望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。






借屍還魂(弍)【十二】

 

 

 

◆◇◇◇

 

 

 

 ──ソールズベリー滞在期間、四十七日目。

 

「ご利用、ありがとうございました!」

 

 夕暮れ時。お昼から繰り出していた出張業に、今日も今日とて区切りがつく。現在はお客様宅から倉庫へと、新規の預かり品を運び帰っている最中だ。

 

「いやあ。出張業を始めて七日、さっきのやつで三十四件目か。これほどのペースで新規依頼が舞い込むたぁ、当初は思いもしなかったぜ!」

「本当ですね。オーナーさんも喜んでくださると思います!」

 

 需要とは有る所には有るもので、出張業はなかなかの盛況ぶりをみせていた。顧客の依頼動機はさまざまで、長年処分に困っておられたり、他所へ預けに出向くのは億劫だからと放置しておられたり──要するに、『面倒くさがり』な一面を持つ妖精さんたちに対して、預け先たる倉庫の側から出向くというスタイルがウケたのである。

 

「はっはっは! ほとんどがどーでもいい寄託理由だったけどな。わざわざ自分から倉庫へ預けに来る連中とはワケが違う。捨てるほどじゃないが処分に困っていただの、有ることすら忘れていただの……邪魔になるモンなら最初から手を出すなって話だ。ま、おかげで俺たちは儲かるワケだが!」

「まあまあ、そういう事もありますよ。滅多にモノを仕入れない私にだって、つい衝動的に入手しちゃった覚えがありますし。それも最近、倉庫内の不用品を譲り受けたりと。寸胴鍋とか」

 

 私の物持ち事情やフェノゼリーさんの言い草はともかく、その点は明確な違いだった。直接倉庫へ預けに来られる方がたの多くは、寄託品に対する思い入れが強く、寄託という選択そのものにも、ある種の決意めいた感情を抱いている場合がある。対して、出張業をご利用になるお客様には、そのあたりの逡巡が見られない場合がほとんどだったのだ。

 

「ずん……? そういうもんかねぇ。目新しいモンに靡くのは俺たち妖精の性じゃあるが、要らねぇモンはやっぱり要らねぇよ。結局は置いとくだけな無用の長物なんざ邪魔なだけだ。ある日突然耳や口がついて、暇つぶしの話し相手になってくれるワケでもなし。それどころか日がな一日、黙ってそこに有るだけで鬱陶しかろうに!」

 

 と、営業モード共々に衣服を脱ぎ放ち、上半身裸になったフェノゼリーさんは言う。なるほど、彼のご自宅には余計なモノは無さそうだ。タンスの肥やしどころか、最低限の予備の服さえも。

 

「フェノゼリーさん。往来で服を脱がれますと、またオーナーさんに怒られますよ。倉庫に戻るまでは我慢してください」

「おっと、うっかりしてたぜ。ソールズベリーはお高くとまった『風の氏族』の街だもんな。チッ、オーナーの顔を立ててやるか……」

 

 そこは私の顔も立ててほしい。

 

「ここからは坂道だ。傾きに気をつけろ!」

「はい!」

 

 そうこうしていると、我らが倉庫のある地区にまで戻ってきた。

 

「ほい、お疲れさん。荷解きはやっとくから、シルキーは五号室のスペースを確保しといてくれ」

「はい! わかりまし──」

 

 ──と。倉庫に到着するなり、室内へ入ろうとしたとき。

 

「──ぎゃわ!」

 

 手をかけた戸が向こうへ開き、我が身体はコミカルにつんのめった。

 

「フェノゼリー、シルキーさん、戻られましたか! すぐに中へ──おや失礼、御手洗いにでもお急ぎでしたか?」

「いえ違……え、オーナーさん?」

 

 そこには。私たちの留守中にいらしたらしい、オーナーさんの姿があった。

 

「おう、今戻った。これから品物の搬入をしようってところなんだが、何か用事か?」

「ええ、大事な用事が。ビッグニュースですよ、ふたりとも!」

「あ?」

「え?」

 

 そうして。全身で喜びを表しながら、満面の笑みを浮かべたオーナーさんは──

 

「つい先刻のことです。ノリッジの『厄災溜まり』が──綺麗さっぱり、消滅したそうです!」

 

 ──これ以上にないほどの吉報を、私たちの耳に届けてくれた。

 

 

 

◆◆◇◇

 

 

 

 ──ソールズベリー滞在期間、四十八日目。

 

「よーし、俺はもう出発するぜ。七日間世話になったな、オーナー!」

「御礼の言葉なら、協働を快諾してくれたシルキーさんに。私は何もしておりませんので」

 

 早朝。ノリッジの無事が確認できたことで、フェノゼリーさんは早速の帰還と相成った。荷車の(ながえ)を掴みながら、今すぐにでも走り出しそうな彼をオーナーさんが(たしな)める。

 

「そこは『持ちつ持たれつ』ってやつじゃねえのかよ! まあ、急に押し掛けた居候の身だった事は確かか。ありがとよ、シルキー!」

 

 先日までの不調はどこへやら。元気の有り余る様子をみせながら、屈託のない笑みを浮かべてフェノゼリーさんが言う。

 

