「君、大丈夫か?」
パルデア地方が誇る名門グレープアカデミーへと続くテーブルシティに存在するアカデミー名物地獄の階段。途中の階段で腰を掛け、酷く辛そうにぜえぜえと息を吐く少女に声を掛けた。
「はぁ…はぁ…大丈夫じゃないです…」
「これ飲みな、まだ開けてないから」
「ありがとうございます…」
先程買ったばかりのおいしい水を少女に渡す。
受け取った礼を言った後、彼女は一気においしい水を飲み干した。
「ぷはっ…はぁ…はぁ...助かりました…!昔から体力無くて…あ、私は今日から入学するネモです!」
「あぁ、俺はキレン。去年入学したから1つ上だな。よろしく」
「わっ!先輩なんだ!よろしくお願いします!」
満面の笑みで差し出した手を握り返す彼女。
これがネモとの出会いだった。
それからというもの、ネモが先輩先輩と雛のコアルヒーのように着いてきた。
そんな初めて出来た後輩が可愛くないはずがなく、学校の施設の案内から勉学まで様々な事をネモに教えていた。
それはポケモンバトルも例外ではない。
「先輩!バトルしましょう!」
彼女は異常なまでにバトルが好きだった。四六時中バトルの事を考えて動いている。
「いいぞ、いけヤヤコマ!」
どうやらネモは貰ったばかりのポケモンでバトルをしたいそうで、それに合わせて自分も捕まえたばかりのヤヤコマを繰り出した。
捕まえたてでまだ連携もそこまで上手く取れない。けれど、初心者のネモ相手ならいい勝負にはなっても負けはしないだろうと高を括っていた。
結果は…
「やったーーっ!!」
俺が負けた。幾ら捕まえたばかりのヤヤコマだったとはいえ、初心者に負ける程腕は悪くないはずだ。
ネモの戦い方は初心者が扱うポケモンとは明らかに動きが違う。
「上手いね、もしかしてバトルした事あったのか?」
「ううん、今日のバトルが初めて!楽しかったー!」
あの動きで初めてなのか?ありえない…いや…
その後も何度か戦い、それは疑問から確信へと変わっていく。
最初は楽しかった。どんどんと成長していくネモを見るのが。強くなるネモと戦うのは楽しかった。
けれど…
次のバトルも負けた。レベルを合わせたからだ。
本気でやれば負けない。
また負けた。レベルは合わせたが本気で勝ちにいった。にも関わらず負けた。
宝探しの季節になった。俺はすぐにジムチャレンジを再開した。焦りがあった。追いつかれたくなかった。
彼女の先輩というプライドがあった。
だがジムはそう甘くない。
負けて、負けて、負けて、負けて…数え切れない程負けて…
あぁ…彼女が迫ってくる。凄まじい勢いでジムを制覇していくネモ。俺が苦労して集めたジムバッジを次々と容易く手に入れていく。
「ムクホーク、からげんきです」
カイデンが吹き飛ばされた。目を回し、戦闘不能。全ての手持ちが戦闘不能となり目の前が真っ暗になる。
膝を折り地面に手をつく。まだだ…まだ、早くしないと…
「…焦りすぎです。他人の私が言うのも何ですが…」
焦りすぎだと?そんなことは無い!急がなければ、彼女が来てしまう!俺を追い抜いてしまう!俺の今までの努力が…!!一瞬で…否定されてしまう!!
