未来の見えていた少女の大切なもの   作:かぶり猫

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22.決定的な違い

 タイルは剥がれ、窓が割れてもなお修理することもできず放置された宿舎を、つかつかと音を鳴らしながら歩き進める。

ここはアリウスの生徒の半分が暮らす宿舎であり、本来人の気配や生活音が聞こえてしかるべきなのだろう。

だが、その実微かな生活音すら私の耳に入ることは無い、まるであの街に居た頃のように。

皆、大人を恐れ、教官を恐れ、そして、互いを恐れている。

私たちにとっては見慣れたもので、そこにあるのが当たり前の光景であるが、アリウスの外から来たホムラにとってはまた違ったものであったはずだ。

 

 今の私たちを見たら、彼女はどう思うのだろう、怒るのだろうか、悲しむのだろうか、それとも、それも私たちだと受け入れるのだろうか。

分からない、それを考えるには、あまりに時間が経ちすぎているのかもしれない、私の記憶の中にあるホムラは、きっと元のホムラとは変わってしまっているのだから。

 

 気が付くと、私たちの使っている部屋の前にたどり着いていた。

水に触れ冷たくなった手でドアノブを握り、回す。

きゅいい、とドアが音をたてながら開いた。

 

 

「!さ、サオリ姉さん……その……大丈夫でしたか……?」

 

『サッちゃん、大丈夫?怪我が……』

 

 

 ……よし、全員いるな。

 

 

「ああ、問題ない」

 

 

 部屋の隅で銃を抱え座り込んでいるアズサの元へと向かう。

 

 

「アズサ、今日みたいなことはもうやめろ、何度言ったら理解するつもりだ」

 

 

 これだけは、言っておかねばならない。

 

 

「……」

 

「大人に歯向かったところで何にもならない、ただ、無意味なだけだ」

 

 

 確かにその意志は輝かしいもので、失ってはならないものだろう、だが、それはアズサ自身の身を滅ぼしかねない諸刃の剣だ。

ならばその剣は、みだりに振りかざすべきものではない。

それでもし、アズサがマダムの気に障ったら?彼女は不穏分子を許しはしない。

もし、ホムラやシズカのように、彼女にとって害をもたらすものと判断されたとしたら……。

 

 

「……聞いているのか」

 

 

 あり得てしまう未来を想像してしまい、思わず語気が強まる。

そんなこと、起こってはならないのだ、アズサはもう私たちの家族なのだから、そんなことは二度と──────

 

 

「……うるさい」

 

「……なんだと?」

 

 

 そう一言呟く、明確な拒絶、アズサは立ち上がり部屋の外へ出ていこうとする。

 

 

「おい!まだ話は終わって──」

 

 

 走りだしたアズサの肩にかけようとした手が、空を切った。

 

 

「……」

 

 

 その体勢のまま、何をするでもなくその場に立ち尽くす。

伸ばした手は、握りしめることも引き戻すことも出来ず、ただ宙を彷徨う。

…………私は、どうすればよかったのだろうか、疑問が、ポツンと取り残された。

 

「サオリ姉さん……」

 

 

 ヒヨリの、不安そうな声色。

 

 

「……っ!」

 

 

 このままではだめだ、みんなに心配をかけてしまう。

答えの出ない迷路へ足を踏み入れようとした思考を隅へ追いやり、今すべきことを口に出す。

 

 

「……訓練は」

 

「へ?」

 

「訓練はあの後どうした?」

 

 

 私がアズサと幹部の間に割って入った後、その後の様子を私は知らない、矯正室に連れていかれてしまったのだから。

 

 

「……教官役がいないからって、少し自主練をやらされた後待機になったよ」

 

「そうか……。なら、今から続きをするぞ」

 

「い、今からですか!?」

 

『でも、サッちゃんの怪我は大丈夫なの?』

 

 

 姫がせわしなく手を動かし、言葉を発せないなりにその意思を伝えてくれる。

 

 

「それは問題ない、まだ日は落ちていないし、それに明後日には分隊戦がある、それまでにできることはしたほうが良い」

 

 

