それは黄色い楕円の球体の両端を摘まんだような紡錘形をしており、先端には丸い突起がついていた。

少年が拾ったそれはこの世界の誰も見たことが無いものだった。

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檸檬

彼がそれを見つけたのはおそらく偶然だった。いつもの帰り道。道の真ん中に鎮座していたそれは、彼にとって未知の材質でできており、生まれてこの方それと類似したものを見たことは、彼にはなかった。

それは黄色い楕円の球体の両端を摘まんだような紡錘形をしており、片方の先端には緑色の丸い突起がついていた。触感はゴルフボールのようであり、わずかに持ったゴムのような弾力はそれを何らかの生物由来の物ではないかと想像させた。

人一倍の好奇心を持って生まれた彼は、それが直ちにに危険なものでは無いものだと考え、鞄に入っていたタオルで優しく包むと誰にも見られるように持ち帰ることにした。これは此処にあってはいけないものだ、見つかったら奪われてしまう。向こう見ずな若さと好奇心が彼を妄執に誘い、普段ではやらないであろう行動に向かわせたのだった。

 

家に帰りキッチンで夕食を作っている母親の後ろをこっそりとすり抜け、彼は2階の奥にある自室へたどり着いた。滑るように扉を潜り、普段は気にもしない鍵をかけ、学習机に向き合い、引き出しから取り出した小さな缶にそれを宝物のように納めた。彼の予想通りそれは取って置きの缶にぴったりと収まり、それを見ているだけで彼は幸せな気持ちになれた。

しばらく宝物を堪能した後、彼は部屋中の図鑑や百科事典を引っ張り出した。同級生どころか町で一番図鑑を持っている自信がある。こんな量学校の図書館でもそうはお目にかかれない。亡くなった祖父が残したこの蔵書たちは彼の自慢だった。彼のあふれる好奇心は博物学者であった祖父から受け継いだものだった。

 

その日から彼は自分の手元にあるそれが何なのか調べることにした。祖父の遺した蔵書を読み漁り何か似たものは無いか探し、祖父と祖父の同僚が書き記した手記に見知らぬ何かを見つけたという記述が無いか隈なく読み進めた。祖父の蔵書は彼よりもずっと高い年齢の者が読むことを前提に書かれていた為、彼は一冊読み切るにも多大な時間と労力を要した。しかし彼は幸せだった。それが何か調べている時間は、放課後友人たちとするサッカーより、母が作ってくれる好物のスープを前にするより心を躍らせるものだった。それが何なのか調べることが博物学者を目指す彼の夢の一歩だと思ったのだ。

 

ほんの少しの油断があった。その日たまたま彼は自室のカギを掛けるのを忘れてしまった。そしてたまたまいつも部屋から出てこない彼を心配した母親が、彼の部屋を掃除しに来たのだ。彼の部屋に入った母親は小さくため息をついた。思った通り彼の部屋は散らかっていた。調べものをしていた本は出しっぱなし、おやつをもって部屋にこもるせいかお菓子の包み紙も食べかすも飲み終わったコップも食べ終わった食器もそのままだったのだ。惨状を見た母親は丁寧に本を棚に戻し、そのままの食器をキッチンに運びごみを手に持った袋に詰めていった。その中には彼が大切にしていたそれも含まれていた。時間がたって茶色く変色し異臭のするそれを母親は彼の宝物だと思えなかったのだ。

 

帰ってきた彼は綺麗に片づけられた部屋を見て、疾うに集積場に運ばれているであろうそれに気が付き酷く悲しんだ。

 

集積場はこの星の地表を包む石と硝子の少ないところにあった。たまに地殻変動で地表が割れ、地中深くにある鉱物に有機物や水を含んだ地層が露出した場所ができる。そういった場所は生物が生存するには向かないため塵の集積場になっているのだ。

そこに運ばれてきたそれは地面に落ちて深く埋まって行った。地中に眠っていたリンと窒素とカリウムは膨大なエネルギーをそれに与え、瞬く間に地をつかむ腕をを伸ばしていった。そして炭素や水素・酸素から成る柱が天にまで伸び菱形の小さなひさしをを爆発的に増やしていった。ひさしの隙間には黄色い球体が生成され、時が経ち、地面に落ち仲間を増やしていった。

 

異変に気が付いた時には手遅れだった。地中深くに延ばされた腕は大地を抱きしめ、地表を割って表出するほどに強く肥大化していた。地表を割って世界中に現れた柱を切り倒そうにも間に合わなかった。地表は有機物の腕と柱に包まれていった。

そして生息域を失ったこの星の生物たちは柱が生まれてから十数年の間に大幅に数を減らしていった。

 

やがて珪素を組成とする生物たちは滅び、炭素を組成とする生物たちが繁栄することになるだろう。

 

この星に生きた人たちは知ることはなかったが、気が遠くなるほど昔に存在した檸檬と言う植物が世界を変えてしまったのだ。

 

新しい生物の時代が来る。


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