ダカーポ2で二次創作でやってしまったとあるネタを否定する内奥です。
(誰かの声が聞こえる)
その存在は静かに自分を呼ぶ声を聞いた。
聞こえて来る。
声が。
言葉が。
悲鳴が。
虚無の中。
消えている意識が呼び覚まされた。
――義之くん、義之くん!
その声は虚空の中の存在をヨシユキクンと呼んでいる。
誰だるう。
甘ったるい声が、絶望の絶叫を上げいている。
夢の中のようにぼんやりとしていて分からない。
ずっと自分は夢の中にいた気がする。生きていたのは錯覚。自分は夢の中に生きていた。
そんな記憶があるのだ。その存在には。
その存在の名は桜内義之。
――助けて! 義之くん! 義之くん!
少年・桜内義之は消えた。
桜内義之は枯れない桜という奇跡の産物が生み出した存在であった。
奇跡の存在に縋り付いた家族が欲しかった一人の女。
その女の願いが異なる世界の可能性を呼び覚まし具現化した奇跡。それが桜内義之だった。
人間かどうかは定かではない。
枯れない桜が生み出した存在だ。その女は母として少年を育てたし、少年は女を母と慕っていたが歪な関係であった。それがハッキリと現れてしまったのが西暦2055年から2056年という狭間の月日であった。
桜内義之はアイシアという異国の少女と愛し合った。お互いを求めあった。
その末に枯れない桜という存在が初音島を揺るがしていることを知った。
枯れない桜が存在することが害悪だったのだ。
だから、桜内義之は枯れない桜を枯らした。それにより自分自身が消えてしまうことも構わずに。
自身の出自を知り、生み出した女――芳乃さくらを母と知った。
衝撃は大きかったがそれに負けない強さが桜内義之にはあった。
芳乃さくらがそう育ててくれたからだ。
枯れない桜を義之が枯らさなければ芳乃さくらが犠牲になるという。
それだけはダメだ。本来存在しない自分が残って、存在しているさくらさんが消えるなんて間違っている。
愛する故郷・初音島のために、愛する母親、芳乃さくらのために。
桜内義之は枯れない桜を枯らした。
その代償は桜内義之の消滅。
桜内義之は徐々に世界から消えていく。存在が希薄になっていき、やがて完全に消滅する。
誰にも覚えられないで消えてしまうのだ。
それは必然。だから最後の日はアイシアと一緒に過ごそうと思った。
最愛の恋人・アイシアと一緒に日々を過ごす。それが桜内義之の最後の人生の楽しみだった。
愛し合った末に桜内義之は満足して消滅した。
それでいいはずだった。しかし。
――助けて! 義之くん!
何故こうも助けを求める声が響くのか。
アイシアの声が響くのか。
気が付いた時には、桜内義之は自室のベッドにいた。
何故、俺がここに、と疑問に思う。
俺の存在はこの世から消失したはずだ。
不可思議な気分である。まるで長い間、入院していたような静謐ですっきりした、でもどこか物足りない気分だ。
えらく退屈していた記憶がある。それにしても何故、自分が生きているのか。
不思議がっていると部屋の扉がノックされた。
応える気力もなくいると扉が開き、小柄な金髪ツー再度アップの少女が入って来た。
芳乃さくらだ。
「義之くん。そろそろ蘇る頃だと思っていたよ」
力なくうなだれてさくらが話す。何を言っているのだろう、と義之は思った。
「アイシアを助けて。ボクのせいなんだけどアイシアがとんでもない地獄にいる」
また衝撃的な言葉だ。いきなり何を言うのか、とさくらのサファイアブルーの瞳を見る。だが、さくらは冗談を言っている雰囲気ではない。
「ボクが枯れない桜のサンプルでアイシアを地獄に叩き落としちゃった。助けられるのは君しかいない」
さくらはすがるような目で義之を見る。なんだか分からないが自分がやるしかに、と義之は思う。
