六角氏頼として南北朝時代を生きた男が今度は殺せんせーを狙う話

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『逃げ上手の若君』の現パロ箇所を読んで湧いた思い付きを文字に起こしました。渚が女性化していますが、率直に言って自分の好みによるものです。合わない人はプラウザバック推奨。


転落の時間

〜1〜

 

 

 通算二度目の中学受験。この言い回しを見れば、ある者は義務教育過程の最中に浪人したのかと困惑し、また別の者は滑り止め用の学校で入試本番の雰囲気を体験した受験生が遂に挑む本命校の受験なのだろうと無駄な洞察を行うのかもしれない。

 

 

 しかし、実際は違う。気狂いの類いという訳ではないと信じたいのだが、自分には平成の次代に当たる令和という年号で日々を過ごした覚えがある。

 そして、今の年号は平成である。とはいえ、単純に未来を予知したと言うようなオカルト染みた話ではない。

 

 

「試験終了五分前です。受験番号及び名前が正しく記載されているか改めて確認して下さい」

 

 

 一通り問題を解き、一応の見直しも済ませた俺は受験票に記された通りの数字が番号欄に記入されていることを確認する。

 次に名前だ。姓は佐々木。諱は千寿。これが俺にとっては何よりの問題なのだ。

 

 

 時代柄ということもあってかなりマイナー気味と言わざるを得ないが、南北朝時代の武将に源氏頼または佐々木氏頼あるいは六角氏頼という武将が居る。

 彼の幼名が千寿丸。俺の諱とほぼ同じだ。そして、何とも妙なことに、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の記憶を有している。

 

 

 鎌倉時代末期である嘉暦年間から南北朝時代にあたる応安年間にかけての四十年余りの記憶だ。

 ざっと当時を遡って()()()()だけでも相当に莫大な時間を費やしてしまう。案の定、あっという間に試験終了を告げるチャイムが鳴った。

 

 

「解答を止めて下さい。筆記用具を机の上に置き、その場で静かに待っていて下さい」

 

 

 教員と見られる男性による事務的な言葉を聞き、肩の力を抜いた周囲の生徒たちの口から一斉に疲れの籠った息が溢れる。

 当然だ。早朝から昼にかけて人生を左右する分岐点に立たされるのは小学生とっては大きな負担だ。何せ高校生ですら三連戦以上は慎重になるべきとされているのだから。

 

 

 淡々と解答用紙が回収されていく。もう何も書き直すことは出来ないが、俺はもう一度解答用紙を上から下までくっきりと見た。

 この中学入試の偏差値は某塾で六十六と数字のみで判断するのなら、御三家よりも上の学校すら狙える俺が受ける必要のない学校である。現に、関西の方で同ランクの学校を押さえてある。

 

 

 問題は校名である。私立椚ヶ丘中学。()()()()()で耳にした記憶がある名前である。何を隠そう俺は校名に釣られてわざわざこの学校を受験したのだ。

 暗殺教室。数十人の生徒たちが教室で朝の挨拶の一貫としてタコのような超生物に向けて一斉射撃する描写が印象的な漫画のタイトルである。

 

 

 すなわち、前世を南北朝時代で過ごした俺は()()()()()()を漫画の世界で過ごすことになったのだ。

 これに気が付いたのは稲田中学をはじめとして至る所で違和感満載の校名が載った偏差値一覧表を眺めていた時である。

 本来なら磨瀬榛名という天才子役の存在でピンと来るべきだったのだろうが、()()()()()の記憶が()()()()()()の記憶に比べてかなり不明瞭であるために気づくのが遅れてしまったのだ。

 

 

『七度生まれ変わっても必ずや逆賊尊氏を殺しに参るよ』

 

 

 湊川で死んだ軍神こと楠木正成が死に際に吐いたと聞く言葉が頭の中で何度も響く。

 もし正成がこの世界に転生を果たしているのなら、すぐにでも軍神と呼ばれた知略を活かして()()()()()を殺しに行って欲しいところであるが、あまりに無理な相談だろう。

 何はともあれ、殺せんせーを殺すのは暗殺教室の主人公潮田渚に委ねれば問題ない。俺は気ままに適当な名門中学に通いつつ、虎視眈々と最高峰の国立大学を狙うのだ。

 

 

 達観した目で前方の時計を眺めながら後ろから忍び寄る答案回収のための魔の手を待った。

 程なくして少々血管の浮いた男性の手が伸びて来て俺の答案を掴んで、抱えられた紙の束に重ねる。

 その間際、()()()という名前が目に入った。暗殺教室の主人公の諱と同じであることに気付いたが、渚という諱は別に珍しくはないだろうと特に気に留めはしなかった。

 

