恋姫奇譚   作:乾燥海藻類

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後日談 善意で舗装された道

亜夜(あや)、調子はどうだ?」

「ああ、親父殿か。丁度新しい自転車が出来あがったところだ」

 

亜夜とは呼廚泉の真名である。俺のことを親父殿と呼んでいるが、別に父子(おやこ)というわけではない。俺と夜行(やこう)(羌渠)がそういう関係であることを知ってからそう呼ぶようになった。

そうなったのは成り行きだったんだが、仕方なかったんだよ。これから仲良くやりましょうって時に、誘いを断るのは色々とマズかったのだ。

 

話を戻そう。

自転車は近代の乗り物というイメージがあるが、構造自体は割と単純だ。起源とか発明者とかは知らん。猫車(一輪車)が孔明の発明だとは聞いたことあるけど。

 

だがゴムがないから乗り心地はあまり良くない。南蛮にあるんだっけか、ゴムの木。南蛮って確か孟獲がいるんだよな。孔明が七回捕らえて心を折ったってのは、演義の方だったかな。

ゴムがあれば色々と(はかど)るのだが、さすがに南蛮はなぁ。バトルなしで乗り切れる保証もないし、そもそもゴムの木があるという確証もない。

俺もうろ覚えの知識だからな。もしかしたら南米だったかもしれない。

そんなことを考えていると、亜夜が工房の奥から一台の自転車を転がしてきた。

 

自転車は移動に便利なんだ。走るより速く(一部の武将を除く)、馬より維持費がかからない。でも道が整備されてないとなかなか厳しい。

里の中で使うくらいだな。里も広くなってきたし、作ってみようと思ったのだ。

 

「ふむ。いい出来だな」

「ありがとよ。しかし、この頃は武具以外のものばかり作ってる気がするな。最近作ったのは元戎(げんじゅう)くらいか」

 

元戎とは最新の弩のことだ。孔明が開発者だと言われているが、どのような武器であったかはほとんど伝わっていない。分かっているのは短い矢を十本発射できたということくらいだ。要するにマシンガン的な武器だったわけだな。

 

ただ連射にリソースを割いたせいか、射程が犠牲になってしまった。鎧に弾かれてしまうので重装兵や重装騎兵には意味がない。鎧を着ていない賊徒か、馬甲(ばこう)を着けていない馬くらいにしか威力を発揮できない。

まあそれでも使い道はあるから、全くの無駄というわけではなかったが、ちょっと期待しすぎたというのはあったな。

やっぱ連射よりも射程だ。アウトレンジからの一方的な攻撃が一番強い。強弩こそ最強だな。

 

弩の歴史は意外と古く、春秋時代にはもう使われていた。

英雄を必要としない無慈悲な武器。弓ほどの練度を必要としないため、新兵でもすぐに扱うことができる。

強弩となれば貫徹力にも優れており、比喩ではなくどてっぱらに穴が開く。かつては秦の天下取りのためにも大いに活躍した武器である。

 

「暖房器具も順次用意していかねぇと。ああいうのはいくらあっても足りないからな」

「落ち着いてきたとはいえ、住民は増え続けているからな」

 

里の気候では暖房器具は欠かせない。火鉢や囲炉裏、暖炉といった暖房器具が大量に必要になる。暖房器具がない家では凍死する可能性がグッとアップするのだ。

熱効率って知ってるか?

まあ読んで字のごとくなんだが、この時代の暖房器具は熱効率がほとんど考慮されていないからな。そういうのを説明して、職人たちと一緒に改良を続けている。

 

ただ史実よりはだいぶマシだと思う。史実での三国時代は寒冷期まっただ中で、黄河が凍ったとも言われている。

今のところそんな話は聞こえてこないので、やっぱりここは異世界なんだなぁとつくづく思う。

 

「ああ、そうだ。母から使いが来てな。親父殿に話があるようで、近々里に来るらしい」

「ほう。それは楽しみだな」

 

あいつも忙しく動き回ってるからな。あいつが異民族を抑えてくれるおかげで、里も助かっている。上等の酒と料理でもてなしてやろう。

ふと、壁にかかっていた日程表(カレンダー)が目に入った。

 

今日はたしか……愛紗の日だな。自分で蒔いた種とはいえ、ここまで増えるとどうしても多少は義務感を覚えてしまう。本人たちの前では死んでも言えんが。

今思えば、真名の交換が大きな転換点だった。あれで女性たちのタガが外れてしまったような気がする。

 

やはり真名は悪い文明……いや、勢いと雰囲気に流された俺の自業自得と言われたら返す言葉もないのだが。

だがこれだけは言わせてほしい。必要だから愛したのではない。愛しているから受け入れたのだ。

うむ。我ながら名言っぽいことを言った気がする。しかしまぁ、一夫一妻制にはちゃんと意味があったのだということを、俺は改めて実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、夜行がやってきた。

 

「元気そうだな」

「ああ、まだまだ若いモンには負けんよ」

 

