望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





絶海にて【五】

 

 

 ◆◇

 

 

 

「よいしょ、っと。船尾直下への潜入、成功しました!」

 

 ハッチ内の縦穴へ飛び込んだマシュと私は、無事に底部へと着地した。

 

「ありがとう、マシュ! みんなも先に着いてるね」

 

 数十秒ほどの間ではあるが、状況が状況なだけに──やはりどうしても、視界から彼女達が急に消えると心がざわついてしまう。

 

「こっちも無事だよ、マスター。この辺りはまだ比較的、船本来の姿に近いようだ」

 

 甲板に設けられた搬入口とおぼしき縦穴の底は、積載物を運搬・保管するためによく使われる、木製のコンテナがひしめきあっていた。中身を確認すると、船体の予備パーツや補修用の材料といった物資が目についた。

 

 どうやらここは、船体のメンテナンス資材を安置するためのバックヤードだったらしい。壁際には時代めいた扉があり、船内の通路に繋がっているようだ。

 

「んじゃ、開けるんだわ──んげ。何だぁ? これ……煤の臭い?」

 

 と、ハベトロットが先行して扉を開けた途端、通路から独特の臭いを有した空気が流れてきた。このバックヤード内でも同様の臭いは感じられていたが、船内のそれはよりいっそう濃いものとなっている。

 

「ハベトロットさんの言うとおり、少し焦げたような臭いがしますね。漂ってくる感じもありますが……船体に染み付いている臭いでもあるように感じます」

 

 ただ、『臭い』というか、『匂い』と言って良いような──ちょっと懐かしい感じでもあるかも。何だったかな……。

 

 そう、あれだ。レトロな石油ストーブを焚いたときの匂い。あと、作業部屋とか囲炉裏部屋の匂い。それらに近い匂いが混ぜこぜになって、船全体に染み付いているんだ。

 

「もしかしたら、この船を動かす燃料の臭いかもしれないね」

「燃料の臭い、か。この船の外観、そういう時代のものって感じはしなかったんだけどね。とはいえ、原子力や電力って感じもしないんだけど……まあ、魔力が絡んでいる時点で、実際の機構が厳密に何であるかは問題じゃないのかもしれない」

 

 確かに、この船の造られた年代がよくわからない。バックヤードに通じる扉は縁を黒い鉄板で保護された木製で、ドレイク船長のゴールデンハインド号のような大型帆船の建屋に見られる意匠だったけれど──甲板のハッチの蓋は分厚い鉄製で、油圧式だったりした。

 

「メリュジーヌ、この船の造られた年代ってわかる?」

 

 乗り物には一家言ある彼女に、思い切って訊いてみることにした。

 

「ふふ。僕を頼ってくれて嬉しいよ、マスター。……そうだな。甲板を見た感じは外燃機関船以降の造形って感じ。でも、さっきのバックヤードは帆船時代の意匠。加えて、燃料の臭いとおぼしきコレを思うと蒸気船時代って線もある……うん、ちぐはぐだね。けれど少なくとも、施工主の趣味で船のエリアごとに年代の違いを出した、って感じではない。そんな設計じゃとても稼働しないだろうからね」

 

 なるほど。年代が定かじゃないというより、様々な年代の要素が同居しているのか。

 

「年代のばらつきもそうだけど、船体のいたる所がツギハギになっているんだ。それも、後から付け足したんじゃなく、組み込まれて同化している──まるで、初めからその形であるかのように。多分この船について、特定の様式や年代を探っても意味がないと思うよ」

「そっか……うん。貴重な意見ありがとう、メリュジーヌ」

「さすがです! キャプテンやダ・ヴィンチちゃんがこの分析談義に参加したがる様子が目に浮かぶようでした」

「というか、管制室にも船内の様子は伝えたほうがいいと思うんだわ。通信ついでに、あの二人もコメントしてくるかもだ!」

 

 確かに、あの二人も絶対興味津々だとは思うけれど……話、たぶん終わんないよ?

