ガンダムビルドファイターズF-X   作:滝つぼキリコ

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弌話、上──『秋水と咲く』

 

 

 

 

 

 

   "悪念の起こる所を切り払う"

    "これが宝の剣なりけり"

 

              

              卜伝(ぼくでん)百首より 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹いた。

 

 空気を躍らせ、大地の香りを巻き上げる。

 

 この世界の空気は、好きだ。

 

 遠く故郷の花々にも似た、鼻孔をくすぐるこの香りが。

 

 この地に根差し、生きると決めたのもそれが由来。

 

 ふと、笑みが零れる。

 

 戦え。

 

 武器を取れ。

 

 命を()して生を勝ち取れ。

 

 そう、以前なら思っていただろう。

 

 今は、この山河に身を委ねたい。

 

 万象の前では、剣の腕も、自分が何者かも、些事に過ぎない。

 

 花鳥風月。

 

 この国では、そう形容するそうだ。

 

 ああ、まさしく。

 

 まさしく、そう例えるのが相応しい。

 

 吸い込まれるような穹を見上げ、深く呼吸をする。

 

 ──風が、吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 弌話──秋水(しゅうすい)と咲く

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふわりと、髪が(なび)く。

 

 後頭部で纏めた黒髪を手で押さえ、はー、と息を吐いた。

  

 渡り廊下で、欄干に肘を乗せながら空を仰ぐ。薄く伸びる巻雲の見える青空が、山々の稜線に消えるほど広がっている。

 

 放課後の、穏やかな時間。

 

 とうに下校の時間は過ぎ、校庭からは運動部員たちの声が最上階の渡り廊下にも届く。季節の変わり目を迎えて残暑もほとんど終え、吹き曝しの渡り廊下を通る風は、少し肌寒いくらいだった。

 

 霞んだ山々を一望する。騒々しさと華やかさとは無縁の景色は、ともすれば面白味がなく退屈かもしれない。だが、自分はこの織羽(おりば)市の景色が好きだ。

 

 それが、キンジョウ・ホウカの見知った世界である。

 

「いい天気……」

 

 視線を下に向ける。 

 欄干に乗せた腕の先には、握れる程の大きさの人型の模型があった。

 

 青と白で配色されたシンプルながらに美しい色合い。顔はクリアブルーのパーツで覆われている。

 

 RGE-G1100 アデル。そのディーヴァカラー。

 つまり、ガンプラである。

 

 何とはなしにこれを触っている内に、晴れた空に視線が奪われていた。このアデルの色が、空の色に似ていたから……という気がしないでもない。

 

 授業で使うために素組みで完成させたものであり、ゲート痕などの必要最低限の処理を施している。持参するか栄志学園の備品を使うかの指定だったので、自宅の在庫から特に好きな一機(シンプルなガンプラという指定も満たしている)を選んだのだ。

 

 手元のアデルを見ていると、ブレザーのポケットの中でスマホが振動する。取り出して着信を見ると母のユウカだった。画面をフリックして出る。

 

「どうしたの?」

 

『あ、今大丈夫だった?』

 

「うん、大丈夫」

 

『お父さん、今夜お店でやることがあるから、ご飯は先に食べてていいって』

 

「また一人で作業してるんだ」

 

『困ったものよね~』

 

 (おど)けるように言うユウカ。

 またいつものクセだ、とホウカは没頭すると周囲が見えなくなる父親の顔を思い浮かべる。

 

『ねぇホウカ、今夜何食べたい?』

 

「え、特に……。何でもいいよ」

 

『そういうのが一番困るの!』

 

「えー……?じゃあ、カレー」

 

『ん、わかった。あんまり遅くならないでね』

 

「うん」

 

 それだけ言い残し、通話が終わる。

 スマホをポケットに入れてから、ふと校庭を見た。数人の生徒が正門に小走りに向かっていくのが見える。

 

 あの様子は、十中八九あそこだろう。

 

「……ん」

 

 特別に予定があったわけではないが、不意に気が向いた。

 足元に置いていた学生鞄を拾い上げ、鞄の内ポケットにアデルを仕舞って校舎を移動する。

 

