急に更新を止めてしまい申し訳ありません……、展開に詰まり詰まりで中々進まず、このような時間が空いてしまいました……。
こつこつと歩を進める二つの足音、それは一つの扉を前にして止まる。
なんの変哲もない木造のそれが、今の僕には重々しく見えた。
ふぅ、と一息、自分のするべきことを思い出す。
「──なんとかなったよ」
「じいさんどもに話をつけてくる」と械原が出ていき数時間、彼女は帰ってくるなり開口一番そのような事を口にした。
「疑っていたわけではないが……本当か?」
「うん、なんだかんだ言ってあの人達は子供には甘いから話くらいは聞いてくれる。そうしたらこっちのものさ」
「いやー助かったよ。ははは」と械原は笑う。
声の調子はまるで笑っていないが、確かに彼女は笑っているのだろう。
「も、もちろんそれは、すごく喜ばしいことなんですけど……私たちは、何をすれば……。その、何もしないでいるのは気が咎めるというか……」
「君たちがしなければならないことはもちろんあるとも。というよりは、私が手伝えるのはここまでって感じかな」
「まず、ホムラちゃん。君には、明日開かれる町内会の会議に出席してもらいたい」
町内会、廃校となったこの自治区の実質的な統治組織だろう。
「会議……ですか」
「うん、会長が頑固でね、君たちの代表と直接会ってみないことには認めるわけにはいかないっていうからさ」
そう語る彼女の口調からは、重苦しさは感じ取れない。
ただどうしても体が強張るのが分かる。
「そう身構えることもない。堂々と、君の望むことを口にすればいい」
「……はい。やります、やらせてください」
械原はうなずくと、僕から視線を移す。
「次に、他のみんなについてだけど………………」
─────そうだ、身構えず、堂々と、僕たちの主張を伝えればいい。
心の内の弱気を消し飛ばすように、ぎゅっと手を握りこむ。
「この先だよ」
械原は声を潜めて口にする。
その言葉にひとつうなずくと、一歩前に出て扉に手をかける。
きゅいきゅいと音を立てて動くそれが、中の人間に来客を伝えた。
「来たか」
低く、重みを持った声。
簡素な机と椅子の並べられた即席の会議場、その中央、ちょうど僕の真正面に座る大人が口にする。
『町内会会長』と書かれたネームプレートを机に置く彼は、この場で唯一のよそ者へと一瞥を投げるとそのまま械原の方へと目を向ける。
「話をすればというのかね、スムーズに本題へ移れるようだ。械原くん、案内ありがとう」
「いえ、突然頼み込んだのは私の方ですから、こちらこそ感謝を」
「何、自治区の現状を想うのは我々も同じ、そも解決の糸口を探るために会議を行っているのだ。選択肢は一つでも多い方がいい」
比較的柔らかな声色で挨拶を終えると、本題へと移るとでも言うかのように改めてこちらへと移った彼のまなざしは、僕の慣れ親しんだ
左右からも似た視線が集中する、それらに気圧されることの無いよう、僅かに足へと力を込める。
「そして君が、ホムラ君かね」
「はい」
「君たちが何を求めているのか、その対価はどうするのか、それについてはあらかじめ械原くんから聞いている。君たちはここを拠点として活動を行いたい、我々は傭兵活動の資金を対価として住居を提供する」
「それらを踏まえた上で、決断を行う前に私は君に問わねばならない」
大人は手を組み机に置くと、一呼吸、そして口を開く。
「一つに、君はこの自治区を見てどう感じた、何を感じた?」
最初の質問として、それは全く警戒をしていないものだった。
それは私の認識を問うもの。
この自治区に何を感じたのか?それは……。
思い返すのは森を抜けた後に見た、廃墟とも呼べる建物群、いきさつ、未だ人の気配を残す僅かな家屋、そしてここで暮らす人々。
相手の望む言葉を選ぶべきという思考はとうになくなっていた。
「同情を、そして。強いなと思いました」
「強い、とは?」
彼の眼差しは鋭さを増す。
「確かにここは企業からも、連邦生徒会からも見放された自治区でしょう。整備のされていない道路、放棄された建物、およそ人の気配を感じない町、ですがそれは私にとって見飽きたものでした」
そう、そんなものは数えるのも億劫になる程に見てきた。
「でも、この町の人は楽しそうだった、町を離れるつもりがあるわけでもないのに、現状に絶望するわけでもなく、今を楽しんでいました。それが強くないのだとしたら、なんというのですか」
真正面から彼を見る。
彼らはこの自治区から去ることが出来るというのに、それをしていない。
あまつさえ立て直そうとまでしているのだ。
自ら苦難の道を選びながら、それでも笑っている姿は私には強いとしか思えなかった。
「なるほど、そういう捉え方も……いや、ありがとう。では次だ、二つに、君たちはここを拠点として活動したいと言った。ではその次は?そこからの展望は?」
2つ目の質問、それは私のリーダーとしての考えを問うもの。
「ここを拠点として活動が出来たなら、我々はその活動範囲をトリニティやゲヘナ、そしてD.U.やミレニアムなどへ広げていくつもりです」
「私の率いる子達には間違いなく実力がある。今はそれを活かせる環境が無いだけで、その土台さえ作ることが出来れば必ず成功します。そうすれば彼女達はここを拠点として、稼いだお金を暮らすために用いる、そうして豊かになればなるほど、仕事も増えていく。その繰り返しです。その過程でこの自治区もより良い方向へ向かうことができると、そう考えています」
そう、彼女達には実力がある、あの場所で学ぶことも許されずひたすら訓練をすることで手に入れた力がある。
その力は外の世界でも通じるはずだ、通じなくてはならないはずだ。
「ふぅむ……」
会長はひとつ頷くと他の委員と目配せを行う。
彼らはそれだけで意見の統一を終わらせたようだった。
「では三つ、最後の質問だ。といっても極めて個人的な興味にはなるのだがね、許してくれ」
実際、次の質問は今までのふたつとは毛色の違うものだった。
「これは例え話だ、君の目の前に見ず知らずの人間が5人、古くから付き合いのある友人が1人居たとする。いずれかを助ければもう一方は助けられず、そうだね……有り体に言って死ぬとしよう。その時君はどちらを選び、どちらを見捨てる?」
「友人を選びます」
即答だ、問題として成立しないのではないか?
