望郷漂流客船イナバマル 祝福された後継   作:qlo

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※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。

※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。

以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。





第二節
熛至風起【一】


 

 

 ◆

 

 

 

 船体右舷の捜索を開始してから、半刻ほどが経過した。

 

 モルガン陛下に与えられた偽装魔術のおかげで、あの忌々しい現象──魔力吸収による身体の鈍りは解消されている。

 

 思えばあの身体の鈍りは、マスターの国で言うところの『風邪』のような状態だったのだろうか。しかし、話に聞いたような症状とは違って、身体の鈍りは感じても、体内や霊基が蝕まれているような異常は感じられなかった。文字どおり、ただひたすらに魔力が吸収され、減り続けていたにすぎない。

 

 ……であれば、少なくともあの魔力吸収は、私達の霊基に異常をもたらすような呪詛の類いではないのだろう。

 

 ならば、あの現象は何なのか。私達当人の認識としては、ただ魔力を抜き取られているだけのこと。しかし、その現象自体には何らかの指向性と目的があるはずだ。

 

 ……そんなものは決まっている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この状況・条件下において、まさか我々から抜き取った魔力をそのまま霧散し、消滅させているだけであるはずがないだろう。この状況を引き起こした何者かは、我々の魔力を奪い、自らの力へと換えることで、何かを成そうとしているに違いない。

 

 ──などと思案していると。船内へ放っていた十頭の黒犬どもが捜索を終え、私の元へ帰還した。

 

「これといった手掛かりは無し……か」

 

 全頭無事ではあるものの、持ち帰った物などはなく、有益な情報はおろか特別に警戒すべき事柄さえもない様子だった。

 

 まあ、それは承知していたことだ。船内へ放つ際に全頭分の手綱を握っていたため、異常があればこの手に感触として伝わるはずだったが、黒犬どもが戻るまでにそのような手応えは皆無だったのだ。

 

 ……この手法では、守備範囲が浅かったか。

 

 黒犬どもに異常はなかったとはいえ、船内の空間は異常なのだ。黒犬各頭の移動に合わせて伸びる手綱から船内の規模や距離を測っていたが、私と黒犬どもの体感距離に齟齬がないとも限らない。

 

「よし、行ってこい」

 

 十頭のうち三頭の黒犬を放ち、広域捜索を担わせることにした。頭数は半分以下となるが、手綱の代わりに私自身の魔力経路で繋ぎ直しているため、より遠距離間での活動が可能だ。多少であれば魔力経路を通じた制御も適う。

 

 残る七頭を近距離間の索敵に配備し、二巡目の状況を開始する。これでも成果が上がらなければ、マスター達の居る中陣にいったん合流するとしよう。

 

 ザルな捜索などという愚を犯すわけにもいかないが、手応えのないエリアばかりに張り付くこともまた愚の骨頂である。この状況では計二巡に留める程度が妥当な塩梅だろう。

 

 さて、と仕切り直し、己が視野に捉えられる範囲を虱潰しに捜索する。

 

「…………」

 

 しかし──どうにも余分な思考が意識の邪魔になっている。仕切り直した矢先にこの体たらくとなれば……いよいよ気のせいではないのだろう。やはり、先ほどから調子がおかしい。

 

 捜索に全意識を集中するべきだというのに、我々に対する底知れぬ悪意が篭った数々の罠の引き合いに──やれマスターの国の疾病に較べてどうであるとか、やれ呪詛の類がどうであるとか……これでは、霊魂を怖がるメリュジーヌのことをとやかく言えたものではない。作戦時に胡乱な事柄に思考を揺るがされるなど、恥を知れというものだ。……奴には残念な話ながら、霊魂の存在は胡乱ではないのだが。

 

 とはいえ──ストーム・ボーダーでの一件といい現状といい、こうも同質の違和感を抱いては、さすがに思考も揺らいでしまう。

 

 ……そう、『同じ』なのだ。先の茶会に仕掛けられた際の違和感と、この船の深部に潜るほどに強まる違和感が。

 

 当然といえば当然の話なのかもしれない。なぜなら、あの狼藉を実行した不埒者こそが、この船の主なのだろうから。場所を隔てど、共通の感覚を抱くことは自然ですらある。

 

 しかし──船内を進めば進むほどに、それと比例して決定的なものに迫っているような、この感覚は何だ──?

