未来の見えていた少女の大切なもの   作:かぶり猫

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24.中途半端な天使

 

「ふう……」

 

 

 かれこれ5年近くの付き合いとなるノートに最後となる一言を綴り、閉じる。

このノートは僕のここでの生活に大きな影響を与えてくれた、もしこれが無かったとしたら僕はここで何の記憶も持たない空っぽの存在として過ごしていたんだろう、そんな自分を想像してぞっとする。

 

 まあ、そんなことを考えるのは後でもいい、今すべきことはこの時間を無駄にしないことだ。

意識を切り替えまだ使い物になるナイフを一つ選び握りしめる、ナイフから伝わる冷たさに、少しの恐怖が湧くのをそれ以上の意志で押しつぶす。

僕の考えが正しければこの行為によって僕はこの狭い部屋から出る力を手にすることが出来るはずだ、確証は無いがそんなことを言ってる暇はない。

 

 vanitas vanitatum, et omnia vanitas、今こそこの言葉を、その解釈を自らに刻み込む時だ、僕なら、出来るはずだ。

月明りを受け鈍く輝く凶器の柄を両手で握りしめ、その先端を自らへ向ける。

そして、一思いに、突き刺す。

深くは刺さない、壊すのは眼球だけ、その奥はそれこそ命に関わる。

 

 そうすると世界の半分が赤く、そして黒く移り変わる、その瞬間脳へと痛みという信号が氾濫を起こしたかのように送られはじめる。

 

 

「────────!!」

 

 

 声にならない声を上げようとする口を手でふさぐ、大声は出せない、扉の外にはあの看守がいる。

何としてでも今バレる訳にはいかない!そうやって身もだえているとナイフが抜け落ち、顔の半分が流れ出る赤で染まる。

目の奥がチカチカと明滅する、血が、びちゃびちゃと流れ出るそれが更に恐怖を掻き立てる、痛い、痛い、痛い!

 

─────────だから何だ!この程度の痛み、散々経験していただろう!あの頃の僕にできて今の僕にできないなんてあるものか!

 

 奥歯をギリギリと鳴らし右目を強く抑え耐えること数分、じわじわと痛みにも慣れてくる、この体は痛みへの耐性が尋常ではない、便利なものだ。

一度慣れてしまえば、これからはこの痛みなら動き続けることが出来るくらいにはなれるだろう。

 

 深呼吸を繰り返し、冷静を取り戻した頭で考える、痛みに耐えている最中、右目の存在する場所から体内へと神秘の拡散が起きていたことを思い出す。

 

 賭けは僕の勝ちだ!そう自身の考えが的中したことへの喜びを感じ、早速体外への神秘の放出を試す、今までの僕は身体強化に神秘を込めることすらできなかったが、今の僕ならいけるはずだ!

 

 そう考えるが早いか物に神秘を込める要領で神秘を体外に放出する。

その瞬間、部屋内の温度が急激に上昇したかのような感覚に陥り、全身が炎に包まれた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 慌てて神秘の放出を止める、今、燃えたのか?なぜ?神秘が体外に出たことで性質が変わったのか?だが、神秘でこのようなことをしている人間なんて見たことがない。

そこまで思考したのち、一つだけ思い当たる節があった。

 

 

「いや……、これが、あいつらが言ってた預言者以外の力……?」

 

 

 それならまだ納得できる、こんなことをできる力があるのなら全員使っているはずだ、これが、僕個人の神秘によるものだというのなら今の現象にも説明がつく。

そう思い次は手からの放出を意識してみる。

先程は指向性を持たせなかったが故にああなったのだろう。

炎は腕に纏う様に出現するがすべてがそうであるわけではなく、体、主に背中辺りにも熱を感じる、そして、じりじりと肌が焼けているのを確認した。

 

 完全に制御ができる力という訳ではないのだろう、この力について考察を深めていると、ふと床一面に赤が広がり続けていることに気づく。

 

 

「止血、しないと」

 

 

 これ以上の出血はまずい、そう思い視界が半分になったことに慣れずふらつく足取りで()が持ってきていた荷物に手を伸ばそうとするが、その途中にある発想に行きついた。

 

 この炎で焼くことで止血できないだろうか?僕には、包帯で抑えることは出来ても血が出ないようにする方法はない。

だが先程、僕は自身が生み出した炎に熱を感じていた、それに、左手が若干の火傷を負っているのを確認している。

それならこの炎を直接当てることで右目からの出血を止めることが出来るのではないだろうか。

その思考に行きついた時点ですぐに行動に移す、迷っている時間も、その時間で減る体力もすべてがもったいない。

 

 右目を抑える手を一度離し、神秘を放出する。

するとやはり実際にそこに炎が存在するかのような熱を感じる。

燃え続けるそれを眼前まで持ってくると、顔に炎が触れる、じりじりと肉が焼けるにおいと熱、痛みを感じながら少し待ち、十分と思ったところで手を放す。

右目に触れると先ほどまでの血がだらだらと流れ出る状態ではなくなり、離した手にも血がべたりと付着している様子ではないことから成功を理解した。

 

 ここに鏡があったのなら自分がどうなっているか分かったのだが、無いものは仕方ないだろう。

 

 

「そうだ、未来視はどうなったんだ……?」

 

 

 止血も成功し包帯を巻いている途中、重要なことを思い出しいつもの感覚で未来視を起動する。

……起動しただけで頭痛を伴いはするが、未来視自体は十分に使えることを確認できた。

じゃあ、どこまで先を見ることが出来る?

