキーだった。

 

「どうぞ、中へお入りください。ご用件を伺いましょう。なにかお飲みになりますか?」

「おお、ありがてえ。じゃあ水を一杯もらおうかな」

 

 入り口内に椅子を用意し、飲み物をとりに管理棟へ走る。雨水を沸かした白湯があったので、大きめの木製ジョッキに淹れて運び出す。

 

「お待たせしました。どうぞ」

「サンキュー! ちょうど何か飲みたくて仕方なかったんだ。しみるー!」

 

 よほど喉が渇いておられたんだろう。ビールのコマーシャルもかくやといった豪快な飲みっぷりについ、不躾ながら視線を配ってしまう。

 

「(──大きなお口に、全身を覆う立派な毛皮。たぶん、『牙の氏族』のお方かな)」

 

 此処はオックスフォードと近いあたり、そちらからのご来訪だろう。日帰りのつもりで来られたのなら、せめてご帰宅が夜中にならないようにしてあげたい。飲み干されたジョッキを片し、一息つかれたところでご用件を伺った。

 

「──ダチからの頼みでよ。何十年か前に此処へ置いた品を俺に譲るからって、引き取りを任されたんだ。こう、小せえ魔猪の頭くらいのボールなんだが……残ってるか?」

「魔猪さんの頭ぐらいの……ああ、おそらくアレですね。すぐにお持ちします!」

 

 大きさの例えが通じる自分を可笑しく思いつつ、『寄託管理庫』一号室に駆け込み、該当する品を運び出す。

 

「こちらで、お間違いはないですか?」

 

 それは先日、処分の準備を進めていた『処遇検討品』の内のひとつ。音信不通となっていた依頼者が預けておられた、もう引き取りは見込めないと思われた品だった。

 

「あー! そうそうコレだ! うへぇ、なっつかしいー!」

 

 おや? そんなふうに仰るということは、この御仁も昔からご存知の品なのか。

 

「おお! さすがに保護効果は薄れちゃいるが、相変わらず弾む弾む! ──いやあ。昔はよくこいつで、ダチと一緒に遊んだもんだぜ。もう百年以上前の話だ。狩りで遭遇したボス魔猪を討ち獲った記念にって、毛皮を丸めて作った特別品でよぉ。今のオックスフォードじゃとても作れねえ、正真正銘のレアモノさ!」

「わあ、それはまさしく、思い出の品ですね!」

 

 嬉しそうに語りながら、彼は無心でボールを弾ませる。しかし……百年以上も前のボールとなると、普通は弾性も損なわれているはずだ。それを防いでしまう保護効果って、魔法か何かなんだろうか。あと──

 

「あの。今のオックスフォードでは、もう作れないとのことですが……そちらで何かあったんですか?」

 

 ──魔猪なら先日、山間部に生息している事をこの目で見たばかりだ。材料が入手困難な状況というわけでもないだろう。繁栄を遂げたいち都市において、シンプルなボールが作れないとも考えにくい。彼がおっしゃるような特別な経緯で得た材料が必要ならば、話は変わってくるかもしれないけれど。

 

「大アリだぜ。菜食主義に踏み切って以来、オックスフォードでは当然肉食が禁止されてよ。食材調達としての狩りも無くなって、その余波で狩り自体が忌避されるようになった。おかげで毛皮も手に入らない。樹皮で編んだヤワなボールは作れるが、毛皮のボールを作ろうもんなら、材料調達の過程から白い目で見られちまうのさ。『その毛皮、さては肉食ったなお前!』ってな。ヤバくない?」

「お、おお……それはヤバいですね……」

 

 それは何とも、回りまわる話があったものだ。野菜メニューが流行する水面下で、意外なところに弊害が生まれていたらしい。

 

「だろ? 『風の氏族』ほどじゃないが、俺たち『牙の氏族』も妖精だ。噂ってのはあっという間に流れちまう。此処に来るのも戦々恐々だったんだぜ? なんせ目当てがコレなんだからな!」

 

 ……なるほど。それで中心街のほうで道を尋ねず、自力で此処を探そうとされていたのか。周囲を気になさっていたことにも頷ける。何ともお労しいことである。

 

「で、コレ貰っちまっていいのか?」

「ええ、もちろんです。オックスフォードから御足労をおかけし、屋外で迷わせてしまった挙句、手土産も無くお帰しするなんて失礼はできません。帰路用のお飲み物に加え、布袋か何か、ボールを覆えるものをご用意しますね!」

