※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
◆◇
──『大厄災』。
曰くそれは、いずれ訪れるとされた災害の呼称。ブリテン全土を覆い尽くす、蓄積された呪いの具現。ノリッジに顕れた『厄災溜まり』とは比べ物にならない、回避不可能な滅びの波。
「……さっきのモースどもが発生した原因も、それの一環だ。この『大厄災』にはもはや、発生源の所在なんて関係ない。ブリテンのどこに隠れていようと、呪いにアテられた妖精は片っ端から『モース化』を遂げ始める。俺を追っていたモースどもだって、一緒にノリッジから飛び出すまでは妖精だったんだ。それがいきなり、前触れもなく豹変しちまった……!」
──状況を改めて口にする事で、飽和した思考を落ち着かせようとしているのだろう。フェノゼリーさんはひと息に述べ連ね、私とノッカーさんに現状理解を促した。
「……そうか。ひとまず、あなたがご無事で何よりだ。先のモース群がノリッジから付き纏っていた追手だというのなら、此処に居る限り、しばらくは安全だろう。直前までに我々も、一帯のモースを処理しておいたんだ。ゆっくり呼吸を整えるといい」
「あ、ああ。……そうか。郊外の此処らにも湧いていたのか。こいつはいよいよ、逃げも隠れもできねえってワケだな……」
都市部から離れた一帯であったことが幸いしたらしく、私たちは知らないうちに、ブリテン全土で巻き起こる災害の本流から遠ざかっていたようだ。ここで彼の報告を耳にしていなければ、『モースとの遭遇頻度が妙に多い』程度の認識に止まっていたことだろう。
……そして、齎された報告だ。およそ信じられないその内容を受け、未だ頭が理解を拒んでいる。しかし──
「(……そんな恐ろしい現象が、こうしている今もなお、ブリテンじゅうで──)」
──都市部のひとつたるノリッジを目指す私たちにとっても、先の報告は無視できないものだ。理解を拒んでいる場合ではない。
「(……さっきのモースたちが、ノリッジから一緒だった……)」
正確には、フェノゼリーさんと同時にノリッジを離れた妖精さんたちが『モース化』を遂げ、彼を追い回す存在に成り果てたとの話だった。つまり、裏を返せば。
「……ノリッジにはまだ、モース化に至っていない妖精さんたちもいらっしゃる、という事ですね」
此処に居るフェノゼリーさん然り、すべての妖精種が即座にモース化を遂げることはない──という話でもあるのだろう。
「……ああ。俺だって無事なんだし、ノリッジの連中にも無事な奴らは居るだろう。……もっともそいつらだって、時間経過で呪いにアテられたり、モース化した個体に接触しちまえばアウトだ。……だがまあ、屋内に逃げ込んでいる限りは、後者の難を逃れることならできるだろうぜ」
──よかった。グノームさんは出不精だし、マーガレットさんもそんな彼に付きっきりのはず。例外なく、否応なく、すべての妖精種が見舞われる理不尽な現象ではないのなら、一縷の望みを持っていいはずだ。
「……ふむ。ロンディニウムの状況から、現在のブリテンはおよそ尋常ではない事態にあることが予想できたが……まさかそれほどの窮地だったとはね。話を聞いた限り、国全体に溜まっていた『良くないモノ』が吹き出したとみえる。女王陛下の崩御、次期女王の謀殺の直後ということは、押さえ得る者が居なくなったことが発端の災害、といったところだろう」
ノッカーさんは話の大枠を縁取りつつ、冷静に現状を整理する。
「そういうことだ。……ホント、シルキーが出発したあとでよかったぜ。なにしろ次期女王の戴冠式が執り行われたのは、ソールズベリーの大聖堂だったんだからな。謀殺事件の現場であるあの街も、今ごろ混乱の只中だろうよ」
「────え?」
ソールズベリーが──謀殺事件の発生現場?
「……そんな……! それじゃあ──」
──あの街には、オーナーさん……そして、もうグロスターから帰還しているであろう、フミコさんが残されているはずだ。倉庫の常連さんも、飲食店のお得意様だって──
「……そうだな。今は向こうも危険な状況だろう。だが──アイツらはきっと、あの倉庫に逃げ込んでる。そうとなれば話は別だ」
「──、──?」
──『あの倉庫に逃げ込んだのなら』──?
