ガンダムビルドファイターズF-X   作:滝つぼキリコ

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8月に前回のガンプラバトルのシーンを大幅修正しました。



参話、上──『くすぶる燠火』

 

 

 

 

 

 一閃──風すら斬った。

 

 淡紅の蛍火を散らす斬馬刀が空を裂き、横一文字に振り抜かれる。

 残光が軌跡を描き、ラジエーターシールドが真っ二つに裂けた。空から地上へ、鈍い金属音とともに落ちていく。

 

 地を穿つ轟音。

 砕けたコンクリートが舞い、都会の交差点が陥没する。

 

 その上空を飛び抜けたのは、重装のモビルスーツ──GP02Aサイサリス。

 フレキシブル・スラスター・バインダーを噴射させ、陽光を受けた外装が光沢を放つ。

 

 その視界、肉薄する影があった。

 

 背に十字架のようなスラスターを背負い、サイサリスを執拗に狙う、宵闇を落としたような小柄なモビルスーツ。

 

 クロスボーン・ガンダムX2。

 

 骸骨の印を刻んだ悪鬼が黄金の牙を剥き、余剰熱を排出する。煮え立った白気が、飛びすさぶ獣の背後に暴れ尾を引いた。

 

 斬馬刀──ビームザンバーを振りかぶってくる姿に対し、サイサリスのサイドアーマーから抜かれたサーベルが、緑色の刃を迸らせた。

 

 しかし、サイサリスが迎撃の構えを取った瞬間、宵闇の獣は横合いに回り込んでいた。

 

 腰からフロントアーマーが変形したシザーアンカーが発射され、獲物を狙う蛇のようにビームサーベルを握ったサイサリスの右腕を捕らえる。

 

 ギチィ、と歪む音。

 そのまま骨十字スラスターが爆ぜ、クロスボーンX2の身体が軸のように回転した。

 重力を無視する捻転。捕らえられたサイサリスの体躯は小柄なモビルスーツにそのまま振り回され、ビル街の只中に叩きつけられた。

 

 瓦礫が空を覆い、高層ビルが崩れ落ちる。

 衝撃でひしゃげ、悲鳴や呻きのような軋みを上げて中程から折れた。

 

 落下、倒壊、轟音──サイサリスは崩落の雪崩に飲み込まれていく。

 

 瓦礫に埋もれつつ、腕を払って見上げた空──その只中、陽を遮って降ってきたのは骨十字を背負う影。

 逆手に構えたビームザンバーが、落下の勢いをそのまま、サイサリスの腹を貫いた。

 

 火花が爆ぜ、フレームが軋む。全身が痙攣するように震えた。

 ギギギと軋む首を立てながら、抵抗しようと動くサイサリスの相貌へ、クロスボーン・ガンダムX2が首を突き出して寄せる。

 

 フェイスマスクが開き、赤熱した黄金がぎらつく。

 ぶしゅぅぅと排熱し白煙を吐き出す苛虐的な(かんばせ)は、まるで野獣が獲物の首筋に食らいつかんと顎を開くように。

 そこにあるのは冷たい知性でも、戦場の矜持でもない──狩人の嗜虐。

 

 ぎらりと光る双眸が、ツインアイに浮かぶ。

 

 

「クソがッ……!」

 

 

 その言葉は、炎のようにトモヒサの意識を焼いた。

 

 

「──ッ!!」

 

 

 目を覚ますトモヒサ。

 布団を蹴って上半身を起こす。

 額を撫でると、びっしょりと冷たい汗が流れ落ちた。

 

「くっそ……」

 

 耳朶に残るあの声と重なってしまい、尚更気分が悪くなる。

 

 喉が渇いた。

 だが、それ以上に心が焼ける。

 あれはただの夢じゃない──敗北の記憶そのものだ。

 

「もう昔のことだろうが……」

 

 低く唸りながら、寝癖だらけの髪をくしゃくしゃと揉む。トモヒサは額の汗を拭いながら、床に足をつけた。

 室内の空気は蒸していて、夢の続きのように息苦しい。

 それでも、もう一度目を閉じれば、あの試合の残響が脳髄を叩いた。

 

 とある大会に参加した、あの日の記憶。

 華やかな舞台で、ファイター同士がただ強さをぶつけ合う戦場。

 その中で、己の未熟さが露わになった。

 

 "花鳥風月"から離れたのも、それが理由。

 師匠とホウカに、未だに後ろめたい気持ちが残る。

 それでも、嘱託員ではあるがガンプラバトル公式審判員なんて道を選んでいる。

 どうあっても、ガンプラを嫌いにはなれないのだ。

 

