ガンダムビルドファイターズF-X   作:滝つぼキリコ

2 / 5
弌話、下──『秋水と咲く』

 

 

 

 

 

 ビッグリングを出ると、空には茜色が滲んできていた。

 

 トモヒサが「用事がある」と言って姿を消してから、ホウカは数戦のガンプラバトルに見入った。夢中になっており、時間の感覚は置き去りにしていた。

 

 気付けば、陽は大きく傾き、街には肌寒さが忍び寄っている。

 

「ふぅ……」

 

 ホウカは少し身震いし、鞄を持ち直して歩き出す。店外では、数グループの学生たちが(たむろ)していた。バトルの感想や反省、機体の調整案など、そんな話題が飛び交っていた。

 

 トモヒサが一緒にいれば、同じような内容を話しながら帰宅の途についたのに──などと、少しだけ拗ねた思いを抱きながら、この場にいない者の愚痴を心中で溢す。

 

 学園からの帰路。家並みは次第に年季を帯びたものに変わり、辺りの人影もまばらになる。古い石塀、夕焼けに染まった瓦屋根。織羽(おりば)の暮らしが、穏やかに過ぎ行く。

 

 しばらく歩くとついに一人きりになり、空の茜はより深く、陽は山の稜線へと沈みかけていた。

 

(帰ったら、昨日の作業の続きと、プラ板の寸法合わせ、それから……さぶ……その前にお風呂……)

 

 思考の断片が、冷たい風に掻き乱される。

 高鳴る蝉の声はもう聞こえず、代わりに電線に留まる雀たちが、秋の冷気を確かめるように羽を膨らませていた。

 

 ホウカは家路を辿っている。

 だが、なぜだろうか──今日は、いつも通る道の前で、ふと足が止まった。制服の下の胸元に下がるペンダントが、ころんと小さく震えた気がした。

 

(……風が、変わった)

 

 そう思った瞬間、何かが遠くで微かに鳴いた気がした。

 鐘の音とも、刃が擦れ合う音ともつかないそれは、耳ではなく皮膚の下に届く。

 

 意識せず歩き出していた。

 足が、風の流れに逆らわず導かれるように動く。

 

 住宅街の外れにある、草むした空き地。錆びたトタンの塀が囲うその中に、古びた倉庫があった。

 ホウカは無意識のうちに、重い引き戸を開ける。

 

 ぎい、という音が、耳障りな音を立てる。

 夕陽の赤と倉庫の影が交錯する中、そこにあった──

 それは、青白い光を放つバトルシステムだった。

 

 起動したままのバトルシステム。使い込まれた筐体だが、傷はあれど埃は被っていないため、今も頻繁に使用されていることが分かる。

 

「……誰も、いないのに……?」

 

 静かだった。

 埃を含んだ空気の向こうで、静かに唸るばかりのバトルシステムに、何か鼓動のようなものを感じる。

 まるで、生き物であるかのように。

 

 ホウカの足が、ふらりと前に出る。

 

 胸が僅かに高鳴った。

 何者かの意志を感じる。誰かが、ここに「来い」と言った気がした。

 

「──ッ……!」

 

 瞬間、鋭い耳鳴りのような感覚が脳を突き抜けた。

 咄嗟に頭を抑えた直後、

 

『GUNPLA BATTLE. Combat mode, start up』

 

 聞き慣れたはずの電子音声が、背筋を凍らせる。思わず型らしい型もなく身構えた。

 

 システムが、何も操作していないにも関わらず、唐突にガンプラバトルを始めようとしていた。

 

「これ、は……?」

 

 混乱と同時に、奇妙な高揚が込み上げる。

 しかしホウカは、抗い難い情動に駆られていた。 

 その不可解さをホウカは感じることなく(・・・・・・・)、無意識にバトルシステムの前に立つ。

 

「すぅ──」

 

 呼吸を整え、ブラウスの内側から毎日首に提げているものを取り出した。

 青い宝石のようなものが嵌め込まれたペンダント。光を反射して微かに煌めくそれを握ると、不思議と心が整っていく。

 

『Mode damage level, set to "A". Please, set your GPbase』

 

 システムは機械的に、淡々と聞き慣れた音声を再生していた。

 ペンダントから手を離し、鞄からGPベースを取り出してセッティングする。

 

『Beginning, "PLAVSKY PARTICLE" dispersal』

 

 こちらの対応にシステムが反応し、次の段階へ移行した。  

 液晶にライトブルーの文字が表示され、フィールドへプラフスキー粒子が散布される。

 

