設定面など諸々不具合があったので、この投稿と同時に2025/7/1に弌話から大幅に改訂しました。ほぼ別物となってる部分もあるので読み返していただけると幸いです。
どうしてGQuuuuuuXが今週からないのよォ~~~!?
昼休みの鐘が生徒たちを学食堂へ
栄志学園の学食堂は、午後の陽が斜めに差し込む開放的な造りである。磨かれた木床に柔らかな光が反射し、奥の庭園を望む大窓からは、金木犀のかすかな香りが風に乗って漂ってくる。
大都市の学校にはない、山間の学び舎ならではの風情がそこにはあった。
弁当箱を持参したり、昼食の摂り方は自由だが、栄志学園の学食は大変な人気がある。そのため毎日のように列は長蛇となる。
トモヒサも例に漏れず、その魅力に当てられた一人であるためこの日も長蛇の一部となっていた。
「ねぇ、大会のガンプラって決まってる?」
同じように並んでいる友人が訊ねる。
「ん?今度の大会か。勿論俺はサレナで出るぞ」
「やっぱり?いいなぁ、愛機があるのって」
羨ましそうに言う友人──ハニュウダ・ミナミは、軽い溜め息を吐いた。
トモヒサより背が低く、隣を見ればブロンドの旋毛が見えるほどだ。横顔は線が細く、ドイツ人の父親譲りのブロンド髪も繊細な柔らかさがあり、ともすれば女子かと見間違ってしまう。
「お前にはジムカスタムがあるじゃねぇか。ダメなのか?」
「うーん……ダメじゃないんだけど、僕も自分だけの愛機が欲しいなぁって」
「急にどうしたんだ、なんか影響受けたのか?」
そう言うと、ミナミはムッとした顔をしてこちらを覗き込み、人差し指を突き出してきた。
「はい、影響受けた人」
「あ~、そいつは悪かった」
一切悪びれず、その童顔を押し返す。
苦笑いしながら、ふと学食堂の漆塗りの木製の壁を見る。ポップなデザインで印刷された「カンザキコーポレーション協賛 栄志学園ガンプラバトル大会」の貼り紙が目に入った。
この栄志学園内で、毎年この季節に開催されているガンプラバトル大会である。教育にガンプラを導入する教育機関も珍しくなくなった昨今においても、名門「私立ガンプラ学園」に引けを取らないほど積極的だった。
そのきっかけとなったのは、カンザキコーポレーションである。
東京に本社を構え、10年前にガンプラバトル産業へ進出し、多大な影響を及ぼしている。それは、かのヤジマ商事と双璧を成すほどであるが、競合しつつも連携し合い現在のガンプラバトル産業を支えているのだった。
社長は世襲制で、その実家がこの織羽市にある。そして、栄志学園の学園長もカンザキ家の人間なのだ。
そういった縁で、栄志学園は数年前からガンプラを教育に取り入れ、こうした大会も開催している。
トモヒサはポスターを眺めつつ、カンザキ家のよく知る人間の顔を思い浮かべた。
その人は現在、日本にいないのだが。
「今年もうちのガンプラ部はいいとこまで進んだけど、全国には行けなかったからみんな張り切ってるだろうね」
「ん?あぁ、そうだな……」
「どしたん?さっきからなんか上の空だけど」
「……そう見えるか?」
「見える」
ミナミの怪訝な表情で訊かれたが、それ以上特に返す言葉がない。
自分でも分かっているのだ。
(昨日のことが気掛かり、だからだろうな……。つっても、これは話せねぇし……)
昨晩の出来事について、新たな進展はない。今朝方、ホウカに断りの連絡をしてシロウとライカと共に再びあの倉庫を訪れた。件のバトルシステムのシステムチェックとデータ解析を行ったのだ。
しかし、バトルシステムに異常はなく、バトルログも不可解ながら正常だった。手元にあるのは、プラフスキー粒子の異常波形とガンプラバトルが行われたこと、そして現場で倒れていたホウカしか証拠がないのだった。
(結局、俺たちが追ってる