 顔を洗おうと立ち上がった。

 自室を出て、ギシギシと鳴る木造の階段を降りて洗面所へ向かう。

 鏡に映った自分の顔を見ると、ひどいものだった。

 

「……駄目だな、俺」

 

 その顔と、たかが夢に苛まれる自分をおかしく思い苦笑する。

 そして、はたと思い出した。

 

「……そうだ」

 

 ビッグリングだ。

 ホウカ、ミナミ、ララ。そして遅れてサダコも来るはずだった。

 土曜恒例のレートマッチ戦。

 気づけば、もう陽が昇っている時間。

 洗面所の蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗った。悪夢の熱が、少しだけ流れ落ちていく。

 顔をタオルで拭い、自室に戻ってスマホを触ると通知がちらほら。

 ホウカからのメッセージが一つ、未読で光っていた。

 

『先に行ってる。あとで来て』

 

 苦笑が再度漏れる。

 幼馴染みの言い回しはいつも、ぶっきらぼうさと優しさの混ぜ物だ。

 それが逆に、心に沁みる。

 

 ふと、就寝ギリギリまで調整した愛機──GP02サレナが、机に誇らしげに立っているのが目に入った。

 

 偏向塗料の混ざったブルーブラックと、マゼンタの差し色で彩った愛機。カーテンの隙間から差し込む朝陽を受け、甲虫の外殻ように複雑に照り返す。

 各部の延長や関節強度の調整、スクラッチした新規の腕部。各種ハードポイントの増設。

 自分にできることをやり切ったと自負できる姿。

 

 GP02サレナ改。

 

 ──負けてばかりではいられない。

 嘱託審判員として、一人のビルドファイターとして。

 過去の負債を清算できるように、己を見つめ、心を鍛える。

 せめてそれだけはと、"花鳥風月"から逃げても尚、柱として胸に立てた決意だ。

 

「行くか」

 

 その背に、まだ抜けきらない焦燥が尾を引いていた。

 だが、それでも。

 それでも、あいつの隣に立つために。

 それでも、この情熱を裏切らないために。

 

 

 俺は、今日も愛機と共に在る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参話──くすぶる燠火(おきび)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前十時前。

 今日は陽射しが強く、アスファルトの照り返しが眩しかった。

 ビッグリングに辿り着いたトモヒサは、自動ドアの前で一度深く息を吐いた。

 

「よし……」

 

 冷気と共に開かれた空間には、いつものように活気が漂っていた。

 店内には数人の中学生と思しきグループやもっと下の年齢層、大人を含めた常連の年長者たちが各々の席でガンプラを調整している。

 

 視線をめぐらせると、奥のブースにホウカたちの姿が見えた。

 

 いつものように黒髪を後頭部でまとめたホウカが、手元で作業している。動きやすい白のブラウスと黒のレギンスという、飾らない彼女らしい服装だった。

 

 その向かいの席には、ホウカと然程変わらない背丈のブロンド髪──ハニュウダ・ミナミが難しい顔をしている。中性的なビジュアルに加えファッション雑誌から出てきたのかと思う外見だ。

 

 その隣には、一際目立つ姿のユヅキ・ララ。名称は分からないが、ふわっとした丈の長いベージュのスカートと、ブラウンのニットベストの下に覗く白いシャツ。誰が見てもお嬢様の印象を与える、ラライヤ・マンディの生き写しがそこにいた。

 

 紺色の二枚襟シャツとジーンズという無難な格好に、今更ながら不釣り合いではないかと思った。

 

「よぉ」

 

 気取らぬ声で近づくと、ミナミが先に気づいてこちらを振り向いた。

 

「あ、寝坊助さん……って、顔死んでない?」

 

「死にはしてねえ。ちょっと寝不足なだけだ」

 

 肩をすくめて答えると、ホウカがこちらを見た。

 

「……遅い」

 

「寝坊だよ。ちょっと夢見悪くてな」

 

 ホウカは一瞬、視線を泳がせた。

 その目にわずかな心配と、怒っているようで怒っていないような、複雑な光があった。

 彼女の隣の席に座ると、傍らに立たせてあるガンダムゼラニウムが視界に入る。

 ホウカの手元には、刀とそれを納める鞘らしいパーツがあった。1/144サイズながら、ギラリと輝く刀身に確かな存在感と重さを感じる。

 

「お、それが言ってた武装か?」

 

「ん。カスタムパーツにいいのがあったから、加工してみた」

 