『Field 3, "FOREST"』

 

 粒子がシステムの指示を受けて変容し、森林地帯を形成した。 

 そして、青く輝くヘックス型の盤面に向かうホウカの周囲を、全天周型のホログラムコンソールが取り囲む。

 

『Please, set your GUNPLA』

 

 続いて、電子音声がガンプラの用意を促した。

 ホウカはそれに従い、鞄から今日作ったばかりの白青のガンプラ――アデルを取り出し、GPベースの接続されているユニット台に置く。

 

 プラフスキー粒子がガンプラへ浸透し、アデルが顔を上げて青いバイザーの奥にあるツインアイを輝かせる。

 そして、馴染み深いカタパルトデッキが現れる。

 

 対面ではどうなっているのか、プラフスキー粒子の光に遮られて見えなかった。グリップ式コントローラを握り込むと、機体が僅かに動いたのを感じ、コンソール全体にも震動が伝わる。

 

(何だろう、これ)

 

 いつものとは違う臨場感に戸惑いつつ、アデルの手元を見る。白い装甲が見え、左腕はシールドを装備し、右手はドッズライフルを握っていた。授業で組み立てた時の処理の痕跡もはっきりと確認できる。

 

 そして前を向くのと同時、

 

『BATTLE START!』

 

 開戦を音声が告げた。

 

「──キンジョウ・ホウカ、アデル。行きます」

 

 反射的と言える名乗りを上げる。

 

 カタパルトが滑走し、アデルを勢いよく射出した。加速によりGがかかったように、体が圧される感覚がある。

 

 全天周モニターの映像が空に変わり、眼下には広大な森林地帯が広がった。

 アデルをそのまま開いた場所に着地させ、周囲の様子を窺う。夜風に森の木々がさざめき、葉擦れの音が爽やかに鳴る。しかしその森に生命の息吹は感じられず、森の形をプラフスキー粒子が再現しているに過ぎない。

 

「……っ!」

 

 地鳴りと同時に木の軋む音が前方から聞こえ、その方向を注視する。

 

 森の木々を掻き分け、細い紫色の機影が現れる。一本角のようなアンテナがある丸みを帯びた頭部のセンサーアイが、緑色に光って独特の機械音を鳴らした。

 

 ドラドだった。

 

「来た」

 

 直後、ドラドが掌部のビームバルカンを撃ちながら突進してきた。

 

 慌ててシールドを構えさせて身を守り、ドッズライフルで応戦する。ドラドはそれを難なく避け、尚も迫ってきた。我ながらノーコンに内心で呆れつつ、グリップを倒してアデルを前に出す。

 

「なら……!」

 

 ドッズライフルを腰裏へマウントし、右サイドアーマーからサーベルの柄を抜いた。

 

(まず"疾風"で計る……!)

 

 互いに接近の瞬間、淡い桃色のビーム刃が下へと伸びる。散らした粒子の蛍火が、残光のように後方へ置き去りにされる。

 

「──ッシ!」

 

 ホウカの唇から吃音(きつおん)が漏れると同時、右下からビームサーベルを水平寄りの逆袈裟に切り払った。

 

 が、

 

「っ!?」

 

 ドラドは光波推進で急制動をかけてそれを避け、アラート音とほぼ同時に黄色い光軸が別方向から襲った。

 

 咄嗟にシールドを前に出し、それを受ける。

 

「ぐっ…!?」

 

 アデルのシールドは先程のダメージもあってか呆気なく破壊され、盾の役割を一瞬で終えた。爆発を跳ね退いて避ける。

 

(──脆いし、遅い)

 

 自ら組み立てたアデルを評する。

 あくまで授業で作ったに過ぎず、トップコートも施していない素組みの状態では、この程度の性能なのは無理からぬことだった。

 

 一先(ひとま)ずその思考は飲み込み、ドラド達を見る。

 

「三機いたなんて」

 

 先程のドラドの隣に、もう一機のドラドが立っていた。姿は見えないが、別方向からの射撃を加えての三機。

 

(あれは尾部のビームライフル。どこ?)

