望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





借屍還魂(弍)【十四】

 

 

◆◇◇

 

 

 

 ──ノリッジ郊外活動期間、六十八日目。

 

「ええっ! あの干し肉、つい先日までとっておいたのかい?」

「えへへ、じつは。もったいないからとつい、解禁することを渋り続けちゃいまして。……あっ。もしかして、消費期限が過ぎていたり……!」

 

 現時刻はお昼過ぎ。三日前に同行者として加わったノッカーさんとともに、ノリッジへと向けて歩いている最中だ。

 

「いやいや、その心配はないはずだ。水分はきっちり飛ばしてあったし、抗菌処理の魔術もかけておいたからね。そんなにも丁重に扱ってくれたのかと、少し驚いただけさ!」

「そ、そうだったんですか。よかった! というか、便利な魔術があるものですね……」

 

 彼の忠告どおり、『ロンディニウム』があったエリアを避けながら進んでいる。予定よりも慎重を期し、海岸により近いルートを歩くことになったのだ。

 

「ま、サバイバル生活に役立つような魔術しか使えないだけなんだけどね。便利というのはそのとおり。それに私の腕では、保存期間を通常の数倍ほどに延ばすのが限界だ。シルキーさんが口にした干し肉はまあ、ギリギリセーフかな!」

「お、おお……」

 

 しっかりと加熱調理しておいてよかった。食あたりで倒れてしまえば、ノリッジに向かうどころの話ではない。もったいない精神が祟り、あやうくこの草原でリタイアしていたところである。

 

「それにしても、なんとも面白いタイミングだね。古い干し肉を解禁なさった矢先に、新たな食肉を引っ提げた私が、ああしてひょっこり現れたというのだから。もしかしたらこれは、シルキーさんが呼び込んだジンクス的な何かかもしれないな!」

「ふふ、またまた。ノッカーさん、ジンクスとか信じるタイプなんですか? なんだか意外です!」

 

 実際のところ、案外そういうものなのかもしれない。新しく何かを得るタイミングとは、すでに有る何かを手放した後だったりするものだ。まあ今回の場合、私が『お肉のお代わり』を呼び込んだみたいな形なので、ぜんぜん格好のつかない話なのだけれど。

 

「ははは! 意外ときたか。まあ、半分は冗談のつもりで言ったけれど、もう半分は私の勝手な願望だよ。食肉の件はともかく、私たちの現状だってそうだろう? 貴女は前職を辞し、新たにふたたびノリッジへ。私は以前の拠点を後にし、新境地たるノリッジへ。お互いに心機一転、これから先の展望に思いを馳せるのなら、やはりプラスな事柄を想像したいじゃないか!」

「それもそうですね──ええ。きっと新しい生活も、充実した日々になると思います!」

 

 談笑に洒落込みながら、目的地に続く海岸沿いをひたすら歩く。足取りは軽快そのもので、ひとりで進んでいたときよりも速く感じられる。

 

「── 『古きを捨て新しきにつく』と云うんだったかな? こういうの。じっくり根を下ろすことも大切だが、思い切って動いてみることもまた大切なことだ。頑なに守っていたつもりがその実、(いたずら)に停滞を維持していた、なんてこともよくある話だからね」

「……ええ。そうですね──」

 

 ──事実、私の生き方がそうだった。停滞ばかりの生活から飛び出したことで、おぼつかないながらも着実に、動的な人生へと変わっていったのだから。

 

「貴女がソールズベリーを出発してから、今日で七日目になるんだったかな。ノリッジ到着まで、予定ではあと五日ほどの目算か。さらなる迂回ルートを選んだぶんのロスがあるが、幸いにも今のところ進行速度に影響は出ていなさそうだね」

「はい。むしろ、当初の想定よりも速いペースで進めています。あっという間に着いてしまいそうですね!」

 

 ロンディニウムに立ち寄っていた場合、私たちは今ごろ、海岸よりも内陸寄りのルートを進んでいたはずだ。そうすればノリッジへの道程が直線距離に近くなるぶん、かなりの近道となっていただろう。しかし、かのエリアは現在、モースや野生動物が立ち寄る危険地帯と化している。『急がば回れ』というやつだ。

 

「……うん?」

 

 ──と、好調な道程を喜んでいた矢先。ノッカーさんが不意に足を止めたかと思うと、なにやら周囲の景色を見回していた。

 

