看守へ一発入れた後、矯正室に居た大人を次々に叩きのめして回る。
また一人、と制圧の終わった矯正役を投げ捨てると、背後、分かりやすいほどに存在感を放ちながら近づく大人を認識する。
「こんのクソガキがぁ!」
突然の出来事に恐怖、驚愕の感情に支配され処理の追いつかないまま行動した大人は────
〘弾が入っているにも関わらず銃を振りかぶり、僕の後頭部へと振り下ろそうとしてくる。〙
────それを左に一歩ずれることで躱し、カウンターに炎を纏った拳でアッパーを叩き込む。
拳は見事に相手の顎を捉え、その体を宙へと舞わせた。クリーンヒット!
「ふぅ!」
これでここの奴は終わり!
通信機器の類を使ってた様子もない、順調だ。
最初の関門を突破したことを実感しながら、自身の腕の様子を確認すると、表面が焼けただれ、痛々しいものとなっている。
今はしょうがないとしても、これからもこの力をしっかりと使っていくなら対策は必須だろう。
そう結論づけると、身長の近い大人のジャンバーを奪い取り着込む。
これで多少は熱さもマシになるだろう、足早に地上へとつながる階段へ向かう。
「あの……!」
「ん?」
聞こえてきた声に振り向く、大人は全員伸びてるし、矯正室に送られてた生徒だろうか?
「あなたは……?」
その目からは4割の諦観に3割の興奮、そして3割の好意が見て取れた。
……やっぱりここに連れてこられる子は、まだアリウスに染まりきってない子ばっかりなんだろうな。
「僕?そうだな……僕は……」
なんて言うのが正解だろうか……そうだ!
「僕はホムラ、侍留ホムラ。今のアリウスがあまりにもひっどいから、革命……になるのかな?を起こそうと思ってね。だから、その時が来たら君にも協力してもらいたいな、なんて」
「今は僕も急いでるからまたそのうちちゃんと話そう。あ、僕のこと、他の子たちにも話広めておいて、アリウスを変えるつもりらしいって、じゃ!」
「え!?あの、その、はい!」
言いたいことだけ言ってさっさととんずら、今時間が惜しいのは事実だから悪くは思わないでもらおう。
階段を駆け上がり、久しぶりの地上に飛び出す、気分はさながら初めて外に出た地底人といったところだろうか、ただ、別に爽快感があるわけではない。
すぐそばには二階へと続く階段もあるがそっちには用は無い、生徒会室までの道のりは頭に入れてあるからあとは一直線にそこまで向かうだけだ。
ここからが本当の勝負、いかに辺りをうろつく大人どもと出くわさないかに掛かっている。
あの女は今、明日僕の処理をすることについての考えで頭がいっぱいだろう、できれば無警戒のところを奇襲したいものだ。
周囲を警戒しながら月光差し込む廊下を駆ける。
この明るさも久しぶりのもので感動と言えば感動なのだが、正直そんなこと気にする暇はないし、そもそも半分しか見えないから感動も半減だ。
窓の外に一瞬だけ、対面の外廊下を歩く生徒が視界の端に映る。
……いや、生徒はそこまで気にする必要ないだろう、今この学校の運営部門のほとんどを占めてるのは大人だ、一生徒に見つかったところで問題はない。
そんなことを考えながら、時々出くわした大人どもを力を全て使いながらのしていく。
頭痛も激しさを増しているが、それだけだ。
「ッ……!」
また一人、と拳を叩き込み目撃者を排除する。
次へ進もうとすると、足を踏み外し体勢を崩す。
壁を支えにバランスを取ろうと手を伸ばす。
伸ばした手が空を切り、地面とぶつかる衝撃を全身に浴びる。
「…………は?」
何が起きた?
