白兎英雄譚   作:京祢

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「ぁぁぁぁぁ────」

 

 悲鳴に近い叫び声が辺りに響いた。声の発生源である白髪の少年は見るに堪えないほどズタズタにされており、満身創痍の様子であった。

 

「今日の修行はこれで終わりだ」

「あ・・・・・・ありがとうござい・・・・・・ました」

 

 修行の終わりを告げた灰色の髪をした女性──アルフィアは漆黒のドレスについた土埃を払いながら地面に這いつくばるように倒れている少年、ベル・クラネルに近づいた。ベルが英雄宣言して早一週間。恩恵を持たない少年は恩恵所持の上、最高峰の一角に君臨する数少ないLv.7の一人の攻撃を一つも避けることすらできず、全て被弾。もし、一つでも躱せるだけで偉業と認められるであろう。第三者目線からすると一方的で目も当てられないものである。ほとんどの冒険者が慄く修行は明日も明後日も続いていく。その点も考慮しているのか、はたまた愛する義息子だからなのかは分からないが、アルフィアを知るものからするととても優しいものであった。

 

「立てるか」

「は、はい」

 

 手を差し伸べるアルフィアは仏頂面から微笑みわずかながら少年の成長を嬉しく思っていた。ベルの母親の面影を継ぐ白髪や優しさ、とても憎たらしいが父親を思い浮かばせる紅眼や逃げ足を引き継いだ。アルフィアにとってすれば引き継がせたくなかったのだが、こればかりは天界にいる神々の気ままなので仕方ない。そんなベル・クラネルはまだ7歳、武器も自身もまだ器用に扱えていない。身長はアルフィアの半分程度しかないため、力も技術もこの体格では厳しかった。

それもそのはず、器も心身もまだ発達段階。その上で恩恵さえ授かってない。そのことも考慮するとやはり、ベル・クラネルはすごいとしか言いようがない。

 

 そのベルを立ち上げさせたアルフィアはもう帰宅する旨を告げた。昨日までは修行終了後、少し休息をとってから帰っていた。だがすでに訓練は八日目。早いかもしれないが、体は慣れてくる頃であろう。夜空が広がるにはまだ数刻の猶予はあるが、訓練内容と現状のベルの体力を照らし合わすと頃合になるだろう。

 

「分かったよ、お義母さん」

 

 先程よりかは多少回復したベルから了承を得たアルフィアは義息子の手をしっかりと優しく包み、共に帰路にたった。今晩の食は何なのか、今日読み聞かせてくれる英雄譚のタイトルは何なのか、などと会話を弾ませている。ベルはとても楽しみにしている。そんなベルと結んだ手は暖かく心地よかった。

 

「帰ったか」

 

 夜空に満点の星空が点々と光り始めたころに二人は玄関の前にいた。アルフィアが家の中に聞こえる程度に正面の扉を叩いて数秒、貫禄のある髭が開いたドアからちらりと見え、先程の声が聞こえた。

 

「おじいちゃん、ただいま!」

「お帰り、ベル」

 

 元気よく挨拶をしたベルはそのまま祖父横を通り過ぎ奥の部屋へかけていった。手洗いうがいをしっかりとするようにと声をかけるアルフィアに「はーい!」とこれもまた元気よく返事をして。

 

「ベルは疲れておらんのか?」

「──英雄譚の読み聞かせ」

「……ああ、そうか」

 

 タフのように見えるベルの体力に疑問を浮かべる祖父──、神『ゼウス』にアルフィアが答える。

 

「本当に好きじゃのう、英雄譚が」

 

 ほぉ、と感嘆したゼウスはベルが離れてからずっと無表情のアルフィアにそう言葉をかけた。

 

「発端はお前だ、好々爺(ジジイ)

「そうじゃがな。ここまでのめり込むとは思わんかったわい」

 

