※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
◆◇
──ソールズベリー滞在期間改め、ノリッジ郊外活動期間、六十五日目。
「ん〜……朝、か」
ソールズベリーを出発してから、早いもので四日が経っていた。現時刻は早朝、ブリテン南東の海岸沿いに設置した、野営地で目を覚ましたところである。
「そろそろ起きなきゃ。よいしょっと」
簡易テントから這い出し、外の景色に視線を送る。辺りは一面の草原で、朝焼けが柔らかに照らしている。
「ひー、つめたっ!」
少し前までの雨期の影響か、内陸高所より流れてきたのであろう湧水によって、一帯には天然の細い小川が点在していた。いずれもかなりの透明度を有しているため、こうして洗顔に用いたり、飲料水として汲み取ったりと、道程の生活用水に利用しているのだ。
「ほんと、この水流があって助かった。身体も清潔に保てるし、定期的に水分補給もできるんだから」
保存食は充分に備えてあるけれど、飲料水ばかりはそうもいかなかった。想定される日数分の水を持ち歩くとなれば、結構な重量になってしまう。ゆえに、今回の道程では必要最小限の水量しか携帯しておらず、それもじきに底をつくため、ある程度は現地調達をする必要があったのだ。
とはいえ、次に見つかる水流が綺麗だとは限らない。念のためこの場で、向こう数日分の水くらいは汲んでおくとしよう。
「それじゃ、朝ごはんにしようかな。……あ、そうだ! ずっと大事にとっておいた
保存食袋から一食分のピクルスと、秘蔵しておいた頂き物の干し肉を取り出し、焚き火を熾して軽く炙る。山菜のバリエーションは豊富にあり、味付けも別々に作ってはあるけれど、さすがに似たメニューが四日続くと飽きも来る。ゆえに、中期間以上のアウトドアでは、こうした工夫で気分を上げることも大切なのだ。
「──いただきます! ん。久しぶりのお肉、やっぱり美味しい〜!」
炙り肉の香ばしさがプラスされた料理にありつきながら、ぼんやりと現状に思考を回す。
「(ひとまず、予定の三割の距離は進んだかな)」
昨夕までの道のりは目立った起伏もなく、極めて平坦な地形が続いていた。しかし、グノームさんにいただいた地図によると、ここから東には小規模の丘や山が点在しているらしい。なるべくそれらを越えることなく、迂回できるルートを辿りたいところだ。
「ごちそうさまでした。さて、今日も歩くぞー!」
荷物をカートにまとめ上げ、ノリッジへの旅路を再開する。
「(──本当に、郊外には何もないんだなぁ。まるで、前人未到の地を進んでいるみたい)」
そんな調子で、黙々と歩くこと数時間。小休憩のたびに軽く飲食を挟んでいるため、昼休憩らしい昼休憩は取らずに来ている。陽が暮れる前あたりになったら、今日の道程に区切りをつけるとしよう。
「(今はまだ見晴らしの良い地形だけど、ここから先は迷わないよう注意しないと。……このルートはどの都市部からも遠いし、誰かに道を訊ねることも難しそう。気長に、慎重に進むしかない──)」
地図を片手に眺めつつ、そう思いかけたとき。明日あたりに通るであろうルート上に、おそらくは今回の道程で唯一の、生活圏と思しき箇所があることを思い出した。
「(……『ロンディニウム』──たしか、大勢の人間兵さんたちがいらっしゃる場所、なんだっけ)」
生活圏は生活圏でも、武装した兵士さんが拠点とする場所ならば、おそらくは軍事的な要塞といった感じだろう。観光がてらちょっと立ち寄ってお買い物、なんてことは望めないかもしれない。
「(……まあでも、どのみち近くを通ることにはなるんだ。立ち寄るかどうかは、近郊の雰囲気次第で考えよう)」
じきに夕暮れ時。ちょうど目前に小川を見つけたので、今日はあの辺りを野営地としよう。ここまでのペースで明日以降も進めたなら、予定どおり計十二日ほどでノリッジに着けそうだ。
「──ふう。今日も歩いた〜!」
キャリーカートから手を離し、ぐいーっと大きく背を伸ばす。数日間も歩き詰めとあっては、さすがに身体のあちこちが悲鳴を上げている。就寝前までには念入りに、ストレッチとマッサージをしておかなくては。テントを張ったら、あとはもうゆっくり過ごすとしよう。
「(此処からだとたぶん、明日の昼までには『ロンディニウム』付近を通ることになる。位置的にも中間地点ってところかな)」
テントを張り終え、進行方向を遠くに眺める。それにしても、『ロンディニウム』──こんな人気のない地帯、それもどの都市部からも距離がある場所に拠点を築くあたりが、じつに戦に備える兵士さんらしい。
