宝来ユキは退屈していた。
「むー……!」
枕に顔をうずくめて、ジタバタと体を動かした。
別にリリオール聖典教国を作ったことに後悔はしていない。
周囲は物語に溢れているし、同好の士として集まった国民達も皆いい人たちばかりだ。少しクセが強いところはあるが……。
しかし同好の士が集まったからこそ、生の百合というものを見ることがなくなってしまっている。
国民は皆、尊い景色を壁になって鑑賞したいような人ばかりだ。もちろんそれはユキも含めて。
だからこそ、国内で百合百合した景色を見ることはまず無い。
デバフ教国にいた頃反応していた百合レーダーも、最近は弱いものばかりだ。
「んー……」
ゴロリと仰向けに寝転がり、天井をボーッと見る。
木目一つ一つに目を這わせながら、思考を膨らませいく。
「でもなぁ……」
前述したように、リリオールを建国したことを後悔しているわけではないのだ。
たまに摂取したい生の百合のために、この国を手放すか、と言われればその答えはノーと言わざるを得ない。
うーむ、と結論の出ない悩みを延々と考えていると、ユキの百合レーダーがにわかに反応し始めた。
しかもこれは今までのような弱い反応ではない。相当な上物とみるべきだ。
ユキはがばっと勢いよく立ち上がり、壊れた銀の鍵を手にして勢いよく部屋のドアを開けた。
全ては、百合のために──!
○○
ユキは百合レーダーの示す方向に、まっすぐに直進していった。屋根から屋根へ飛び移り、木の枝のしなりを利用して大きく飛翔する。
物語において、時間というのは大事な要素だ。時間が過ぎれば過ぎるほど、エンディングの感動は薄れていってしまう。
久方ぶりの全力ダッシュの末、到着した先はリリオールの象徴ともいえる大図書館であった。
由緒正しき大図書館内で百合百合しい行為などリリオールにふさわしすぎて、今からでも鼻血が出そうであったが、ぐっと堪えて図書館内部に侵入する。
「3階、いや4階……?」
探索を行うときよりも周囲の警戒を行い、天空闘技場に挑戦するよりも全神経を集中させる。
ユキにとって物語とは、衣、食、住の上に存在するものなのだ。手を抜くことなどできるはずがない。
「──でね、その時……」
「え、そんなの──」
足音を立てずに階段を上っていくと、静かな図書館内に、ほのかに百合の香りが漂ってきた。
周りに聞かせられないひそひそ話、広い図書館内でただ一か所隔絶された二人だけの世界。
椅子を隣り合わせて、周囲の迷惑にならないように静かに、しかし楽しそうに声を弾ませる女の子が二人。
ユキはこれだ! と確信した。現に百合レーダーは過去最高に反応している。こんな至近距離でリアルの百合を観察できる機会など未だかつてあっただろうか、いや、ない!
ユキは二人にバレないように慎重に本棚の間を縫って歩いて行った。
少しずつ鮮明に聞こえ始める少女の声。
「ねえ、アリア。この本面白いよ。一緒に読もう?」
「本はもういいって! それよりサフィア、いい加減外で遊ぼうよ!」
自然と熱されていく脳味噌を頭をぶんぶん振ることで必死に冷まそうとする。
大事なのは二人の関係性の把握だ。
まず一人目、アリアと呼ばれた少女。その態度からしておそらく本は好きではないのだろう。外で遊ぶような活発な少女であることは、動きやうそうな服装と短く切られた髪から判断できる。
しかし、それなのにもかかわらずサフィアという少女に合わせてわざわざリリオール大図書館まで足を運び、ともに椅子を並べて読書をするところがもうすでに可愛い。
アクティブな女の子が、物静かな子に合わせるためにむずむずしながらも椅子に座っている姿は、とても微笑ましく可愛らしい。尊い。
そして二人目、サフィアと呼ばれた少女。こちらはアリアとは一転して内気で物静かな印象の少女だ。サラサラの長い髪は生活水準の高さと育ちの良さがうかがえる。
サフィアはアリアに自分の好きな本を紹介出来てとても嬉しそうな様子である。
本にワクワクを覚えるのは健全なリリオール国民の証拠、サフィアは手に持った本をまるで宝物のように両手で大事に抱えている
大人しい少女が自分の好きなものを紹介するときにだけ、少し上気しながらも懸命に説明している様子はこれまた可愛らしい。非常に尊い。
そして、この二つを掛け合わされている今の現状は、まさにユキを絶命させるパワーを生み出していた。
「まって、この本はね、きっとアリアも気に入るはずだよ。だって、この本の主人公はアリアに似てとってもかっこよくて……あ、うぅ……」
「な、なにいってんだよサフィア! わたしが、そんな、かっこいいなんて……!」
「う、うぅ……!」
サフィアは恥ずかしい気持ちを抑えるために、手に持った本でアリアをぽかぽかと殴った。
「いた! なにするんだよ!」
「だって、だってぇ……!」
何度も殴られ続けて、アリアの顔が少しむっとした。
これはよくない──。
ユキは物陰から飛び出し、サフィアの持っている本を優しく手で止めた。
少女二人はいきなり現れたユキにぽかんと口をあけながら、動きを止めた。
「も~! だめなのですよ、本で人を殴っちゃ!」
「あ、ユキちゃん……」
「え、こ、国王様……?」
アリアは未だに状況がつかめない様子のまま、サフィアは国王に怒られている現状を少し怖がっていた。
ユキはそんな二人の様子にほほえましさを感じながらも、本をすっと取り上げる。
「本は人を殴るものでは無くて、摂取して楽しむものなのです。二人で仲良く本を読まないなら、この本はぼっしゅーなのですよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「そうだよ! 人を本で殴っちゃいけないんだよ!」
アリアは、ユキに乗っかってサフィアに文句を言い始めた。これはよくないと、ユキはくるっとアリアの方向に向き直った。
「あなたもお友達のことをそんな風に言っちゃいけません!」
「だってサフィアが殴ってきたんだよ!」
「あれはその、照れ隠しであって……。とにかく、二人とも仲良くするのです! これは国王命令なのですよ!」
そういうと、ユキはサフィアに本を手渡し、優しく微笑んだ。
「じゃあ。仲直りちゃんとするのですよ! お互いごめんなさい!」
「ご、ごめんなさい」
「ごめん……なさい」
「いいこいいこなのです」
二人の頭を慈しむ様に撫でて、ユキはそっと物陰に戻った。
「国王様、行っちゃった……」
「なんでここにきたんだろ……。それよりも、その本一緒に読もうよ」
「え……いいの?」
「主人公が私に似てるんでしょ? 気になるじゃん!」
「……うん!」
アリアがそういって椅子に座りなおした。
サフィアは、少し顔を赤らめて、アリアを見ながら満面の笑みで本を開いた。
「み゚()」
宝来ユキは絶命した。
しばらくしてから目が覚めたのは国王専用の蘇生室だった。
何度目かのこの景色に、ああ、いい絶命だったと思いながら、ユキは上体を持ち上げる。
そして、二人の少女のことを思い出して、自然と頬を緩ませた。
「やっぱり、リリオールを建国してよかったのです」