 昇降口に着くと、見知った二人の人物がいた。

 一人は、白いブラウスに黒の膝までのタイトスカート。そして鮮烈な赤いカーディガンを羽織り、緑掛かった流麗な黒髪を背に流す女性。

 

 もう一人は、打って変わって壮年の男性だ。作業着の上にくたびれた革のジャケットを着ており、皺の刻まれた強面(とある理由からそう言われる)に口髭と顎髭を蓄えた人物。

 

 女性の美しい容貌が、ホウカに気付いた。

 

「おや、キンジョウじゃないかい。ガンプラ部にいないから古武術会だと思ってたよ」

 

「今日は、違います」

 

「そうなのかい?あ、カトーならビッグリングに行ったよ。ちょっと部に顔出したと思ったら、調整を試したいとか言ってすっ飛んで行きやがった」

 

「マリコ先生、その箱は」

 

 足元を見ると、抱えるほどの大きさの段ボールが置かれている。

 

「これかい?ガンプラ部で使うプラモやビルダーパーツさ」

 

「手伝い、要りますか?」

 

「大丈夫だよ、これくらい。ったく、カトーにもキンジョウの爪の垢を煎じて飲ましてやりたいねぇ」

 

 言いながら苦笑する女性──シマ・マリコ。栄志学園社会科教師兼ガンプラ部の顧問でもある。その瓜二つの容姿から、一部で「シーマ様」と呼ばれることもあった。

 

先生(・・)も手伝ってくれていることだし、あたしらで十分さね」

 

「その呼び方はよせと……まぁいい。私が掃除用具を返却したのを見計らってから頼みに来たのは、えらくタイミングが良かったな?」

 

「おや、その口振りだとあたしが待ち伏せしていたみたいじゃないですか」

 

「得意だろうな、シーマ・ガラハウであれば」

 

 あっはっはっはっは!と快活に笑うマリコ。

 男性──アズマ・ハルトは呆れたように溜め息を吐いた。この栄志学園に数年前から用務員として働いているらしく、定年退職して故郷に腰を落ち着けた。と、本人から聞いている。

 

 そしてその外見は、かのXラウンダーであるフリット・アスノ壮年期のそれであった。マリコ以上に完成度の高い出で立ちだ。

 

 本人はそのことで生徒にからかわれる度に様々な反応で返すのが、毎日の光景となっている。

 

 この二人の関係について以前尋ねた時、ちょっとした縁があっただけだと聞いた。

 

「キンジョウもこれからビッグリングかい?」

 

「はい。特に、予定はなかったんですけど。気が向いたので」

 

「そうかい。でも今度はガンプラ部にも顔出してやっておくれよ。キンジョウがいないと連中も張り合いがなくてねぇ。絞ってやってくれ」

 

「分かりました」

 

「私も後でちょいと用事があるから、ビッグリングに寄るよ」

 

 それだけ言い交わし、マリコとハルトは段ボールを抱えて校舎の奥へ歩き去った。ホウカもローファーに履き替えて外に出る。

 

 正門から出ると、車道を挟んだ向かい側に見慣れた店舗が見えた。

 入り口の上には「プラモデルショップ ビッグリング」と、ポップな書体とカラフルな配色で店名が刻まれている。コンビニよりも一回り大きい、模型店にしては大きめの店構えである。

 

 横断歩道を渡り、自動ドアを潜ると同時に店内の活気を総身(そうみ)で浴びた。

 

 談笑、歓声、雄叫び。様々な声が飛び交う。商品を物色する者、作業机に齧りつき手元を凝視する者、工具をメンテナンスする者。

 

 異様とさえ言える音と光景は、しかし、この店内においては20年間変わらぬものであった。

 

 ガンプラ。

 それが、店内を活気付かせている。

 

 歩を進ませ、山のように積まれたプラモデルの陳列棚や工具類が吊り下げられたコーナーを通り抜ける。一際活気のある区画へ来ると、ほぼ毎日そこにいる人物を見付けた。

 その人物もこちらに気付き、店内を見渡していた顔を向けてにこやかに笑いかけてきた。

 

「やぁ、ホウカさん。ガンプラ部?それとも古武術会だったのかな?今日は来ないのかと思ってたよ」

 

 緩やかにウェーブした金髪とモデルのような整った容貌とは裏腹に、低く心地よく響く声が印象的な人物──フルデ・アルト。このビッグリングの店長である。

 