 

 この感覚の先に待つものが作戦遂行に有益な手がかりであるならば、それで良いはずだ。喜んでその事象へ肉薄し、捜索の成果と見做そう。ただし──それが適うのは、この感覚の先にある『何か』が、まったく未知の真相である場合に限った話である。

 

 そうだ。これは、今回の特異点に固有の事象がもたらす、未知との遭遇を予期した感覚などではない。私は、この感覚が強まるにしたがって──()()()()()()()()()

 

 そして私は、この霊基の記憶の根幹にある『それ』に思い至った。

 

「この臭い──まさかとは思うが……」

 

 脳裏によぎる、過去の記憶。

 

「お気づきになりましたかな?」

 

 その声が──充満する大量の灰とともに、この空間を支配した。

 

「何者だ!」

 

 即座に自身の周囲を七頭の黒犬で囲み、剣を構え、全方位の警戒体勢を整える。

 

「これは失礼。挨拶を欠いてしまいました」

 

 声のする方向が定まらない。

 

「しかし、貴方にとっては薪にもならぬ木っ端が如き身」

 

 充満する灰のすべてが反響材となり、その声を空間中に拡散させている。

 

「名乗る方こそ畏れ多いというもの」

 

 言葉を発するたびに、反響音の奥行きが拡がっていく……と、最後に発せられた声の残響が消えた瞬間──灰の断層越しに、周囲の感覚が急変した。

 

「(何だ……! 異界化か……?)」

 

 周囲の感覚が急変する際、大きな魔力の流れを感じた。それと連動しているのか、あるいはその現象の一部なのか。周囲の異変とともに、充満した灰が徐々に晴れていく。

 

 すると、先ほどまでは船内の様相を成していたはずの空間が、まったく別の様相へと変貌していた。私の角がもう少しでぶつかろうか、という程度の高さだった天井は、はるか見上げるほどの高さにまで拡大している。水平方向の空間にも、同様の変貌が確認できた。

 

 そして。私を中心に全方位を向かせ配備した黒犬どもの目前には、彼らを迎撃するかのようにそびえ立つ──七つの巨大な敵影があった。

 

「!」

 

 それを確認したと同時に、足元に猛烈な風圧を感じた。

 

 ギャウ、ガウ、ゴァ──と、かろうじて音を発せられた個体はわずかだった。周囲に配していた七頭の黒犬どもは、抵抗することを許されず、明確な質量の差を前に全滅していた。

 

「……木偶(でく)人形どもめ。何体寄越そうと我が角の敵ではない!」

 

 警戒のためではなく、迎撃のために再び剣を構える。もとより、黒犬どもは初手で消費する算段だった。その差配は功を奏し……敵影との間合いは、今の攻撃からすでに把握した。そして──質量の差にモノを言わせる手合いであれば、私の得意とする獲物である。

 

「いえいえ──貴人の(もてなし)に暴力など御法度なれば。これは接待の遣いにございます」

 

 ……その貴人の従僕を眼前で圧砕しておきながらよく言う。愛玩動物(ペット)の搭乗はご遠慮願う、とでも言うつもりか。

 

 だが──彼奴の言葉どおり、現に敵影が仕掛けてくることはなかった。

 

 ……何のつもりだ?

 

「姿を顕せ!」

 

 埒が明かない。姿がろくに見えぬとはいえ、所詮は灰の陣幕に隠れただけのこと。このような木偶人形ごとき、今すぐに──、

 

 ……いや、待て。此奴らをよく見ろ。

 

 何か、此奴らを形作るものがやけに不揃いだ。まるで、ガラクタの山を掬い上げ、そのままこの姿に成形したように……パーツというパーツが、それぞれ固有の造形をしている。

 

 そして、その造形こそが、私の視線を釘付けにした要因だった。なぜなら私は、否──我々は、この『不自然な存在』を()っているのだ。

 

「顕しておりますとも。貴方の眼前に参じました『我々』こそが──その姿に相違なく」

 

 走馬灯にも等しい速度で、この霊基に刻まれたかつての記憶が呼び起こされる。

 

「まさか……これは!」

 

 黄昏とともに、彼方へ過ぎ去ったはずの國。

 

「左様」

 