 簡潔的に告げ、ホウカは刀を鞘に納める。ゼラニウムを手に取り、サイドアーマーに接続した。

 ホウカが再度ゼラニウムを立たせ、そのシンプルかつ清冽な佇まいに感想を述べようとしたが、

 

「まぁ!素晴らしいです……!」

 

 向かいに座るララがぱっちりとした目をさらに大きく開眼させ、祈るように手を握り合わせながらガンダムゼラニウムを見る様を視界に捉え、言葉を詰まらせる。

 フン、フンと鼻息を荒げる様はじゃれてくる親戚の飼い犬を想起させた。

 

「大型のエンジンユニットは必要にして十分と言った印象ですが、特殊な機能が?」

 

「ある」

 

「素敵です……!それに、ステイメンのテールバインダーが華麗さと鋭さを表現してますね!」

 

「ん、ありがと。デザインにこれは譲れなかった」

 

「引き締まったダブルオーガンダム由来の手足からは、力強く凛然たる戦いぶりを想像させられます……!」

 

「誉めすぎ」

 

 常日頃の淑やかな彼女から一変、言葉遣いこそ丁寧だが、観察しながら興奮して捲し立てる様子は非常に面白……もとい、大きなギャップを生んでいる。

 腰に装備された刀を見て「あらあらまぁ!この鞘はボールジョイント可動ですか!?」と身を乗り出す。

 現に近くに座っている数人の視線が吸い寄せられていた。

 自分含め、近しい友人は見慣れているが。

 

 二人の会話に口を挟むのを控えて、目の前のミナミに話を振る。

 

「さっきからどうしたんだお前?」

 

「んー……こないだ言ったでしょ、愛機が欲しいって。どうしようかまだ迷ってるんだよねぇ……」

 

 ミナミの前には愛用してるジムカスタムが立っている。その周りにビームライフルやバズーカ、刀剣の類が幾つか、あーでもないこーでもないとカスタムさせては諦めた痕跡が散らばっていた。

 

「色々使ってみて決めるしかねぇって。俺もそんな感じだし。今日なんか丁度いいじゃん、実戦で試せば見えてくるかもしれないだろ?」

 

「だよねぇ……」

 

「あれ?トモヒサくん、エントリーしたかい?」

 

 ビッグリングの店長、フルデ・アルトがカウンターの奥からやってきた。

 

「あ!いっけね忘れてた……!」

 

「急いだ急いだ、あと10分しないで始まるよ」

 

 仲間との歓談もそこそこに、GPベースを持って参加登録を済ませなければ。

 

 レートマッチは同じ実力の相手と戦う機会があるため、腕試しと実戦経験を積む上で非常に役立つ。加えて、勝利数に応じてポイントが貯まり、それを消費することでパーツの交換など恩恵に与ることもできる。

 

 毎週、とまではいかないが、頻繁に参加している。

 にも関わらずエントリーを忘れるとは、思ってる以上に夢見の悪さが堪えているんだろうか。

 

 数人の列に並び、ふとホウカを見る。

 二人と歓談している幼馴染みは、感情の発露こそ控えめだがいつも通りの様子だ。二日前に行った事情聴取で、ホウカに影響はないかと危惧していたのだが、それは杞憂のようだ。

 そもそも、そんなヤワな奴じゃないことは交遊関係のある中では、多分自分が一番知っている。

 

(巻き込むつもりはないけど……正直、協力してくれたら頼もしいんだよな)

 

 結局、自分から離れたクセに頼ろうとしてるのだ。

 そんな情けない己に呆れつつも、列が進んで自分の番が来る。GPベースを機器に翳して登録を済ませた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 遡り、二日前。

 トモヒサの上司である二人から、事情聴取を取らせてほしいとのことだった。ホウカが朧気ながら目を開けた時に見えた人達だ。

 

 なるべく他人に聞かれない場所とタイミングを選び、その結果、栄志学園が終わってから自宅──キンジョウ家の自室に決まった。

 最初、トモヒサは何故か「でも」だの「いや」だの煮え切らない反対をしていたが、やがて観念して承諾した。

 

 両親ともガーデンショップ「風花」での仕事中のため、特に連絡はせずにトモヒサを招く。

 自室に入り、丸テーブルの反対側にアッガイを模した座布団を置いた。

 

「座って」

 

 落ち着かない様子で部屋に入ってきたトモヒサに促す。その反対側に置かれているカプールを模した座布団に座るホウカ。

 

「あ、ああ……じゃあ、失礼して」

 

 トモヒサは妙に縮こまりながら、アッガイの座布団に腰を下ろした。

 