ホウカの健康面の様子を見てから、当事者から事情を聴取したいというのが、シロウとライカの両名による現場判断だ。幸いと言うべきか、本来の調査との関連性が薄いので、可及的にホウカに事情聴取をしなければならない状況ではないらしい。
(とりあえずさっききたメッセージだと、ホウカの体調は問題ないらしいからいいけど)
いずれにしろ、幼馴染みとして一旦落ち着くことができている。
そうして、ミナミと当てもない会話をしつつ昼食を受け取って席を探していると。
「……あ」
「……ん」
件のホウカと目が合う。
窓際の席に座っていた。昼食を口に運び、箸を咥えた格好で固まっている。その様子に真向かいに座っている二人の女子生徒が気付き、こちらに振り向く。
「あら、カトー先輩。ごきげんよう」
「ハニュウダ先輩もこんにちは」
切り揃えられた黒髪の女子──アンドウ・サダコが、妙にやたら笑顔を浮かべた表情で挨拶してきた。
隣に座っているユヅキ・ララが軽く手を振り合り、ミナミはトレーを持つ手が塞がっているためにこっと笑って返す。
「こんにちはー」
「あ、ああ……こんちわ」
と、ぎこちない挨拶を返して席を選ぼうとすると、ミナミは何故か向かいのララの隣に座る。
「何でそっち側なんだよ」
「んー?別に?」
含みのある笑顔を浮かべつつ、ララに会釈をするミナミ。
仕方なくホウカの隣に腰を下ろした。
「よす」
我ながら意味不明な挨拶をする。
ホウカは箸で昼食を口に運びつつ、こちらを向く。
「ん」
返事なのか分からない音を閉じた口から発し、咀嚼する。
「今朝は悪かったな」
「いい。気にしてないから」
それ以上話すこともなく──この場で話せることがないことをホウカも察してるのだろう──、お互い昼食に向き合う。
すると、向かいに座るサダコが大きく溜め息を吐いた。
「どうしてこちらが気を揉まなければなりませんの?」
「なっ、何だ?」
「喧嘩でもしてるのかと思いましたわ……」
は?
言ってることが分からないでいると、その隣のララがばつが悪そうに笑う。
「いえ、珍しくホウカさんが一人で登校していたものですから。てっきり、喧嘩でもしているのかと思いました」
「そういうことか……。いや、本当に用事があったんだ。なぁ?」
隣に話を振ると、咀嚼して飲み込んでから口を開いた。
「ん。連絡があったことを、言ってなかった。ごめん。それに、トモにぃと喧嘩する可能性があるとしたら、ペイルライダーはガンダムかどうかの話題くらい」
「いや、あれはガンダムだ。俺がそう判断した」
「全然似てない」
そう言い、ホウカは昼食を再開して窓の外を見る。
向かいの席でミナミが「そうだったの?」とララとサダコに話題を振っていた。
(本当に体調は大丈夫そうだな……)
会話に加わる気はなさそうな隣に視線を向ける。
何を見ているのかと思ってその視線の先を見ると、まだ緑色の紅葉の木だった。もう一月経てば、鮮やかな紅葉色に変わるだろう。
そんなに面白いものかと、美的感覚に疎いトモヒサは不思議に思いつつ揚げパンにかぶりつく。
ふと、その視線がずれてホウカの横顔を捉える。窓から差す陽の光に、青みがかった黒髪が艶めいていた。
通った鼻筋と滑らかな顎のライン。はっきりとした二重と、やや目尻がつり上がった鋭い目。
その中に覗く、サファイアのような深く青い瞳。
綺麗だよな、とぼんやり思う。
と、その横顔がトモヒサを見る。
「何?」
揚げパンを食べながらじっと顔を見ていたことに気付いた。
「い、いや!何でもない……あ、紅葉、綺麗だよな。まだ緑色だけど」
「そう?別に、普通だと思う」
「…………」
じゃあ何をそんなに外を見ていたのか。
腑に落ちない気持ちを抱きつつ、揚げパンを頬張りつつ前を向き直した。
向かいに座る三人に意味深な視線を送られつつ、その後開催されるガンプラバトル大会の話題で盛り上がり、やがて昼休みが過ぎていった。
・・・・・・・・・・
「やー、面白いねぇ。……うん、こりゃゼクノヴァが起こってもおかしくない!」
