スズカの犬になりました   作:あーふぁ

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9.スズカのアトラス

 シービーから時々助言をもらい、スズカが学校やクラブに行っていないときに自分だけで練習をする日々を続けて3週間と少し。

 世間は8月になっていて、スズカは夏休みに入っていた。

 長い休みということもあり、クラブの練習スケジュールに余裕がある時期に俺がレースデビューする日が決まった。

 デビューといっても公式じゃなく、希望者と俺とで全力の練習レースをするだけ。

 その中にはスズカとファル子、他に小学生5人のウマ娘が走る。

 レースをする日が決まった、ということは俺が走るうえで問題になっていたことも解決したわけで。

 

 俺も夏に合わせてペットショップでサマーカットをしてもらった。

 足裏、耳と体全体だ。ぱっと見てラブラドールレトリバーに近いぐらいに短くなっている。

 

「とてもかっこいい……!」

 

 と、目を輝かせながらそんなことを言うスズカ。いったい何を見ているのかというと俺の姿だ。

 緑のスカーフを首に巻き、目にはチップが飛んでくる対策としてスキーやスノボで使うような形の透明度が高いゴーグル。

 それらを身に着けたのがとても気に入ったらしい。

 

 なのでスズカ宅のリビングでパパとママの暖かい視線を受けつつ、スズカによる撮影会が始まっていた。

 鍛えたかいがあって筋肉も結構ついていて、毛も短くなったため強い肉体だと見た目でもわかりやすい。

 俺のまわりをぐるぐるとまわり、しゃがみ、距離を取って写真を撮っていく。

 

「アトラス、伏せ」

 

 スズカの指示に従って伏せをする。だが、いったいいつまで撮るんだろう。

 写真だけでなく、今は俺のまわりをぐるりと2周しては動画撮影もしているし。

 あまりに本気な表情をするスズカの様子に、もしかしたらそのうち俺の写真集でも作られそうな気がする。

 たとえばタイトルは『G1ウマ娘サイレンススズカとペットのアトラスとの日々』というような一緒に写っている感じで。

 

 リアルではメイショウドトウと牧場猫であるメトの写真集が出たんだから可能性が高いな。

 思えば競走馬の写真集ってのは意外とあった。

 G1馬だけでなく、ハルウララも現役と引退後で複数あったはず。

 最も種類が多いのはウオッカだろうか。ウオッカには豪華版写真集が出るぐらいに根強い人気があったはずだ。

 そんなことを思い出しつつ、スズカによるポーズ指定を受けて無心で撮影をされていく。

 

「これでよし。あとでシービーさんに送ろうっと。さて、アトラス?」

 

 うん? 終わった? それじゃあ寝ていいかな。朝ご飯を食べてすぐだし、おなかの具合的に寝るのにちょうどいいんだ。

 ……いや待って? なんで散歩道具を準備するんだい?

 朝の散歩はもう行ったはず。なに、この道具の効果を試したい? 土がある道でスズカの後ろを走れって?

 いやだいやだ! 俺は寝るんだい! ママ、ママ助け──あぁ、なんでハーネスをつけてくるんだ!?

 今日は土曜日でしょう? 土曜ってのは休み日なんだってば。休日だからって散歩の回数は増やさなくても!

 

 あ、スズカ待って待ってリードはつけるのやめて引っ張らないで家の外に出ないでぇ!

 抵抗むなしく少し強引に連れ出された俺。

 だけど一度外に出てしまうとそんな思いは裏返って散歩できる喜びが湧いてくる。そして気持ちいい夏の日差しを浴びながら砂地を走ったことでゴーグルの価値は実証された。

 今にいたるまでさんざん対策を悩んだ価値があったというものだ。

 これさえあれば、砂も水も何も怖くない!