 

 一号室の『処遇検討品』は、書籍類を除き自由にしてよいとのお達しを受けている。私の持ち物にする事が可なら、譲渡もまた可能な範疇だろう。そもそもこの受け渡しは、依頼者代理の引き取りにあたる案件だ。事由さえ明記しておけば、正規の処理としても問題はない。

 

「そりゃ助かるぜ。サービス良いんだな、この()は!」

 

 管理棟へと向かう途中、そんなお言葉を背中に受ける。何か此処に対する認識にズレがお有りのようだけれど、もうじき陽が沈んでしまう。細々とした訂正にかける時間は無い。手頃な布袋を見繕い、作り置きの果実水をジョッキに注ぎ、蓋をして水筒代わりに用意する。

 

「──それにしても、他にも結構な品数があるんだな、此処は。あっちの四部屋もこうなのか?」

「ええ、ざっと二千点以上はございます。いずれも此度のボールのように、引き取り手を待つ品々でして」

 

 倉庫へ戻って来るなり、引き戸の隙間から一号室を覗いて彼は言う。諸々の手土産をお渡しすると、サンキュ、と笑顔でお受け取りになった。

 

「──そうか。そいつはもしかしたら、俺のダチみたいな奴らが置いてったのかもな」

「え……?」

 

 ……何だろう。さっきまでお元気そうなご様子だった彼が、今のお言葉を口にする際、急に疲労感を滲ませられたような──

 

 ──いや。これは、もしかして。

 

「……よろしければ、少しお話を聞かせてもらえませんか?」

 

 直感があった。今思うとこの印象は、此処の所在を訊かれた際の挙動にも、捜索疲れのご様子に混じって見受けられてはいたのだ。……僅かなものではあるけれど、彼のご様子にみられた『変化』──それがおそらく、『モース化』の兆候に類するものだということに。

 

「──ん? ああ、いや。ほかの連中の事は知らないが、俺達のはどーしようもない話さ。……まあでも、今日は思いがけず懐古もできた。その記念ついでにひとつ、昔話に付き合ってもらうかな」

 

 私はあえて笑顔で頷き、あくまで自然体で、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「……ダチとはもう、一五〇年以上の付き合いでよ。互いにオックスフォードに居を構え、狩猟業に明け暮れて、仕事終わりには仲間と球遊びに興じた間柄だ。互いにそれぞれチームを作ったりもして、数えきれねえほど試合もやった。楽しかったぜー? 翌朝の狩りにまで試合のテンションが続いた具合でよ。そりゃもう毎日が最高だった!」

 

 足元でボールを転がしながら、当時の思い出をなぞるように彼は話す。

 

「そんな生活を送っていた矢先のことだ。忘れもしねえ、年代だって覚えてる。女王歴一八九九年。そこを境に、オックスフォードの風土は変わっちまったんだ。それがさっきの話──菜食主義に踏み切った事を受けての、狩猟まわりのアレコレさ。……たぶんダチはその何年後かに、ボールを此処に持ってきたんだろう」

 

 ────。

 

「狩猟業の需要が無くなったんで、俺たちは廃業を余儀なくされてよ。まあ、幸いにも都市の計らいで、転職先はすぐに見つかった。狩猟時の立ち回りが兵法に応用できるってんで、人間兵相手の指南役にと声が掛かったんだ」

 

 ……なるほど。失業者の発生が予見できた施策だから、それを半ば強いる側にあった都市としても、アフターケアの準備は必要だったということか。

 

「最初のうちは戸惑いもしたが、やってみれば面白い仕事でよ。ダチも一緒の職場だし、球遊びの経験も役に立ってるしな。狩猟とチーム戦の延長だと思えば、抱くモチベーションも以前とそう変わらねえ。おかげであっという間に、もう百十年も経っていた」

 

 ──それはおそらく、彼が強いられた『変化』の行先と、自身の『目的』との折り合いに支障が無かった、という話でもあるのだろう。鉱山業から鍛治業に転身された、グノームさんがそうであるように。

 

「ほかの狩猟業時代の仲間もおおむね、俺みたく新生活に馴染んでいった。給金も前より良くなったし、身体を動かせる仕事には違いなかったからな。力自慢な『牙の氏族』にとっちゃ、ヤワな人間相手ってのは加減が難しくもあったが、代わりにアイツらは発想力がイカしてる。俺たち妖精じゃ考えもしない、細けえコトまで兵法に活かすんだ。仲間もそれを面白がって、兵舎じゃ互いに学び合ってるぐらいでよ」