「コモルー、戦闘不能!よって勝者、ネモ!」
あぁ…遂に本気で戦ったのにも関わらず…負けた…
小さい頃からトレーナーの父に憧れてポケモンバトルに明け暮れて来た。血に汗にぎる思いで強くなる為に努力してきた。だがそんな努力は、生まれ持った才能の前では無力だ…
「…分かってた」
あぁ…彼女は…ネモは天才だ…
目の前が真っ暗になった。
考えたくもない、思い出したくもない。俺の顔を見たネモの顔を。俺の言葉で傷ついた彼女を。
俺はネモを拒絶した。勝てない、勝てない、勝てない。何故なら俺には才能が無くて、ネモには才能があるから。
彼女はその後、順調に全てのジムを制覇していき、遂にはポケモンリーグまで制覇しかつての俺の夢、チャンピオンランクにまで登り詰めた。
やっぱりだ。ネモは天才だ。凡人の俺が、彼女に勝てる訳が無かった。
何がチャンピオンランクになるだ。
何故ネモの先輩としてのプライドがあったのか。
烏滸がましい。夢見てんじゃねぇよ。身の程弁えて生きろよ。
それから俺は宝探しの期間、ずっと怠惰に生活を続けていた。日課であったバトルの特訓も次第にすることが無くなった。
俺の変わり様にクラスメイト達が心配して声を掛けてくれたが、全て大丈夫だと周囲の手を振り払った。
ネモとの交流は、あの日を境に消え去った。
コモルーが俺を心配そうに見つめてくる。
コモルーには悪い事をしたと思っている。父さんから貰った卵から孵化したタツベイ。空を飛ぶ事をずっと夢を見てきた。
俺と空を飛ぶ為に…俺を信じて、進化してくれて…殻に籠ったというのに…
本当に…ごめんな…俺じゃお前を進化させてやれない…不甲斐ない俺で…本当にごめん。
気にするなと頭を擦り付けてくるコモルーに申し訳なさと自身への情けなさでまた気分が下がる。
わぁわぁと歓声が聞こえた。
そちらを向くと、テーブルシティの中央広場のバトルコートでポケモンバトルが行われている。
バトルをしているのは問題児たちの集まり、スター団のしたっぱと見慣れない三つ編みの少女。
スター団のしたっぱはシルシュルーとヤングースを繰り出し、対して三つ編みの少女はホゲータを繰り出している。
2対1。誰がどう見ても三つ編みの少女が不利な状況だが、的確な指示をホゲータに出す事で2匹を錯乱し、ずっと有利に戦っている。
ホゲータのひのこがシルシュルーに直撃し、戦闘不能になったところで、俺にとって懐かしい、聞きたくて聞きたくなかった少女の声が響き渡る。
ネモだ。チャンピオンとなったネモは、1年生にも関わらず生徒会長も兼任している。文武両道とはこういった彼女のことを指す言葉であろう。
ネモが現れるまで、チャンピオンになれると信じていた凡人の俺とはえらい違いだ。
どうやらネモは三つ編みの少女と知り合いらしく、彼女に何かを手渡した。
あれは、テラスタルオーブ。この地方特有のタイプを変化させるテラスタルを人為的に引き起こす言わばテラスタル起動装置。
専門の授業を受け、一部の認められたポケモントレーナーしか所有が認められないテラスタルオーブ。
それをネモが直々に少女に渡した。つまり、三つ編みの少女はネモが認めるだけの実力の持ち主ということか…
早速、軽く使い方を聞いただけで少女はテラスタルオーブを使いこなし、残ったヤングースを戦闘不能にした。
興奮するネモを見て…後悔と共に…嫉妬。
なんだこの感情は、もう捨てたはずだ。そんな感情。俺にはそんな感情を抱くことすら烏滸がましいというのに…
学校へ向けて歩き出した。一瞬、ネモと目が合ったような気がした。
今回の宝探し。新しいチャンピオンランクの生徒が誕生した。名はアオイ。この前、テーブルシティでスター団のしたっぱと戦っていた三つ編みの少女だ。
やはりネモが見込んだだけのことはある。才能の塊だ。バッジを集めた期間はネモよりも短い。
そして…
「ラウドボーンッ!!フレアソングッ!!」
「マスカーニャッ!!トリックフラワーッ!!」
互いにテラスタルしたラウドボーンとマスカーニャの凄まじい威力の技同士がぶつかり合う。相性という概念をひっくり返し、2つの技は拮抗する。
「オーバーヒートッ!!」
「マスカーニャッ!?」
不意に放たれた第二陣。フレアソングにて威力が上がった全てを焼き尽くす業火がマスカーニャに襲い掛かり、マスカーニャの頭部に現れたテラスタルの王冠が煌びやかに砕け散った。
戦闘不能。
チャンピオンランクの二人による戦いの勝者はアオイだった。
凄まじい、それしか言う言葉が見つからなかった。
周りの生徒が言った言葉を信じるなら、今までアオイはネモに負けたことがないという。この戦いまでは全力では無かっただろうが本気だっただろう。恐れるほどに圧倒的な才能。
思い返せば今のネモは全く俺と同じ境遇。色々と教えて来たポケモンバトルの後輩にこんな短期間で追い抜かされた絶望。
そんなネモは…
「や…やったーーっ!!」
拍子抜けする程、明るい笑顔を浮かべていた。
何で?何でネモは、そんな顔をするんだ?
