バレンタインデー。ホッコータルマエはトレーナーさんに感謝を伝える為に、チョコレートを作る

しかし、作ったのはいいが渡せない。渡そうとすると緊張してしまい、渡すことができないのだ

そうして渡せないまま、夜を迎えてしまう。果たしてホッコータルマエは感謝のチョコを、トレーナーさんに渡すことができるのか?!

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ホッコータルマエ「チョコが渡せない……」

「ふぅ……。こんな感じかなぁ」

 

 冷蔵庫で完璧に固まったチョコを見ながら呟く。私、ホッコータルマエが作っているチョコレートは、トレーナーさんにあげる為のものだ。

 

 ロコドルがそんな事していいのか? ファンを裏切る行為なんじゃないかと聞かれそうだが、それは大丈夫だ。

 

 このチョコはあくまでトレーナーさんへの感謝を伝えるためのものだ。決してやましいものじゃない。

 

 ファンのみんなも言えばきっと分かるはずだ。まあ誤解を生むだろと言われればそれまでだが。

 

 それは置いておいて、この完成したチョコレートを箱に入れてラッピングする。うん。完璧だ!

 

 チョコレートもこの為に、わざわざカカオ豆から作ってみた。まずオフが一日消えた。わかってはいたけど、作るのに滅茶苦茶時間が掛かった。

 

 あと腕も超痛い。すり鉢の中のカカオを何時間もすり潰し続けないといけなかったからだ。

 

 しかし、達成感はひとしおだ。おまけに味見用に作ったのは美味しかったから味も抜群だ。隠し味に入れたハスカップの酸味と甘味が、いい感じに効いている。合わないかなあと思っていたが悪くはない。

 

 やっぱりハスカップチョコレートとして売ってあるだけあって、この組み合わせに間違いはなかったようだ。

 

 あとはこれを渡すのみ……。渡したらトレーナーさんどんな反応見せるかな?

 

 私は明日のバレンタインデーが早くも楽しみになってきた。

 

 

 

 

 

 朝8時30分。最近は雪が降る日も多かったが今日は珍しく晴れている。そのお陰かいつもより少しだけ暖かい。そんな中、私は授業前にランニングをして身体を整える。

 

 朝はこのくらいが丁度いい。あまり早いうちに全力を出しても午後からがキツイし、寒いから怪我のリスクも高い。

 

 名ウマ娘の条件には例外もあるが、怪我をしない事もその一つだ。特に今のダート界はリッキーやアキュートさんがいるので怪我をしていたら離されてしまう。

 

 それに怪我をしてしまえば、苫小牧の宣伝をする機会も減ってしまう。だからランニングのみで調整を済ますのだ。

 

 さてと。そろそろ時間だ。ランニングを終えて授業の準備をしないと。そんなことを考えている時だった。

 

「タルマエ。お疲れ様。タオルで汗ちゃんと拭いてな」

 

「はーい」

 

 私はタオルを受け取り、身体中の汗を拭いた。

 

 

「そう言えば今日はバレンタインデーだなあ」

 

 トレーナーさんが呑気にそう言う。

 

「そうですね」

 

 と私は軽く返した。そうだ、このタイミングで渡してしまおう。物事は何でも早め早めにするのがベストなのだ。

 

「あ、あのトレーナーさん」

 

「ん? どうした?」

 

「あのですね……えっと……」

 

 あれ? 何故だろう? 何故かチョコをあげますの一言が言えない。ただ言うだけなのに、それが喉の奥につっかかって出てこない。

 

 そうだ。こういう時は別の話題から迂回すればイケる。

 

「トレーナーさんはチョコ何個貰ったことがありますか?」

 

私はバレンタインデーらしい何気ない話を切り出した。するとトレーナーさんは頭を抱え出した。

 

「えっとな……、実は貰ったことがないんだ……。だからゼロなんだ……」

 

トレーナーさんは、この世の終わりのような表情をしている。

 

「そ、そうだったんですね……」

 

思いもよらない答えに場の空気が重くなる。余計に言い辛くなってしまった。どうするんだ私!