 

 NPCのシステム再現されたガンプラなら大方の力量の察しはつくが、先の擦過(さっか)で分かった。

 

 熟練に過ぎるのだ。

 

 今の切り払いを寸で避け、その間隙を縫うような援護射撃。素晴らしい反応と連携だと、誇るでも傲るでもなく思った。

 

 経験から体感として理解できる、もう二機のドラドもガンプラだ。

  

「──ッ!」

 

 やおら、二体のドラドが脚を踏み出した。

 

 ドン!と駆け出し、地響きすら足元に感じる。アデルに半身を取らせ、ビームサーベルの切っ先を目線の高さに合わせた。

 

 瞬く間にドラドは急接近し、一体目が獣のように異形の手を開く。掴みかかるように飛び掛かり、掌部から黄光の粒子刃が迸った。

 それを肘から先、手首のスナップのみでビームサーベルを振って弾いていなす。

 

(そこ──!)

 

 そして間髪入れず、ビームサーベルを左に傾けて切り払、

 

「──っ」

 

 う瞬間に、明らかなレスポンスの遅延を覚える。その刹那的な隙に、ビームサーベルを弾かれて体勢を崩したドラドが光波推進で左へ身を(よじ)った。

 

 払ったビームサーベルは狙いの胴体には届かず、ドラドの左腕を斬る。切断された左腕が宙を飛ぶ中、そのまま続けざまに来る二体目のドラドを狙った。

 

(外した──まだ!)

 

 姿勢を低くし、グリップを握る右手を脇に引いて右肘を伸ばして、切り上げる構えに転じる。

 

 二体目のドラドも、飛び掛かりつつビームサーベルを突き出してきた。

 サーベルを切り上げるのと同時、左腕を失った一体目のドラドが地に足をつけるのを横目で一瞬見る。右腰のサーベルを取り、粒子刃を発生させて投擲した。

 

「──ちっ」

 

 舌を打った。

 切り上げたサーベルは避けられ、投擲した方は一体目のドラドに残った左手のサーベルで弾かれる。

 

 こちらの反応にアデルが着いてこない。

 油断ではない──していたかもしれない──が、生まれた隙を相手は見逃さず、目の前でサーベルを避けたドラドが反対の掌からビームバルカンをばら撒く。

 

 すぐに後退しようとしたが、やはりレスポンスが遅れた。

 

「あ、くっ……!?」

 

 避けきれず、アデルの全身にビームバルカンの痕が刻まれていく。

 

 そこへ、アラート音。

 

 無数の小さな弾丸に体勢を崩した隙を、遠方からの太い光軸が狙った。

 回避が間に合わず、それがアデルの胴体に直撃する。

 

「ぐ、あぁっ!?」

 

 機体が吹き飛び、全天周モニターがぐるんと回って天を仰いだ。衝撃がコントローラを伝うだけでなく、全身にも同じ衝撃が走る。

 

 アデルが地面を滑り、ホログラムコンソールの全体が激しく揺れた。

 

 二機のドラドによるビームバルカンの追撃を食らい、アデルが爆発する。その衝撃がホウカの体に伝わり、コントロールグリップを強く握って凄まじい振動に耐えた。

 

 振動が終わるのと同時に、全天周モニターが暗転する。

 

「負けた、の──」

 

 突然、眼前にポップアップメッセージが現れた。

 

「────え?」

 

《GUNPLA Lose》

《Please, set your next GUNPLA》

 

 次のガンプラを置いてください、ということだろうが、一体──

 

「まさか……」

 

 確かにもう一つ、ガンプラを持っている。GPベースに設定を書きかけのままの、ガンプラを。

 三尺の秋水(しゅうすい)、その願いを込めた未完成のガンプラ。

 

 しかし、バトルシステムがそれを認識しているはずはないのだが、今のホウカには慮外のことだった。

 

 考えていることは、只一つ。

 暫時、瞑目。

 

「……やってみる」

 

 瞼を開き、鞄の中からガンプラケースを取り出して開封する。

 

 未完成のガンプラを取り出し、コンソールの上に置くと『NO NAME』と表示され、プラフスキー粒子がガンプラに充填されていく。全天周モニターが表示されていき、暗転していたホログラムコンソールも青く光り始め、各種パラメータが映し出されていく。

 それらを流し見、不具合はないことを確認してコントロールグリップを握り込む。

 

「大丈夫──やれる」

 

 己と、新たな相棒への決意の言葉を口にする。コンソール画面を再確認し、視界も確認した。

 

 左手のグリップを押し込む。

 

「さぁ──翔べ、ガンダム……!」

 

 コンソールが震動し、機体が唸りを上げてカタパルトを滑走した。

 夜空に飛び出し、敵陣の只中へ落下する。

 