 私たちは、なんとしてもアリウス校内で行われる分隊戦で勝ち続けなければならない。

今、私たち分隊はアリウスの戦力として十分な地位を持っているからこそ、スクワッドの名を持ち、ある程度教官や幹部の指導を避け自らの裁量で訓練を行うことを認められているのだ。

もしその地位を追いやられれば、今のように私が指導するということも認められなくなるだろう、そうしたらアズサは……。

 

 

「……でもアズサはどうするの?どっか行ったみたいだけど」

 

「場所の見当はついてる、それに、あいつも訓練だと分かれば来るだろう。私はアズサを呼んでくる、皆は外で待機していてくれ」

 

「わ、わかりました……」「……了解」『うん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アズサはきっといつものあの場所にいるのだろう、そう当たりを付け、目的の場所へと歩を進める。

……やっぱりいたか。

校舎の一角、最も日が当たる場所に位置する外廊下に、一人座る白髪の少女がいた。

こちらへ背を向けて座る彼女からは、どんな表情なのか、何を見ているのかは読み取れない。

 

 

「……アズサ、訓練だ、戻るぞ」

 

「……今年は咲いてない」

 

 

 彼女が小さく呟いた言葉は、私には聞き取ることが出来なかった。

 

 

「なに?」

 

「……いや、何でもない、訓練なら参加する」

 

 

 そう言うと彼女は立ち上がり、私の横を通り過ぎ訓練場へと向かう。

しばらく進んだところで一度足を止めると、彼女は少しだけ振り返る。

 

 

「それと……ごめん。私のせいで、サオリに迷惑をかけた」

 

 

 その姿が、私の良く知る誰かに幾重にも重なって見えて、キャップを目深にかぶり、視線を逸らした。

 

 

「…………気にするな。それよりも、集合場所は第一訓練場だ」

 

「……了解」

 

 

 足音が遠ざかっていく、それと同時に私の中の何かが崩れていく音が聞こえる。

……ああ、まただ、また、私が私から遠ざかる。

あの頃の、まだ何者にでもなれた私から。

 

 遠ざかる彼女に背を向け、アズサが見ていたものを探す、……ただの何の変哲もない廊下だ、数発の弾痕が残った、アスファルトの廊下。

アズサはここで何を見つけた?何を見つけ、何を感じ取ったんだろうか、いや、考えたところで今の私にはどうでもいいことだ。

私は私にできることをして、姉として、リーダーとしてみんなを守る、私の力ではそれすらもできないかもしれないが、それだけがこの虚しい世界で私がしなければならないことだ。

探し物を止め、私自身も訓練場へと向かうため動きだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 額から垂れてくる汗を拭い、訓練の終わりを告げる。

 

 

「ふぅ……。訓練終了だ、問題点を確認したら宿舎に戻って各々自分の装備の点検をしたのちに休憩しよう」

 

「や、やっぱり勝てません……」

 

「……疲れた」

 

『……』

 

 

 分隊戦前だからと言って少し力を入れすぎただろうか、もう日が落ちている。

……いや、訓練はしっかりとしておくべきだ、これで大丈夫だろう。

 

 

「姫、少し前に出すぎだ、もう少し下がらないと集中砲火を食らうぞ。だが、銃弾を回避する技術は向上している、このまま訓練を積めばいいだろう」

 

『……うん』

 

「アズサも同じだ、ミサキの少し前くらいのポジションを意識してくれ、だが、それだけでもダメだ。お前の戦闘スタイルは私に近い、実践では遊撃も行わねばならないだろう、戦況を分析し型に囚われない柔軟な発想が必要となる。そこはおいおい経験を積んでいけばいいとして、今はまず命中精度とリロード速度の向上など基礎技術の向上を目指せ」

 

「……了解」

 

「ヒヨリは相変わらず命中精度とポジショニングのセンスはいい。だからこそ、近づかれたときの対処法を考えておいてくれ、部隊で行動するとしてもそういう場面が無いとは限らないからな。まずは、そうだな……格闘術の基礎を固めてみろ、お前の膂力なら普通の相手に力負けすることはないだろう、だからこそ技術を磨くべきだ」