明朗快活とした声が、ある一室に響く。
部屋にはホログラムコンソールと大型ディスプレイが並び、壁際には弁当箱などが捨てられたゴミ袋が乱雑に積まれていた。
自分で設置したディスプレイ棚には、数々のジオン系やザフト系、ヴェイガン系にビーナス・グロゥブのガンプラが陳列されている。
一番上には、自信作の1/144アプサラスⅢを飾った。
このフロアの研究主任である自分に宛がわれた、自室兼オフィスである。
『シャロンの薔薇だけはやめてくれ』
モニター越しのエニワ・シロウが苦笑しながら、タブレット端末に映るデータの一つをタップして拡大した。
上下白のジャージに褐色白髪、獣じみた目付きと足を組んで椅子に腰かける姿は粗野な印象を与えるが、その視線はじっと情報を追っていた。
『勘弁しろよ。10年前の二の舞だきゃあゴメンだぜ?ア・バオア・クーの次はイオマグヌッソとか、さすがにおハゲもブチ切れるだろ』
オトサキ・ライカが椅子の背にもたれ、足をテーブルに投げ出している。軍放出品フライトジャケットのポケットから手を出して広げた。
カガリ・ユラ・アスハのような金髪の下、射るような目付きでデータを睨む。
「ジョーダンだよジョーダン!仮にそうなっても、三代目メイジンとイオリ・セイのマヴなら何とかなるでしょ!」
『実際、メガサイズザク討伐の実績があるからな……』
静岡県某所。
ここは、かつて"アーリー・ジーニアス"と称されたヤジマ・ニルスの研究所「ニールセン・ラボ」。そのフロアのオフィスの一つ。
贅沢にもここを自室として扱わせてもらい、既に二年以上の歳月が経った。やや乱雑(と自分では思っている)なオフィスを照らす明るい照明の下、これ以上サイズが小さい白衣がないためダボダボになった袖をまくり、机に肘をつきながらPCの画面を操作する。
「……やっぱり。何度見直してもおかしいよ」
画面の向こうで、表情を崩さず二人とも言葉を待っているようだった。
『で、いい加減匂わせぶりな態度は飽きたから、何がどうなってンのか教えてくれよセンセ』
ライカの苛立った催促に頷きながら、画面共有したデータを拡大する。
「ほいほいっと。じゃあ、見解を述べるね。これは、私たちが過去に確認してきた波形とは根っこから違うよ。この波形──単なる暴走や乱数じゃない。一定の構造を持ってるのね」
表示されたプラフスキー粒子の波形は、まるで生き物のように脈打つ、複雑な繰り返しパターンを持っていた。
そして、別のファイルを開く。
「で、こっちが参考資料。この一年間で観測された、全48件の異常波形と重ねて比較してみたものだよ。ほら、昨日の奴だけ全然違うでしょ?」
他の異常波形はランダムで不安定な崩れ方をしているのに対し、昨晩に観測されたものだけが明確なリズムを刻んでいるように見えた。
『まるで──誰かが演奏しているみたいだな』
シロウが呟いた。
「おっ、詩的じゃーん。嫌いじゃないな」
楽しげに笑ったあと、スッと笑みを引っ込めた。
「でも、もっと的確な表現があるかなー。例えば──鼓動」
『鼓動だァ?』
モニター越しでも分かるくらい、ライカは眉根をひそめる。
『プラ粒に心臓でもあるってのか?』
「さぁね?」
両手を広げてお手上げポーズ。
シロウとライカが呆れたように溜め息を吐いた。
「んで、バトルシステムのログから見たドラド三機の挙動だけど、驚いたよ。明確な意思を持った運動してる。だけど、ファイターは完全に空欄。それも不正使用のエラーコードじゃない。ただの
シロウの狼の耳のように跳ねた白髪がぴくり、と動いた(気がした)。
『無人……で動いたということか?』
「うん、少なくとも人の操縦じゃないね。粒子の流れも変だったよ。急激に圧縮されて、解放の瞬間に局所的な乱高下」
マゼンタ色の前髪を、指先でピンピン弾きつつ続ける。
