望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は後日、作者本人のpixivアカウントにおいても投稿予定の内容となります。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





借屍還魂(弍)【十八】

 

 

◆◇

 

 

 

 ──視界が途切れる。

 

「(…………ぐ、……ッ……!)」

 

 ──意識が遠退く。

 

「(…………が……、……っ)」

 

 ──この身に『それ』を受けるたび、

 

「(…………ごふ、……、あ……ッ)」

 

 ──己が(かたち)を、内側から脅かす。

 

『──りたいよ。帰りたいよ、あの世界に!』

 

 ──声。

 

『どうして。この世界でも生きられると──』

『──思ったのに。思っていたのに、なぜ!』

『ああ、怖い。怖い! 帰して、帰してよ!』

 

 ──声。

 

『今日も生き延びたのに。生き抜いたのに!』

『こんな目に遭うのなら。判っていたなら!』

『もっと早くに──死んでおけばよかった!』

 

 ──数多の声が、押し寄せる。

 

「────て、……さい──」

 

 その最中、(から)くも耳に届いたものは。

 

「──やめて、ください──」

 

 懇願するような、何者かの叫び声。

 

「──やめてください! このままじゃ──」

 

 拒絶。あるいは、制止を促すそれは。

 

「──貴方の命に関わります、バーゲストさま!」

 

 ほかでもなく、私に向けられたものだった。

 

『──流石、よく耐えるものだ。いや、よく喰らうものだ、と云うべきか。黒犬公』

「(────、…………)」

 

 何分、何十分が経っただろうか。

 

『我が身を顧みず庇うとは。それも騎士の矜持とやらか。倣ったものに過ぎぬ在り方で、己が本質を覆い隠すなど。この期に及んで滑稽なことを』

 

 絶えずこの身に降り注ぐ、

 

『だがそれもいいだろう。そこな異端分子に代わり、その身に受けると云うならば──我らが受難、その一切を味わうがいい』

 

 無数の『漂流物』が撒き散らす、怨嗟の念を浴びながら。

 

『なぜだったんだ。なぜ俺は、この世界に!』

『いつのまにか来ていただけの、私がなぜ!』

『訳もわからないまま、死ぬっていうんだ!』

 

 ──ああ。聞き届けなければ。

 

『恋しい。恋しい、私の家族たちが恋しい!』

『戻りたい。かつてのあの生活に戻りたい!』

『いつか戻れると──そう信じていたのに!』

 

 これらはすべて、かつての『私』が看過した──

 

『来なければよかったんだ。こんな世界に!』

『こんな、こんな、恐ろしい世界なんかに!』

『ああ、帰してくれ。元の世界に──帰せ!』

 

 ──寄る辺なきものたちの、正当なる糾弾なのだから。

 

『傍観せよ。而して受容し、看過せよ。是なるは我らが抱く、かの国への(はん)(ばく)の総意なれば』

 

 ならば、喰らわねば。

 

『認め、確かめ、証明せよ。我らが在るべき世界は決して、かの国ではなかったのだと──』

 

 喰らえ。喰らえ。喰らい尽くせ。それが──

 

『──この客室にして会合の席、“()”の間において。いま、此処で』

 

 ──『私』の過ちに充てられた、『罰』の形だと云うならば。

 

「(……ああ。間違っていた)」

 

 滾りゆく。

 

「(間違っていた。守るべきものを間違えていた)」

 

 燃え滾るような、後悔の波が押し寄せる。

 

「(はじめから、あの島には正義など何もなかった)」

 

 ──ならば。贖罪の機会がいま一度、与えられたと云うならば。

 

「(責任をとらなければ。決して、あの世界に残してはならなかった)」

 

 私は、此処で──。

 

「(────『私』、…………)」

 

 ……ああ。『それ』はいま、如何なるものとして在るのだろうか。

 

「(……いや。現在だけではない。あのときの己も、如何なるものとして──)」

 

 滅びゆく都市を背に、擁した民をこの手にかけ、自らも後を追った領主。

 

「(──在ろうと、したのだろうか)」

 

 未来ある異邦の世界、その客人に望みを抱き、後を託した騎士が一翅。

 

「(──在ることが、できたのだろうか)」

 

 いまやその客人に並び立ち、異邦の世界に身をも置き、使命を抱く人理の守護者。

 

「(……ああ。いったい──)」

 

 それらすべての、己を象る在りかたが──『彼ら』 と対峙し、此処に在る『私』を、責め立てる。

 

「(──『私』はいったい、何なのか──)」

 

 真に問うべき対象は、『正義』の所在などではなく──『私』自身であったのだと。

 

「──違う。それは違うよ、バーゲスト』

 

 その、刹那。

 

『だって君は、ずっと──(そば)に居てくれたじゃないか』

 

 削れゆく五感。霞む意識の最奥で、小さき()()が囁いた。

 

「(────、────)」

 

 その一瞬のうちに、我に返る。

 

「──そうです。違います!」

 

 すると。間髪を入れぬ勢いで、もうひとつの声を聞く。

 