「? ノッカーさん、どうかなさいましたか?」

「────…………」

 

 つられて周囲を見回すも、辺りには小高い台地があるほか、遮蔽物のない平野が広がるばかり。進行方向から右手に海岸線も見えるから、ルートを間違えているわけでもない。しかしノッカーさんは依然、何かを捜すように、しきりに方々へと視線を送り──

 

「──シルキーさん、私の後ろへ!」

「え──、!」

 

 ──直後。雷に打たれたかのような勢いで姿勢を屈め、彼は一方向へと駆け出した。

 

「はぁっ!」

「(──!)」

 

 雄叫びが轟く。一瞬の間を置いて、どすん、という、鈍く重い衝突音が耳を圧迫した。

 

「(いったい、何が……、!)」

 

 咄嗟に閉じた眼を開き、音がした方向を注視する。その場には──

 

「(……巨大な、魔猪……!)」

 

 ──大型のトラックほどの体躯を有するそれを、拳ひとつで圧し返しているノッカーさんの姿があった。

 

「ははは! 微かに物音が聴こえたかと思えば、()()お前か。まさかこんな僻地で再会するとは──なぁっ!」

 

 そう言い放つと同時に、彼はもう片方の拳を振り抜く。巨体は僅かに宙に浮き、突き飛ばされた勢いのままに横転していった。

 

「ノッカーさん、無事ですか!」

 

 すぐさま駆け寄り声をかける。しかし、あれほどの重量物を徒手でいなしておきながら、彼の様子に異状はみられない。その身は鋼鉄か何かでできているのだろうか。

 

「ああ、シルキーさんも怪我はないかい?」

「え、ええ。おかげさまで怪我はありません。……それより、あの魔猪さんとは初対面じゃないのですか? それが、どうしてここに──」

 

 十メートルほど先で伸びている巨体を注視し、状況の整理に頭を回す。何がどうなっているというのか。

 

「ロンディニウムに立ち寄った際、仕留め損ねた獲物でね。双牙のうちの片方を砕いておいたから、同一個体だとすぐに判ったんだ。当時は二、三発を見舞ったのち、一目散に逃げられた。追おうとした直後、代わりに先日の魔猪が目に留まってね。『どうせあの巨躯の肉は処理しきれないし、食べるぶんならこっちでいいか』と切り替え、放置していた結果がこれだよ」

 

 お、おお……。

 

「……しかし妙だな。アイツには当時、これほどまでの手傷は負わせていなかったはずだ。殴打による外傷にしては、アレは些かボロボロすぎる」

 

 よく見るとたしかに、この魔猪さんは満身創痍そのものだった。体毛が剥げ落ちているのみならず、鋭利な刃物で斬りつけられたような痕が見てとれる。

 

「もしかすると、復興に戻ってきたロンディニウムの生存兵が追い払ったのかもしれない。仮にそうだとしたら、拠点こそ壊滅したものの、組織としては健在ということになるね。そうだとしたら喜ばしい話だ。異なる世界の住民とはいえ、私たちと同族と言って差し支えない隣人なのだから。同じ人間種が逞しく生きるさまを思うと、こちらまで活力が湧いてくるというものだ!」

「!」

 

 生存兵……そうか。壊滅したのはロンディニウムという拠点と、その場に残った滞在者たちであって、戦地に赴いた兵士さんたちが含まれているとは限らないんだ。

 

「(……あれ。ということは──)」

 

 そう思い至るより先に、全身の感覚が無意識に研ぎ澄まされ、動悸の音が警鐘に代わって響く。

 

「(──いやな予感がする)」

 

 巨大な魔猪さんが現れた方向を見やる。その視界の端に──私よりも数秒早く、同じ方向に眼を向けるノッカーさんの姿が映った。

 

「ああ、シルキーさんも気づいたかい。もうすぐそこまで、近づいてきていることだろう──!」

「っ!」

 

 彼がそう告げた直後。小高い台地の裏側から、勢いよく飛来する何かが視えた。

 

「伏せていて、シルキーさん!」

 

 私たちめがけて飛来したのは、黒いもやを帯びた光弾。ノッカーさんは拳でそれを、ほとんど反射的に打ち払ってみせた。

 

「──今のって……!」

「……! ああ、この拳を伝う感覚……間違いない。あそこに居るのは──」

 

 直後。台地の頂上に、光弾の射出主とみられる存在が姿を見せる。

 

