ガンダムビルドファイターズF-X   作:滝つぼキリコ

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弐話、上──『誰そ彼』

 

 

 

 

 

 深い森の中に、不自然なほど開けた空間がある。

 

 その中心に在るのは、樹齢も推し測れないほど立派に聳える大楠(おおくす)。伸びた枝は空間を覆い、天蓋の如く空を隠す。

 

 太くうねり波打つ、巌の如き大楠の樹皮には注連縄(しめなわ)が巻かれ、大きく口を開けたうろ(・・)には小さな祠が納められていた。

 

 陽が落ち、薄い月明かりが植物の繁茂(はんも)する地面に落ちて光と影の斑を描く。仲秋にあって最盛期を終えた昆虫たちの姿は消え、そこかしこで新しい季節の生命が息吹を覗かせる。

 

 

 不意に、大楠の根本から青い光が滲んだ。

 

 

 その光は、樹皮の切れ間から幾筋も見え、地面へ染み出すように流れていく。暫く経ち、やがてそれは蛍火が明滅するように消えていった。

 

 その後には、何事もなかったかのように元の森の夜景を見せる。

 

 しん、と静まる森は、それが太古から不変であることを示すかのように、極自然の様相として在る。

 

 

 

 存在するものを、秘匿しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 弐話──誰そ彼(たそがれ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 カトー・トモヒサは玄関の前にやっとの思いで辿り着き、インターホンのボタンを押す。スピーカーから、小さい頃は毎日のように聴いていた人物の声がした。

 

『どちら様ですか?』

 

「トモヒサです、夜分にすみません。あの──」

 

『トモくん?久しぶり!待ってて、すぐ開けるから』

 

 と、声の主は上機嫌な様子でこちらの言葉を遮った。家の中からパタパタとスリッパの足音が聞こえ、玄関のドアが開く。

 

「トモくんいらっしゃい。でもごめんね、あの子ったらまだ帰って……」

 

 ドアを開けながら、黒髪をシニヨンに纏めた女性が出てくる。そして自分を見てから目を丸くした。

 

「あぁあの、ユウカさん!ホウカは大丈夫です、ただ寝てるだけです!ほら」

 

 慌てて背負う少女──キンジョウ・ホウカの無事を伝える。体を斜めにし、すぅすぅ寝息を立てている様子を見せる。

 

 それを見て、ホウカの母キンジョウ・ユウカは、ホッとしたような呆れたような表情をした。

 

「あらどうしたのこの子、幼稚園児じゃあるまいし」

 

「あー、えー……そ、そう!古武術会で張り切りすぎたみたいで、帰ってる途中で眠気に勝てなかったみたいなんですよ。起こすのも可哀想だったんで、まぁ、おぶって来たって次第で」

 

「そうなの?迷惑かけたね。長い距離重かったでしょ?ほら」

 

 そう言って、ユウカが奥へ手招きする。玄関を通り、上がり框に座って学生鞄を置いてホウカを座らせるように下ろした。背中から温もり(と柔らかい感触)が離れ、肉体(と精神)の修行が終わる。

 

 ふぅ……と、色んな意味で安堵した。

 

「ホウカ、起きなさい。こんなところで寝たら風邪引くよ。もう……連絡も寄越さないで」

 

「んん……」

 

 ユウカがホウカの肩を揺すったり頬を引っ張ったりしたが、微妙な反応を帰すだけで眠りから覚めた様子ではない。

 

「ホウカったら、トモくんの背中に安心したのかな?」

 

「安心って、何でですか」

 

「だってホウカ、小さい頃からトモくんの後ろをトコトコ着いてったじゃない?」

 

「そうでしたっけ?俺はいつも負けっぱなしで、逆に俺が後ろ歩いてた感じっすよ?」

 

「ふ~ん?まぁ、それもいいんじゃない?」

 

 何故か、ユウカが自分を見ながら含みがありそうに微笑んだ。

 ホウカによく似た顔立ちと、二十代にしか見えない外見で姉妹に間違えられることもままあったのを思い出す。トモヒサが小学生の頃からそうだったが、今もきっとそうなのだろう。