「違います。それは、それは──きっと間違っています、バーゲストさま!」

 

 私のすぐ傍らで、何者かが叫んでいる。

 

「貴方が負うべき責じゃない。いいえ、そもそも背負うべきものでも、責ですらもない! これは──『私たち』の問題です!」

 

 ──それは私が庇い、擁していたはずの者の声。

 

「この数刻のなか、感じ取りました。かつての貴方が抱いた意思を。貴方は自身の領民を護ろうとしただけ。その結果が、真実が、信じたものとは違っただけ。そこに余人の責め入る余地は無く、咎められる謂れも無いのです!」

 

 ──その者が、いま。

 

「だから。だから、そんなふうに思い詰めないでください!」

 

 この身を庇うように、我が眼前へと躍り出た。

 

「君……、何を──」

 

 視線を上げ、この眼に捉える。

 

「……ふふ。こうしていると、なんだか懐かしい。あのとき『私』を助けてくれた、御顔も知らない恩人を思い出す──」

 

 ふわりと笑い、振り返る──その顔は。

 

「(────待て。君は)」

 

 ああ。思い出した。

 

「(『君』は、あの時の──)」

 

 それは、いまや記憶の彼方に去ったもの。実際にあった出来事かすらも定かでない、日常の刹那に掠めた『縁』。

 

「ここまで護ってくださり、ありがとうございました。『私たち』はもう大丈夫です。今度は──」

 

 ──ああ。私はまた、大きな間違いを犯していたらしい。

 

「──『私』が、貴方をお護りします!」

 

 無謀な姿勢ではあるが、しかし。己が手に余ると知りながら、自らふたたびその身を投じる──そのような存在を、弱きものと見做していたなどと。

 

「みなさん、聞こえていますか。お望みどおり引き受けましょう──その想念を!」

 

 少女はそう叫び、何かを掲げる。

 

「(! これは……彼女の()()か──?)」

 

 掲げられたものは、自らの衣服を破いて作られたらしい、ひと振りの『()()()()』。先刻まで私の身に降り掛かっていた、『怨嗟の念』を吸い上げている。いや、むしろこれは──

 

「(──引き受けて、いるのか……!)」

 

 魔力を介しているが故か、そもそもが魔力行使によるものだったが故か。質量を有しているかのように『怨嗟の念』が可視化され、渦巻きの如く収束し、『白布』の元へと集約している。

 

「──待て、『それ』を()()()()()()()()()()!」

 

 咄嗟に叫び、眼前の彼女に静止を促す。

 

「(──そうだ。この特異点、とりわけ現状は、『奴ら』の観測を促すための罠で塗れている。あれらの『念』は奴らの証明因子そのもの。私が引き受けようと、『彼女』が引き受けようと、観測条件は満たされてしまう──)」

 

 迂闊だった。こうして彼女を眼前に出してしまったこと以前に、私がこの身に引き受けようとした時点から、戦場において下すべき判断を誤っていた。己が贖罪などという甘言がよぎったばかりに、対局を見誤るなど──。

 

「──大丈夫です。こう見えて、『私』は──」

 

 しかし。

 

「──『穢れ』を取り払うことは、得意ですから……!」

 

 その懸念すら、見誤っていたらしい。

 

『……貴様。それは何だ? いや、何をした! これらの念は今現在、そこな黒犬公へと向かうよう定めたもの。貴様へ浴びせるという指向性は与えていない。しかし、なぜ──』

 

 狼狽える、『奴ら』の声が響く。

 

『──なぜ……我らの念が引き受けられるばかりか、その身からも取り払われている……!』

 

 そして。その渦中に居る私もまた、異変を感じ取っていた。

 

「(──これは……!)」

 

 ……魔力だ。それも、混沌の坩堝たるこの場においては、却って異物感すら覚えるほどの、純粋なる魔力の波が──

 

「お受け取りください、バーゲストさま!」

 

 ──損耗した私の霊基に、惜しみなく押し寄せる。

 

「(……狙いが逸れた私はともかく、『彼女』の心身にも異状がみられない。呪詛にも等しい『念』の波を引き受けたばかりか、それを単なる魔力リソースの純度にまで浄化し、私に譲渡してみせた──?)」

 

 これは、もしかすると──。

 

『……ならぬ。認めぬ、許してなるものか! 貴様、貴様ら異端分子まで──我らが受難を否定し、踏み躙り! 取るに足りぬものと断じ、そのように打ち捨てようというのか!』

「──、く──っ!」

 

 それを認めたと同時に。『彼女』に押し寄せる、いや──引き受けられる『念』もまた、その規模と勢いを増していた。

 

「──あ、ぐ……あ、ぁあああ!」

 

 苦悶の声を聞く。

 

「(……ダメだ。これは──)」

 

 ああ。その苦痛は、身に覚えがある。

 

「──、やめなさい!」

 

 ……許容量を、超えているのだ。

 

『形を此処に──其は薫習を招くもの!』

 

 ──やめろ……!