 

そんなこんなで次の手段を考えていると、学校のチャイムがなってしまった。

 

「あ、授業遅れちゃうぞ。ほら急いで急いで」

 

「あっ、はい!」

 

結局朝の時間でチョコを渡すことは出来なかった。

 

 

 

 

 今日一日の授業が終わり放課後になった。チョコに気を取られすぎて、あまりいい一日ではなかった。

 

 先生の話を聞きそびれて、そのせいで当てられた問題に答えられなかった。理科の実験では試験管を大爆発させて酷い目に遭ってしまう。ダンスでは一人ステップを間違えて悪い意味で浮いてしまった。もうとにかく散々だった。

 

 こうもっと器用に振る舞えればいいんだけど、私はどうしてもそれができない。この性格直した方がいいのだろうなあと、私は振り返った。

 

 今日の練習は主に先行力を鍛えるメニューだ。ダートは芝よりも先行したウマ娘が勝ちやすいと言われる。リッキーにしろアキュートさんにしろダートで結果を残しているウマ娘達は、皆先行力に定評があることが多い。だからこそ先行力が重要なのだ。

 

 そんなわけでまずゲート練習から始まる。それから、ゲートが開いてから一瞬でトップスピードを出すための瞬発力を鍛える、ジャンプスクワットやボックスジャンプなどのメニューをこなしていく。

 

 そんな感じで練習メニューを進めていくとあっという間に日が暮れ、下校時間になった。いつも通りシャワーを浴びて制服に着替える。

 

 そしていつも通りなら着替え終わった時点でそのまま寮へと帰るのだが、今日はチョコを渡さないといけない。なので、トレーナー室へと足を運んだ。

 

 トレーナー室は片付いているのか、散らかっているのかよくわからないカオスな状態だ。そんな部屋の窓際の机に、トレーナーさんは座っていた。

 

「おっ、タルマエ。トレーナー室に寄るなんて珍しいじゃないか。どうしたんだ?」

 

物珍しそうにトレーナーさんは私を見ている。

 

「あ、いえ。特に何もないんですけど、ちょっとトレーナーさんの顔が見たいなあって思って」

 

 少し照れ隠ししながら私は答える。

 

「そうか。しかし今日は動きが悪かったな。何かあったのか?」

 

「い、いえ! 何でもないです……」

 

 トレーナーさんに言われて初めて気づいた。今日トレーニングの動きも悪かったんだ。チョコの威力恐るべし……。

 

「ならばいいんだが……。怪我とかあったら怖いからな。なんかあったら遠慮なく言うんだぞ」

 

トレーナーさんは私を心配そうに見つめていた。こんなチョコのせいで狂ってる私を心配してくれるなんて、やっぱりトレーナーさんは優しい。

 

 改めてトレーナーさんの優しさを私は身に沁みて感じた。

 

 それからしばらく、私とトレーナーさんの間は静寂に包まれる。早く言え。早く言うんだ。

 

「あ、あのトレーナーさん!」

 

 私が意を決して声を出したその時だった。

 

 ピロロロロロロロロッ。ピロロロロロロロロッ。

 

 トレーナーさんのスマホの着信音が鳴り響いた。トレーナーさんはスマホを取るなり部屋の外へと出ていった。

 

 少しして、トレーナーさんが部屋に戻ってきた。

 

「すまない。これから緊急で会議が入った。何か私に話したいことがありそうだったが、遅くなりそうだから帰っておいてくれ。申し訳ない!」

 

 トレーナーさんは頭を下げた。私とトレーナーさんが部屋を出ると、トレーナーさんは足早に何処かへと行ってしまった。

 

 それから私はトレーナーさんを待つために、校門前で出待ちをしていたら途中リッキーにどこかへ行かないかと誘われたが、それを断って校門前にいる。

 

 晴れていたから日中はそこそこ暖かったが、流石に日が暮れてくると寒苦なってきた。その上雪まで降ってきてるんだからなお一層寒い。まあ寒いのは苫小牧で慣れっこだから問題はないんだけどね。

 

 そんな事を思いながら私はひたすら待った。1時間、2時間と時間が経つが中々来ない。トレーナーさんが言ってたように、きっと相当長引いているんだろう。トレーナー業はやっぱり大変なんだなあと、私はしみじみ感じた。

 

 そんな忙しい中で私のロコドルの活動への意見をくれたり、時には観客としてサポートしてくれたりする。とても優しい人。いい人なんだと思う。

 

 そんな人への感謝を伝える為のチョコレートなんだ。絶対に渡したい。いざ渡すとなると少し恥ずかしくて中々言葉に出せないが、絶対に渡してみせる。頑張るぞ!