 

 なんだか居心地の悪さを覚え、帰ろうと立ち上がる。

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

「帰っちゃうの?久しぶりなんだし、夕御飯食べていってよ。もう少ししたらタカトさんもお店から戻ってくる頃だし」

 

「いや、俺は……」

 

 一方的な事情でキンジョウ家との交流を控えていた負い目から、気持ちが逃げていく。

 

「もう遅い時間ですし、本当に今日は」

 

「そう?じゃあ、また顔を見せに来てね。タカトさんも会いたがってるし」

 

「はい、その時は」

 

 そう言ってから、会釈をして玄関のドアを閉じて外に出た。

 

 

 

 

 

 

 ホウカを倉庫の中で見付け、先輩達に連絡した一時間前のこと。

  

 駆け付けてきた大きめのバンの後部座席にホウカを座らせ、その場で検査を始める。

 

 強化人間が被らされていそうなヘルメット(安全)をホウカに被せ、ノートPCでデータを取っていた。

 

「エニワさん、どうですか?」

 

「うん、問題ない。眠ってるのは極度の疲労ってとこだな」

 

 褐色の肌に白髪の男性──エニワ・シロウがホウカからヘルメットを外し、検査結果を言う。

 

「例の対象絡みではないんですね?」

 

「それはぶっちゃけ何とも、だな。ここでできる検査はこれが限界だが、少なくとも脳に異常はない」

 

「そうですか……」

 

 ほっとし、脱力してよろめいた。

 

「おいおい大丈夫か?」

 

「は、はい、大丈夫です。安心したら力が抜けて」

 

「悪かったな、トモヒサ。そろそろ到着する時だったとはいえ、まさか俺達が本部の召集に出てたタイミングとは思わなかった」

 

「大丈夫ですよ、俺が対応できましたし。まぁ、手遅れでしたが……」

 

 タイミングの悪いことに、二人が留守にしている最中であった。それで緊急に嘱託員のトモヒサが確認に当たり、到着次第現場を引き渡す予定となっていた。

 

 プラフスキー粒子の異常波が観測された地点と、ホウカが倒れていた場所。偶然にしては不可解な一致。

 現状で得られる情報からでは何も分からなかった。

 

 とりあえず、ホウカが目覚めてから本人から証言を取らないことには先へ進めないようだ。

 

(どうしてこんなことに……)

 

 自分が早急に発見できなかったことで無関係の一般人、それに寄りにも寄ってホウカを巻き込んでしまった己の不甲斐なさを覚え、奥歯を噛み締めた。

 

「くそっ……どうして……」

 

「落ち着けって。お前がしっかりしなくてどうすんだ?」

 

 悔しさから声を上げると、シロウはモニターから顔を逸らしておどけて笑って見せた。そうするとウルフ・エニアクルそのものである。

 

「よぉ、戻ったぜ」

 

 後ろから女性の声。

 振り返ると、金髪の女性が歩いてくるのを見る。ダメージジーンズにフライトジャケットという出で立ちである。

 

 周辺の調査に向かったオトサキ・ライカだ。

 両手を上げて肩をすくませ、首を左右に振る。

 

「案の定、痕跡はなーンもねぇ。ただ、バトルログは残ってたぜ。間違いなくそこの眠り姫がバトってた」

 

「ガンプラは?」

 

 シロウの声に、ライカは脇に抱えるケースを開けて見せた。丁寧にスポンジに納められた白いガンプラと残骸が入っている。

 

「カスタムガンプラとアデルの残骸、そンでHGのドラドが三体。どれも木っ端微塵になってやがるが、パーツの傷から見てほとんど一撃で仕留められてらぁ。しかもそれをやったカスタムガンプラは無傷。どう戦やぁこうなるンだか」

 

「トモヒサ、これらのガンプラに見覚えは?」

 