 二本のしなやかかつ力強い脚で着地し、開いていた背部のバインダーが下がる。自重で沈んだ体を起こし、鉢金のように配置された青い額装甲の下で、エメラルドグリーンの相貌が輝いた。

 

(うん──)

 

 愛機となるガンプラの鼓動のような震動がグリップから伝わり、確かな繋がりを感じる。

 それを合図と見てか、二機のドラドが走り出した。

 

「──ッ!」

 

 即座にグリップのボタンを操作し、ビームソードを選択した。背部にアームを介して接続される右側のエンジン部から、ソードの柄が競りだす。

 それを引き抜き、淡紅(たんこう)の粒子が発振部から迸る。粒子変容により通常のサーベル形状ではなく、日本刀の刀身のような形状へ固定されていた。

 

 柄を両手で握り、左脇に構える。

 武器は、これしかない。

 

「よし」

 

 否、これでいい。

 

 背部の二基のエンジンが唸る。

 プラフスキー粒子が機体を流れ、四肢にエネルギーを充填させた。

 

(鳥ノ太刀──)

 

 道場で飽くことなく鍛練を重ね、心身に染み込ませた技術。

 

 習熟した"花鳥風月"をガンプラで使うとしたら、と試行錯誤したものを実践する。

 

 脚を踏み出すと同時、バインダーが青い燐光を散らした。

 

(──"隼"っ!)

 

 そして、弾丸の如く飛び出す。

 

 一瞬の内に隻腕のドラドの前に躍り出、素体に選んだダブルオーガンダムの可動性をもって深く腰を落とす。

 左脇に構えたビームソードを、踏み込んだ両足と上半身の捻りで切り上げた。

 

「ふっ──!」

 

 短く、一呼吸。

 後に、ドラドの首が飛ぶ。

  

 それで終わらず、低姿勢のまま突きの構えに移行。

 瞬時に溜めこんだ膂力ごと、ビームソードを突き出す。

 

(──"翡翠(かわせみ)")

 

 切先は寸分違わずドラドの胸部を穿ち、貫通したビーム刃が背中から飛び出た。

 まさに、サイド7でのガンダムとザクの構図であった。

 

「一つ」

 

 相手が(たお)れるのを確認せず、ソードを引き抜いて重心を左に傾ける。低姿勢のまま左足を軸に上半身を半回転させ、右手の掌底を突き出した。

 それが硬質の物体にぶつかるのと同時、姿勢を低くしていた為に外れたビームサーベルの軌跡が頭上を通り過ぎる。後方に迫っていたもう一機のドラドのものだ。

 

("熊鷹")

 

 勢いを乗せた掌底によってドラドが倒れ込む寸前、"熊鷹"の一連の所作を仕掛けようとしたが、アラート音とほぼ同時に反応した。

 

「ッ!!」

 

 三機目のドラドの狙撃だ。

 狼狽えずに回した体をさらに90度、その方角へ向かって低姿勢から起き上がり、ビームソードを大上段に構えた。

 

 直後に閃光が迸る。

 

 それを、

 

「──やァッ!!」

 

 斬る。

 

 真正面から。

 

 ビームライフルの黄色の光軸が二方向に弾け、周囲の木々の葉を焼き、地面を焦がす。

 

 間髪入れず、軸である左足に膂力を込める。体勢を崩していたドラドが持ち直し、光波推進で高い位置を浮遊しながらこちらへ掌を開いた。黄色い光が灯るのを見る。

 

 ビームソードの柄を再び両手で握り、左脇の位置に構えた。背部のエンジンが唸り、再びプラフスキー粒子が機体を駆け巡る。

 

(──間合いだ)

 

 背部のバインダーが青い粒子を噴くのと同時、機体が跳び上がるのと共に一息に斬り上げる。

 

("隼")

 

 斬る(・・)ことのみに特化した、機体性能。

 

「──ィヤッ!」

 

 気勢、一閃。

 

 高速の剣閃が、ドラドの体を逆袈裟に(はし)った。

 

 跳んだ機影がドラドを過ぎ去る。紫の装甲に亀裂が奔り、電磁装甲を無視してその断面を融解させた。

 

 短距離の疾駆の後、ビームソードの切っ先を地面スレスレまで下ろすように前屈みに着地する。

 

「二つ」

 

 ソードの柄を回転させ、左拳でそれを叩いて血振りをした。血の代わりに薄紅の粒子が散る。

 単なるルーティーンの動作を、無意識にイメージしたに過ぎない。しかしホウカからは見えないが、同様の動作をゼラニウムもしていた。

 ホウカはそれに気付くことはなく、バインダーを噴射させてその場を離れる。

 