「まったく。『持ちつ持たれつ』などと、其方が言う台詞ではないでしょうに……服は容易く脱ぎ捨てるというのに、顔の皮だけは厚着ですか?」

「いえいえ。フェノゼリーさんのおっしゃるとおりです、オーナーさん。私はこの七日間、たくさんの勉強をさせてもらいましたので!」

 

 そうだ。出張業における販路開拓のノウハウ然り、ルート設定や所要時間の管理然り、荷運びを生業とする彼の働きっぷりは、側で見ているだけでも多くの学びがあった。なにより──

 

「ああ、『資材集積庫』内の物品についてか。そりゃあ素人の目で見れば、どれがどう使われる代物かなんて判らなかったろうさ。同じ丸太に見えても、節の配置や数、年輪の詰まり加減で用途が変わる。熱心に訊くモンだから、ついつい教え込んじまったぜ!」

 

 ──このとおり。ほとんど勝手を掴めずにいた『資材集積庫』の物品について、みっちりご教授を賜ったのだ。

 

「はい、たいへん興味深いお話でした! ……それにしても、本当によかったです。ノリッジの無事が確認された今なら、事業を停止していた『外洋船』の建造も、近いうちに再開する可能性がある──ということですからね!」

 

 それは文字どおり、一縷の望みを叶え得る可能性の発露だった。ノリッジに残ったご夫婦にとってはもちろん、この場に居るフェノゼリーさんにとっても。

 

「しかし。仮にも都市仕舞いの姿勢を採った以上、事業再開の目処がつくまでには、それなりの時間を要するでしょう。そのあたりのことはきちんと含み置き、早合点で気を落とさぬよう注意することです。フェノゼリー」

「はいはい。わかってるよ! 現にこうして、資材を尻目にカラの荷車で帰ろうってんだ。仮にアッチへ着くなり『再開するぞ』と言われたとしても、どのみち直ぐにゃ着工できねえよ!」

 

 昨日のオーナーさんのお話によると、『厄災』の到来自体は現実となったものの、女王陛下の手による対処が間に合い、既のところで解消が叶ったのだという。昨日の今日がそんな状況なら、造船業以外の事業だってバタバタに違いない。そして──

 

「わかっているならよろしい。……その旨、グノームに再会した際には、くれぐれも」

「……おう。今回の騒動で、アイツは俺以上に『目的』を振り乱されちまったはずだ。マギーの様子も気になるし、ノリッジに着いたら一番に顔を出すさ」

 

 ──そうだ。もっとも気がかりなのは、あのご夫婦の現在である。『厄災』の脅威が去った今、いつもどおりの生活を取り戻されていればいいのだけれど……。

 

「……私からも、よろしくお願いします。おふたりともきっと、フェノゼリーさんに無事を知らせたがっておられるはずです!」

「おう! シルキーの近況報告もしてやりたいしな。向こうじゃアイツら、お前さんがどうしてるかと会うたびに話題にしていたんだぜ。いい土産話ができそうだ!」

 

 ────。

 

「そんじゃ、またなシルキー。残り十数日、オーナーのお守りをよろしく頼む!」

「はいはい、もう行った行った。ああ、『大橋』の復旧は未だ話に聞きませんので、以前と同じく海岸沿いを帰るとよろしい。道中、お気をつけて」

「おう、そのつもりだ。また近いうちに顔を出すだろうぜ! じゃあな〜!」

 

 彼はそう言い残すなり、荷車を軽快に走らせていった。

 

「どうか、お気をつけて〜!」

 

 遠ざかる背中に向かって手を振り、お姿が見えなくなるまでお見送りをする。

 

「ふう。調子の良いことだ。あれだけ元気であれば、もう心配は要りませんね。七日間の協働生活、ご苦労さまでした。シルキーさん」

「ええ。降って湧いたイベントでしたが、そのぶん望外の思い出になりました。少し寂しくなりますね」

 

 ふたり残された私たちは倉庫に入り、仄かな静けさを感じつつ廊下を歩く。

 

「ははは。寂しくなると言えば、それは貴方も同じことです。残る任期はあと十日と数日。それを境に、本契約は満了となりますが──」

 

 事務室に入るや否や、オーナーさんは改まった口調で話題を替える。

 

「──いかがでしょう、シルキーさん。貴方さえよろしければ、当庫での雇用を更新し、フミコ同様の正規契約を結び、おふたりでの協働体制を提案したく思うのですが。率直なご意見、お聞かせ願えますかな?」

 

 おっと。フェノゼリーさんの予想どおり、契約更新のお誘いを頂戴してしまった。

 

「(────)」

 

 有難いお話だ。しかし当然ながらそれは、近々復帰なさる、フミコさんの合意が必要なお話ではある。オーナーさんの性格と口調を鑑みる限り、その点も心配はなさそうだけれど──

 

「……ありがとうございます。お誘いはたいへん嬉しいのですが、今回は辞退したく思います。現在の任期が終わったら、どうしても行きたい場所があるのです。……私は──」

 

 ──それ以上の『やりたいこと』が、今の私にはできてしまったのだ。

 

「『ノリッジに戻りたい』、のですね?」

「──!」

 

 すると。言い淀む私よりも先に、オーナーさんの口から我が意を言い当てられてしまった。

 

「ははは。やはりそうでしたか。そう驚かれずともよろしい。ご自身ではお気づきでないのかもしれませんが、先ほどからずっと、お顔にそう書いてありましたので」

「えっ。そんなに判り易かったですか? お恥ずかしい」

 