「はい……白いのとアデルは、ホウカのだと思います。前に改造途中の状態を見たことありますが、ダブルオーを素体にステイメンのパーツをどう組み込むかを悩んでました。アデルは、今日授業で作ったものです」

 

「あン?これをそこの眠り姫が作ったンか?なんつーセンスしてやがンだよ」

 

 未だ寝息を立てながら座るホウカを見て、ライカは不敵な笑みを見せた。そして、視線をトモヒサに戻す。

 

「で、この木っ端微塵のドラドは?」

 

「それは……分かりません」

 

「そうか……明日以降、この近辺で聞き込みをしないとな」

 

 シロウが難しい表情をした。

 はぁ、とライカが溜め息を吐いた後、眠ったままのホウカを見る。

 

「……しかし、ま。よくも一人で。こーんなカワイイ寝顔とチビなナリして、えげつねぇ戦い方すンじゃねぇの……っと、眠り姫がお目覚めのようだぜ」

 

 見れば、ホウカが薄ぼんやりとした顔で三人の顔を見ていた。

 

「ホウカ!目が覚めたか!」

 

「ここ、は……トモにぃ……?それと……」

 

「心配しなくていい。俺達はトモヒサの……仕事仲間ってとこだ」

 

「こいつのセンパイ、な」

 

 ライカが背後から肩に腕を回してきた。口は悪い上に粗暴だが、顔はいいしスタイルも抜群のため凶器である。

 

「は、離れてください……」

 

「ぎっひゃひゃひゃ!」

 

 加えて笑い声が不気味だ。

 

 その様をぼんやり見ていたホウカだが、また目を閉じてうとうとし始める。

 

「そのまま寝かせてやろう。異常はないし、今日のところはこのまま帰って休め、トモヒサも疲れただろ。送ってやる」

 

 そうして、キンジョウ家の近くにバンを路駐させて背負って送り届けたのだ。

 

 自分も近くまで送ってもらい、少し距離のある場所で下ろしてもらう。

 

(どうして、ホウカが……)

 

 歩きつつ、待っていた間にも考えていた同じことを反芻する。いつもなら、ホウカはガンプラ部にしろ古武術会があったにしろ、既に帰宅しているかビッグリングにいるか、道場で稽古をするかだ。

 

 友人とどこかで遊んでいる可能性もあるにはあるが、交遊関係からビッグリング以外に出向くことはあまり想像できない(女子の交遊関係で出向く場所に理解がない)。

 

(プラフスキー粒子の異常波、倒れていたホウカ……)

 

 考えながら自宅への帰路を辿り、他の住宅地とは全く異なる山間いの地域へ入る。谷を流れる川に沿うように建てられた、古めかしい家々が並ぶ場所にトモヒサの自宅はあるのだった。

 

 川のほとりで鳴くスズムシやコロオギ、マツムシの合唱を耳にしつつ、道路の脇にダイレクトに建つ木造の家のドアの前に立つ。

 

 ガラガラガラと、ステレオタイプな昭和の家屋らしい引き戸を開けた。

 

「ただいま、と」

 

 共働きの両親がまだ帰っていないため、誰もいないカトー家へと声を放る。

 

 家の中は暗かったが、無意識でも歩けるため電気は点けずに靴を脱いで上がった。木造の床を進み、階段を登って自室に入る。

 

 そのままボフン、とベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 

「疲れた……」

 

 体が重力の井戸の底に落ちていく。

 

 目を閉じると、直ぐ様睡魔が襲った。

 

 帰宅した両親に起こされるまで、微動だにしなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 寝惚け眼をうっすらと開け、母に手を引かれるままバスルームの脱衣所に取り残された。体が冷えてるみたいだから早く入って、と言われたため、ぼんやりした頭のままブレザーを脱ぐ。

 

「…………」

 

 脱衣所のハンガーにブレザーをかけ、スカートのファスナーを下ろすと床に落ちた。

 

「うーん……」

 