 呆れながらゼウスに告げるアルフィア。

 ベル・クラネルが英雄譚にはまったのは著ゼウスによる本を読み聞かせたのが始まりだった。

 アルフィアたちが来る前(・・・・・・・・・・・)、ベルは神ゼウスによって育てられた。物心がつきある程度のことが一人でできるようになったころ、ベルは暇でしかなかった。日の出から日暮れまではゼウスは育てている作物の様子を見に家を空けている。毎日ベルはゼウスの後をたどり働くゼウスの姿を見て時間をつぶしていた。しかし、半月でベルは見飽きた。家に戻ったベルは何かないのかとゼウスが使っている部屋をあさり始めた。その時に見つけた本——英雄譚に興味を持った。まだ字の読み書きができなかったベルはその晩、帰ってきたゼウスに見せて、読み聞かせをしてもらった。

 ──見事にはまった。

 それからというもの、書き溜めてあった英雄譚を二桁程周回した。そのときベルは四歳であった。

 数年前のことに浸っているゼウスの横をアルフィアは素通りしベルがいるであろう部屋へ向かった。

 

「あ、おじさんただいま!」

「帰ったか、ベル」

 

 手を洗い終えベルが向かった先はキッチンがある居間だった。その場には心身ともに大きな男がいた。彼の名はザルド、ゼウスファミリアの最後の眷族である。服の上からでもわかる筋骨隆隆とした肉体。しかし、見た目に反して料理が得意でありギャップがすごかった。

 

「夜ごはんってもう出来てる?」

「ああ、出来てるさ。アルフィア達も来たら食べよう」

「はーい!」

 

 楽しそうに夕食を食べるベル、それにつられてはしゃぎだす好々爺、調子に乗りすぎてアルフィアに手を出そうとして──福音(粛清)。ゼウスに向けて放たれた無詠唱の魔法はベルまで巻き込んだ。夜空の彼方へ飛んでいく変態爺(セクハラクソジジイ)、三半規管がやられ床に潰れるように倒れる道連れとなった少年(ベル)、家の一角が跡形も無く消し飛んだ。ザルドは頭を抱えため息をついた。倒れたベルはアルフィアによってソファーに連れていかれ膝枕。

 ──これがアルフィア達が来てからの日常であった。

 

「煩わしい音」

「原因はお前だからな」

 

 その後、ベルは目覚め理不尽な理由で中途半端に残された夕食を食べ終え、湯浴みをし、歯を磨き就寝についた。眠気の方が勝ったため英雄譚の読み聞かせは後日となった。例の神(ゼウス)はいつの間にか戻ってきており茶をたしなんでいた。家の崩壊原因の当の本人(アルフィア)は何食わぬ顔をしてゼウスの反対の席に座っていた。黙々と家の修繕をしていたザルドに非難の声を浴びているが無視している。

 

「──一週間たったがどうだ?」

 

 何とも言えない雰囲気を晴らそうという意図かは分からないがゼウスが話題を変えた。

 

「一生懸命に取り組んでるがまだまだ」

「そりゃそうじゃろ、まだ何もかもが足りん。少し見させてもらったが、器がないように見え「しばくぞ糞爺」ちょっと待て。待つんじゃ、本当に。死ぬ、送還されたくないわい」

「……」

「……まだ少ししか見てないからな。もしかしたら可能性はある」

「……まあ、いい」

「ほっ──」

「次は分かってるな」

「イェス・マム!サーセンッシタァ!!」

「あ?」

「は、はいぃぃ」

「何やってんだか……」

 

 失言しかけたゼウスを圧だけで従えるアルフィア。彼女はかなり……確実にベルに対してベタ惚れで──親ばかだった。

 

 ベルを侮辱するものなら福音(粛清)。ベルを傷つけたものなら福音(粛清)。字面だとかなりやばい者である。それだけアルフィアはベルを溺愛していた。

 

 しかし、アルフィアの愛は修行では遥か斜め上な内容になり——かけていた。モンスターの巣に放り込み凌辱させようとしたり、川底の面に体をくくりつけ、死の感覚を刻み込めさせようとしていた。そうした修行内容を彼ら(ゼウスとザルド)に話したところ速攻で却下された。