「(……シェフィールドの件といい、妖精國は内乱が少なくない風土だとは聞いていたけれど──)」
都市と呼べるほどの規模、軍隊と称せるほどの人口を抱える拠点。いったい、どんな戦に備えているというのだろう。
「(──そういえば。ウィールドさん、お元気かなあ)」
夕食を終え、就寝前の身支度をしつつふと思う。私のよく知る兵士さんといえば、やっぱり彼のことになる。あの御仁のような人間が、『ロンディニウム』にも居るのだろうか。
「(山菜狩り、楽しかったなあ。山頂では星も綺麗に見られたし、いい思い出だ)」
外へ出て、何気なく例の山の方角を見る。今日は一日中晴天に恵まれた。きっと見晴らしの良い此処からでも、満天の星空が拝めるだろうと、そのまま空へと視線を上げると──。
「(……あれ。あっちの方角は曇り……?)」
ブリテン中央部。その一帯の上空のみが、満天の星空を覆い隠すように──まるで嵐でも訪れたかのような、分厚い雲に鎖されていた。
「(……なんだろう。昼間はノリッジの方角しか向いていなかったからか、ぜんぜん気づかなかったけれど……局所的な豪雨……? 周りには星が出てるから、暗くてもはっきりと雲があると判る。……まるであの一帯だけ、空に穴が開いたような──)」
吸い込まれそうな暗闇を凝視めていると、不意に意識が霞みだす。どうやら相当お疲れらしい。
「……ふあ。もう寝よう」
テントに這い入り、ぽつりと呟く。お腹もいっぱいになり、じわじわと溜まりつつある疲れもあって、抗いがたい眠気がやってくる。
明日も朝早くから歩き詰めることになる。身体が求めるままに応じ、ぱたりと寝床へ横たわり──夢も見ないほどに深い、眠りに落ちた。
◆◆
──
「やっば!」
飛び起きるなり周囲を見渡すと、テントの外はすっかり明るい。文句なしの寝坊である。
「うわ〜、やっちゃった。急がなきゃ!」
大急ぎで顔を洗って歯を磨き、テントをカートに畳み込んで荷造りを終える。朝食分の保存食と水を片手に抱え、小走りで旅路に繰り出した。
「はあ、はあ。もう、何時間ぐらい寝過ごしたのかなぁ……!」
おっと、いけない。慌てふためくあまり、私的ルーティーンたる、日数のカウントを失念していた。
「……うう、おなかすいた。走りながらはお行儀がアレだけど、誰も見てないしまあいっか! いただきま──」
今日はノリッジ郊外活動期間、六十六日目。
「ブモォオオオオオー!」
「──ええええええ!」
記念すべき、大寝坊を喫した日にして。
「な──通行人か? すまない! 怪我はなかったかい……うん?」
「──え。あなたは──」
これはついでに、性懲りもなく痴態を晒した日にして──
「──
──わりと記憶に新しくも懐かしい、知己との再会が叶った日である。
「──シルキーさん? シルキーさんじゃないか! どうしたんだい、こんな郊外の原っぱで。やけに息が上がっているが……」
「ノッカーさんこそ、どうして此方へ……って、わあ! 前よりも大きなイノシシさんが、頭から地面に突き刺さって……!」
どこにでも生息しているのか。この可哀想な四足歩行生物は。
「おっと。数時間にわたる猛追の果てに、ようやく一撃を見舞ったソイツの事を忘れていたよ。どうやら仕留められたようだね。いやあラッキーだ、今回のはかなり食いでがあるぞう!」
彼も以前とお変わりないご様子で。すっかり伸びたイノシシさんをひょいっと担ぎ上げ、腹部がよく見えるように横たえる。今すぐにでも解体ショーが始まりそうだ。
「そういえば今、貴女が走りながら何かを頬張っているように見えたのだけれど。もしかして昼食の最中だったのかな?」
「は、はい。すみません、お行儀の悪い所をお見せしてしまって」
遠目からでもバッチリ目撃されていたらしい。何が『誰も見てないしまあいっか!』なのか。……というか、手に持っていたはずの食料が見当たらない。たぶん、さっき驚いた拍子に落としてしまったんだろう。
「……! まさか、あそこに落ちている野菜の残骸が──すまない、これは申し訳のないことをした。貴重な食料を台無しにしてしまったね」
「い、いえ、走りながら食べようとしていた私が悪いんです。イノシシさんと交通事故を起こしかけずとも、落っことしてしまう可能性は高かったと思いますので!」
これもひとつの自業自得。寝坊したからといって横着をし、粗末な姿勢で食事にあたった私の落ち度だ。しっかりと反省を──
「……『食べようとした』? つまり、食事はまだということか。……これはなおさら申し訳のしようがない。シルキーさんさえよければ、お詫びの印に今この場で、新鮮な猪肉をご馳走させてほしい。どうだろうか?」