 落ちたスカートを拾い上げ、ハンガーにかける。ネクタイを取り、ブラウスのボタンを外していく中で、段々と頭が明晰になっていった。

 

 ブラウスを脱ごうとしたところで、はたと。

 

 胸の中央に青い鉱石のペンダントが見えた。

 

「──っ!!」

 

 両の目を瞠目(どうもく)する。

 咄嗟に周囲を見回した。そこは、見慣れた自宅のバスルームの脱衣所である。

 

「ここ、家……」

 

 記憶に残る、戦いの様相。

 バトルシステム、三体のドラド。

 そして、アデルとガンダムゼラニウム。

 

「何で……」

 

 理解が追い付かない。一先ず、自宅にいることと母の声が聞こえていたことから、今は安全だと思えた。冷静になろうと、洗面台の鏡を見る。

 

 ボタンを外したブラウスの間から見える青い鉱石が、室内灯を反射してキラリと光った。

 

(ん……落ち着く……)

 

 ペンダントをきゅっと握った。

 そうして、体がぶるっと震える。

 

「さ、寒い……」

 

 脱ぎかけのブラウス一枚と、その下は下着とニーソックスという、水着に着替えるギギ・アンダルシアもかくやという格好。

 

 ペンダントを一瞬見詰め、首から外して洗面台に置く。急いでブラウスとニーソックス、最後に下着を脱いで洗濯籠に放り込む。髪をほどきながらバスルームに逃げ込んだ。

 

 シャワーのハンドルを捻り、暖かいお湯を被る。

 

 お湯が肌を伝って流れ、じんわりと体を温めていく。

 

(あったまる……)

 

 冷えていた体だけでなく、心の中にも温かさと安らぎを与えてくれた。

 

 シャワーを止め、母と共用のクリップで髪をまとめて浴槽に浸かる。

 

「ふぅ……」

 

 全身の力が抜け、肩どころか首まで沈めた。

 そうして、奇妙なくらい疲労が溜まっているのを感じる。古武術会で型を見せたり、打ち合った後でさえここまでの疲労感を覚えたことはなかった。頭痛こそないが、ガンダム作品を夜通し一気見した時のように脳が疲れている。

 

 色々と整理しようとしたが、体と脳が安息を求めていた。

 

(あれ……そういえば、トモにぃにおんぶしてもらった、ような……?)

 

 帰宅できたということは、トモヒサが背負ってくれたのだろう。確かにぼんやりと言葉を交わした気がする。

 

 と、そこまで考えてから、見知らぬ二人がトモヒサといた記憶と、玄関でトモヒサとユウカが会話していたのを思い出した。

 

 ドラドを撃破した直後から先刻までの記憶が曖昧なため、はっきりと思い出せない。

 

(……もう考えるの、やめよう)

 

 また混乱してきた。纏まらない上に不明なことが多すぎる。一旦それらの事柄は考えないことにした。

 

 思考を切り替えるために、思いも寄らぬ初陣を果たした新しい愛機のことを考える。それくらいなら疲れた脳にも負担はないだろう。

 

(ゼラニウム……)

 

 自分の嗜好と腕に馴染むように作った、三尺の秋水の願いを込めたガンダム。

 

 お湯から右手を出し、いつものバトルとは違う一体感を思い起こす。ぐっとその手を握ると、不思議な感覚が僅かに残っている気がした。

 

 その感覚に、惹かれていることを気付かされる。

 

(もう一度──)

 

 そしてホウカは、自分が薄く喜笑していることに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 やや長風呂をしたホウカは、髪を乾かしてブラシを通すなど身支度をしてから、ユウカが用意してくれたブラウスとレギンスを着て居間へ向かった。

 

 椅子に座り、帰宅した父タカトを交えて夕食を共にする。先に食べていていいと連絡を受けていたが、ホウカが遅く帰宅したのと入浴を先にしていたためにタイミングが合ったのだ。

 

 カレーを口に運びつつ、タカトとユウカの会話に耳を傾ける。

 

「デンドロビウムは?」

 