こういう時の責任感は強い方なのだ、桜内義之は。
「アイシアを地獄に落としたってどういうことなんですか、さくらさん」
穏やかな口調でも誤記が強くなるのは避けられなかった。義之の視線にさくらは戸惑いの表情を返す。
「今からじゃ助けられないタイムリープして。義之くん」
「タイムリープって、今はいつなんです?」
それが気になった。桜内義之は長期間眠っていたようなものだ。そのくらいはすぐに自分で判断出来る。
「ってかタイムリープなんて出来るんですか」
「君なら出来る。ボクも全力でサポートするよ」
さくらはハッキリと義之の目を見る。嘘は言ってなさそうだ。芳乃さくらを桜内義之は信用している。
「アイシアの地獄を救うには地獄をなかったことにするしかない。義之くん、君はアイシアと最後の日々を過ごしてアイシアの想いが足りなかったから消えた。それは否定出来ない」
さくらの言葉は義之の脳内で疑問符が付くものだったが、彼女がこう言うのならそうなのだろう。芳乃さくらはいつも桜内義之の先を行く。
「そのためにアイシアとの日々をやり直すしかない。これを枕元に敷いて」
そう言ってさくらが差し出した紙。そこには「☆タイムリープ☆ 桜内義之 芳乃さくら 西暦2056年1月1日午前0時0分」と書いてあった。
達筆とはいえ、ちゃちい代物だ。こんなものでタイムリープが出来るのだろうか。
そんなこちらの疑問を感じ取ったようにさくらはすぐに補足する。
「絶対に出来る。ボクを信じて。アイシアを助けに行って。助けられるのは君しかいない」
真摯な瞳で真っ直ぐに見られる。純真な思いが伝わって来る。
「分かりました。行きます」
ハッキリと義之は頷いた。さくらが満足に微笑んだ。
「さすがはボクの子だよ」
それは何よりも嬉しい褒め言葉だった。
「じゃあ、早く行った方がいい」
さくらに促される。
「タイムリープするには眠ればいいんですか」
「うん。今日の夜にその紙を枕元に置いてね」
「分かりました。さくらさんは?」
それが懸念事項だった。自分はタイムリープしてさくらはどうなっていまうのか。
「多分、ボクも付いていくと思う。その記述なら。無限地獄からアイシアを救おう。ボクも償いを果たすよ」
何を言っているのがよく分からないがアイシアは今は無限の地獄にいるようだ。
「無限地獄入りを無かったことにする。過去改変を行うよ。アイシアを救うにはそれしかない。トラウマなくアイシアを助け出すには、ね」
さくらの言葉を不思議がりながら頷く。トラウマって。無限地獄って。アイシアは今どうなっているのか。聞こえて来た悲鳴から察するにとんでもないことになっているようだが。
(一刻も早く助ける)
桜内義之は決意する。
西暦2076年1月1日のことであった。
・
その夜。義之はタイムリープした。
西暦2056年の1月1日に。
あんなちゃちな紙を枕元に敷いただけでタイムリープ出来るとは驚きだったが、タイムリープは成功し、あの頃の自分に戻った。
戻った先はスレイプニルバレースキー場で驚いてしまった。そういえばこの年の信念はスレイプニルバレースキー場で小恋・杏たち雪月花や渡や杉並と迎えたのだった。
さくらがいなかったが、初音島に帰るとさくらも意識がタイムリープしていることを確認出来た。
それから義之は再びアイシアと共に仲睦まじく過ごした。今回はさくらも積極的に絡んできた。
そして、最後の夜。
桜内義之は消えなかった。
アイシアと共に空の曇天を眺めていた。
幸せな気分であった。
結局、アイシアの無限地獄が何かは分からないがさくらは散髪をした。
長髪でいる資格はないと何かのけじめをつけるように散髪をした。
それから義之・アイシア・さくらの三人はひたすらに幸せな日々を送ったが、さくらの短髪が延びることはなかった。