「何故」
「何故……それは、そういうものでしょう?」
2つを天秤にかけた時、より自分に近しい者を助ける、当然のことのはずだ。
私にとっての友人……それについて実感を持って考えることはできない。
だが間違いなく大切なものだろう、助けることに疑問の余地などない。
その回答に、彼は頷くでもなく首を振るでもなく、ただ目を閉じることで答えた。
「そういうもの……か、うむ」
曇り空が突然快晴になったかのように、彼の表情は一転して晴れやかなものになった。
「やや危うさは感じるが及第点だろう!即答で見ず知らずの5人を選ぶような奴は個人的に信用出来んだけの話だったからの!」
彼が笑顔を見せた瞬間、一気に場の空気が緩み始める。
左右で黙っていた他の役員も談笑を始め、先程までの値踏みするかのような目はどこへやら、揃って笑いを見せるのだ。
困惑を隠せずに居ると、後ろで械原が深くため息をついた。
「ね、子供に甘いって言ったでしょ。にしたってさっきまでの空気は息が詰まるどころじゃなかったと思いますけどね」
普段にも増して感情の籠った、棘のあるような言葉が会長へと向けられた。
「すまないすまない!私は疑り深くてね、直接会って話さないことにはどうにも信用出来ない質なのだよ。君たちのやろうとしていることには賛成寄りではあったが、肝心のリーダーがどうしようも無ければ無意味だからね」
眉を下げながら、彼は笑う。
先程までは如何にもと言った厳かなリーダーだった彼は、今はまるで気のいい老人かのような振る舞いを見せる。
つまり先程までの質問は、私のリーダーとしての人間性を見極める為のものだった、ということなのだろう。
回答によっては平然と全てを白紙にされていた、そう思わずにはいられない程には彼の纏う空気の変わりようは凄まじいものだった。
「まぁ、それはさておきだ。我々は君たちの要求を受けよう、だがそれにあたってひとつ提案がある。ここで全てを決めてしまうのもいいが、ひとまず互いが本当に欲しいものや認識のすり合わせを行うためにも、仮契約期間を設けるというのはどうだろうか」
「仮契約……ですか、それはどの程度の?」
「1、2ヶ月程の、そこでより良い関係の形を探っていこうではないか、我々はこうして顔を合わせたのも初めてなのだから」
私のやるべき事は成せた、そう考えて良さそうだと、彼の目に宿る光にそう感じたのだった。
◆
流石に喜びは隠せないのか、来た時よりも弾んだ足音を鳴らして傭兵団のリーダーを目指す少女は部屋を出る。
それからしばらくして、町内会は解散ムードとなり、1人、また1人と広間を立ち去っていった。
最後に残ったのは私と会長の二人、特に話すわけでもなく、各々会議資料をまとめている。
「いやぁ、彼女はいいね械原くん。この人数からの圧力に耐えてあそこまで毅然と受け答え出来る子は、あの歳ではそうそうおらんよ」
などと、その圧力とやらを出していた主な人物は呟いていた。
「そうは言いますが、会長。あなた彼女があんなふうに答えることが出来なかったら、この話を無かったことにしようとしてたでしょう」
「ん、バレたかね」
「当然です、貴方はこういう事に私情を持ち込む人間ではないでしょうに。私がどれだけ推したところで、それは変わらないはずです」
だから正直賭けでもあった。
身構えることなく堂々と、というアドバイスはしてみたものの、彼女が私と取引を行った時のような狼狽えを見せれば、この男はすぐにでも話を無かったことにしただろうから。
「まぁ、それはそうさなぁ。ただの子供として来ているならともかく、我々と取引を行う集団の頭として来てるのだ、そこは譲れん。組織のリーダーにはその組織の色が現れる、ここで狼狽える程度のリーダーではこの先やっていけんよ。これでもだいぶ甘く判断したつもりだがね?」
「実際、しっかりと受け答えればいいという内容でしたし、そうでしょうけど……」
それがあの歳の子供には酷なことだというのに。
これに関しては私が子供に甘いというのもあるのだろうが……。
「まぁこの話は我々にとっても渡りに舟だったからね。なにか目立つ特産品や伝統的な何かがある訳でもない、立地的に工場などを誘致するのに向いている場所な訳でもない、正直手詰まりだったのだよ」
「ということは、この前話していた自治区再建の申請についても……」
「ああ、却下されたとも。しかしこれで道筋は見えた」
彼は椅子にもたれ掛かると、自らのネームプレートを手に取る。
「なにか特別なものが無いのなら、作ればいい。それが単に、この自治区……旧セルシウム自治区にとっては彼女たち、そして彼女たちの興す傭兵業だったということよ」
その姿は、かつてそのネームプレートに記されていた名前を見ているようで、また先程の少女の姿を思い出しているかのようでもあった。
「『求めるものには施しを、されど驕ることなく、人と対等であれ』か。はてさて、我々は彼女たちがこの先もたらすものと対等の何かを与えることが出来るのかねぇ」