未来の見えていた少女の大切なもの   作:かぶり猫

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3.重なる不運

 

 鬱蒼とした森を抜けひび割れた坂道を下って少しした先に見えてきた町は、D.U.の高層ビル立ち並ぶ大都会とも、トリニティの歴史を感じさせる街並みとも異なり、かといってアリウス程に崩壊しているわけでもない…………言うなれば、山奥の田舎町といった様相を呈していた。

 

 

「……人の気配は無いな」

 

 辺りを一瞥したサオリが警戒を緩める。

 

「……そうだね」

 

 

 僕たちはこの空気感をよく知っている、自分達の他に誰も居ない町というものを。

1点違うところがあるとするならば、この町には野生動物の影が見え隠れするところだろうか。

灰色の空の下、人影のない町を歩き進める。

 

 

「……標識でも何でも、ここがどこか分かるものがあればいいんだけど」

 

 

 ミサキの言う通り、そのような類のものがあれば現在地についておおよその見当がつくものの、今の所そのようなものは見つからない。

特別ここら一帯に人がいないだけ、というのはないと思うが……。

 

 

「ミサキ、あの建物……」

 

「何……あれ、ここの学校……?」

 

「多分、そうなんじゃないのかな」

 

 

 二人の言葉に、全員がその建物を見やる。

遠く、町の中心部だと思われる方角に1つ学校の様な建物があるのが分かる。

ここからでも分かるほど外壁にはツタが這い緑に覆われており、やはりこちらも既に放棄されているような印象を受けた。

 

「ア、アリウスの外でも、私たちの見れる世界は寂しくて、虚しいものなんですね……」

 

「あの学校も、この町も、かつては人であふれていた時期があったんだろうか」

 

「……かもしれないな」

 

 

 皆の会話を横目にこの自治区について考える。

学校があったからと言って、まだ、ここがトリニティ自治区ではないと決まったわけではないだろう。

あの自治区は広大で、それ故に多くの学区が存在する、ここもその内の一つだった可能性もある。

だがもし、ここが本当に廃棄された自治区だとしたら?

もしそうなのだとしたら、これは…………

 

 頭に何かが落ちてきた感覚で、思考の海より引き戻される。

空を見上げると水滴の落ちてくる様子に、反射的に目をぎゅっと閉じてしまう。

跳ねた水が顔をひんやりと濡らしていく。

肌を濡らすそれは留まることはなく、次第に勢いを増している。

 

 

「……雨?」

 

「……みたいだね、運が悪い」

 

 

 通り雨か何かだろうか、しとしとと降り注ぐそれにより次第に髪が重さを増していく。

 

 

「雨天でも活動できる装備ではあるが……無暗に体力を消費する必要は無いだろう。雨風を凌げる場所を探すぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構降られましたね……うぅ……靴の中がびちゃびちゃしてます……」

 

「まさかここまで急に降ってくるとは……」

 

「最悪……」

 

 

 背中の中ほどまで伸びていた髪を一纏めにし絞ってみると、髪に含まれていた雨水がこれでもかという程に染み出てて床を濡らす。

…………薄々分かってはいたが、これでは下着までダメになってそうだ、服が肌に張り付いて気持ち悪い。

とはいえ、着替えは1着だけだが持ってきている、とりあえずはそれを着て、その間に少しでも乾かせばいいだろう。

 

 雨水を吸って重く冷たい服をずっと着ているわけにもいかないので、各々背嚢から取り出した衣服に着替え始める。

僕はといえば、上手いことみんなからは見えない場所を探しそこで着替えることにした。

まだこの体に残る傷のことはみんなに言えていないし、言うつもりもない、1度隠してしまったということもあるし、皆に不要な心配をかけたくないというのも本心だ。

その間に屋内の様子を観察してみると、随分と久しぶりに見るものであることに気づく、ここは……

 

 

「……コンビニ?」

 

 

 僕自身も昔に何回か使った記憶があるだけだが、この数多くの棚が並ぶ小型のお店は間違い無くそうだろう……随分と荒らされたようで、店舗丸ごとそのまま放棄したような有様だ。

床には様々な商品が散乱しており、もうどれくらい放置されているのだろうか、埃すら被っている。

 

 

「わ、わぁ……!雑誌がたくさんあります……!アリウスには無かったものまでいっぱい……!」

 

「サッちゃん、これ」

 