 

「はいぃ……」

 

「ミサキは、……ほとんど問題は無いと思う、五人での連携精度を高めていけばいいだろう」

 

「わかった」

 

「よし、じゃあ宿舎に戻ろう」

 

 

 訓練の反省を終えた後、五人で訓練場と宿舎を繋ぐ廊下を歩く、いつも通り会話は無い。

あったとしても姫とヒヨリが、時々それに加わってアズサがしているくらいで、全員で話すようなことは作戦の座学くらいでしか無いと言ってもいいかもしれない。

こうなったのはアリウス分校に来てからだったからだろうか、みんなであの家に住んでた頃は、ヒヨリや姫がホムラに話しかけ、ホムラから私やミサキに、という様に会話が広がっていたような気がする。

……ホムラのことは、今では誰も会話に出すことは無い、そうすることはマダムにより禁じられているからだ。

皆ホムラのことは覚えている、忘れることは無い、絶対に、……実のところ、小さな声で一言二言しゃべるくらいであればマダムに伝わることはないだろう。

ただ、そうすることでホムラが死んでしまったのではないかと、その考えを認めることになってしまうのではないかと恐れているのだ。

……今日は、やけにホムラのことばかり考える、どうしてだろうか。

 

 思考を切り替えるため、視線を動かし、廊下の外、右側を見る、アリウス分校の本館であり、生徒会室がある建物。

そして、マダムに呼び出された時にしか行くことはない場所、本館を見ながら明後日の分隊戦について考えようとすると、本館の廊下を走る影を見つける。

本館でそんなことをしようものなら即矯正室送りだったはずだが、と、馬鹿なことをする影に意識を集中させてみる。

その生徒は黒橡色の長髪をなびかせながら走り続ける、頭が少しこちら側に向き、横顔が見えるようになる、その顔は──────

 

 

「────────────」

 

 

 思考が凍りつく、理解が追いつかない、今のは、だって、あれは──────

 

 

「わぷっ、さ、サオリ姉さん?急に立ち止まってどうしたんですか?」

 

 いま、私は何をみたんだ?幻覚か?わたしの後悔が今の光景を作ったのか?

 

 

「……姉さん?」

 

 

 いや、違う、あれは幻覚なんかじゃない、確かにそこにいる本物の人間だ、現実だ。

 

 

「────ホムラ?」

 

『……っ!』

 

「姉さんっ!ここでその話は……!」

 

「ホムラさんっ……」

 

「……?誰の事だ?」

 

「あ、あの、それはですね……」

 

「…………ッ!」

 

「サオリ姉さん!?どこに行くんですか!?」

 

 

 間違いない!あの髪!あの瞳!ホムラだ!間違えるはずがない!

なんであの時マダムについて行くなんて言ったのかとか、なんで本館にいたのかとか、それならなんで5年間ずっと会えなかったのかとか、思うことはいっぱいある、でも!そんなことよりも、会って話したい!

もう会えないのかと思ったって、また会えてよかったって、これからは一緒に居れるのかって!

 

 考えるよりも先に走り出していた、走って走って、本館に入って、本館で走ったりなんかしたらどうなるかなんて考えもせず走った。

辺りがまるで何かが燃えた後のように焦げ付いていても、アリウスの幹部たちが倒れていても、気にならなかった。

死んだかもしれないと思っていた家族にまた会えたのだから、そんなことは些細なことに過ぎなかった。

走って、走って、本館のあちこちを走り回ってホムラの姿を探した、この時だけは、虚しいだけだとか無意味だとか考えなかった。

そこらじゅう走り回って探した後に、まだ入ってない部屋、でも私が本館で一番見たことがある部屋にたどり着いた。

 

 

「マダムの、部屋……」

 

 

 マダムがいつもいる部屋、ここには何度も来たことがある、いつもなら恐ろしくて開けるのをためらいさえするこの部屋、今も恐ろしく思う、この先にマダムがいるのかもしれないと思うと逃げ出したくすらなる、でも今の私の心の内はそれ以上の感情でいっぱいだった。

 