「いただきます!」
──するのは後にして、抗いがたいお誘いに乗るとしよう。
「──よし、火の通りは充分だろう。はい、シルキーさんの分だ。鉄串が熱くなっているから気をつけて!」
「わあ、ありがとうございます!」
手際よく解体された猪肉は、あっという間にステーキ串へと変身を遂げた。思いがけずご馳走である。
「スパイスがありますが、ノッカーさんもいかがですか?」
「おお、頂戴するよ!」
ふたり揃って『いただきます』と声に出し、草原の真っ只中、ささやかなバーベキュー会が始まった。
「以前もこうして、出会うなり食事にありついたね。あの時は私がご馳走になったから、今回はそのお返しだ。まあ、さっきの非礼のお詫びという側面が大なのが、なんとも格好のつかない話だが!」
「ふふ、思えばそうでしたね。というかほんと、さっきの件はお気になさらず。それより──お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです!」
約二ヶ月半ぶりになるだろうか。まさかこんな所で再会が叶うなんて、まったく想像もしていなかった。誰かと遭遇する可能性すら期待していなかったところを、見知った御仁に出くわすとは、じつに幸運なことである。
「こちらこそ。お元気そうで何よりだ! あの後、ソールズベリーには無事に着いたのかい?」
「ええ。二ヶ月間ほど、滞在生活を送っていました。数日前にソールズベリーを発ち、現在はノリッジに帰っている最中でして」
以前はノリッジからソールズベリーに向かう途中に、今回はその逆の道程に。両者に大きな違いがあるとすれば、フェノゼリーさんが不在であることぐらいだろうか。
「そうだったのか。つい最近までのノリッジは、『厄災』の件で大変だったと聞く。お世話になった御仁に会いに行くおつもりならば、気が急いておられることにも頷ける」
「えへへ、よくお解りで。なのに今日は寝坊しちゃって、さっきの始末です。でも、寝坊した甲斐がありました。ノッカーさんに遭遇することなく、あのまま焦って進んでいたら、明日は夕方まで寝ていたかもです!」
──『早起きは三文の徳』、という諺があるけれど、寝坊にも良いことがあるらしい。予定どおりに早起きをしていたならば、こんなジャストミートは叶わなかったに違いない。
「そうかそうか! 寝坊したことで
「ごふっ」
そのダジャレ、考えないでおいたのに。……うん?
「(──あれ。もしかしてノッカーさん、『早起きは三文の徳』の諺を知っている?)」
私はその諺を口に出してはいない。しかし、今の彼の発言は明らかに、先の諺の一説にカケた冗談だったような……。
「(……そういえば。彼とはまだ、ちゃんと──)」
……以前、最初に彼と出会った時のことを思い出す。別れの間際、互いにアイコンタクトでもって──『ある事柄』について、一応の確認を取り合ったことを。
「──あの。ノッカーさん」
「うん? ああすまない。もしや、茶化しを入れるには不適切な場面だったか──」
「いえ、そうではなく……」
周囲をぐるりと見て警戒し、余人の目と耳がないことを把握する。完全に、この場に居るのは私と彼だけだ。
「……ひとつ、確認し合いたいことがあります」
ならば。ここでいま一度、言葉をもって明らかにしておきたい。
「あなたも……『漂流者』──なのですか?」
私達が、外の世界より流れ着いた──『同胞』であるということを。
「──ああ、そうだとも。……それを問うからにはやはり、貴女も『漂流者』だと思っていいのかな?」
やっぱり、そうだったんだ。
「ええ。その認識で、間違いありません」
以前はフェノゼリーさんも同席していたので、念のためにとお互い、面と向かっての言及は自重していた。フェノゼリーさんが気心の知れた現地の妖精さんであり、私たちの素性を知ったところで問題は無いとしても──私たちが『外の世界の人間種』だと知られ、そんな存在との関わりを持っている事が公になった場合、彼の立場にどんな影響が及ぶのかが判らなかったからだ。
「いやあ、よかった。あの時にも『もしや』と感じてはいたけれど、当たりだったようだね。なるほどそういえば、互いに明言は避けていたんだった。私はもうすっかり、貴女のことは『同胞』だという認識でいたよ。確認することさえも失念していたほどに!」
「実を言うと、私も同じ認識でした。こうしてもう一度、確認する機会ができてよかったです!」
──それからしばらく、以前は話題にすることができなかった、『漂流者』同士としての身の上話に花を咲かせた。元の世界に居たころの話と、山間部で別れてからの経緯を、思いつく限り。