「ああ、バルブが大きいから外に出した。このまま10月の低温に当てよう」

 

「そういえば、秋咲きのコスモスは来月辺りかな?それも準備しなきゃ」

 

「ん~……どうかな、11月じゃないか?」

 

 キンジョウ家は夫婦でガーデンショップ「風花(かざはな)」を経営しており、15年前に新築開店してからのベテランである。織羽(おりば)市で唯一のガーデンショップのため、様々な行事やイベントにも参加している。

 

 まだ今年誕生日を迎えていないホウカと「風花」は同い年だった。

 

「お、そうだホウカ。トモヒサくんがおぶってきてくれたんだって?」

 

 タカトがこちらを向いて訊いてくる。

 

「そう、みたい?」

 

「この子ったら覚えてないんだって」

 

「トモヒサくんが来てたなら引き留めてくれればよかったのに……随分久しぶりじゃないか。僕も会いたかったよ」

 

「また今度遊びに来てくれるって」

 

「ほんとに?じゃあ今作ってるガンプラ、頑張らないとなぁ」

 

 そうタカトは言い、大口でカレーを食べながらにこにこと笑う。主観だとほとんど変わらない外見のタカトは、隣のユウカ共々年齢をしばしば間違えられる。

 

 勿論、いい意味で。

 

「それで、体は大丈夫か?」

 

 タカトが急に真面目な顔で訊いてくる。カレーを嚥下してから答えた。

 

「……ん、何で?」

 

「5歳のときも似たようなことがあっただろ?どうなんだ?」

 

「うーん……別に、何とも」

 

 確かに疲労感はあったし、眠っていたのも事実である。思考は混乱していたが、特別体に異常がある自覚はない。

 

「古武術会もガンプラバトルも張り切るのはいいけど、適度に休むんだぞ。ちょっと疲れが溜まってたんじゃないか?」

 

「また急に眠くなって、トモくんに背負ってもらうんじゃ申し訳ないしねぇ」

 

 ユウカは苦笑いする。

 

(トモにぃ、そう言ったんだ)

 

 辻褄は合わせてくれたらしい。

 

(……10年前、か)

 

 タカトの言葉で思い起こす。

 

 5歳の頃。

 丁度今から10年前、トモヒサたちと共に静岡の『第7回ガンプラバトル選手権世界大会』を現地で観戦したときのこと。自分は記憶が朧気ながら、あのア・バオア・クーが出現したとき気を失ったらしい。

 

 6時間後、気付いたときは東京の病院のベッドにいた。

 

 そのときのことをタカトは思い出し、心配してくれているのだろう。あの日は「風花」が忙しかったため、両親は観戦しなかった。自分が気を失ったと連絡を受けたとき、着の身着のままタクシーで駆け付けてくれたのを覚えている。

 

 こちらの様子に安心したのか、ふぅと息を吐くタカト。

 

「大丈夫そうだな。けど、エイジさんの教えたことを忘れるなよ。自分の力量を見定め、己を制して正しく対せよ、だ」

 

「……受け売り、でしょ」

 

「ハッハハハ!そうだ!」

 

 笑い飛ばし、またカレーを頬張るタカト。

 

 しばらく両親と話したりして食事を終えた、明日の準備などをしていると急激に眠気が襲ってきた。

 

 歯を磨いてパジャマに着替え、椅子に座る。鞄から取り出して学生机に置いていたガンダムゼラニウムを手に取った(鞄を開けた時、『鞄を開けたのは女のオレだから安心しな』とメモ書きが入っていた)。

 

 その姿を眺め、鼓動のような振動を思い出す。

 

 そうすると、あの時の感覚が蘇る。

 どうしても、それが忘れられない。

 一体感と高揚感、それをもう一度──

 

「……え?」

 

 私は、今何を考えた?