「で、だ」

 

 トモヒサはそう切り出すと、スマホを取り出す。

 

「まず、お前に起こったことを話してくれ。俺には情報を公開する権限がないから、この間の人に繋げる」

 

「……分かった」

 

 その言葉にただ頷き返す。

 トモヒサが頷き返し、スマホを操作して横向きにして立てた。カプールの座布団をトモヒサの横に寄せる。

 相手の応答を待つ画面が数秒続いてから、画面が切り替わった。

 

 真っ白な無地の内装に、物々しい機材と大きなモニター等が映る。ごそごそと物音がした後、手にコンビニ弁当を持った褐色の肌と白髪が特徴的な──ウルフ・エニアクルによく似た──男性がオフィスチェアに座った。

 

『いやーすまない。丁度夕飯食ってる時だったんだ』

 

「すみませんエニワさん、中途半端な時間で」

 

『いいっていいって。どうせ暇してんだ』

 

「……あれ?オトサキさんは?」

 

 トモヒサがそう訊ねると、エニワと呼ばれた男性が左を向いた。

 

『あー、あいつは今風呂だ』

 

「早いっすね」

 

『12時間交代になったから、これからあいつはフリータイムなんだ。この後、朝まで俺が寝ずの番だ』

 

 そして画面越しにこちらに視線を向ける。

 

『あぁ、自己紹介が遅れたな。俺はガンプラバトル公式審判員のエニワ・シロウ。まぁ……トモヒサの上司、ってとこか?』

 

「キンジョウ・ホウカです」

 

 挨拶をすると、エニワ・シロウは首にかけた公式審判員の免許証を見せながら、白い歯が見えるほど爽やかな笑みを返す。

 

『おいトモヒサ、隅に置けねぇなぁ』

 

「そういうのは良いんすよ。ホウカは幼馴染みってだけです」

 

『はいはい。ところで本題に入る前に気になるんだが……そこどこだ?』

 

「は?」

 

 妙なことを訊ねられ、トモヒサと顔を見合わす。

 

「どこ……って、ホウカの部屋です。見て分かりませんか?女子の部屋って……」

 

 と、トモヒサは背後を見た。そこには、古武術会や稽古で使う木刀が3本、刀立てに立て掛けられている。

 

「……まぁ、珍しいですけど」

 

「……何?」

 

 確かに、無地の白い壁には何も飾っていないし、普通は木刀を自室に置かないことくらい理解している。

 だが、心外だ。示すつもりはないが、エルメスのクッション(シャロンの薔薇ではない方)を抱えた。

 

「たまたま映ってるのがここなだけ。ちゃんとかわいいのも、あるし」

 

『悪かった悪かった、俺の失言だ。こんなかわいい子が木刀持ってるのが意外だっただけだ』

 

『ンだぁ?未成年口説いてンのかぁ?』

 

 突然女性の声がしたと思うと、シロウの隣にシャツ一枚と短パンといったラフな格好の女性が現れる。金髪をかき上げ、モニターを覗き込んできた。

 下着を着用していないのだろう、前屈みになったことで迫力のある胸が重力に従って垂れ、襟から覗く。

 

「ばっ……ちゃんと服着てください!」

 

『あァ?ンだよ、これか。減るモンじゃねーから気にすンな、見とけ見とけ』

 

『いい加減にしろ、お前の方が教育に悪い』

 

『ぎひひひひ、悪ィ悪ィ。オレはオトサキ・ライカってンだ。聞いたことあっか?』

 

 様子を無表情で聞いていたホウカは、そう言われて記憶を探る。オトサキ・ライカ、確かに聞き覚えがある気がして、すぐにそれを思い出した。

 

「水星杯の、三年連続覇者……」

『応さ、やっぱ有名人は辛ェわ』

 

 その活躍は、記憶に新しかった。

 三年前に第一回目が開催された『ガンプラバトルトーナメント・マーキュリーカップ』、通称『水星杯』。世界中の女流ファイターが腕を競うトーナメントで優勝し、その後三連覇を成した。

 当代最強格のビルドファイターとの呼び声も高い人物だった。

 

 確かに言われてみれば、金髪と特徴的な笑い声も、オトサキ・ライカその人であるようだ。

 

『こいつは……言わば傭兵みたいなもんだ。本部が臨時で雇ってる』

 

『来年の水星杯まで暮らせるだけのギャラくれるってンで、傭兵紛いな仕事やってンのよ。金払いがよくて助からァ』

 

 当然ながら、ホウカも水星杯のライブ配信を見ている。とても言葉で言い表せる活躍ではないが、非常に腕がいいことは間違いなかった。

 

(この人、本当にあの"裂空の堕天使"……?)