 

 教室の答案を回収し切った教員が手際良く紙束を巡って枚数を数え上げて行く。

 何ら問題なかったのだろう。教室の隅で控えていた監視員に束を手渡し、浮き足立って鞄を机の上に置いた受験生たちに少し待つよう嗜めた。

 

 

「お疲れ様でした。受験生の皆さんは荷物を纏め、忘れ物がないかチェックして下さい。その後、係の人の指示に従って順次帰宅して下さい」

 

 

 これ幸いと受験生たちが忙しなく鉛筆や消しゴムを各々の筆箱に収納し、問題用紙も含めて鞄の中に仕舞う。

 一方、慌てて帰ろうが人波に巻き込まれるのがオチだと踏んだ俺は三日に控えた本命校の受験に備えてビッシリと書き込みの入った理科の資料集を開き始めた。

 いくら合計七十年を超える記憶の持ち主だろうと、努力は決して欠かすことが出来ない。むしろ()()()()()で培った学力はあまりにも劣化が激しく、当てにするのは極めて危険だ。

 

 

 ぞろぞろと生徒たちが帰宅の途に着いてからそれなりの時間が経つと、一度はかなり盛り上がっていた校門の方から聞こえる喧騒が徐々に治っていく。

 頃合いかと窓際に向かって歩き、まもなく混雑が解消されるに違いないと確信した後、自らに割り当てられた机の方に戻ろうとして、はっとした。

 

 

「時行……?」

 

 

「?……えっと、人違いじゃないかな?」

 

 

「ッ!申し訳ない。雰囲気が知り合いに似てたからつい」

 

 

 小学生のものとは思えないほどに綺麗な髪を真っ直ぐに下ろした女子が小顔を傾げたので、俺はすぐさま訂正した。

 驚くべきことに気配探知にはそれなりに自信を持つ俺が全く気が付かなかったが、すぐ後ろで残っていたらしい。

 

 

「君も少し残って勉強を?」

 

 

「うん。急いで帰っても仕方ないしね」

 

 

「そっか。ただ、もう人の帰りもまばらになって来たし、そろそろ帰った方が良いかもな。保護者の人とか迎えに来てないの?」

 

 

「あー、下で待ってる……()も帰るよ」

 

 

 顔から一瞬だけ潮田渚かと思ったが、声のトーンが完全に女の子のものだ。おまけに一人称も私。

 一応念の為という訳でもないが、鞄に荷物を仕舞う彼女に名前を聞いておくことにした。

 

 

「俺は佐々木千寿って言うんだけど、君は?」

 

 

「私の名前は大石渚。時行じゃないからね」

 

 

「……ほんと申し訳ない」

 

 

「冗談だよ」

 

 

 どうやら潮田渚ではないらしい。しかも回収するテストの束にあった名前である。

 何はともあれ、自然な成り行きで俺は大石渚と並んで徒歩で下の階へと向かった。

 

 

「気になってたけど、綺麗な髪だね。まるでアクアマリンだ」

 

 

「えっと……もしかして口説いてる?」

 

 

「これでも芸能事務所の関係者なので」

 

 

「あ、そうなんだ……でも私、芸能活動は無理かなぁ。うちの親、結構厳しくてさ」

 

 

「確かに良いとこのお嬢様感出てるもんな。納得」

 

 

「んん……別に普通だと思うけど」

 

 

 大石はそう言うが、今一つ信用し切れない。

 南北朝で生を過ごし、佐々木道誉や高師直と共闘したり楠木正行と干戈を交えたりした守護大名六角氏頼としての勘がそう告げているのだ。

 

 

「大石さんはどうしてここの学校受けたの?」

 

 

「……母さんがね。椚ヶ丘は蛍雪大学の合格者数トップだから受けなさいって」

 

 

「蛍雪?……中学受験で入った方が良くない?」

 

 

「偏差値が足りないって塾の先生が」

 

 

「あぁ……成る程。確かにあそこちょっと高めだよな」

 

 

「ちょっと?……もしかして佐々木君、第一志望は別のところ?」

 

 

「……まぁな。椚ヶ丘は何だろう。記念受験的な?」

 

 

 結局、今日の試験は暗殺教室の舞台の学校を受験したという思い出作りだ。

 とはいえ、建前としてあえて一日に偏差値低めの学校を狙う戦略ということになっている。二日と三日はそれぞれ椚ヶ丘より高いランクの学校を押さえてある。

 勝算は十分にある。最悪でも片方は受かっている筈だ。

 

 

「保護者待機は向こうみたいだな」

 

 

「佐々木君も迎えの人来てるの?」

 

 

「まぁね。父さんは来れないから、事務所の人が来てる。大石さんはやっぱりお母さんが?」

 

 

「……ほら、あそこで手を振ってる人」

 

 

「そっか。じゃあね」

 

 

「うん、それじゃあ。お互い受かってると良いね」

 

 

 しかし、所詮は一期一会限りの仲だ。笑顔で手を振った俺は適当なところで、それを打ち切る。

 今日、俺の迎えに来るのは暇してると聞く少し訛りのあるグラビアアイドルの人だ。

 時間的に保護者もまばらであるため、見つけるのはいとも容易いことだった。

 

 

遅かったわね、渚。試験、どうだった?