地に伏しながら考える、分からない、ここは、段差など無いただの廊下だったはず。
ボーッとして思考がまとまらない、ふわふわとした感覚が全身を包んでいる。
とりあえず、立ち上がらないと。
まるで雲の上にいるかのような感覚に囚われながらも、どうにか手で体を支えながら起き上がろうとする。
「うぷっ……!」
腹から何かがこみあげてくる感覚、咄嗟に口に手を当てる。
必死に抑え込むことで何とか吐かずには済んだものの、吐き気は収まらない。
だがそれでも、今は前に進まないといけない。
「……っはぁ……はぁ……」
足元がおぼつかない、揺れ動く世界の中、今度は壁に手を付けゆっくりと歩き出す。
そのまましばらく歩き続けると、しだいにめまいも収まり、吐き気も止んできた。
自分に起こったことを分析する。
考えられるものだと未来視の連続使用による目、または脳への負荷からの症状だが…、困ったな。
痛みはどうとでもなるとしても、戦闘中に平衡感覚を失うことになるのはかなり致命的だ。
前よりも明らかに負荷が、それによる私自身へのダメージが大きくなっている。
未来視の負荷による体への異常についても、これから調べていかないとな……。
自身の能力の課題をまた一つ理解したところで、ついにあの女がいるであろう部屋が近づく。
ここですべてが決まる、改めてそう認識したところで、矯正室での高揚感も、先ほどの不快感もかけらも残さず消え失せた。
あるのは自身の計画に基づいてあの女を殺す、という冷え切った思考のみだ。
いつの間にか私の足はしっかりと地面を踏みしめ、支えの必要も無く歩けるまでに回復しており、その足音のみが光の差し込まない暗闇に消えていく。
ぺた、ぺたとひび割れたタイルの上を歩き続け、ついに『生徒会室』と書かれた扉の前へとたどり着く。
右手には1マガジン分も残っていないP90を、左手には先端が僕の血によって赤に染まったナイフを持ち、扉を押していく。
金具をきいきいと鳴らしながら扉は開く。
通り抜けられる分の隙間が出来た瞬間そこに体をねじ込み、後ろ手に扉を閉めなおす。
部屋の中央には、アリウスを地獄へと変えた元凶が背を向け立っていた。
「……なんですか、今日は外部の者が来るので急用以外では立ち入るなと言ったはずですが……いや、これはッ!」
異変を察知し振り返ろうとする契約違反者に向けてP90を構え、その引き金を引く。
赤い腕から似たような色の液体が散る。
P90は5発の弾丸を吐き出した所で動きを止めた。
5発中2発的中、だが急所を外した上に一発はかすめただけ、5年間練習も何もしなければこんなものか。
残弾も無くなりただの鈍器と化した銃を投げ捨て、ナイフを両手で硬く握りしめ走り出す。
出し惜しみはしない、走り出したその体は炎を纏いさらに加速していく。
「ぐぅ!きさま……よくもっ……。私に……!」
ベアトリーチェは振り向き〘ざまに無事な左腕から赤黒い光線を放ち僕の顔面を撃ち抜く、それは僕の命を奪うまでの物ではないが、動きを止めるには十分だった。〙
体をかがめ地面すれすれを走る、頭上を赤と黒の混じった閃光が通り過ぎる。
互いの距離はさらに縮まり3mを切る、この距離まで来れば僕の刃が届く方が、あの女が動き出すよりも速い。
ごちゃごちゃとなにかを話しながら僕へ手をかざし、赤黒い光を収束させるのが見えた。
その光へと自ら近づき纏う炎で焼き払う、赤と緋がぶつかり、そのどちらもが霧散する。
そのまま赤熱した刃を手のひらへと突き刺し力任せに切り上げると、耳をつんざくような悲鳴と共に彼女のそれは二つに裂けた。
ナイフを振り上げた流れのまま回し蹴りを放ち腕の骨を折る。
そしてそのまま体当たりに移り女を地につけ、逆手に持った血濡れの刃で心臓を────────
「待ちなさい、契約の大天使」
──────刺す手をすんでのところで止める。
不意を突くような真似ができないよう、それを踏みつけながら声のした方向を睨みつける。
「おまえ……」
そこには、影のように黒い体を持つスーツ姿の大人がいた。
……予想外だな、こいつがわざわざここに来るとは。
「ここ最近のあなたが自分の未来を知ろうものなら大人しくしているはずは無いと踏み、足を運んでみましたが……どうやら正解だったようですね」