 

『記憶を薪に──汝は反駁を払うもの!』

 

 何か……何か手立てはないのか! 何、か──

 

『お前たちは! 望みの中で──』

 

 ──否。手立ての有無など、立場の沙汰よりどうでもいい。

 

『──我らが悲願、その礎となるのだ!』

 

 たとえその身が、仮初のものであったとしても。

 

『その異能! 我らが手中に在りながら、ここまで()()()()()()事は驚嘆に値した。だがそれまでのこと! もはや真に無用となったその容、その存在を──純然たる集積装置として、此処に再定義する!』

 

 かつての容を失った、亡者たちの記憶だとしても。

 

『縁起を此処に! 白布の付喪神たる貴様に刻む名は、“()──』

 

 それでもいま、此処に在らんとするならば。

 

「──違う! 私の、名前は────!」

 

 声高に、そう叫んでみせると云うならば。

 

「────妖精國を生きたひとり!『衣擦れ音』の、シルキーです!」

 

 私が為すべきことは、明白だ。

 

「────よく吠えた!」

 

 歩み寄り、傍らに立つ。

 

「あ! ……すみません、バーゲストさま。貴方に名前を問われたとき、答えられなかったのに、私……」

「気にするな。事情があるようだったからな。それに──」

 

 そうだ。『彼女』はいま、かの国で己が定めた在り方こそを、『自身』なのだと誇ってみせた。

 

「──此方にとっての『()()()』を明かさずにいたことは、私も同じなのだから」

 

 ならば私も、騎士の礼にて遇するとしよう。

 

「……バーゲスト、さま?」

 

 同胞が掲げる矜持を認め、並び立つ事こそが──

 

「いったい、何を──」

 

 ──妖精國が騎士たる私の、為すべき行いだ。

 

「……礼を言います。おかげで頭が冷めました」

 

 ──『彼女』の肩に触れ、前に出る。

 

「仕事の依頼です、『()()()()』。私は或る事情から此処で任務中なのですが、鎧が少々汚れてしまいまして。作戦の継続にあたり、その汚れは増していく見込みなのです」

 

 かつてその身が培った経験のすべてに、敬意を込めて語りかける。

 

「とはいえ、貴方は別の仕事に忙しそうだ。しかし、どうやらその目的は、私の目的にも通じているらしい。差し支えがなければ、そちらは私に預けてくれませんか」

 

 かの国に『縁起』を慣らした、同胞と呼ぶべき隣人へ。

 

「え……? でも……それでは、また──」

 

 妖精も、人間も。互いに手を取り合っていた、いまは無き風土への追懐とともに。

 

「──それは君も同じでしょう。これはただ、どちらかひとりのみが担うべき事柄ではなかったというだけのこと。大丈夫。私にひとつ、考えがあります。端的に言えば、分業制というものです」

 

 ゆえに、私は。

 

「……わかりました、承ります。正直に申し上げますとやっぱり、この身ひとつでは限界があったようですので……!」

「──よし。交渉成立ですね。では、頼みます!」

 

 間違いがあったとしても。過ちがあったとしても。かつての領民を擁したように、我が行いを為すのだ。

 

『貴様ら、いったい何をし……』

 

 ──()()()()、発動。

 

『……何だ。何だこれは。あり得ない。此処は我らが支配下にある空間。その只中にあって、あろうことか──そこな我らが同胞までもを対象に、貴様の庇護下に置けてしまうなどと……!』

 

 ──『ファウル・ウェーザー』。己が同胞と認めた存在を護る、固有結界にも迫り得る領域。かつての私が奪い受けた、或る妖精が有していた異界常識。

 

「解らぬのか? 聖杯に通じ、『総体』なる司令の頭を成し、斯様な空間を拵え、我々までもを手中に在るものと見做しておきながら。落第だな。まるで勘が働いていない。仮におまえたちが野生の獣だったのなら、夜のうちに喰われてしまうぞ」

 

 此処は妖精國の因子に塗れた特異点。それがたとえ敵地の只中であろうとも──護るべき者が同郷の徒であるのなら、効果は尚のこと強固となろう。

 

「そこな少女は我らが世界の客人にして、いまや我が庇護下に置きし同胞だ。ゆえにこうして、我が異界常識の発動対象に見做された。つまり──貴様らの領域はすでに、我が狩場となったのだ」

 

 だが、それだけではない。

 

「……なに、これ。私の『起源』が、今までにないほど励起してる……?」

「──ああ。やはり君のそれは、私の能力に()()し得るものだったらしい。慣れぬ感覚でしょうが、心配する必要はありません」

「……共鳴? それって……もしかして。バーゲストさまも、これと似たような──」

 

 そう。『彼女』の引き受ける力──まさかそれが『起源』なるものであったことは初耳だが、その行使における過程には、私の『魂喰い』との親和性が見込めたのだ。

 

「分業制、と言ったでしょう? 君が行使する力には、『感応・集約・抽出』といった過程があるようだが、これらの一次的な役割を引き受けたのです。実のところこれらは、私の得意とするところでして」