 両手で頬をはたきながら、火照った表情を弄ってみる。言われてみれば確かに、口角が上がりっぱなしだったらしい。

 

「ええ。フェノゼリーを見送る際には、『私も一緒にノリッジへ!』とおっしゃるのではとヒヤヒヤしましたよ。残りの任期があるからと、律儀に思い止まってくれたのですね」

 

 なんともまあ、バレバレもバレバレである。

 

「……はい。『厄災溜まり』による都市への影響と、グノームさんとマーガレットさんの安否が気がかりでして。脅威が去ったと知ってからはもう、そのことで頭がいっぱいで」

 

 私をソールズベリーに送り出してくれた直後から、本格的に問題視され始めた『厄災溜まり』。それらのタイミングを思うに、おふたりのご意図には、迫る脅威から私を遠ざけようとしてくれた面もあったのだろう。それはつまり、最悪の場合もう二度と、再会することのない可能性を悟られまいという、私に対する気遣いがあった事を意味している。ゆえにこそ──

 

「だから。もう一度、会いに行きたいのです」

 

 ──安全が約束されたというのなら、おふたりのお気遣いを反故にする心配もない。その一点が最後の一押しとなり、そう願わずには居られなかったのだ。

 

「ええ。是非ともそうしてください。彼らもきっと、再会を望んでいたはずですから」

 

 すると。まるで私の答えを待っていたかのように、オーナーさんは笑ってそう言った。

 

「改めて、残りの任期をよろしくお願いします。フェノゼリーが帰還した以上、出張業は打ち止めにせざるを得ませんが、あれはもともと期間限定と銘打っての臨時営業です。シェフィールドの件で損なった顧客数分は新規で取り戻せましたので、今日以降は平常業務にお戻りください」

「はい、承知しました──お気遣い、ありがとうございます!」

「はっはっは。はて、何のことでしょう?」

 

 彼は悪戯っぽく笑ってみせると、そのまま管理棟を後にした。

 

「(──本音、引き出してもらっちゃったなあ)」

 

 何のことはない。契約更新のご提案もおそらくは本心のものながら、オーナーさんはそれを切り口に、私が意向を伝えやすいよう、助け舟を出してくださったのだ。

 

「──よし!」

 

 さて。そうと決まれば、やるべき事はシンプルだ。残りの任期を目一杯、悔いの無いように過ごすとしよう。

 

 ──そうして。倉庫内の管理にご来客の対応はもちろんのこと、幸いにも客足が戻ったらしい、例の飲食店へのピクルスの仕込みなどに追われつつ。気づけばあっという間に、十二日間が過ぎていった。

 

 

 

◆◆◆◇

 

 

 

 ──ソールズベリー滞在期間、六十日目。

 

「ええと。書類整理よし、引き継ぎ用のメモもよし。あとは──」

 

 いよいよ迎えた勤務最終日。その夕方、いつもどおりの業務をこなしたあと。近日中に戻ってこられるであろうフミコ先輩に宛てた、私の任期中に起きた出来事の書き置きを、ようやくまとめ終えたところである。泣いても笑っても、これで私の全業務は終了だ。

 

「──最後に、お掃除!」

 

 名残惜しさに突き動かされ、往生際の悪いことを思い立つ。とはいえ、清掃は毎日欠かさずやっている。左室群の『寄託管理庫』、右室群の『資材集積庫』ともに、室内には塵のひとつも落ちてはいない。

 

「それが終わったら、此処での最後の晩御飯! お腹すいたなぁ〜」

 

 しかし、節目は節目。こういうのは気持ちの問題だ。ゆえにこの行為は、清掃という体裁を借りた挨拶回りのようなもの。二ヶ月間お世話になった倉庫内、その一室一室を訪れて、対人の際のそれと同じように、礼をもって別れを告げる。

 

「(それにしても、いろんな品物があったなぁ)」

 

 此処に在る品物の数だけ、それらを預けた持ち主がいる。いずれは取りに戻るかた、当面は預けたままになさるかた。もしかしたら、もう二度と取りには来ないかたも。もの言わぬ品物たちは、そうした持ち主の意向を知らず、ただ静かに佇んでいる。

 

「(…………)」

 

 明日にも自分は、此処の任から離れることになる。その実感が押し寄せてきたためか──私はふと、眼前に佇む品物たちに向け、益体もなく思いを馳せていた。

 

「(……この子たちは今、何ものとして在るんだろう)」

 

 かつては持ち主が、己が生活の一部として擁していた存在。仮の在処として此処に置かれ、用途を離れて久しいお品物。今や私たち管理者より他に『それ』と認める者はおらず、倉庫の肥やしとして押し黙り、何時とも判らぬ迎えを待ち侘びている──。

 

「(……『待ち侘びている』……)」

 

 思えばその表現は、どこまでも持ち主の都合に依った解釈なのかもしれない。この子たちは何処にあろうと、誰の手に渡ろうと、物理的な寿命が尽きぬ限り、『それそのもの』としての存在は保たれ、在り続けているのだから。

 

 持ち主の都合、と云うのなら、『用途』という観念にしてもそうだ。この子たちはただ、『それ』として得た姿形をとり、そこに在るものにすぎない。その形状、強度などの特徴に『遣い途』を見出し、用いるのはいつだって、持ち主の勝手によるものなのだ。