「ん……?『カップヌードル ポップコーン味』……。これがお湯をかければすぐに出来るという……?」

 

「ポップコーン……とは、何だ……?白いふわふわみたいだけど……」

 

 

 みんなには目新しいものばかりだろう、かく言う僕にとっても久しく見ていなかったものも、知らないものも沢山ある。

でも、いろんなものに気が散る前にしないといけないことを済ませなければ。

ぱちん、と手をうち鳴らし、意を決して口を開く。

 

 

「とりあえず、現時点での任務の内容だけ説明を済ませよう。ここを調べるのはその後ででもいいかな?」

 

「……そうだね」

 

 

 僕も何が置いてあるのかは気になるが、こっちの方が優先だ、みんなには申し訳ないけどもう少しだけ我慢してもらわなければ。

一拍置き、皆が着替え終わっているのを確認すると改めて説明を始める。

 

 

「まず僕たちがしないといけないことは、アリウス内外で使える連絡手段の確保だ」

 

「そうだな、トンネルを抜けた後、自治区との連絡が付かなくなった。外部からの連絡手段は必要だろう」

 

 

 サオリの言葉に頷く。

自治区内部での連絡は既に出来ているから良いとして、内部と外部、外部同士での通信手段は必須と言ってもいい。

アリウス内で使っている技術も、外部の物とさほど大きな違いは無いはずなのだが()()()通信が途絶えた。

その途絶え方もトンネルを抜けて1歩を踏み出した瞬間だと言うのだからおそらく技術的な問題では無い、神秘、またはそれに類する何かの影響を受けていると見て間違いない。

そもそも、外部に繋がる道路の存在がアリウス分校の歴史の中、今の今まで誰にも知られていなかったということ自体が、信じ難い話なのだから。

 

 

「そして次、これが僕たちがここまで来た最大の理由。アリウスの継続的な収入源の確保、そして外の世界での活動拠点の獲得だ」

 

 

 屋内の空気が、重たいものへと変化する。

これを達成出来なければ、今は良くてもいつか限界が来る、まさしく頼みの綱と言えるだろう。

 

 

「あ、あの……収入源といっても、私達に出来ることなんてあるんでしょうか……私達には、ひ、人殺しの技術しか……」

 

 

『人殺し』

その言葉が出た途端、体に絡みつくそれはいっそう重たく、そして息苦しいものへと変わる。

その言葉は僕たちにとって呪いのようなものであり、今も尚その影響は計り知れない。

 

 そうだ、僕たち……いや、彼女たちが今まで習ってきたのは僅かな教養と古代語、あとは全て人殺しの手段だ、銃器の使い方、爆弾作成、それらによる、ヘイローの壊し方。

僕は……習っていない、あくまで、どんなものか知っているだけ、だからこのようなことを簡単に言えるのだろう。

自らの決定にどうしようも無い憤りを感じながらも、それを表に出さないように口を開く。

 

 

「それだよ」

 

「え……?」

 

「その技術を有効活用して、傭兵団として名を揚げる。もちろん、人を殺すなんてことはさせないけどね」

 

 

 ようやくあの女から解放された皆に、もっとその技術を磨け、そして使え、なんてことを。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 任務内容の説明はあっという間に終わった。

みんなは僕の言葉をすんなり受け入れてくれたし、いいアイデアだ、とまで言ってくれた。

正直……想定外だった、あんな訓練、嫌な思い出しかないだろうし、出来ることならもう戦う為の訓練なんてしたくないだろうと思っていたから。

みんなにこんな手段しか提示出来ないことが悔しくて仕方ない、でも、このまま進むしかない。

分校に残ってくれた先輩達と意見を出し合った結果、最後に残ったこれが最良の選択だと決まったのだから。

 

 そんな心の内はさておき、任務の為に出来ることは全て済ました今、僕たちがしていることといえば───

 

 

「サオリ、この『トリニティ製聖水』っていう商品……、どう見ても手榴弾だよね?」

「ああ、だが、不思議な形の手榴弾だな……。……試しに持っていくのはどうだ?ここは既に放棄された店舗のようだし、トリニティ製というのも、どこに聖水の要素があるのかも気になる」

 

「本当!?他のもいい!?こっちに『クマヂャ』っていう体が緑色の熊が───」

 

「待て、体が緑色の熊?何だその怪しげなものは───」

 

 

「わぁ……!姫ちゃん、見てください!」

 

