旅先でイチャイチャします。
それぞれ思うところがあり、悶々としてます。
R-18でしか投稿できなかった事。
加筆修正をした事もあり、なんとなく勿体無いかなと思って今回だけこっちにも投稿させて頂きます。
#から〜〜の間は、夢の中の話です。
#一日目
「おにいちゃんは、また私を一人にさせるんだ」
アイの遺影は、いつもと変わらない完璧な笑顔で二人を見守る。
撮影終わりに二人で帰る夜。
家に入るや否や、ルビーはアクアに向けて言った。
先にアクアを中に入れて、逃げ道を塞ぐように扉の前を陣取る。
別にルビーが何を言おうとアクアは逃げやしないが、ルビーは敢えてこの状況を作り上げた。
むしろ無くしたかったのは自分の逃げ道か。
やっとゴローとの再会を果たしたルビーは、再びゴローを失うのが嫌で嫌でたまらなかった。
気付いてしまったのだ。
映画「15年の嘘」の撮影が終わりに近づくにつれて、この映画が世間にどんな影響を与えるかを。
この映画が公開された後、アクアがどう動くのかを。
アクアが死ぬ気でいると言う事を。
自分の命を犠牲にして相手を地の果てまで追い詰める、完璧な復讐を果たすつもりでいる事を。
もちろんルビーも復讐に駆られていた頃は、犯人と刺し違える覚悟を持っていた。
自分はどうでもいい。
自分の命なんぞ、アイやアクアのためならぞんざいに扱える。
それは今でも変わらない。
けれどその逆、アクアが自らを犠牲に復讐しようとしていると思うと、どうしても耐えられなかった。
「私に生きる希望を、これでもかってくらいくれたくせに」
二度目の人生を生きる上での支えだった、アイとゴローを失ったルビーの前に突然現れておいて。
「私には復讐に囚われず生きてほしいって言ったくせに」
これ以上無い程の救いの言葉をかけておいて。
「おにいちゃんはまた私を残して死ぬつもりなんだ」
アクアはルビーの肩を掴んで、諭すように言う。
「何言ってんだよ、そんなわけないだろ」
傍から見れば、アクアの言葉に嘘は無さそうであった。
伊達に実力派若手俳優と称されているわけではなく、咄嗟の言葉にも説得力があった。
だがルビーは嘘だと簡単に分かった。
いくら表情が自然でも、いくら声色が普段と変わらなくとも、ルビーには分かる自信があった。
それはアクアが自分自身を苦しめる嘘をついた時。
近くにいればどんな時でも、もやっとした感覚が伝わってくるのだ。
言わば心のトレース。
非常に限定的な場面でしか発動しないが、かの有名な天才女優 黒川あかねのプロファイリングをもってしてもたどり着けない領域だった。
「嘘つき」
「嘘じゃないって」
「大嘘つき」
「……急にどうしたんだよ」
アクアはルビーの顔を覗く。
ルビーの目には涙が溜まっていて、覗き込むアクアの顔はぼんやりとしか写っていない。
けれど、アクアが自分を心配している事が、痛いほど伝わってきた。
今は私がアクアを心配しているのにな、と内心文句を言うルビーだったが、急に身体の力が抜けてしゃがみ込んでしまう。
立ちあがろうとしても指一本動かせない。
ここから、どうなるんだっけ?
〜〜
そう考えたところでルビーは目覚める。
──そっか夢か。
隣を見れば、最愛の兄が本を読んでいる。
相変わらずのぶっとい本。
活字が苦手なルビーが読んだら二分でギブアップするだろうが、アクアは涼しげな顔で読み続ける。
ルビーはしばらくその横顔を眺める。
黒い帽子に黒いマスク、服も黒っぽいものを着ているから、場合によっては少し怪しく見える。
でも帽子とマスクの隙間から覗かせる瞳は深い青に染まって美しく、左目にかかる金髪も相まって、絵本の中の王子様のようでカッコいい……。
次第に我慢できなくなり、アクアの腕に自分の腕を絡めて引き寄せた。
今乗っている新幹線のグリーン車は座席が広く、肘掛けもあるため隣の人との間隔が空きがちだ。
ゆったり座れて隣の人の邪魔も入らない。
普段ならありがたい限りだが、今のルビーにとってその広さは余計だった。
「おはよ」
「おはよう、もう直ぐ着くよ」
落ち着いていて、聞くだけで心地良くなるアクアの声。
ルビーはその声をもっと聞きたくて、もっと近くに居たくて、さらに腕に力を込める。
最終的にアクアとルビーは思い切り寄り添い合う、バカップルの様な体勢になる。
「一応外だから自重しろよ」
「やだ無理〜」
もし誰かが席を立って通路を歩いたなら、間違いなく一度は見られる。
それ程に不自然な体勢になっている。
そして芸能人だと気付かれれば、その様子を写真に撮られてSNS行き待った無しである。
ルビーはむしろ見せつけたいと思っているが。
外堀を埋めるように世間に既成事実として付き合っていると認知させてから、アクアにもその事を認めさせる──。
というような事は残念ながら出来ない。
兄妹である二人を、世間は恋仲だとは認めてくれないからだ。
近くにいる理由としては最高に便利な設定である兄妹は、結婚したいという場合にのみ覆すことのできない最悪のステータスとなる。
ルビーが今一番悩んでいることだった。
「も〜、何で日本は近親婚が認められてないのかなー」
「外で声に出すなって」
ルビーは窓側に座っていて尚且つ、隣にしか聞こえないような声ではあるが、誰かに聞かれた時点で詰む可能性のある会話だ。
アクアはルビーの口を手で塞ぐ。
それでもモゴモゴと話し続けるルビーに、アクアは困っていた。
ルビーの境遇を考えれば、とても可哀想ではある。
雨宮吾郎は天童寺さりなの気持ちに気付いていた。
あれ程猛アタックされて、気付かない訳が無いけれども。
思春期の多感な時期に、病気で我慢を強いられる中で芽生えた恋心だ。
しかも一度死別している。
雨宮吾郎の死を二年前に知ったルビーからしたら、二度死別したとも言える。
そしてさらに、「劇的」という言葉でさえ軽く思えるような再会を果たす。
しかしその想い人は、兄として転生しているのである。
想い人の当人であるアクアでさえ、そんな事を考える事を気恥ずかしく思うよりも、可哀想に思ってしまうのだ。
できる限りのことは叶えてやりたくもなる。
今まで二人を阻むものは医者と患者という関係の壁と、年齢の壁の二つだった。
世間的に見れば大多数が否定的な目を向けるだろうが、当人達が真摯に向き合えば乗り越えようがあった壁だ。
しかし、兄妹の壁はあまりに厚い。
いつどんな状況であっても、法的に家族の縁を切る事は不可能だ。
つまり、血のつながった兄妹同士で婚約など絶対にできない。
できないというのに、それを分かった上で結婚しろとうるさい妹。
事情が事情なだけに強く断れない兄。
星野家は修羅場を迎えていた。
「おにいちゃん」
「ん」
「好き」
「うん」
「好き」
「俺も」
「大好き」
「……怖い夢でも見たのか?」
アクアは最近似たような状況に何度も遭遇しているため、推理するのは簡単だった。
「まあね」
「……ごめん」
最近ルビーは悪夢をよく見る。
アクアが隣で様子を見ている限りは、特にうなされることは無い。
だが初めて悪夢を見て、アクアの部屋に飛び込んできたルビーは酷く取り乱していた。
アクアは必死に宥めて話を聞くと、自分の事を夢に見て怖くなったという。
アクア自身、心当たりのある事柄が多過ぎて謝ることしかできなかった。
それ以降、ルビーはアクアのベッドに入ってくるようになった。
悪夢を見たら、直ぐにアクアに甘えられるように。
「もういいの。おにいちゃんはどこにも行かないんでしょ」
「あぁ」
「んふふ」
ルビーは満足そうにアクアの肩に頬擦りをする。
まるで猫みたいだな、とアクアは思う。
しかしすぐに思い直す。
ツンが無きゃ猫らしくないか。
いやでも飼い猫はそうでもなくて、甘えん坊な子が多いんだったか。
さしずめ、今のルビーは飼い猫と言ったところか。
そんな取るに足らない事を考えていると、車内アナウンスがかかる。
京都駅に着くようだ。
「ほら、着くから準備するぞ」
「えー、まだ充電し足りなーい」
「また後でな」
アナウンスから到着、そして出発までに猶予があるとは言え、準備してスムーズに降りるに越した事ない。