「──なるほど。シルキーさんの居た建物のことだね。たしかに例の倉庫内であれば、モースの脅威からは逃れられるだろう」
ひとり合点がいかずにいる私の横で、ノッカーさんは何かに納得したような口ぶりでつぶやく。いったい、どういう──
「なんだ、あんちゃんも聞かされていたのか。なら話が早い。あの倉庫の『建材』は、ことモースに対してはうってつけの代物なんだからな」
──いや、もしかして。
「──『鉄鉱石』さ。俺たちが鉱山業時代に掘り集め、『金庫城』の補修材料として保管していた余剰資材。……小規模の厄災で採掘元の鉱山が吹き飛び、俺たちのチームが解散して以来、陽の目を見ることのなくなった死蔵品──それらを流用して建てられたのが、あの倉庫だ」
「────!」
──そうか。そういうことなら、たしかにあの倉庫内であれば安全だ。『鉄鉱石』とは音のとおり、『鉄』を多く含む鉱石の呼称。各ブロック単位での含有率には差こそあれど、建物全体がそれによって形成されている以上、ことモース避けの効能に関して言えば、他の建築物よりもはるかに上を行くだろう。
「『金庫城』には劣るだろうが、それに迫るぐらいの頑丈さは保証する。なにしろ設計者はグノームだ。天変地異でも起きない限り、モースが百匹押し寄せようとビクともするものか。……だからまあ、あとはアイツらが倉庫内に逃げ込んでいることを願うとしよう。どのみち俺たちには、それ以外にできる事は無いんだからな」
……うん。フェノゼリーさんの仰るとおりだ。あのお二人ならきっと、緊急時にはいの一番に、倉庫内に在る寄託品の安全を確保しに走ったことだろう。私たちはそれを信じ、こちらの現状に集中するべきだ。
「では、次は我々の安全についてだね。此処は平原の真っ只中。生憎と『金庫城』とやらも、かの『倉庫』に類するものはおろか、建築物と呼べる場所が一軒として存在しない。つまり、籠城という選択肢は根本的に採り得ない。とはいえ、今や都市部はどこを訪れても危険地帯。一周して、郊外である此処こそが安全圏と言える状況だ」
……当然、そういう話になるだろう。その認識自体には、私も異論を持ち得ない。
「となれば現状、此処を離れることは得策とは言えない。とはいえ此処に居ても、現在進行形で大量発生し続けているであろう、モースたちが襲来する可能性は変わらない。……フェノゼリー殿。その点についてひとつ、あなたに伺いたいことがある」
ノッカーさんの前置きに応じ、フェノゼリーさんは耳を傾ける。
「先の話題……あれはつまり、『大厄災』の波は妖精種にモース化を齎すが、その発症には個体差がある、ということだね。現にあなたは健在で、しかしながらに、あのモース群は発症を免れなかった──そこにはいったい、どんな差が起因しているのだろうか?」
──そういえば、そうだ。
曰く、『大厄災』によるモース化は、たとえ家屋に閉じこもっていても、影響を受ける妖精種は居るとの事だった。しかし、フェノゼリーさんは屋外に出ており、同条件下に置かれたにも拘らず、同行した妖精さん達のみがモースと化してしまったという。
「(……それは、もしかしたら──)」
私には、その『差』にあたる事柄に、心当たりがあった。
「……はは。痛いところを突かれちまったな。だがまあ、そこが気になるのも当然か。いくら健在とはいえ、現状の俺もまた『モース化予備軍』であることに違いはない。……けどよ、あんちゃん。それはもう、俺もハラを括って──」
──と。
「フェノゼリーさんには!」
彼が『それ』を言い切ってしまう前に、私は言葉を差し挟む。
「──フェノゼリーさんには、まだ。ご自身を奮い立たせるに足る、『目的』が有るからです。……そうですね?」
「──、……!」
そう言って腰を落とし、蹲るフェノゼリーさんの眼をまっすぐに見据え、表情を窺うこと数秒。彼が突然の言及に面食らった様子を見せるなか──その場を一時的に取り次ぐような形で、傍らに立つノッカーさんが口を開く。
「……『目的』の有無……そうか。それが、現状況下でただちにモース化を遂げるか否かの『差』というわけだね。しかしおそらくは、妖精種が原理的に有する『目的』それ自体とは違うものだろう。正しくは、その延長線上に見出された『願望』の有無、といったところかな。その有無がモース化の発症を左右し、各個体間に差として立ち現れている──」
私の『心当たり』というのが、まさにそれだ。この『大厄災』が、妖精種である時点でただちにモース化を遂げる現象ならば、フェノゼリーさんだって例外ではなかったはず。しかし、彼は現に健在だ。ならば、モース化に至る過程には、何らかの条件があると考えられる。
それこそが、『願望』──つまりは、『やりたいこと』の有無である。
「──個としての生存欲求に勝る『願望』が希薄な者は、全妖精種をモースと化す『大厄災』の波に問答無用で捕らわれ、それが強固な者はやり過ごせる、と見るべきか。要するに自己保存にかかる、『
裏を返せば──フェノゼリーさんには現状、『彼自身の願望』がある、という事になるのだ。
「────、…………」
ノッカーさんの言に、反論の余地がないことを認めたのだろう。彼は少し躊躇いつつ、詰まる言葉を吐き出した。ただ──
「…………ああ。そうだな。『願望』は有る。……いや、有った、と言うべきだな。そいつはさっき、死にもの狂いで走っているうちに、無かったことになっちまったんだ」
──そう語る彼の声色には、忍び寄る『諦念』の色が滲み出ていた。
「……無かったことに、それはつまり……つい先刻までは存在していた、という話なのかい?」
「そうだ。あんちゃんが後始末をしてくれた、俺を追っていたモースども──つまり元・妖精たちの存在が、俺の『願望』の担保になっていたんだ」
……あの元・妖精さんたちが、『そう』だった──?