 

 

うーん。まぁまぁかな

 

 

 試験終わりの子どもに対して言ってはいけない台詞上位三位には必ず入るであろう言葉が耳に入り、俺はその場ですぐさま振り返った。

 問題は言葉の内容そのものではない。声質だ。

 

 

「零点製造マシンの……母親だと?」

 

 

 やけに聞き覚えのある声色を持つアラフォーと思わしき女性が大石()と親子のような会話をしている。

 その声色は国民的アニメのせいで日本人の大半が聞いたことがあると言うに違いない。

 俺は即座に彼女こそ暗殺教室の主人公である潮田渚の母親ではないかと疑った。だからこそ俺は強く危機感を感じてしまったのだ。

 

 

「もしかして……いや、まさか」

 

 

 自ずと大石渚=潮田渚という図式が頭の中で浮上する。

 いや、仮に潮田渚が女子であるとしても殺せんせーを殺すのに何ら支障はない筈である。そう自分に言い聞かせた俺は迎えに来た事務所の女性に声を掛けられるまでの間、暗殺教室のストーリーを思い出そうと躍起になっていた。

 

 

 

 

 

〜2〜

 

 

 

 

 

 結局、不安を拭い切れなかった俺は周囲の困惑を振り切って椚ヶ丘中学に入学した。

 やむを得ない。二年次が終わるまで潮田渚もとい大石渚がこの学校の三年E組で殺せんせーの元やって行けるという確認を取っておかないと、後悔することになるかもしれない。

 記憶があやふやだが、暗殺教室は生死のかかった場面が幾度となくあった筈である。

 万一、渚が男ではなく女であったことで何か不都合が生じることがあらば、それ即ち地球の危機になりかねない。俺はサポート目的で渚との縁を保つことにした。

 

 

 しかし、何事にも限度というものがあり──

 

 

「はい。正解。これで期末は大丈夫そうだな」

 

 

「うん。本当にいつもありがとう。ただでさえ直前なのに、勉強夜遅くまで見て貰って……」

 

 

「俺が好きでやってることだから気にしないで良いって。渚、期末絶対二十位以内入れよ。んじゃ」

 

 

「うん……じゃあね」

 

 

 通話を切った俺はタブレットをベットの上に放り投げ、続けて自分もベッドの上に飛び乗った。幸いなことに今世でもそれなりに良い暮らしが出来ているだけあって、俺のベッドは柔らかいのだ。

 素晴らしい品質のベッドであるのを良いことに、俺はしきりに拳を柔らかなマットレスの上に叩き付けた。

 

 

「何やってるんだ……俺は」

 

 

 椚ヶ丘に入学して早二年近く。入学後一週間近く経って渚と再会した俺は違うクラスながらそれなりに仲良くしていた。

 時に何故か渚が女子なのだからと思ってさり気なく赤羽カルマや杉野友人との接点を確保し易いよう努めたり、時に渚本人に頼まれた流れで今のように勉強を教えたりした。

 しかし、ここに来て問題が浮上した。渚が男か女かという話よりもっと根本的な問題である。

 

 

「渚が……E組に落ちそうにない」

 

 

 椚ヶ丘名物・エンドのE組。あくまで名目上は特別強化クラスであるが、実態としては成績下位層を裏山の旧校舎に集めて行う見せしめである。

 一年の一学期中間試験前、どういう風の吹き回しか一緒に勉強しようと言われてから始まったこの習慣。

 

 

 経過観察や補助のためだという思いで一丁前にプライドの高い連中が大半を占める椚ヶ丘に入学したが、どうやら図らずも墓穴を掘ってしまったようだ。

 今更断れる筈も無し。いや、最初から適当に理由を付けて断れば良かった話であるが──

 

 

「何でかな……落ちて貰わなきゃ困るって言うのに」

 

 

 赤羽カルマや杉野友人よりも暗殺者向きの潮田渚なくして三年E組は果たして成り立つだろうか。

 個人的には微妙なところだ。渚のいない三年E組は差し詰め出汁の欠けた味噌汁のようなものである。

 