「通常、AIが自律制御で動かす時は、一定のアルゴリズムに則るはず。でもあのドラド三機は、瞬間的に予測不能な行動をしてる。まさに生き物のようにね。しかも、こっちのデータ──」
スライドを切り替え、今度はキンジョウ・ホウカのバトルログを表示した。
「この子のガンプラだけど、面白い波形があるんだよね。あるタイミングで、粒子使用量が一気に跳ね上がってるの。通常起こり得ない現象だけど、こと大きなイベント事では度々観測されてる。それこそ、10年前の事件とか」
シロウがタブレットを睨みつける。
『脳波に反応……言い換えれば、人の強い感情にプラフスキー粒子が応える、とビルダーの間で囁かれる現象か……』
「そうそう、それそれ。つまるところ、機能としてではなく、プラフスキー粒子が
そう言い、ふっと肩をすくめた。
「これまでそういった現象は幾度も観測されてきたけど、未だに解明されていないんだよねー。粒子はあくまで物理現象に過ぎないハズなんだけど──でもね、もしそれが
ライカが、口元に手をやる。
『……待てよ、つまりあのガンプラには、外的要因の何かが干渉してた可能性がある……って言いてェのか?』
モニターに映る彼女に向けてパチン!と指を鳴らす。
「おっ、ゴメーサーツ!ライカちゃんにしてはムツカシー言葉使うじゃーん!この波形データは、外から干渉された可能性がある気がするの。ひいては、例の現象そのものの解明にもね。ま、今の段階では仮説だけど……アタシはそう睨んでるよ」
『過去48件の周辺地域で観測された波形と、昨夜の波形の違い。そして、無人操縦でありながら明らかに意思を持ったドラド三機の挙動。それらは外的要因による干渉の可能性がある……』
シロウが顔を上げ、静かに言葉を次いだ。
『……つまり、"アートマン"は織羽市にいる。ってことか?』
「そゆこっとー!」
期待通りの答えだ。両手を合わせ、全身で喜ぶ。
「まー、アタシも科学者なのでぇ、現時点では不確定な憶測と推察に過ぎないものを、事実とは言えないからね。でも、直感がそうだって告げてるんだよ」
しかし口調はあくまで軽く、だがその目は鋭く、真剣に続ける。
「とりあえずさ、その子……キンジョウ・ホウカちゃん、だっけ?観測対象として、ちょっと本腰入れて調べてみたいんだよねー」
『……危険視するか?』
シロウの問いに、首を振る。
「んーん、判断つかない。プラフスキー粒子が人の感情に応じて自発的に変質する現象……その謎を、もしかしたらその子とその子のガンプラが握ってるかもしれない……そそるでしょ?」
ふふっと笑い、爪先で床を蹴って椅子を回した。
「ま、君たちは現場を見といてよ。科学的検証は、この"アドバンスド・ジーニアス"と称されたジニア・ラインアリスにまっかせといて!」
そう言い、椅子から立ち上がって床に引き摺りそうなくらい長い白衣を着直す。ジニア・ラインアリスはPCを繋いだまま、オフィスから出ていった。
『またつけっぱなしで何処か行ったな……』
静かな会議室に、呆れ果てたシロウの声と、低く唸るPCの音だけが残った。
・・・・・・・・・・
放課後の陽が、校舎の窓から斜めに差し込み、部室の床を淡く染めていた。
ライブ映像を映すモニターの向こうでは、二機のガンプラが激しくぶつかり合い、粒子の火花が空間に散っている。
ギャンシュトロームが踏み込み、ブラックナイトスコードシヴァが受ける。
フェロセカーレ ビームサーベルがぶつかり、ロック・シールド スヴァローグが鈍い音を立ててビーム光を散らした。衝撃音が部室内に響く。
「ほらほら!墜ちろ墜ちろ!」
ギャンシュトロームを操縦する二年の女子部員が、猟奇的な声を上げた。
その表情は真剣そのものだが、口角には興奮の笑みが浮かんでいた。彼女はこの勝負を楽しんでいる。
「本当にアグネスみたいで怖い!」
一方、ブラックナイトスコードシヴァを操る一年生の男子部員は、額に汗を浮かべて必死に操作を続けていた。