 

 というわけで準備ができた俺は、翌日にはレースをすることとなった。

 やけに展開が早い理由は、夏休みで旅行をする子やコーチがいるから早めにやりたいとパパが説明をしてくれた。

 クラブは夏休みということもあって小学生のウマ娘だけじゃなく、普段よりも見学に来ている保護者が多い。

 犬である俺と走るだけなのに見にくるなんて暇なのか。あぁ、夏休みだから暇はあるのか。

 建物の日陰からレースの準備と準備運動をしていくウマ娘たちをパパと一緒にじっと見ていると、半袖半ズボンの体操着姿に着替えたスズカがやってきた。

 

「元気そうね、アトラスは」

「あぁ。もう走るのかい? もしそうなら準備をしておくけど」

「うん、もうすぐだって。じゃあ、私は向こうで待っているから」

 

 スズカは俺に笑みを浮かべ、去っていく。

 その後はパパの手によって俺の装備をつけてもらう。

 いつも身に着けているハーネスには前にもつけたカメラ。首元にはハーネス。

 そして最後にゴーグル。走るのにはパーフェクトな装備と言ってもいい。

 

 ノーリードで日陰から出てパパと一緒にコースへと向かう。

 雲が少なく太陽がしっかりと出ていて、レース日和だ。

 前を歩くパパの後ろからクラブのコーチの方々がいるところへ行くと、俺はなでられる。

 子供たちと違い、大人のさわりかたは優しくていい。

 子供の力任せなのもあれはあれで良さがあるが。

 

 パパが挨拶をしているなか、コーチの人に誘導されコース上へ向かう俺。

 すでにコース上にはスズカやファル子たちがいた。

 走るのは7人+俺。

 スタート位置にゲートはなく、内側から順番に並んでいる。

 1番目はファル子でスズカは5番目。俺の位置は大外の8番目だ。

 初めてのレースだから安全を考えての配置だろう。犬がウマ娘と同等の走りをすると思う人は少ないし。

 前世とくらべてウマ娘がいるせいか、この世界の犬は能力が高くなっているとはいえ。

 

 大人のウマ娘だと時速70kmほどで走るが、小学生高学年の年齢だと40㎞から45㎞とシービーが言っていた。

 ウマ娘はどういうものかをシービーに教わったから今日のレースもばっちりだ。

 レース展開や駆け引き、犬を相手にしたウマ娘の心境を聞いているから勝つつもりで走ろう。

 いや、勝つ!

 今を逃せば、成長してもっと早くなるスズカと同等に走れない。

 

 この時期だけスズカと本気で走れるレースになると思うんだ。

 これが来年になると怪しく、トレセン学園に入れば無理。かなわない。

 だから今日は俺の心を熱く燃やすんだ!

 

 テンション高くスタート位置につくと、ファル子が手を振ってくるのを見つつレースへと意識を集中する。

 今の風はおだやかでレースに影響はない。小学生用レースの距離は600m、バ場は良。

 前足で軽くウッドチップをひっかき、しっかり乾燥しているのを確認。

 問題となる要素はなし。

 気になることは直線が短いから、差し寄りの追い込みをやろう。

 

 コースの状態を確認していると、柵の外に旗を持ったコーチがやってきた。

 それと同時に並んでいるウマ娘たちから鬼気迫る雰囲気を感じる。

 コーチが旗を振り上げ、それに俺は集中し……振り下ろした瞬間に走る!!

 

 スタート!

 

 みんなが同時に走るが、俺は集中力と4本足のメリットを生かして先頭へと躍り出る。

 

 加速なら犬のほうが速い。大外からスタートして先頭になるも内側へは入らず、意識してそれ以上に速度はあげない。

 コース内側からウマ娘たちが俺を追い抜いていき、最後尾になるのを意識して速度を合わせて後ろへと着く。

 この走り方を考えたのは俺ではなくシービーだ。

 

 シービーが言うには『小学生はメンタルが弱いから1番に立って驚かせちゃおう!』と言っていた。

 これは俺がクラブで練習するときは、目にウッドチップが入らないようスズカの後ろから距離を取って走っていたからだ。

 その印象があるから、最初に1番となれば驚くしかない。

 最後尾ということは目の前にはたくさんのウマ娘がいるわけで、当然ウッドチップがばちばちとゴーグルにあたってくる。

 口の中にも入ってくるが、それは無視できるレベルだ。

 

 初めてのレースだが、俺は冷静沈着。

 犬という体格の小ささだから集団に入ると抜け出せない。だから後ろか先頭しかない。

 でも先頭だとスズカやファル子と争うのは大変になる。今だって先頭争いをした結果、スズカが1番、ファル子が2番だ。

 

 勝負所はコーナー。

 小学生のウマ娘はコーナリング技術が低いところが狙いめだ。

 それに低重心な俺はコーナーに有利で、ファル子と並んでコーナーを走ったことも多数ある。

 なんでスズカじゃないかって? スズカと並べば、負けん気が強いゆえに追い越してくるんだよ!