 首と右腕がなく、膝をついて骸と化した一機と、中空で爆発する一機を見届けつつ、森林の上へ出る。

 

(あと一機は──)

 

 と、探し始めるのと同時に、攻撃を報せるアラート音が鳴り響いた。

 ビームライフルの射撃。潜んでいた三機目のドラドが放った物である。

 

 機体を空中で翻し、それを躱す。攻撃の主を森の中に流れる川辺に捉えると、尾部から伸びた長い得物を肩に担いでいるのを確認する。

 完全にその射程に収まっていた。

 

「させない!」

 

 狙撃の光軸が放たれる直前、咄嗟に握るビームソードを投擲した。一直線に飛ぶそれはドラドの顔面に突き刺さり、上半身が大きく仰け反る。

 

 貫通した切っ先が背後の川岸を穿ち、ビーム刃が水を沸騰させて水蒸気を上げた。百舌鳥(もず)の速贄のようにドラドを岸に縫い付ける。

 

 エンジンの唸りと共に粒子の光を夜空に引き、一直線に驀進する。

 

 着地と同時、ドラドの顔面に刺さるビームソードを引き抜き、ビームライフルの先端を切り落とす。

 

 ふらつきつつビームライフルから手を離したドラドが、掌を開いてビームサーベルを出そうとした。

 

 しかし、何もかもが遅すぎる。

 

(鳥ノ太刀──)

 

 背部のエンジンから何度目かの粒子供給を受け、ガンダムの四肢に凄まじい膂力が溜まる。

 

 ソードを右脇に構え、足を踏み込む。

 さらに、背部バインダーの加速。

 

 見据えるは、細長いセンサーアイ。

 

(──"隼"っ!)

 

 断つは、胴。

 

 

 

 

「──ッだ!!!」

 

 

 

 

 裂帛。

 

 一撃必倒、逆袈裟。

 

 極限まで引き絞られた膂力でもって、白い機体が虚空を震わせて駆け抜けた。

 刹那の後、切り捨てられたドラドは、既に背後。

 二機目を獲った時よりビーム刃を、深く。

 ほぼ密着する形で斬った。

 

 一切の抵抗なく、その身が斜めに分かたれる。

 

 刃を構える間も与えられず、斜めに溶断された紫の機体。両腕を垂らしたまま、ズレるように水の中に崩れ落ちた。

 

 セルリアンブルーの燐光を軌跡に残し、川底を滑走する足裏が水飛沫を上げる。

 

 停止し、残身。

 

「三つ」

 

 そして爆発、炎上。

 ドラドの残骸が、夜気を焦がすように炎を噴き上げた。

 

 血振りをし、淡紅の蛍火が散る。

 粒子刃を消失させ、右のエンジン部へ納めた。

 

 ゆらめく炎を背に、水に濡れた白い機体が立ち上がる。

 

 しなやかで、綺麗で。

 然りとて(つよ)く、鋭い。

 

「──すぅ……はぁ」

 

 ガンダムゼラニウム。

 それが、このガンプラの名前。

 

 その機体の鉢金のような額の下、碧に輝く双眸が覗く。

 それは、どこか感情の機微を湛えるように光が揺蕩(たゆた)っていた。

 

 

 

「──っ!?」

 

 

 

 不意に、焼けつくような頭の疼きが走る。

 ゆらめく炎を振り返ろうとした瞬間、ホウカは目を閉じた。

 

 眩暈のような何か。

 フラッシュが焚かれるような光。

 音のない、雷鳴。

 

「何っ……」

 

 気付けば、風景は一変していた。

 

 清流は絶え、森林の姿も消え──そこは、一面の草原。

 

 青白い葉の群れは、微細なセルリアンブルーの輝きを放ち、波のように揺らめいている。

 

 見れば、周囲にホログラムコンソールがない。映像に映る景色ではなく、まるで自分がこの場所に立っているように思えた。

 

 ホウカはぼんやりとした目で見回すと、ふと揺れる何かが映った。

 

 靄。

 もしくは、蜃気楼。

 いや、白く揺らめく人の影。

 

 それははっきりと、こちらに向いた。

 

「あなた、は……」

 

 ホウカが言葉を発した刹那、声が届く。

 耳ではなく、心に直接囁くように。

 

 

 

「 ──ホウカ。あなたは、私の── 」

 

 

 

