ヒンメル暦(※1)27年。大英帝国ロンドン。
※1:ヒンメルの死んだ年を元年として数える年代の数え方のこと。
そしてこれはヒンメルの墓。
お墓の前で泣かないでください。ヒンメルはもういないじゃない。
そしてこれはトム・リドルの墓。
フリーレンとフェルン。
2人は旅を続けながら、並行して魔法戦闘の訓練を頻繁に行なっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「今日はここまでだね」
肩で息をしながらへたり込むフェルンを前に、フリーレンが冷静に告げる。
フリーレンの訓練は容赦がない。速く、鋭い魔法を、およそあらゆる角度から打ち込んでくる。集中力、反射神経、魔力。持てる全てを、全神経を防御のみに向けて、それでも紙一重でしのぐのがやっとだ。
フリーレンは完璧な人間とは程遠い。朝は弱いし、ミミックによくひっかかる。それでも、フェルンは魔法の師としてのフリーレンは完璧に信頼していた。だから、これが必要な訓練であることはわかってはいる。
だけど、正直に言えば。フェルンにも、
「防御魔法の練習ばかりですね」
そんな気持ちがあったからだろうか。つい口をついた言葉は、不満があるように聞こえかねないものだった。しまった、と思ったが、返ってきたのはいつも通りの淡々とした言葉だった。
「生存率に直結するからね」
淡々と、ただ事実だけを告げる口調。
フェルンは小さく身震いした。その言葉は「防御魔法を使いこなせねば死ぬ」と告げているに等しい。たしかに、訓練で死ぬことはない。フリーレンの魔法なら防御の隙間を抜けようとも、フェルンに着弾する直前で寸止めしてもらえる。でも、これが実戦だったら。これが敵対する魔族の魔法だったら。もっと防御魔法を練習しておけば、なんて後悔する暇もないだろう。一瞬でフェルンは死ぬ。過去にフリーレンが目にしてきた、数多の魔法使いたちと同じように。
そして、その実戦の時はいつくるかもわからないのだ。いや、それが明日でもなんらおかしなことはない。
「……やっぱり、もう一回お願いします」
「そう? なら――手加減はしないよ」
響き渡る激しい魔法の衝突音。
こうして、2人の訓練はますます激しくなっていくのだった。
そんな訓練をしながら、旅を続けるフリーレン達一行。
霧深い森を抜けた先で、2人はとある村に辿り着いた。
「ここが目的の村ですね。また変な魔法の収集ですか?」
「いや、今回は違う。近いうちに解けてしまう封印があるんだよ」
「フリーレン様が封印したのですか? それは、魔族を?」
「似たようなものだね。名をヴォルデモート卿という。今回は奴を討伐しに来たんだ」
フリーレンの言葉に、フェルンは軽く首をかしげた。
「ヴォルデモート、でございますか? 聞いたことのない魔族ですが……」
「あまり名前では呼ばれないからね」
ヴォルデモートはその強大過ぎる力ゆえに、名前を呼ぶことさえ恐れられた。かつてその名を呼べるのは真に力のある者、そして真に勇気を持つ者だけに限られた。
「その代わり、いくつかの呼び名があるよ。例えば、『断頭台のアレ』とか」
「なんですか、その呼び名。最後ちょっと思い出せなかった感じじゃないですか」
「もしくは、『名前を忘れちゃったアレ』とか」
「いよいよボケ始めたお婆ちゃんみたいになってるじゃないですか」
「いや、違うな。『名前を言ってはいけないアレ』だっけ」
正解は『名前を言ってはいけないあの人』であるが、残念ながらこの場にそれを指摘できる人間はいなかった。
そうこう話している内に2人は村を抜け、崖の近くで目当ての封印場所を見つけた。
「これが……ヴォルデモートでございますか」
「そうだね」
「鼻がありませんが」
「そういう顔なんだよ」
「髪もありませんが」
「そういうハゲなんだよ」
昔はふさふさだったんだけどね。時の流れって残酷だね。
ちなみに、ヴォルデモートがひどい整形失敗例みたいな顔になっているのは時の流れだけが原因ではない。禁断の闇の魔術に手を出した副作用だと言われている。
「やっぱりね。だいぶ不安定になっている。明日にでも封印を解いてヴォルデモートを片付けよう」
封印の状態を確認し終えたフリーレンたちは、一旦村に戻った。
「フリーレン様。とりあえず夕飯を食べましょう」
「夕飯かあ。フェルン、ひとりで食べてきていいよ」
「? どうしてですか?」
「ここが英国だからだよ」
英国はなぜかメシマズ大国として知られている。なぜかは知らない。実際食べてみると別にまずくないし、むしろ普通にうまいけど。フランスの陰謀だったりしない、これ?