 

 正確には私の場合、『感応・集約・抽出』と分かれるものでも、それらの語句に忠実なものでもないのだが。見境なくこの身に喰らい、引き受ける役を担ったまでのこと。しかし、それだけでは先刻までと招く結果は変わらない。だが──

 

「しかし私には、それらをこの身から『取り払う』ことは適わないのです。だからこうして、君には二次的な役割を任せています。『容量が数倍になったようなもの』とでも云えば、イメージがしやすいかもしれませんね。奴らの『念』を私が一旦受領し、君が最終的に処理するまでの空き容量と猶予を稼ぐ──理解できましたか?」

「──、っ! わかりました、『適材適所』というわけですね!」

 

 ──手を取り合う者が居るのなら、話は変わる。

 

「そのとおり。さあ──仕上げにかかりますよ!」

「──はい!」

 

 ──喰らい尽くす。

 

『……莫迦な。莫迦な! 我らの念の一切が、無為なまでに払われていくなど……!』

 

 ──空間内のすべての『念』を、余すことなく。

 

「案ずるな。貴様らの『念』は元来、善悪に依らぬ魂の糾弾であり、無為ならざるものだった。いまや呪詛の類へと変じ、喰えたものではなくなったそれらはしかし、魔力量としてみればそれなりにボリュームがある。生ではとても食指が動かんところだが──我が庇護下にはいま、腕の良い調理師が居てな。幸いなことに、食材を無駄にせずに済みそうだ」

 

 ──まだだ。

 

「……え? あの。調理師って、まさか私のことですか! お仕事の依頼は嬉しいのですがそんな、どうしましょう! この状況でお料理まではさすがに手が回り──」

 

 ──喰らい尽くせ。

 

「ただの方便だ気にするな! 君はそのまま今の仕事を!」

 

 ──かつての『私』が看過した、

 

「あ。は、はい!」

 

 禍根の種子を、根刮ぎに。

 

『ああ。あああ、何故だ! 与えられた役割、齎された()()には準じた筈だ! 手順も誤ってはいない! 異端分子の選出も、此処へ招くべき対象も、然るべき因子を──』

 

 そうして。空間内を占めていた、怨嗟の声が掻き消える。

 

「よし──これですべてだ!」

「はい!」

 

 ──剣を納める。

 

「……寄る辺なき客人たちよ。すべての怨嗟が無に帰したのではない。如何に呪詛より解けようと、音節そのものは耳に残る。ゆえに、此度こそは看過せぬ。貴公らの抱きし望郷の念、私が此処に受領した」

 

 ──一歩踏み出す。

 

「だが。かつての貴公らであればいざ知らず、我らに仇なす物怪と成った貴様らは──たとえ其方から看過を願われようと、もはや見逃すわけにはいかぬ」

 

 ──掌を翳す。

 

「すまないな。巫女などではないこの身では、貴様らを祓ってやることはできん。ゆえに──」

 

 見えざる血に塗れたそれを、

 

「──せめて、焼き払ってやるとしよう」

 

 己が額に振り下ろす。

 

「……魔力の抽出、完了しました! お受け取りください──バーゲストさま!」

 

 ……この特異点攻略において付与された、モルガン陛下による偽装魔術──もとい、魔力譲渡術式。現在はあの娘(アルトリア)が万全の状態で引き継いでいるが、それも数刻前の時点での話。彼方の状況が窺い知れない以上、莫大な魔力量を消費することは躊躇われた。しかし、

 

「ああ。ありがたく受け取ろう!」

 

 異なる経路で得た、使い捨ての魔力リソースであれば──幾ら喰らい、用いても構うまい。

 

『──は。ははは。ははははは! そうか! やはり我らを謀っていたか、()()は!』

 

 乱心か、錯乱か。空間を統べるモノの声が、静寂のなかに響き渡る。

 

『だが、いいだろう。所詮は儀礼。是なる“受”の間において──為すべきものは既に、充分に為されているのだから!』

 

 だが。いまや耳に届くことのない、怨嗟の念に比べれば──是なる声は空虚にすぎる、抜け殻の発したが如きものだった。

 

『哀れなるかな。異端分子、黒犬公! 我らが()を受け入れさえしておれば──その容もろとも、無為と潰えずに済んだものを!』

 

 もはや精神攻撃は無効と知ったからか。この空間を形成していたらしい、無数の『漂流物』どもの因子に魔力を込め、全方向からの一斉掃射を構えている。

 

「──! バーゲストさま、周りが……!」

「じきに魔力掃射が来る。君は私の側に!」

「は……、はい!」

 

 ──角を掴む。

 

『そこまで喰らいたくば、喰らって見せよ黒犬公! 是なるは我らが受難を湛えし怨嗟の鉄槌。かの国の暴虐に反駁せし糾弾なれば! 己が罪を忘れ、尚もいまに在らんと縋る、無恥なるその身に受けて爆ぜよ!』

 

 宝具、開帳。

 

「ああ。その糾弾、この身を以って受けて立とう。そして──思い違いを知るがいい」

 

 この剣は法の立証。

 

「我が名はバーゲスト。冠する名を『妖精騎士ガウェイン』。かの妖精國を守護せし騎士にして──」

 

 あらゆる不正を糺す、地熱の城壁。

 

「──貴公らが穢さんとする世界を護る、()()()()のサーヴァントだ」

 

 ──跪け!