「妖精としての俺の『目的』については、おまえさんも知っているよな、シルキー。荷運びの本懐、『運搬』だ。そいつを生業とする俺にとっては、カラの荷車を引っ張っても意味がない。運ぶべき積荷が無けりゃ、荷運びじゃなくただの走り屋だ」
……もしかして、その話の意味するところは──
「つまり、まあ……あの元・妖精たちは、俺の荷車に乗せてきた『積荷』だったんだよ。俺に『ノリッジの危機から逃げ延びたい』と懇願し、『安全地帯まで運んでくれ』と依頼した『乗客』ってところだな」
──やっぱり、そういうことか。
「……なるほど。それはたしかに、いまの貴方が『願望』について語るには、過去形とするよりほかになかっただろう。……浅慮を詫びよう、フェノゼリー殿。失礼をした」
──ああ、よかった。
「気にするな。結局アイツらはモースになっちまったんだ。アレじゃ懇願も依頼もあったもんじゃねえ。どのみち『積荷』としては扱えんさ」
──彼が必要とする、『積荷』の有無。
「……だから、この話は忘れてくれ」
──問題が、その一点のみだというのなら。
「俺は俺の思うままに動き、此処まで走った。そのおかげで、俺は俺のままで居られる時間を引き延ばすことができた。……こいつはただ、それだけの話だったのさ」
──何ひとつだって、問題はないじゃあないか。
「……教えてくださり、ありがとうございます。フェノゼリーさん」
私は立ち上がり、お辞儀をしつつそう告げる──不思議なものだ。胸中を訊ねた私のほうが、こうもスッキリした気分になるなんて。
「……おう。悪かったな、こんな話を聞かせちまって。ただでさえ大変な状況だってのに、余計に困らせ……、──?」
彼は顔を上げ、目の前に立つ私を見据え、目を丸くして言葉を詰まらせる。……まあ、そのリアクションになる事は無理もないだろう。なぜなら、この時の私は──
「──お願いします。私を荷車に乗せて、ノリッジに連れて行ってください!」
──困るどころか。たぶん、笑顔を見せていたのだから。
「────は?」
「あっ。すみません、言葉が足りていませんでした。もちろん、ノリッジの近くまでで充分です。フェノゼリーさんの身の安全が確保できる限りにおいて、可能な距離の走行をお願いしたい、という意味ですので!」
というか。何ならむしろ、フェノゼリーさんのほうが困り果てているご様子だ。
「──ははは!」
と。凍りついた空気を打ち払うように、ノッカーさんが心底愉快そうな笑い声をあげてみせる。
「最高だ、シルキーさん。貴女ならそう言い出すんじゃないかと思っていたところだよ!」
ノッカーさんは私と肩を並べ、そんな言葉を言い放つ。しかし、こうも愉しげなのはどういうわけか。
「──よし。フェノゼリー殿、私からも提案だ。どうか、私も『積荷』のひとつに加えてくれ。貴方とシルキーさんにこのまま同行し、外的脅威の悉くを打ち払ってみせようとも!」
ああ、そういう──って。
「い、いえいえノッカーさん? 此処から都市部に近づけば、モースとの遭遇頻度も格段に上がるはず。それに、安息地としてのノリッジはもう存在しないも同然です。ここまで同行してくださったのは、あくまで拠点の移動というノッカーさんの目的と、私の目的地が一致していたからで、この期に及んでわざわざ危険に身を晒すことは──」
そうだ。ブリテン全域の都市部が危険地帯と化した今、比較的安地にして僻地たる此処を離れる事は自殺行為だ。
たしかに、人間の身である私と彼は、『モース化』はもとより、モースたちに接触さえしなければ『モース毒』を被ることもない。懸念すべき点はただひとつ──モースたちと出会し、直接的な危害を受けることである。逆に言えば、モースたちの目を避けて行動できれば、唯一の懸念点である、直接的な危害を受ける心配はない、という話になる。
……とはいえそれは、私ひとりがノリッジに足を踏み入れる場合の話。つまりは自己責任の問題だ。ノリッジに拘る必要のない彼にこれ以上、私個人の都合に付き合わせるワケには──