俺には理解出来なかった…いや、彼女の性格を思い返す。
彼女はバトルが死ぬ程好きだった。
彼女は死ぬ程…バトルを楽しんでいるんだ。
勝っても負けても、楽しい。ゲームだってそうだ。勝ち続ける先にあるのは孤独。勝ち負けを共有できる人がいてこそ成長出来る。
たった1人だけが強くても、そこにあるのは強者故の孤独。
彼女を俺と同じ物差しで決めつけてしまった。そうだ、彼女がそんなことでヘタれる訳が無い。
次はどう対策するか、次はどのようなポケモンを使うか。
ネモは既に次の事を考えている。前の失敗を次に生かす。
それに対して俺はどうだ。少しの失敗を、たった数度の敗北を今までずっと引っ張り続けて次に生かさない。次に行こうとしない。情けない…本当に情けない…
「キレンさん、貴方が何故、ネモさんに追い付かれたくないと思ったのですか?」
話しかけて来たのはこのグレープアカデミーの校長、クラベル先生だった。
クラベル先生の問いに思考を巡らせる。
そうだ、俺は…ネモとずっと戦いたかったんだ…
本気のネモと戦って勝ちたかったんだ。
頼れる先輩でありたかったんだ。
勝手に負けて…勝手に絶望して…勝手にネモを傷つけて…いつしか勝利に拘って…負けるのが怖くなった。
本当にどうしようもない奴だ。
勝ちたいじゃあない。戦いたいんだ。
宝物はすぐ側にあった…
アオイと楽しげに話すネモを見る。
嬉しい、楽しい、歓喜、興奮、全てが混じりあった純粋で満面の笑み。
久しぶりにその顔を見た…
かつて自身に向けてくれていたその表情…
俺はネモの…
「答えは出たようですね。貴方の宝物、取り戻せるといいですね」
「ありがとうございました!校長先生!!」
居ても立ってもいられない。俺はすぐに校舎へ向けて走り出した。
「青春ですねぇ…こうして若者の背中を押すのは大変キモイーものですね」
そこから俺の時は再び動き始めた。
コモルー達に今までのことを謝罪し、これからも俺について来て欲しいと懇願する。
ようやくか、というように俺を許してくれたポケモン達と共に特訓に明け暮れた。
今までよりも、苛烈に、繊細に。
才能があるからなんだ、才能がないからなんだ。
俺は努力で才能の限界を超えてやる!!
「覚悟を決めたようですね…今の貴方はまるで籠から解き放たれた鳥ポケモンのようです…」
ずっと勝てなかったチャンプルジムのジムリーダーアオキに勝利を収めた。それと同時にコモルーが殻を破る。
灰色だった身体は、タツベイの頃を思わせる青色に戻り、赤い三日月のような翼をはためかせる。
タツベイの頃から夢であった空を飛ぶ事が出来るようになり、感動のあまりか号泣しながら抱き着いてくる。大きくなっても中身は変わらない。
ジムクリア、進化祝いとアオキさんに宝食堂のメニューを奢ってもらい、最後に名刺とリーグの連絡先を渡された。
「リーグは常に人手不足ですからね…貴方がなれば…私も楽になります…考えておいてください、どうせあの人にスカウトされると思いますので…」
何やら期待されているようだ。元気よくお礼を言えば、少しだけ同情の籠った目で見られた気がするが気にしないでおくことにする。
それから残りのジムを全て制覇する。相棒のボーマンダを筆頭に、手持ちのポケモン達はよくこんな俺の為に頑張ってくれた。
感謝してもし足りない。
若者の力になりたいおじさんと戦いつつ、ポケモンを癒してポケモンリーグへと挑んだ。
「最後の質問です。貴方にとってチャンピオンとは何ですか?」
「宝物に辿り着くまでの過程です」
「過程…ですか…なかなかおもろいこと言うなぁ…」
ポケモンリーグ、面接を担当する四天王、チリさん。
面接時の丁寧な言葉遣いは消え去り、普段のコガネ弁に戻ると同時にフツフツと煮え滾る戦意が解き放たれる。