 掠れる声。

 伝えきれなかった言葉の残滓が、空気の中に消えてゆく。 

 人影は、ゆらりと揺れて、羽ばたくように広がる。

 

 鳥だ。

 

 白い羽根が、滑るように輪郭を変えていく。

 

 舞い上がり、眩い蒼光の中へ飛翔した。

 

 

 

 そして、ホウカの意識は遠退いていった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 トモヒサがそこに辿り着いたとき、空はすでに茜の色を飲み、宵闇が訪れていた。

 

「……ここか?」

 

 プラフスキー粒子の異常波形を検知し、自分が緊急出動したのだった。タイミングの悪いことに、ライセンスを所持する二人が出払っている最中である。

 あくまで嘱託員だが、この場で動けるのが自分しかいなかった。

 

 手元のプラフスキー粒子を検知するデバイスを確認しつつ、それに従って歩を進める。

 くたびれた住宅の隙間から、古びた倉庫のが見えてきた。

 

 引き戸は、僅かに開いている。

 手で押し広げると、倉庫の中は青白い光に照らされていた。バトルシステムの光だ。

 

「……なんだ、これ……」

 

 覗くと、我が目を疑う。

 

「──ホウカ!?」

 

 ホウカがいた。

 バトルシステムの前で横たわる、幼馴染みが。

 

 咄嗟にしゃがみ込む。細いが力強さを感じる体を起こすと、しっかりとした温もりを感じる。

 口元に手を翳すと、すぅすぅと呼吸をしているのが分かった。

 

「は……はぁ~~~~よかっ……たぁ……」

 

 心底から安心し、疲労もあってか体から力が抜けていく。が、気を引き締め直した。

 

「い、いやいや、どういうことだよ!おい、ホウカ」

 

 肩を軽く揺すると、その呆気あどけなさの残る寝顔が歪む。「う、うーん」と寝言は出たが、起きる様子はなかった。

  

 ふと、制服の胸元に光るものが見える。出会った頃から、ホウカがいつも身に付けているペンダントが目に入った。

 どうしたものかと思い、とりあえずスマホで連絡を取ることにする。

 

 

 

 ホウカの胸元。

 ペンダントに嵌められた青い水晶が、蛍火のようにじんわりと輝いた。

 

 

 

 

 

弌話──『秋水と咲く』 終

 

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 ガンプラは戦う。想いを乗せて。

 

 機竜を両断したあの瞬間──

 少女は、何かを見た。

 

 

 現実か幻か。

 粒子の向こうに現れた、月夜の花園。

 

 白き人影は、何を語りかけてきたのか。

 

 

「プラフスキー粒子は、ただの物理現象に過ぎないハズなんだけどね」

 

 

 刻まれる異常。

 

 その渦中にいるキンジョウ・ホウカ。

 そして彼女のガンプラ──ガンダムゼラニウム。

 

 水面下の渦の兆しが、静かに始まる。

 

 

 一方、(にわか)に大会の熱量が増す栄志学園。

 ホウカらもまた、戦いに向けて浮き足立つ。

 

 

 次回──『誰そ彼(たそがれ)

 

 

 

 斬り(ひら)くは、我に在り。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

登場ガンプラ

 

・RFX-GN03 ガンダムゼラニウム

キンジョウ・ホウカのガンプラ。

ダブルオーガンダムをベースとし、GP03Sステイメンの意匠を加えてインファイトの近接戦闘に特化したカスタムが施されている。

ステイメンの特徴的なテールバインダーを、背面の粒子制御とスラスターを兼ねたエンジンユニットに移植。シルエットは鳥のようである。

未完成であるが、ビームソードを2本装備。想定では用途の異なるビームサーベル、実体剣、ビームライフルによって対応力を増す予定である。

型式番号のGNにはダブルオー系列の意味と「Geranium」の略を含む。

 

・RX-GP02b GP02サレナ

カトー・トモヒサのガンプラ。

光に偏向するブルーブラックに塗装される。スタイルの調整、関節強度とその可動域などガンプラバトルへの最適化の加工がされている。

武装は左側のみ装備されたMLRSと、右側に折り畳み式で懸架されるビームバズーカ。また、汎用的なビームライフルも装備。近接戦闘にはサイサリス由来のビームサーベルを使用。

 

・RGE-G1100S アデル(ディーヴァカラー)

ホウカが授業で組み立てたガンプラ。

劇中の印象的な活躍に加え、色が好みという理由。

 

・ovm-e ドラド

 

謎のガンプラ。現時点での詳細は不明。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。