その異形は影が揺らめくようにして歩みを進める。
「…死にたい訳?」
この女はアリウスを変えるためにいなくなってもらうことは必須だったが、ゲマトリアも同様に不安要素ではあった、こうして出てくるのならば排除するのもやぶさかではない。
未だ血のこぼれ落ちる刃先を真っすぐ異形へと向ける。
「まさか、ですが私としてもゲマトリアの同志であるからには、その行動は見過ごすことが出来ません。なのでこうして交渉を持ちかけようとしているのですよ」
黒色スーツは脅迫にも動じた様子を見せず、普段と同じ落ち着いた態度を貫く。
「交渉……?」
今更なんだというのだろうか。
これで謝ってでもこようものならその時は本気で殺してやろうか。
「あなたはベアトリーチェをアリウスから排除した後、自らが中心となってベアトリーチェに賛同する大人を追放し、革命を起こそうとしている。違いますか?」
「……」
亀裂よりあふれ出す蒼白い光がその勢いを増す。
「ですがアリウスは物資と資金、どちらも底をついており今はベアトリーチェ、まあ私たちゲマトリアを頼ることで何とか経営を行っている状況です。なので革命を起こすことはアリウスの生命線を断つことと同義、何か新しい事業を起こそうにも元手となる資金がない、そこを解決できずにいるのではないですか?」
正解だ、アリウスは全てにおいて余裕が無い。
ただ、新しい資金獲得手段についてはおおよその目星はついていて、今のアリウスでもなんとか稼げはすると踏んでいはする。
資金は僕の持っている手提げに入っていた金を足しにしようと考えていたが、それでも保険のない一か八かの賭けであることには変わりはない。
僕のそれを無言の肯定と受け取ったのか、彼の語り口はよりその饒舌さを増す。
「そこで私はあなたに、このような提案をいたしましょう。『ベアトリーチェをこちらに引き渡す代わりにアリウス分校へ資金と物資の提供を受ける契約』をしませんか?量は、そうですね……あなたにもわかりやすく言うとするなら、トリニティ自治区全体を1ヶ月間維持することが出来る資金と物資でどうですか?」
「は…………?」
この女を引き渡せだと?こいつは、僕の家族がこの女にどんな目に遭わされたかを理解して言ってるのか?
いや、こいつはそれも全部承知の上でこの『契約』を持ちかけているのだろう、僕に断る余裕が無いと知っているから。
抑えていたモノがあふれ出しそうになるのを無理やり押しつぶす。
僕のすべきことは何だ?家族を守り、皆の生まれたこのアリウスを外の世界と繋げることだろう?
そのために何の役にも立たないゴミみたいな感情に振り回されるな。
……黒色スーツの提案は実際喉から手が出るほどありがたいものだ、
「……いいね、その提案」
「でしょう?では「だけど」」
「ベアトリーチェと同じゲマトリアに所属してる大人の契約なんて、信用ならないかな!」
「……と、言いますと?」
努めて明るい声色で、大げさに身振り手振りをつけ煽るように言い放つ。
「実は僕ここに連れ来られた時にベアトリーチェと『契約』を交わしたんだけどさ、こいつかけらも守らなかったんだよね!そんなのと一緒にいる奴の持ちかけてくる『契約』なんて信用できないに決まってるでしょ?」
嘘だ、こいつは大人の中でも特に『契約』を重視している。
こいつの言う『契約』なら、明言されている内容についてたがえることはないだろうと考える程度には、信用しているつもりだ。
その上で吹っ掛けさせてもらう。
「なるほど、ベアトリーチェがそのようなことを……では、どうするおつもりで?」
「だからさ、この五年間僕は意味のない契約に従ってゲマトリアの実験を受けていたわけだ、その分も一緒に請求させてもらえるのなら信用してもいいかなってこと。追加で3ヶ月分、どう?それくらいの価値はあったんじゃない?」
正直吹っ掛けすぎだとは思っている。
三大分派が一つになって運営する、キヴォトス三大自治区の一つ。
一ヶ月維持する分の物資でもアリウス全体を少なくとも6ヶ月以上は維持できるだろうそれを4ヶ月分だ、無茶苦茶にも程がある。
だがこれが通るならアリウスは確実に救える!