 

「────『捕食する日輪の角(ブラックドッグ・ガラティーン)』!」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 硝煙が立ち込める。

 

「────けほっ、けほっ……」

 

 周囲より感ずるのは、傍らで咳き込む少女の気配のみ。

 

「──無事ですか、シルキー」

 

 拡大した霊基を通常規模に戻し、剣を抜いて声を掛ける。

 

「……はい、大丈夫です。煙が少し、喉に立ってしまっただけで」

「そうか。すぐに処理する。そのまま口元を押さえていなさい」

 

 横一閃に剣を振り抜き、硝煙を斬り払う。

 

「──これは……」

 

 視界が拓ける。『奴ら』の制圧が確認できると同時に、周囲の空間を成していた『石造りの蔵』らしき様相が、後を追うように崩れていく。

 

「……敵性存在の気配は無い。だが空間が不安定な状況だ。新手が寄越されないとも限らない。得体も知れない環境である以上、崩壊が落ち着くまで動かないように」

 

 すると。

 

「得体……いえ。これは、たぶん……『漂流物』を収めていた、或る倉庫の中を模して造られた空間、なんだと思います。規模も形も、私の記憶にあるものとは差異がありますが、おそらくは」

 

 少女はどこか身に覚えがあるような様子で、不意に所感を口にする。

 

「──倉庫?」

 

 ……『漂流物』を収める倉庫。たしかにあのブリテンには、そのような機能を持つ施設が複数存在していた。罪都キャメロットの宝物庫、グロスターのオークション会場、ノリッジの金庫城──それぞれに用途や役割、目的こそ違えど、流れ着くそれらの希少性を見出す者が少なからずおり、各地で蒐集活動が行われていたのだ。

 

「つまり君も、ブリテンの何処かで類似の施設を訪ねたことがあると?」

「……はい。ソールズベリーでふた月ほど、『寄託管理庫』という倉庫のお仕事をやっていました」

 

 ……ソールズベリーか。あの都市の風土なら、民間での類似施設を運営する者が居てもおかしくはない。『寄託』という語句から察するに、貸し倉庫や預かり業務の類だろう。都市事業としての運営であれば、他領主間の会合や王政の席の折に私の耳にも入ったはずだが、罪都キャメロットの宝物庫との連携があるような民間事業の話は聞き覚えがない。

 

「そこは『漂流物』のみを扱っていたわけではありませんが、一部の収蔵物がそうだったんです。前任者……休暇中の先輩にいたっては、個人的に『漂流物』の蒐集、保管をしていたぐらいで。それにそこは、鉄鉱石で建てられた施設で……だからこの石造りの空間を見て、もしかしたらと思えて」

 

 この特異点における『奴ら』は、聖杯を用いた証明因子の抽出、増強を手法に現状を成している。『金庫城』の概念を礼装にせしめたように、彼女の記憶にある『倉庫』の概念を呼び水とし、かつて類似の環境下に置かれた他の『漂流物』との縁を連鎖的に共鳴させたのなら、先の状況を形成することも可能やもしれない。

 

「……なるほど。もしかするとこの空間は、君の心象風景の一部を模したものなのかもしれません。そこに在った『漂流物』との縁を汲み取り、汎化し、『奴ら』が入り込む余地とした……といったところでしょうか」

 

 窺い知れる事柄は、それだけではない。ごく一部の縁を呼び水に、こうも多くの因子を紐づけ、汎化することが可能だとすれば……他の縁を複数同時に呼び水とした場合、紐づけ得る対象もまた多岐にわたり、自在なものになるということだ。

 

「(……しかし、やはり──聖杯による存在証明の範疇と片付けてしまうには、あまりに芸が細かすぎるうえ、広すぎる。多種多様な各個の証明因子を保ったまま、他の因子との併合と調和を叶えるなど……)」

 

 信じがたいのは、それらの運用が突貫工事や付け焼き刃のそれではなく、総体としての系統を成し、至極円滑に実現しているらしいという点だ。特異点全体を包括しながら、局所的、かつ同時並列的な概念改編を、複数箇所でやりおおせるなど──

 

「(……それでは、まるで──)」

 

 ──ある種の『()()』を敷いたと見做し得る、極小の『世界運営』を行うに等しい所業ではないか。

 

「(……ならば……その理由、本質は何だ?)」

 

 だが。仮にそう判ずるとして、解せぬ点もまた浮き彫りとなるような感覚がある。

 

「(シオンは『奴ら』について、『形状だけは改編するわけにはいかない』という制約があると言っていたが……しかしこの眼に映る現状は、その所感とは異なる様相を示している──)」

 

 そう。現状は明らかに、()()()()()()()()()()()()のだ。『金庫城のゴーレム』や『漂流物のゴーレム』を形成していた際とは訳が違う。先刻のそれは個物の寄せ集めではなく、概念レベルにまで細分化された因子を掛け合わせ、溶け合わせたかのような存在だった。これでは個物としての形状を改編できぬどころか、その制約の存在さえ疑わしい有様ではなかったか。

 

 …………どうなっている?