「ウチらも舐められたもんやなぁ!合格やキレン!四天王を倒してその宝物、掴み取ってみぃ!!」
「当然ッ!全員倒して俺は宝物を取り戻すッ!!」
▼▼▼
私の名はネモ。ただただバトルが好きなごく普通の女子生徒である。
他の子とちょっと違うのはバトルへの熱意が強すぎる事ぐらいだろうか。
「暇だー!バトルしよ!!」
「嫌、さっきバトルしたばかりでしょ」
スマホを弄るボタンにもう一度バトルを挑むも断られてしまう。
普段ならアオイと何戦もバトルをするのだが、今は林間学校でキタカミの里に行っている為、彼女とバトルすることが暫くの間出来ない。
ボタンとバトル出来たのもしつこい私にボタンが折れてくれたからだ。楽しかったなー。
「というかウチらやアオイ以外にバトルしてくれる人とか居ないん?」
「うーん、やっぱり他の子だと私がチャンピオンだから…とかで負けて当たり前って感じで壁を感じるんだよねー…せめて全力で来てくれたら嬉しいんだけど」
ふと、一瞬思い出した。かつて、私とずっとバトルをしてくれた先輩を。私が壊してしまった先輩との関係を。
「いきなりフリーズしてどした?」
「ちょっと昔のこと思い出しちゃってねー…気にしないで!」
私が彼と出会ったのは入学初日のことだった。
「突然の自分語りどした?」
グレープアカデミー名物の地獄の階段で早々へばってしまった私に水を差し出してくれた彼。
学年は1つ上で名はキレン。
彼は私の憧れだった。
頭が良くて、運動神経も良くて...なによりもバトルが強かった。
入学したての頃、何度かバトルを見学させて貰ったが、その時に彼の動きに魅せられた。
バトルの間に垣間見れたパートナーとの信頼関係。プロトレーナーとなれば至極当然のものなのだが、ポケモンを貰ったばかりの当時の私は憧れた。そして何より、バトルを楽しんでいるのが特に印象に残った。
その時先輩は私と同じだ、同類だと1人喜んだ。
それから何度も何度も先輩とバトルをした。ポケモンをバトルする度に入れ替えて、持ち物を入れ替えて、戦法を変えて、戦って、戦った。
多分、ほぼほぼ毎日だったような気がする。
先輩は私のポケモンに合わせてレベルを下げてくれたから、どうにか全て勝つことが出来た。センパイが手加減してくれていなければ勝つ事は無かっただろう。
けど、その時の私は先輩の変化に気づかなかった。
「先輩!寝不足ですか?」
「ちょっと新しい戦い方を考えててあまり寝れてないんだ」
「そうなんですか!?私もまた新しい戦法思いついたのでバトルしませんか!?試し合いましょう!!」
「…そうだな」
先輩の顔に隈が出来ていた。その頃からはいつも具合が悪そうにしていた。
どうして私はもっと早く気づかなかったのだろう。
もっと早く私が気づいていれば、あんな事にはならなかったのに。
パルデア地方が誇るグレープアカデミー。年に一度のパルデア全土を巻き込む一大行事、宝探しが遂に始まった。
私は目標は勿論、パルデアリーグ制覇!!先にいる先輩を目指してポケモン達と共に突き進んだ!!
校長先生の話が終わったと同時に近くのジムから順に片っ端から駆け込んだ。調子のいい日は一日で2つのジムを回ったりもして、ようやく先輩と同じジムに辿り着いた。
ジムの前で佇む先輩に声を掛ける。
「わぁ!凄い奇遇!先輩、ここで会ったのも何かの縁!バトルしましょう」
「………もう、来たのか…」
「?」
「…わかった、やろう」
チャンプルシティの端にあるバトルコート。先輩と向き合い、お互いのポケモンを同時に投げる。
「いけ!レントラー!!」
「羽ばたけ、アーマーガア!」
先輩が繰り出したのはこの前のバトルで戦ったアオガラスの最終進化系。わんぱくな性格で打たれ強いのが特徴だ。
例えレントラーの弱点技でも物理技では耐えられてしまう。けど…!!