「えっ。……いやいやシルキーさん。貴女がそれを仰るのかい? 自殺行為となるのはお互い様だろう。貴女はそれでもなお、ノリッジに向かうと言ってのけた。ならばこの船、乗り掛かった私も同行せぬ手はあるまいよ!」
「え、は、ええ?」
──『ならば』、って、どの辺が『ならば』なのか。『乗り掛かった船だから!』的なことを仰りたいのだろうけれど、いくら何でも乗り気すぎやしないか。
「つまりだね。貴女が向かう道程には、私にとっても利するところがあるということだ。貴女は引き続き、モースの脅威を私に一任できる。私は引き続き、モースという獲物で腕試しができる──ほら、どう考えてもウィンウィンの提案だろう!」
「な────」
……だめだ。冗談でも何でもなく、本気でそう思っているらしい。……困ったな。ここまでの熱弁を受けてしまえばもはや、此方には返す言葉が──。
「お、おいおい! 俺抜きに話を進めんな! 本気、いや正気か? おまえたちも理解しているんだろ! 俺の『願望』に付き合うって事は、つまり──」
と。私たちの勢いに分け入る余地が無かったらしい、フェノゼリーさんが辛うじて言葉を挟む。しかし──
「本気で正気だよ。委細承知の上さ、フェノゼリー殿。ついでに云うならば、貴方がこの期に及んで断言を避けている事実──これからノリッジに向かう向かわないに拘らず、
「……!」
──ノッカーさんの冷静な状況把握を前に、彼は絶句するしかなかった。
「ふむ。その反応からしてやはり、私の理解で間違いはないんだね。我々に断言を避けておられたのはお気遣いによるものだろうが、それこそ無用な心配だ。むしろこれは我々にとって、正しく理解しておくべき事実だとも」
ノッカーさんはそう言うと、此方に向けて目配せをする。おそらくは、私の意見を求めて。
ゆえに、私は──
「はい。そのとおりです。私……いえ。私たちにとってその事実は、これから向き合うべき現実そのもの。そこから目を逸らしてしまえば──きっと私は、足が竦んでいたことでしょう」
──去来する恐怖心を打ち払い、覚悟を決めてそう答えた。
「……どうしてだ」
並び立つ私たちを見据え、震える声でフェノゼリーさんが問いかける。
「そこまで理解しておきながら、どうしてそう言い切っちまえるんだよ。……死ぬんだぞ。遅かれ早かれ、何処に行こうと行くまいと、妖精も人間も、みんなみんな死んじまうんだぞ。おまえさんたちが俺の『願望』に付き合えば、その時が確実に早まっちまう。少なくとも此処に止まれば、先延ばしぐらいはできるかもしれねぇってのに……それを、どうして──」
「──簡単な話ですよ、フェノゼリーさん」
思い遣りと困惑を綯交ぜにした、胸中の吐露。それらが出し尽くされたころ、私は無意識のうちに、自然と言葉を発していた。
「私たちも貴方と同じく、自分自身の『願望』を抱いているからです。叶うか叶わないかに拘らず、生きるか死ぬかに拘らず──それでもなお、そうしたいと願うに足る『やりたいこと』が、私たちにも在るのです」
──そうだ。
「……おまえさんたちにも……?」
いま、この現実が、生命が絶対的に脅かされる状況にあり、それが覆りようのない事実なら。
「ま、つまりはそういうことさ。ちなみに私の『願望』は、『より強い獲物と仕合うこと』。もとより命のやり取りは織り込み済みの類でね。……ああ、断っておくが、これは破滅願望などではないよ。私が私として生きている限りは『そう在りたい』という、宣誓以外の何ものでもない。先ほど同行を打診したのはまあ、そのついでにおふたりの助けになるのなら丁度いいという、半ば打算を含めた提案だったんだ」
生存が許されている限り、生きたいように生きていたい。
「……はは。アンタやっぱイカれてるぜ、あんちゃん」
だから──
「──シルキー。おまえさんはどうなんだ? おまえさんにはどんな『願望』があって、その依頼を口にした?」
──私が私でいる限り、『やりたいこと』をやらなくちゃ。
「……はい。いまの私の『願望』は──」
それが、この世界で見出した──
「──
──当たり前の、人生だ。
◆◆
荷車が走る。
「──このまま飛ばすぞ、振り落とされんなよ!」
それはもうすごいスピードで。