アクアは立ちあがろうとする。
ルビーはそんなアクアのおでこを抑えて、それを制した。
「待って、まだいつものしてない」
「……別にいつも特別なことしてないだろ」
ルビーはアクアと添い寝している最中に悪夢で起きた時、少し強めにアクアの胸に顔を埋める。
アクアはそれをただ単に恐怖を落ち着けるためについしてしまっている事だと認識していた。
ルビーはそうしたいからしているのだが。
ルビーはアクアの膝の上に跨ろうとする。
「待て、待て待て何する気だ」
「いつもの」
「ばかやろう」
今度はアクアが無理やりルビーを席に座らせる。
周囲には、降りる準備をするために席を立っている人がちらほらいる。
そんな中、抱き合ったら注目を集める事間違いなし。
ネット記事になったらどうなるか、アクアでも全く想像つかなかった。
「……ルビー。外でこういう事はやめよう」
「えーなんでぇ」
「いや、何でも何もないだろ……」
むしろ何故こんなにルビーの肝が据わっているのかが、アクアには理解できない。
「でも私、最近ブラコンキャラを前面に押してるしー」
「……」
そう言われてみれば、アクアには心当たりがあった。
「15年の嘘」が公開されるにあたって、色んな雑誌や番組からインタビューを受ける事があった。
アクアとルビーは兄妹で出演している事もあり、その関連の質問をされる事が多かった。
そして淡々と答えるアクアより、反応のいいルビーの記事でより多く取り上げられるのは自然な事だと思っていた。
自然である事に違いないが。
──こいつ狙ってやっていたな。
ルビーは、アクアとの話題がより多く記事に載るよう工夫していた。
超仲良し兄妹ブランディング計画は、着々と進められていた。
どちらにせよ、過度なスキンシップを人前で披露するわけにはいかない。
ふぅ、とアクアはひと息吐く。
「どうしたら人前では辞めてくれる?」
そう言ってルビーの顔を見つめる。
その瞬間、ルビーはパッとアクアを見つめ返しにんまりと笑った。
アクアは嵌められた事を察する。
じわじわと詰み将棋のように、攻められ追い立てられる感覚。
ルビーは本当に手強く育ったなとアクアは思った。
かつて復讐の為に、人を駒のように扱ってきたアクアに拒否権は無い。
新幹線が少しずつ減速していく。
いよいよ京都駅に着く。
「この旅行の間だけは恋人みたいな事しよーよ」
「……本気か?」
「身体は兄妹なんだし大丈夫だよ。本当にアクアがしてくれるなら今後は我慢するから」
"身体は"
含みのある言い方だ。
だが確かに、兄妹であれば許される行為も多いだろう。
アクアはしばらく悩んだ後、重々しく口を開いた。
「今回だけだぞ」
「うん!今回だけ」
「きょ、う、と、だー!」
駅の外に出ると寒空が二人の顔を撫でる。
普通に寒いアクアと、そんな事はお構い無しではしゃぐルビー。
十一月上旬。
時刻は午後三時を回っており、日は西に傾いてきている。
「これからどうするんだ?」
この旅は殆どルビーが計画した。
空白だらけのアクアのスケジュールを事前にリサーチしていたルビーは、計画と予約まで済ませてからアクアを旅行に誘った。
もちろんアクアが断る事はない。
アクアがしたことと言えば、観光に行くお寺や神社をルビーと一緒に考えた程度である。
ルビーがニコニコはしゃぎながら話すため、アクアの気分も幾分か明るくなった。
「清水寺行ってから旅館に行こ!タクシー予約してあるよ」
「荷物は?」
「タクシーの中に置かせてもらお。運転手さんがガイドもしてくれるみたいだよ」
「へぇ、そりゃいいな」
ルビーは元気よく歩き出す。
アクアはその姿を見るだけで、来て良かったなと思った。
「あ、そうだ」
ルビーが急に後ろを振り向いて、アクアを見る。
「どうかした?」
「手ぇ繋ご?恋人だもんね」
ルビーは強引にアクアの手を取ると、指を絡めた。
いわゆる恋人繋ぎだ。
アクアは一瞬躊躇うが思い直す。
兄妹ではこんな事問題にはならない。
それに約束したしな。
ちょっとは付き合ってやるか。
アクアはぎゅっと握り返す。
そして二人は歩き出した。
恋人同士の、最初で最後の旅が始まる。
タクシーの運転手は五十代くらいの男性だった。
清水寺までの短い道中でも少しだけ渋滞したが、ガイドも務めることができる運転手の小話はアクアたちを退屈させる事はなかった。
ここから少し歩きますよ、とタクシーの運転手が言う。
清水寺の主役、清水の舞台の近くに駐車場は無いため、七百メートルほど歩かなくてはならない。
だがお土産屋が並ぶこの道は、歩くだけで旅行気分になれるほど趣がある。
三年坂や宝徳寺など、道中にある歴史的なものの説明を聞きながらアクアたちは歩く。
十五分ほど歩くと朱色の大きな門に着く。
仁王門だ。
門の前には狛犬、そして門の左右の柱の中にはそれぞれ金剛力士像が1人ずつ立っている。
運転手がする説明にアクアは聞き覚えがあった。
中学生の頃、修学旅行の勉強の一環として1つの班につき何ヶ所か、実際に訪れる場所について調べる授業があった。
アクアの班が割り振られた題の中には清水寺があったため、アクアは清水寺に多少詳しい。
一方ルビーは、「狛犬可愛い!」と狛犬との自撮り写真を何枚も撮っていた。
アクアとルビーは組が違ったため知りようは無かったが、きっとルビーの班は清水寺を調べてないな、とアクアは思った。
その後アクア達は西門や三重塔の横を通り、本命の清水寺に着いた。
今まではまばらに人が居たが、清水寺となると混雑して列になっていた。
空は赤く染まり始めており、どうせなら良い写真が撮りたいルビーは焦っていたが、順番が回ってくる時には綺麗な夕焼け空となっていた。
「すっごーい!タイミングバッチリだね!」
「あぁ、すげー綺麗だな」
夕陽が空だけでなく、紅葉しきっていない山も茜色に染め上げる。
紅葉のシーズンはもう少しだけ後だが、シーズン中に負けない美しい景色だった。
「ほら、写真撮ってもらお!」
ルビーは運転手にスマホを渡してアクアの隣に立つ。
そしてアクアに少ししゃがんでだの、私のほっぺに手をかざしてだの色々指示をする。
アクアのポーズが完成した後、ルビーも左右対称にそのポーズを真似する。
お互いがお互いの頬に手をかざすポーズとなった。
ポーズが完成したところで二人はマスクを外し、写真を撮ってもらう。
清水寺の方を向いて一枚、外の景色を背景にもう一枚撮ってもらった。
「ありがとうございまーす!」
ルビーがスマホを受け取りに行く。
マスクを外したのは一瞬だったが、後ろで順番を待っていた人達が少しざわついていた。
「先急ぐか」
「うん」
次に向かったのは音羽の滝だ。
3本に分かれた筧のうち一本を選び、そこから流れる水を飲むと、それぞれのご利益に準じた願いを叶えてくれる。
運転手が水のご利益を左から順に、「学業成就」「恋愛成就」「延命長寿」と説明する。
アクアは少し迷って延命長寿を選ぶ。
ルビーは当たり前のように恋愛成就を選んでいた。
「清水寺良かったね!」
「あぁ、修学旅行できた時の何倍も綺麗だったな」
アクア達が修学旅行で一回来た京都に再び来た理由は、スケジュールの関係でアクセスのいい場所を選ぶしか無かったからだ。
だが前回行けなかった場所や、前回よりいい季節時間帯に観光できるというだけで、価値のある旅行になるとアクアは思った。
清水寺観光を終えた二人は、旅館の近くでタクシーを降りて歩いている。
旅館の場所を知らないアクアは、ルビーに手を引かれ細い道を進んだ。
「あっ、ここかな?」
「おぉ……」
二人を出迎えたのは、いかにも高級そうな和風の建物。
京都の街並みにマッチしたその旅館は、アクアが思わず声を漏らすほど趣があった。
中に入ると外に負けじと美しく、中庭もある。
ルビーは受付に向かうと、「予約の星野です!」と声をかけていた。
二人に宛てがわれた部屋は、落ち着いた暗めの色を基調とした書院造が取り入れられている客室だった。
床の間には威厳ある掛け軸。
畳の中央には品のある座卓。