フェルンは嫌がるフリーレンを無理矢理連れて飯屋に赴いた。
「駄目ですよフリーレン様。明日に備えてしっかり食べないと。店員さん、おすすめはなんですか?」
「おすすめですか? そうですねー……」
「英国料理はイヤだ、英国料理はイヤだ、英国料理はイヤだ……!」
「フィッシュアンドチーーーーップス!」
「イヤーーーー!」
なんだかんだで2人はしっかりと食事を楽しみ、その後明日に備えて宿で休むことにした。
寝る準備を済ませてもまだ時間があったため、フェルンはずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「フリーレン様はヴォルデモートを封印したのですよね。そうしたのには何か理由があるのですか?」
「単純にヴォルデモートを倒せなかったからだよ。ヴォルデモートは魔法史上でも屈指の魔法使いだ。奴は自分の魂をいくつにもわけて、『分霊箱』と呼ばれる魔法具に隠していた。だから、その『分霊箱』を全て探し出して、破壊してからじゃないと奴を殺すことはできなかった」
「それは恐ろしい敵でございますね。でも、それでは明日封印を解いても大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だよ。この国の魔法使いは優秀だからね。『分霊箱』は彼らがすでに全部破壊してある。あとは奴本体を叩くだけだ。もっとも、それも簡単じゃないけどね」
「そうなのですか?」
よくわかっていない様子のフェルンに、フリーレンは諭すように言い聞かせる。
「そうだよ。ヴォルデモートは強力な『許されざる魔法』を3つも使える。しかも……なんと、蛇語を話せる!」
「蛇語って……それはすごいのですか?」
「わかってないなー、フェルン。蛇の毒は怖いんだよ。最強クラスの戦士でも数時間で殺せちゃうんだから。脳みそが溶けて鼻から出てくるんだよ」
「そんなの強すぎるじゃないですか。絶対魔王より強いですよね、それ?」
そんなくだらない話をしながら、2人の夜は更けていった。
翌朝。
「封印を解くよ。油断しないようにね」
フリーレンが封印を解除するとすぐに、何事もなかったかのようにヴォルデモートが動き出した。
「よく来たな、フリーレン。何年経った?」
「80年」
「そうか、80年……えっ、80!? 」
「うん。たった80年」
「80、か……そっか、80……」
さっそく遠い目になってしまったヴォルデモートを前に、フリーレンはフェルンに耳打ちする。
「あれ、なんか変なこと言っちゃったかな」
「フリーレン様、一般的には80年は十分に長い年月です。フリーレン様と一部の魔族の感覚がおかしいだけです」
しばらく呆然としていたヴォルデモートだったが、そこは腐っても闇の帝王。やがて気を取り直し、フリーレン達に杖を向ける。
「……構えろフリーレン。構えろ、今すぐ! 決闘のやり方は学んでいるな!?」
「来るよ、フェルン。まずは第一段階」
ヴォルデモートには戦い方の癖がある。こだわり、あるいは執着といった方が良いかもしれない。ヴォルデモートは決闘という形式にこだわり、最初は必ず相手にお辞儀をさせようとする。そのために、彼は『許されざる魔法』の一つ目、『服従させる魔法』を使うのだ。
「お辞儀をするのだフリーレン!
その魔法を放った時、ヴォルデモートは既に勝利を確信していた。ヴォルデモートは強大な魔法使いだ。彼の魔法力に拮抗できる人間は、今は亡きダンブルドアくらいしかいなかった。ハリー・ポッター? あれはほら、色々例外だから……。
彼の『
そんな勝利の確信とともに――ヴォルデモートの杖先から眩い光が放たれる!
「……?」
しかし なにもおこらない!
ヴォルデモートの放った魔法は、たしかにフリーレンに当たったように見えた。しかし、フリーレンの様子に変わりはない。直立した姿勢のまま、一向にお辞儀をする気配がない。
「……ふむ、上手くよけたようだな。しかしそう何度もよけられるとは思わないことだ」
「私はよけてなんかいないよ、ヴォルデモート。その魔法はそもそも……」
「お辞儀をするのだフリーレン! 絶対に、絶対にお辞儀をするのだ!
闇の帝王は話を聞かない。自分が最強だと理解しているからだ。
再びヴォルデモートの杖先から眩い光が放たれる!