その小さな両手が震えながらコンソールを打つ様子を、部室の面々が温かくも熱気を孕んだ眼差しで見守っている。
「切り上げ来るよ!受けるだけじゃなく反撃も狙いな!」
「は、はい……!」
声をかけたのは、顧問のシマ・マリコだ。
鋭い声に含まれた独特の温もりは、彼女がこの部の誰よりも戦いを知っている証だった。
そんな中で、ホウカは一歩引いた椅子に腰掛けたまま、静かにその様子を見つめていた。
戦闘の熱気、歓声、粒子の閃光。部室はまるで一つの生き物のように脈打っているというのに、心には別の気配が
──昨夜。
古びた倉庫で、勝手に起動していたバトルシステム。
あの時、確かに自分からガンプラバトルに意識が向いていたのは、朧気ながら覚えている。しかし何故そうしたのか、そういった部分の記憶は曖昧になっていた。
(すごく、リアルだった)
足元の水の冷たさ、耳を撫でる風の湿度、草の匂い。
身体が、まるごと異界へ連れ去られたような感覚──。
(戦ってた。アデルと、ゼラニウムで)
勝った。斬った。躊躇いなく、迷いなく。
けれど、その後のことが思い出せない。
何かを見た気がする。
何かを聞いた気がする。
胸の奥に張りついた違和感は、まるで指先に残った棘のように疼き続けていた。
「……ホウカ?」
声に振り返ると、隣にいたトモヒサが心配そうにこちらを見ていた。
眼差しには干渉するでもなく、ただそこに居るという静かな安心が滲んでいた。
「……ちょっと、考え事してただけ。平気」
「そっか。あんま無理すんなよ、な?」
短い言葉に、ホウカはわずかに頷いた。
彼のそういう距離感が、ありがたいと思う。
昨夜のことについて、後程あの二人から訊ねたいことがあるからその場を設ける、とトモヒサからメッセージアプリで届いた。
他人の耳に入ると都合が悪いのだろうとは察しがつく。
(何も、分からないけど)
尋問とか警察沙汰になるとか、立場が危うくなることは絶対にないから安心してほしいと、念を押す文章も添えられていた。
薄ぼんやりとした記憶だが、確かに優しげな人達だったのは分かる。
思考の底に沈みかける気持ちを引き上げ、目の前の机に立たせている愛機に視線を戻した。
ガンダムゼラニウム。
白く
未完成だったが、愛機として完成したガンプラだ。
今は、今朝方ララにも言った、実体剣の刀を選んでいるところである。トモヒサに助言をもらいつつ、装備方法や細かい調整も行っている。
GPベースに名前を登録し終わり、晴れて正式にロールアウトとなった。
ロールアウト前に慣熟を済ませている、というイレギュラーな体験を経ているが。
樫葉神社での用事があるため、今日は部室に顔を出せないと昼食時に告げたサダコとララ。
ララは、完成したゼラニウムが見れないことを嘆いており、その様子を思い出してやや気が楽になった。
『BATTLE END!』
「っしゃあ!私の勝ち!」
部室内では勝負がついたようで、ギャンシュトロームが勝ち名乗りを上げる。
部員たちの拍手と歓声がそれに続いた。
「次、誰かやってみる人ー?」
ギャンシュトロームを手に回収した女子部員が声を上げたが、直後に部室のドアが静かに開く音がした。
「失礼します」
現れたのは、静かだが確かな気配を持つ男子生徒だった。
やや長めの黒髪、切れ長の両目と口元を覆うマフラー。入ってきたその姿は──昨日ビッグリングでマリコから紹介された新入部員、オオゾラ・ユキナリだった。
マリコが椅子から立ち上がり、鮮烈な赤いカーディガンを翻しながら彼の隣に立つ。
「ようやく来たね。みんな、紹介するよ。今日からガンプラ部に入部した二年のオオゾラ・ユキナリくんだ。よろしくしてやってくれ」
「……どうも」
控えめにそれだけ口にし、軽く会釈をした。
無愛想という程ではないが、内気なのだろうか。
(……?)