 

 目の前の画面越しに軽口を叩く女性に、ホウカの眉がわずかに寄る。

 

(……でも、ふざけているようで──目は、本物だ)

 

 彼女の目を見て、本能的に感じた。あれは戦う者の目だ。

 

「あの、そろそろ本題に」

 

 隣のトモヒサが痺れを切らしたように催促する。

 

『ああ、そうだな。じゃあ、君……ホウカくんでいいか?』

 

「はい」

 

『起こったことをできる限り詳細に教えてくれ』

 

 頷くと、「飯食いながらで悪いな」とシロウが断りを入れ、「オレは髪乾かしながらこれで聴いとくわ」とライカはインカムを取り上げて画面から消えた。

 

 そして記憶の掘り下げを行いつつ、混濁した情報を一つ一つ説明する。

 話し終えると、暫しの沈黙。

 

『──ふむ。誰もいなかった、と』

 

 ホウカは小さく頷く。無意識に、拳を膝の上で握っていた。

 

「……間違いありません。私以外には、誰も」

 

 シロウは顎に手をやり、思案するように目を細める。

 

『こっちでも確認した通り、履歴なし。AI補助も残ってない。にもかかわらず、戦略的な行動を取った……か。加えて、相手に意思を感じたって言ったな?』

 

「はい……敵意でした。NPCじゃない、誰かが操縦している、そんな気配(・・)です」

 

『そうか……』

 

 シロウがつぶやき、画面越しでも眉をひそめるのが分かった。

 

『うちの科学者の見立てと一致している。……怖いくらいに、な』

 

 映像越しに白髪が跳ねる。シロウが端末を操作すると、トモヒサのスマホの画面に粒子波形が表示された。

 

『見ろ。ホウカくんの感情に同期して粒子が跳ね上がり、それに呼応するように相手側も反応している。怒りが伝われば、怒りが返る。……共鳴だ』

 

ホウカは唇を噛み、隣でトモヒサが静かに問いかける。

 

「それって……ホウカの感情を起点に、何かが起きた(・・・)ってことっすか?」

 

『その通りだ、AI制御じゃない。外的な要因とホウカくんの感情……脳波と言ってもいいそれが、粒子を介してガンプラの自律稼働を引き起こした。俺たちはそう見ている』

 

 トモヒサが愕然とした表情で固まっている。ややあって口が動き出す。

 

「……そんなこと、起こり得るんですか? 粒子が人の感情に反応するなんて──」

 

『トモヒサ、お前感じたことないか?ガンプラバトルをしている時、妙に機体が動くって』

 

「え、それは……あります」

 

『公的に名言されてはいないが、ガンプラバトルのシステムには未解明の領域があるんだ。あんな操縦桿だけで人機一体とまで言われる動き……できると思うか?』

 

「そんな、ことが……」

 

 シロウがにやりと笑う。

 

『ガンプラは人の感情、もっと的確に言えば、ある程度脳波で動いてる。ファルネルやビットの操作を脳波で動かす現象は複数例存在するんだ。まぁ、一般的にはバトルシステムの演出だったりとか、上手いこと解釈してくれてるがな』

 

 髪を乾かし終えたらしいライカの声が、その隣から降りる。

 

『ぎひひ、ンなもんバトってりゃ理屈抜きでも理解っちまってるからなァ、ガンプラバカってのは。今更理論がどーこー言わねェ』

 

『それに、SNSで議論されたとしても、それは演出だ、なら奇跡が起きた、かっこいいからヨシ!だなんて最終的に暗礁に乗り上げるのが関の山だ。しかし、今回の粒子の波形は通常とは全く異なる』

 

 一拍置き、シロウはこちらに視線を向ける。

 

『先日の現象でも、ホウカくんはいつもと違う感覚がしたんじゃないか?』

 

 訊ねられ、ホウカはあの時のことを思い出す。

 目を瞑り、右手を握って緩く開く。そうすると、ガンプラと繋がっていたような一体感が、ガンダムゼラニウムを操縦していた感覚が蘇るようだった。

 

「……はい。あれは、とても……奇妙な感覚でした。ガンプラと一つになっていたような……」

 

 こちらを見ていたトモヒサが前に向き直り、口を開く。

 

「じゃあ、本当にホウカの感情にガンプラが……あいや、プラフスキー粒子が応え、ドラド三体もそれに同期して……しかも、その原因は他にあると……?」

 