 外見と声色こそ芸能人のようだが、赤く「燃え上がれガンプラ!」と派手にプリントされたエプロンを首から提げていることで、お洒落のレベルを数段階引き下げていた。このことについて、当人は特に気にしていない。

 

「こんにちは。今日は違う、少しアデルを見てただけ」

 

「そういえば木刀袋は持ってないね。アデルがどうしたんだい?」

 

「ディーヴァカラーって、空の色と似てるなって」

 

 そう言葉を返すと、アルトは一瞬きょとんとした表情をしてからくすくすと笑った。

 

「ああ、ごめん。急に詩人みたいなことを言うものだから……。まぁでも、確かに今日の天気は綺麗だよね」

 

「変?」

 

「とんでもない。アデルのディーヴァカラーは僕も大好きさ。そんな風に捉えられるホウカさんの感性が、時々羨ましく思うよ」

 

 そう言って、アルトは腰に両手を置いて自嘲気味に笑う。

 

 幼い頃から、青や白、緑といった色が好きなのだが、それが何故なのかを深く考えたことはない。それがMSにも当てはまり、それらの色を基調とした機体に自然と心が惹かれるのだ。

 幼馴染みは微妙な反応だったが。

 

「そういえば……トモにぃは?」

 

 それで思い出した。

 アルトも「そういえば」と溢し、店内を見渡す。

 

「勿論今日も来ているけど……えーと、トモヒサくんトモヒサくんは……あ、いたいた」

 

 その視線の先を目で追うが、人混みで見えなかった。その場所は連日込み合う上に、身長の低い自分からは同じ制服を着た背中しか見えない。精一杯の爪先立ちをしても徒労に終わった。

 

「丁度次がトモヒサくんの番のようだね。見るかい?」

 

「うん、そうする」

 

 頷いて、二人で向かおうとすると、別のコーナーから呼ぶ声が上がった。

 

「店長ぉー!ちょっと来てー!」

 

「おっと……店長の責務を果たさないとね。はーい!今行くよー!」

 

 そう言い残し、呼ばれた方へアルトは去っていった。

 

 ホウカは軽く手を振って見送ると、人混みを縫って見易い位置に立ち、それを見る。

 

 この場にいる全ての人が熱狂するものを。

 

 気分が一気に昂るのを感じた。すぐにでも飛び込んで思うまま動きたい欲望が湧いてくるが、順番待ちを覆すのは御法度である。

 

 目の前に置かれている巨大な六角形の機械を前に、手元を見て準備している幼馴染みを見付けた。背が高く目立つので、こういう時は助かる。

 

 その周りでも、順番を待つ者や会話し合う者、タブレットで何かを見ながら真剣な表情をする者など、多種多様な様相である。

 

(どんな機体、出るかな……)

 

 ホウカは、それに関わるぴりっとした空気が堪らなく心地よく感じるのだ。

 

 ここにいる誰もがガンプラが好きで、それに対して並々ならぬ情熱を注いでいる。本気で趣味に没頭できるからこそ、本気の遊びができる。

 

 20年前に突如として日本に現れ、瞬く間に世界中を席巻して一大競技にまで発展したホビー。

 ガンプラを動かし、戦わせて競う、奇跡の具現。

 

 "ガンプラバトル"である。

 

 ホウカも、10年前に現地で観戦した『第7回ガンプラバトル選手権世界大会』がきっかけで、ガンプラもバトルも強く惹かれ、ガンダム作品も狂ったように観賞して魅了された一人だった。

 

 そして、このガンプラバトルが行われる時の、破裂する寸前の風船のような張り詰めた緊張感も好きなのだ。

 

 やがて、巨大な六角形の機械が静かに唸り始める。

 

『GUNPLA BATTLE. Combat mode, start up』

 

 そして、ホウカは無意識に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふぅ……よし!」

 

 気合を入れ、集中する。

 

 グリップ式のコントローラから、機体と繋がっている実感が伝わってきた。それに意識がトリップしているような、一体感さえ覚える。

 

 自身の周囲をぐるりと覆う全天周モニターには、青々と葉を茂らす深い森林地帯が映し出されていた。その映像は、何度体験しても臨場感を損なうことはない。

 