彼の目を見たとき、一瞬だけざわっとした感覚が肌を撫でた。
はてと思い、部室を視線だけ動かして見回す。
気のせいか……と思うと、ユキナリがバトルシステムの方へ歩き出すのを見た。
そしてコンソールの前に立つ。
「先程、次の番を募る言葉が聞こえた。誰か、僕と手合わせしてほしいのだが」
その言葉に、一瞬、部室内がざわついた。
新入部員が、いきなりバトルを申し出るとは思っていなかった空気。だが彼の目は、少しも揺れていない。
静謐で、だがどこか乾いた鋭さを宿している。
「ふむ、意欲があるのはいいことさね。そうだねぇ……栄志が誇るガンプラ部の実力を知ってもらういい機会だ。ここは一つ、タッグバトルと行こうじゃないか?」
マリコが楽しげにこの場を仕切り始めた。
ユキナリは異論はないとばかりに頷く。
「対戦相手はよりどり緑ときた。彼の相方は……キンジョウ、出番だよ」
名前を呼ばれ、目を見開いた。
「私で、いいんですか?」
「何だい、自分じゃ役不足とでも言いたいのかい?ここの実力を知ってもらうには、アンタが一番じゃないか」
そういうつもりで言ったわけじゃ……と抗議しようと思ったが、ガンプラバトルの誘いを断るつもりは毛頭ないので口を噤んでおいた。
「それじゃ、ここは部長である俺と──」
「カトー、アンタはダメだよ。相手の実力を見極めにくいったらない」
「ひどい!?」
椅子から立ち上がったトモヒサだが、ぴしゃりとマリコに止められてしまった。
「少年、楽させてあげるよ。サレナでもしっかり磨いておくんだね」
「へーい」
すごすごと引き下がったトモヒサは不満そうに座り直した。
羨ましそうなその視線を尻目に、ユキナリの元へ。
「よろしくお願いします。昨日は挨拶しただけだったから、いい機会。足を引っ張らないように、気を付けます」
「こちらこそ。上手く連携が取れるよう、努力する。それと、タメ口で構わない。その方がやりやすい」
「ん。わかった」
彼の声は奇妙に深く、耳の奥で震えるように残った。
(この人……)
言葉にできない何かが、胸の奥に芽吹く。
それが何なのかはわからない。強い相手を前にしたような、駆り立てられるような感覚とも違う。鋭い針が通り抜けるような……そんな感覚だった。
対戦相手の二年と一年のタッグが組まれ、バトルシステムを挟んで相対した。
マリコによる仕切りの元、ガンプラバトルが始まる。
夜の渓谷。
谷底の川面が、月の光を掬って揺らめかせる。
その静けさを裂いて、二条の青い光が飛ぶ。
背部バインダーを展開し飛行するガンダムゼラニウムのやや後方に、青い機影。
青を基調とした、美しき猛禽。
名を、ウイングガンダムゼロ・ヴオトと名乗っていた。
前方に広がるのは、赤土の断崖。
川に削られて落ち窪んだ谷底から、太古の時代の赤い地層が壁となって立ち塞ぎ、独特な地形を生み出している。
コロラド川によって形成されたグランドキャニオンの、その一角を再現していた。
出撃時の上空から、特徴的な馬蹄型の渓谷が見えている。
「──右上。いる!」
ユキナリの声。即座にゼロ・ヴオトが横滑りし、両翼を傾けて回避機動を取った。
狙撃の閃光が、断崖の上層から放たれる。
ゼラニウムを反射的に右バインダーを開いて回避させた。
断崖の一角──こちらを狙撃できる位置を取っているようだ。
バトル開始直後、ユキナリから相手が地形を利用してる可能性があるため、谷底から行動することを提案されていた。
上空は狙い打ちされるのを危惧し、さらに逆に相手が優位に立っていると思わせる作戦のようだ。
「挟撃に出る──来るぞ!」
再び上方から閃光、狙撃である。
ゼロ・ヴオトの姿が瞬間的に変形してネオバード形態となり、夜空を一閃して高く飛翔する。先陣を切っていたはずのホウカのゼラニウムが、結果的に追い立てる側に転じる。
(……なるほど)
頭上から撃ち下ろしてきた敵に対し、ゼロ・ヴオトが高度を取ったのは、この戦法を相手が選んだ時点で対応力が弱まることを読んでのことらしい。
事実、初撃を
わずか数秒の戦場判断で、即興の挟撃陣形が構築されていた。
「仕掛ける。先陣任せた」
「ん。叩っ斬る……!」
斬り込む時。
機体に伝わるのは、高圧縮されたプラフスキー粒子の流れ。四肢の駆動が応答し、ゼラニウムが流れるような軌道で斜面を駆け上がる。
視界に、濃い赤の機影が躍った。
断崖の隙間に陣取っていたガルバルディβだ。フェダーインライフルを構えつつスラスターを噴かせて崖上へ移動していた。
初撃が失敗し、素早く撤退に移っている。
高所を取ったゼロ・ヴオトはその動きに食らいつくように降下し、モビルスーツ形態に変形して片手のバスターライフルを構え、強襲を仕掛ける。
──だが。
「っ……!」
ガルバルディβが、背面に備えられたミサイルランチャーをばら撒いた。
視界と回避ルートを乱すには十分な数だ。
爆炎。視界が塵と火花で遮られる。
ガルバルディβは、さらに増設されているスモークディスチャージャーからガスを噴出させた。
カモフラージュ用の霧が周囲を包み、ゼラニウムとゼロ・ヴオトを一時的に引き離す形となる。
(散らされた……!)