「っはば、い──ぎ!」
「いやシルキーさん、無理に返事しなくていいから! 舌を噛むよ! 律儀さは貴女の長所だが、律儀すぎるのも考えものだながぼふッ」
「アンタもだバカ! ここからは悪路だろうが関係なく、最短ルートを突っ走るぞ! 縦揺れの撥ねに注意しろ!」
長距離間を荷台に乗せて行ってもらう経験は、これで二度目になるのか。快適そのものだったソールズベリー便とは打って変わり、今回の便は崖を転げ落ちるかのような激しさである。どちらも同じフェノゼリーさんが運転手だというのに、運転目標が変わるとこうも豹変するものなのか。
「──! あんちゃん! 右前方に複数のモースだ! 頼む!」
「あいたたた……ああ、了解!」
前回との違いは、ブリテン全域が大変な事態にあることを除いてもうひとつ。ノッカーさんという、相乗りの客人が居ることだ。
「はああっ!」
「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎! 、──」
荷台から飛び出し、荷車よりも速く駆け出したノッカーさん。例によって拳を打ち込み、掃討対象たるモースたちを撃破して回る。
「……やっぱ俺、モースよりあんちゃんのが怖いわ」
「それは……ちょっとわかるかも、です」
……それにしても、我ながら考え無しが過ぎていた。私はこのモースの群れが迫り来るなかを、戦闘要員ぬきに分け入るつもりでいたのだから。それでは私はもちろん、フェノゼリーさんの身の安全だって確保することは無理な相談だったろう。
「……ノッカーさんに着いてきてもらえて、よかったです」
「ああ、まったくだな!」
己が浅慮に恥じ入るさなか、炸裂音が五回ほど聞こえたあと。立ち込める砂埃を突っ切った何かが、荷台の上に降り立った。
「あぶっ! の、ノッカーさん!」
「──っと、揺らしてすまない! 掃討完了だ。今回の集団は十体だった! やはり都市部へと近づくごとに、遭遇頻度が増えているな! いたた……シルキーさん、ケアよろしく!」
「はい!」
そういえば、これも前回とは違う事柄のひとつだった。当時は無自覚のうちに、偶然のうちに取り払っていた『モース毒』を、いまの私は意図的に対処できている。……ある程度は、という注釈を付け加える必要はあるのだけれど。
「──よし、もう大丈夫だ。すごいなシルキーさん、十体分程度の『モース毒』であれば、三十秒も経たずに取り払えるようになっているのか!」
……え。ほんとうに?
「ど……どうなんでしょうか。正直これは、無我夢中の行為です。このまま同じ水準でケアを続けられるかは──」
「──! 悪いなおふたりさん! ゆっくり休憩してるヒマはなさそうだ……!」
──どうやら、不安にかまけている場合ではないらしい。
「前方左右から……二十二体だ! くそ、さっきより数が多いだけじゃねえ! 今回はちと範囲が広いぞ……!」
「承知した! フェノゼリー殿はこのまま荷車を直進してくれ! 私は掃討完了次第、その軌道を目掛けて合流する!」
「おう……!」
またも荷台から飛び出し、モース群の波に身を投じるノッカーさん。数の増加に慌てる様子も見せてはいないが、体力面は大丈夫なんだろうか。
「……平気、ってワケねえよなぁ。いくら『モース毒』が人間への致死性を持たないとはいえ、直接触れれば痛みは伴う。ああして元気よく飛び出すのも、あと何回できるか──」
……ああ、そのとおりだ。無我夢中でどうにか間に合っている、対『モース毒』のケアも、蓄積された肉体的疲労には効果を為さない。せめて無我夢中の成果を、僅かにでも自認の伴う水準にできれば、多少は──
「ふう、掃討完了だ! ……ところでフェノゼリー殿、貴方はとても眼が良いんだね。熟練の荷運びゆえの賜物かい? さっき飛び出した直後はまだ、私の視界には捉えられなかったぞ。おかげで接敵までずいぶん走ったよ! いったい、どれくらい遠くまで視えるんだ?」
「おつかれさん──え、おう? 視力の話か? ま……まあ、デカめの橋の端から端までは、対向者の顔が見てとれるぐらいだな。晴れていればの話だが」
──あ、あれ?