 

 なら。この子たちにとって『持ち主』とは、いったい何ものとして在るんだろう。己が扱いを定める存在、己が取捨を委ねる存在……あるいは──

 

「(……あるいは。()()()()()()()()()())」

 

 ──それはじつに、無機的な結論。しかし同時に、この物質世界の在りように沿う解釈ではあった。愛着も執着も、持ち主側が抱く精神作用によるものであり、『モノ』にとっては与り知らない、一方通行な心のはたらきなのだから。

 

「…………」

 

 異なる世界の『漂流物』も、此方の世界の『品物』も、分け隔てなく肩を並べる倉庫の一室。その中で私はふと、こんな事を思う。此処に在る品物たちと自分は、ともすれば──似たような境遇に置かれているのではないか、と。

 

「(……私もまた、異なる世界から流れ着いた存在のひとつ。それでもこうして、たとえ世界を跨いでいても、『私』として此処に居る──)」

 

 異なる世界の存在であれ、この世界の存在であれ、いまはこうして、此処に在ることに違いはない。意識しなければつい忘れてしまう、その歴とした事実が──今更ながらに、不思議に思えて仕方がなかった。

 

「(……『世界』、か……)」

 

 思えばそれは、いったい『何』なのだろう。遍く存在を擁する、容れ物のようなもの? その内側に在るものにとっての、基底的な住所のようなもの? それとも──。

 

「──私たちにとっての、『持ち主』のようなもの……とか」

 

 そう呟いてすぐ。なんだかひとり可笑しく思えて、『なんてね』と付け加え、己が突飛な表現に茶化しを入れる。益体もない物思いとは前置いたものの、いよいよもって始末に負えなくなってきた。

 

「──よし!」

 

 ぱん、と掌を打ち鳴らし、そんな物思いに区切りをつける。左室群、『寄託管理庫』を訪れるのはこれで最後。きちんと施錠をしたあとはもう、フミコ先輩のお仕事だ。

 

「こっちにも、ご挨拶しなきゃだね」

 

 廊下に出て、お次は右室群、『資材集積庫』へと足を踏み入れる。

 

「──……」

 

 相も変わらず、大量の木材がひしめく部屋の中。平生から換気はもちろん、清掃も充分に行き届いているため、埃っぽさやカビっぽさは感じられない。その代わりに、伐採時の切り口や、製材済みの木肌から、特有の木の香りが醸し出され、部屋一帯の空気を色づけている。

 

「……結局あれ以来、フェノゼリーさんはいらっしゃらなかったなぁ」

 

 ノリッジの『厄災溜まり』が解消されて以来、彼がお仕事で此処を再訪することはなかった。あんな事態を経てすぐだし、おそらく都市内部では、現在も体制の取り直しで大忙しなのだ。もともと月に二度ほどのペースでしか立ち寄らないとのお話だったので、どのみちこの十二日間に訪れる目は薄かっただろう。

 

「再会は、ノリッジに戻ってからだね」

 

 その頃には、造船業も再開しているかもしれない。此処で出番を待つ資材たちとも、いずれは搬入先たるノリッジで再会することになるだろう。

 

「……先に行ってるね。向こうでちゃんと、立派な船にしてもらえますように」

 

 まるで、待ち合わせでもするかのように。もの言わぬ資材たちに語りかけ、『資材集積庫』を後にする。

 

「(ふふ。左と右で、こんなにも毛色の違うものが置かれているなんて。改めて、オーナーさんのお仕事は手広いなぁ)」

 

 再度廊下に戻り、管理棟へと向かう途中。こうして倉庫全体について、改まった感想を抱いたためか──私の思考は不意に、ある事柄に向けて働いていた。

 

「(……『外洋船』……いずれあの資材たちが、海を渡る乗り物に──)」

 

 ──そうだ。考えてみれば、これもまた不思議な巡り合わせではないか。片や左室群『寄託管理庫』には、異なる世界より行き着いた『漂流物』を含むお品物が。片や右室群『資材集積庫』には、いずれ海へと繰り出す『外洋船』と成るべき材料が。同じ建物の屋根の下で、となり合うように存在しているのだから。

 

「(……たしか、この国では過去に一度も、『海外』との交流をもったことがないんだっけ……)」

 

 今一度、その事実の特異性が念頭に浮かび上がる。……言葉どおりに解釈すれば、それ以上でも以下でもない話なのだろうけれど──しかし。

 

「(……それって。海の外がどうなっているか、何ひとつだって判っていない──って事でもある……よね)」

 

 女王暦になって二〇〇〇余年、妖精國ができてからとなればさらに長く。その間に一度たりとも、海外との交流が無かったのだとしたら。海を渡る技術や手段の有無を差し引いても、この世界の歴史上、『海外』との交流が無かったばかりか、その存在さえも不明のままだった可能性があるのではないか。

 

 その代わりに……いや。()()()()()()()()()()()()──私たち『漂流物』という、異なる世界の存在が転び出るということは……もしかしたら。

 

「(……この世界にとっての『海外』が、私たち『漂流物』が居た世界──だったりする……?)」

 