 だからファル子と一緒に練習する必要があったんだ。

 その成果はどれほどかと言えば、今ならコーナー巧者と自称できるほどだ。

 

 コーナーに入った今。

 ウマ娘たちが外側へとふくらんでいく

 ……今、行くか。いや、まだか。いや、今か。

 

 集団の隙間が先頭のスズカまで空いていき、視界は良好。加速した俺は空いた空間へと体を入れていく。

 俺に追い抜かれるウマ娘が俺へと視線を向けるのを感じる。

 

『最後方から一気に行くのはね、最高に気持ちいいんだ』とシービーはわくわくして言っていた。

 

 確かにそうだ。これには同感だ。

 誰よりも速いと思えて素晴らしい。

 ひとりひとりを追い抜いていく爽快感。

 息遣いと足音を後ろへと置いていき、俺は先へと進んでいく。

 

 目指すはスズカとファル子の位置。

 段々と距離は縮まっているが、その縮む差は段々と短くなっていく。

 勝てるのか。本当に勝てるのか? 

 そうどこかから声が飛んできそうだ。犬ではウマ娘にかなわないというのはスズカとランニングをし始めたときに思っていた。

 走る前までは勝てなくても仕方がないという気持ちも。

 

 だが、今は違う。

 スズカと一緒に鍛え、シービーに戦術を教えてもらい、ファル子と一緒にレース勘を養った。

 期待に応えるため、俺は速くないといけない。楽しまないといけない。勝たないといけない。

 今まで犬として生きてきて、勝利が欲しいと初めて願っている。

 レースが俺の心を熱くさせる。 

 

 コーナーが終わったときに俺は前から3番目の位置。

 スズカ、ファル子にも少しずつ近づいてきた。

 ここからの短い直線。

 

 後ろから迫ってくる音はなく、気にするのは前だけでいい。前にいるふたりより外側に移動し、あとは全速力で走るだけだ

 ここまで来ると呼吸をするのも大変で、耳に聞こえる音は自分自身の呼吸音がやけに大きく感じる。

 レースを見ているが大人たち驚き、子供たちの歓声が聞こえてくるも、それで集中を途切れさせたりはしない。

 

 俺の末脚を見ろ!!!!

 スズカと走って鍛えたんだぞ!

 

 疲れで震えそうになる足を前へ、前へと動かしてファル子を追い抜いていく。

 あとはスズカだ。

 スズカの走りは間近で見ていたから、すごさはわかっている。

 リアルのサイレンススズカもすごかった。言葉では言い表せないほどに。

 ウマ娘のサイレンススズカもすごかった。興奮しかないほどに。

 

 そんな雲の上のような存在でも今だけは手が届きそうだ。

 苦しくても吐きそうでも気力を絞ってスズカの隣へと並ぶ。

 一瞬だけスズカがどんな顔をして走っているか気になり、視界の端にうつるように顔を動かすとスズカが俺を見ているのがわかった。

 その顔には余裕などなくて『もっと走れるでしょ?』と言われているかのような気が。

 だとしたら俺はもっと走らなければいけない。速くないといけない。

 スズカの犬として!