「──モース……!」

 

 ……生存兵が帰還し、復興活動が始まったという想像が事実なら。ロンディニウムから追いやられて然るべき存在は、なにも野生動物に限った話ではない。おそらくあのモースも例外ではなく、海側の方向に逃げてきたのだろう。

 

「……なるほど。先の魔猪が憔悴していた理由のひとつがアレか。ロンディニウムを追われると同時に、あのモースに付き纏われて来たというワケだ!」

 

 ノッカーさんは警戒姿勢を取りなおし、躙り寄るモースとの間合いを測る。私は彼のアイコンタクトを察し、背後に回って身の安全を確保した。……私たちが採るべき行動は、言わずもがな逃げの一択だ。こちらは彼の合図ひとつで、共にいつでも駆け出す準備はできている。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎──!」

 

 モースは鳴き声らしき音を発し、猛スピードで距離を詰める──もう、様子見をしている場合ではない。

 

「ノッカーさん! ここはいったん──」

「ああ! もちろん──」

 

 踵を返し、モースが居る地点から逆方向に走り出す。しかし、どういうわけか──共に逃げているはずの彼の足音は、明後日の方向へ遠のいていった。

 

「──撃退だ!」

 

 ……え?

 

「の、ノッカーさん?」

 

 予想外の事態を受け、咄嗟に背後を振り返る。すると──

 

「はああッ!」

 

 ──彼はすでに、拳を振り抜いた後だった。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、……!……」

 

 モースはその場で静止し、呻き声らしき音をあげて身じろぎをする。よく視ると、胴体の中央に大きな風穴があけられていた。

 

「◼︎◼︎◼︎……──」

 

 一瞬の静寂のあと。力無い断末魔とともに、モースはその身を霧散させ、跡形もなく消滅した。

 

「ノッカーさん、無事ですか!」

 

 すぐに駆け寄り、彼の安否を確認する。

 

「ああ。このとおり、外傷は皆無だよ。心配には及ばないさ」

「そ、そうですか。よかった……」

 

 ……ああ。そういえば彼、一度モースを撃退した事があると話していたっけ。……疑っていたわけじゃないけれど、同じ人間にこんなことができるなんて、誰だって信じがたい話だろう。こうして目の当たりにしてもなお、現実感がまるで無いほどなんだから。しかし──

 

「……っ、……!」

「!」

 

 ──彼は今、生身の拳でモースに触れたのだ。撃退こそ叶い、外傷は無かったものの、目に見えない負傷は免れないはずだ。

 

「……ははは。息巻いてはみたものの、コレばかりは強がりで誤魔化せるものではないな。以前と同じく、神経を侵されるような症状をもらってしまった」

「──やっぱり……」

 

 ……『モース毒』。妖精種には致死の症状をもたらし、それほどではないにせよ、人間種にも苦痛をもたらす、伝染する呪いだ。

 

「……少し、安静にしていてください。すぐに鉄鍋でお湯を沸かします。それをお飲みいただければ、症状が和らぐかもしれません」

「うん? ……ああ、さすがに休憩は必要だね。お願いするよ!」

 

 以前にお会いした際も、彼には『モース毒』による症状が表れていた。しかしそのとき、ちょうど鉄串を用いた料理を口にしたことで、症状の解消がみられたのだ。

 

 妖精種は『鉄』を苦手とし、その傾向はモースにも当てはまる。それを逆手にとり、体内を冒す『モース毒』に対し、『鉄』の成分を摂取することで、症状の緩和を試みようという魂胆である。

 

「──お待たせしました。どうぞ、熱いのでお気をつけて」

「ありがとう。おお、ドライフルーツを漬けてくれたのか。これはいい。平野でティータイムに洒落込めるとは思わなかったよ!」

 

 うん? もしかしてノッカーさん、これがただの休憩だと思って……ああ。そういえば、『鉄』の成分を摂取することが『モース毒』の治療に繋がるかもしれないという説に気づいたのは、彼と別れたあとのことだったっけ。なら、意図が伝わらずとも無理はない。

 

「これ、じつは治療薬になるかもしれないんです。妖精種とモースは『鉄』を嫌うため、『モース毒』の排除には『鉄』の成分摂取が有効だと見立てました。実例といえる話もありますので、何も試さないよりは得策かと。……お医者さんではないので、断言することはできませんが……」