 

 と、ノウム・カルデアが誇る陸海空筆頭の議論が白熱する様子を目に浮かべていると、

 

「……通信、繋がらないようです」

 

 期せずして、次なる問題点が発覚した。

 

「マジか! マジなんだわ! いつからだ?」

 

 ハベトロットがマシュの端末に通信エラーの表示があることを確認する。

 

「陛下が船内空間の異常を知らせたときから予測はしていたけど……多分、外部に面している甲板以外では、通信障害が生じているんだろう」

「えっ、そうなのか、モルガン!」

「……ええ。そう言ったつもりなのですが……伝わっていませんでしたか」

 

 その可能性くらいは薄々感じていたけれども!

 

「つまり……この先、この特異点でストーム・ボーダーに通信するためには──異常空間を潜り抜け、一度甲板に出る必要がある、ということになりますね」

 

 と、マシュが状況を整理する。

 

 これは、旅行で乗っているフェリーが海上で圏外になった──なんて話とはワケが違うぞ。

 

「うげ、無闇に魔力が使えないこの環境で、それはちょっと厄介なんだわ……進めばどんどん退路の確保が難しくなって、通信で後方支援の要請もできなくなっちゃうんだろ?」

 

 しかし──船内の捜索こそがバーヴァン・シーの救出と特異点解消の重要事項なのだ。引き下がるわけにもいかないし、ここで止まることもできない。突入前と同じく、敵の時間稼ぎに付き合うことになるだけである。

 

 ……と、そういえば。

 

 バックヤードに降りてから、ひと言も発していないメンバーがいることに気がついた。

 

「……どうかした? バーゲスト」

 

 合流し、同行していることは確認していたが、急にモルガンと並ぶほどに言葉数が少なくなったのはどういうわけか。彼女のほうでも何かを感知したのだろうか。

 

「あ……いえ、何でもありません、マスター。少し、この空気が肌に合わないようで」

「……そう? うん、バーゲストがそう言うなら良いんだけど。でも、霊基の不具合が起きたら早めに教えてね」

 

 と、返すだけに留めておいた。バーゲストは常時、魔力吸収の影響を強く受けている。何か異常が起きてはいないか、より集中して気を配っておかなければ。

 

「……みなさん。この先の船内空間を簡易計測した結果、おそらく甲板からの外見よりも広大である可能性が高いことが示されました。モルガンさんの感知魔術によって判明した空間の捩れには、この事象も含まれているものと思われます」

 

 マシュが通路の船首方面を向きながら、この先の空間について全員に情報を共有する。

 

「……僕達、本当にこうして固まって行動するしかないのかい?」

 

 と、メリュジーヌが捜索方針の根本を今一度問い直してみせる。そう思うのも当然だろう。正直、私達にとっては初見の迷宮に等しい船内を一箇所に固まって全員で動くことは、捜索効率を考えると時間が掛かりすぎる方針と言わざるを得ないのだから。

 

「ボクらは何騎だろうと下手に動けば魔力を吸われるし、マスターとマシュを分けるのもな……」

 

 と、第一陣をさらに分割する案を考えつつ、妥当な組み合わせが思いつかない様子のハベトロット。実際、いざとなれば私とマシュを割って、それぞれにこの場のサーヴァントを二騎ずつ──といった編成で手分けするしかないんじゃなかろうか。

 

 などと、考えを巡らせていたとき。

 

「いいえ。そこは安心なさい」

 

 その場に咲いているかのように佇むモルガンが、予想外の発言をしたのだった。

 

「ひとまず──我々の周囲を遮蔽します」

「ん? わわ!」

 

 モルガンの足元から──薄水色の光とともに、水面に石を投じたように魔力の波紋が広がる。

 

 全員の足元まで行き届くと、端から大きな泡のようなドームが展開し始めた。ドームは、モルガンが掲げる巨大な魔槍を目掛けて収束し、天蓋となって私達を覆う……その様相はまるで、光が揺らめく水面を水底から見上げているかのようだった。

 

「キレイ……!」 

 

 この状況でつい、そんなふうに思ってしまうほどに──この水の檻は、優しかった。

 

 魔力の波が水のように見せている天蓋は、その揺らめきをもってあらゆる空間干渉を遮断し、希釈し、濾過する。例の魔力吸収さえも一時的に防いでしまったらしく、妖精國メンバーの顔色が良くなった。

 