部屋の奥にある障子の戸を開けると広縁があり、ガラス越しに美しい日本庭園が望める。
「すごい、すごいよおにいちゃん!ほらあそこ鹿おどし!」
ルビーは特に庭園が気に入ったようで、ガラスに額を擦り付けんばかりの勢いで眺めている。
アクアは荷物を一箇所に整頓して置くと、広縁に設置してある椅子に座る。
しばらくすると、興奮が収まったルビーはアクアの膝の上に座る。
「おい、椅子もう一つあるだろ」
「えー、いいじゃんー」
口では苦言を呈するも、いつだってアクアはルビーを突き放さない。
それを分かっているルビーは、めいいっぱい甘える。
アクアにもたれかかり伸びをした。
伸びが終わった後、天井に掲げた腕はアクアの首に回されてそのまま頭を引き寄せる。
頬に顔を近付けて、ちゅっと軽快な音と共にアクアを拘束から解放する。
突然の事に少し驚いたアクアは、ルビーに触れた頬を押さえた。
「んふ、んふふふふふ」
小馬鹿にするような、何かが可笑しくて堪らないような笑い。
アクアは視線だけを動かしてルビーを見る。
表情は見えない。
ルビーが再び景色に集中し始めたため、アクアも視線を戻した。
二人を静寂が包む。
そんな二人を現実に引き戻したのは、夕食を知らせるノックだった。
はーい!とルビーは元気に返事をする。
旅館で提供された夕食は豪華な京料理だった。
素朴なイメージの京料理だが、そこの旅館で出された料理の味は素晴らしいものだった。
素材本来の味が濃く、それを生かす薄い味付け。
ヘルシーな料理ばかりだったが、アクアは満足のいく食事ができた。
ルビーはひたすらに舌鼓を打っていた。
その後二人は、客室に備え付けられた風呂に交代で入った。
壁全面と浴槽が木で覆われていて、窓から庭園が見える。
落ち着いた雰囲気に癒されて、二人とも長時間湯船に浸かっていた。
旅館から貸し出された浴衣は旅行気分を盛り上げる。
二人が風呂に入り終えた時点で、時刻は午後九時。
そこからテレビを見ながら雑談しつつ、スキンケアや歯磨きなど寝支度を済ませる。
全て終わる頃には十時を過ぎていた。
「ルビー、そろそろ寝るか」
「えーもう?」
「明日があるだろ」
アクアは襖の中から布団を二枚取り出して、床に敷き寝転がる。
学生が寝るには早い時間だが、十時は寝るのに妥当な時間だ。
京都旅行はまだ丸一日残っている。
「明日なんてすぐ終わるよ!旅行は睡眠時間を削って最大限楽しまなきゃいけないのにー」
ルビーはアクアが敷いた布団の間に隙間があることに気付き、寄せて隙間を埋めている。
そして満足したところで、布団の上に大袈裟に倒れ込んだ。
「ルビーは今日も朝早かっただろ」
ルビーは朝から昼まで仕事があったため、昼過ぎの新幹線に乗っている。
夕方京都に着き二泊した後、朝から新幹線に乗って帰る。
ルビーは帰ってすぐ、ニュースにゲスト出演するため無理は禁物だ。
ルビーは本当に寝たくないが、体調管理の大切さは身に染みて感じているため不貞腐れながらも頷く。
素直に頷いているのに頬を少し膨らませているところが余計に子供らしく見えて、アクアは微笑ましい気持ちになる。
「ほら、寝るまで話し相手になるから」
そう言ってアクアは布団の端に寄り、片手をあげてルビーを待つ。
「わーい♡」
ルビーは転がりながら、アクアの胸の中に収まる。
もぞもぞと体勢を立て直して顔を上げると、いつもより近くにアクアの顔がある。
「なんか、おにいちゃんからそういうことしてくれるの初めてじゃない?」
「そんなわけないだろ。俺だって人の心配くらいする」
アクアは人に気を遣えるし、周囲の人間に目がいかないわけでもない。
実際に復讐に走って自分の身体を酷使していたルビーを助けたり、仕事に追われて寝不足の斎藤ミヤコのサポートをしたりしていた。
もちろんアクアが気にかけて、時に手を差し伸べてくれていることをルビーは知っている。
だが、ルビーが言いたいことはそうじゃない。
「違うよ。いつも私からしかスキンシップしないのに、今はアクアから誘ってくれたじゃん」
「いやそんなんじゃないって、最近はずっと隣で寝てるだろ」
「いつも仕方ないな〜みたいな感じ出してるのに」
「……恋人みたくするって約束したからな」
コロコロと変わる言い訳。
ルビーが何を言っても、のらりくらりかわすつもりなのだ。
けれどルビーは知っている。
ゴローは、アクアは、照れ屋で気が小さい。
そして根っからの善人なのに、悪ぶる。
それでいてちょっと抜けていて、時折大胆な事をする。
前世の頃から変わらない。
ルビーはそんなことを考えていると、つい目の端に涙が溜まるのだった。
ルビーは最近、良くない癖があった。
些細なことで感傷的になる事。
色んなことがあって、たくさん悩んだのだから仕方ないのかもしれない。
そしてそれらを乗り越えて、今この瞬間がある。
何よりアクアが自分を選んだという事実が、ルビーの胸をいっぱいにするのだ。
「ねぇせんせー」
「ん」
「私、今幸せだよ」
幸福感に溺れて、ルビーの意識はまどろむ。
疲れていたルビーは、五分も経たないうちに寝息を立てる。
アクアはそんなルビーをしばらく見つめた。
ルビーの眠りが深くなった頃、そっと起き上がり部屋の電気を消した。
────────
#二日目
「……急にどうしたんだよ」
アクアは戸惑っていた。
この前までは、ルビーが身を削ってまで復讐に走っていたのに。
最近は兄妹仲が以前にも増して良く、言い争うことなど無かったのに。
なぜ突然、復讐の話を口にするのか。
ルビーが言ったことは図星だった。
アクアは死ぬ気でいた。
自分が死ぬ事で相手に最大限の苦しみを与え、周囲の人間には最小限の迷惑しかかけない、そんな計画を立てていた。
自分の命など些細な問題だった。
なぜなら復讐を果たす上で、命の保証などどこにも無い。
そして、そうする事で最良の結果を得られるのであれば、喜んで命など捨てる。
「……ルビーも死ぬ気で復讐してたんじゃないのか」
だからこそ止めたって言うのに。
そうでなくても止めていたが。
「そうだよ」
「じゃあ何で」
「それでも!アクアが死ぬのはダメなの!」
整合性がまるでとれていない、幼児のような口調。
ルビーは玄関のたたきにいるにも関わらず、しゃがみ込んで俯き泣いている。
「……立って、とりあえず部屋に──」
「復讐なんてやめてよ」
アクアが差し出した手を、ルビーはすがるように両手で掴む。
だが地面から両手を離した所為で、バランスを崩してしまう。
「っ、おい」
「お願いだからぁっ」
うずくまるルビーを、アクアは座って抱き寄せた。
震え、筋肉のこわばり、発汗、過呼吸。
強い不安、恐怖による様々な症状が表れている。
短絡的な行動から、パニックに陥っていることも考えられた。
そんなルビーを見て、アクアは胸が張り裂けそうな感覚に襲われる。
復讐をやめる。
アクアの頭によぎった事は、一度や二度ではない。
復讐に疲れた時、周囲の人の顔が浮かぶ。
自分なんかを心配して、泣いている姿を思い出すと苦しかった。
それでもアイの事が一番大事で。
アイの無念を晴らすためだけに、十年以上生きてきて。
アイを救えなかった罪悪感と、人を利用した忘恩不義な行為を思い出すと後戻りは出来なかった。
アイの為だと信じて心を憎悪で満たしておけば、気にする必要もなかった。
「なんでっ、なんで答えてくれないの!」
「ルビー……」
それなのに、アクアには大切なものが出来てしまった。
アイと同じくらい大切な人。
しかもどちらかを取れば、もう片方は手放すしか無いような、対の存在。
復讐を果たすか、業を背負って生きるか。
アクアには選べなかった。
ならばいっそ楽な方に──。
「アクアが!せんせーが死んだら!私は誰に復讐すればいいの!」
「っ」
「私は何を支えに生きればいいのっ……」
アクアは、ルビーには復讐なんて考えずに生きて欲しかった。
復讐なんて自分を不幸にさせるだけだと言った。
だがもし自分が復讐を果たして死んだら、ルビーは生きていけるだろうか?
瞳を恨みや憎しみで染めずに、穏やかに暮らせるだろうか?