「さて、どこから来る……?」

 

 カトー・トモヒサは、緊張感を肌に感じながらマップや武器スロットを確認しつつ周囲を警戒する。

 

 とはいえ、これは本物の景色ではない。

 

 やがて、耳障りなアラート音が鳴り響いた。直後、木々の間から一つの機影が躍り出てくる。

 

 景色に溶け込む深いグリーンのモビルスーツが、両手に構えるビームマシンガンを撃ち込んできた。機体をバックステップさせつつビームライフルで牽制射撃を行い、敵の出方を窺う。

 

「ギラ・ズール!」

 

 胸部や袖に意匠された白いエングレーブが目立つグリーンのモビルスーツ──ギラ・ズールは、ビームマシンガンを左手に持ち替えてリアアーマーに携帯されたビーム・ホークを手に取った。

 

 トモヒサは、増設したリアアーマーのウェポンラックにビームライフルをマウントする。

 サイドアーマーに備え付けられたサーベルラックから、ビームサーベルの柄を前方へ引き出させ、この機体の印象的なシーンの一つを思い出しつつ、それを掴んで抜き放つ。

 

 粒子変容効果によってレイピア状の剣へと形成されたビームが、鮮烈なグリーンの光を散らして伸びる。

 

 一気に距離を詰め、発光するビームサーベルをギラ・ズールへと大きく振り被る。

 

「そらっ!」

 

 対するギラ・ズールもビーム・ホークを振り上げ、真っ向から互いの武器をぶつけ合った。濃緑の機体と黒い機体が、弾ける火花とビームエネルギーに照らされる。

 

 しかし力は拮抗せず、ギラ・ズールのビーム・ホークが明後日の方へ弾かれた。膂力で劣った機体が、バランスを崩して後方へ仰け反る。

 

 コントローラを握った両腕を押し込むのに連動し、フレキシブル・スラスター・バインダーが展開して機体が推進力を得る。そのまま眼前の敵機に突っ込み、正中線をなぞるように力任せにビームサーベルを叩き付けた。

 

 脳天から溶断されたギラ・ズールは、半秒も間を置かずに爆発する。

 

「っしゃあ!」

 

 巻き起こる炎と煙から機体を後退させつつ、右手でガッツポーズをした。機体も動きに合わせ、ビームサーベルを握ったまま同様のポーズを取る。

 

 しかし、その直後に新たな攻撃の報せが、背後からけたたましく響いた。

 

「後ろ……!?」

 

 アラート音が鳴り止まない内に、もう一機のギラ・ズールが接近してくる。

 その方向へ反応するのに合わせ、連動するバインダーの推進力によって機体が転身した。全天周モニター式のホログラムコンソールの映像も、合わせて真横にぐるんと回転し後方を向く。

 

 コントローラを操作し、武器スロットの一番目を選択した。バックパックの左側に装備されたミサイルランチャーが迫り出し、開いたハッチから五つの弾頭を覗かせる。それらが一気に吐き出され、ギラ・ズールに襲い掛かった。

 

 瞬く間にギラ・ズールは爆発に巻き込まれるが、半壊したシールドを投げ捨てて突進してくる。

 

「ハッ……上等っ!」

 

 泥臭いジオン機らしい姿勢に敵ながら賞賛を送りたくなるが、ここは堪えて振り被ってくるビーム・ホークに対してこちらもビームサーベルで応えた。二機目のギラ・ズールはより仕上がりがいいのか、今度は拮抗して鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

 しかし、直後に別方向からロックオンされたことをアラート音が報せた。

 

「くっ……!?」

 

 確認は省略し、バーニア出力を最大に引き上げて無理矢理にギラ・ズールを引き剥がす。後方に飛び退くと、先刻までいた場所に高出力のビームが着弾した。

 

 慌てて射撃の主を探すと、ビームスナイパーライフルを構えた三機目のギラ・ズールが、岩盤をむき出しにした丘に立っているのを視界に捉える。

 

(ちっ……狙撃か!)