「……確かにあなたの研究は非常に価値のあるものだったと言えるでしょう。ですが「なら!」」
「……なら、これからもこっちがしても良いと思えるときは実験を受けよう。もちろん、その分の報酬はもらうし限度はつけさせてもらうけどね」
これはかなりリスクのある手だ、でも、この契約を成立させれるなら十分にお釣りがくる。
それにこいつとの契約なら今までのようにはならないと自信をもって言えるつもりだ。
「ククク……、これからもお付き合いをしていただける分の対価、ですか。なるほど、いいでしょう、……ではこちらも少々色を付けさせてもらって計5ヶ月分で、『ベアトリーチェをこちらに引き渡し、あなたはこれからも自らの意向で実験を受け入れる代わりに、アリウス分校へトリニティ自治区を5ヶ月運営できる資金と物資の提供を受ける契約』ですね。では『契約成立』と行きましょうか」
彼は楽しそうに肩を揺らしながら契約の成立を謳う、いいぞ、十分すぎる程の成果だ!
「契約の大天使であるあなたとの契約であれば、私も誠意をもって応えなければいけませんからね。彼女のように契約をたがえることはしないと誓いましょう。では、ベアトリーチェをこちらに」
ベアトリーチェを彼の元へと引きずっていく。
何か静かだと思ったらとっくに耐えきれず気絶してたのか、このくらいで?
ベアトリーチェをほうり投げると、彼はあの女の体を両腕でしっかりと支え、立ち去ろうとする。
「では、報酬については二日後にはお渡しに来ましょう。量が量ですので分割にはなりますが必ず全て渡しますので安心してください。ではこれからもよろしくお願いしますね、ホムラさん」
亀裂がうごめき、喜色を滲ませる。
「うん、こちらこそよろしく頼むよ、黒色スーツ」
炎の影響で熱を持っていた室内が、急速に冷えていく。
「……その黒色スーツというのは?」
「ん?いや、お前がずっと名乗らないからこっちで勝手にあだ名をつけたんだけど」
そんなに変なことを言っただろうか?
「………………まあ、それでもいいでしょう、名乗らなかった私にも非はありますし」
どこか納得のいかないような雰囲気を纏いながら、黒色スーツはここに来た時のようにどこからともなく立ち去って行った。
……何だったんだ?今の反応は。
室内から人の気配が消えた瞬間、手からナイフが滑り落ちる。
タイルにはじかれる音でそのことに気が付き、自分の手を見つめた。
……あれだけの覚悟をしたのにもかかわらずベアトリーチェを手にかけることは無かった、その事実に対してどこか安心している自分がいる。
なぜ?家族のために自分のすべてを懸ける、それは今も昔も変わらないことのはずだろう。
今回はあの女を殺すよりも良い選択肢があったからそれを選択したに過ぎない。
あの男がいなかったら僕は確実にあの女を殺していたしそうする必要もあった。
それなのになぜ、殺すことにならなくてよかったと思っているんだ?
それは、あの時僕が胸に刻んだ言葉に反することじゃないのか?
「……vanitas vanitatum, et omnia vanitas」
そうだ、そんな安堵も復讐心も必要ない。
僕はこの虚しい世界で家族を守るために、ただただその全てを使えばいいんだ、そのはずだ。
割れ落ちたステンドグラスから差し込む月明りに照らされた血だまりを見つめる。
ようやく、ここから始まる、始めることが出来る。
よかった、僕はちゃんと皆のためになれてる。
「ホムラ!」
ああ、懐かしい声が聞こえる。
家族を心配させちゃいけないな、ここは年上として明るく振る舞おう。
確か……シズカはこんな風だったっけ。
「…………久しぶり、サオリ!」
振り返る、この子がサオリ、僕が何としても守るべき家族であり、散々迷惑をかけた子。
でも安心してほしい、これからは僕が守ってみせるから、絶対に。