 

 あるいは、そうした相剋関係を期待しての転職斡旋だったのかもしれない。人間種には戦闘意識を奮起させ、妖精種には発想力に触れさせる。両種混合の兵力増強を考えれば、一石二鳥の方針と言えるだろう。

 

「けど……俺たちのなかには、そんな構図が気に入らない奴もいくらか居てよ。そのうちの一翅が、ダチだったんだ」

 

 ────…………。

 

「今の職に就いて数十年は、ダチも面白がって務めてた。だが次第に様子が変わって、人間相手に加減をしなくなったんだ。流行りの言葉でいう『パワハラ』ってやつだな。指南中にあからさまな難癖や悪態をついて、故障するまでしごいたり……仲間もさすがにブレーキをかけ始めたが、今度は仲間に対しても当たるようになった。『こんな甘さじゃ訓練にならねえ。ママゴトでもやってるつもりか』、ってよ」

 

 ──『牙の氏族』の方々は、他の氏族に比べて気性が荒いとは伺っていた。グノームさんもいつか、『菜食主義とか、アイツらは何処を目指してんだ!』なんて評していたっけ。……でも、目の前に居る彼からは、そんな印象は受け取れない。おそらく個体差があるのだろう。

 

「……急なこと、だったんですね。お仲間さんは変わりない中、ご友人だけが……」

「急、ってわけでもなかったかな。今思ってみればだが。オックスフォードでマナー意識の気風が高まるにつれて、窮屈な思いを強いられ始めた時期でもあった。ほかにもちらほら、似たような不満をこぼす奴も居るには居たしよ。まあ、ダチの様子が極端だったのは確かだな」

 

 ……マナー意識? それって。

 

「……もしかして。菜食主義の傾向も、その一環だったとか……?」

「ああ、そうだぜ。『従来の我ら氏族の印象を、気高く上品に塗り替える! 従わない者は……わかっているね?』っていう、ウチの領主の思いつき。手始めに肉食を禁止するってんで、菜食主義が広まったのさ」

 

 おお……。

 

「……結局のところ、ダチはその傾向に我慢ならなかったんだろう。狩猟業の際も球遊びの際も、相手をブチのめすことに生き甲斐を感じてた奴だ。それを別の仕事に取り替えられた挙句、日常にまでお上品さを強いられちゃ、不満が溜まるのも仕方ねえわな。結果的にアイツは──五日前の仕事中、モースになって死んじまった」

 

 ────。

 

「……で、そうなる少し前の話だ。俺はダチに呼び出されてよ。『ソールズベリーの何処そこに、俺たちのボールが置いてある。時間があるときにでも、お前が取りに行ってくれ』ってさ。『急に何だ?』と思った矢先、数日後にはあの最期。そんでまあ、今日に至るって感じだな」

「──そうでしたか……」

 

 ……掛ける言葉が見つからない。私と彼はただじっと、足元のボールを眺めていた。

 

「……大変だったぜ。仕事中にモース化しちまったもんだから、兵舎は当然パニックさ。場に居たのは怖気付く人間兵に、対処にたじろぐ俺たち妖精。誰もが『放置してちゃ被害が広がる、どうしよう』って狼狽えてるとき、ダチの一番弟子が剣を構えて突っ込んで──最後は見事に、そいつが介錯してくれたよ」

 

 彼はそう語り終えると、ボールを爪先で掬いとり、小脇に抱えて顔を上げた。

 

「ま、ダチについてはそんな話さ。兵舎は臨時の休みになって、指南役の俺たちも休暇中。だから仕事が再開するまでに、此処に来ておきたかったんだ」

「(────)」

 

 それとなく、彼の表情を注視する。……ああ、よかった。話すことで気持ちが晴れたのか、はたまた整理がついたのか。先ほど見受けられた『疲労感』は、すっかり取り払われているようだ。

 

「……お話しいただき、ありがとうございます。ご友人さんのこと、心よりお悔やみ申し上げます」

「あんがとよ。むしろこっちが礼を言う側さ。ずーっとモヤモヤしてたコトが、何だかハッキリした気がするぜ。……この件はあの日以来、仲間内じゃ誰も触れたがらねえ話題でよ。グチろうにも聞き手がいないんで、俺も正直参ってたんだ。サンキューな! ……ええと──」