痛い。
苦しい。
頭が割れそうだ。
心臓が潰される。
目を背けていた事を突きつけられて、思考の整理が追いつかない。
アクアの呼吸は浅くなり、次第に視界が暗くなる。
無意識のうちに、ルビーを抱く手に力が入る。
〜〜
「おにいちゃん」
アクアが目を覚ますと、目線の少し下にルビーの艶やかな髪が映る。
アクアが夢の中でだけでなく現実でも強くルビーを抱きしめたため、寝る前より距離が近くなっている。
ルビーはアクアの胸に頬擦りしながら言う。
「大丈夫?」
「……あぁ、おはよう」
「おはよ」
アクアは挨拶を交わした後、起きあがろうとする。
けれど力が入らず、上半身を起こす事も叶わなかった。
実際の身体にまで影響がある程うなされていたのか。
ルビーに相当心配かけたな、と思ったアクアはルビーにかける言葉を探す。
謝ろうとして、やめた。
お互いを助けてあって生きるのに、謝罪の言葉はいらない。
アクアはルビーを軽く抱き寄せて言う。
「もう少し、こうしてていいか?」
ルビーは一瞬驚いた後、にへらと笑った。
「うん!」
起床から早三十分。
時刻は六時二十分。
アクアとルビーはまだ布団の中にいた。
布団の外が寒い所為で、お互いの体温が心地良過ぎる。
部屋にエアコンはついているものの、あまり効きが良くなかった。
二人のが寝ている布団から離れた場所で、短めのバイブ音が鳴る。
その音はルビーのプライベート用のスマホから鳴っていた。
ルビーはパッと起き上がって、スマホの元へ向かう。
「あ、俺のも取って」
「はいよーん」
「サンキュ」
寒いと連呼しながら、ルビーは再びアクアの腕の中に収まる。
向きは反転していて、ルビーを後ろからアクアが抱きしめる形だ。
ルビーは通知を確認すると、苦笑する。
「先輩からすごい連絡来てる」
有馬かな以外からも何件か来ているが、有馬かなだけ段違いの量が送られていた。
ルビーは内容を確認せず、ただスタンプを返す。
素朴な顔をした鶏が、おはよーと言っているスタンプだ。
そのスタンプに一瞬で既読が付いたかと思ったら、間髪入れずに電話がかかって来た。
「おはよーどしたの」
『おはよーじゃないわよ!今どこにいるの!』
有馬かなの声が大きい所為で、アクアにも聞こえる。
「んー、京都」
『明日午後から生放送でしょ?!バカなの!』
「平気平気、明日帰るから〜」
『どあほ!』
相変わらず口は悪いが、ルビーを心配している事が伝わる。
有馬かなはB小町を卒業した後も、苺プロに留まる事が決まっている。
色んなことがあった後でも星野兄妹と仲良くしてくれている有馬かなに、アクアとルビーは救われていた。
「てかなんで出かけてること知ってんの?」
『タイムラインに写真が回ってきたの』
「あー、あれね」
清水寺の帰り道。
二人の存在に気付いて、ついて来ていた人達にルビーが手を振った。
アクアとルビーはその人達と、娘がファンだと言うタクシーの運転手と一緒に写真を撮った。
事務所の方針ではファンとの交流は禁止されておらず、営利目的でなければ写真やサインは自由にSNSに載せる事が認められている。
『普通に撮ってるのは分かるけど、なんであんたらのツーショットがあんのよ』
「へへーんいいでしょ!私達二人のファンって人が撮りたいって」
『……別に良かないわよ。結構バズっちゃってるから気をつけなさい。それだけ』
「はーい」
二人だけで撮った写真のルビーは、アクアに横から抱きつきポーズを撮っていた。
その時の笑顔がとても幸せそうで、ファンの中で話題になる。
少々異色のファンサのお陰でファン以外からの反応も凄まじく、ネットニュースにもなっていた。
人の目に触れれば触れるほど、面倒事や犯罪に巻き込まれる可能性も上がる。
アクアはアプリを開いて確認すると、五千リポストされていた。
確かにこれは注意したほうがいいかもしれない、と意識を切り替える。
この何倍もの人が、二人が京都にいる事を知っている事になる。
ふぁ〜とルビーが欠伸をする。
「んーもう少し寝よかな」
『朝早くから悪かったわね。アクアにも言っておくわ』
話に区切りがついたため、有馬かなが通話を切ろうとする。
しかしルビーがそれを阻止した。
「だっておにいちゃん」
「あぁ、ありがとう」
ちらっとアクアの方を見たルビーの顔は、悪そうな表情をしていた。
何でわざわざ刺激するのかとも思ったが、アクアは素直に礼を言う。
一瞬の沈黙の後。
『は?声近っはぁぁぁぁぁぁぁ?!?!』
案の定有馬かなは発狂するも、ルビーは楽しそうだ。
『あっあんたらまさか一緒に寝』
「ありがとねーばいばいー」
テロン。
無慈悲に通話の切断音が鳴る。
ルビーは、イタズラが成功したと言わんばかりにケタケタ笑っていた。
その後、有馬かなから何回も電話がかかって来たが、ルビーは清水寺で撮った写真を送り返すだけだった。
結局、二人が旅館を出たのは九時半を過ぎた頃だった。
「もうこんな時間だ」
たはー、とルビーは笑う。
旅行は睡眠時間を削って最大限楽しむものだと言っていた割には、目が覚めてから約四時間も旅館にいた。
身支度に多少時間がかかったとしても、明らかに遅過ぎだ。
「まあ、こんなのんびりとした旅行があってもいいんじゃないか」
「そーだね!」
二人はゆっくりと京都の街を歩く。
目的地はバス停。
アクアはタクシーに乗ることを提案したが、ルビーは二人の時間が欲しいと交通機関での移動を提案した。
タクシーに乗れば、運転手にはバレるリスクが高い。
もしバレたら、アクアと触れ合うことを躊躇せざるを得ない。
ルビーはそんな事ならバスや電車で行きたいと考えていた。
「人目に付かないか?」
「おにいちゃんとならへーき」
それに結局たくさん歩くんだから変わんないよ、とルビーは言う。
確かに、普段も街中で話しかけられることはあまりない。
大体が店の中や施設の中など、建物の中だ。
だが混雑した電車の中など、至近距離で長時間目の前に人がいるような状況でもバレるリスクは高まる。
「バスはきっと混むぞ」
「バカだな〜おにいちゃんは」
ルビーは目の横でピースサインをし、ポージングしながら言う。
「混んだ時こそ合法イチャイチャタイムだよ!」
「バカはお前だ」
仕方ない時は仕方ないよねぇ、とルビーはアクアに同意を求める。
だが大都市の満員電車でもない限り、隣の人とがっつり触れる程混み合わない。
「あまり回れないかもしれないけどいいのか?」
「うん。行けなかったとこは次来た時に行こ!」
「そうだな」
二人はバスに乗ると、まず慈照寺に向かった。
修学旅行でルビーの班は、銀閣寺に行くことを泣く泣く諦めたため行きたかったようだ。
感想はカッコいいけど人がいなくてすごく寂しそう、だった。
その次には鹿苑寺に向かう。
目玉の金閣寺の周りは多くの観光客で賑わっているため、ルビーは二人で自撮りをする事を諦めた。
その事だけはかなり不満げな様子だったが、教科書に載っている写真と変わらない輝きに感動していた。
次は嵐山。
人力車の待ち時間がかなりあったため予約して、二人は近くのお土産屋などが並ぶ通りで買い食いをした。
バレるのを避けるため、隅で壁の方を向いて食べた。
人力車では渡月橋を渡り、竹林を通るコースを回った。
どこの場所も写真映えするような良い景色だった。
その後、二人は車折神社に向かった。
芸能神社が境内にあることで有名で、多くの芸能人がお忍びで訪れるのだとか。
アクア達はつつがなく参拝を終えた後、駅に向かう。
そして京都の街を大横断して、伏見稲荷大社へと向かった。
時刻は午後四時半を回り、かなり薄暗くなっていた。
二人は千本鳥居をくぐる。
森の中に並ぶ鳥居は空より更に暗く、不気味で神秘的な雰囲気を醸し出していた。
途中まで進んだ二人だったが、足元が暗くなってきている事や野生動物と遭遇するリスクを考慮し、引き返した。
「ふひぁ〜〜づがれだ〜」
ルビーは旅館に帰るや否や畳に倒れ込む。
「楽しかったな」
アクアは疲れているが普段から鍛えているため、それ以上でもない。
何ならルビーもアイドル活動で鍛えられている。
大袈裟に倒れてみただけだ。
伏見稲荷大社を後にした時点で午後五時十分。
多くの寺や神社は、五時半から六時を営業終了時間としている。
境内に入ることは可能な場合もあるが、あまり観光に適していない。
そのためアクアとルビーの歴史的観光地巡りは終了した。
その後二人は京都タワーに登り、周辺の店で焼肉を食べてから旅館に帰った。
旅館にはあらかじめ二日目の夕食をキャンセルしていたため、ゆったり心置きなく近江牛を楽しめた。
時刻は午後九時。
「明日も朝早いから、さっさと風呂入ろうぜ」
「もう一歩も歩けないー。お風呂入るの手伝って〜」
「何すればいい?」
「えっ、一緒に──」
「軽くマッサージでもすればいいか」
「あーいいね、おにいちゃんのマッサージ好き」
アクアはドアの前で横たわるルビーの荷物を預かって、部屋の隅に置く。
そしてマッサージしやすいように、ルビーを部屋の中央に向かって軽く押していく。
ルビーは促されるままにコロコロ転がっていく。
うつ伏せになり、充分なスペースを確保したところでマッサージが開始された。
アクアはルビーの全身を軽くほぐしていく。
その過程で凝っている部分を探す。
背中を指圧すると、肺の中の空気を押し出されたルビーが「んぐっ」っと声を上げる。
特に凝っている場所は見つからなかった。
強いて言えば、腕と脚が少し張っている程度だろうか。
いつも通りにすれば問題ない、とアクアは判断した。
肩を少しだけ力を入れて揉む。
腕から上腕、前腕、手の順に、胴へ向かって撫でるようにマッサージする。
脚も同じように大腿、下腿、足の順で行う。
「ひっ、ちょっとタンマ!」
「はいはい」
脚をマッサージし始めた途端に暴れ始めるルビーを、アクアは慣れた様子でいなす。
素早く丁寧に行われたため、十分もかからずに終わった。
ルビーの息は少し乱れている。
「ふー……ありがとー」
「毎度思うんだけど、くすぐったくて暴れるんなら自分でやればいいのに」
「え〜おにいちゃんにして欲しいの」
ありがとね〜、と礼を言いながら風呂場に向かうルビー。
「……」
そんなルビーを無言で見送るアクア。
相変わらずの自由な行動に、兄として微笑ましく思うだけだった、今までは。
自分の前世が雨宮吾郎と知られてから、ルビーの態度が急変した。
異性としての純粋な好意をぶつけられまくっている。
そしてまたアクア自身も、ルビーの前世を天童寺さりなだと知ってからルビーへの意識が変わった。
アクアは好意を、表向きには兄妹愛として受け取っている。