 

 一瞬、僅か恐ろしく感じ、かぶりを振る。

 そのままベッドに潜り込み、照明を消す。

 慌ただしく、不可思議な一日が終わる。

 

 落ちるように、意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 栄志学園への通学路を歩く。

 

 その途中──ふと右手に視線を向けると、標高は低いが存在感を放つ守光山(すこうざん)がゆったりとした姿を現していた。

 

 山肌は露をまとった木々に覆われ、遠目にも瑞々しい。朝日を受けて葉がきらめき、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

 風が吹くと、葉擦れの音が波のように流れ、それが通学路まで香りを運んできた。

 

 山の中腹には、剣術流派"花鳥風月"の道場。

 木々の間から、道場の屋根の一部がちらりと覗いている。幼い頃から足しげく通い続けた、古巣と呼べる場所だ。

 

 そしてそのさらに上──山頂に向かってのびる石段が、白い朝靄の中にすうっと消えている。

 その石段の最上段、神域へと続くとされる樫葉(かしば)神社の鳥居がよく見える。

 

 やがて守光山(すこうざん)の真下に続く通学路に来ると、樫葉神社へ通じる石段の上から二人の女子生徒が降りてきた。

 同じ制服である。

 

 朝の陽に照らされ、腰までの長い黒髪が艶やかに光る。切り揃えられた毛先(所謂姫カット)には一本の乱れもない。

 

 その黒髪に覆われた自信の強さを思わせる顔がホウカに気付いた。

 

「あら、ホウカさん。ご機嫌よう」

 

「ん。二人とも、おはよう」

 

「おはようございます、ホウカさん。奇遇ですね」

 

 たおやかに微笑むもう一人。

 隣に並んで石段を下りてきたのは、薄緑の髪を複雑に編み込んで二房の団子に結っている女生徒。

 

「今日は?」

 

「樫葉神社の境内を少し掃除したのと、神楽の練習ですわ」

 

「私は演武を」

 

 黒髪の女生徒はアンドウ・サダコ。

 薄緑の髪を編み込んだ女生徒はユヅキ・ララである。

 

 アンドウ・サダコは樫葉神社の神主であるアンドウ家の一人娘であり、毎年神楽を奉納している。その時期が今年も近いのだった。

 

 ユヅキ・ララは、アンドウ家と親交が深いユヅキ家の人間である。ホウカの記憶している限り、ユヅキ家は戦国時代まで遡る武家のようで、アンドウ家はその分家に当たるらしい。

 

 トモヒサほどではないが、ホウカにとって幼馴染みと呼べるほど長い交遊関係の二人である。

 それに、並んで一緒にいる様子を見ると、Gのレコンギスタに登場する二人によく似ていると改めて思った。

 

「ホウカさんも演武に参加されては如何かしら?今からでも間に合いますわよ」

 

「私のは、見せる技じゃないから」

 

「ふふ、そうやって断られるのも恒年行事ですね、アンドウさん?」

 

「エイジさんも「ホウカさんに頼んでみたらどうだい?」なんて……残念ですわぁ。"花鳥風月"の刀は織羽市の宝でもありますのに。それが知られることなく埋もれるなんて……考え直して下さらない?」

 

「師匠に頼んで」

 

「リフレクタービットかしら!?」

 

 毎年、サダコは自分が修める"花鳥風月"を演武に加えたいと誘ってくるのだが、他人に見せることに興味がないのと師匠も近い考えを持っているため断り続けている。

 

 ララが演武を披露しているのだが、実演できる人間が年々減っているのもあり勧誘したい気持ちも理解はできた。

 

 しかし、実戦剣術を基礎とする"花鳥風月"と奉納するためのユヅキ家の演武とでは全く異なるのだ。

 

「そういえば、ホウカさんの新しいガンプラの進捗は如何ですか?」

 

 三人で通学路を歩き始めると、ララが訊ねてくる。

 一瞬、心臓が跳ねる気がした。

 

「……ほぼ完成。でも、追加装備がまだ」

 

「やはり、刀を使うのでしょうか?」

 

「ん、そのつもり。まだビームソードしかないけど、実体剣の刀も欲しい」

 

「まぁ!それは楽しみですね!」

 