 

 おっと。これまた私は、肝心なことを失念していたらしい。

 

「──シルキーと申します。遅ればせながら、お客様のお名前は?」

 

 佇まいを正し、彼の目を見てそう告げる。

 

「──カーシーだ。ダチの名前はジャック。今日はありがとな、シルキー!」

 

 布袋にボールを包み、肩の後ろに引き下げて──まるで試合帰りの少年のように、彼は倉庫を後にした。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ──ソールズベリー滞在期間、十日目。

 

「そうですか。依頼者の代理が引き取りに……」

 

 例のバゲットに加え、新作の紅茶を手土産に、今朝からオーナーさんがみえていた。現在は昼休憩をご一緒しながら、先日の出来事の報告中である。

 

「いやはや、最終処分までに間に合われてよかった。依頼者の死は悔やまれますが、同僚殿にはよい気持ちの整理となったでしょう。適切なご対応をありがとうございました、シルキーさん」

 

 無言でお辞儀を返すと、彼は次いで話題を持ち出した。

 

「良い部類のニュースを受けた後に、お伝えするのは気が引けますが……此方から少々、悪いニュースがあります。貴方が渡って来られた、現在閉鎖中の『大橋』ですが──先日、崩落している事が確認されたようです」

「えっ……そんな、本当ですか?」

 

 驚きのあまり、疑問が口をついて出る。十何日そこら前に通ったあの橋が、崩落……。

 

「ええ、残念ながら。『風の噂』を耳にしたときは、私もいたく驚きました。閉鎖期間の解除を待たずして、まさか崩落してしまうとは。これでは実質、閉鎖が無期限に延びたようなもの。フェノゼリー然り、橋の利用者には気の毒な話だ」

 

 お話によれば、主たる原因は不明らしい。ただ、例のモース頻出の事態を受け、『大橋』一帯は常時臨戦体制だった状況に加え、『雨期』の影響で河が増水していたとのこと。この二件が含まれるだけでも、崩落には充分な理由となるだろう。

 

「今後、河越えをする者は別ルートの選択が強いられる。『大橋』以外にも橋があるとはいえ、不便さが増すことは確かでしょう。此処への来訪にも影響するかもしれません。念のため、ご留意を」

「はい。承知しました!」

 

 彼は情報共有を済ませると、『ところで。休憩はもちろんのこと、休日も取らないとダメですよ?』と笑顔で言い、ご自身のお仕事に向かわれた。

 

「……そういえば、九連勤だった」

 

 オーナーさんにとっては、雇用主としての沽券に関わる話でもあるんだろう。私としては別段、現状の勤務ペースでもまったく苦ではないので、とくに休暇を急ぐ気は起こらなかったけれど……

 

「……修復するとなったら、大変だろうなぁ……」

 

 申し訳程度に己を省みつつ、性懲りもなくお仕事方面に頭を回す。だって内容が内容だ。先のニュースを反復し、改めてショックが押し寄せた。モースの件に雨期の件、それに『河』自体にも危険があるんだ。ましてやそこの復旧なんて、想像するだけで気が遠くなる。

 

「此処の資材はちゃんと、河を越えてくれますように」

 

 右室群に立ち入り、丸二日かけて数えた資材を見つつ、そんな祈りを独りごちる。昼のお仕事はこの部屋で、脇にある木箱の内容を確認する予定だ。

 

「(──これは、たぶん……船体装飾とか、船内備品の容れ物かな)」

 

 三十個ほどの木箱はいずれも、ある工程まで加工済みの資材だった。手摺りらしき木材から、絨毯と思しき繊維の塊まで、国内各所の職人が仕立てたのであろう品がある。

 

「(うーん……此方のリストにはどれも、『備品』としか書いてない)」

 

 担当者名に『フェノゼリー』とあるあたり、これらの詳細な管理は彼がなさっているらしい。彼のお道具箱と同じ型の木箱だし、あまり弄らないほうがいいかもしれない。

 

「……あれ。予定してた作業、おわっちゃった」

 

 何というか、肩透かしを食らった気分だ。陽が暮れるまで掛かると覚悟していたはずが、もう別の仕事を見出す必要に迫られるとは。

 

「──ま、こういうこともあるか……」

 