ホウカは即座に接近軌道を中断し、冷静に斜面へ滑り込む。
だがその隙、左手から迫る急速な影があった。
マラサイだ。
断崖の陰。視界の外。
マラサイは、ガルバルディβが視線を誘導していた隙をついて迂回していたのだ。
あれは伏兵──最初から罠として仕掛けられていた。
(ガルバルディβは陽動──!?)
こちらもフェダーインライフルを装備しており、逆向きに握ってストックから発生したビームサーベルで斬りかかってきた。
無意識の直感が、ホウカを動かす。
反射的にゼラニウムが旋回し、右のエンジン部から抜いたビームソードを振り抜いた。
フェダーインライフルとビームソードがぶつかり、黄光と淡紅の混ざり合った激しい火花を散らす。
「っ、く……!」
衝撃に揺れる全天周モニター。
ただの待ち伏せではない、伏兵を置いての連携だった。
(さすが、マリコ先生に鍛えられただけある……!)
ホウカが感嘆する中、ガルバルディβがガスの霧を抜けてフェダーインライフルによる射撃を仕掛けてくる。
しかしその火線を、ゼロ・ヴオトが割って入った。
ガルバルディβの頭上を捉えたゼロ・ヴオト。爆炎と濃霧を切り裂き、開閉式カバーを持つ二基のウイングスラスターを展開して突っ込んできた姿は、まさに上空から獲物に襲い掛かる荒鷲。
そして、二丁のバスターライフルの片方を剣として振り下ろした。
やはり、銃身下部に見えるクリアグリーンのパーツから、剣の機能を追加した改造が施されている。
『うわぁ!?』
ガルバルディβを操る女子部員が喫驚の声を上げたが、ギリギリのところでその剣閃を回避して見せた。
瞬間的に距離を取ったガルバルディβは、ミサイルランチャーをばら撒く。
「やる……!」
ユキナリの声。
ゼロ・ヴオトの身体が翻った。バインダーを展開したまま、鋭く宙返りする。
重心制御を狂わせず、敵の照準圏を抜け出す。
直後、霧を裂いてガルバルディβがフェダーインライフルの狙いを定めた。
照準は完璧──だが。
「──やらせない」
ゼロ・ヴオトが即座にネオバード形態へと変形し、バレルロールによって射撃を躱した。側面へ位置取り、再度蒼き荒鷲は狩人へ姿を変える。
『
身体は真横水平。
右手のバスターライフルは、既に長銃形態。
粒子チャージは最小、火力より精度を取る。
目標は、ガルバルディβの左脇腹。
発射。
線のような光が奔り、次の瞬間──
『きゃあっ!?』
ガルバルディβの左半身が爆ぜた。バランスを失い、谷底に向かって断崖を転げ、赤土を巻き上げながら落下していく。
一方、こちらはマラサイの左腕を斬り落としつつも、同じように増設されていたスモークディスチャージャーにより視界を奪われ、姿を見失っていた。
ガルバルディβの撃破のコールを耳にしつつ、濃霧から脱して探そうと視線を巡らせる。すると、ゼロ・ヴオトがバスターライフルを構えていた。
「問題ない。炙り出す」
短めのチャージの後、一丁のバスターライフルの砲口から破壊的なエネルギーが発射された。黒霧をぶち抜き、黄光の奔流がコロラド川の断崖を照らし出す。
この先の渓谷は馬蹄の先端であり、極端にカーブしている。身を隠し、狙撃ができるポイントがあるとするならそこだろう。
──巧い。
ホウカはその刹那、唇の裏で息を噛んだ。
事前の連携はない。だが動きの流れが読めた。
このユキナリという人は、戦場を読む力がある。
バスターライフルの砲撃が、突き出た岩を木っ端微塵に粉砕した。
「任せた」
ホウカは頷き、岩の後ろに潜んでいたマラサイを探す。赤土の粉塵が散る中にもがく影を見た。
それで十分だ。
("鳥ノ太刀"──)
ゼラニウムのバインダーが脈打ち、余剰粒子が散る。その煌きは、まるで夜空の中に咲く青白い花のようだった。
突き出た断崖に脚をかけ、迸るエネルギーが四肢を充たす。
ビームソードをやや寝かせた八相の構えに、折り曲げた両脚のエネルギーを解き放つ。
(──"隼"ッ!)