「おお、それはすごいな! 私はせいぜい、上空を飛ぶ鳥の種類が判別できる程度だ。生身の眼の視力ばかりは、鍛えようにも成果が上がりにくいからね。羨ましい限り──」
「──あの、ノッカーさん。ケアを……」
「……うん? あ、ああ! そうだったね。よろしくお願いするよ!」
「はい!」
つい話の腰を折ってしまったけれど、さすがに現状においては優先順位というものがある。いつ新手の襲撃があるかも判らない以上、この連携を疎かにするわけには──
──え……?
「ん。どうしたんだい、シルキーさん?」
……どういうことだ。
「──いえ、その。ノッカーさん、痛みは?」
彼の身に付着したはずの、『モース毒』の気配が……無い……?
「──あれ。そういえば、今回は拳が痛まないな。うん、どうやら大丈夫みたいだ!」
「……そ、そのようですね。……でも、なんで──?」
今回のモースの掃討数は二十二体、さきほどの倍以上の個体数だ。ならば、今回のケアはその差に比例して、所要時間も倍近くはかかり、取り払うべき『モース毒』の付着量も同様に増えていたはず。そのはずが──私がケアを施す前の現時点で、ほぼ寛解の状態にある……?
「──ああ、そういうことか!」
「──ど、どういうことですか?」
不可思議な出来事に面食らう私の目の前で、彼は何かに思い当たったような言葉を放つ。同じ荷台に乗っているのに置いてけぼりを食らった気分になり、すかさず質問で追いかけた。
「実はさっき、拳に魔力を纏わせて事に当たったんだ。おそらくそれが防御壁になり、生身の拳への接触が避けられたんだろう。いやあ、何事も試してみるものだね!」
────なんですって?
「……あの、ノッカーさん。それはつまり──さきほどまでの貴方は、拳に魔力を通さずに戦っておられたと……?」
──裏を返せばつまり、そういう話になってしまうと思うのですが。
「まさか。魔力を通しての『強化』はしていたよ、さすがにね。ただ、外皮へグローブのように魔力を纏わせるのは初めての試みだったんだ。十体の掃討中、『もしかして、こうすれば打撃の威力が上がるのでは?』と考えがよぎり、今回の掃討で実践に移したという感じだね。それがまさか、威力増大ばかりか『モース毒』を跳ね除けてしまえるとは!」
──これほどマッチョな『攻撃こそ最大の防御』の実例があるのか。いやまあ、この諺がそもそもそっち系のニュアンスではあるのだけれど。……じゃなくて。
「(……つまり。さっきのケアが短時間で済んだのも、私の力量が急激に上がったというワケじゃなく──ノッカーさんが思いつきから無意識に、拳に魔力を纏わせ始めていたおかげ、ってことなんだね)」
──期せずしてその事実は、己が力量への誤認を正す判断材料としても有意なものだった。このまま『そう』と知らずに構えていたら、いざという時にケアの所要時間を見誤り、取り返しのつかない事態を招いていたかもしれない。
「(…………────)」
ふと、あの『大橋』で耳にした言葉を思い出す。初めてモースの脅威を目の当たりにし、無謀にも抵抗を示した私に向けられた、無知を戒める慈悲の勧告──太陽の騎士の忠言を。
『──今後は力量相応に、己が手に余る争いからは身を引くことだ──』
…………、…………。
「──ともかく、今回はケアの必要はなさそうだ。しかし、まだ使用魔力の加減が甘くてね。状況も状況だ。出し惜しむ余裕が有ると思うべきじゃないし、下手に魔力切れに陥っては最悪だ。適切量を見定めるまでは極力、次からはまた『強化』をメインに打って出ようと思う。すまないが、引き続きケアをよろしく頼むよ。シルキーさん!」
「────、…………」
……うん、そうだ。私だけじゃない。此処ではノッカーさんも、フェノゼリーさんも、およそ己が身に余る境遇に在り、これを切り抜けようと団結している。ならば──
「……はい。私にできることを、全力でやりきります!」
──身の程知らずにも、身の程を超えた現在に立ち向かおう。
「──おい! さっきから何をくっちゃべってる! とにかく、あんちゃんは無事なんだな!」