 

 引き剥がしたギラ・ズールは無視し、バインダーを最大出力で稼動させて森林地帯から飛び出した。

 

 ミサイルランチャーを発射しつつ、武器スロットを滑らせる。バックパックの右側に可動アームを介して装備されるビームバズーカの砲身が、折り畳まれている状態から展開し右肩越しに伸びた。右手のビームサーベルを収納し、ビームバズーカのグリップを握り込む。

 

 襲い掛かるミサイルランチャーから逃れるために丘を下り始めるギラ・ズールだが、その姿はしっかりと視界に捉えていた。

 

「距離があるが、これなら……!」

 

 瞬間、アラート音が鳴り響く。

 反応が遅れ、モニターに表示される方角──先程交戦していたギラ・ズールのいた地点──からビームマシンガンの連射が機体を直撃した。

 

「ぐっ……!?」

 

 関節部や火器類といった弱い部分には運良く当たらず、裾が広がった巨大な脚部の装甲とバインダーの表面が被弾する。

 

 コンソール上のダメージ表示は、十数パーセント程度だ。我ながら機体の完成度と信頼性に驚くと同時に、笑みが零れる。

 

「残念だったな、コイツはその程度じゃ傷……は付くが、倒れねぇよ!」

 

 格好の付かないセリフを吐きながら、バインダーの推進力で無理矢理に機体の向きを変え、砲身を地上にいるギラ・ズールへ向けた。

 

 想定よりダメージを与えられなかったことで焦ったのか、ギラ・ズールは慌てた様子で森の中へ身を隠す。そして、木々の間から今度はシュツルム・ファウストの弾頭が飛び出した。

 

 だが、そんな悪あがきは愛機──GP02サレナの前では無意味だ。

 

 否、正しくはGP02サレナの持つ兵器の前では、だ。

 

「丸ごと──」

 

 ビームバズーカに備え付けられているスコープ越しに、GP02特有の凶悪な相貌が睨む。

 

「──吹き飛ばせぇッ!」

 

 砲口から、膨大なエネルギーが吐き出された。

 桃色の光の束がシュツルム・ファウストの弾頭を飲み込む。そのまま光軸が森に着弾し、そこで爆発が起こった。逃げたギラ・ズールの撃破をシステム音のコールで報せる。

 

「……っし!」

 

 喜ぶ間に、アラート音が攻撃を報せた。

 予想できていた為に、即座に機体を滑らせて空中で回避運動を取る。狙撃を避けながら、丘を下った先にある岩影へ第二射が来る前にビームバズーカを撃ち込んだ。

 

 今の射撃で、大体の位置は分かっている。

 果たして結果は──

 

「……外したか!」

 

 砲撃が岩の辺りを着弾したが、撃破のコールはない。直後に二射目の狙撃がガンダムサレナを襲った。

 

 咄嗟にマニューバを切り、ギリギリのタイミングで回避に成功する。冷や汗をかきつつ、射撃があった地点にビームバズーカの狙いを定めた。

 次こそは外さない。

 

「そこだッ!」

 

 回避行動を取る間にチャージしていたビームバズーカから粒子の奔流が迸り、岩場をずれた森の木々を巻き込んで桃色の爆発が起こった。

 確かな手応えは、撃破のコールにて証明される。 

 

『BATTLE END』

 

 明朗快活に聴こえる電子音声が、バトルの終了を告げる。

 

 森林を眼下に映すフィールドと青空が青く輝く微細な粒子となって分解していき、硬質な床面が姿を現す。同時に、自分を囲っていたホログラムのコンソールとグリップ式のコントローラーも消滅した。

 

 直後、ワッと周囲が歓声に湧く。

 

 トモヒサは愛機とGPベースを回収してケースに納めると、肩を叩かれたり称賛の声をかけられたりしながら機械を挟んで対面していた対戦相手達の元へ向かった。

 

「手合わせありがとう。いいバトルだったぜ」

 

 声をかけると、自分のギラ・ズール(設定ダメージレベルはCだった為無傷)を回収した三人がこちらへ向き直る。

 

「こちらこそ。やっぱり流石だな、全然敵わないや」

 

「いやマジで強かったわ」

 

「せめて一矢報いたかったな」

 

 学園でも見慣れた同級生の三人組が、口々に悔しさを滲ませながらも笑いながら握手を求めてきた。握手を返し、その場を後にして筐体を次の利用者に明け渡す。

 