 正規のリストが無い以上、同定確認が不可能なのは残念だ。次にフェノゼリーさんがお越しになったら、その時にでも訊いてみよう。

 

「……じゃあ、昼休憩してすぐだけど。ちょっとひと息……」

 

 そうとくれば予定変更だ。さっきオーナーさんにいただいた紅茶もある。それを淹れて傍らに置き、また書類確認にでも立ち戻ろう。

 

「わ、いい香り……!」

 

 台所に向かい、茶葉の袋を開けた途端、鼻腔に紅い香りが流れ込む。茶漉しにあけ、休憩時に沸かしたお湯を注ぎ、まずはストレートの味をいただく。

 

「うん、美味しい。ど真ん中の風味は弱い代わりに、香りと渋みが強い商品なんだ。……あっ。これぜったい、ドライフルーツと相性良い!」

 

 触発されるがままに、マーガレットさんにいただいた、特製のドライフルーツを解禁する。細かくサイコロ状にカットすると、柑橘系の黄色い香りがふわりと弾けた。

 

「──ああ、これ最強だ。美味しいに決まってる」

 

 ティーポットにドライフルーツを転げ入れ、再度茶漉しに茶葉をあけてお湯を注ぐ。立ち昇る湯気に香りが連れられ、管理棟じゅうに満ちていった。

 

「ああ。アロマテラピー……でもこれ収容物に匂いが移ったら大変だ……え、本当に移らないよね?」

 

 多幸感とともに、職業由来の不安がよぎる。煙草などとは違うので、気体からは匂いはおろか、色が沈着することもないだろうけれど。そんな考えが及ぶほどに、此処で嗅ぐ香りとしては鮮烈だった。

 

「事務室でゆっくり飲もう。ふふふ」

 

 ご機嫌の足取りで台所を後にし、ティーセットを抱えて廊下を歩く。ふと、倉庫に続く通路に目を遣ると──

 

「む、失礼。此処の従業員さんかな?」

 

 ──倉庫の玄関に、見知らぬ誰かの姿があった。

 

「──あっ。は、はい! ご用件ですね。すぐに伺います!」

 

 不意のご来訪に慌てふためき、そのままお客様のもとへ駆け寄った。

 

「お、おお。急かしてしまったようなら済まない。別段こちらも急ぎじゃない。ひとまず、手に持つそれを置くといい。火傷をするよ?」

「えっ。あ!」

 

 言われてから気づく。たった今淹れた最強のティーセットを、お盆ごと持ったままじゃあないか。

 

「……ありがとうございます。じゃなくて、失礼しました!」

 

 ひとまず入り口付近の台にお盆を置き、姿勢を正してお客様に応じ直す。控えめに言って手遅れだ。

 

「ははは。面白い御方だ。それは紅茶かな? 湯気が立っているあたり、たった今淹れたてのものとみた。仕込みの最中であれば申し訳ない。此方のタイミングが悪かったね」

 

 彼は軽やかに笑いながら、此方の失態に対してむしろ気遣いの言葉をくれた。というか──あれ。このお客さん、よく見たら人間だ。

 

「とんでもないことです。これは仕込みとかではなく、単に淹れたての紅茶でして──あ! せっかくですので、お客様もいかがですか? ドライフルーツを刻んで入れた、香り高い特製なんです!」

「おや、いいのかい? では遠慮なく、私もいただいてしまおうかな」

 

 すぐに管理棟へと向かい、新しくカップを用意して戻り、彼のぶんを注ぎ淹れる。先日から置いたままの椅子を引いて、お掛けになるよう促した。

 

「ありがとう。お代はいくらかな? 先にお渡ししておくよ」

 

 ──おや? 何だか誤解を招いているみたいだぞ。

 

「いえいえ、もちろんお代は頂きません! これは決して、飲食店における商品提供などではありませんので!」

「……え?」

 

 え?

 

「──失礼。確認だが、此処はカフェ併設の、隠れ家的セレクトショップではないのかい?」

「違います違います! 隠れ家的なのはそうかもですが。此方はあくまで貸し倉庫で、お飲み物は私が勝手にお出ししているだけなんです!」

 

 彼はポカン、とした表情をなさりながら、懐から財布を出しかけたまま固まっている。

 

「──そ、そうだったのか。……おかしいな。確かに私は先日、此処がそういった『()』であるとの話を聞いて来たんだが。『いろんな品物を仕入れていて、ドリンクサービスまで受けられたんだ』と。どうやら情報主は勘違いをしていたらしい。済まない、変に困らせてしまったね」

 

 ……おや?