前世に成人していた年長者として、兄として、ルビーの分までモラルを守って生きるべきだと考えているからだ。
けれど、内心は自分でも何を思っているのかよく分からなかった。
前世で血の繋がった親も兄弟もいなかったアクアには、分かりようがなかった。
「おにいちゃん早くほら」
アクアが風呂から上がり、寝る支度も済ましたタイミングを見計らってルビーが声をかける。
一つだけ用意された布団に寝転がり、隣のスペースをポムポム叩いて一緒に寝ることを促してくる。
「何で一つ……」
「結局一緒に寝るんだからいいじゃん。昨日だって布団一つ無駄だったよ」
確かにその通りなのだが。
アクアは電気を消した後、これ以上何も言わずにルビーの隣に向かい合う形で寝転がる。
布団の中は大分温まっていた。
「旅行楽しかったね!」
「そうだな、めちゃくちゃ楽しめた」
「どこが一番良かった?」
「んー。人力車は乗ったこと無かったから、それと景色の良さも相まって良かった嵐山かな」
「確かに!でも嵐山はもっと回りたいところ沢山あったなぁ」
「トロッコ列車とか寺とかな。夏には川下りが楽しそうだな」
アクア達はあまり事前に調べなかったツケが回り、トロッコ列車の当日券は買えなかった。
ロケーションがとても良さそうだったため、少し損したかもしれない。
「私は伏見稲荷大社かなぁ。暗くてあんまり回れなかったけど、写真とかで見る景色とまた違ったものが見れて──」
二人はこの二日間の話に花を咲かせる。
その会話は旅行を終わらせないと言わんばかりに途切れる事が無く、夜は更けていく。
日付が変わりそうな頃、ルビーは欠伸をした。
「眠るか?」
「んーそうだね。明日も早起きしなきゃ」
アクアより長く寝たのに先に眠気が来るのは、それだけはしゃいだからだろう。
ルビーは一つ伸びをする。
その表情はとても名残り惜しそうだ。
「あー、終わってほしくないなぁ」
「そうだな、また来よう」
あれだけ楽しそうにしていたのだ。
終わる寂しさもひとしおだろうと思い、アクアは返事をする。
しかし、その返答にルビーは不満げだ。
「違うよ。恋人ごっこは今回だけって約束したでしょ」
「……あぁ」
「まさか忘れてたの?」
「そういう意味だと思わなかった」
「もー真剣な話なのにぃ」
唐突に話題を変えて来たくせに、ぷくっと頬を膨らませて怒るルビー。
約束に従えば、この旅行が終わるともう人前では甘えることができない。
ただ、アクアはかなり譲歩してこの約束をしたつもりだった。
「別に人前じゃなきゃ禁止はしてないぞ?」
縛りすぎるのは可哀想だし、良くないとアクアは考えた。
人目に付かない所であれば、過度な行為以外してもいい。
そもそも、アクアとルビーが一緒に外を歩く事はあまり無い。
一緒の番組の撮影でもなければ、仮にスタジオが同じでもすれ違う事は稀である。
──過去一度だけすれ違った際には、ルビーが盛大にハグをかました。
主な機会とすれば、休日一緒に出かける際。
歩きながら腕を組もうしてきたり、席に座った時なぜか隣に座って寄り添ってきたり、ハグしてみたり。
手を繋ぐくらいに留めてくれれば文句はないのに。
それでもルビーは嫌らしい。
「それはなんか違うじゃん」
「どういう事だよ」
「えー?あー、んー」
「……例えばどんな感じ?」
ルビーは十秒ほど考えて言う。
「……ご馳走を目の前にして、テーブルマナーと三角食べを意識する……みたいな」
「一ミリも分からん」
情報が交錯し過ぎて、流石のアクアも理解不能だった。
そもそもテーブルマナーがあるのは欧州の方で、三角食べは日本特有の考え方である。
また、テーブルマナーはコース料理を食べる時に用いられる事が多い。
一品ずつ運ばれるコース料理と、全ての料理を少しずつ順番に食べる三角食べは相容れない。
変な噂が立ってルビーが困らないように言っているというのに、少しくらいは我慢できないのか。
でも仮に記事になっても、ルビーは「熱愛報道だ!」とか言ってはしゃぎそうだな、とアクアは思った。
結局また話し込んでしまい、次第にアクアも眠くなり瞼が重くなってくる。
ルビーの眠気のピークは過ぎてしまった。
「おにいちゃん眠い?」
「ん……」
眠気が最高点に達したアクアは、夢うつつに返事をする。
ルビーより遅くに寝て、悪夢にうなされ起きたアクアは寝不足だ。
いくらアクアが寝不足に強いとはいえ、温かい布団の中で寝転がっていればふにゃふにゃにもなる。
「じゃあおやすみのちゅーしてよ、もう旅行終わっちゃうから」
そう言って、唇を大袈裟に突き出し顔を近付ける。
ルビーは冗談のつもりで言った。
人目の無い今であれば、恋人ごっこの約束は関係ない。
多少のスキンシップであれば許されるし、キスはもちろん却下される。
「あー、ちゅーが無いと寝れないなー」
数秒待っても反応は無い。
「寝ちゃった……あーあ」
夜が明ければ、ルビー達は東京に帰る。
寝るということは、実質的に旅の終わりを表す。
ルビーはこの旅行が終わることが、寂しくてたまらなかった。
普段ルビーからアクアにはよく甘えるが、その逆は無い。
甘えさせてくれるアクアはもちろん好きだ。
大切に思ってくれている事も分かる。
けれど自分のこの恋愛感情が、一方的なものだと思う度に少し辛くなる。
天童寺さりなの頃から変わらず感じるこの想いは、日に日に膨らむこの気持ちは、止まるところを知らないというのに。
だから、ごっこと称して無理やり恋人になってみた。
そうすれば相思相愛でなくても恋人気分を味わえるかと思って。
たくさん恋人繋ぎをした。
腕を組んで歩いた。
前までは平気だった間接キスも、変に意識してしまい顔がニヤけてしまう。
アクアから添い寝に誘ってくれた時は嬉しかった。
そんな甘々な私達を、声を掛けてくれたアクアと私のファンの子に撮ってもらった。
アクアは私のものだと主張するように、思い切りハグをしている姿を。
色んな出来事全てが私を満たしてくれた。
けれど、この旅行は失敗だったかもしれない。
中途半端に味わう甘美な時間は、恋の熱に浮かされ焦げて、ほろ苦い味へと変わる。
ルビーはよく我慢していた。
アクアに迷惑を掛けないように、自分の中での一線を越えていない。
結婚してとアクアにねだるのだって、甘えることも兼ねたコミュニケーションである。
だが二十年近く拗らせた恋心は、常に爆発寸前だった。
我慢できずに甘えた結果、それがガス抜きになって爆発を免れる。
アクアと会えない日は、心の中で暴れる想いをどうにか抑え込んで、キャパシティの大きさに驚く。
どうしても気分が落ち込む日は、涙として溢れる事もある。
我慢はしているが、それにも限界がある。
とうの昔から、ルビーだけでどうにかなる話ではない。
「ねえ、アクア」
暗がりの中、ルビーは寝ているアクアに呼びかける。
深い眠りにはまだ移行していないのか、微かに瞼が反応した。
アクアの寝顔に吸い寄せられるように、身体を寄せて顔を近付ける。
あと数センチ顔を前に動かせば、唇が触れ合う距離。
そのままキスしそうになって踏み止まる。
いつもそんな事ばかり考えている自分を蔑むルビーは、すがるように言った。
「我慢ばっかりで、私おかしくなっちゃうよ」
明日、仕事に余裕を持って行けるように早朝の新幹線に乗る。
そのために早く気持ちを落ち着けて、寝なければならない。
ルビーは名残惜しいが、寝るために体勢を直そうとした。
力を入れた腕が、布団に深く食い込む。
あと三秒もかからずに動作を終える、その瞬間。
アクアの目が薄ら開いた。
ルビーは蛇に睨まれた蛙のように固まる。
まさか聞かれたかと焦るルビーだったが、杞憂だった。
アクアの意識ははっきりしておらず、寝ぼけているだけだ。
数回瞬きをした後、アクアはまた目を深く瞑った。
朝になったら起きた事を覚えてすらいない。
「おやすみおにいちゃん」
だから普通に寝る挨拶をした。
大して醜態は晒していないが、安心して眠れる。
ルビーは再びアクアとの間隔を空けようと動く。
だけど、頭を元々の位置に戻す事は叶わない。
その前にアクアが動いた。
目は閉じたまま、ルビーの気配を感じながら身を乗り出す。
元々ルビーがアクアに接近していたために、すぐにお互いの鼻が触れ合った。
「ひゃっ!!」
ルビーは再び固まった。
驚きと戸惑いで、首がすくんで動けない。
肌と肌が擦れる感覚が、妙にくすぐったい。
背中を弱い電流が流れるような、むず痒い感覚に吐息が漏れる。
そんなルビーの乱れ狂った胸の内はつゆ知らず、アクアは感触を頼りに辿って口付ける。
間近にあったルビーの唇に。
「っっ〜〜〜?!?!」
ルビーは声にならない声を上げる。
ほぼ意識のないアクアは、自分が何をしているか理解していない。
キスをねだったルビーに、ただ従っただけだ。
二人の唇が重なり溶ける。
アクアの動作がゆっくりで、五秒ほど続いた。
その後アクアがゆっくりと離れて再び眠る。
寝言のように呟かれた「おやすみ」は、殆どルビーの耳には届かなかった。
「……、……!」
しばらく呆けたルビーは、パクパクと口を動かす。
ハッと正気を取り戻すも、心臓は激しく拍動して脳はフル回転だった。
「ねね、寝ないと。早く寝ないと」
必死に自分に言い聞かすも、寝れそうにはない。
何を試しても、さっきの感触が蘇る。
温かいアクアの唇が自分の唇に重り馴染んで、その境目が一瞬分からなくなって、くっついた唇が徐々に離れて。
思い出すたびに顔が熱くなって、頭の中で何か弾けて真っ白になる。
こうしているうちにも時間は刻一刻と過ぎていく。
ルビーの長い夜が始まった。
────────
#三日目
何分経っただろうか。
やっと呼吸が落ち着いたルビーとアクアは、リビングのソファーに座って肩を寄せ合う。
斎藤夫妻は二人とも仕事で家には居ない。
「私もおにいちゃんも、ママの忘形見だよ」
ルビーは諭すように言う。
アクアは隣で静かに聞く。
「ママが唯一愛した、宝物なんだよ」
──愛してる。
アイが最後の力を振り絞って残した言葉。
アクアはその言葉に呪われていた。
あの日の惨劇が脳裏に浮かぶから、思い出す時は決まって自分を戒める時だった。
「私達が死んじゃう事なんて、絶対に望んでないよ」
そうかもしれない、とアクアは思った。
悲惨な境遇で育ちながらも、死ぬ間際まで自分なりの愛を探したアイ。
そんなアイが、愛する子供が不幸になる事など望むわけない。
「おにいちゃんが罪悪感で辛くなっちゃうなら、私にも背負わせてよ。兄妹で、ママの子供の私だって同罪でしょ?」
違う、ルビーは悪くない。
それなら、俺も悪くない?