「レントラー!10万ボルト!!」
アイアンヘッドでレントラーに突撃するアーマーガアに10万ボルトがヒットする。
強力な弱点技に堪らずアーマーガアは叫び、技を中断してしまう。
先輩のアーマーガアは特殊技が苦手だ!
「追撃のかみなりのキバ!!」
「アーマーガア!アイアンヘッド!!」
アーマーガアは動かない。否、麻痺で痺れて動けない。そこに追撃のかみなりのキバが命中。目を回して戦闘不能になった。
「くッ…!!」
そこからはかなり一方的な戦いだった。レントラーは倒されてしまったものの、残りの先輩の手持ちのポケモン3体を全てガバイトが戦闘不能にしたのだ。
「やったねガバイトッ!!先輩に勝てたよッ!!」
ぴょんぴょん跳ねるガバイトに抱きつく。
「ヴェア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
鮫肌で傷つき痛みで叫んでしまうが、そんな痛みよりも嬉しさが勝ってしまった。遂に、遂に先輩の全力を打ち破ったのだ!先輩の相棒のコモルーさえ倒せてしまったのだ!
「先輩!!またバトル…を…」
「分かってた…」
膝を着き項垂れる先輩を見て、高揚していた気分が一気に冷えて行ったのを覚えている。
「またバトル…?もう、俺はしないよ…」
「え、え?な、何でですか…?先輩…」
「俺には…才能がないから…」
「そんなこと「あるんだよッ!!」ッ!?」
先輩が立ち上がり、いつもとは違う黒く濁った瞳で私を見つめてくる。やめて…そんな目で見ないで…
「普通は6匹以上もポケモンを育てられないんだよ!!俺なんて4匹しかまだ育てられてない!!ネモ、お前は何匹育てた?10匹?それ以上だよなぁ!?戦法も、道具も、技も、そんなにコロコロと変えれないんだよ普通は!!お前は特別なんだ!!天才なんだよ…。
そんなネモとバトルしてると…俺が惨めになる。
俺が1つ戦法を考えればネモは既に幾つも戦法を考えている!!
俺が1匹をようやっと育成すれば既にネモは3匹は育成してる…器が違うんだ、俺には才能がないんだ…
もう、ネモとバトルするのが辛いんだ…」
吐露される言葉。吐き出される言葉。聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。
私はいつの間にかその場から駆け出していた。
そんな顔をする先輩が見たかったんじゃない。私が見たかったのは…あの時見た先輩の…
なんで、もっと早く気づかなかったんだろう。私の後悔。懺悔。私の行動が、全ての言動が先輩の心を蝕んでいたということを。
あぁ…辛いなぁ…
「いや、それネモは悪くないでしょ」
「ううん、私が悪いの。先輩が傷ついたのは私のせい」
いやいやいやいやとボタンと言い合いになる。
そんな中、ガラリと私達のいた教室が開けられる。
「お、いたいた」
教室に入ってきたのはペパー。私達とエリアゼロで冒険をした仲間で友達。手に持つ紙をペラペラと振りながら私達の方へと歩いてくる。
何だろうか、それに視線が合っていることから用があるのは私?
「これ、お前に渡してくれって頼まれてな」
「なになにもしかしてラブレター!?」
身を乗り出して興味津々なボタンに苦笑いしながらペパーから紙を受け取る。これは…
「ラブレターじゃねぇ…これは…」
デカデカと太字で書かれた言葉。ワクワクでドキドキな初めての経験。
「果たし状ちゃんだぜ」
指定通りの場所。グレープアカデミーのバトルコート。時間は夕方、手持ちは…本気の本気、私のこれまでの宝探しでの集大成。
時間の30分前にはバトルコートに現着し、ウォーミングアップを始める。
「まさかネモと本気で戦いたいなんて…もしかして新しいチャンピオンランクの生徒とか…?」
「え、私それ初耳!!?」
「だってウチがハッキ…いやなんでもないし」
「まーたやってんのかボタン、懲りねぇ奴だなぁ…おっ、来たみたいだぜ」
ペパーの言葉に、足音がなる方へ顔を向ける。
驚愕、困惑。どうして彼がここにいる?