 

「ひょっとして……本日のご来訪は、カーシーさんのご紹介で?」

「おっと、カーシー監督をご存知なのか。という事はやはり、貴女が噂のシルキーさんか!」

 

 なるほど、そういう経緯でのご来訪か。噂になるような事をしでかした覚えはないのだけれど。

 

「その節はどうも、彼がお世話になったようで。亡くなったジャック監督も浮かばれるというものだ。彼らに代わって、私からもお礼申し上げる」

 

 ……ん? おや、もしかして。

 

「私はウィールド。ジャック監督が一番弟子、オックスフォードの人間兵だ。よろしく!」

 

 この御仁が、カーシーさんのご友誼の最期を看取られた──張本人か。

 

「シルキーと申します。こちらこそよろしくお願いします、ウィールドさん!」

 

 ……モース化を遂げた妖精さん、それも『牙の氏族』の方を介錯されたというだけでも驚きなのに──まさかそれが彼のような、年若い青年による行いだったなんて。

 

「ああ! と──そうだ。せっかくの淹れたて、冷めないうちにいただくよ」

「どうぞ!」

 

 ──互いに紅茶を飲みながら、自己紹介ついでに会話を弾ませる。

 

「そうか。此処の従業員は、シルキーさんおひとりだけなんだね。大変じゃないかい?」

「ええ、まあ。しかし苦ではありませんよ。収容物の管理は肉体労働が伴いますが、ご来客の対応は不定期かつ、低頻度なお仕事なので。合間に紅茶が淹れられる程度には、自由が効く環境なんです」

 

 とはいえ、さっきのように来客対応に慌てるようではいただけない。ちゃんと反省しなければ。

 

「なるほど。おかげでこうして私は、美味しい紅茶にあやかれたワケだ。これほど味に拘った一杯は、体裁上のグルメを謳うオックスフォードではありつけなかっただろう。本当にラッキーだよ!」

「こちらこそ。私ひとりで味わうには勿体なく思っていたところです!」

 

 橙色の香りに包まれるなか、私は本題に切り出した。

 

「本日は、どのようなご用件で?」

「ああ、それはもう無くなったよ。此方がセレクトショップじゃなく、誰かが預けた品物の収容施設なら、買い物をするという魂胆はお門違いだからね。先日のお礼を伝えに来たという事にして、紅茶を飲み終えたらおいとまするよ」

 

 あ、そうか。お買い物のつもりで来られたなら、そういう事にもなっちゃうか。……でも……仕方のない流れとはいえ、わざわざご足労いただいた手前でそれは、何だか申し訳なくもある。

 

「あの。差し支えなければ、どのようなものがお目当てだったか伺っても?」

 

 ノリッジで過ごした一年間で、この国の流通事情は多少知っている。モノによっては、取り扱いのある都市を紹介できるかもしれない。

 

「新しい武器が欲しかったんだ。……紅茶には似合わない話題だけれど、先日の兵舎での騒動で、愛用していた剣がダメになってね。経緯については──うん。察してもらえると助かる」

 

 ……なるほど。お察しした。

 

「それでまあ……不謹慎ではあるけれど、これはある種いい機会だと思ってね。現役の得物から乗り換えるのではなく、壊れてしまったのなら浮気にはなるまい。なのでこの際、次は剣以外の武器にでも手を出してみようかなと。新境地の開拓というやつだね」

 

 そこで浮気、とおっしゃるのか。何やら彼なりの、自らが持つ得物に対するポリシーがお有りらしい。

 

「兵舎の備品も有るにはあるが、それらは控えめに言って間に合わせの粗悪品でね。それよりは年季モノの方が断然信頼できると思い、あわよくばと此方を訪ねて来たわけだ」

 

 ふむ。そしてそのお目当ては、剣以外でも可であると。

 

「しかし。恥ずかしながら、それは私の早とちりだった。品探しはまた後日、改めて他所を……」

 

 ……そういうことなら。

 

「──いえ。もしかしたら、その必要はないかもしれません。少々お待ちください」

「……ん?」

 

 私はおもむろに席を立ち、『寄託管理庫』一号室に駆け込んだ。

 

「(──アレなら、もしかすると……あった!)」

 