「なに、そんな話があるのかい? それは良いことを聞いた。充分だとも! なるほど、試してみる価値はある──いたた!」

 

 そう言った矢先。カップを持つ手とは逆、モースに触れたほうの手を振りながら、痛みを紛らわそうとする彼。……どうあれさすがに、一口目で即座に効果は表れない。民間療法もどきついでにもうひとつ、ダメ押しの民間療法を加えてみよう。

 

「お飲み物、こぼすと火傷を負いますよ。……お手、失礼します」

「あ、ああ、すまない。私とてこれは、溢すには惜しいドリンクだからね。気をつけて飲ませてもら──」

 

 症状がみられる手を握り、手首から肘にかけて軽く摩り上げてみる。これぞ民間療法の奥義、『痛いの痛いの飛んでいけ』というヤツだ。

 

「──待っ、いけない、離すんだシルキーさん! そんなことをしたら、貴女にまで『モース毒』が伝染するかもしれないぞ!」

 

 ──あっ。

 

「(……やば。その可能性を考えてなかった。……? でも──)」

 

 一瞬の焦りを覚えるも、しかし。彼の語るような症状が、私の身に表れる様子はみられなかった。

 

「──どういうことだ。シルキーさん、いま何をしたんだい?」

「は、え?」

 

 軽くパニックに陥っていると、今度はノッカーさんが疑問を呈してみせる。何って、彼の手を握ったまま硬直していただけなのだけれど──

 

「わ、私は特に何も。伝染した感覚もありませんので、ご心配には及びません。それより、失礼しました!」

「あ、ああ。いや、それならいいんだが……」

 

 ──しかし、そうして慌てふためいているなか。彼は次いで、耳を疑う言葉を口にした。

 

「……症状が消えたんだ。貴女が手を摩ってくれたあと、すぐに」

 

 ……症状が、消えた?

 

「──本当ですか? ……その、痛覚が麻痺するほど悪化したのではなく?」

「いや、感覚は正常だ。たしかにまだ麻痺は残っているが、この身は健康体そのものだよ。だから尋ねているんだ。貴女が何か、特別な処置を施してくれたのかと──」

 

 そう言いかけると、彼は何かに思い至ったのか──真剣な面持ちはそのままに、自身の所感を口にした。

 

「──そうか。これは貴女の『起源』による現象か!」

「えっ」

 

 突飛に聞こえる発言に面喰らう。ここで、その話題?

 

「……うん、それしかない。私が果実湯を口にして数分しか経っていないし、『鉄』の成分摂取による効果があったとしても、それは微々たるものだろう。まして現時点で解消に至るはずがない。ならば、原因は別にあるはずだ。それに適う事柄は、現状においてひとつだけ──」

 

 ゆえに、私の『起源』であると……?

 

「──貴女に自覚はなかったようだが、こんな事が適う要素は、貴女の『払拭』という起源をおいてほかにない。……手に感覚が戻りしばらく経って気がついたが、今なら確かに感じるよ。『モース毒』の浸透がみられた箇所に入れ替わるようにして、貴女の魔力が残留していることを」

 

 ──入れ替わる……

 

「どうか、詳しく聞かせてくれないか。『モース毒』について、シルキーさんが知っていることを。それから……貴女が有する、『起源』について──」

 

 ──そうして。私は彼の要求に応じ、自分でも想像だにしなかった事態を理解する意味も兼ねて、持ちうる限りの情報を開示した。

 

「……なるほど。ありがとう、おかげでいろいろと腑に落ちたよ」

 

 よかった。彼のご期待に沿う内容であるか不安だったけれど、どうやら無用の心配だったらしい。しかし同時に、今度はこちらに疑問がふって湧いてしまった。何が腑に落ちたというのか──私はすかさず、その旨について問いかける。

 

「うん。貴女はソールズベリーにおいて、『モース化』予備軍の妖精たちの症状を緩和させたと言ったね。しかも、それらの実例は非接触によるものだったと。貴女はその時点でもう、直接触れれば取り払えてしまうほどに、『起源』の習得は済まされていたんだろう。さっきまでの貴女に、その自覚がなかっただけでね」

 

 ……言われてみれば、そういうことになるのか。たしかに当時の私は、対話という非接触行為のうちに、『モース化』の兆候を取り払っていた。しかしそれは単に、直接に触れることは危険だと知っていたがゆえの対応だ。接触した場合の効果が如何ほどなのかという疑問など、初めからその発想すら抱き得なかった。