 

 一瞬だけスズカが俺の先を行くが、そこは根性で食らいつく。

 そしてゴール板を過ぎる。

 大きい歓声が上がり、少しずつ速度を下げて立ち止まる。

 後ろを振りむくと、にっこりと太陽のようにまぶしい笑顔のスズカとほぇーと感心しているファル子。あとは俺の走りに驚いている子たち。

 

 楽しかったレースをスズカに伝えたくて飛びつきたいが、息の荒さが落ち着くまではどうにもならない。

 心臓がドラムを鳴らしているみたいに体全体へと響き、他の音が聞こえづらい。

 体が熱くて早く水を飲みたいところだ。

 荒い息のまま、立っているのがやっとの俺のところにスズカがやってきては両手を伸ばして俺を持ち上げてくる。

 

「アトラス! アトラス!!」

 

 興奮したスズカが俺を持ち上げたまま、左回りでぐるぐると回転をし始める。

 満面の笑みとぴこぴこ動く耳と尻尾で大興奮なのが伝わってくる。

 だが、高速で回転されるのは怖いんだけど! 遠心力が体に伝わってくる! 視界がまわる!

 ファル子、助けてぇ!!

 目がぐるぐると回り始めてきたときに、ようやくスズカは回転を止めてくれた。

 

「こんなに速かっただなんて! それにあの走りかたはシービーさんに教わったの? あとで何が映っているか見せてね!」

 

 そういえば背中にカメラを乗せてたんだっけか。自分でもどんな視点かは気になる。

 カメラ位置が低いから迫力はありそうだが。

 スズカは俺をぎゅうっと抱きしめてから、地面へと降ろしてくれた。

 

 そして近くにはファル子を含めた、一緒にレースを走ったウマ娘たちが集まっている。

 その子たちの感想は「犬がこんなに速いだなんて思わなかった」「速いって聞いていたけど、スズカちゃんのひいきかと思ってたよ」と言われた。

 悔しがる子もいたけど、感心したっていう割合のほうが多いっぽい。

 

 ちょっとずつ呼吸が落ち着いてくると、みんなから頭や体をさわられている。

 180度すべてがウマ娘に囲まれている幸せ。汗やほのかに甘い香りも空間いっぱいにして、みんな頑張ったんだなぁなんていう感想しか出てこない。

 レースにはまるウマ娘の気持ちがわかった気がした。そしてスズカが好きな先頭の景色というのも。

 誰よりも速い。それだけで心が満たされる。

 

 ウマ娘たちにわちゃわちゃされた俺はコース外に出ていくウマ娘たちの後をついていくように出ていく。

 スズカとファル子は両隣にいて、俺を間に挟んでは俺のすごさをお互いに語り合っている。

 

「アトラス。少し休んだら、またレースするから」

 

 さっきまでの俺を褒める目ではなく、勝ちたいという負けず嫌いな心が出ているスズカ。

 もう体がぷるぷるして、1日に2回は走れない。

 パパとママのところへ走って逃げたいが、疲れで走れない。

 と、なればファル子に助けてもらうしかない。

 

 俺はファル子の隣へと移動し、スズカから距離を取る。

 

「私よりファル子のほうがいいってこと? ……そう。ファル子、アトラスの好感度をかけて勝負ね。私の速さを見せるから」

「え"っ。ファル子はもう練習だけでいいかなぁって」

 

 よし、これで俺が走ることはなさそうだな! 困ったファル子の顔もかわいいし、問題解決だ。

 しかし、今日は本当に楽しかった。

 この世界で犬として生まれ、世界に色が少なく言葉をしゃべれないのは苦痛だった。

 でもスズカが一緒にいてくれて、散歩のことばかり考えるようになれたのは救いだ。

 これからもスズカと楽しくやっていきたい。

 トレセン学園に乱入しそうな勢いで。進学してスズカが曇りそうだったらなんとかしてあげたいからな!

 

 ……ところでパパママと一緒にトレセン学園のジャージを着たミスターシービーがいるんだけど。

 夏休みだから来たのか? そういうメッセージはなかったんだが。

 お? どうしたシービー。なに? 楽しそうだからきちゃった? 今のを見てアタシも走りたいって?

 それなら俺の代わりにふたりの相手を……え、なんで俺を抱っこするんだ? 追い込みの走りを感じさせてあげるって?

 いや、ちょっと俺は休みたいんだけどぉ!? 腕の中では休めないって!!

 

 ──シービーに抱っこされてコースを1周。視点が高くなって楽しかったけど怖かったです。

 これからもシービーに色々驚かされつつファル子と一緒に走り、スズカと楽しい生活を送っていきたいなぁ!




おわり
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