「──そうか。どうやらシルキーさんも、この世界での生活を伸び伸びと謳歌できているみたいだね。『同胞』としては喜ばしい限りだよ」
「ノッカーさんこそ。私も嬉しく思います!」
こちらが打ち明けたことは大きく二つ。妖精國に流れ着く直前の、元の世界における私の経歴。ノリッジでの生活は以前にもお話ししたので割愛し、ソールズベリーでの出来事を新たに開示した。
「いやあ、興味深いお話だった。シルキーさんの過去についてはもちろんだが、ソールズベリーでのお話にはとても臨場感があったよ。特に清掃時の件だ。例の倉庫の建物内の様子が、まるで見取り図を手にし眺めているかのように、こうして聞いているだけでも克明に想像できたほどさ!」
お仕事の話に熱が入るあまり、清掃箇所の詳細な構造にいたるまで、つい懇々と語り込んでいたらしい。二ヶ月間、それもつい先日まで、毎日手を掛けていた感覚が抜けていない所為だろうか。語り終えた後になって恥ずかしくなってきた。
「ふふ。ノッカーさんこそ、元の世界でのお話にはとても臨場感がありました! 当時からサバイバル生活を送っておられたんですね。なんというか、納得です!」
彼がこの世界に流れ着いた経緯は、私と比較的よく似た境遇だった。元の世界におけるイギリスの山中で生活を送るさなか、狩りごたえのある獲物を探し求めていたところ、いつの間にかこちらの世界に迷い込んでいたらしい。
「ははは。しかし己が身の話ながら、お笑い種というほかないね。俗世への関心とともに我をも忘れて、ただひたすらに『強い獲物』を追い求めていたのは確かだが、まさか別世界の生態系に迷い込んでしまうとは。おかげで漂着直後は焦ったよ。先の魔猪の幼体ですら、当時の私には手こずる獲物だったからね。おかげでずいぶん鍛えられたものだ!」
マッチョすぎる。何だけに、とは言うまい。
「だからまあ、私にとってはこの世界での生活と、元の世界での生活に大差はない。獲物のレベルが段違いであることは除いてね。むしろこちらのほうが性に合っているし、己が『理想』に近いとすら感じているよ。今となっては本当に、この世界に来られて良かったと思う。『己が腕を磨く』という目的には、これ以上にない環境だからね!」
「お、おお……」
──って、あれ。なんだかそれ、以前に誰かも似たようなお話をしていたような。
「……そういえば、今のノッカーさんみたいな事をおっしゃる方が居たんです。縁あってソールズベリー滞在中にお世話になった、ウィールドさんという男性で──」
──そこまで言いかけて、一瞬の逡巡が脳裏をよぎる。果たして今ここで、この場に居ない別の『漂流者』のことを、勝手に話題に出して良いものか。
「おお! それはなんとも、私としては親近感の湧く御仁だね。一度出会ってみたいものだ!」
……いや。ここまで来たら、そんな逡巡も杞憂だろう。『漂流者』同士、それもノッカーさんという個人に対してなら、ほかの『同胞』について話しても問題はあるまい。
「ふふふ。もしかしたら、どこかでお会いする機会があるかもですよ。『類は友を呼ぶ』というやつです。彼は現在、オックスフォードで人間兵をされている──私達と同じ、『漂流者』の方なので!」
「おお、やはりその御仁も『漂流者』だったのか! シルキーさんも方々で、我々以外の『同胞』と出会っているんだね!」
──問題はないどころか、彼もまたほかの『同胞』の存在を知っており、それを伏せる気すらもなかったらしい。
「ということは、ノッカーさんもまた、私たち以外の『漂流者』と、どこかでお会いになったんですか?」
「ああ、一名だけ。というかつい数週間前まで、私と行動を共にしていたんだ」
──えっ。
「以前にも少し話したかな。『大穴』の近辺で独自の信仰に身をやつしていた、愉快な変わり者のことだ。ほら、私が狩った獲物の毛皮を、『大穴』めがけて放り込んでいた、その御仁だ」
ああ、例の。別れ際に聞き齧っただけのプロフィールでもインパクトが強すぎて、わりと印象に残っている。
「そのお方は、今も『大穴』の近辺に?」
「いや、今はもう居ない。おそらくは、生きてすらいないだろう」
────え。
「──落ちたんだ。いや、
……どうして、そんなことを……
「……さすがに私もびっくりしたよ。前触れは無かったが、きっかけと思しき出来事はあった。同行生活をしていたある日、私はひとり狩りに出掛けていた。そして獲物を仕留めて戻るころ、『大穴』のほうを向いた時──その上空で、大きな爆発があったんだ」
……爆発?