 

「──この艦……ノリッジの港で建造途中だったはずの『イナバマル』が、こうして渡航しているのも……きっと、そういうことなんですよね」

「────、なに?」

 

 すると。思考に耽っている私の横で、彼女は不意に呟いた。

 

「……その口ぶり……もしかして君はあの艦を、ブリテンに居た頃から知っていたのか?」

 

 ……彼女が現状の『奴ら』の構成因子である以上、その情報を持っていることに不思議はない。だが彼女はいま、どこか懐かしげな声色で──個人の記憶の事柄であるかのように、その音節を口にしたのだ。

 

「え? は、はい。私、ノリッジに滞在していましたので。最初に流れ着いた場所にして、最期を過ごした街のことですから」

「────、────」

 

 ……あの時のノリッジに、彼女が──

 

「直接見たことはありませんが、お話はよく覚えています。妖精國初の外洋船。海を渡るために造られるはずだった、あの島を離れ得るものの概念。……『漂流物』を収めていた倉庫の概念に取り入り、扱うことができるなら──あの艦との『縁』だって、それらと紐づけることができるのでしょう」

「────、…………は?」

 

 ──と、此方の凍りついた思考を他所に。彼女はまたしても、不意に気掛かりな事柄を口にした。

 

「──『縁』、と言ったのか? 『漂流物』と、『イナバマル』の間に……その、繋ぎ得る何かが存在していたと?」

 

 確かにあの艦は、『漂流者』のひとりたるスプリガンの指示で建造に着手したものだ。『漂流物』との『縁』と呼ぶに足る事柄と云うならば、そのマクロ的な一点を以って満たされており、汎化の足掛かりになっているといえる。だが──

 

「……はい。実は、私が働いていた倉庫には──『イナバマル』の建造に使うための資材が、『漂流物』と共に収蔵されていたんです」

「…………!」

 

 ──そのマクロ的な要素だけではなく。各個の『漂流物』との『縁』というミクロ的な要素までもが加わるならば、現状理解の範囲が大きく変わる。

 

「(……建造資材……まさか。我々が艦内へ突入した際に見かけた、バックヤードのコンテナ群は──)」

 

 ──『漂流物』と共に在ったという『縁』より抽出、構成された、原風景の一部だった……?

 

「ほかの倉庫のことは判りませんが、少なくとも私が知る場所ではそうでした。……たぶん、私がこうして此処に在るのも、その『縁』から引き出しやすい因子だったからなのでしょう」

「……なるほど。状況的にみても、その可能性は高そうですね」

 

 ……倉庫とは基本的に、何らかの物品を収める場所だ。その存在自体はごくありふれたものであり、国中のいたるところに設置されている。そこで扱われるべき対象が同じ『モノ』である以上、『漂流物』であれ『建材』であれ、それと知らずにひとつ所で同居していたケースがあっても不思議はない。

 

「(……とりわけ『イナバマル』については、スプリガンが指揮をとった事業の話だ。奴は『漂流物』の蒐集にも熱を入れていた。『建材』と『漂流物』、それぞれの搬入ルートが重なる場所があったとしても頷けるが──)」

 

 ──しかし。彼女の語る倉庫に在ったという『漂流物』の境遇は、おそらくスプリガンの蒐集活動とは無関係のものだ。たまたま同じ建物内に転がっていた訳でもなく、奴の意思とはまた別に、何者かの手で『漂流物』の保管が行われていたということになる。

 

「──前任者……休暇中の先輩、と言ったか。その者はなぜ、『漂流物』の保管を?」

 

 ……気掛かりだ。かつて在りし日の妖精國における事柄としてみれば、その者の行為はただの職務、あるいは趣味にすぎない。それは極論、スプリガンの蒐集活動についても同様ではある。だが──現状を鑑みれば、それが何かの一因として影響を及ぼしているやもしれない。

 

「……判りません。その痕跡が見てとれたというだけで。ただ──その先輩もまた、私と同じ『漂流者』の身であったらしいということは、保管活動に関係しているかもしれないです」

「──!」

 

 ……スプリガンとは別の『漂流者』が、『漂流物』を保管していた──?

 

「(……それも、『イナバマル』の『建材』が同居する施設の中で──)」

 

 ……偶然……いや。『漂流者』が同郷の『漂流物』に関心を抱くこと自体は、むしろ自然な成り行き、必然とすら言える心理的帰結なのだろう。現にスプリガン自身がそうだったのだ。偶然だったのは、もう一方──その場所となったのが、『イナバマル』の『建材』が保管される環境であったという点だ。

 

「──その者と、君は面識が?」

「……いいえ。結局、私は彼女と顔を合わせる機会がありませんでした。当人のグロスターでの休暇中、ピンチヒッターとして雇っていただいた身でしたので」

 

 ……グロスター?