 嬉々とした様子で、笑顔になりつつ胸の前で手を握るララ。

 それを見てサダコは嘆息した。

 

「ガンプラバカも極まれば、装備を聞いただけでこの有り様。本当にバトルジャンキーですわね……」

 

「あら、当然でしょう?自分のガンプラが想像するだに強者と干戈(かんか)を交える様を思えば、高揚しないビルドファイターはいません。アンドウさんもそうでは?」

 

「否定は致しませんけど……」

 

「ララのGルシファーとも、いつか()りたい」

 

「はい!完成した暁には、是非とも宜しくお願いします!」

 

 などと、雑談を交わしながら通学路を行く。

 これまで、ホウカは様々なガンプラを取っ替え引っ替えしてきた。オーソドックスな装備の標準的な機体から、ダブルオーガンダムやガンダムアストレイレッドフレーム等の極端な機体まで。

 

 機体についてはホウカ自身の趣味嗜好であれば白や青のMS。様々なガンプラを試してきた中で、手に馴染むものと嗜好を合わせてしまおうという結論に至った。

 

(トモにぃの、GP02への拘りに憧れたからというのも……)

 

 共に同じ門下として習っていた時から、トモヒサはずっとGP02Aサイサリスを拘り抜いていた。そのひたむきな姿の眩しさに憧れていたのもあるかもしれない。

 

 ダブルオーガンダムをステイメン化させる案も、それと並べたらきっと様になるだろうと思い、欲しい可動性も確保できると思ったからだ。

 

 そしてそれは、求め得る限りの最大値を示せたと昨晩の経験から身に沁みて実感できている。

 

(でも、あれだけじゃ足りない。状況の対応力を高めないと)

 

 奇しくも、あのバトルによって実戦級の経験を積めた。真っ直ぐにやりたいことだけを詰めるのも自由なガンプラの醍醐味だが、バトルを意識するならそれだけではダメなのだ。

 

 やがて栄志学園の正門に到着すると、そこに見慣れた人物がいた。流麗なやや緑がかった黒髪を背中に長し、白のブラウスに膝までの黒いタイトスカート、そして視界に飛び込んでくる鮮烈な赤いカーディガン。

 

「おはようございまーす」

 

「ああ、おはよう」

 

「おはようございまーす。マリコ先生、今日もお綺麗です」

 

「おはよう。分かってるじゃないか、可愛がってやろうかね」

 

「シーマ様おはようございます!」

 

「ぶつよ」

 

 社会科の教師、シマ・マリコ。

 誰が呼んだか栄志のシーマ様。

 

 そのシーマ様を10歳若くしたような美しい容貌が、ホウカ達に気付いて向けられた。

 

「おはよう。おや、三人揃って登校かい。仲のいいこったね」

 

「ん、おはようございます」

 

「ご機嫌ようマリコ先生」

 

「おはようございます!」

 

 そう返すと、マリコの目がホウカの周りを泳ぐ。

 

「カトーの奴はいないのかい?毎朝キンジョウと登校してるはずだけどね」

 

「そういえばいませんねぇ、カトー先輩」

 

「寝坊したのではなくて?今頃慌てて朝支度してますわ」

 

 呆れたように手を広げるサダコ。

 

「ま、あいつが来たら背中叩いてやろうかね。ああ、おはよう」

 

 挨拶運動の邪魔になりそうなので、マリコに会釈をして正門を通って校舎に向かう。ふと校庭の方に視線を泳がしたが、いつもどこかで何かしら作業をしているアズマ・ハルト用務員の姿は見えなかった。

 

 姿がないと言えばトモヒサだ。朝早く、メッセージアプリに「今日は用事で一緒に登校できない」と、質素簡潔な連絡が来ていた。

 

(授業の合間に、メッセージ送ろうかな)

 

 生徒たちに混ざりつつ、三人それぞれのクラスに分かれる。一年A組のドアを開け、ホウカは変わらぬ日常の中に進んだ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・ 

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