 トモヒサの呟きに、シロウが片目を細めた。

 

『そうだ』

 

「ということは、ですよ。審判員とヤジマが探してるっていう対象は、この街に──」

 

『おっと、トモヒサ。それ以上はサイレント・ヴォイスだぜ』

 

 ライカが口に指を添えながら遮った。

 

「……っ!そ、そうです、けど……このままホウカには──」

 

『お前、ホウカくんを巻き込みたいのか?』

 

「そ、それは……!」

 

『こちらでもサポートはする。必要なら護衛の派遣も可能だ。忘れるなよ、彼女は当事者である以上に被害者だってことにな』

 

「……分かりました」

 

 トモヒサはやや俯きつつ、返事をする。

 シロウはそれに満足したように頷いた。

 

『さて、事情聴取は以上だ。……しかし、不可解なのはホウカくんが最初に語ったことだ。独りでに稼働しているバトルシステムを発見し、ガンプラバトルを始めた意識の部分が不鮮明だって部分』

 

「すみません、本当に覚えてないんです」

 

『いや、責めているわけじゃない。こちらでも原因は調査するが、もし思い出したら報告してほしい。すまないな、これ以上開示できる情報はないんだ。理解してくれると助かる』

 

『なンてったっけか?シュヒ……ギム?ギンガナム?とかいうメンドクセェのがあンのよ、審判員ってのはさ』

 

「大丈夫です。理解してます」 

 

『ありがとう。今後も継続して調査を進めるし、もしまた似たような現象に遭遇したら連絡先に報告してくれ』

 

「はい」

 

 モニター越しのやりとりは、妙に濃密だった。

 真剣で、冷静で、そして──どこかで彼らも、怯えているように見えた。

 

 沈黙を破ったのは、オトサキ・ライカだった。モニターの向こうでニヤついた顔をこちらに向けると、急に芝居がかった声色になる。

 

「──ま、若い男女が揃って部屋にいるなんて、何も起こらねェワケねェよなァ~?このあとしっぽりかァ?」

 

 ホウカの眉がぴくりと跳ね、トモヒサはすぐに赤くなった。

 

「し、しませんよっ!そういうのじゃ──」

 

『ぎっひゃひゃひゃ!ジョーダンだよジョーダン!んじゃ、また連絡するわ~』

 

 嵐のような声が終わると同時に、通話が切れた。

 耳の中で、ふざけた笑い声が木霊するようだった。

 

「……ほんっと、あの人……」

 

 トモヒサは顔を赤くしながら、後頭部をポリポリと掻いた。

 トモヒサは立ち上がり、制服のシワ を軽く整える。

 

「……そろそろ帰るわ。そろそろタカトさんとユウカさんも仕事終わるだろ」

 

「あっ……、ん。今日はありがと。来てくれて助かった」

 

 ホウカは立ち上がって、玄関まで彼を送る。

 夕暮れが、玄関の磨りガラス越しに淡く差し込んでいる。

 靴を履きながら、トモヒサがふと振り向いた。

 

「──なあ、ホウカ」

 

「何?」

 

「お前さ、怖くなかったか?あの現象は悪夢か何かだった、って」

 

 彼の目は、意外なほど真剣だった。こちらを慮るような、不安と慈愛が混じったような視線。

 

 ホウカはしばし黙って、視線を落とす。

 思い出すのは、あの瞬間──確かに、今思えば不可解だ。しかし、あの時感じていたのは恐怖よりバトルへの渇望だった。そして、ガンプラに心と体が融和するような高揚感。

 その感覚が、確実に残っている。

 

 だから、答える。

 

「……怖くは、なかった。今は知りたいって気持ち」

 

 トモヒサは微かに笑って、頷いた。

 

「──なら、それでいい」

 

 その言葉を残し、ドアを開ける。

 夕焼けに染まったアスファルトが、彼の背を輪郭づけるように照らした。

 そして、軽く手を振ると、キンジョウ家の門を出て歩き始めた。

 

 静かな夕刻。

 ホウカは扉の前に立ったまま、しばらくその背中を見つめていた。

 

(トモヒサが審判員だったのも驚いたけど、それ以上に……)

 

 自分は、どうしたい?

 被害者だと言われれば、それまで。専門家に任せて事件の終息を待てばいい。

 でも、それでいいのだろうか?