 

 

0.5秒、1秒、2秒(1秒)3秒(1秒)4秒(1秒)5秒(1秒)……。

 

 ダメだ、1秒先までしか見えない上に、負荷も今までの十年近く先の未来を視ていた時と同レベルである。

これではとてもじゃないが未来が視えるとは言い難い。

 

 ……どの能力もあまりにも不完全だ、これは、左目が残っていることからまだ、あいつらの言う預言者から大天使への変化が完全には至っていないということなのだろうか。

だが、両目とも潰すのは論外だ、そんなことをして戦えなくでもなったら本末転倒でしかない。

 

 

「いや、これは……。むしろチャンスじゃないのか?」

 

 

 炎のデメリットは自身も燃えるレベルの制御しかできないこと、それに神秘を放出するという方法故の脱力感。

未来視のデメリットは今まで通りの頭痛だろう、なら、全部僕が耐えれば済む話ではないのか?

そうすれば二つの力を扱えるというメリットしか残らない、片側しか見えないという問題も慣れさえすればどうとでもなるだろう。

神秘操作を可能にするという当初の目的以上の成果に、拳を握りしめる。

 

 

「あは……!」

 

 

 いける!これだけあれば僕の計画を達成するのに十分な力と言って差し支えない!なら確認も終わりだ!早く、早くここを出なければ!

 

 私が持ってきていた荷物からP90という銃を、そしてさっきのナイフも拾い上げる。

残弾数が心もとないが、なくなればナイフと炎で戦えばいいだけだ!

 

 準備は整った、思わぬ収穫に喜びのあまり歯をむき出しにして笑う。

今、きっととんでもなく悪い顔をしてるんだろうなと、先程の痛みからのこれでテンションがおかしくなっているのだろうなとも。

だけど!さっきまでの痛みも、そんな自分の表情に対する思いも全部吹き飛ぶくらいに気分が良い!

 

 僕を閉じ込めるこの扉の前に立つと、拳に、今自身の扱える全神秘を乗せる。

こんな使い方は腕以外の他が今までと変わらない耐久性にまで落ちることが分かっているからあまり使うべきではないのだが、まあ、こんな時くらい良いだろう!

 

 全神秘を乗せた拳を今まで僕を扉に向かって解き放つ。

1発、大きな音を立ててへこみはするがまだ壊れない。

2発、まだ。

3発、次で終わる。

 

 ────矯正室全体に今まで聞いたことが無いような、獣が暴れているかのような轟音が鳴り響く。

その時だけは、矯正を受けるだけだった生徒も、矯正を行う大人も、同じように辺りを見渡すばかりだった。

だって、今までこの場所を満たしていたのは、悲鳴、懇願、暗く淀んだ感情のみだったのだから。

 

 

「はぁぁぁあ!」

 

 

 もう原型を留めないほどに歪んでいる扉に、止めの一撃となる4発目の拳が突き刺さる。

その瞬間、悲鳴を上げながら扉と壁とをつなぐ金具がねじ切れ、扉だったものは反対側の壁へとめり込む。

 

 辺りには塵埃が舞い、歩を進めるそれの姿を覆い隠す。

ここで唯一その犯人の姿を理解した者は、普段看守を務めていた大人ただ一人だった。

 

 

「な……な……おまえ、どうしようもないくらい弱かったはずじゃ……なのに、なんでこんなことを────!」

 

 

 普段会話何気ない会話をしながらもどこか見下すような視線を向けていた大人は、ありえない、そのはずがないと否定の言葉を口にしながらそれから逃れようと足をばたつかせ、自身がもう既に壁へとぶつかっていることにすら気づかない。

 

 残る片目を怪しく輝かせてその姿を見つめる彼女が、体を不気味にゆらめかせながら塵埃より現れる。

それはまだ彼女が視界の半分が奪われた事に慣れきっていないというだけのことなのだが、そのようなことは看守にとって関係なく、ただ恐怖を増幅させる要因となっただけだった。

 

 

「ねぇ……おまえ、今まで散々僕のこと馬鹿にしてくれてたよね……。それに、ここにいる大人全員、生徒──アリウスの子供に対してどうしようもないようなこと教え込んでくれてさ……」

 

 

 笑顔には様々な種類がある、柔らかいものから冷たいもの、朗らかなものから静かなものまで。

今、ホムラがしているものはそういうものではない、例えるなら野良犬の威嚇のような、猛獣のそれの様な、どこまでも、どこまでも敵に恐怖を与えるだけのものだった。

 

 その姿を目にした看守には、その囚人はもう今までと同じように写っていなかった。

ネズミがネコを前にしたときのような、それとも処刑台を前にした罪人だろうか、ともかく天敵の様な存在として写っていたのだろう。

 

 一歩、その囚人は前に踏み出す。

それに応えるかのように悲鳴が上がる。

 

 

「ここにいる奴全員のせばあの女に報告も上がらないよね……!」

 

 

 

看守の不注意からついた火は、どこまでも燃え広がり、アリウスを飲み込もうとその口を広げる。

 

 

 

 

このまま進めていくと原作に到達するまでかなりの時間がかかるのですが、過去編が1章終わるごとに原作も1章進めるなど同時進行で進めたほうがよろしいでしょうか?(過去編で原作との相違点がかなり発生する予定なので作者の文章力では状況がわからなくなる可能性があります)

  • 時系列に沿って進めよう
  • 原作も進めよう(0章終了後アビドス開始)
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