 

 心の中で、えい、えい、オー! と張り切っていた時だった。

 

「タルマエ。何でこんなところにいるんだ?」

 

 トレーナーさんが雪を頭に被りながら声を掛けてきた。

 

「あ、えっと、それはですね!」

 

「寮の門限近いんじゃないか?」

 

 私が少しテンパってると、時計を見ながらそう言った。

 

 門限……っ! 大変! あと15分で門限じゃない! テンパっていた私はさらにテンパってしまう。

 

「ここからなら歩いても間に合うだろうから、送ってくよ。夜遅いし」

 

「っわ、わかりましたっ!」

 

 こうして私はトレーナーさんと一緒に帰ることになった。これはチャンスと見るべきだろう。

 

 どのタイミングで渡そうか? どうやって渡そうか? こうドラマみたいに、好きですっ! って感じで渡すべきなんだろうか? 私のキャラにはあっているけど、それだと誤解されそうで怖い。

 

 ならばクールに……と言いたいがこれは自分のキャラと合わないし、感謝の気持ちが伝わらない。どうやって渡せば……?

 

「おっ、着いたな」

 

 トレーナーさんがそう言うともう寮の目の前に来ていた。

 

「俺はここまでしか来れないからな。じゃあな。タルマエ」

 

 トレーナーさんは私を背に帰ろうとしていた。いけない。このままじゃ渡せずに終わってしまう!

 

 

「と、トレーナーさん!」

 

 私の呼び掛けにトレーナーさんが振り向く。

 

「ん? どうした。タルマエ?」

 

 トレーナーさんが近づいてくる。頑張れ私! 不恰好でもいいから言うんだ! 渡すんだ!

 

 私はバッグの中からチョコの入った箱を取り出した。

 

 

「これっ! 普段お世話になっているトレーナーさんに感謝を伝えたくて作りましたっ! よかったら受け取ってくださいっ!」

 

 緊張で体が沸騰しそうなほど暑くなっていた。言えた、言えたよ私! トレーナーさんの目が一瞬見開く。少しすると頬を緩めて私が差し出した箱を優しく受け取ってくれた。

 

「ありがとう。タルマエ」

 

 そう言って私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「どんなチョコなんだい?」

 

「えっと、カカオ豆から作って隠し味にハスカップを入れてます! ハスカップチョコは実際に売っているものなので、多分チョコと相性は良いと思います」

 

「カカオ豆から! それは大変だっただろう。どれどれ。ここで少し食べてみてもいいかな?」

 

 トレーナーさんがそう言うので私はうんと首を縦に振った。そうすると、包装紙を丁寧に剥がして、中のチョコを取り出した。

 

「では、いただきます」

 

 パクッとトレーナーさんは一口食べる。味は果たしてどうだったのだろうか? 私が試食した時は美味しかったけど、トレーナーさんの口に合っていただろうか?

 

 私は不安と緊張で脚が少し震えてきた。食べ終えたトレーナーさんはにこりと微笑んでいた。

 

「うん。美味しいじゃないか。お菓子好きの僕も満足できる味だ」

 

 よかったあ。私はほっと一息ついた。

 

「ちょこっとざらっとするけど、それも一から作ったって考えればまた趣深い。残りは家で食べるとして、また作ってと言ったら作ってくれるかな?」

 

 もう一度? またカカオを何時間もすり潰してって作業をもう一度……。気が遠くなりそうだ。

 

「そ、それは……」

 

 私が答えに困っていると、トレーナーさんは突然笑い出した。

 

「はははっ。作るの大変だからそりゃそうか。それじゃあこれは今回限りってことだ。そしたら今度は、ハスカップチョコレートをいただきたいな」

 

「それだったら是非!」

 

「楽しみにしているよ! 今日はありがとう! それじゃあまた明日」

 

 トレーナーさんは手を左右に軽く振りながら、帰っていった。

 

 こうして私の一日が、バレンタインデーが終わった。

 

 チョコを作るのに苦労したし、渡すのにも時間がかかったし、日常生活にも支障をきたした。それでも作ってよかったと心から思える。

 

 大変な一日だったけど、いい一日だった!


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