空気を叩く音が響き、弾丸のようにゼラニウムが飛んだ。
飛び込んだ勢いで粉塵がぶわっと散り、マラサイの赤い姿が露になった。
『くっ……!』
マラサイがフェダーインライフルを構えんと身動ぎした瞬間、ゼラニウムはビームソードを振っている。
振りかぶらず、寝かせた八相の構えから左肩へ袈裟に斬り下ろした。
「──はッ!」
一閃。
ビームソードが通り過ぎた直後、マラサイの体が斜めに分断される。
それを通り過ぎ、崖上を滑走して着地した。
血振りしつつ、マラサイの爆散を目の当たりにする。
そして、静寂。
ゼラニウムは、ゼロ・ヴオトを見る。
二機の間に、渓谷の乾いた風が吹き抜けた。
『BATTLE END!』
「……上出来だな」
モニター越しに腕を組んでいたマリコ。
どこか感情を抑えたような、しかし評価の熱を秘めた目で見据えていた。
その隣、同じく黙っていたカトー・トモヒサがゆっくりと口を開いた。
「合わせてくるのが早ぇ。クセが強いガンプラ同士だったが、悪くねぇな」
マリコはわずかに口角を上げる。
「冷静に落ち着いているのもいい。決してあいつらも弱いわけじゃない、何なら私のお気に入りさね。キンジョウのあの殺気じみた斬撃にも、一度もペースを乱されない……こりゃ掘り出し物かもだね」
対戦相手だった男女のコンビも、項垂れつつも静かに頷いていた。
四人は互いに握手を交わし、激励し合う。
ゼロ・ヴオトを回収し、それをじっと眺めていたユキナリに礼賛を送る。
「ありがとう、いい連携だった。実力も確認できたし」
「そっちも。悪くないバトルだった」
──オオゾラ・ユキナリ。
態度も、言葉も柔らかい。
だがその芯には、何かがある。
鋭さ、あるいは……冷徹とも言える。
そして、戦いを終えたホウカは、回収したガンダムゼラニウムを見詰めながらふと目を細めた。
(そうだ、思い出した……)
爆発の閃光に照らされた瞬間、何かが脳裏を掠めた。
青白い草原にゆらめく白い人影。
己に語りかけた、あの気配。
(……何だったんだろ)
思い出せない。
でも確かに、あの瞬間に見た。
静かな蒼の光の中。
どこか懐かしい、声。
──ホウカ。あなたは、私の──
そう囁いた気がしていた。
弐話──『誰そ彼』終
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ビッグリングに、熱気と歓声が渦を巻く。
レートマッチ、休日の賑わい、交差するそれぞれの想い。
新たな気配、燃える視線。
過去の影が、少年を苛む。
再び、謎の異常波形。
粒子の奔流。
「久方ぶりだな。──キンジョウ」
「どうして……ここに」
揺れ動く心を、断ち切れるか。
脈打つガンプラ、粒子の煌めき。
次回、「くすぶる燠火(おきび)」
斬り啓くは、我に在り。
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登場ガンプラ
・XXXG-00W0v ウイングガンダムゼロ・ヴオト
オオゾラ・ユキナリのガンプラ。
TV版ウイングガンダムゼロの改造機。カラーリングはEW版に寄せられ、より青い印象が強い。
各部にフィン状パーツが増設され、羽の意匠が増えている。
特徴的なツインバスターライフルは下部にクリアブルーの刃があり、剣として使うことが可能。
ヴオトとは、イタリア語で「空」「虚空」を意味する。
・ZGMF-2027/A ギャンシュトローム
二年の女子部員のガンプラ。
・NOG-M1A1 ブラックナイトスコードシヴァ
一年の男子部員のガンプラ。
・RMS-117 ガルバルディβ
二年の女子部員のガンプラ。
ミサイルランチャーとスモークディスチャージャーを装備。メイン武装はフェダーインライフル。
・RMS-108 マラサイ
一年の男子部員のガンプラ。
ガルバルディβ同様にスモークディスチャージャーとフェダーインライフルを装備。
二人のタッグはマリコのお気に入りらしい。
・アプサラスⅢ
1/144のキットは存在しないため、ディーラーが販売しているガレージキットをジニア・ラインアリスが製作したもの。一応ガンプラバトルで使用できるらしい。