 愛機を納めたケースを手に、歩きながら思案する。

 

(ダメだ、油断が過ぎる)

 

 勝てはしたが、点数はあげられない戦い方だった。

 

 つい相手一人に意識が向きすぎて、注意力が散漫になってしまう。下からのビームマシンガンによる被弾こそ愛機の堅牢さでダメージはあの程度で済んだが、もっとギラ・ズールの完成度が高く別の武器だったらタダでは済まなかっただろう。

 

 一対三という状況を自ら要求しておいて、油断して負けたとなれば無様と言う他になかった。

 

(もっと、ギリギリの状況に慣れて安定して勝てるようにしないと)

 

 ほとんどの場合、ガンプラバトルは公平に対戦相手の頭数を合わせて行われる。一対多数など、余程酔狂な者でない限りまずやらないだろう。

 

 だが、トモヒサにとっては必要なことであった。

 

 思案しながら歩いていると、見慣れた背格好の女子生徒を見付けた。黒髪を独特の結い方で纏めた髪型の、身長こそ低いが妙な存在感を感じさせるその佇まい。

 

「よぉ、ホウカ。来てたんだな」

 

「ん」

 

 幼馴染みのキンジョウ・ホウカだ。

 

「さっきのバトル、見てた」

 

「で、どうだったよ俺の腕は?」

 

 ホウカは三秒ほど考えてから、口を開いた。

 

「……ああいう戦い方は専門外だから、よく分からない。でも、私なら地形を利用してスナイパーを撹乱したり、被弾はしないよう立ち回る。……というか、真っ先に敵の懐に入る」

 

「厳しめの評価、痛み入るぜ……」

 

「あ、でも、サレナだとそういう戦い方は、違うかも」

 

 いつも通りの感情の起伏が少ない喋り方のせいで、割とぐさりと胸に刺さってきた。

 

 その幼さが残る顔から、青い瞳の視線がこちらを見上げてくる。からかっているでも怒っているでもない無表情だが、今の指摘が本気のものだと長年の経験から察しは付いた。

 

 随分昔のことだが、下手な打ち合いをしたせいでホウカに木刀でつつかれたことを思い出す。 

 

「で、どうする?一戦やるか?」

 

 訊ねると、ホウカは首をふるふると横に振った。

 

「やりたかったけど、今日は混んでるから、いい。それより、材料のストックが切れてるの思い出したから補充したい」

 

「お、例のやつか!楽しみだなぁ!」

 

「まだ完成してないし、そんなに期待されると、困る」

 

「珍しくお前が大きな改造したんだ、楽しみにもなるだろ」

 

 と、背後でざわざわとした喧騒が聴こえてくる。振り返って見れば、店長のアルトがバトルシステムのコンソールを弄りながら難しい表情をしているのを見た。

 

「う~ん、ダメだなぁ……」

 

「マジかよ店長、今月でもう何回目?」

 

「10回は起こってるよ。おっかしいな~……修理で見てもらったけど、どれも故障してないみたいなんだ」

 

 先程トモヒサが使っていたバトルシステムがエラーを吐いているようだ。それはトモヒサ自身も何回も見ている。

 

「また不調なんか……新しいの導入した方が良くないか?」

 

 以前同じことをアルトに訊ねたところ、交換したばかりなんだと返された。

 

 人混みの中で立ち話をするわけにもいかないため、二人で商品コーナーへ移動する。各種工具や材料が陳列されている場所で物色を始めた。

 

「お、これ入荷したのか。俺も買っとくか」

 

「トモにぃ、これ」

 

「あ~…これもかぁ。でも今月やばいんだよなぁ……」

 

「立て替える?」

 

「いや結構。幼馴染みにたかるのはやめとく」

 

「……先月の分」

 

「……すまん」

 

 暫し沈黙してから、くすくすと笑いだした。

 そうしていると、ビッグリングの自動ドアが開く。ふとそっちを見ると、マリコが入店してきた。

 

「あれ、シーマ様だ」

 

 声に反応したホウカもそちらに向く。自分たちに気付いたマリコが、にこやかに片手を軽く上げながら近寄ってきた。

 

「二人共一緒だったかい」

 

「何か用すか?わざわざビッグリングに」

 