 

「──もしや、その者は『オークション』に?」

「あ、そうです! 倉庫のオーナーさん曰く、『漂流物』を目当てに参加したのでは、と!」

 

 ──やはり、そういった事も起こり得たのか。

 

「私が着任したのは、彼女がグロスターに発ったあと。なので、彼女が倉庫で『漂流物』を保管していた動機とか、目的とか……そのあたりの事情は、私にもよくわからないんです」

「(────…………)」

 

 ……『漂流者』が『漂流物』を追い求め、妖精國の各所を辿っていた。この分ではおそらく、彼女の語る者の行動のみならず、類似の事例は人知れず生じていたのだろう。そうした無形のはたらきが『縁』の一部となり、現状を成す汎化の一因となっている、ということか。

 

「……ただ、ひとつ、ずっと気になっていた事がありました。……()()()()()()()には、立ち入ることができない場所が──」

 

 ──瞬間。

 

「──! 君、そこを離れ──」

「──、え──」

 

 続く言葉を断つかのように。崩れ切る寸前の『石造りの蔵』──その残骸が檻を成さんと襲来し、彼女の周囲を折り畳んだ。

 

「──っ……! 『チェイルブレイザー』!」

 

 咄嗟に隙間へ鎖を放ち、斬撃で石檻の形成を阻むと同時に、彼女の奪取を試みる。が──

 

「(──遅かった……!)」

 

 ──内部へ捩じ込んだ鎖ごと、彼女の鹵獲を許してしまった。

 

「(……それに……倒壊が、止まっただと──?)」

 

 石檻の形成とともに、崩れかけた空間が静止する。

 

「……貴様ら、まだ……、──!」

 

 周囲を警戒し、何処へともなく怒号を発するも、しかし。先刻滅した『奴ら』の声はおろか、気配さえもそこには無く。在るのはただ、この場に誘い込まれた際に目にした、『水牢』のドームのみだった。

 

「──空間の自動制御か……!」

 

 目の当たりにしたものは、この上なく無機的な現象。つまり、()()()()()()()()()()()()。そこに何者かの『意図』のようなものを感じる気がしたのは、彼女を狙い撃ったかのように見受けられたから。……いや、むしろこれは──

 

「(──違う。この感じ……あの石檻は、そう在ることが自然なものであるかのような……いや、そうか──!)」

 

 ──あれは、『金庫城』の概念を幽閉結界にせしめた手法の流用。今回のそれは、『寄託管理庫』とやらの概念を利用し、檻としたものか……!

 

『──はい。どうやら……そう、みたいです』

「!」

 

 内部に繋いだままの鎖を伝い、彼女の声が念話として耳に届く。

 

「無事なのですか、シルキー!」

『……ええ。狭くて身動きが取れませんが、鎖を通して話すぐらいなら、どうにか』

 

 ……『寄託管理庫』。その内部に彼女が居て然るべき場所であり、鉄鉱石で建てられた堅牢な外郭を有する空間。あの石檻はその概念を押し固め、形成されたものというわけか。

 

「(……石檻のサイズは軽自動車ほど。石塊の外郭ともなれば、内部空間は身じろぎも難しい狭さのはず──)」

 

 下手に斬り裂いては、彼女の身に切先が触れてしまうかもしれない。さりとて加減が過ぎれば、堅牢な外郭を穿ち損じてしまうだろう。炎で焼き溶かすことなどもってのほかだ。さながら石窯で肉を焼くように、彼女の身は消し炭となってしまう──

 

『いえ。その必要はありません。どうか、剣をお納めください』

「……なに?」

 

 ──などと、救出手順を思案していた矢先。囚われた彼女の方から、救出の手を制される。

 

『私はとうに滅んだ身。この場で外に出たとしても、その先には行けません。それに──私は一度、もうすでに。同じ決断を下しているのです』

 

 そして。己が為そうとした行いが、如何に向こう見ずなものであったのかを思い知る。

 

『……私はあのとき、最後に可能性を示されました。妖精國が滅びゆくさなか、焼ける大地を潜り抜け、海の外へ漕ぎ出し、逃れ得るかもしれない手段の存在を。仮にその手段を選んだとしても、生き延びられたのかどうかは判りません。ただ結果として、私はそれを選びませんでした』

「────、…………!」

 

 それは、真に慮外の事柄にして、此方が恥じ入るに足る告白だった。

 

『だから、今回もその想いは変わりません。此処から逃れ、外へ出て。奇跡みたいな何かが起きて、その先が示されたとしても。私の……私たちの身と心は──今も、あの時も。すでに無き我らが故郷、妖精國と共に在りたいと願ったのです』

「────、…………」

 