 

「非接触による対象制御は、接触によるそれと比べて格段に難易度が高い。念じて物を浮かすよりも、手で持ち上げてしまうほうが簡単なようにね。さっきの件はまさにそれだ。貴女は私に直接触れたことで、『モース毒』の解消が即座に適ったというわけだ」

 

 つくづくごもっともな話ではある。それをやってのけたのが自分であるという一点さえなければ、大きく頷いてみせたところだ。

 

「……いいかい。私が驚いたのはその先だ。『モース毒』に直接触れた以上、一度は貴女の身体に伝染っていなければおかしい。そのはずがこのとおり、貴女に症状が表れる様子はない。つまり──貴女は己が身に移しとった後でさらに、その身からも取り払ったということになる」

 

 ……『そうしよう』とした自覚はない。ただ、彼が咄嗟に忠告をしてくれた瞬間に、私の身にも伝染すわけにはいかない、という危機感を、無意識のうちに抱いた気はする。

 

「……これは濾過なんてレベルの話じゃあない。貴女はただ、その身を『モース毒』の通り道にしただけ。何処にも残さず、濾し取るわけでもなく──正真正銘、『払拭』をしきってみせたということさ」

 

 ──ようやく頭が追いついたのか、言葉のうえでなら理解に及んだ。でも……そもそも私は、いつの間にそんなことが……

 

「『そこまでの芸当がどうして自分にできるのか』、かい? そこもおおよその見当がつくよ。自身の『起源』を思い出す前の時点で、貴女はいくつかの呼び水に触れていたのさ。心当たりがあるんじゃないかな?」

「(……心当たり、って──)」

 

 ──もしかして、そういうこと?

 

「……思い当たったみたいだね。そう。貴女の十八番、『掃除』という日常行為にくわえ、『鉄』を用いた『モース毒』の解毒──それらの事例を見聞きし、自ら実践を積み重ねていたことが、貴女の『起源』を励起するための呼び水になっていたんだろう。それが自身の興味関心、目的意識に根ざした行動だったからこそ、己が内に眠る真髄にまで届き得たということだ」

「…………────」

 

 ……ほんと、不思議な話があったものだ。かつての世界で私は、己が『役目』を忌み嫌い、一度は忘れ去った。それが、この世界に生きるなかでふたたび──今度は己が『目的』として、自らの願望に呼び起こされ、こうして取り戻すに至ったのだから。

 

「……ありがとうございます、ノッカーさん。またひとつ、私は私を知ることができました──」

 

 ……ああ。これはたぶん、忘れていただけじゃあない。私はきっと、自分を知ろうとすることを──心の何処かでずっと、諦めたままに生き、そのことに慣れてしまっていたんだ。

 

「おお? おっと、そうきたか。ははは! うん、それはよかった──」

 

 空の黄昏色は深まり、いつの間にか夕暮れ時。アクシデントにも見舞われたしと、この日は数キロ程度を進んだところで野営をし、明日以降の旅路に備えることになった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 ──ノリッジ郊外活動期間、七十日目。

 

「はぁッ!」

 

 あれから二日。私とノッカーさんは、ようやくブリテン最東端の海岸沿いに差し掛かり──

 

「──︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎……!」

 

 ──今日も今日とて、唐突なアクシデントに見舞われていた。

 

「ノッカーさん!」

 

 二日前、この旅で初めてのモースに遭遇して以降。昨日から立て続けに、新たなモースらによる襲撃を受けている。

 

「ああ、外傷はないとも。すまないが、またよろしく頼む!」

「はい!」

 

 モースが現れるたびに、ノッカーさんは彼らの悉くを撃退してくださっている。私はその都度、彼がその身に引き受けた『モース毒』の払拭を試みるという、治療役を担うことになったのだ。

 

「──ありがとう、もう症状は残っていない。……やはり、治療の回数を重ねるごとに、『モース毒』の解消速度が増している。どんどん腕を上げているようだね、シルキーさん!」

「そ、そうなんでしょうか? 自分では判りかねますが──でも、お役に立ててなによりです!」

 

 無自覚のうちにコツを掴んだのか、言われてみればここ数回は、当初に比べて所要時間が短縮されているらしい。そして──

 

「今回ので十三体目──増しているといえば、奴らの襲撃頻度についてもだ。一昨日は一体、昨日は三体、今日は九体もの襲撃に遭った計算になる。……何がどうなってる……?」