「あんた達に用がある訳じゃないさ」

 

 ふと、マリコの後ろに誰かが遅れて歩いてきたのを見留めた。自分より数センチは背が低いだろうか(トモヒサは183)、色白で少し長めの黒髪をした同じ制服の男子生徒である。別クラスの同学年で、一年の頃からちらほら見掛けたことがある。

 

 その視線に気付いてか、マリコがにやりと笑う。

 

「せっかくだから紹介しようかね。明日からガンプラ部に入部する予定の、オオゾラ・ユキナリくんだ」

 

 と、紹介された人物のオオゾラ・ユキナリは、余所見をしていた目線をこちらとホウカへ向けた。

 

(ん……?)

 

 その目線が、一瞬鋭くなったと感じる。しかし直後には柔らかくなり(それでも切れ長のため鋭くはあるが)、特に気にはならなくなった。

 気のせいだと思い、声をかける。

 

「俺はカトー・トモヒサ、一応ガンプラ部の部長をやってる二年だ。話したことはなかったよな、これからよろしく。隣にいるのは一年のキンジョウ・ホウカだ」

 

「……よろしく。オオゾラ・ユキナリだ」

 

 控えめだが、はっきりとした声音だ。

 

「前々から部室のガンプラを見てるの知ってたからさ。どうせなら入っちまえばいいのにと思ってたから、さっき偶然見掛けて勧誘してみたんだ。仲良くしてやってくれ」

 

「シーマ艦隊に勧誘されるとは、ツいてなかったな」

 

「ぶつよ」

 

 マリコはトモヒサの軽口にいつものように返す。

 へらへらと笑いながら、ふと視線を横に向けた。

 

「ん?どうしたホウカ」

 

 そして、隣にいるはずのホウカが何も言葉を発しないことに気付き、その顔を見遣る。

 

(──っ)

 

 表情が、険しかった。

 この表情は見たことがある。瞬間的に記憶が蘇り、小学生の頃に師の元で稽古を始めた当時。紙の刀で初めての立ち合いをした時、今のような表情をこちらに向けていた。

 

 背筋が冷えるとは、今思えばあの感覚なのかもしれない。

 

 数週間ほど経過した後には、そういったものを感じさせるような表情はしなくなった。あれは気のせいか夢だったのだと思うようになっていたが、今また、その感覚を自分は覚えている。

 

 そして、その視線がオオゾラ・ユキナリに注がれていた。

 

「──お、おい、ホウカ」

 

 師が、彼女がそういう態度や表情をした時は話しかけてあげてほしいと言っていたことを思い出し、咄嗟にその肩に触れて声をかけた。

 

 するとホウカは、半秒置いてこちらに振り向く。その顔には、先程の険しさは嘘のように失せていた。

 

「何?」

 

 幼さの残る顔をこちらに向け、無表情ではあるが訝しむ様子を見せる。

 

 内心でほっとし、今のは気のせいか何かだと思うことにした。

 

「いや、肩に埃が付いてたからさ」

 

「?ありがとう?」

 

 殊更に訝しげに首を傾げるホウカ。小さくふぅ、と息を吐いてマリコとユキナリの方に向き直る。

 すると、一瞬──本当に一瞬だが──ユキナリの視線がホウカに注がれていたような、そしてその目が先程以上に鋭かったような気がした。

 

「あの──」

 

「さぁさ、二人の邪魔はこれ以上しないでおこうかね。ごゆっくりどうぞ、私はユキナリくんとガンプラを物色でもするからさ」

 

「何言ってるのか分かんないすけど、よろしくお願いします」

 

 マリコが笑いながら「じゃ」と言い残し、ユキナリを連れて人混みを器用に掻き分けていった。

 

(まぁ、いいか)

 

 やっぱり気のせいだろう。

 二人の目付きが似ていただけで、自分の考えすぎだ。第一、どんな意図があると言うのだ。ユキナリがホウカに手を出そうとでも言うのか。それならば、ホウカのことも疑って然るべきだろうが、それはもっと有り得ない。

 

 他人の生まれついた外見的特徴に、何故自分は要らぬ疑念を抱いているのだろうか。しかも初対面相手に失礼極まりない。

 

 やはり、気のせいに違いない。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

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