「爆発があった位置から視線を外さぬまま、私は急ぎ『大穴』近辺のキャンプへと走った。爆発は幾度も続き、それはしだいに『大穴』へと吸い込まれるように下降していった」
それって、もしかして──私とウィールドさんがあの日、山頂で目撃した……あれのこと?
「そうして、私がキャンプに戻った時だ。すでに爆発は収まり、『大穴』には立ち込める硝煙が残るのみだった。それを呆然と眺める『同胞』が目に留まり、何があったのかと声を掛けた。だが……奴は血相を変えたまま、こちらを見向きもせず、こう呟くのみだった──『バチ当たりめ。バチ当たりな薄情者め」──とね」
……あれ。なんだかまた、怪談風味な路線に突入したのだけれど。
「……一瞬、呆気に取られていた私の落ち度でもあるだろう。奴は一目散に『大穴』へと駆け出し、そのまま身を投じてしまったんだ。今となってはもう、奴がなぜそうしたのかは判らない。ただ私には、あの姿はどこか──投身自殺のそれではなく、
「は……ええ……?」
話を聞く限り、その人物が身を投じ、無事では済まない状況に陥ったことは、決してノッカーさんの責任ではないだろう。……しかし、いったいどれほどの理由があって、そんな行動に出たというのか。同行していた彼にも判らない以上、私に推し量ることもまた不可能だった。
「まあともかく、私も私で、シルキーさん以外にも『同胞』の存在を見知っているということだ。奴の件はもう、今となっては考えても仕方がない。……ああ、そういえば。奴も奴で、私以外にも一名、『同胞』と遭遇したという話を聞いた事があったな。人気のない地帯でひとり、仙人のように隠居する
「……! そんな御方まで、この世界に……」
老紳士……つまりはお年寄りの御仁か。妖精國の人間種は平均寿命が三十歳前後だから、お年寄りの人間というだけで『外の世界の人間』だと判ってしまう。隠居という選択肢を採ることにも頷ける話だ。
「ああ。彼の件は現実問題、私たちにも遠からず関わる話だね。少なくともあと十、二十年は、外見年齢的にも三十代前後だと言い張れるだろうが、その先の身の振り方は考えものだ。彼と同様に、人気のない何処かで隠居せざるを得ない可能性があるのだから」
……あまり考えないようにしていたけれど、私たち『漂流者』の身の振り方を思えば、先々の生活にはやっぱり、そういう懸念が付き纏うのか。現時点でも自由にとはいかない立場なのに、まさか老後の生活が目の前に迫っているとは。世知辛さの極まるお話だ。
「ああ、そうそう。シルキーさんのお話に出た『フミコ』女史という御仁も、聞いた限りでは──我々の『同胞』であるかもしれないな」
やっぱり、彼もそう思うのか。
「なんでも、『漂流物』に並々ならぬ関心を抱いているのだとか。……私もそこについては興味がある。我々がどうして、この世界に流れ着くに至ったのか──元の世界に戻れるか、戻りたいか否かに関わらず、純粋に理解したいという欲求は、やっぱりどうしても抱いてしまうものだからね」
……『戻りたいか否かに関わらず』、か。
「──ええ、同感です。叶うことなら私も、一応の理解くらいには及べたら良いなあと。そう思います」
──奇妙な話だ。他ならぬ『漂流者』当人であるにも拘らず、ノッカーさんも私も、言葉の端々に『元の世界に戻る気はない』という本心を滲ませながら、ただ純粋な興味関心の範疇で、『漂流』に至った仕組みについて思いを馳せているのだから。
「ははは! その時がいつ来るのやら。まあ、話を聞く限り、フミコ女史は『魔術師』か、『魔術使い』である可能性がありそうだ。そうだとすれば本当に、何らかの解を導き出してしまうかもしれないな!」
「────え?」
……フミコ先輩が、『魔術』に関わる人物である可能性……?