「ああ、ご心配なく! おまけにこの超ステップ運転の只中、舌を噛まずに喋ることにも慣れてきた頃合いだ!」
と、荷車を走らせることに全神経を集中していたらしい。会話内容のすべては把握できなかった様子で、フェノゼリーさんが此方に呼びかける。
「そうかよ! ならもう一度出番だあんちゃん。前方に新手だ! 今回の数は……よし、八体だ! さっきより少ねえから、軽く──」
「(──!)」
──いや、違う。
「フェノゼリーさん! 前方だけではありません! 今回は後方からも、八、九──」
「いや、左右からもだ! 全方位に……三十体強、といったところか……!」
……都市部に近づいていることの証なのか、『大厄災』の進行が加速していることの表れなのか。いずれにせよ刻一刻と、鼠算式的に、モースの増加に拍車がかかるであろうことは、容易に想像できる話ではあったのだ。
「……おっと。どうやら方向や数の問題だけじゃないらしい。ひときわ大きな個体が混じっているようだ」
「え──」
……うそ。魔猪さんみたいに、モースの中にも大きさの違いがあるっていうの──?
「ああ、そうみたいだな! くそ、噂には聞いちゃいたが……このタイミングで『大型モース』に出遭っちまうとは、ツイてねえぜ……! 大盤振る舞いは謝礼だけにしろってんだ!」
努めて投げやりな軽口を交えながら、新たに訪れた脅威存在の正体を知っているような口ぶりで語るフェノゼリーさん。その真横を──
「いいや。ツイているさ、少なくとも私にとってはね!」
──格好の獲物でも見つけたような、歓喜に満ちた声色を湛えながら、ノッカーさんが駆け抜けた。
「! あんちゃん! 今回のもやれるってのか?」
「ははは! それを試すのが試練というものだ! さっきと同じ要領でいこう、フェノゼリー殿! 構わず直進してくれたまえ!」
……ああは仰るものの、しかし──
「(……モースたちは全方位から迫ってくる。いまノッカーさんが向かったのは前方から迫る一群で、左右、後方の群れの対処は同時にできない──)」
──荷車の進行方向を考慮するに、もっとも早く接敵するのが前方の一群であることは確かだ。ゆえに、真っ先にそちらへ向かわれたノッカーさんの判断は正しいといえるだろう。その最中にも荷車は前進するから、抜き去られる左右の群れは、やがて後方の一群と合流する格好になる。
「(……でもそれじゃ、ノッカーさんは──)」
前方のモースは八体。仮にこの一群を掃討したとしても、二十数体のモースが後方に寄せ集まることになる。それらの掃討にも向かうとなれば、彼は荷車の進行方向から逆行せざるを得ない。つまり、掃討にかかる身体的負担にくわえ、荷車への合流にかかる移動量までもが増加することになるのだ。
……さすがに今回ばかりは、彼の掃討完了のタイミングをみて、荷車もいったん減速する必要が──
「ん? ……うお! 何だありゃ──!」
「えっ? わ!」
──と、あれこれ思案していると。
「(──光の、球──?)」
はるか前方から、荷車の左右を避けるように──後方へ向かって一直線に、無数の光弾が過ぎ去っていった。
「(なに、いまの──)」
咄嗟に後方を振り向き、光弾が通ったであろう軌道の先に視線を送る。すると、そこには──
「(……えっ。うそ、なんで──?)」
──後方に寄せ集まったモースの群れが、漏れなくその半身を失い、荷車を追う足を止めていた。
「シルキー、今のは何だ! 後ろはどうなってる! 前方は例によって砂埃がひどい! あっちから聴こえてた、あんちゃんの暴れる音も止んじまったが──」
「──え、ええと……『大型モース』を含め、後方のモースたちがすべて消滅しているようです! それ以外のことは、私にもわかりません!」
そうこうしていると。
「──って、うお!」
「──ははは! ナイスタイミング!」
砂埃の壁を向こう側から打ち払ったらしい。晴れた視界の中央に立つ、ノッカーさんの姿が現れた。
「よっと──よし、後方の群れもちゃんと片付いているね。掃討完了だ! ははは、これまた上手くいったらしい!」
……『後方の群れも』?