 ……ああ。結局のところ私は、この期に及んでなお、己が贖罪を為し得る手立てを求めていたらしい。それが如何に独りよがりで、見苦しい考えであったかは言うまでもなく。何よりも、当事者である『彼女たち』の意思を蔑ろにしていた自らが、この上なく腹立たしいと思った。

 

「……しかし……、『君たち』をこのままには──」

 

 だが、これが戦況の只中であることに違いはない。是なる『水牢』の敵空間内において、処分するでもなく、排除するでもなく、『彼女たち』を止め置き、この身と対峙させる意図とは──つまり。

 

『……それが同胞たちの用意した、万が一のための策だったのだと、今の私には判ります。貴方自身の手で、この空間を保たせている残滓を──帰還を望まない私たちという因子を、取り払おうとしているのだと』

「っ、────!」

 

 ……『奴ら』にとっての異端分子にして、今やこの空間の維持を担う要石。それらを観測者たる私が葬り去ることで、逆説的に『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──現状は、その選択を迫るものに他ならないのだ。

 

「ならば……ならば尚更、このままでは──」

 

 この空間を破らねば、大広間に戻る事はできない。さりとて空間の要石を排除すれば、『奴ら』の存在強度の増幅に加担してしまう。何より──

 

「(──二度にわたって、他でもない私の手で、『彼女たち』を滅ぼす事など……!)」

 

 ──もう二度と、守るべきものを間違えるわけには──

 

『大丈夫です。私たちも、そこから目を背ける訳にはいきません。だから──貴方の手ではなく。私たち自身の意思で、貴方の助けになる路を選びます』

 

 その時。

 

「! ────、まさか。これは──」

 

 握りしめた掌に、魔力の波が押し寄せる。

 

『はい。これは()()()()()()()。妖精國こそを己が故郷と定めた漂流物、その因子に刻まれた──縁起を形にしたものです』

 

 ──鎖を伝い、『彼女たち』だったものが流れ込む。

 

『私たちは私たちのまま、()()()()()()()()()()()()()()()。これなら、誰かによって滅ぼされたことにはなりません』

 

 魔力となったそれらとともに、『彼女たち』の記憶を垣間見る。その中に見受けられた、或る『大橋』の情景。

 

 ……ああ。やはり、『君』は──

 

『──そうだ。大事なことを、お伝えし忘れていました。……貴方だったのですね。涙の河に架かる大橋で、私を助けてくださった騎士さまは。やっと御顔を見られました。ずっとずっと、御礼を伝えたかった。貴方に橋を渡らせていただいたおかげで、私は先へ進むことができました。心より、感謝を申し上げます』

 

 ──空間の安定が崩れ、石檻となった『石造りの蔵』、その残滓の倒壊が再開する。

 

『あの日、あの橋の先に行けたから、私は明日を生きられました。だから今回は、こちらがお返しをする番です。貴方が先に進むために──私たちがこの()に、橋を渡します!』

 

 石檻が崩れゆく最中、『彼女』の姿を垣間見る。

 

『……私たちを案じてくださり、ありがとうございました。でもやっぱり、私たちに後悔は無いんです。だって──』

 

 己が存在のすべてが、魔力へと変わり果てる寸前だというのに。

 

『──私たちはみんな、あの世界に招かれて、心から良かったと思っていますから!』

 

 浮かべられた表情は、一切の曇りもなく。

 

『なので……私たちにはもう、元居た世界を、貴方がたが守ろうとする世界のことを、案じる資格なんて無いのかもしれません。それでも、どんな世界だって、滅んでしまうのはやっぱり悲しいです。だから──』

 

 最後にこの眼に映ったのは、どこまでも清らかな──

 

『──お仕事、応援しています。次もきっと、貴方の世界を守ってくださいね──妖精騎士、ガウェインさま!』

 

 ──眼を焼くほどに眩ゆく白い、木春菊のような笑顔だった。

 

「……ああ。約束しよう──!」

 

 ──剣を携え、前進する。

 

「(──そうだ。今度こそ私は、守るべきものに迷うまい)」

 

 舞い散る花弁が如き、白布の切れ端を背に負って。

 

「(取り戻すのだ。『彼女たち』のような客人が愛した、我らが故郷の静けき眠りと──)」

 

 我らが誇りを穢し隔つ、汚濁の球檻に突き立てる。

 

「(──未来へ往くべき者たちの、世界の続きを)」

 

 それこそが──『私』が為すべき行いだ。

 

 






お読みいただきありがとうございます。


本投稿で第十二節は終了です。
節冒頭からここまで長いこと掛かりましたが、区切りを迎えられて一安心。

かつて妖精を汎人類史に逃がそうとし、あの結果を喫したバゲ子。現在の彼女が妖精國に散った数多の漂流物(者)の結末を振り返った時、はたしてどう受け取られるものなのか。今作で考えてみたいテーマのひとつでした。

次節は村正パートです。がんばるぞ。



三女神編!
こちらがオデコ時空でチマチマ書いてるうちに本家はゴリゴリ新境地へ。若森くんの大事な役割ってトリメタの出番だけじゃなかったのか…!



引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。


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