「(というか……ノッカーさんからそうしたワードが出てくるということは、彼もウィールドさんみたいに──)」
──先刻までの会話で私は、『魔術』に関わる内容を意図的に伏せていた。以前、記憶を取り戻す前の私に対して、ウィールドさんが言及することを躊躇っておられたように、ノッカーさんがその筋と無関係な可能性のあるうちは、開示すべきではない文脈だと考えたからだ。
「だって、どう考えてもそういう話になるだろう? 外の世界から来た『漂流物』と、海外へと出向く『外洋船』の建材を、隣り合うようにして収蔵する拠点。その環境を整えんと立案し、手ずから管理する存在が、フミコ女史その人であるという事実──」
ああ。その点については、私も疑問に思っていた。偶然にしてはあまりにも、何らかの『意図』が感じられる環境ではないか、と。
「──加えて、管理者代行となったシルキーさんが先ほど、お得意の清掃業務の対象箇所として、一度も話題に挙げなかった……いや。おそらくは魔術によって意識することを阻まれていた、『フミコ女史の書斎』がある『二階へと続く階段』の存在……これらの状況証拠が揃っていれば、心得のある者ならば自然と思い至る。その倉庫が典型的な、『魔術工房』の在り方をしている、とね」
「……!」
……あの倉庫が、『魔術工房』──。
「(……いや、驚く点はそれだけじゃない。ほかでもない私が、『二階』のお掃除をしていなかった……? それに、『意識することを阻まれていた』って──)」
──そう思いかけた途端、唐突な頭痛と眩暈が襲う。……言われてみればつい最近、それを実感する出来事に見舞われたような記憶が、なんとなく……
「──あ、本当だ! 思い出しました。たしかに先日、階段を掃除しようとして、『何か』に阻まれる感覚がありました。結局そのまま完全に階段を意識できなくなって、立ち入ることができなかったんです……!」
認識の阻害か、封印か。いずれにせよ私はあのとき、フミコ先輩が講じた『何か』に影響を受け、いまの今まで失念していたらしい。
「──ああ、やっぱりか。そして貴女もまた、『魔術』に縁ある御仁で間違いなさそうだね。……いやあ、よかった! 仮に予想が外れていたら、神秘の秘匿に反するところだったよ。まあ、この世界では無用の心配かもしれないが!」
「!」
どうやらノッカーさんも、私と同じ心配をなさっていたらしい。結果的に彼が看破してくれたおかげで、お互いに隠し事をする必要がなくなった。
「──ノッカーさんも、『魔術』に縁ある御方だったんですね。……でも、フミコ先輩のみならず、どうして私までもが『そう』だと判ったんですか……?」
そうだ。私は先の話の文脈で、自身が『そう』である事が判るような言及はしていない。そのはずがなぜ、こうも簡単に看破されてしまったのだろう。
「うん? それはほら、こうも魔力を滲ませておられるとね。体外に纏う分は微々たる量で、この世界に居るならば見紛うレベルだが、体内に循環する魔力の質は明らかに、一般の人間の様相ではない。『魔術師』ではないにしても、『魔術使い』の範疇に収まる御仁には違いないと、そう判断したんだよ」
えっ。そういうの、見た目で判るものなんだ。
「まあ、判断の決め手になったのは、たった今のお話だ。貴女はさっき、『完全に階段を意識できなくなって』と言ったね? それはおかしいと思ったのさ。そうさせた『阻む何か』は本来、そこまの効果を発揮するものではなかったはずだからね」
──?
「おそらく『それ』は十中八九、触れれば容易く破れてしまう程度の、ごく薄い『簡易結界』であったことだろう。なにしろ使用魔力量が多ければ、仕掛けの存在自体が余人に気づかれてしまう。妖精をも対象とする結界ならば尚更だ。だからバレないギリギリの魔力量で、『なんかこの先行くのやめとこ』程度に思わせる、『人除け』とすることが関の山だったはずなんだ。『完全に意識できなくなる』レベルの話には、本来だったらなり得ない」
……触れれば容易く破れる程度の? 現に私は完全に阻まれたばかりか、ついさっきまで影響を受けていたほどなのに……?
「ああ、貴女が何に疑問を抱いているのかは判るとも。『なっとるやろがい』と思っているんだね? 無理もない話だ。そうなった原因は、『簡易結界』ではなく──貴女自身にあるのだから」
「──え?」
……原因が、私に?
「うん。単刀直入に訊こう。そしてこの問いが、そのまま答えに繋がるはずだ──シルキーさん。貴女の『起源』は、何なんだい?」
──!