 

 ──そう。此処は安全圏と見込まれたブリテン南部であるはずが、日に日にモースらの襲撃に遭う頻度が増しているのだ。

 

「……オーナーさん曰く、海岸線の際のほうには、『厄災溜まり』解消の余波で追いやられたモースたちが隠れ潜んでいる可能性がある、とのことでした。……もしかすると私たち、少し海に近づきすぎたのかもしれません。……しかし、これは──」

 

 そうは言ってみたものの、海から此処までは充分に距離がある。……この旅程におけるルート選択の条件は『内陸寄りの海岸線沿い』。これは『涙の河』の大橋が壊れて使えず、さりとて、モースや野生動物が潜む郊外の森を抜けるわけにもいかないからと、ほとんど消去法で選んだコースなのだ。ノッカーさんも同伴のもと、常に細心の注意を払っている以上、ルート選択そのものに不備はない。

 

「……ああ、それはない。波打ち際は此処から三キロメートルほど向こう、『内陸寄り』という条件は満たしている。ゆえに、私たちを襲う主な脅威は、海岸に潜むモースによるものではない」

 

 ……だとすれば。考え得ることは、おのずと限られる。

 

「今日の九件を振り返ろう。我々の進行方向からみて右手、つまり海側からの襲撃は二体。その反対側、内陸からの襲撃は七体。……海側に潜んでいたモースが、もとはこの辺りに居付いており、『厄災溜まり』解消の余波で海側へ追われたのだとすれば、それは最近発生した個体じゃあない。……逆にいうと──」

 

 内陸から来た、海側の数を上回るモースらは──『()()()()()()()()()()()()()()個体である可能性が高い、ということだ。

 

「──何か、嫌な予感がするよ。……ひとまず、我々は先を急ぐとしよう。このまま郊外に放り出されているよりは、早々にノリッジへ着いてしまうほうが安全だ」

「……はい。私も、同じことを考えていました──」

 

 ──と、進行方向に足を向けたとき。

 

「──はあっ、はあっ……くそっ、来るな! 来るんじゃねえよ……!」

 

 三十メートルほど先の高台越しから、血気迫る叫び声が響き渡った。

 

「──シルキーさん、どうやら連戦になりそうだ。貴女は此処で伏せていて!」

「……! はい!」

 

 高台の頂上を注視する。数秒と間を置かぬうち──立ち込める砂埃とともに、目を疑う光景が近づいてきた。

 

「……うそ。あれって、ぜんぶ──」

「そのようだ。複数のモースが何者かを追い、此方へ向かって来ている!」

「──何者か、って……、──!」

 

 ────まって。あれ、荷車?

 

「……シルキーさん。もしや、あの御仁は──」

 

 なんで、こんなところに──

 

「────フェノゼリーさん……!」

 

 ──ノリッジに帰ったはずの、見知った御仁が居るというのか。

 

「──行ってくるよ。貴女は此処で待っていて!」

「え、! の──ノッカーさん!」

 

 慌てて呼び掛けるより疾く。彼は全身に魔力を流し、モースの群勢の懐に潜り込んでいった。

 

「──はぁあああっ!」

「──? 、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!」

「はあっ、はあっ……え? ぬ、のあああ!」

 

 一撃、二撃……打ち込まれた拳の回数に応じて、鈍い炸裂音が鳴り続く。七回目が鳴り終わったと同時に──モースらのものと思しき呻き声も、此方の耳に届くことはなくなった。

 

「……ノッカーさん、フェノゼリーさん!」

 

 砂埃が晴れたころ、ようやく高台の様子が確認できた。目に映る人影はふたつ。どうやらモースの群勢は消滅したらしく、彼らふたりのみが残されている。

 

「え──シ、シルキー? シルキーだな! ()()()()()()()……! ……って、『ノッカー』って確か……あんた、こないだのあんちゃんか! おい、大丈夫か!」

 

 ……よかった。さすがに混乱状態からは抜け出せてはいないものの、フェノゼリーさんは無事らしい。しかし──

 

「……い、いだだ……ああ、このとおり大丈夫だとも……いだい……」

「嘘つけアンタ! そりゃ痛いだろうさ! あの数のモースを素手でシバくとか、頭イカレてんじゃないか! 助けてもらったのは有難いが──おい、白目剥くな! しっかりしろ〜!」