そう言って、夜行はニカッと笑った。正確な年齢は知らんが、たぶん四十代くらいのはずだ。しかし容姿は二十代後半くらいに若々しく見える。

 

「とりあえず一献」

「いただこう」

 

夜行の杯に酒を注ぐ。近況報告や世間話をしながら、酒と料理を平らげていく。夜行は体格にふさわしい大食漢で、どんどん皿は空になっていった。

そして、ほどよく酔いが回った頃合いに、夜行は真面目な顔で俺に向き直った。

 

「例の件だがな、ようやくまとまったよ」

「ふむ」

 

例の件ってなんぞ? なんかこいつに頼んでたかな。全く覚えがないのだが。

 

「各部族の代表者が集い、一対一で戦い、最後まで勝ち上がった者が王となり、あたしたちをまとめるのさ」

「ようやく国となるのか」

 

一応、匈奴は冒頓単于の時代に国家の(てい)は成していた。しかし冒頓単于の没後、前漢との戦争で匈奴は衰退し、分裂した。

だがそれまで部族単位での略奪と牧畜が産業だった遊牧民に、国家という概念と帝国型の社会システムを根付かせた功績は大きい。

 

「あんたのおかげで、あたしらにも余裕ができたからね。そのやり方をそのまま教えてやったら、まあ上手くいったよ」

「あのくらいで戦が抑えられるなら安いものさ」

 

井戸の発掘やら、農業のやり方やらを教えただけだ。カブとかソバなどの救荒作物も与えた。ジャガイモもあればよかったんだが、やっぱ南蛮にあるのかな? あれも南米だったような気もするんだよなぁ。

 

「あんたが勝ち上がって王となれば、あいつらも従うとよ」

「……へむ?」

 

今なんつった? 俺も参加するのか? ふざけんな! 勝手に戦え!

なんで俺が異民族最強トーナメントにダイナミックエントリーしなきゃならねぇんだ!

 

「心配はしていないさ。なんたってあんたは、漢人最強の男だからね」

 

いや、俺は日本人だから。身体はカミサマが造ったらしいから、漢人仕様なのかもしれんが。そういえばこいつは、俺がローマ出身という設定も知らないんだったな。

それで言うと広義の意味では、俺も異民族扱いされてもおかしくないんだよな。よく皇帝ちゃんにツッコまれなかったモンだ。あの時は冴えたアイディアだと思っていたが、ところどころでやらかしてんな、俺。

 

まあ、たしかに俺が漢人最強の『男』ってのはそうかもしれないけど、俺の三倍くらい強い漢人最強の『女』がいましてね。

む、そうだ。あいつを呼んでくればいいじゃないか。北方平定のためと言えば派遣してくれるだろう。おお、我ながらナイスアイディア。この戦い、我々の勝利だ。

 

「もう一人、参加させたいやつがいるんだが、いいかな?」

「いや、代表は各部族一人だけだ。例外を作るわけにはいかない」

 

なら俺の代わりに恋が出ればいいんじゃないかな。

と思ったが、それを口にすれば、俺の信頼は地に落ちる。彼女たちは弱いやつよりも、臆病なやつを蔑むのだ。

ああ、なんか一気に酔いが醒めたな。

 

「なら仕方ないな。で、いつやるんだ?」

「明日、あたしと一緒に村へ行こう。順次集まってくる予定だ」

 

はえーよ、はえーんだよ!

こっちにも予定ってものがあってだな。

もうそろそろ冬が来るんだから、来年の春でもいいだろうに。いや、だからこそ早く終わらせたいのか。

 

「うちからは真夜(まや)が出る。あんたをぶちのめすんだって張り切ってるよ」

 

真夜とは於夫羅(おふら)の真名である。夜行の娘であり、亜夜の姉だ。

そして、どうも俺は彼女に嫌われているみたいなんだよな。

母を取られたと思っているらしい。

 

「ああ、今日の酒は格別に美味いね。今から楽しみだよ。あんたが王になる姿が」

 

なるほど完璧な計画っスねー、本人に了解を取っていないという点に目をつぶればよぉー。

クソッ! なぜこんなことになってしまったんだ。まともなのは俺だけかっ!

いや、もはや何も言うまい。

 

「あたしばっかり喋ってるね。あんたも何かないのかい?」

「ん……ああ、そうだな。月が、綺麗ですね」

「ああ、もうそんな時分か。夕月ってやつかね。確かに綺麗だ。あたしが穏やかに月を愛でる日がくるとはね。人生分からないモンだ」

 

窓から見える夕月は少し悲しそうに見えた。

おや、あれは彗星かな? いや、違うな。彗星はもっとこう、バァーって動くもんな。

 

「もう一度乾杯しようか」

「ああ」

「あたしたちの未来に」

「ああ」

「乾杯」

 

掲げたふたつの杯がぶつかり、乾いた音を奏でた。

 

 

 





というわけで完結です。(三ヵ月ぶり二回目)
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