「……『払拭』、です……って。もしかして、そういうことですか?」
「──なるほど、『払拭』か。ああ、おそらくはご想像のとおりだとも。貴女のその『起源』が、『簡易結界』の影響を自身の内側で増幅させ、本来の何倍……いや。何十倍もの効果を、無意識のうちに引き出し、引き受けてしまったんだろう」
──ジャ、ジャストミート……。
「……そうだったんですね。そんな事態に陥っていたなんて、ぜんぜん解りませんでした。どうりであの晩の私、出立前夜なのにぐっすりと……」
「ははは。謎が解けたかい? だが逆に、もっとも不可解に思っているのは、ともすればフミコ女史のほうかもしれないよ。薄膜程度の結界を張ったつもりが、それに見合わぬ効果をバッチバチに発揮したんだからね。仮に感知魔術を併せた仕掛けだったならば、遠方で『いや何事ォ!』と慌てふためいていたかもだ!」
すみませんフミコ先輩。その警報は誤作動です。
「──ともあれ。ここまでの話で、お互いにいろいろと解ったね。『漂流者』同士で情報交換ができる機会なんて滅多にないことだ。むしろ皆無に終わることのほうが自然だろう。感謝するよ、シルキーさん!」
「こちらこそ。ありがとうございます、ノッカーさん!」
あれよあれよと話し込み、焚き火もすっかり消えたころ。急遽開催されたバーベキュー会はお開きとなり、お片づけに取り掛かった。
「おっと、そういえば。身の上話に夢中になるあまり、最初の質問に答えるのを忘れていたね。じつは私は、貴女が向かう方角から此処まで来たんだ。なのである程度ならば、予定されているルートに助言ができるかもしれない。たしか以前は地図を持っていたね。手元にあれば見せてくれるかい?」
「いいんですか! お願いします!」
お片づけを終え、ご厚意に甘えて地図を開け広げる。予定のルートを指でなぞり、彼の意見を伺った。
「このまま、やや内陸寄りの海岸沿いを進むつもりです。あと、これは予定というほどではありませんが──今日明日ぐらいに通りがかる立地なので、『ロンディニウム』に立ち寄ろうかどうか、と考えています!」
「────」
すると。ノッカーさんはどういうわけか、眉間に皺を寄せ、一瞬の間を置いてこう言った。
「──いや、それはオススメできない。『ロンディニウム』はもう、存在しない場所なんだ」
「…………え?」
──それは、どういう……
「……すまない。気分のいい情報ではないからと、あえて食事中の話題からは省いていたが──向かわれるつもりだったと聞いたからには、やはり話しておくとするよ。構わないかい?」
「え、ええ。それはもちろん」
──食事中にする話題ではない、というからには、それ相応の内容であることは確かだろう。私は無意識に姿勢を正しつつ、彼の言葉に耳を傾けた。
「──これは、実際にこの目で視た事実だ。私が訪れたときにはもう、『ロンディニウム』は壊滅状態だった。現場の状況からして、武装兵力による襲撃に遭ったんだろう。すでに誰もおらず、鎮火こそしていたが、拠点全域が焼け落ちていたよ。建造物は瓦礫の山へと変わり果て、復興困難であることは明らかだった」
──『ロンディニウム』が、壊滅……。
「だから、立ち寄ることはオススメできない。目にする光景は凄惨そのものだからね。それに、ああなった土地には『よくないもの』が寄り付きやすい。極力近づかず、海岸寄りを進むべきだと思うよ」
……『よくないもの』、というと……。
「……それは、『モース』が居付きやすくなっている……ということでしょうか?」
「ああ、奴らも居たよ。その点があるだけでも、近寄るべきじゃないことは明白だ」
ノリッジの『厄災溜まり』解消の影響で、同地帯ではモースの目撃数が激減している。しかしそれは、別の何処かへ追いやられた可能性を示す状況でもある。その何処かとなり得たのが、『ロンディニウム』跡地だということか。
「モースだけじゃなく、野生動物も立ち入る場所になっている。備蓄庫で焼け残った食料などを喰い漁りに来ているんだ。さっき仕留めた魔緒も、早朝から『ロンディニウム』より追い回した個体でね。『貴女が向かう方角から此処まで来た』と言ったのは、そういう意味だ」
え。
「ノッカーさん、今朝まで『ロンディニウム』にいらしたんですか? それで、走って此処まで?」
「ははは。そうだよ。つい食い意地を張ってしまってね。おかげでいいランニングになった!」
そんな朝のルーティーンみたいに言われても。
……というか。以前は『大穴』近辺で野営をしておられたノッカーさんが、現在はどうして、ブリテン南部にいらしているのだろう。
「……あの。ノッカーさんは以前、ブリテン中央部の山のほうで過ごされていましたよね。こちら側へ移動なさったのは、どういった経緯で?」
「ああ、そこについてもまだ話していなかったね。……まあ、状況の変化、といったところさ。『大穴』近辺での先の一件もあり、同行者を失って尚あの地に留まる理由は無かったし、ブリテン中央部は何かと物騒になったからね。こうして南下したのは、いわゆる緊急避難のようなものだ」
ああ、そういうことか。『大穴』には女王陛下が座す『王城』が隣接しているのだし、その近辺で野営を続けていれば、いつ戦禍に巻き込まれるともわからない。くわえて、ブリテンの北半分が物騒な状況である以上、南に移動するよりほかに選択肢はなかったというわけだ。