 自分の身に降りかかったことだ、その真実を自分の目で確かめたいと思うのは、自然なことだろう。

 

 ホウカは、シロウに言われた言葉を反芻しながら、ただ待って庇護される自分がひどく気に入らないと感じている。

 

 だが──

 その胸の内に、戦いへの強い渇望が宿っているのを、ホウカは自覚できずにいた。

  

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 宇宙紀元(コズミック・イラ)の街に、機影が駆ける。

 

 L3宙域の一点、オーブ連合首長国が保有する資源衛星コロニーであるへリオポリス。巨大な円筒内部に再現された都市空間は、街並みと街並みが向かい合い、互いを逆さに見る人工の世界。

 この仮想フィールドは、その一角を再現していた。

 

 工業カレッジと併設されたモルゲンレーテ社の施設は、白いモビルスーツと緑のモビルスーツにより一騎討ちの場と化している。

 

 キラ・ヤマトとアスラン・ザラが邂逅を果たした工場区画、そこに着地する二機。

 

 ガンダムゼラニウム。

 対するは、ソードカラミティ。

 

 ゼラニウムは、新たに装備したビームライフルを手にしていた。このレートマッチ戦を活用し、中~遠距離の射撃に慣れておきたいという理由からである。

 対して緑色の体に剣士としての赤い装甲を纏い、二本のシュベルトゲベールを両手で構えるソードカラミティ。

 

 ホウカは、ビームライフルで牽制しつつへリオポリス内を駆け回っていた。相手は腹部のスキュラやマイダスメッサー等で応戦しつつ接近戦を仕掛け、巧みに攻め立てる。機体特性を活かした戦法だった。

 自分はと言えば、不慣れな射撃に翻弄され思うように動けずにいる。

 

『抜きなさいよ、その刀を』

 

「っ!」

 

 対戦相手の女性の声に、心が震える気がした。

 背部のハードポイントにビームライフルを納め、腰に佩いた刀の柄に右手を添える。

 居合抜きの構え。

 

『面白いじゃない。早くそうしてくれればよかったのに』

 

「すみません」

 

『大方、練習のためだったんでしょ?じゃあ、ここからは──』

 

 ソードカラミティは腰を落とし、重心を前に構え直す。

 

『──本気ね!』

 

 胸部に空いた砲口が、仄かに光った。

 その僅か溜めの瞬間に、寝かせた鞘から一息に抜き放つ。無駄な力を入れず、機体の可動性による滑らかな抜刀。

 

 スキュラの光軸が迸る。

 抜き放った刃が、紙を切るかのようにそれを引き裂いた。

 

 散逸したビーム光が、背後のモルゲンレーテ社の工場を焼く。

 淀みなく正眼に構え直し、腰溜めにする。

 

『やるじゃないッ!』

 

 ソードカラミティが駆け出し、人工芝の公園地帯を踏み砕く。寸断するように片方のシュベルトゲベールを振るった。

 

『せぇいっ!!』

 

 斬撃というよりは、対艦刀故の質量重撃。

 それが振り下ろされると同時、頭部より高く刀を掲げる。刃を伏せ、寝かせた状態──霞上段でその重い一撃を平地で受けた。

 

 瞬間火花が散る中、しかしシュベルトゲベールが押し込まれる勢いには抗わず、鋒を下げつつ撫でるように受け流す。

 

 ぶつけず、跳ねず、滑らせる。

 シュベルトゲベールを斜めに逃がし、そのままソードカラミティの脇を抜けて側面へと沈み込むように歩を進めた。

 

『なっ──』

 

 体勢を崩したソードカラミティの背面へ向け、体を翻して袈裟斬りに転じた。

 

『──に!?』

 

 風のように、静かに、鋭く。

 ゼラニウムの刀が弧を描いた瞬間、刃が空気ごと斜めに切り裂く。

 

『ッ!……まだっ!』

 

 しかし、ソードカラミティは踏みとどまっていた。

 体勢を崩したはずの左腕が、二本目のシュベルトゲベールを後方へ強引に振り上げられる。

 

 火花を散らし、ゼラニウムの刃を押し止めた。

 鋼と光が擦れ合い、ヘリオポリスの偽りの空に閃光が咲く。

 両機は剣戟の衝撃で体勢を崩すが、得物が小ぶりな分、ゼラニウムが僅かに先を取った。

 

 押し合いは一瞬。ホウカは深く息を吸い、己の体の芯に重ねるようにゼラニウムの重心を沈めた。

 

 力で競うのではない、流れを掴む。

 

("野分(のわき)")

 

 ゼラニウムの膝がわずかに沈み、次の瞬間、両手で刀を握り込んだままソードカラミティの胸部に肘を打ち込んだ。

 衝突音が響き、ソードカラミティが大きく仰け反る。

 その一撃だけで、姿勢が崩れる。

 

(風ノ太刀──)

 

 勝機の逃さない追撃。

 ゼラニウムは滑らかに体を捻り、腰を絞って刀を胸元に引き絞る。

 

 狙うは鳩尾、スキュラの砲口。

 

(──"(おろし)"っ!)