 一年前。ノリッジのご夫婦宅に招かれたあの日の夜に、脳裏によぎった事柄を思い出す。この世界の地の果てまで歩き続けたならば、海の外へと漕ぎ出したならば。ひょっとしたら、元の世界に還ることができるのではないか──そんな、荒唐無稽な着想を。

 

「……そういえば。フミコ先輩の、あのリスト──」

 

 次いで思い出されたのは、寄託品リストの一部に付された、『管理者用分類・特記事項』なる文言。すなわち、『漂流物』を識別するための注釈──彼女は此処でなぜ、それらを明確に分類し、書き記そうと思ったのか。

 

「……これって、偶然……?」

 

 ここまで思い至ってしまえば、もはや疑問に思わざるを得なかった。自身もまたほぼ間違いなく『漂流者』であろう彼女が、同じく『漂流物』たる一部の寄託品を──ほかでもなく、『外洋船』の建造業の一端を担うこの建物の中で、わざわざ選り分けていると思しき痕跡を。

 

「……たしか、倉庫の経歴には……」

 

 ……『寄託管理庫』が新設されたのも、フミコ先輩の発案があったから。その発端になったのが、寄託品のなかに『漂流物』が確認されたため。そして……その当時にはすでに、『外洋船』の建材を保管する『資材集積庫』が存在していた──。

 

「──まさか……」

 

 点と点が繋がるにつれ、しだいに歩調が早まっていく。管理棟に踏み入るやいなや、任期中は一度も訪れることのなかった、二階に続く階段に視線を送る。

 

「(──え?)」

 

 なんの変哲もない、ごくありふれた階段が目に映る。しかし──明らかな()()が、そこにはあった。

 

「(……なにこれ、今までまったく気づかなかった。階段の先に意識を向けることが、できない──)」

 

 正確には、気づけなかった、と云うべきだろう。なぜなら、この階段には──足を踏み入れようとする存在を阻む、『何か』が張り巡らされていたのだから。

 

「(……って、うわ。埃、けっこう溜まってる──)」

 

 階段の先に踏み出せなくとも、階段を視界に収めることは辛うじてできるようだ。……仕方のないこととはいえ、私としたことが、不手際も不手際だ。清掃の対象としてこの場を見逃してしまうほどに、阻む『何か』は強力らしい。

 

「(……あれ。なんで私、階段の前に居るんだろう?)」

 

 そうして。そんな疑問を覚えた頃には──先の疑念もまた、綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

 

「(──あ。そういえば私、お腹すいてたんだ)」

 

 疑念そのものが忘れ去られた以上、もはやこの先に用は見出せないし、それ自体が不可能なことだ。ぼーっとする頭に手を添えて、まるで何事も起きてはいなかったように、台所へと向かい歩く。

 

「──よし、晩御飯! たくさん作るぞー!」

 

 すべての仕事を終え、自らを労うべく、最後の炊事に取り掛かる。生野菜を此処に置いて行っても仕方がない。在庫処分を兼ね、明日以降の野営食も作りつつ、余りの山菜の大量消費をしなくては。

 

「ノリッジまで、何日ぐらいかかるかな……」

 

 ソールズベリーに来た際の『大橋』を渡る道順は使えないため、今度は南の海岸沿いを歩くことになる。当然ながら直線距離とはいかず、フェノゼリーさんの送迎もなく、さらには東へ大きな弧を描いて行くわけだから──大急ぎで進み、休息も睡眠もとりながらとなると、最短でも二週間はかかるだろう。

 

「一部のピクルスは、フミコ先輩に置き土産。あとは──よかった。明日以降のノリッジまでの旅程分、ちょうど作ってしまえそう!」

 

 毎週のようにバゲットをお裾分けしてくれた例の飲食店には、昨日のうちに御礼を済ませておいた。言わずもがな、仕込みを依頼されていたピクルスの納品をもってである。ウィールドさんとふたりで収穫した大量の山菜はそんなこんなで、此度の調理で売り切れだ。

 

「せっかくだし、マーガレットさんのレシピ、まだ作ったことないもの全部試しちゃおう。ふふ──」

 

 途中のつまみ食いを晩御飯に充てつつ、黙々と調理に打ち込むこと二時間。窓の外はすっかり夜になり、室内はランプの黄色い明かりで照らされていた。

 

「──おやおや。飲食店もかくやといった匂いがすると思ったら、こんな時間まで精が出ますね」

 

 すると。開けっ放しにしていた台所の扉から、お馴染みの声が聞こえてきた。

 

「わあ! こんばんは、オーナーさん。わざわざいらしてくださったんですか?」

「ええ、こんばんは。なにせシルキーさんの最終勤務日ですから。雇用主としては、当日中に顔を出すのが筋というものでしょう?」

 

 最終日となる今日の過ごし方、引き継ぎ等については、昨日までにオーナーさんとの打ち合わせも済んでいる。ワンオペで自由にやっつけ、退勤後は明日の出立準備に集中してよいとのお話だ。彼は今がその頃合いかと見計らい、お時間を作ってくれたらしい。

 

「荷造りを終える前が良いかと思い、給金をお渡しに参ったのです。はい、こちら。今日までおつかれさまでした!」

「ご丁寧にありがとうございます! では、謹んで」

 

 あれ、なんだか少し分厚いような。

 

「……あの、これは」

「餞別分の厚みです。ノリッジに戻られたら、グノーム達との再会祝いにでもお使いください」

 