 

「結局、時行(あいつ)への負い目なのかも分からんな。あの二人、本当に雰囲気そっくりだし」

 

 

 心残りと言うより後悔と言った方が正確だろう。

 勝手に自分の持つ知識から中先代の乱で時行方に端から勝ち目無しと決め付けてしまい、結果としてみすみす室町、戦国へと繋がって行く南北朝時代を迎えてしまった。

 だが、もう今更嘆いても遅い。中先代の乱は西暦にして1335年のことなのだ。遅過ぎるにも程がある。

 

 

 ふと、コンコンコンと自室のドアがノックされるのに気が付いた。音からして今世の父親だろう。

 部屋を少しばかり整えた俺は入室許可の意思を伝えた。

 

 

「千寿。勉強は捗っているかい?」

 

 

「はい。万事、滞りなく」

 

 

「ほう。それは何より」

 

 

 関連性こそ不明だが、目の前の()()は無駄に婆娑羅大名佐々木道誉に似ている。今のニッコリとした黒い笑みなんかは特にそうだ。

 おまけに、諱も道誉と同じ高氏と来ている。最も、これに関しては尊氏の以前の諱も高氏であったので、言っても仕方ないのだが。

 ともかく、道誉に似た……場合によっては本人の可能性すらある父親相手ならば遠慮する必要はない。

 

 

「今度こそ……俺は浅野学秀に勝って見せます」

 

 

 父親の前ではっきり言い切った俺は次の期末テスト、理事長の息子に通算五回目となる敗北を喫した。

 

 

 

 

 

〜3〜

 

 

 

 

 

 理事長曰く、E組とは他で強者を多数創出するために、弱者を集める場所であるらしい。

 ならばその崇高なる理念に乗ってやろうではないか。果たして浅野学峯にこれを解することが出来るだろうか。

 

 

「うわあああん。敗けちゃったよぉぉ。また浅野に敗けちゃったよぉ。浅野の支配下に置かれたくないよおぉぉぉ。もう死んでチャラにするうぅぅ」

 

 

「おい、千寿!いい加減にしろ!」

 

 

「うわあああん」

 

 

 公開自殺未遂。錯乱した足利尊氏が将たちの前で披露したショーを俺は終業式で実践することにしたのだ。

 俺や師直、道誉にとって尊氏の公開ショーは万の敵軍を降伏させる強者の振る舞いに他ならないが、何も知らない現代っ子にはそうは見えない筈である。

 すぐ近くで何十年も見て来た超不可解天下人を演じることくらい渚や万民のためなら朝飯前だ。少なくとも渚を陥れて故意にE組に行かせるよりはずっと良いに違いない。

 

 

 小型ナイフを腹に突き刺そうとする俺の腕を浅野や榊原ら五英傑が掴んで必死に繋ぎ止めている。

 そこへ死人のような瞳が特徴的な理事長にして浅野の父親である学峯が俺の方へと歩み寄って来た。

 

 

「佐々木君。ナイフを仕舞いなさい」

 

 

 微笑んだ理事長の手からヒラヒラと舞い降りた紙にはデカデカと要旨が記載されている。紙に籠った熱からして相当急いでプリントアウトしたのだろう。

 おそらく前代未聞の筈だ。即日でのE組送りは。

 

 

 いずれにせよ、これで地球を存続させる芽が出てきた。

 勿論、刀や薙刀を使った直接戦闘ならいざ知らず、俺に渚ほどの暗殺者向けの才能がある保証はない。とは言え、これでも俺には赤松則祐と並ぶ室町幕府の宿老だった経験が備わっている。

 自惚れと言う訳ではないが、文武両面で赤羽カルマに劣らない重要な戦力になることは十分に可能な筈である。

 

 

 翌年四月。案の定と言うべきか、八本の触手を備えた怪物が三年E組に担任教師として赴任する。

 隣の席には磨瀬榛名改め茅野カエデ。幸か不幸か暗殺の天才潮田渚抜きで、E組は殺せんせーを狙うことになったのだ。




他に考えて没にした千寿のE組転落理由
①無断出家
②渚をホテルに連れ込んだ罪
③馬券購入

六角氏頼(1326〜1370)
 幼くして名門佐々木氏宗家当主となり、北畠顕家や楠木正行ら強敵と戦った武将。数々の修羅場を潜り抜け、最終的に帝に讃えられる程の猛将となった。正室は婆娑羅大名こと佐々木道誉の娘。

関連作品
→『崇永記』(URL: https://syosetu.org/novel/315295/ )

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