「先…輩…?」
私がかつて壊してしまった関係。その相手であるキレン。彼が私の目の前で、対面のトレーナーコートに立つ。
「こうして話すのは久しぶり…だな」
少しだけ気まずそうに頭を搔くキレン。
次の瞬間には深々と頭を下げる。
「ネモ…すまなかった」
「え?え?」
唐突な出来事に混乱する。訳が分からない。
「俺はお前を侮辱した。ネモの努力を才能と卑下した。傷つけてしまった。本当にすまなかった」
「そ、そんなこと無い!!私…私が…!!」
「ネモは優しいな…けど、これは俺のケジメだ、覚悟だ、意地だ。誰がなんと言おうとこの謝罪は取り消さない」
頭を下げ続ける先輩。あの頃と同じ、こうなってしまったら意地でも意見を変えない。
そんな変わらない先輩を見ていると何だか面白くて笑ってしまう。
「じゃあ、謝罪は受け取ります。それで、先輩。私をここに呼び出したのは?」
「わかってるだろ?」
頭を上げた先輩がボールを私へと突き出す。
「その為の謝罪、ケジメだ。前まではネモがチャレンジャーだったが…晴れて今日から、俺がチャレンジャーだ!!」
凄まじい熱量の闘志がギラギラと先輩の体から溢れ出す。まるで猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべ私を見据える。
そう、そうだ。私が見たかった…ついに見ることが出来た先輩のその顔。
ドクンドクンと激しく心臓が脈動する。歓喜、興奮、そして何かは分からない熱い感情。全てが混じった熱が私の身体を包み込む。
「それでは審判は私が努めましょう」
サッとその間に入ったのはパルデアリーグ委員長、オモダカ。
「それと、ボタンさんには後でお話があります」
「げぇッ!?」
ボタンは逃げようとしたがペパーに回り込まれ逃げ場を失った。すでに買収済みである。
「裏切り者ーッ!!」
「許せボタン!俺の内申点が掛かってんだ!!」
「ゴホンッ、それではチャンピオンランクのネモと同じくチャンピオンランクのキレンの6対6のフルバトルを始めます。両者構えて」
サラリと告げられた情報。先輩はパルデアリーグを制覇しアオイに続きチャンピオンランクと成った。
だが特段と驚くことは無い。先輩ならなって当然。何度も戦った私は確信している。
「試合開始ッ!!」
始まりの掛け声と共に両者ともにボールを投げる。
「推し潰せ!アーマーガアッ!!」
「いっておいで!ルガルガンッ!!」
「「共に実りある勝負をッ!!」」
チャンピオンのキレンが勝負をしかけてきた▽
▼▼▼
「ムクホークッ!!ブレイブバードッ!!」
「マスカーニャッ!!トリックフラワーッ!!」
火蓋は切って落とされた。
「ファイアローッ!!フレアドライブッ!!」
「ケンタロスッ!!レイジングブルッ!!」
2人の全身全霊の戦い。
「タイカイデンッ!!追い風からのエレキボールッ!!」
「ハピナスッ!!瞑想してから火炎放射ッ!!」
倒しては倒れ、倒しては倒れの繰り返し。
「ぺリッパーッ!!ハイドロポンプッ!!」
「パーモットッ!!でんこうそうげきッ!!」
いつの間にか集っていた観客達は高レベルなバトルに歓声を湧かせる。
バトルを嗜むものはその一挙一動を見逃すまいと目を血眼にしてそのバトルを観察する。
そしてとうとうお互い最後のポケモン。
まるでサウナにいるかのようにバトルコートを包む熱気。汗を滝のように流す2人は同時にテラスタルオーブに手を伸ばす。
「夢の彼方へ飛翔せよッ!!」
「光れかがやけ!!わたしの最高の宝物!!」
「「テラスタルッ!!」」
同時に場の2匹はテラスタルエネルギーを身に纏う。
キレンのボーマンダには夢を掴む更なる翼を。
ネモのガブリアスには全てを迎え撃つ大陸の如き大地の力を。
「ガブリアスッ!スケイルショット!!」
「ボーマンダッ!かわせ!」
先に動いたのはネモのガブリアス。空を飛ぶボーマンダへと照準を合わせ自身の鱗を射出する。