「──まさか。さっきの光弾は、ノッカーさんが?」
「ああ! 拳に纏わせた魔力を飛ばしたものだ。驚かせたならすまない!」
……飛ばした──?
「初めて拳に魔力を纏わせた際、練度の浅さから武装の範囲指定が甘く、魔力の層が剥がれそうになってね。サイズの合わないグローブよろしく、すぽーんと抜けてしまいかけたんだ。今回はそれを逆手にとって、『いっそ打ち出してしまえ!』と飛ばしてみたのさ──いやはや、『付け焼き刃』も使いようだね。脆く取れてしまう刃先であるならば、取れる事自体を生かす路もあるというワケだ! 勉強になったぞう!」
……どうりでこの御仁が長年、この世界でサバイバルができていたワケだ。ここ半刻ほどの時間のなかで、その実感を伴った私なのであった。
「なんだか知らねえが、やったなあんちゃん! 全方位を囲まれたときはさすがにヤバいと思ったが、たったひとりで全滅させちまうとは!」
「ああ、どうにかなったよ! もちろんこれは、フェノゼリー殿の走力があってこそ成立した戦法だ。貴方の脚にモース群を抜き去る速力がなければ、後方一箇所に寄せ集めることはできなかったろうからね!」
──そういえば。
「(……よかった。フェノゼリーさん、どんどん元気になってる)」
……彼の『目的』、そして『願望』。その只中に身を置いた現状が、『個』としての在り方、その補強を叶えているのか──再会直後の様子に比べ、いまはすっかり、いつもどおりの活力を取り戻しているようだ。
「──ケアが完了しました。おつかれさまです、ノッカーさん!」
「ありがとう! 今回はやはり、魔力消費のほうが問題だったな。全快時の半分くらいまで残量が減ってしまった。少し間食を取らせてもらうよ。保存食に込めておいた魔力を摂取すれば、回復の足しにはなるだろう!」
「お、おお……!」
──『腹が減っては戰ができぬ』というやつか。もしかして、魔力消費も新陳代謝のひとつなのだろうか。であればなおのこと、消費した分を摂取、ないしは体内で再生成する必要があるだろう。
「……ふふ。こんな状況ではありますが、ちょうど空の色も赤くなってきましたからね。これは早めのお夕飯、といったところでしょうか。食べられるうちに食べておきましょう!」
「ははは。うん、そのとおりだとも──」
ノッカーさんに倣い、私も保存食のピクルスを取り出して口に含む。彼のように魔力を込めてはいないけれど、食事は食事だ。『医者の無養生』という言葉もある。私はお医者さんなんて立派なものじゃあないけれど、彼のケアを担う立場にある以上、自身の体力の回復にも気をつけないと。
「────ん?」
と、互いに食料で頬を膨らませていると。
「……シルキーさん、貴女はいま──
ノッカーさんは不意に、そんなことを問いかけた。
「……記憶にある限り、この世界の空は……夜へ移ろう直前は、確かに色の深まる瞬間がある。だが、今はまだそんな時刻じゃない。それを差し置いても、しかし……どうだろう。ブリテンの空の黄昏色は、こんなにも──
「────え?」
──燃えるような、赤──?
「…………マジかよ」
すると。フェノゼリーさんは唐突に、荷車を引く速度を落とし──
「ブリテンが──燃えてやがる」
──完全に足を止め、空を見上げてそう言った。
お読みいただきありがとうございます。
2026年! 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
年末は2部終章に正座で臨み、完走して大の字になっておりました。天球め。宇宙もくれてやっちゃダメなやつでしたね。弊カルデアが最後に伐採したのはセイファートでした。編成?モルトリ母娘はもちろん妖精國組で出撃しましたとも。情緒と共に決別してきました。陛下のあの差分はズルいです。
などと熱に浮かされるなか、ひんやりと去来した終章ロス。「温度差で風邪を引く」とはよく言ったもので、大晦日から丸一週間はそこそこな発熱を喫しリアルに寝込んでしまいました。
快復した矢先にアフタータイムのはじまり。どうなっちゃうんですかfgo。そして弊カルデアの妖精國面子! 繋いだ縁は生きてますよね?
ところで今回の更新話。時系列は『大厄災』の真っ只中、各々の願望が問われるおはなし。ゴールテープが見えてきました。
引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。