「……!?」
しかし なにもおこらない!
「そもそもその魔法は私には効かないよ、ヴォルデモート。大体、
「……ふむ、認めよう。少々誤算があった。俺様の魔法は幸運と偶然というつまらぬ奴に阻まれてしまったようだ」
認めよう、と言いつつフリーレンの実力で魔法を阻まれたとは全く考えていない。ヴォルデモートにはいくつかの致命的な欠点があるが、この無駄なプライドの高さがそのひとつだった。
ヴォルデモートの『服従させる魔法』がフリーレンに効かない理由。それは、幸運でも偶然でもない。単純に、フリーレンの魔力量がヴォルデモートのそれを大きく上回っているからだ。たしかに、ヴォルデモートは強大な魔力を有している。人類史上最大と言ってもいい。しかし、それはあくまで短命の人類種の中では、という話だ。魔力量は基本的に鍛錬した年月の長さに比例する。文字通り桁違いの年月を生きてきたフリーレンと比較すれば、彼の魔力量はあまりにも少ない。
ヴォルデモートに全盛期の力があったなら、あるいは彼自身もそのことに気がつけたかもしれない。しかし、何回も分霊箱に魂を引き裂いた影響は大きく、知らず知らずのうちに繊細な魔力感知が不可能な状態になってしまっていた。
「哀れだね、ヴォルデモート」
フリーレンに油断はない。ここまでは想定通り。はじめから『服従させる魔法』が脅威にならないことはわかっていた。『服従させる魔法』が効かなかった時、戦いは第二段階に進む。問題はそこで奴が使う、二つ目の『許されざる魔法』だ。
ちなみに三つ目の『許されざる魔法』こと『
「哀れ? なぜだフリーレン。勝つのは俺様で、お前はここで死ぬ」
「フェルン。前方に防御魔法」
「はい」
素早くフェルンが構えるのと同時。
「
ヴォルデモートの杖から必殺の緑の閃光が迸る。
かつてあらゆる防御魔法を貫通し、当たった人間を即死させた死の魔法。防ぐ術は一切なく、この地方のマグルの四割、魔法使いに至っては七割がこの魔法に殺されたと言われている。大惨事である。
そんな強力な死の魔法が……フェルンの防御魔法によって完璧に防がれていた。
「……俺様の
「フリーレン様。これはどういうことですか。今のは一般攻撃魔法です」
「あれがアバダ・ケダブダ。いわゆる即死魔法だよ」
ヴォルデモートが封印されてから魔法使いたちは挙って
その結果、
「なるほど。攻撃魔法に同調し威力を分散させる魔法。複雑で、大掛かりな魔法だ。……魔力の消費も、さぞ激しかろう」
かつて対抗手段が何もなかった
「防御魔法の弱点に気づかれた。
「はい。練習でもう見ましたから」
長年の研究の結果、防御魔法を弱点を突き、打ち破る戦術もまた生まれている。
まずは
そのため、熟練の魔法使いは着弾の瞬間に部分的に防御魔法を展開させることで対抗する。対する攻撃側の最善手は単純だ。広範囲に間断なく飽和攻撃を仕掛ければいい。十分な手数があれば、防御側は瞬間的な防御魔法では捌き切れなくなり、長時間広範囲の防御魔法を展開せざるを得なくなる。結果、防御側の魔力が先に切れ、勝敗は決する。
80年も封印されていたというブランクがありながらも、ヴォルデモートの思考は瞬時にこの戦術
まで辿り着いた。封印直前の悪手を打ちまくっていた頃からは信じられないほどの思考のキレ。しかし、かつてのヴォルデモート――まだトム・リドルの名を捨てていない頃、優れた頭脳と才能を持ち、ホグワーツ始まって以来の秀才と呼ばれていた頃の姿を知る者が見れば、彼が瞬時に最適解に辿り着いたことも、なんら不思議とは思わないだろう。
もっとも、この飽和攻撃というアイデアは普通の魔法使いが簡単に実行できるものではない。間断なく
そんな飽和攻撃も、ヴォルデモートなら苦も無く実行可能だった。防御魔法がなかった封印前ですら、ヴォルデモートは当たり前のように
「
ヴォルデモートの杖から、無数の緑の光が閃く。
問題はここからだ。
あるいは――。
「じゃあ私の分も防御お願い」
――複数人で防御と反撃の役割分担をするか、だ。