 鉄の音が響く、錆と煤に塗れたひとつの街。

 

「かつて貴方が焼滅し、灰燼と帰したもの」

 

 脳裏のその光景から立ち上るかのように、

 

「──()()()()()()()()()()()()

 

 男は──私の眼前に顕れた。

 

「…………貴様は────」

 

 ……妖精國に存在した鍛冶場街、ノリッジ。

 

 その領主にして、土の氏族の長。

 

 女王暦において数十年に亘り、その素性を欺き続けた──人間。

 

「────スプリガン……!」

「おや、御記憶にお在りとは光栄だ。ならばなおのこと、再会のご挨拶が必要でしたかな」

 

 ……ふざけているのか。

 

 私の記憶に貴様の存在が思い浮かばぬ可能性を考慮していたなど、馬鹿げている。

 

 モルガン陛下直属の妖精騎士であり、領主職としてマンチェスターを治めていた私が、国政の中枢に出入りしていた重鎮の存在を忘れるものか。互いに領主の立場から、自らが治める領地に関する政治交渉の席にさえ、幾度となく応じ合った間柄ではないか。

 

 そして──私も最終的に与した、円卓軍勢力によるモルガン王政反対派の戦火に隠れ潜み、バーヴァン・シーを拐い出し、モルガン陛下の謀殺を手引きした張本人こそが──ほかならぬこの男……『スプリガン』なのだ。

 

「目的は何だ……なぜ蘇って──いや、バーヴァン・シーは何処に居る!」

 

 ……此度の事件において、バーヴァン・シーが拐われた時点で、あの顛末が脳裏に浮かばなかったわけではない。ただ、またしても似たようなことが起こった──と考えるのが限度だった。よりにもよって此奴が蘇る可能性など、慮外も慮外の発想だったからだ。

 

 ……なぜなら、あの男は、『私』が──。

 

「そう慌てずとも宜しい。まずはどうか、こちらの接待をお受けください」

 

 彼奴のその言葉を合図に、木偶人形どもに魔力が流れ込む。

 

「戯れ言を──」

 

 ──剣を振り抜こうとしたが、身体が動かないことに気付く。

 

 微動だにせず聳え立つ木偶人形どもの出方を伺いつつ、彼奴の言葉に耳を澄ませ、自身の思考を巡らせるという、全神経を余さず稼働させながら構えていたことが仇になった。

 

 この変貌した空間はすでに彼奴の術中。そして──周囲の木偶人形は、私の黒犬どもの数と陣形に応じて差配されただけのものではなかった。これは、拘束術式を発動させるための装置──『魔法陣』を兼ねたものだったのだ。

 

「ぐ……動っ……!」

 

 得体の知れぬ術式が、私の霊基の奥深くにまで接続されている。

 

「やれやれ──よくぞ皆様、散開することを選択してくださいましたな」

 

 ……否。

 

「ひと塊になられてしまっては、より強引な手段を使うほかありませなんだ」

 

 これは──拘束するだけの術式ではない。

 

「やはり、魔力吸収現象に対抗策を打って出られたようですが」

 

 内側から、過剰に放熱していることが判る。

 

「その目算も的中した」

 

 忌々しい、あの──

 

「さて」

 

 身を焼く感覚が、

 

「こちらも一手目を打たせていただきますよ」

 

 蘇る──。

 

「モルガン女王陛下」

 

 抑えが、

 

「貴方が単身で行動されたことは幸運でした」

 

 効かない──。

 

「この状況をただひたすらに待ち望み」

 

 あ、ああぁああ

 

「丹念に準備を整えてきたのですから」

 

 あ、あ■ぁ■■!

 

「貴方には重要な役割を担っていただきます」

 

 ■! ■■ぁ■■!

 

「我らが本懐。帰還を叶えし、望郷の船──」

 

 ■■■■■■──!

 

「『()()()()()』の動力として」

 

 

 






お読みいただきありがとうございます。


『イナバマル』というワードを覚えていたら、タイトルを目にした時点で思い浮かぶ人名の登場です。

バーゲストは風邪とか無縁そうなので、マスターからその症状を聞いても「健康な身体が内側から不調をきたす状態……なるほど。つまり呪詛の類いですね」とかズレた理解をしていたらかわいいな〜、と思ったのです。
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