夜空が広がっていた。
華鏡よさりは夢を見た。
それはいつものそれとは違っていて、あの悪夢なのかと疑ってしまうほどの光景がそこに広がっていた。
一面に広がるのは水面、空を見上げれば群青の星空だ。空を割るようにして駆けるは天の川。空を埋め尽くさんばかりの星空が世界を構成していた。
そう、華鏡よさりは今日も悪夢を見るのだ。
地上にどこまでも広がる水面には満天の星空が映し出され、世界の全てが星空で彩られている。そこは、どこか現実味に欠ける世界だった。
ポツリ、ポツリと、それは涙か、世界を埋め尽くす夜空の中、流れ星が世界に動きを与えた。その壮大過ぎる世界では星の動きさえ、ちっぽけに思えてしまう。
吸い込まれそうになる夜空はどこか儚い。これは一時の悪夢だ、もう戻ってこられない夢、だから、ここに来た意味を求めなければならない。ただ、夜空を見上げて過ごすだけの夢なんてものはありはしないのだから。
華鏡よさりは歩む、ゆっくりとした足取りで。
歩を進めるたびに水面に波紋が走る。水面に移された夜空の鏡はゆらり、ゆらりと波打ちながらも、その世界を変えずにいる。
どれだけの時間が経ったのだろうか、一体いくつの星が降った頃だろうか、彼女が歩みを止めたのは、時間の概念を忘れ去った頃だったのかもしれない。
鳥居、それを見つけて、ようやく足を止めた。
大きな鳥居だった。木製の苔の生えた古びた物で、一体どれだけ昔の物なのかなど見当がつかないほどに、大きく、古びた物だった。
その鳥居の上に、誰かが居た。
足をブラブラさせながら、何処までも続く夜空を見上げていた。
ゆらり、ゆらりと特徴的なサイドテールと長い兎の耳を揺らしながら、何かを喋るでもなく、空を堪能するように少女は星降る空を見ていた。
「……」
華鏡よさりは知っていた。その面影を、その姿を、その存在を。
「こんばんは……本歌様」
少女はまさに写し身だった。華鏡よさりによく似た、その存在はゆっくりと振り返り、声を投げかけてくる。声は……まだ華鏡よさりと同じままだった。
「こんばんは、写し身ちゃん」
少女の名はカキョウヨサリ、華鏡よさりの写し身だ。以前は、まだ姿形が朧気で、定まっていなかったはずなのだが、今の姿は明確に定まっている。
「……ありがとう」
「なにが?」
「生み出してくれて」
「……うん」
複雑な気持ちだった。
群青の星空で、あの夜を振り返る。
カキョウヨサリがこの世に生まれ出でることが決まったあの瞬間だ。
そう、クラウドファンディング開始から2分半で目標金額を達成した怒涛のあの時間を、過去これ以上ないほどに叫んだあの瞬間を。この夜空には到底似合わない激流のような記憶が脳裏に過る。まさに伝説的な夜だった。控えめに言って、狂乱の夜と言えた。文字通りの意味合いで、札束で引っ叩かれた、過去最高額で。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
そう、何でもない。何でもないのだ。
今まさに、カキョウヨサリの背後に輪郭だけのギョロ目のよさうさ擬きが空中に佇んでいるが、気のせいなのだ。そう、何でもない。何でもないのである。
眼だけがギョロりと華鏡よさりの方向へ向いているが、きっと気のせいである。
「時間だね」
色々と見えてはいけない物に対してかぶりを振っているうちに、写し身は消えていた。
何処へ、などと聞くのは不毛な話なのだろう。ここは、そう、夢の中なのだから。
空を見上げた。まるで時が止まっていたかのように微動だにしなかった星海が大きく動き始めた。それは夢の終わりを告げようとしていたのだろう。
戻らなければならない。もうそんな時間になってしまった。
役目を終えた夜空は時間に押し流されてゆく、今夜もまた、夢の世界が終ろうとしている。
世界は少しずつ夜明けを迎えようとしている。
『また、われらの夜はやってくるよ』
世界に響き渡るように、そんな声が届いた。誰の声か、なんてことは聞くのは野暮なんだろう。誰かの好きを手助けしてくれるあの子の声は、いつの日にか、多くの人へと届く、それまではまだ泡沫の夢の中にしかいない。
「そうだね……」
朝日が水面を眩く照らしている。群青の夜空は終わりを告げ、日出ずる世界へと姿を変えて行く。夜が終わる、ならば、彼女もまた、帰らなければならない。
そう思い、彼女は古びた鳥居を潜る。
そして、目覚めるのだ。悪夢から。