 そして──天蓋の主は掲げた魔槍を足元に着け、遮蔽魔術の完成を合図した。

 

「待たせましたね。たった今、魔力吸収を欺く偽装魔術の準備が整いました」

 

 ──天才か? 天才だった。

 

「すごい……いつの間に!」

「少々時間は掛かりましたが……要は元の言語を異国の言語へ翻訳するようなもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()易いものです。今、我が騎士たちへ個別に付与しました」

「なるほど。妖精國由来の魔力行使を変質させるわけではなく、ジャストタイムで汎人類史のものとして欺くことで、この特異点自身に誤認させる偽装──ということですね!」

 

 マシュも興奮気味に、偽装魔術の特性を分析している。

 

 この偽装魔術はさしずめ、この特異点における──女王モルガンから妖精騎士に下賜された『祝福(ギフト)』といったところか。

 

「ただし、この術式は万能ではありません。お前たちが本気で魔力放出をすれば、瞬間的な負荷に耐えきることができず、偽装は内側から破れるでしょう──ゆえに、宝具の使用は一度が限界です。それ以上は効果が切れるものと考えなさい」

 

 さすがに、特異点全体に敷かれたルールをノーリスクで欺くのは無理がある。似たようなケースに陥った過去の例を思えば、一時的、あるいは大一番の一瞬だけ、術者が至近距離に同伴したうえで無効化を弾く──といったレベルの対策が、本来であれば限度だろう。

 

 それをモルガンは、条件付きとはいえ、常時発動が可能な水準に仕上げていた。加えて、その効果は個別の対象に発現できるため、術者が至近距離で同伴する必要もない。およそ現環境において最も望まれる対抗術式を、短時間で編み出してみせたのだ。

 

「充分だよ、陛下!」

「かなり選択肢が増やせるな!」

「感謝いたします、陛下──となればなおさら、これよりは手分けして動くべきですね」

 

 術式が耐えられる魔力放出量には限界がある──という点を除き、魔力吸収による障害を無視した通常行動が可能となった以上、機動力への抑圧はほぼ解消されたと言っていい。

 

「マスターとマシュは陛下にお付き添いください。ハベトロットもそちらで索敵の先陣を」

 

 そう提案するバーゲストの語気に、迷いはない。

 

「僕とバーゲストで、下階の右舷左舷を切り込んでいく。陛下達は中陣として、この階の捜索をお願いするよ──ここからはしばらく三手に分かれて、船首方向へ真っ直ぐ捜索するんだ。各員である程度見回り次第、速やかに中陣に合流といこう」

 

 バーゲストと同じ作戦を思い浮かべていたらしいメリュジーヌが、具体案を呈する。

 

 今回の作戦で危惧される『敵に時間を与えすぎてはいけない』という懸念点が、三手に分かれての捜索が可能となったことで好転したのは、かなりの前進である。しかし、その作戦方針にはひとつの大前提がある……いわずもがな、『モルガンの偽装魔術に頼りきる必要がある』という点だ。

 

 術式が遠隔で個別に機能するとはいえ、術者本人に異常があれば、今回の作戦においてこの偽装魔術に委ねられた、あらゆる前提が崩壊することになる。

 

 ゆえに、作戦の生命線となるモルガンの周りに、防御に特化したマシュに加え、両者との相性もバッチリであるハベトロットを配置するという判断は──現状で考えうる、最適にして必要不可欠の差配だった。私が配置される理由も、同様の役割を望まれていることにあるだろう。

 

「わかった!」

「了解しました!」

「任せろ!」

 

 中陣となる私、マシュ、ハベトロットが、二人の提案に応じる。その傍らで深く目を瞑り、またもやどこか逡巡しているらしき様子を見せていたモルガンも、

 

「……いいでしょう」

 

 と、やや間を要したものの、肯定の意思を表明した。

 

「さあマスター、号令を」

 

 と、モルガン女王陛下にこの場をお譲りいただいては、応えるほかない。今日イチ気合いのこもった声色で、私は叫んだ。

 

「総員、捜索開始!」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 三手に分かれてすぐ、私達中陣の索敵担当であるハベトロットは──『んじゃ、ぴゅーっと行ってくるんだわ~!』と言い、スピニング・ホイールに乗って元気よく先行していった。その際、彼女は魔法糸で編んだ命綱をマシュに託しており、異常があれば特定のリズムで引っ張り、合図を送る手筈になっている。