 

 刹那、突風のような白刃が走り、ソードカラミティの鳩尾を穿った。

 胸部に眩い閃光が炸裂し、プラフスキー粒子が流星のように散る。

 

『ぐ……っ!?』

 

 呻き声が通信に洩れた。

 刀を引き抜き、ゼラニウムは後方へ飛び退く。

 ソードカラミティは、仰け反った体勢のまま硬直した後、スキュラの砲口が火花を散らして爆ぜた。

 モルゲンレーテ社の施設が爆光に照らされる。

 

「……ふぅ」

 

 ホウカは小さく呼吸を整え、ゼラニウムに刀を鞘に収めさせて佇んだ。

 

『BATTLE END』

 

 電子音声が響き渡り、人工都市の景色は粒子の霞にほどけて消えた。

 

 ホウカは深く息を吐き、コントロールグリップから手を離す。

 硬質な握りの感触が、まだ掌に残っていた。

 刀――ゼラニウムに持たせた実体剣。

 その重みと馴染みの良さは、彼女にとって呼吸の一部に近い。

 切り結んだ時の研ぎ澄まされた感覚は、やはり自分の戦い方に最も合っている。

 

 一方で、試みた射撃戦の手応えは鈍い。

 ビームライフルを構えた瞬間、どうしても身体が遅れる。

 狙う意識が強すぎて、足と目の連動が乱れる。

 牽制にはなるが、主軸にはできない。

 

「まだまだ、練習がいる……」

 

 小さく呟き、ホウカは対戦していたOLと思しきスーツ姿の女性と健闘を称え合った(この後仕事だと愚痴を溢していた)。

 

 ホウカは筐体から離れ、待っていた仲間たちの姿を見つける。

 

「お、来たな」

 

 先にレートマッチを終えていたトモヒサが、腕を組んで口角を上げる。

 

「一足先に終わりましたので、拝見していました。美しい仕合でした!」

 

 ララが軽やかに笑う。

 彼女の使うガンプラは舞うような戦法を得意とし、同じ剣士然としたスタイルだが太刀筋が全く異なる。興味を引かれる気持ちは、お互い様だ。

 

「僕の方はズタボロだったよ……。さすがキンジョウさんだね」

 

 ミナミは調子が乗らないようで、自嘲気味に笑った。

 ホウカは少しばかり苦笑を返す。

 

「ん、ありがとう。でも、ライフルは全然駄目だった。撃つと体が止まっちゃう」

 

「そりゃ慣れるしかねぇだろうな。お前は切り結ぶ方が板についてるが、遠距離の手札がないと詰む相手もいるから、今後の課題ってワケだ」

 

 トモヒサの言葉は淡々としていたが、真剣さを帯びていた。

 

「わたくしは、今のままでも美しいと思いますけど」

 

 ララは目を輝かせてそう言う。

 

 ホウカは仲間の視線を受けながら、ふとゼラニウムの姿を思い浮かべた。

 自分の刀、そして未だ不器用な射撃。

 その両立ができるかどうか――新たな課題を心に刻む。

 

「遅くなりましたわ~!」

 

 声に振り向けば、上品なブラウンのワンピースを揺らして駆けてくるアンドウ・サダコを目に留めた。

 実家に当たる樫葉神社の仕事があったため、遅れて合流すると連絡があった。

 

「よう。遅れたって言っても、どの道エントリーには間に合わなかっただろ?」

 

「あら、他者のバトルを観覧するのも大事ではなくて?」

 

「まぁ……そりゃそうか。それで、午後はエントリーするのか?」

 

「勿論ですわ」

 

「アンドウさん、この日のために調整頑張ってましたものね」

 

「ん、楽しみ」

 

「うわ~!やっぱり僕も自分だけの愛機ほしい~!」

 

 賑やかに会話を交わしつつ、午後に備えて昼食を摂るためにビッグリングを出る。

 笑い声が交差する中、ホウカは胸の奥に残る刀の感触を、そっと確かめていた。

 課題も、迷いもある。けれどそれらは、確かに前へ進む糧になっていく。ガンプラもそうだが、件の事件に関して自分はどんな行動を取るべきなのか。

 

 ホウカはふと、談笑しながら歩くトモヒサを見上げながら、その横顔を盗み見た。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

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