アクアはそう考えてから思い直す。
俺がアイを救えなかった事実は消えない。
仮に悪くないのだとしても、自分を許せる気がしない。
月日が経つにつれて膨れ上がる罪の意識は、簡単には消えなかった。
でも、アイは俺が復讐を果たす事を望んでいないとしたら。
俺はどうすれば……。
「俺は……」
アクアは重苦しく呟く。
すべき事は分かる。
ルビーがこんなにも一生懸命手を差し伸べてくれているんだ。
俺は生きるべきなのだろう。
それでも勇気が出ない。
誰も救えない俺に、救われる権利があるはず無い。
アクアは返答に詰まった。
気持ちの整理が出来なくて、すぐに答えを出せそうにない。
いたたまれない気持ちになり、ルビーの方を見る。
ルビーはまっすぐアクアを見ていた。
何かを期待するような、信じているような目。
しかし、アクアがまだ答えに迷っている事を察すると、その表情は一変した。
眉尻が下がり、瞳が揺れる。
そして自嘲するように、くしゃっと笑って言った。
「それとも私なんかじゃ、おにいちゃんの生きる意味になれない?」
「……!」
アクアはルビーの笑顔の奥に、深い悲しみと絶望を垣間見て、一人の少女を思い出す。
かつてあれほど救ってあげたいと切に思ったくせに、こんな顔をさせている。
今のルビーは、さりなちゃんを失う直前の俺だ。
大切な人を救いたくて、幸せになって欲しくて、がむしゃらに手を差し伸べる。
そんな中俺が死んだら、きっとルビーも激しい後悔に苛まれる。
一生前を向いて生きていけなくなる。
悪いのは心の弱い俺なのに。
その事に気付いたアクアは、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
気付いてあげられず、苦しませた事を謝りたい。
復讐に囚われず、しっかりルビーと向き合って生きていきたい。
初めて感じるほど強い衝動にかられて、ルビーを強く抱きしめて言った。
「ごめん、ごめんルビーっ……。辛い思いさせて、こんな事を言わせて……」
涙腺が崩壊したアクアは、恥ずかしげも無く大粒の涙を流して、心の内を吐露する。
突然のことに驚いて手を宙にさまよわせていたルビーだったが、しっかりとアクアの背中に手を回した。
「怖かったんだ。復讐をやめたら、アイの事を蔑ろにしている気がして。憎しみを忘れたら気が休まらなくて」
罪悪感が過去の自分を身にまとい、幻覚幻聴となって現れる。
その声に責め追い立てられるように、復讐を進めてきた。
「俺は苦しまないといけなくて、苦しくないと落ち着かなくて。楽しいことなんかしたらダメで、救われたらダメでっ」
アクアはずっと自責の念に駆られていた。
責任感が強く、感受性豊かで優しい。
人として褒められる性格を多く合わせ持つアクアだが、生きるには邪魔な事この上無い。
「さりなちゃんを救えなくて、それなのにまた同じ事を繰り返した自分が許せなかったんだ……!」
アクアは思い出すたびに、後悔した。
さりなちゃんにもっと寄り添えたんじゃないか。
もっと一緒にいてあげられたんじゃないか。
アイにもっと甘えてあげればよかった。
自分がしっかりとしていたら、刺されなかったんじゃないか。
俺が医者として優秀だったら、二人の命を救えたんじゃないか。
ずっと心につかえていた。
天童寺さりなを看取ってから。
アイの死を見届けてから。
答えをくれる人がいなくなった世界で、一人悩んだ。
ルビーは静かに話を聞いていたが、さりなの名前が出た瞬間にピクッと眉をひそめた。
アクアの言葉を噛み砕いて理解する。
そして脳内演算が終了した瞬間、アクアに拘束されてた腕を強引に引き抜いた。
アクアの頬を両手で挟む。
パンッ。
乾いた音が鳴ると同時に、アクアは強引にルビーから引き剥がされた。
ルビーはアクア顔を目の前に持ってきて、真っ直ぐに見据える。
かなりの力で挟まれたアクアの頬は、ほんのり赤くなっていた。
「痛っ、え?」
「ちょっと何それ」
急に態度が変わったルビーに困惑したアクアは、一瞬涙を忘れる。
ルビーの瞳には怒りが浮かんでいて、口は拗ねたように尖っている。
「そんな事で苦しんでたの?私はあんなにせんせーに大好きって言ったのに、伝わってなかったの?」
普段より数段低いルビーの声。
アクアはずっと好意的な態度を取られていた事もあり、ルビーから発せられた声だとは信じられなかった。
「っ、いやもっと色々してあげたくて──」
これは初期微動だと察し、次に備えようとするが、そんな間も無く本震が襲った。
「私が!何でこんなせんせーの事が大好きなのか!分からないのかーー!!」
ルビーは叫ぶ。
ここが漫画の中の世界なら、暗かった街の明かりが二人を中心に次々と付いていく程の大声。
ルビーの頬は過去最大級に膨らんでいた。
今はルビーに話を聞いてもらう時間だったはずなのに、急激に展開が変わってしまいアクアは混乱する。
しかし、酷くご立腹なルビーを無視する事はできない。
アクアはルビーの顔を見ながら話そうと、必死に身体を屈めて顔を覗き込む。
しかし謝っても宥めても、ルビーは「ふーんだ!」とそっぽを向くだけだった。
「なぁ……ごめんって……」
時刻は午前一時を回った。
二人は明日も仕事なのに、まだ風呂にすら入っていない。
アクアはまだいいが、ルビーは「15年の嘘」の主演のため出番が多い。
さらに他の案件もこなさなければならないため、休める時に休むべきなのだが。
だがルビーが機嫌を直さない限り、この状況が動く事はない。
アクアがしぶとく粘っていると、ようやくルビーが口を開いた。
「……私が甘かったんだね。頭かっちかちなせんせーには、もっともっともーっと言葉にしてあげないとダメだよね」
「いやそんな事は……」
「伝わってないでしょーが!!」
そんなに強く言われると、流石のアクアも俯いて受け入れるしかなかった。
肩をすぼめて小さく縮こまるアクアは、側から見れば少々哀れだ。
一方ルビーは、バッと勢いよく立ち上がってアクアの前に立つ。
そして説教するぞと言わんばかりに、腰に手を当てた。
「今ここで言っておくよ」
そう言ってルビーは上半身を前に倒して、アクアに接近する。
珍しく前置きをするルビーに、アクアは少し緊張した。
「私の前世の天童寺さりなは、ゴローせんせーにこれ以上無いほど救われていました!ママも絶対同じくらいアクアに救われていました!」
ルビーはキッパリと言い切ると、自信ありげにウィンクする。
「本人で、ママの娘の私が言うんだから間違い無いよ」
「……そっか」
アクアは瞬きを忘れて、ぼーっとしながら呟く。
魂の抜けたような様子とは裏腹に、頭の中はすっきりとしていた。
怨嗟の声はぴたりと止んで、思考を鈍らせる濃い霧が晴れる感覚。
アクアは初めて自らの意思で、二人の最期を思い出していた。
純粋な悲しみと切なさ。
アクアは今日何度目か分からない涙を流す。
しかし、表情は穏やかだった。
その後アクアに釣られてルビーも泣いて、疲れた二人はそのまま眠った。
ソファーに座っての睡眠の質は最悪ではあったが、二人は幸せな目覚めを迎えた。
質が最悪だっただけに眠りが浅く、余裕を持って起きた二人は順番に風呂に入り、バッチリ身支度をする。
アクアはルビーよりも入り時間にかなり余裕があるが、ルビーに合わせて同時に家を出ることにした。
「なあルビー」
アクアは靴紐を結びながら声をかける。
「なにー?」
「約束するよ。これから先、何があっても生きてルビーの元に帰る」
ルビーは小さく吹き出して笑った。
「何それ、プロポーズ?」
「まあ、そう思ってもらって構わない」
はぁっ、とルビーは大袈裟に息を呑む。
「おにいちゃんがついに……!婚姻届……!」
「受理されねーよ」
軽口を叩きながら二人は歩き出す。
ルビーはものすごく悲しそうな様子だったが。
アクアは約束通り、復讐に囚われず生きる。
かと言って、カミキヒカルを許したわけではない。