 息を整え、拳を握りしめ、意を決して扉を開く。

重苦しい音を出しながら開いた扉のその先には、赤い異形の大人はおらす、五年前とは背丈も纏う雰囲気も大きく異なる、でも、変わらない私の家族の後ろ姿があった。

 

 

「────ホムラッ!」

 

 

 やっぱり、やっぱりホムラだ!ちゃんとそこにいる、生きている!喜びのあまり大きな声で名前を呼ぶ。

その声で初めて私の存在に気が付いたように、彼女はゆっくりと私の方に振り返る。

そこには五年前と変わらないライムイエローの瞳が──────

 

 

「…………久しぶり、サオリ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

──────1()()、私を見ていた。

 

 

「もう……五年、かな?ほんとに、懐かしいなぁ。ほら、僕、もう背もサオリに追いついちゃったよ。前は見上げてばっかりだったのにね。あと、これは言っておかないと、ほんとにごめんなさい、僕が馬鹿正直にベアトリーチェの契約を受け入れちゃったせいでサオリにも、皆にもたくさん迷惑かけちゃったよね。でも、大丈夫、これからは僕が年上として、皆を守れるように頑張るから」

 

 

 彼女は、芝居がかったしぐさで一歩、また一歩と歩みを進める。

 

 

「本当に、また会えてよかった」

 

 

 違う、何かが違う、五年もあれば変化はある?

それはそうだ、あんなに小さかった背だってもう私と変わらない、もしかしたらそれ以上の大きさになっている、話し方も、だいぶ変わったように思う。

だが、そうじゃない、そんな表面的なものではなく、もっと根本的な何か、何かが五年前とは決定的に違う。

いや、違う、そうじゃない、それよりももっと気にすべきことがあるだろう!

 

 

「どうしたんだ……?その、目」

 

 

 そう、目だ、今私を見つめる彼女の瞳は、左しかない、本来今私を見ているであろうもう一つの目がある場所には乱雑に包帯が巻かれ、白かったであろう包帯は赤黒く染まっている。

 

 

「だから、今まで迷惑ばっかりかけてた分も──────目?ああ、これ?これはね、どうしても必要だったんだ。僕が、ここまで来るために、皆を、あの女から解放するために。そりゃあ少しは痛いけど……まあ、サオリが気にしなくても私は全然大丈夫だよ」

 

 

 何を、言っているんだ?必要だった?それは────つまり、自分の意志で行ったという事か……?心配よりも、困惑よりも、怒りが先立つ。

ホムラは私たちみたいに体が丈夫なわけじゃないのに、それに、その量の血はたとえホムラじゃなかったとしても無事なわけがない!

それに──────それに、なんで、ホムラがそんなことをしなくちゃならない!?

私は、先程までの喜びも感動も置き去り、ただそれ以上の強烈な感情を胸に近づく。

 

 

「大丈夫な訳ないだろう!今すぐにちゃんとした手当をするぞ!」

 

 

 触れ合う距離まで近づくと両肩を抑えるようにつかみ怒鳴り声を上げる。

なんでそんな怪我をしておきながら平気そうな顔をしてるんだ!?そうだ、宿舎に応急セットがあったはず、ホムラを早く宿舎に連れて行ってそこで使えそうなものを全部使って手当するんだ!こんな適当な包帯の巻き方じゃ何の意味もない!

 

 

「いや、ほんとに大丈夫なんだけどな……。それに、たぶんそんなことしてる暇ないと思う……」

 

「は!?」

 

 

 彼女はなんでもないようにそんなことをつぶやく、その姿に更に怒りが湧いてくるも、それらも全て、次の一言で思考の隅へと追いやられることとなった。

 

 

「これから、アリウスをひっくり返すんだよ」

 

 

 

 

 

 

このまま進めていくと原作に到達するまでかなりの時間がかかるのですが、過去編が1章終わるごとに原作も1章進めるなど同時進行で進めたほうがよろしいでしょうか?(過去編で原作との相違点がかなり発生する予定なので作者の文章力では状況がわからなくなる可能性があります)

  • 時系列に沿って進めよう
  • 原作も進めよう(0章終了後アビドス開始)
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