 

 ──勇敢なる拳の戦士は、モースの群勢には打ち勝ったものの……七体分の『モース毒』に触れた影響で、激痛のもとにノックアウトを喫した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「いやあ、びっくりしたよ。ケアをありがとう、シルキーさん!」

 

 集中治療を試みること約半刻。モース毒はどうにか取り払うことができ、ノッカーさんは息を吹き返した。

 

「びっくりした、はこっちのセリフだっての。モースに追われる恐怖を上回ったわ! 人間種にとっちゃ致死性はない毒とはいえ……ホントなんで生きてんだアンタ?」

 

 まったくである。痛みのあまり気絶なさるほどの症状だったのに、予後に尾を引く様子がまるで無い。解消したとはいえ、普通はこういう場合、しばらくはショックで身体を思うように動かせなくなるものじゃあないのか。

 

「まあ、慣れだよ慣れ。ここ数日はモースとの連戦だったからね。ただ、数体分のモース毒を一挙に引き受ける経験は今回が初めてだったから、想定する身体のキャパを超え、うっかり気絶してしまったんだろう。ご迷惑をおかけした!」

 

 ……それ、『事前に数体分を引き受ける想定さえしていれば大丈夫』と言っているようなものでは。精神力まで鋼鉄製なのか、このマッチョさんは。

 

「(……と、いうか──)」

 

 ──うっかりしていた。私は今、()()()()()()()()()()()()()、己が『起源』による治療行為を試みてしまった。……の、だけれど。

 

「(……あれ。フェノゼリーさん、何も気にしていらっしゃらない……?)」

 

 やっぱり、まだ混乱が解けきっておられないのか。……ソールズベリーで一度、彼に対しても『起源』の行使を非接触で試みたことはある。しかし、今回のはあからさまな行動にすぎる。にも拘らず──彼はその事を気に留める素振りも見せず、ノッカーさんと話し込んでいるご様子だった。

 

「……迷惑をかけたってんなら、そいつは俺のほうこそだ。けどおかげで助かったぜ。さっきまで『もう終わりだ』と諦めかけていた事を思うと、こうして無事なのが不思議なくらいだよ」

 

 ともかく、おふたりが無事でよかった。まずはその事実を喜ぶとしよう。

 

「……改めて、お久しぶりです、フェノゼリーさん。こんなところで再会できるなんて、思いもよりませんでした! 荷車を引いていらっしゃるということは、これからソールズベリーの倉庫に?」

 

 再会はノリッジに着いてからになると思っていたけれど、嬉しいフライングがあったものだ。嬉々として問いかけてみるが──しかし。

 

「……ああ。お前さんが無事で本当によかった。だが生憎と、コッチはそう景気のいい状況じゃなくてな。……お前さんたち、ノリッジに向かってるのか?」

「……? え、ええ。途中で再会したノッカーさんと一緒に。早ければ明日の夕方ごろには、ノリッジに到着する予定なのですが──」

 

 ──様子から察するに、彼はソールズベリーに向かっていたわけではないらしい。でも、それならどうして、荷車を引いてこちらの方角へ……?

 

「……そうか。……すまねえ、シルキー。それはやめといたほうがいい」

 

 ────え?

 

「……どういうことですか?」

 

 想定外の言葉を受け、たまらず問い返す。しかし、フェノゼリーさんのご様子は真剣そのもの。そして──その表情には、感情を押し殺すような気配が滲み出ていた。

 

「……ああ、やっぱりな。ソールズベリーを発って今が此処なら、ざっと十日くらいは都市部を離れていたのか。なら、お前さんが知らないのも無理はない──」

 

 彼はそう前置くと。微かに身体を震わせながら、私たちの知らない事実を口にする。

 

「──モルガン女王陛下が崩御した。次期女王も謀殺された。ブリテンを治める存在はもう居ない、現れることもない。……『()()()』が、始まっちまったんだよ……!」

 

 ──そうして。私たちはようやく、ブリテン全域で巻き起こっている現状を知ることになった。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


安全なルートのはずが、な回。

ここまで本家との時系列の兼ね合いに気を遣いつつ書いてきましたが、それもようやく収束する場面に漕ぎ着けました。今章もラストスパートです。


終章序、からの終章PV!
やっぱりあそこに行くんですね。待ち遠しいけど到来が怖い……!


引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。
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