 

 勇敢なりしかな、我らがハベにゃん。ボーダーに戻ったらミルクをご馳走しよう。

 

 と、このタイミングでひとつ、この御仁に確認しておかなければいけないことがあった──偽装魔術を与えられた三騎が、この場に居ない今のうちに。

 

「ねえ、モルガン。みんなに与えてくれたあの偽装魔術って、本当は──」

 

 ──説明どおりの術式では、ないよね。

 

「……お見通しでしたか」

 

 具体的に何がどうかはわからないけれど、モルガンの様子からそんな気がしていたんだ。

 

 ちなみに──今の私達三人の周囲には、先ほどのモルガンの遮蔽魔術が展開したままになっており、モルガンの歩調に合わせて術式も移動している。この状況なら、偽装魔術の本来の効果について尋ねても問題はないだろう。

 

「ですが、先ほど伝えた内容自体に間違いはありません。彼女たちが魔力の伴う行動を起こしても、偽装魔術が内側から破られぬ限り、吸収も無効化も生じることはないでしょう」

 

 ……嘘は言っていないけれど、伏せている事柄はある──ということか。

 

 モルガンを信用していないわけではない。こと魔術に関して、私が彼女に寄せる信頼は絶対的なものだ。先ほど三騎に与えられた偽装魔術は、いかなる外的な干渉による妨害も許すまい──敵にも、味方にも。

 

 そう。あの術式には、私だからこそ直感できた、とある感触があったのだ。

 

「仕組みについて、教えてほしい」

 

 有無を言わせぬ──というほどではないが、少し強気に意思表示をする。

 

「わかりました──ただし……マスター、マシュ。彼女たちには内緒にしてくださいね」

 

 モルガンのほうを向き、マシュと一緒に無言で頷く。

 

「──彼女たちが魔力を行使するタイミングで、予め偽装処理を施し、隠蔽効果を与えた魔力を──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

 

 ──やっぱり。

 

「……え……?」

 

 マシュが一瞬、絶句する。

 

 三騎の魔力自体を根本から変質させるのではなく、発動のたびに誤認させるものであるがゆえの『偽装魔術』なのだ、という旨の解説をマシュはしていた。では、その誤認させるための魔力はどこから生じて、それがなぜ、ジャストタイムでの供給さえも可能なのか。

 

 ……単純な話だ。

 

 モルガンは今──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ありがとう、教えてくれて」

 

 私自身が彼女達のマスターであるからか、あるいは、私個人がマスターという役職であること自体がもたらした直感なのか。モルガンが施した偽装魔術は『付与』というより、『契約』のそれに近い感触があったのだ。その際、モルガン自身の告白によって開示された内容までは知りようがなかったのだけれど──ともかく、そこまでの直感は働いてくれた。

 

 ……そうか。宝具の使用回数に制限を設けたのは──彼女が自身に用意した、最低限のセーフティラインだったんだ。

 

「そっ……それではモルガンさんのご負担が……!」

 

 マシュは食い気味にモルガンを心配してみせる。……無理もないだろう。サーヴァントとして現界している以上、妖精國における生前の彼女達ほどの魔力量は無いものの、それはモルガンにとっても同じことなのだ。

 

 ──それでも。

 

「どのみち私はここで全力を出せません。妖精國由来の存在への搦手となれば当然、筆頭たる私個人への対策は最も強固でしょう。……甲板で感知魔術を走らせた時点で、すでに対抗魔術は発動させていますが──現に今も絶え間なく、私に対する魔力吸収は発動しています。吸収量で言うならば……この遮蔽魔術を解除した状態で、メリュジーヌと同量。遮蔽魔術に加え、対抗魔術までも解除すれば──バーゲストの三倍といったところでしょうか。ならば少しでも自由が利く彼女たちに……文字どおり、余力を割くべきでしょう?」

 

 モルガンはあくまで冷徹に、そう言い切ってみせたのだった。

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。


船内捜索が始まりました〜というところで、本章は区切りです。
次回から状況がバタバタし始めます。
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