 お話を聞く最中にひとつ、思い当たるものがあったのだ。木箱の中のものではなく、室内壁面に立て掛けられた──『処遇検討品』のひとつを手に取って、ウィールドさんの元へ駆け戻る。

 

「──こちらなどは、如何でしょう」

 

 受入第三十九件目、『海外武具』。長らく死蔵されていたそれは、かつては戦地にて火花を散らしたであろう、陽の目を鎖して久しい得物──ひと振りの『()』である。

 

「おお、矛か! それにずいぶんとモノが佳い。……なるほど、長物か。剣の次に得物とするには、たしかに適当な案かもしれない──驚いたな。資材やボールはともかく、武器の類まで預かっておられるのか。これはますます、此方がセレクトショップじゃなかった事が悔やまれる!」

 

 いけない、言葉が足りていなかった。

 

「いえ。ウィールドさんさえよろしければ、こちらを持ち帰っていただいて構いません」

「ええっ!」

 

 ガタッ、と椅子ごと後退り、彼は目を丸くして驚いている。

 

「しかし……それは、誰かが預けている品なんだろう? 持ち主でもその代理人でもない私などが、軽々に受け取るわけにはいかないよ!」

「……預託品ではあります。ただこれは、近いうちに処分される事が決まっていた、もう引き取り手が見込めない品物ですので。当庫としては廃棄よりも、可能なことなら譲渡を希望したいのです。此方に損失はありませんし、もちろんお代も結構です!」

 

 両手で担いだ矛を再度示し、彼のご意向を窺ってみる。……いや。さすがにこれは、ちょっと押し付けがましい態度だったかも──

 

「……失礼。貸してくれるかな」

「あ。はい、どうぞ」

 

 ──と、思いかけたとき。彼は矛を受け取って、手の馴染み具合を確め始める。

 

「……やはり佳い得物だ。鋲にガタつきがみられるが、修繕すれば問題はないだろう──うん! 引き取り手が居ない廃棄予定の代物ならば、遠慮なく頂戴しよう!」

 

 コン、と鐓を打ち鳴らし、彼は笑顔でそう言った。

 

「はい! 何十年も前から此処にあった骨董品ですが、お気に召されたようですね。よかったです!」

「ああ、気に入ったよ! かなり摩耗しているから読めないが……()()らしき刻印を見る限り、これは()()の代物だろう。此処でお目に掛かれるとは、実に──、!」

 

 ──え。

 

「(いま……漢字に、東洋っておっしゃった……?)」

 

 ……まさか。

 

「す、すまない。つい夢中になって、変なことを口走って──ん……?」

 

 彼は慌てて言葉を引っ込めながら、私のほうを注視する。

 

「──シルキーさん。もしかして、貴女もそうなのか?」

 

 ──やっぱり、そうか。

 

「……はい。私もこの国──いえ。この世界へ、知らぬ間に流れ着いた人間なんです」

「──……!」

 

 一瞬の躊躇いはあったけれど、包み隠さずに打ち明ける。そして──その告解を耳にした彼の反応もまた、自白に等しいものだった。

 

「……そうだったのか。どうりで貴女には、この世界の人間とは違う親近感を覚えたわけだ。普段なら口を滑らせぬよう注意していた、故郷の話題を持ち出してしまうのも仕方ない。お会いできて嬉しいよ」

 

 親近感。そう言われてみれば私も、ウィールドさんに同様の印象を覚えているようだ。先の話題で気が逸れていたけれど、彼から受ける印象は、ノッカーさんのそれと通ずるものがある。

 

「どうか、私に聞かせてくれるかな。貴女がこの世界に流れ着き、どんな日々を送ってきたのかを」

「──ええ。私も、ウィールドさんのお話を伺いたいです!」

 

 邂逅への喜びか、あるいは安堵に根差した昂りか。彼と似たり寄ったりな心境に置かれた私は、その求めに応じて語る。この世界で体験した、一年間の出来事を。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


オックスフォードからの来客回。
10日目のお話は次回の冒頭に少し続き、彼ら『漂流者』『漂流物』の核心に迫り始めると同時に、以降は2ヶ月間の経過が加速していきます。

ちなみにカルデア一向の妖精國突入は、本話中の日時から10日前後といった時系列になります。


追加されたハベにゃん礼装、良すぎる。しかしマナプリが足りない! 交換間に合いますように。

新規イベもテンション上がりっぱなしでした。カルデアで楽しく過ごしてねエフェメロちゃん。


引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。

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