 なんと。臨時雇いの身に対するご贔屓分だったとしたら、受け取ることを躊躇っていたところだけれど……そういうご厚意ならば無碍には断れない。おそらくこれは、オーナーさんの分まで向こうで祝え、という気持ちの体現なのだ。

 

「……ありがとうございます。オーナーさんからのお気持ちですと、しっかりお伝えしておきますね!」

「ええ。それはもう安否が心配で仕方なかった、と大袈裟にお伝えください。それを以て、先のフェノゼリーの件共々にチャラとしましょう!」

「あはは。わかりました!」

 

 なんともオーナーさんらしい魂胆、もといお気遣いである。ここは彼の趣向に協力しちゃうとしよう。

 

「いやはや失礼、出立のご準備中にくだらないお話をしましたね。今夜はゆっくりお過ごしください。また明日の朝、お見送りに参ります。改まったご挨拶はその時に。では、おやすみなさい!」

「はい、おやすみなさい!」

 

 オーナーさんはそう言うと、そそくさと管理棟を後にした。

 

「(──本当、オーナーさんにはお世話になりっぱなし。有難い限りだなぁ)」

 

 グノーム夫妻しかり、フェノゼリーさんしかり。私が出逢った妖精さんは、みんなみんな親切で。この世界に来てからの生活が、いかに充実したものであるのかを自覚する。

 

「……よし。そろそろ寝ようかな」

 

 保存食の調理も終わり、私物もすべてまとめ終えた。あとはもう、明日に備えて眠るだけだ。

 

「おやすみなさい──」

 

 誰に向けた言葉でもなく。ただ二ヶ月という期間を共にした、此処という場所に向けてそう告げる。

 

「──また、明日!」

 

 今やすっかり心身に馴染んでしまった、ソールズベリーでの新生活。いつもどおりの日々がまた、明日にはそうではなくなることを──少し、寂しく思いながら。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 ──朝が来た。

 

「片付けよし、荷物よし。あとは朝食がてら、水回りだけ通風しておこうかな」

 

 昨夜は思いのほか、ぐっすりと眠ることができた。昨日のお仕事はさほど忙しくもなかったので、出立前のテンションもあり、入眠には難儀するかと思っていたのだけれど。どうやら知らないうちに、頭のほうがしっかりと疲れていたらしい。

 

「残しておいた最後のバゲット、いただきます!」

 

 縦へ豪快に切れ目を入れ、山菜のピクルスを詰め込んだバゲットにかぶりつく。ノリッジまでの旅程は約二週間の野営生活。初日からスタミナはつけておかないとだ。

 

「──おお、出立の準備は万端のようですね」

 

 バゲットを平らげ、テーブルの拭き掃除をしていた頃。昨晩の予告どおり、オーナーさんが顔を出しに来てくれた。

 

「おはようございます、オーナーさん!」

「ええ、おはようございます。たった今、倉庫内を小窓から覗き見て来ました。見事なまでの片付きっぷりですね。フミコが戻ってあの光景を目にすれば、大層驚くことでしょう!」

「あはは。そうかもしれませんね!」

 

 グロスターに滞在していたフミコ先輩は、私が此処を任されていたことをまだ知らない。モノの管理が壊滅的なオーナーさんに任せたつもりでいるままならば、戻るなりごった返した有様を目にする覚悟のはずだ。

 

「む、なにやら含みを感じる返しですぞ。まあ我ながら否定できないのが実際のところ。シルキーさんが代行してくださらなければ、きっとフミコに呆れ果てられたことでしょう──改めて、ありがとうございました!」

「──こちらこそです。短い間のお手伝いでしたが、雇っていただきありがとうございました!」

 

 互いにお辞儀を以て礼を交わし、此度の雇用契約に正式な区切りをつける。改まってみるとやっぱり、心の底から名残惜しいけれど──これで私はまた、『放浪者』の身になったというわけだ。

 

「──さて、出立前にノリッジまでの旅程の確認を。ルートはブリテン南東の海岸沿いを、所要時間は甘く見積もって二週間。寝食はやはり、野営を余儀なくされるでしょう。それでも大丈夫ですか?」

 

 妖精國では基本的に、『人間種』が郊外を出歩くことは禁止寄りの非推奨。オーナーさんは今、『それでも行くのですね』というご心配をなさっているのだ。

 

「はい。『厄災溜まり』が解消されて間もない今を逃せば、次の機会がいつになるかわかりませんので」

 

 オーナーさん曰く、『厄災溜まり』が解消された余波なのか、南東の一帯では、モースの目撃情報が激減しているとのこと。くわえて、同地域には鉄器で武装した兵士さんが住まう『ロンディニウム』も存在しているため──現在の妖精國において、私が通過する予定のルートはちょうど、モースの脅威が薄い安全地帯と化しているとも言えるのだ。

 

「ふむ。シルキーさんがそう仰るならば、私に止める権利はありません。ただ、海岸沿いとは言っても、海の間際にはご注意を。内陸より逃げ延び、追いやられたモースが潜んでいないとも限りません。なので気持ち分、内陸寄りを進まれるとよいでしょう」

「……わかりました。ご忠告、ありがとうございます」

 

 モース毒に冒される危険性は妖精さん達ほどではないものの、人間の身ではそもそも、遭遇し襲われること自体が致命的だ。郊外を出歩くことがタブーとされる所以の最たるものである。