それをボーマンダはクネクネと不規則に動き鱗を避ける。幾つかが掠ったが殆どダメージを食らっていない。
「くーっ!!かわしながらりゅうのまい!!最高だよ先輩!!」
「そっちこそ、何か考えてるな?」
「それは先輩もでしょ!!ストーンエッジッ!!」
ガブリアスのストーンエッジ。地面から現れた無数の鋭利な岩が、上空にいるボーマンダへと襲いかかる。
「ボーマンダッ!!?」
違和感。どう考えても速すぎる。ボーマンダは避ける事は愚か、迎撃さえ出来ず、ただただ急所を守る事しか出来なかった。
さらにさらに追撃のストーンエッジがボーマンダへと放たれる。
「やられてばかりでたまるか!!ドラゴンクローで叩き落とせ!!」
どれだけ速くても速いことが事前に分かっていれば迎撃は可能だ。空を機敏に飛ぶボーマンダは襲いかかる鋭利な岩をその爪で全て斬り伏せる。
「今ッ!ガブリアスッ!!」
いつの間にかボーマンダの背後を取っていたガブリアス。そのマッハを超える素早さを活かし奇襲をかけた。
ボーマンダの背に突進。技でもない、ただの突進。
それだけでボーマンダを空から地へと叩き落とす。
「地震ッ!!」
地に追突したボーマンダに追撃。うつ伏せで地に落ちたボーマンダの背に鋭利な爪を突き立て地震を引き起こす。
本来なら飛行タイプに地面技は通らない。だが、それは相手が空を飛んでいればの話。
今のボーマンダは地に伏せている。さらに震源はボーマンダ自身。
テラスタルの膨大なエネルギーが込められた凄まじい威力と範囲を併せ持つ地震がボーマンダ一体に集約され、凄まじい威力の一撃となり襲いかかる。
「なるほど…ストーンエッジは陽動…あれだけ速かったのは威力を殺していたから…やられたな…」
ボーマンダは動かない。
「ストーンエッジを食らった時の反応をもっと見ておくべきだったな…それにポケモンを震源にする地震、まさかそんな荒業を使うとは…」
ネモは喋らない。油断なく、ガブリアスが未だに組み伏せるボーマンダを注意深く観察している。
「だが、この程度で瀕死になるほど甘い鍛え方はさせていない!!
俺の相棒を舐めるなよッ!!」
ボーマンダが開眼する。既に展開していたドラゴンクロー。チャンピオンランクのネモでさえ見逃す程の精密な技のコントロール。
組み伏せていたガブリアスは反応する暇すらなく弾き飛ばされる。
「嘘ッ!?」
「ダブルウィングッ!!」
高速で空気を裂くように振るわれた翼の2連撃。それと同時にガブリアスは苦悶の声を上げながらフィールドに叩き付けられた。
「トドメだ!逆鱗ッ!!」
「ガブリアスッ!!逆鱗で迎え撃ってッ!!」
ガブリアスは叩き付けられながらも直ぐに叩き付けられた反動で起き上がり、ボーマンダと相対する。
そこからは2匹の殴り合い。お互いに激昂しながら全力で正面からぶつかり合う。小細工など要らない。今ここで、勝ったものが最強だと言わんばかりに荒れ狂う2匹の龍。
避けない、避けない。受けて打ち倒す。龍のプライドを掛けての一騎打ち。
キレンとネモ、観客達が固唾を飲んで見守る。
最強の戦跡がバトルコートに刻まれる。
「ボーマンダ!戦闘不能!!よって勝者ネモ!!」
「ぃやっったぁーーーーーッ!!」
戦闘不能になったのはボーマンダ。勝者はネモ。
(勝てなかったか…)
キレンは鮫肌で傷付きながらも満面の笑みを浮かべてガブリアスと抱き合うネモを見る。
(そうだ、これが俺が見たかった光景)
「ネモ!」
「あ…はい…!!」
恐る恐る…といったようにキレンを見るネモ。そりゃそうかと内心自虐しながら叫んだ。
「
「〜〜ッ!!勿論ッ!!」
負けてしまった。だが以前のようなことを考える余裕はない。
悔しい。それは事実。しかしそれを上回る程に楽しかった。充実したバトルだった。
次はどうする。何をする。今はバトルのことを考えるのが楽しい。
そしてつい、見惚れてしまった。
遂に取り戻せた宝物。
君の笑顔に。