「ん……『流行の最先端!ゲヘナでも指折りのインフルエンサー《S0RANE》の語る次に流行るファッションは!?』……?ヒヨリ、こういう雑誌好きだもんね」

 

「はい!ええと……5年ほど前のものですけど、アリウスにもほとんどなかったゲヘナのファッション誌です!外って凄いです……!こんなものまで簡単に見つけられるなんて……!」

 

「わ……すごいね、この人の服装……」

 

「わ、わぁ……ゲヘナの人たちってこんなに過激なファッションなんですね……!ちょっと……目のやり場に困ると言いますか……すごいです……」

 

「……ゲヘナの子達がみんなこの服を着てるわけじゃないんじゃないかな……?」

 

 

───コンビニの物色だ。

……分かっている、これが悪いことであることも、これから事業を興そうというのだからそんなことをするのは危険だということも。

でも……無理だ、あんなに楽しそうなみんなを止めることなんて僕には出来ない。

さっきは任務内容の説明という重要な事柄があったけど、今この場にみんなのしたいこと以上に重要なことなんてない!

ま、まあ、このコンビニは長年放置されていたみたいだし、今更商品が何個か消えたところで誰も気づかないと思う、たぶん、きっと。

 

 

「……皆、元気だね。まだ先は見えてないっていうのに」

 

「確かにね……でもまぁ、この任務は長期戦になるだろうし、ずっと気を張り詰めてるよりはいいんじゃないかな」

 

「……まあ、確かに」

 

「ミサキは?何か気になるものとかなかったの?」

 

「……無いわけじゃないけど、あそこまでははしゃげないかな」

 

「へぇー……何何、何が気になったのさ」

 

「………………『クマヂャ』」

 

「おぉー……!さっきアズサが言ってたやつだよね?」

 

「……そうだけど、もう興味は無い」

 

「なるほどなるほど……」

 

「……何?」

 

「えっ、いや、なんでもない」

 

 

 なるほど……やっぱり、クマのことを好きなのは昔から変わってないんだ。

ミサキと2人、ガラス窓を背に初めて見る品物の数々に衝撃を受けている皆を眺める、たまにはこんな時間もいいのかもしれない。

……僕のしなければならないことはこれだけでは無いだろうという思いに蓋をしていれば、だけど。

 

 

「…………ホムラ、呼ばれてるよ」

 

「……えっ!?」

 

 

 どうやら物思いにふけっていたらしい、まさかみんなに呼ばれても気づかないなんて……ダメだな。

 

 

「ホムラ、これについて何か知らないか?アリウスでは見ない種類の薬なんだ」

 

 

 振り向いたサオリが手に持っていたのは箱型の医療品の一種のようで、正直なところ僕も知らないものだった。

僕にはそういうものを買う機会が無かったから……いやでも!何か役に立てることがあるはずだ!

 

 

「ミサキも行こ!」

 

「ちょっと、私は別に……!」

 

 

 ミサキの手を取りサオリ達の元へと1歩を踏みだす。

 

 

「君たち……何をしてるんだい?」

 

 

 その時、ここにいる誰のものでもない女性の声が耳を打つ。

 

 和気藹々とした空気は、一瞬にして跡形もなく霧散した。

 

  

「っ!?」

 

 

 止まりかけた思考を再起動し声の聞こえた方向へ足を向けると、その先に佇んでいたのは大人、機械の体を持つ、大人だった。

大人は僕たちの様子を見ると、感情の排された声で二言目を紡ぐ。

 

 

「……この辺りじゃ見ない顔だね、ついさっき来たのかい」

 

 

 僕たちスクワッドによるアリウスを建て直すための最重要任務は、どうやら最悪のスタートを切ったらしい。

 

 

 




■アリウス外界調査メモ
・物資運搬経路01から繋がる地域は人の気配が少なく、山奥の町といった様子である。もし完全に放棄された場所であるのなら、ここを活動拠点のひとつとすることを検討してもいいかもしれない。もしそうでない場合でも、現地の人間との交渉次第では拠点として利用することも不可能ではない、なるべくいい印象を持たれるように接するべきだろう。

・アリウス内で現在使用されている通信手段では、外部との連絡は不可能である。これについては技術的な問題では無いと思われ、外部の機器を用いれば可能となる可能性も、そうでない可能性もある、手探りで解決法を探るしか無いだろう。

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