「その後はまあ、『ずっと山に篭っていたのだし、せっかくなら海でも見に行こう』などと思い立ち、あてもなくひたすら南下する旅をしていてね。そうして昨日、『ロンディニウム』に通りがかり、あわよくば食事でもと立ち寄ってみた結果が先の話題だ。まさか一帯が丸ごと軍事拠点で、さらには壊滅しているなんて……あれ。こう言ってみると自分もまた、野生動物たちとさほど変わらない動きをしているな……?」
そんなことはないですよ、多分。うん。
「と。そんなこんなで、こうしてシルキーさんと再会し、今に至るというわけだ。それだけでも、思い切って南下してきた甲斐があったよ。貴女の旅に役立ちそうな情報提供もできたしね!」
「そういう経緯でしたか。お話しいただき、ありがとうございます!」
荷造りも一段落し、お喋りも充分以上に弾ませた。そろそろこの場もお開きといった頃合いに、私は彼に対し、ひとつの提案を思いついた。
「──あの。ノッカーさんは先ほど、ブリテンを南下する旅を『あてもなく』と修飾されていましたよね。そのご認識は、現時点でもお変わりありませんか?」
「うん? あ、ああ。まあそうだね。とりあえずは引き続き、水平線を拝みに行こうかな、とは思っているけれど……おっしゃるとおり、あてもない旅であることに変わりはない。もうじき南にも下り終えてしまうから、その後は西か東、どちらかを進むことになるだろう。まだ決めてはいないけどね。ははは!」
──よし。なら、この提案にも意味はありそうだ。
「ノッカーさんさえよろしければ、私と一緒にノリッジへ行ってみませんか? 道中は海岸沿いを歩く分、おのずと水平線を拝む機会はありますし、目的地のノリッジは港街です。海をご覧になりたいのなら、その要望も叶えられると思います!」
多少図々しくもある提案かもしれないけれど、彼にとって悪い話ではないはずだ。半ば願望を込めながら、意を決して問うてみる。
「──なんと! それは魅力的なお誘いだ! しかし、シルキーさんはそれでもいいのかい? 私がノリッジまで同行しては、いろいろと迷惑をかけてしまうのでは……」
「迷惑だなんて、とんでもない! むしろ大歓迎です。以前お話ししたとおり、私がノリッジでお世話になったご夫婦宅は宿泊も可能です。この世界の人間種さんも多くご利用になりますし、いち来客の素性を詮索するような方も居ませんので!」
私が一年間、何不自由なく過ごしていた事が証拠である。己が素性について慎重にならざるを得ない『漂流者』にとって、ノリッジという風土、その中でもあの宿は、およそ理想的な隠れ家と呼べる安息地なのだ。
「──そうか。では、私はあくまで用心棒として、ノリッジまでの道中をお供させてもらうとしよう。……やはりさすがに、そちらのご夫婦宅にまでご厄介にはなれないよ。あいにくと手持ちが食肉ぐらいしかないし、商業が盛んな都市生活に私は向いていな……」
「ええと、その点もご心配は無用かと。同行していただくお礼に宿部屋をひとつ、私がご用意しますので! 近くにはサバイバルに適した裏山もありますし、お好きな時にだけでもご利用いただければ!」
「……な、──」
此処ぞソールズベリーでいただいた、過分にすぎるお給金の使い所だ。自分のために使う予定も無いのだから、用心棒のお代に充ててしまって構うまい。私にとってみればむしろ、そうする事こそが筋というものだ。
「──ははは、参ったな。遠慮する理由が見つからない! 了解だ、シルキーさん。どうか私も一緒に、ノリッジへ案内してほしい!」
「ええ。よろしくお願いします、ノッカーさん!」
──ああ、よかった。ソールズベリーでの出張業の際に、フェノゼリーさんの営業トーク術を間近で見聞きした成果だろうか。ともあれ、これで交渉は成立だ。
「では、さっそく出発するとしよう。今日はただでさえ私のせいで、予定外の足止めをさせてしまったからね。今から陽が暮れるまでに、少しでも歩みを進めておこう!」
「いえいえ! 元はといえば、私の寝坊が原因の遅延ですので。しかし──はい。今日のうちに進めるところまで、しっかり歩いておきましょう!」
──そうして。望外の同行者を得た私たちは、ふたりでノリッジへ向かうことになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
打って変わってのフィールドワーク回。
いろんな『漂流者』の話が出てきました。
当作は投稿開始からもう二年が経つようです。マジで?
時系列を奏章中と位置付けてのんびり執筆していたら、本家で終章のカウントダウンが始まっておりました。おそろしい。
改めまして、私のような妖精國に頭と心をやられた結果自供自足に走り出した物好きを見つけ、亀更新にも懲りずに読みに来てくださり、みなさま本当にありがとうございます。
今章『借屍還魂(弍)』の〆は年内に間に合うかどうか、といった具合でおります。あと少しだけ、彼らの妖精國ライフを見守っていただければ。
そしてもうすぐで冠位戴冠『弓』!
弊カルデアのバーヴァン・シーはとっくの昔に準備万端です。楽しみで仕方ない。
引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。