危険人物を野に放っておく事はできない為、準備を進めていた。
映画公開当日、アクアはアイの殺害事件について告訴する。
またマスコミにも垂れ込み、カミキヒカルの情報を求めた。
もちろんアクアは、アイの事件の捜査がうまくいくなどと思っていない。
姫川大輝の両親の心中事件の様に、世に出ていないカミキヒカルの犯罪を捜査できる環境を整えたのだ。
公開と同時に、元となった事件が再び報道される様になった「15年の嘘」は、世の中の話題を全てさらう程の反響を得た。
そしてアクアの計画通り多くの告発があり、行方不明の「片寄ゆら」を殺害したという疑惑まで浮上した。
しかし、捜査が進む事は無かった。
カミキヒカルは映画公開の約一ヶ月、すでに死亡していたことが判明した。
現場の様子からでは死因が分からず、死亡解剖をしても異常が見つからず、自然死として処理される。
その事をアクアは捜査関係者から聞かされた。
アクアとルビーがこの世で一番残酷な死を願った相手は、最も穏やかな死を迎えた。
〜〜
午前三時。
布団の隙間から入る冷気と、身体の上に誰かがいる気配を感じてアクアは目覚めた。
頬を優しくなぞられる感覚がくすぐったい。
うっすら目を開けるが、目の前に何かが覆い被さるように視界を塞いでいる。
温かい吐息がすぐそこにあるのを感じて、やっとそれが人と認識した。
この部屋にいる人物は、アクアを除いて一人しかいない。
ルビーはアクアに跨り、体重をかけないよう膝立ちをしていた。
アクアはルビーに呼びかけようとしたが、唇を塞がれたためできなかった。
ルビーの優しすぎるほどゆっくりな口付けは、アクアの反応を数瞬遅らせた。
唇を離したルビーは恍惚とした表情を浮かべ、時折身体を振るわせる。
ルビーはアクアが起きている事など、全く気付いていなかった。
「ルビー……何を……?」
「っ!!」
アクアに見られていた。
その事に気付いたルビーは前屈みの体勢から、背を逸せるまでに驚いた。
窓から差し込む月明かりが反射光となって、ルビーを横から照らす。
極度の羞恥に表情が引き攣り、顔全体が真っ赤に染まる。
ルビーの浴衣は大きくはだけていて、大人びた下着の端から形の良い胸の膨らみが覗く。
──寝込みを襲われ……。
アクアはルビーの反応を見て理解する。
今まで何度も隣で寝てきた為に、ルビーがそんな事をするとは思わなかった。
訪れる沈黙。
二人は次取るべき行動に思考を巡らせる。
「……ほら寝るぞ。まだ夜中」
見なかった事にする。
それがアクアの選択だった。
せっかくの旅行なのに、わざわざ事を大きくする必要は無い。
そう考えて身体ごと横を向き目を瞑る。
アクアの優しさだった。
ルビーだって、俺と気まずくなる事なんて望んでない。
きっと旅行気分に浮かされて血迷っただけで、俺がなんとも無いように接すれば問題ない。
アクアはそう思い、心の平穏を保つよう努めた。
しかし両者の利害は一致しない。
ルビーはアクアのように、安定を取るような選択をできなかった。
普段のルビーならアクアに大人しく従っていたし、そもそも寝込みを襲ったりなどしない。
だが何年も抑え込んでいた色欲のたがを、他でもないアクアに外されて暴走してしまっていた。
ルビーは膝立ちしていた足の力を緩め、アクアに体重をかけて座る。
アクアが顔の前に重ねて置いている両手を、左手で押さえつける。
さらに右手はアクアの顎に手を添えて、顔を強引に自分の方へと向けた。
「なっ」
アクアは驚いて思わず声が出る。
ルビーはそんなアクアにはお構い無しに、口付けをする。
お互いの唇全体が接するような深いキス。
さらにルビーは、少し空いたアクアの口に舌を忍ばせる。
ルビーに乗られ、手を抑えられ、キスをされて、終いには舌まで入れられたアクア。
身動きが取れないどころか口を閉じる事すらできなくて、されるがままになるしかない。
ひたすらにアクアを求め快楽を貪るルビーを見て、アクアまでいけないことをしている気分になってしまう。
ルビーが息継ぎをする時、少し離れるタイミングでアクアが顔を逸らしてキスは終わった。
二人の混ざった唾液が糸を引く。
赤面してしまったアクアは、ルビーの方を見れなかった。
しかし、そういう訳にもいかない。
何故ならルビーが、また口付けようとアクアに迫っているからだ。
少し荒いルビーの呼吸音が近付くのを聞いて、アクアは拘束されていた左手を無理矢理引き抜く。
そして、腕全体でルビーの身体を押し返した。
「だめだルビーっ」
アクアは今度ははっきりと注意する。
これ以上の行為は、兄妹には許されない。
これからも一緒に生きていくと言うならば、線引きを間違えてはならない。
それなのに、ルビーを止めることは叶わない。
ルビーも頭では理解しているが、すでに手遅れだった。
「んぁっ……」
ルビーが艶かしい声を上げる。
アクアがルビーを腕で押した時、直接肌が触れ合う。
その際に肘が胸に当たったり、肌同士が擦れただけで、ルビーは声を我慢できないほど敏感になっていた。
ルビーは身体を支えることができなくなり、アクアの胸にすがって余韻が過ぎるの待った。
ビクビクっと身体を震わせるルビーを見て、アクアは頭が真っ白になり、声を掛ける事すらできなかった。
二人にとって長い時間が過ぎて、少しだけ正気に戻ったルビーがぽつりと言葉をこぼす。
「……ごめんねおにいちゃん」
「いや……謝る事じゃないよ」
三大欲求の一つで生理現象。
これは仕方ない、仕方のない事なんだ。
アクアは自分に言い聞かせる。
願わくば、今見た光景を綺麗に忘れたいところではあるが、無理だということが直感で分かってしまう。
せめて、この気まずい空気が早く過ぎ去る事を祈った。
しかし、アクアの祈りはことごとく叶わない。
「…………それでお願いがあるんだけど」
耳まで真っ赤にし、涙目で申し訳なさそうに言うルビー。
すぐに言葉は続かなくて、しばらく視線を激しく彷徨わせた後、手で顔を隠す。
「一人でシても満足できなくて……」
恥ずかしさが限界を超えたせいか、ルビーはポロポロと涙を流しながら言った。
すぐに言葉の意味を理解したアクアは、心の中で叫んだ。
できる訳ないだろ!と。
「いやっ、それは流石に」
しかし、ある種の覚悟が決まっているルビーは引き下がらない。
「お願い!おにいちゃんじゃないとだめなの!」
「少し我慢して──」
「もう何年もだめなの!」
「他に方法は……」
「辛いよぉ……助けておにいちゃん……」
アクアはどうにかして一線を超えないよう足掻く。
しかしルビーは引く気が無さそうで、泣きながら懇願する様子が可哀想で。
涙を堪えられないほどの羞恥心を感じてまでこんなお願いをしたルビーは、並大抵の気持ちで言っているのではない。
その事を理解させられたアクアは、折れるしかなかった。
「………………分かった」
しなければ終わらないのであれば、早めに終わらせるしかない。
ルビーを少しでも寝かせるためだ、やむを得まい。
アクアは自分に言い訳をして納得させた。
部屋に嬌声が響く。
上体を起こしたアクアの首に、ルビーは手を回していた。
遠慮がちなアクアの手とは裏腹に、激しい快楽に襲われるルビーは必死にしがみつく。
アクアの上で果てて、少し休んで、また果てて。
アクアが想定していたよりも、ルビーは体力があった。
ルビーは何度目か分からない絶頂を迎えて、アクアに倒れ込む。
「大丈夫か?」
「うん……もっと……」
アクアは頭を悩ませる。
今が何時かは分からないが、もうほとんど寝る時間は無いというのに、ルビーは満足しない。
これ以上は良くないと判断し、意を決してルビーに話すことにした。
「なぁルビー。そろそろ辞めにして寝ないか……?」
「……もう少しだけ」
「午後から仕事なんだぞ……」
「でもこのままじゃ寝れない……」
ルビーは上目遣いでアクアを見る。