四方八方から押し寄せる『死』の閃光を、フェルンの防御魔法が的確に防ぐ。出来るだけピンポイントな防御で抑えてるとはいえ、とうてい長くは保たない。徐々にヒビ割れ、魔力はあっという間に枯渇していく。しかし、それで十分だった。フリーレンが必殺の魔法を放つまでの僅かな時間さえ稼げれば、フェルンの役目はそれまでなのだから。
「
フリーレンの杖から放たれた極太の閃光が、ヴォルデモートの身体を貫く。その魔法は彼の身体の大半を一瞬で消し飛ばした。そして、残った身体もすぐに崩れ、黒い灰となって散り散りに飛んでいく。まるで、魔族が死んだ時のように。幾度も禁術に手を染め、分霊箱に魂を引き裂き続け、歪みきったヴォルデモートの命の在り方は、もはや人間と呼べるものではなかったのかもしれない。
「フリー……レ……俺様の……魔法を……」
かつて闇の帝王として君臨し、世界を恐怖に陥れたヴォルデモート。彼が最期に言えたのは、そこまでだった。
「これで私たちも平穏に暮らせるフォイ! ありがフォイフォイフォイ!」
「ど、どういたしまし……て?」
ヴォルデモートの討伐に成功して村に戻ると、フリーレンたちは村人たちに大いに感謝された。
封印されているとはいえ、村の近くにかつての闇の大魔法使いがずって眠っていたのでは、彼らも気が気ではなかったらしい。
「お前、昔フォイフォイ言ってたフォイガキだな? まだ生きてたんだ」
「おかげでもっと長生き出来そうフォイ!」
「なんですかフォイガキって」
そんな会話をしていると、集まった村人たちがなにかを伝えよう騒ぎ出した。
「フォフォフォイフォイ! アッチムイテフォイ!」
「えっ……なんて言ってるんですか、これ」
「感謝の印に、この村に伝わる魔法を教えてくれるらしいよ」
嬉しそうなフリーレンを横目に、フェルンは軽く息をついた。
「やっぱりフォイ語はよくわかりません」
「私があげた本をちゃんと読まないからだよ。読み聞かせようか?」
「自分で読みます」
村ではささやかながら宴会も開かれた。
「今日は最優秀の英雄を表彰したいと思うフォイ。まずフェルン。冷静な防御魔法で『名前を忘れちゃったアレ』の魔法を防ぎ切ったフォイ。その勇気をたたえ、50点フォイ! そしてフリーレン様。なんかすごいビームで『何とかのアレ』を消し飛ばしたフォイ! その見事な魔法の腕をたたえ、50点フォイフォイ!」
突然のよくわからないスピーチに戸惑うフェルン。
「あの、なんですかこの口上」
「この村の伝統行事らしいよ」
そんな戸惑いには構わず、フォイ村のフォイ長はフォイフォイフォイフォイ。
「さ~て、儂の計算に間違いがなければ部屋の飾り付けを変えねばフォイな~!」
「フォイフォイフォイ~」
「あの、なんで村の皆さんは泣いているんですか?」
「さあね。きっと先祖の無念に思いを馳せてるんだよ」
その宴会は、村中の人間がフィッシュアンドチップスを腹いっぱい詰め込むまで続いたという。
たっぷりと感謝の声を受け取ってから、フリーレンとフェルンは村を後にした。
荷馬車の後ろに乗せてもらい、2人は再び旅路につく。
「面白い村でしたね」
「お菓子も色々おいしかったね」
「百味ビーンズならまだ残ってますよ。食べますか?」
「うーんこれは何味だろう? ……うっ」
「フリーレン様? 何味だったんですか?」
「……鼻くそ味だ」
他愛もない会話をしながら、旅は続いていく。
その時、突然フェルンが思い出したように声をあげた。
「……あっ」
「どうしたの、フェルン」
「フリーレン様。大変なことに気がつきました」
「なに?」
首をかしげるフリーレンに、フェルンは淡々と答えた。
「この作品、ハリー・ポッター様が出てきておりません。タイトルにまで書いてあるのに」
「それは仕方ないよ。人間の寿命は短いからね。多分、ヴォルデモートの封印が解けるより先に寿命が来てしまったんだね」
「なるほど。きっとそうでございますね」
「代わりにこれで満足してもらおう」
フリーレンがさっき覚えたばかりの『墓をつくる魔法』をさっそく使うと、まるで挿し絵のように立派な墓が現れた。
「むふー」
「フリーレン様、絶対その魔法使ってみたかっただけですよね」
フリーレンのアニメの戦闘シーンむっちゃすごない?