 

「しかしやはり、万が一の際の対策は持っておくべきです。何かご準備はお有りで?」

「ええ、一応は。以前モースに遭遇した際にも役立った『鉄鍋』を、手に取りやすいように身につけようかと。それから、フェノゼリーさんが残しておいてくださった、鉄製の武器をひと振り、お守りとして拝借したいと考えています。ただ、いざという時、それを私が扱えるとも思えませんので──本命は、この袋に」

 

 オーナーさんに示すべく、私なりに用意したものを開け広げる。

 

「ほう、なるほど。グノームから贈られたという、鉄器の小道具類ですね。たしかに、彼の鍛造品は鉄の純度が高い。これならば携帯しているだけでも、モース除けとしては幾許かの効果が期待できるでしょう。……ん、これは?」

 

 彼は得心しかけつつも、ひとつの代物を目にした途端、訝しげな表情を浮かべてみせた。

 

「えっと、こちらは『()()()』です。私の仕事道具ですね」

「──ああ、なるほど。これはモース除け用の一式というわけではなく、あくまで道具類をまとめて入れた袋、という事ですね。ははは。鉄製のものでもないのに、どうして紛れているのだろうと思いましたよ」

 

 うっかりしていた、というワケでもないけれど、たしかに今の話題のなかでは、これは異彩を放って見える。『対策はしております!』と意気込み開け広げたというのに、無関係な代物が紛れているとは。なんとも締まらない格好だ。

 

「えへへ、すみません。私にとってこれは、今までに最も愛用してきた代物でして。これからの旅程では出番が少なくとも、やっぱりメインの道具袋に入れておきたかったんです」

「そうでしたか。となるともしや、グノーム邸でのお手伝い時代からの愛用品、ということですかな?」

 

 そう。この『はたき』は正真正銘、私にとっての愛用品。一年前のあの日、グノームご夫妻宅でご厄介になることが決まったあと──清掃の手伝いを任されることになった私が、真っ先に手作りしたものである。これを振るう際の衣擦れ音が由来となり、『シルキー』の愛称が付けられるに至ったのだ。

 

「それにしては、随分と物持ちが良いですね。一年以上も清掃に使い続けているならば、布の部分などはもはや、原型を留めてはいられないはずでしょう。それが新品同然のコンディションであるときた。これはどうしてなのです?」

「ええと……これ、布の部分は、私が着古した衣服を再利用して作ってあるんです。お掃除でくたびれてきたらまた、次に着古した衣服を加工し付け替えて──と、何度でも繰り返し使えるように」

 

 この世界に流れ着き、森の中を彷徨っていた際に、当時着用していた衣服はボロボロになってしまった。それを見かねたマーガレットさんは、ご自身の衣服を何着か、私のためにと譲ってくださったのだ。しかし、そうして用済みになった衣服とはいえ、そのまま捨ててしまうのは勿体ない。ゆえに私はそれ以降、衣服を着古すたびに、『はたき』の材料として再利用することにした──というワケだ。

 

「──なんと。これは驚きました。最初から『はたき』になるものとして作られた材料ではなく、かつて別の用途を全うした、異なる代物を材料とし、生まれ変わらせたと仰るのですね」

 

 ……え。驚くって──今のお話で?

 

「いやはや、やはり人間種の発想力には舌を巻く。なにしろ、我々妖精種の考えはこうだからです──『或る用途の代物が欲しければ、はじめからその用途の代物自体を作ればいい』……『或る用途を全うした代物は、その時点で用無しである』──と。ゆえに、シルキーさんの仰る、『或る用途の代物を、別の用途の代物として再利用する』というお話は、なかなか抱き得ない発想なのですよ」

 

 な、なるほど。

 

「とはいえまあ、我々妖精種にも『再利用』という観念自体は存在します。シェフィールドの城壁がそうであったように、類稀な堅牢さを誇る樹皮を建材にしたりとね。かくいうこの倉庫もそうだ。元は或る用途のために採掘されたものの、その用途を失い死蔵に至った鉱石が、別棟の増築という新たな用途に用いられたワケですから。しかし、人間種の発想は我々以上に繊細で、多岐にわたるものだ。その事実をいま一度、改めて実感させられました」

「(────…………)」

 

 ……そうか。『目的』こそを自らの存在意義とし、それを損なえば自壊するのが妖精種の在り方だとすれば──彼らにとって、或る代物の『用途』に対する観念もまた、損なえば次は無いものと見做すことのほうが自然なんだ。

 

 逆に、人間種にとって『再利用』の観念は当たり前と言えるもので、日常生活にありふれる程に馴染み深いものだ。……ともすればそれは、私たちが彼らのように絶対的な『目的』を掲げる生物ではなく、『変化』を経て成長する存在ゆえに抱かれる、種特有の方向性であるのかもしれない。

 

「その点で言えば、現在の私という一翅の妖精もまた、己が『目的』を『再利用』しているようなものなのでしょうね。当初の在り方から大きく掛け離れてこそいませんが、かつての『目的』の形を徐々に変え、別の方向性を掲げるに至った。人間種が抱く『再利用』の観念にこうして関心を持ち得るのは、私がそのような経緯を辿ったがゆえ──なのでしょうかね」

 