ゴローを好きになった時から溜まりに溜まった欲望は、衰える事を知らなくて。
このまま横になっても、悶々とした時間を過ごす事が目に見えていた。
──アクアの寝込みを襲う前の数時間のように。
だがアクアが言うように、仕事をする上で睡眠が大事な事はもちろん理解している。
ルビーは悩む。
もう少しだけ……。
いやでも──。
ふと、ルビーは思いついてしまった。
魔が差した、とでも言うべきかもしれない。
本当の本当にしてはいけない事。
それでも夫婦なら当たり前で、ゴローに求婚した時から憧れすら感じていた事。
今なら……。
いや、今しかない。
「じゃあ、さ」
ルビーは自力で膝立ちをする。
既に力が入らない足腰は、気を抜いたらすぐに身体を支える事ができなくなりそうだ。
アクアを掴んでいた両手のうち右手だけを離して、自分の下腹部に持っていく。
そしてゆっくりと浴衣をめくった。
「一緒にシよ」
ゆっくりな動作に煽情的な笑み。
その一挙一動から、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
とんでもない誘いを受けたアクアは唖然とし、やっとの事で言葉を絞り出す。
「ば、馬鹿。するわけないだろ」
「もうここまできたらいいじゃん?」
「だめだ。絶対にだめ」
「なんでよ」
「兄妹だからだ」
予想通りの猛反発。
ルビーも簡単に事が運ぶとは思っていないが、少し粘ってみる。
「でも私はさりなでもあるよ」
「身体は兄妹だ」
「せんせーがモラリストなところは変わんないね」
「モラル以前の問題」
「最初で最後」
「だめ」
アクアは険しい顔をしてルビーを見る。
しかしルビーも引く気はない。
「私、アクアの事あんまり兄妹だと感じた事ないな〜。赤ちゃんの頃から転生者って知ってたし」
「それはそうだけど」
「運命共同体から、いきなり前世で結婚を約束した恋人になった……みたいな?」
「約束してない……」
その後も言葉の応酬を繰り返すうちに、アクアは上体を寝かせて目を閉じてしまった。
そんなアクアを見て、ルビーは心がちくりと傷んだ。
「兄妹だから」と一貫して拒否し続けるけているけど、恋愛対象として見る事は無いって事かな。
ほんと、せんせーの頃から変わらない。
そんな誠実なところも好きだからいいけど、少しモヤモヤする。
これが惚れた弱みと言うやつか、と少しずれた事を考えるルビー。
そろそろ潮時だと感じて、寝る前に言いたい事を言うことにした。
アクアと会話するうちに、火照った身体は大分落ち着いている。
「もーバレなきゃいいじゃん。責任とってよ」
「本当に勘弁して……」
「一回くらい良いじゃんケチー」
軽薄な言葉をつらつらと並べるルビー。
その心の内は、誰よりも深い恋情に溢れているのだが。
アクアは目を開けて、ちらっとルビーを見た。
何かを言いかけたが、再び目を逸らしながらルビーの浴衣を直す。
ルビーはその行動が妙に引っ掛かった。
「何言おうとしたの」
「いや……」
「それ聞いてから寝る」
「……別に何も」
アクアは誤魔化そうとするも、ルビーはそれを逃さない。
アクアの顔の左右に両手を着いて、四つん這いになる。
いわゆる床ドンをして、アクアに詰め寄る。
「言って」
「……聞いたら寝ろよ」
「約束する」
真近で真剣に見つめられるアクアは赤面する。
顔を背けようにも、視線を逸らそうにも、ルビーに阻まれてできない。
少し狼狽した後、両腕で顔を隠しながら呟く。
「…………で、怖い……」
「怖い?」
あまりに小さい声で、断片的にしか聞こえない。
アクアは責務を果たしたと言わんばかりに寝ようとした。
しかしルビーはそれを阻止すべく、ゼロ距離で睨みを効かせる。
アクアは逃がしてもらえない事を察すると、さっきと比べて微妙に大きめな声で言った。
「……歯止めが効かなくなりそうで怖い……」
話すのを躊躇った、アクアの本音。
アクアの恋愛対象になれないと嘆くルビーだったが、実際には逆だった。
医者と患者、成人と未成年、兄と妹。
いつも二人の間には分厚すぎる壁があって、真面目に考えるに至らなかった。
微笑ましく思うのみで、プロポーズを躱してきたツケが回ってきたのかもしれない。
本能にまで訴えかける本気のアプローチを受けて、愛情か欲情か、アクアにも分からない気持ちが大きく膨らんでいた。
「ほら、言ったから早く寝るぞ」
アクアは気まず過ぎる空気から逃げるために、ルビーの反応を待たずに言う。
そしてずっと自分の上に跨っているルビーを隣に寝かそうと、脇腹を軽く押して移動する事を促した。
しかしルビーは、アクアの上に腰を下ろして力無くへたり込む。
虚ろな目は肉情のままに、アクアを見つめていた。
「ごめんアクア」
そう呟くルビーは自身の着ていた浴衣の帯を緩め、襟を肩口よりも下に持っていく。
そしてブラジャーを上にずらして、胸を露出させた。
「っっっ!?」
その姿を見ないようにと必死に顔を逸らすアクアを気にも留めず、ルビーはアクアの帯を解く。
充分に緩めたところで、襟に手を掛けた。
「もう我慢できない……っ♡」
可愛い、可愛過ぎる。
そんなのずるいよ。
こんなの我慢できる訳ない。
可愛過ぎるアクアが悪いんだから──。
────────
エピローグ
「ただいま〜!」
「おかえりなさい、楽しかった?」
「うん!帰りたくなかったよー」
二人が家に入ると、斎藤ミヤコが待っていた。
マネージャーとして仕事を控えたルビーを出迎えた形になるが、その表情は慈愛に満ちて、母親として二人に接している。
以前は、ルビーには自身のマネジメント力不足の所為で無理をさせたり、アクアに対しては苦悩している事に気付いてあげられなかったりした事を悔やみ、病んでいた。
しかし、もうそんな様子は見えない。
詳しくは理解していないが、アクアとルビーを長年苦しめた実の父親が死んだ事をアクアから聞いて。
それを受けて二人が前より明るく和やかに生活しているのを見て、斎藤ミヤコの気分も自然と明るくなった。
「ほら、少し余裕はあるけどさっさと支度しちゃいなさい」
「はーい、おにいちゃん荷物お願いねー」
「おう」
ルビーはパタパタと家の奥へと走って行く。
アクアは玄関に座った後、キャリーケースを隣に置いて靴紐を緩め始めた。
「アクアはどうだった?」
「結構楽しめたよ」
「そう、良かったわね」
アクアは少し考えた後に言う。
「今度はミヤコさんも一緒に行こう」
「……ええ、そうね」
斎藤ミヤコは微笑む。
息子の気遣いが純粋に嬉しくて、目の端に涙が溜まる。
旅に疲れた息子達の為に何かできないかと考えて、辺りを探る。
アクアの横に置いてあるキャリーケースを見つけて手を掛けた。
「全部洗濯に出しちゃうわね」
そう言って、ファスナーの引き手を引く。
「ま、待って!!」
聞いた事無いほど大きな息子の声。
びっくりしてアクアの顔を見ると、何故かとても慌てている。
「……どうしたの」
「俺が片付けるから、ミヤコさんはルビーの手伝いしてあげて」
「わ、分かったわ」
斎藤ミヤコは不思議に思いつつも、アクアの指示に従う。
──遅めの思春期かしら?
色んな可能性を考えながらルビーの部屋に向かうと、ルビーは荷物を鞄に詰めていた。
「おにいちゃんどうかしたの?」
ルビーの耳にまでアクアの声が届いていて、何があったのかと斎藤ミヤコに聞く。
「分からないの。洗濯物があるだろうから洗ってあげようとしたんだけど」
「……そっか」
それを聞くだけで理解したルビーは、ニヤニヤと笑う。
状況が把握できない斎藤ミヤコは、ルビーに軽く問いただすも回答を得ることはできない。
ルビーはその間、頬が引き攣るのを抑える事ができなかった。
今夜アクアの布団に潜り込んだら、どんな反応をするかな?
家に二人きりの時に誘ったら、どんな顔が見れるかな?
これから始まる新しい生活を思うと、楽しみで仕方なかった。
アクア敗北エンド