 すぐさまアルフィアの対面で始まった男たちによる緊急会議で他の案に成り代わった。

 この一週間では三人が一日交替のローテでベルの修行を行う予定であった(・・・)。しかし、アルフィアがこの一週間付きっきりでベルの訓練を指導することになってしまった。理由は単純であった。ザルドとゼウスの修行内容がアルフィアにとって気に食わなかったためであった。ザルドはともかくゼウスなんか論外であったのだ。どこからか本を取り出してきた。アルフィアはモンスターの生態などを知識として教えるのかと思っていた。しかし、その見当は外れた。

 

「ベル、いいか」

「どうしたのおじいちゃん?」

「覗きは男の「【福音(ゴスペル)】」グフォォォ!?」

「おじいちゃん!?」

 

 爺は遥か彼方へ飛んで行った。三つ山程度超えそうな勢いで。

 アルフィアは決心した。絶対にあの糞爺だけは教育係にしてはならん、と。そして二度とベルに変な教育はさせまいと己の心に誓った。

 一方で、ザルドの教育内容は一言でいえば脳筋だった。ザルドはベルが第一に必要なものは筋力であると判断した。つまり、肉体改造だった。しかし、アルフィアは却下した。筋肉ゴリゴリな少年の姿を見たくなかった。

 そして、アルフィア一人で修行を行うことになったのだった。

 

 

「お主だけじゃあダメだと思うがのう」

 

 先程まで怯えていたゼウスは態度を一新させそう口にした。その表情はいたって真面目、しっかりとした感想であった。

 

「聞かせてみろ」

 

 たんとアルフィアは気に食わぬ顔でそう言った。

 

「このまま、お前だけ(・・・・)が相手をしたとしてもベルは、お前好みの戦闘態勢──いや、対アルフィア用の戦い方になる。そういうことだろう」

 

 ザルドがゼウスが伝えようとしていたことを説明した。

 

「俺たちがダメなのなら他のやつらにやらせればいい。例えば、冒険者とか、な」

 

 補足するように言葉を続けたザルド。少し顔を傾けさせ考え込み始めたアルフィアはしばらくして、

 

「明日、オラリオに向かう」

 

 と言い残し部屋を出ていった。

 

「……親ばかじゃな」

「……見てるだけでわかるさ」

 

 ため息をつくゼウスにザルドは同情し、手を止めていた家の修繕を再開した。

 

 Й  Й  Й

 

「エレボス宛に書け」

 

 出ていったと思ったら手に紙とペンを持ったアルフィアが再び二人の前に現れ、ゼウスに告げた。

 

「いきなりどっかへ行ったと思ったらなんじゃ。あと、どういった内容だ。説明不足過ぎてわからんよ」

「例の計画をやめさせる内容を書け。【神聖文字(ヒエログリフ)】で、だ。それだけでいい。あとは私の方で説明する」

「アイアイサー。……じゃが、エレボスがいる場所知ってるのか?」

「なに、見つからなかったらあの優男にでも渡すさ。そっちの方が早い」

「りょーかい☆」

 

 素直に承諾したゼウス。理由は聞かずに淡々と筆を進めた。アルフィアが手紙をもっていた時点でなんとなく気づいてはいた。攻撃を止めさせるという内容もなんとなくわかってはいた。

 

「はい、終わり」

 

 手渡された紙を封筒に入れ、席を立ったアルフィア。

 

「ん、もう行くのか?」

「空が暗いときに着きたいのでな。ここからだと丸一日かかるだろう」

「目立たないようにな」

「ああ」

「修行はどうするんじゃ?」

「ザルドにさせる。内容は私のと一緒にすれば良い。良いな」

「ああ、分かった。無理させない程度で鍛えてやるさ」

「うむ、分かったぞい。いってラッシャー」

 

 忌々しい大神(ゼウス)筋骨隆々な大男(ザルド)に見送られアルフィアはベルの修行に丁度良い冒険者を探しにオラリオへ向かったのだった。

 

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