 ……それはきっと、グノームさんやフェノゼリーさんにも言えること。『目的』を立て直す過程で別の路を見出し、『第二の生』を生きる彼らだからこそ、異種族たる私にも理解を示し──これほどまでに親切に、擁してくださったのだろう。

 

「ははは、すみません。名残惜しさのあまり、ついまた余計な話をしてしまいました。やはりどうにも、シルキーさんの前では饒舌になるらしい。噂では人間種に依存する妖精も少なくないと聞きますが、あながち眉唾ではないのかもしれないですね。こうしていると、不思議と気分が高揚するのです。活力を分けていただいていると言いますか、何と言いますか」

 

 ん。たしか以前、マーガレットさんがそんなお話をしていたっけ。『人間は妖精の活力源になり得る』、とかなんとか。

 

「ま、私は何かに依存するという柄ではない。自分で言うのもアレですがね。この際なのでぶっちゃけますと、此処への訪問を週に一度としていたのも、先の告解が由来だったりしまして。より頻度を増していたならば、此度の出立を引き止める気なぞ起こしていたやもしれません!」

 

 なんと。そんなにも罪な人間だったのか、私は。

 

「ははは! 冗談です。お引き止めなどいたしませんとも。そんな事をしようものなら──二ヶ月間どころか、一年間も私邸で務めた優秀なお手伝いを此方に派遣してくれた、グノームに顔向けができませんので」

「(────…………)」

 

 ……そういえば。ノリッジでの滞在当時、同じ建物の中で過ごしていながら、グノームさんと顔を合わせる機会もまた、食事や来客対応などの、一日の中でもごく限られた時間しかなかったような。それこそ、彼自身が早々に面会を切り上げているかのように、そそくさと工房に戻られていた記憶が──

 

「(……あれって、オーナーさんが今おっしゃったことと、同じような理由だったり……?)」

 

 ──仮にそうだとしたら、お気遣いへの申し訳なさと同時に、なんだか可愛げのようなものを感じてしまう。あれはつまり、照れ隠し的なムーブかもしれなかったワケだ。……まあ、グノームさんの性分を思えば、そんな事情を抜きにしても工房に籠るのだろうけれど。

 

「向こうに戻られたら、どうぞよろしくお伝えください。ソールズベリーとノリッジの距離は遠いため、私は彼らとそうそう顔を合わせる機会がありませんのでね」

「はい。お任せください!」

 

 そんなこんなで、ひとしきり話し込んだあと。管理棟から荷物を運び出し、倉庫内の通路を並んで歩いてゆく。

 

「それにしても、上手に荷造りをなさいましたね。そこに私物が全部入っているのです?」

「ええ。此方へ来る時の私物も、もともと身軽な量しかありませんでしたから。その後も大して増えてもいないので、すっぽり収まってしまいました!」

 

 私が譲り受けた唯一の『処遇検討品』、なかなかに立派なサイズの寸胴鍋である。そこへ私物の一切を放り込み、キャリーケース替わりに利用したのだ。

 

「フェノゼリーさんが居た期間中、古い台車が一台壊れてしまいまして。後輪のふたつだけは無事だったので、メンテナンスを経たのち、二輪のキャリーカートに作り替えてもらったんです。そこに寸胴鍋を縛り付け、こうしてキャリーケース風味に!」

「ほほう! ここにも『再利用』の趣向が込められていたとは。まったく感服する限りですな!」

 

 寸胴鍋は布ですっぽりと覆っているので、傍目からも外見はそこそこスッキリとして見えるはずだ。仮に元の世界でこれを引いて歩けば、職務質問くらいはされるかもしれないものの、ギリギリ旅行者として看做される水準だろう。

 

 ──左右に並ぶ倉庫室群を傍目に、長い通路を歩き切る。建物入り口の扉を潜り、屋外へと足を踏み出した。

 

「──それでは、これより先はお気をつけて。雨期は過ぎ、悪天候の心配は以前より少ないでしょうが、郊外の道程はなかなかにハードです。焦らず、しっかりと休息をとりつつお進みください」

「はい。ありがとうございます、オーナーさん──」

 

 最後に、一度。くるりと背後へ振り返り、恩人となった御仁に向けて、深々とお辞儀をする。

 

「──お世話になりました。また、いつか!」

「ええ、こちらこそ──お元気で、シルキーさん!」

 

 そうして。短いようで長かった、ソールズベリー滞在期間は終わりを迎え……元の世界でさえすることのなかった、私にとっては初めてとなる──『里帰り』の旅が始まった。

 

 ……四日後。郊外を歩くのみの私が知らぬ間に、妖精國中枢で繰り広げられていたらしい、歴史的内戦が終結し──女王陛下が崩御されたとの報せを後日、思わぬ形で知ることになった。

 

 

 







お読みいただきありがとうございます。


『用途』と『目的』などの回でした。
ソールズベリー滞在編はこれにて区切り。彼女のお話もあとわずかです。


なんと、ほぼ二ヶ月ぶりの更新になりました(汗)
まとまった時間が取り難くなっており、遅筆も相まって目に見えて執筆ペースが落ちているこの頃。ゆっくりとにはなりますが、コツコツと書き進めてまいります。


久々のぐだイベ! いろいろとハジケてましたね。何者なんだい彦斎ちゃん。


引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。




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